転生TS天使ちゃんは怠けたい   作:テチス

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仕事復帰

 

 

 

「魔界、久しぶりにやってきた……1週間ぶり位?」

 

 夕暮れ時でもないのに、真っ赤な空。毒々しい色の草木。枯れた大地と荒廃した建物群。魔界の何もかも皆懐かしい。

 

 いつもは神専魔法の転移術式で一瞬で来るのだが、今日は熾天使さんとクロが同伴だ。わざわざ二つのゲートをくぐっての移動……大変でした。

 

 検問でクロが捕まりそうになるし、熾天使さんはタバコをふかしてるの見つかって「天使が喫煙とは何事ですか!」なんて叱責されてるし……。

 

 何しに付いてきたの2人とも?

 俺一人で来る方が簡単なんだが。

 

「なんで悪魔狩りをするのに、わざわざ魔界まで来るんだ? 人間界じゃダメなのか?」

「というか、魔界で悪魔を狩るのって意味あるのかなぁ……? 普通に、そこら辺で再誕しちゃうだけだと思うけど?」

 

 しかも文句たらたら。

 

 うるさいなぁ!

 乗り気じゃないのは分かったけど、黙っててほしい!

 

 俺は休暇明けで、やる気に満ちているのだ。

 久しぶりの仕事。女神様への貢献と滾っているのだ! 自然と笑顔にもなってくる。

 

「ひぅっ……!」

 

 なんかクロが頭を抱えて地面に伏せた。

 次いで腹を見せて「ごろごろ、にゃんにゃん」鳴き出した。

 

 どうした、突然。

 頭おかしくなったのか?

 

「き、来たぞ! 殺戮の天使だ!」

 

 クロの奇行を眺めていたら、遠くから叫びが聞こえてきた。

 俺達が魔界にやってきたのがわかったようだ。周囲の悪魔が騒めきだして。そして、

 

「――殺されるぞぉ! 逃げろぉおお!」

 

 悪魔が我先にと逃げ出した。

 

「ああ、獲物が行っちゃう! ほら二人とも、追うよ! 早く殺さなきゃ!」

「なんで恐れ知らずの悪魔が逃げるんだろうなぁ……私は不思議だよ。一体彼等に何をやったんだ、ザラキエル?」

 

 魔界はどうにも奇妙な場所だった。

 自然豊かな森があれば、枯れた荒野が広がっている所もある。文明が無いのかと思えば、ポツポツと朽ちた工場群らしき巨大建造物が建っている。

 

 よく言えば面白い。悪くいえば、奇妙で統一性がない。

 そんな魔界の第1層に潜む悪魔の種類は、やはり景色同様にごった煮の状況だ。

 

 牛みたいな奴。

 亀みたいな奴。

 コウモリ、恐竜、虫系統の悪魔。より取り見取りの狩り放題。

 

 一度大きく翼を羽ばたいて、空高く舞い上がる。俯瞰した場所から敵の位置を捕捉。ロックオン。

 

「神専魔法――は、使っちゃダメなんだっけ。んー、大変だ」

 

 発動しそうになった、神専魔法をキャンセル。多対一で便利な多重術式の光線魔法を取り消した。

 あれを使えれば視界に映る全ての敵を撃ち抜けるんだけど……熾天使さんに俺が神力を使えるのがバレてしまう。

 

 今も熾天使さんは俺が何をするのかと、地表から眼を離さずに見守っている。俺の指導というより、これじゃあ監視だ。

 

 仕方ない。方針転換。

 上空から近場の敵目掛けて、急降下。

 一般的な上位天使でも使える、簡単な武装魔法『断罪の剣』を発動。振り下ろす。

 

「――!!」

 

 断末魔を上げる隙さえ与えない。

 頭頂部から股間にかけて、別たれた悪魔がゆっくりと左右に倒れていく。噴き出す血が全身に降りかかった。

 

「……足りない」

 

 全然、足りないよ。こんなのじゃ。

 こんな雑魚一匹で、女神様が喜んでくれる訳がない。

 

「逃げないでよ」

 

 振り返って、全力で逃走する悪魔達を見る。

 なんで戦わないの? 君たち悪魔でしょ、おかしくない?

