転生TS天使ちゃんは怠けたい   作:テチス

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会談

 

 

 色欲のアスモデウス――今から数百年以上も昔に、堕天して悪魔になってしまった存在だ。あれは私がまだ女神となって、間もない頃のことだった。

 

「め、女神様……! 大好きになってしまったのです! 愛しているのです! 私と結婚を前提に付き合ってほしいのですよ!」

「え……っと。ごめんなさい。あの……貴方のことを深く知らないので、まずはお友達から始めましょう?」

 

 呼び出されたと思ったら告白された。ビックリして、思わずそう言ったのを覚えてる。

 当時アスモデウスとは深い付き合いはなくて、互いに名前を知っている程度の関係だったから、すぐに了承することはできなかった。

 だから友達から始めましょうと言ってしまった、のだが……それが失敗だった。

 

「……う、うあわあああ!! 振られたぁ!!」

「ああ!? アスモデウスさん!?」

 

 彼女は私の言葉を聞いて、逃げだした。

 そして翌日には堕天してしまい天界を去った。今から数百年前のこと。それから一度も会えていない。

 

 そんなアスモデウスさんが私に会いたいと言っている。

 

 会談場所に指定して来たのは人間界の小さなビルだった。

 都会過ぎず、田舎過ぎず。そこそこに繁栄している地方都市の、そこそこ郊外に建つ廃ビル。

 そこに熾天使さん、ザラキエルとクロ、そして私。更に仲介役として利用した智天使のアルマロスさんを加えた6人で会いたいと言ってきた。

 

 当然、周囲は大反対。

 熾天使さんだけは闘争に燃える様な顔で、行ってやりましょうと言っていたが……他の護衛天使の方々からは、リスクが高すぎるから止めてくれと懇願された。

 

 当初は私もあまり乗り気ではなかった。ザラキエルを狙っている可能性が高い悪魔に、ザラキエルを連れて会いに行くなんて正気の沙汰じゃない。

 だけど智天使さんを通して伝えられた、アスモデウスの提案を聞いてしまったら、私の中から門前払いという選択肢はなくなった。

 

 

 

「……久しぶりですね、お元気でしたか。アスモデウスさん」

「……ええ。そうね、本当に久しぶり。まあまあ元気よ。でも貴方は少し痩せたかしら? サーヴィトリー?」

 

 剥き出しのコンクリート壁から冷気を感じる、殺風景な部屋の中。簡易的な折り畳みテーブルと、パイプ椅子だけが置かれていた。当然、飲み物や茶菓子なんてある訳も無く。

 まるで悪い組織同士が会談するような無機質なビルの一室で、私はアスモデウスと再会した。

 

「まあ……今日はお互いに敵意は無しにしましょう。私はそこのアルマロスを通して、いい提案をしたつもりよ。だから、来たんでしょう?」

「はい。聞かせて貰いに来ましたよ、ザラキエルの堕天を止める方法を……!」

「まあまあ、そう焦らないの。ほら皆、座りなさい。それと私は護衛の人数は指定したわよね? それ以外があまりに多いわ。全員下がらせなさい」

 

 ピクリと肩が揺れた。

 この部屋に入ったのは、アスモデウスが指定した人物だけにしたのだが。それ以外の護衛がビル内部に侵入したことがバレたようだ。

 

「……皆さんはアスモデウスさんの言うとおりに。敵意は、無さそうです」

 

 結局、護衛天使の皆さんは譲らず、隠れてついて来てしまったが早速バレては会談どころではない。

 アスモデウスから指定された者以外は下がるように指示を出す。

 

「しかし、サーヴィトリー様……」

「構いません」

「……っは」

 

 私にだって、相手が敵意を持っているのかいないのか、それ位は分かる。アスモデウスは本当に敵意を持っていないようで、悪意を欠片も感じない。

 

 思ったより一触即発の状況ではなさそうだ。

 少しだけ安心して、完全武装の護衛天使達をビルの外まで下がらせた。しかしアスモデウスは納得していない様に首を振った。

 

「まだ近いわ。それじゃあ射程内でしょ? もっと、もっと。そうね……隣町まで行かせなさい」

「……随分と用心するんですね」

「だって死にたくないもの私。大丈夫よ、貴方が欲をかかなければ、この会談は問題無く終わるわ。……だ、だから絶対その熾天使を(けしか)けないでよ!?」

 

 今にも殺しそうな目をしている熾天使さんを見ながら、アスモデウスはそう言った。

 