 

「逃げるなよ卑怯者……!」

 

 再度飛び上がる前に一度、身を屈めて力を溜める。

 地面を蹴り出したら大きく羽ばたき。突風と共に舞い上がる。

 

「逃げるなァ!!」

 

 地上スレスレを高速で飛ぶ超低空飛行。

 すれ違いざまに、物陰に隠れ潜んでいた弱小悪魔を消し飛ばし。逃走する背中を刺し貫いた。何とか避けようとする悪魔の首も圧し切った。

 

 いいぞ、ベイべー!

 逃げる奴は悪魔だ!! 逃げない奴は……居ないじゃねぇか! なら、みんな悪魔だ! ぶっこぉす!

 

 5匹、10匹。

 20匹を斬り捨てた辺りで、なんだか楽しくなってきた。

 

 傷を負う訳でもない。休みに繋がるわけでもない。今まではつまらなかったこの駆除作業。

 

 だけど今。こうやって俺が働くと、女神様が喜んでくれると理解した!

 女神様が「ザラキエルよくやったね」って言って俺の頭を撫でて、褒めてくれるのだ!

 

「はは、あははハハ! アはハ!」

 

 これが笑わずにいられるか。

 誰かの為に働くやりがいを理解した。生まれて初めて、生き甲斐を味わった。こんな幸せな気持ちで働くなんて初めてだ!

 

 生臭くってドロドロで、嫌悪しか感じない悪魔の血液を全身に浴びることすら厭わない。

 これこそ俺が頑張って働いた証。男の勲章だ!

 次々と悪魔の命を刈り取っていく。

 

 

 

「みんなどこ行くのー!? あ、なにそこ! 入るの初めて!」

 

 テンションが上がってきたからか、笑顔が止まらない。

 逃げ惑う悪魔たちが、我先にと廃工場へ飛び込むのが見えたので、俺も続く。

 

 パイプや鉄骨が入り組んだ、巨大なジャングルジムのような工場は、迷宮のようで結構おもしろい。

 工場はまだ辛うじて生きているようだ。時折、蒸気を噴き出してうなりを上げている。

 何を作っているのだろうか? 周囲を見学しながらゆっくり進む。

 

 カツンカツンと、俺の足跡が響く。

 さて……あの木っ端悪魔たちはどこに潜んだのか。

 

「来たぞ! 天使が罠にかかった! やれぇ!」

 

 誰かの掛け声とともに、天井から超巨大なスライムらしき悪魔が降ってきた。

 上を向いたら視界の全てが真っ赤。なんだろう? 血の色スライム?

 

「まあ、斬ってみようか」

 

 断罪の剣を振り上げると、スライムは一切の抵抗なく二つに別たれた。

 

 スライムにコアなどない。アイツ等はどれだけ分割しても小さくなるだけで生きているし、戦える。

 だが「断罪の剣」が相手ではそうも言っていられない。

 これには強力な破邪の効果が付いており、斬られた悪魔は傷口から聖なるぱわーを押し込まれ、命を蝕まれて死ぬ。

 でも、今回に限っては失敗だった。

 

「あ」

 

 死亡して形を保てなくなったスライムが崩れて、真っ赤な雨が降る。避けるのが先だったか。

 しかも、それを皮切りに周囲のパイプが連続して爆発。中から同じような真っ赤な液体が吹き出した。

 

 妙にドロドロしているせいで、流れが悪い粘体が俺の膝丈まで床に溜まる。

 きんもー。動きにくいし……コレが罠? 足止め?

 

「馬鹿め! そのスライム悪魔の体液は「催欲剤」の原料だ! 天使にとっての猛毒! 全身に浴びた今、お前は悪魔と同じくらい欲望が湧きあがってくるだろう!?」

 

 先ほど掛け声を出した爬虫類らしき悪魔が、何やら嬉しそうに言っているが。

 

 ……あぁん?

 「催欲剤」ってなんじゃい。

 

 ……いや、聞いたことあるな。

 大戦時に悪魔側が開発した、対天使用の毒ガス……みたいな奴だったかな? 図書館で読んだ。

 一息吸うだけで、堕天症状を誘発するほどの欲望を催させる薬。それが「催欲剤」。この工場はそれを製造してたのか。

 

「フハハ! 欲が無ければ、それに対する耐性も脆弱! 元来、理性が格段に弱い天使にとって身を焦がす欲望には耐えられまい! さぁ、俺達の仲間に堕ちるがいい!」

 

 でも……分からない。この悪魔が言っている意味が、俺には分からない。

 悪魔と同じくらいの欲望が沸き立つ……って言われても、俺は全然いつも通りなのだが??

 

「???」

「フハ、は……はぁ?」

 

 俺の調子が変わらないことに気づいたようで、悪魔がだんだんと笑い声を消していく。

 そして、ゆっくりと後ずさり。工場の鉄扉を閉じて逃げだした。鍵の閉まる音。

 

「こーんばんわー!」

 

 鉄扉など知った事か。蹴り破ればそれでいい!

 ガギャンッ! と重い金属音を立てて扉が拉げて吹き飛んだ。

 

【挿絵表示】

 

「な、何なんだよ、お前――」

「これで30匹目」

 

 無意味な会話は不要。

 お前は首だけ置いて逝け。

 

 

 

「っ! この狂人が! また儂等の領域に出しゃばるか! 天使は天使らしく、人間を飼いならして愉悦に浸っているが良い!」

 

 工場内を綺麗に掃除し終えた後、外に出たら突然、背後から奇襲を受けた。

 殺気を感じて大きく飛びずさる。羽でバランスを取りながら地面を滑るように姿勢転換、後ろからの攻撃者を見やった。

 

 クマの悪魔かな? 大柄で、筋肉質。それでいて、しなやかだ。

 これまで散らした雑兵とは訳が違う。やっと大物が出て来たぞ。

 

「爵位級?」

 

 いい感じの魔力を感じて、俺の期待も膨れ上がる。

 

 地を蹴って飛翔。相手の懐に飛び込んで――おっと、敵の反応も早い。

 俺の動きに合わせて爪を出してきたので、『断罪の剣』で受け流す。俺と熊の位置が交叉する。闇と光が鎬を削り、赤く仄暗い火花が散った。

 

「貴様ァ! 一体、この魔界に何用だ!? ここが我の領地と知っての狼藉か!」

 

 切り払い、打ち払い、せめぎ合う。

 相手は両手。対する俺は剣一本。少しばかり攻め手に欠けた。でも問題はなさそうだ。

 自分の体を確かめるように、少しずつギアを上げていく。

 

「羽の動きは……ちょっと遅れるね……。少し強引に動かすと、まだピリッと筋が張る感じ。全力での瞬間加速は止めておこうかな」

「っ! 余裕そうだな、この化物が!」

 

 相手が地面を蹴り上げて、砂利を飛ばしてきた。目潰しかな?

 

 羽を一振り、突風で吹き飛ばす。

 反転した砂が相手の顔へ降りかかると、熊の悪魔は嫌そうに頭を振った。

 

「うーん、有効打がいまいち」

 

 『断罪の剣』は破邪の効果以外にも、悪意ある存在に対しての特効を持つ。

 相手が積み重ねた業に応じて、あるいは殺意や害意を持てば持つほど切れ味を上げていく。こちらが正義なら更に倍。

 ゲームでいえば、相手モンスターが犯罪者や荒くれ者であれば、攻撃力が上がる武器といった所。悪魔相手の使い易さはぴか一だ。

 

 なんだ、けど……。

 

 なんか思ったよりも、攻撃力が上がってこない。

 相手の爪と打ち合うのが精一杯。ポテンシャル的には、相手の腕ごと一刀両断できるはずなのに。

 

 なんで? このクマさん、どうせ悪い奴でしょ? もっと敵意を向けてこいよ。お前悪魔だろ!