「熾天使さんと女神様は座らないのですか? 話は長くなりそうですよ~?」

「問題無い。……アルマロスはなぜそんなに暢気なんだ。もっと緊迫感を持て」

「いや~はは。ザラキエルちゃんを見てくださいよ。もっとポヤポヤしてますよ?」

「ん?」

 

 私の後方でパイプ椅子に座って、膝の上のクロを撫でているザラキエルの様子を見てちょっと噴き出した。

 私と熾天使さんばかりが緊張していて、この二人は実にリラックスしているようだ。

 

「私は、女神様を信じてるから」

「……信頼と丸投げは違うぞ、ザラキエル、お前のそれは盲信と言うのだ」

「むぅ」

 

 熾天使さんに怒られたザラキエルが、ちょっとばかし緊張した面持ちでアスモデウスを見上げた。

 だけど……頼られて悪い気はしない。私は大きく深呼吸をして、アスモデウスに問いかけた。

 

「それでは、聞かせてもらいましょうか、貴方の言い分を……!」

 

 

 

 

 

 

 ようやく椅子に腰かけた女神を見て、私は内心でほくそ笑んだ。

 

 ――第1関門は突破した!

 私の心に安堵が湧きあがる。

 

 一番起きて欲しくなかったことは、お前の話なんか信じられるか、と言って問答無用で斬り捨てられること。

 乗り気でないアルマロスに泣きついて、女神との会談をセッティングして貰ったことが実を結んだ。

 

 そもそも、なんだ! 私がサラフィエル先輩に命を狙われるって!

 アスモデウスなる悪魔が、ザラキエルに猫の悪魔を送り付けたらしいが……誰だそれは! 私じゃないぞ!?

 クロって猫も一体誰なんだ!? 知らんぞ、そんな奴!

 

『ザラキエルちゃんに借りをつくれましたよ~。これは貴方のモノです。有効利用してくださいね~』

 

 なんてアルマロスに言われたが、要らん要らん!

 そいつ、いま噂の殺戮天使だろ! 関わりたくもない!

 

「そ、そうね~……まず大前提と知って欲しいのは、私は天界との戦争を望んでいないことよ」

 

 戦いなんて、やりたい奴だけでやればいい。

 どれだけの人が死のうが関係ない。世界が荒廃しようが知った事じゃない。だけど、私を捲き込むな。

 

「なんか私がその黒猫をザラキエルに贈ったことになってる――ごほん。違ったわ。贈ったんだけど、それは悪意からじゃない。別の目的があったからよ」

 

 アルマロスから凄い目で睨まれたので慌てて修正。

 

 はいはい、私のせい! 私のせい!

 だけど、今度は熾天使からめちゃめちゃ睨まれた。あーもー、私の周囲は敵ばっかり!

 

「別の目的……ですか?」

「そうよ。みんなは不思議に思わないの? その黒猫、悪意が殆どないでしょう? 悪魔として珍しいと思わない?」

「それは、確かに……私も思いました。この子からも害意などは一切感じないのですから」

「悪魔とは、全部が全部悪い奴じゃないの。人間だってそうでしょう、天使もそう。悪魔という一括りで魔界を見てもらっては困るわ。まずは、それを知って欲しかった」

 

 よしよし、よーし。

 アルマロスから猫の情報を聞いていてよかった。

 飼い主に似ずに、ほんわかふわふわした猫で助かった! これを取っ掛かりに話を進める。

 

「私は、ただ和解したかったのよ。天界と魔界は長年、険悪な関係が続いてるわ。でも、もうそろそろ終わりにしない?」

「……はい。それには私も賛成です」

 

「私は他にも良いこと一杯やったのよ。アンタ達が気付いてるか知らないけどね『嫉妬』の怒りを抑えてあげたりもしたわ。それで、首をとっても大事には至らなかったでしょう?」

「……なるほど、先日の件で魔界との関係悪化が起きなかったのは、貴方が裏で手を回してくれていたのですね。それは感謝します。ありがとうございました」

 

 いいぞいいぞ。いい感じだ。

 女神の警戒心が徐々に溶けていくのを感じる。

 そして女神がずっと何かを気にして、そわそわしている事が私には手に取るようにわかる。

 

 女神は早くザラキエルの堕天を治療したいのだ。そして私には、その手段がある……!

 

 取り出したるは、これ! 『制欲剤』!