 

「加勢しますぞ、バラム様! 共に魔界を守るのです!」

「おお、騎士殿ありがたい! ――むっ! この天使、大技を出すぞ! 周囲一帯が切り払われる、体を屈めろっ!」

 

 俺が大きく剣を振りかぶる、その前に、敵が回避動作に移行した。しかし今更止まれないので、俺はそのまま剣を力一杯振り抜いた。

 攻撃が彼等の頭部すれすれを掠めて、避けられる。背後の地面だけが爆発する様に斬り払われた。

 

「んー……」

 

 俺の攻撃が稚拙で大技の前兆動作バレバレだった? ……いや、なんか違う感じ。

 今ので決めるつもりだったから、結構、後隙が大きい。一度退避する。

 

「右に逃げるぞっ! おっと、かと言って上に行かせてもならんぞ! 空中戦では厄介な事になる!」

「了解ぞ!」

 

 前後で爵位級の悪魔に挟まれて、やりにくい。

 俺のやりたい事をさせてもらえない。ずっと相手のペースで戦いが進まない。いやらしい。

 

 うー……んー……なんだろう。ちょっと行動を読まれてる?

 

 左に行く振りをしてみるが、反応しない。

 だけど、本当に行こうとすると、しっかり対応してきた。フェイントだけが通じない。

 

 ……うん。やっぱりこれ、俺の行動が先読みされてるね。

 熊の魔法――いや、技能(フィート)かな。

 

 魔法や剣術など、後天的に学習できる戦闘技術に依らない。生まれ持った特殊技能はその人固有の奥の手だ。

 "世界"からの祝福だとか言われており、様々なモノがあるが大概は厄介な性能。

 

 時々、熊さんの眼がぴかっと光ったら、的確な指示が飛ぶ。

 読心術か、それとも未来予知の技能(フィート)

 

 さて、どうしようか。ゆっくり見極めて行こうかな。

 なんて考えていたら、熊さんが嫌なことを言い始めた。

 

「まずいな。後詰の熾天使が、こちらに急接近。敵の増援まであと10秒!」

「なんと、それでは、ここが我等の死地ですな!」

 

「……あぁ?」

 

 思わず、熊の目線を追うように遠くの空を見る。

 

 ……たしかに。はるか遠くで熾天使さんが必死な表情で俺のことを見ていた。なにか大声で言っている気がするが聞こえない。まだ遠い。

 でも、急速に接近中。

 

 やめてほしい。

 こっちに来ないでほしい。

 

「加勢するぞ、ザラキエル! 相手は騎士と伯爵級だ、無理するな!」

「――やだ!」

 

 あっという間にやってきた熾天使さん。

 俺は彼女に言う。

 

「コイツ等は私の獲物。取らないで。取ったら……怒る!」

「え?」

 

 どうせ熾天使さんも強い悪魔の首が欲しいんでしょ!

 貴方も「よしよし、頑張ったねー」って女神様に褒められたいんでしょ! だめー! 俺が褒められるの!

 

「……え?」

 

 なんか熾天使さんが、呆然とした表情になるが、ダメなものは駄目。

 あげないもんね! コイツ等は俺が倒すんだもんねー!

 

 

 

 

 はい。倒しました。

 そこそこ強かったかな。

 

 結局、熊さんの技能(フィート)は未来予知だったようで。俺の行動を全部先読みして来たが……まあ相手が適応できない速度で動けばいい話。最後は力でごり押した。

 でも少しギアを上げ過ぎたかな、まだ治りかけの翼がちょっとピリッときました。今も軽く動かすと筋肉痛みたいな痛みが出る。

 

 技能(フィート)は強力な分、制約とか代償が必要なモノが多いから、ガス欠を待っても良かったのだが……まあ、勝てたからヨシ。

 

 それよりも俺に「参戦すんなよ!」って注意された熾天使さんが、ずっと頭の痛そうな表情でこちらを見ていた事が気になった。

 

 な、なんだよぅ……だって人の仕事を取っちゃ駄目だろ! 俺は間違ったこと言ってないだろ!?

 

「……随分楽しそうだったな?」

「うん」

 

「でも、残念そうだな?」

「……うん。こんなんじゃ、全然ダメ……物足りない」

 

 女神様に良さげな悪魔を献上できて嬉しい。

 だけど、中途半端な強さだったせいで、俺があんまり怪我できなかった。

 

 これでも俺は神専魔法縛りで頑張ったのだ。

 爵位級の悪魔と2対1でやりあって、ちょっと腕の表皮も斬られちゃったし。

 

 全治どれくらいかな。3分くらいかな? くそぅ、ぜんぜん物足りねぇや! 明日も仕事!

 

「も、物足りないって何なんだ……まだ戦いたいのか? ザラキエルは、どうしてそうなんだ……」

 

 なんか熾天使さんが言ってるが、そんな事よりも帰る準備しよ? 俺もう疲れたよ。

 

「ねえねえ、悪魔の討伐証明ってどうすればいいかな。熾天使さん知ってる?」

「……どういう意味だ?」

 

「女神様に私の成果を見て欲しくって」

「……猫が取った獲物を持ってくるみたいな、謎の行動は止めろ。お前の影響か? クロ」

「ボクがそんな怖い事いつしたよ!? 風評被害甚だしいなぁ、もう!」

 

 とりあえず今は、俺が殺した悪魔の首を刈り取って並べてる最中。

 暇そうなクロが恐る恐ると言った風に前足で生首を突っついた。こら、止めなさい。汚いでしょ!

 

「戦功証明は、大戦の時は首級が一般的だったな……数が多くて手間なら鼻や耳でも良かったが……」

「ふぅん」

 

 女神様、悪魔の鼻みて喜ぶかな……?

 うーん……分からない。

 

 でも俺なら絶対喜ばない。

 人間時の感性だったら、「キモっ!」って言って終わり。そんなの手土産に持ってくる奴いたら、俺は速攻で縁切るね。だってキモすぎる。

 

 でもなんか天使になってから感性変わったんだよなぁ……。

 具体的には痛みとかグロとかに滅茶苦茶、耐性ができました。

 

 これが天使という種族の本能なのかは分からないが……たぶん図書館の本の影響が大きそう。

 だってあれで拷問が趣味の神様や、復讐鬼と化したヤベー天使の感性を心に思いっきりぶち込まれたから。多少なりとも、影響は、出る……。

 

 あぁ、後は熾天使さんの影響もあるだろう。

 今更思い出したのだが、この人は俺の名付け親だった。

 そして『名付け』という行為がどれほど大事なものかというのを、クロの件を引き合いに熾天使さんから説明されて理解した。

 

 つまり、俺がR18G描写をポップコーン食いながら笑って見れるようになったのは全部、図書館を教えてくれたり名づけをしてくれた熾天使さんの影響という事で。QED。

 

「……とりあえず、いくつか首を持っていく程度に留めておけ。あんまり多いと女神様がびっくりしちゃうだろ。多分、泣くぞ」

「分かった。じゃあ、これと……こいつでいいか」

 

 女神様は悪魔を倒すと喜んでくれる。それは本人が言っていたのだから、間違いない。

 じゃあ、その証明があった方が、もっと嬉しいよねって思うのだ。

 

 でも女神様は心優しいからなぁ……もしかして、悪魔の首を見たら悲しむかもしれない。そうなったら、熾天使さんが持って行けって言ったことにしよう。

 でも爵位級の悪魔の首だから、喜んでくれるといいなぁ……。

 

 悪魔2体の首を抱えて、帰路に就く。

 ……やっぱり後ろ髪を引かれて振り返った。放棄されて、残された幾つもの首を見る。

 

 うーん、でもでも……オマケでもうちょっと持って帰ろうかな。

 この悪魔は結構足が速かったし、あ、こいつは結構しぶとかった。……こっちの犬の首なんてカワイイかなぁ?

 

 うーん……悩ましいな。

 やっぱり首2個じゃ物足りないよね! ね、女神様!

 

 

 

 

 

 

「くぅ……くぅ……」

 

 久しぶりの仕事を終えて帰ってきたザラキエルが、疲れて眠ってしまったのを確認。

 

 私の腕の中で寝息を立て始めたザラキエルを一撫でして、起さない様にベッドを抜け出した。

 少しの間、羽で包んであげることもできなくなるから、代わりに柔らかい毛布を掛ける。

 

「すぅ……すぅ……」

「ふふっ」

 

 うん。寝顔はとても可愛らしい。穏やかで、生まれたばかりの無垢な子供の様で。見ていて癒される。

 ……うん。寝顔は本当に温和なんだけどなぁ……なんでだろうなぁ……。

 

 私は熾天使さんを連れて廊下に出ると、静かに寝室の扉を閉めて――大きく嘆いた。

 

「なんで、ですか! なんで熾天使さんが付いていながら、ザラキエルはあんなに大量の首を持ってくるんですか!?」

 

 つい数時間前に起きた、大惨事。

 

「凄い笑顔で、大量の首を渡される私の身にもなって下さい! 否定できないんですよ!? 『首いらないです……』なんて言ったら、絶対ザラキエルの堕天が進むんですよ!?」

 

「だから、私も『持って帰るな』って強く否定できなかったのであります! ムリムリ! 不可能であります! 女神様が諦めて受け取ってください!」

 

「だから、ちゃんと受け取ったじゃないですか! 頑張って笑顔つくって、褒めてあげたでしょう!? これ絶対ザラキエルのことだから、次もまたいっぱい持ってきますよ!? どうしましょうー!」

 

 別に、いいのだ。悪魔の首を受け取るくらい……いや、本当はイヤだけど! それは大した問題じゃない。

 悪魔の血が汚いとか、私が死臭で穢れるとか、そんな浅い次元の話じゃない。

 大量の首を引っ提げて、血まみれになって帰ってきたザラキエルを褒めなきゃいけないのが、イヤなのだ。 

 ザラキエルにまた変なことを学習させてしまいそうで、イヤなのだ。

 

 ただでさえザラキエルには「悪魔狩りが良いこと」なんて間違った認識を植え付けてしまっているのに。

 次はなんだ? 悪魔の首をお土産にすると私が喜ぶとでも、思い込ませてしまうのか?

 

「もーうー! どうすればいいんですか! これじゃあ、ザラキエルが首狩り族になっちゃいますよ!?」

「もうなってるであります……」

 

 ザラキエルのためならば、私は何でもする所存だ。どんなに汚れたザラキエルだって抱きしめて愛せる。

 というか、現に今日ザラキエルが帰ってきた時にそうやって迎え入れた。

 彼女も嬉しそうに抱きしめ返してくれたから、その行動は間違ってなかったと思う。

 

 血まみれのザラキエルを抱きしめた事で、二人して血に汚れてしまったから。一緒にお風呂に入って、体を洗い流して。そして先ほどベッドで寝かしつけてきた。

 

 お風呂では互いに余所余所しい感じになってしまったが、初めて一緒に入ったにしてはよくできたんじゃないかな。

 ザラキエルは恥ずかしがって、全然顔を上げなかったけど。母娘二人、仲良くできたと思う。

 これでザラキエルが私に少しでも靡いてくれればいいのだが……。

 

 でもなぁ……ザラキエルの戦闘欲と殺人癖が全然、落ち着いてないのが問題だ。入浴中も終始、私の方をチラチラ見てはザラキエルの羽がザワザワしてたし……。

 

「……どうでした? 今日のザラキエルの働きを見て、熾天使さんは何か思いました?」

「以前のザラキエルを見ていないので、詳しくは比較できませんが……少なくとも、健全ではなさそうであります。むしろ、話で聞いていたよりも、悪化しているかと」

 

「そうですよね……『物足りない』なんて言ったんですもんねぇ」

 

 強敵である爵位級の悪魔を複数同時に相手して、物足りないとは一体……?

 彼女が満足できる戦闘とはどんなレベルのものなのか。

 

「……大罪悪魔、か」

 

 思いつくのは、それぞれが魔界の階層を支配する、悪魔の王達。

 以前、ザラキエルはその中の『嫉妬』の悪魔を殺してきた。その首は統制局の職員が間違いなく『嫉妬』本人であることを確認した後で、魔界へ返還されている。

 

 ザラキエルがまた、それら相手の戦闘を欲しているならば、まず満足できる戦闘は早々得られない。

 

「欲求不満で堕天の進行はありえますか?」

「……あります。欲望とは満たされなければ、より強くなるもの。理性の限度を超えれば、堕天します。それはサーヴィトリー様も昨夜、実感されたかと」

「はい……」

 

 強引に部屋に閉じ込めて、戦闘行為をさせなかったことで昨夜ザラキエルは我慢の限界を迎えて堕天しかけている。

 あれは私のミスだった。もっと思慮深く行動するべきだったのだ。

 

「……ですが大罪悪魔との戦闘は認可できませんよ。ザラキエルがまだ回復途中という事もあるし、そもそも魔界との戦争が再開しかねない」

 

 もはや歴史上の出来事と風化してきている大戦争。

 元々の発端は、古い神々が「わちし達に頭を下げないなんて、魔界の連中は生意気だえ~」などと言い出したこと。そんな思い付きで開始されたのが、天界の侵略戦争だ。

 

 一時は8階層ある魔界の半分を制圧したが、天界の内紛もあって神々が根絶やしになったため原状復帰で白紙和平。

 それから悪魔は天界を蛇蝎の如く嫌ってるが。うん、まあ……ぶっちゃけ残当だと思う。

 

 今では互いに――と言っても、魔界からが殆どだが――尖兵を送り合って、嫌がらせするのは日常茶飯事だ。

 

 だからザラキエルが魔界に飛び込んで悪魔狩りするくらいなら、大きな問題とは成り得ない。

 しかし相手の首魁、大罪悪魔を何度も狙うようなら話は変わってくるだろう。

 それも「天軍」の総司令、熾天使サラフィエル付きの闇討ちだ。こちらがまた本気で侵略を企んでると疑われかねない。

 

「もう天軍には所属兵が私しか居ないのでありますが……? 私が"熾天使"なのだって、私しか上位天使に就任する候補がいなかったからだし……」

「そんなの、魔界側には分かりませんよ。悪魔には過去の戦争からサラフィエルさんの顔を知る者も多いはず。相手はまた天界が軍を差し向けたと思うでしょうね」

 

「……そもそも、先に敵対行動を取ったのは、色欲『アスモデウス』であります。奴には責任を取ってもらわねばなりません」

 

 本気の声色で熾天使さんがそう言った。

 まるで戦争を容認するような発言だが、私は聞かなかった振りして、話題の矛先を少しだけ変える。

 

「ザラキエルが言ったのでしたっけ? 魔界でクロちゃんさんをくれたのは、アスモデウスを名乗る悪魔だったと……?」

「はい。たしかに」

 

 それも、また私の頭を悩ます問題だ。

 

 アスモデウス――元、智天使にして、淫欲に負けて堕天した存在。

 彼女は今、大罪悪魔の1人となって魔界の支配者をやっている。

 

 それが、なぜザラキエルに猫の悪魔を渡すのか。その目的は容易に想像できた。

 

「……仲間に、したかったのでしょうね。悪魔を渡すことでザラキエルに悪い影響を与え、堕天を早めたかった。ザラキエルを堕とそうとした」

 

「はい」

 

「じゃあ、ザラキエルは悪魔から狙われていると考えた方が良いでしょうね。……ただでさえ厄介な堕天問題が、治療を妨害しようとする敵まで出る始末……ふざけないで、くださいよ!」

 

 思わず汚い言葉が口からでてしまう。

 

 上手くいかない事ばかり。

 

 アスモデウスさんのみならず。

 ザラキエルも救えないことが悔しくて、自分が不甲斐なくて、涙が零れ落ちる。

 だけど、こんなところで諦める訳にはいかない。涙を拭って顔を上げた。

 

「次の一手を考えましょう。ザラキエルとも相談して、彼女の欲望を抑える手段を見つけるんです。また熾天使さんにも協力してもらいますからね!」

 

「――はい!」

 

 アスモデウスがなんだ。

 悪魔が、狙っているからなんなんだ。

 

 こっちは女神様だぞ! 自分の子の一人くらい、容易に救ってみせる!

 私は覚悟を新たに、そう息巻いた。

 

 

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