 小さな瓶に入った、透明なドロッとした液体。それを見せつけるようにテーブルの上に置いた。

 

「それは?」

「貴方たちは『催欲剤』って知ってるかしら? まあ、有名だからね、知ってるとは思うんだけど……これはその解毒剤。逆に生物の欲望を抑えてくれるお薬よ」

 

 毒を作るなら、それを制する解毒薬は必需品……という訳でもなかった。だって催欲剤は悪魔や人間には効果がない『毒』だしね。浴びても私達には関係ない。

 

 だから長年、反対効果の解毒薬は存在しなかったのだが、私が何かに使えないかと部下の悪魔にずっと作らせていた。

 まだ開発段階で、効果が強かったり弱かったり、安定しない試作品だが。もうこれを持ち出すしか手がなかった。

 

 私がザラキエルを狙ってる? 堕天させようと悪魔を送り込んだ??

 ――アホか! そんなことする訳ないだろ! 戦闘狂すぎて、そんな奴欲しくない! むしろ堕天を治してお前らのとこに突き返すわ!

 

 これは、それを証明する援助品。

 まあ試作品だが……今日はその中でも特に効能が高い奴を持って来た。おそらく、持っている欲望が全部吹き飛ぶクラスの劇薬だが、まあ天使相手に使うなら問題ない。

 あいつら『欲望』が無くても、使命感だけで動くからね。だいたいの天使はほぼ欲無しで働いてるわけだし。

 

 なお、悪魔や人間にこれを使ったら……たぶん超絶ヤバイ。

 欲望が皆無となって活力ゼロ。生きる屍と化す気がする――が、まあ、今回に限っては関係ない。どうでもいいな。

 

「これを飲めば、ザラキエルの堕天は止まるわ。欲望に飲まれることもない。どう? 欲しくない?」

「っ……信じられません。それが本当に治療薬だという保証がありません」

「それは、もう信じてもらうしかないわね。持ち帰っての検査はダメよ。今ここで飲みなさい。これは、魔界と天界の今後の関係を決める、私からの贈答品なんだから」

 

 もしも精査されて、天界で量産されたなんてなったら、超困る。

 ただでさえ戦力差は天界有利なのだ。少しは魔界側にも交渉材料がなければ、和平したとしても私達は属国扱い。それは許せない。

 

「……」

 

 女神が真剣な表情で悩んでる。

 アルマロスに目配せ。――推せ!

 

「女神様、私は賛成なのですよ~? ザラキエルさんの堕天を止める方法が見つかりません。可能性があるなら、乗ってもいいと思うのです。それにほら、アスモデウスさんの目を見るのです。純粋な目をしてるのです……」

「ああ、なんか。必死な目だな。怪しいな」

「ん~……薬かぁ」

 

 女神以外の賛成は1、反対が2といった所。猫は寝ている。

 ならば……ここでザラキエルへの貸しでも返してもらうか。

 

「ザラキエルは、その猫どうだった……? 私からのプレゼントよ、可愛かったでしょう?」

「うっ……な……。わ、私は、飲んでみてもいいかなぁ」

 

 よし、賛成が2に回った。

 

「サーヴィトリーもそろそろ悪魔(わたしたち)を信じてみない? 聞いたわよ、猫と一緒に無邪気に遊んでたんだって? なら、ここから私達の未来を繋げましょう」

「……」

 

 女神と目線を合わせて、逸らさない。

 神族特有の澄んだ瞳で心の奥底まで見透かされる様な錯覚。だが、ここで目を逸らしたらダメなのだ。

 私にやましいことなど何もない。ただ純粋に、ザラキエルの治癒を願ってる。それは本心だ。

 

「……分かりました。私は貴方を信じます。ザラキエルをよろしくお願いします」

 

 その思いが通じたのか、ふわっとした笑みを浮かべた女神が頷いた。

 

「よしっ!」

 

 第2関門突破!

 あとはザラキエルが完治して、私は無罪放免だ!

 

 ちょいちょいとザラキエルを手招き。

 無防備に近寄ってきた彼女に薬を手渡した。

 

「飲むよ?」

「ええ、どうぞ。一気に呷っちゃいなさい」

 

 ああ……これで、私の冤罪は晴らされる。

 辛かった。死刑執行人の目の前で、自分の立場を証明するのは心労が酷い。だけど、ようやく解放される。

 

 そう思って穏やかな心でザラキエルが薬を飲み干すのを見届けた。

 全てがこれで終わる――そう思っていた。だが、事件は直後に起きた。

 

「飲んだよ――ぁ」

 

 薬を飲み終えたザラキエルが、小さく笑うと突然、崩れ落ちたのだ。

 

「ザラキエル!!?」

「なぁ!? 貴様、裏切ったな!!」

 

 慌ててザラキエルを抱えて、立ちあがらせる。だが、彼女は全身の力が抜けていた。無表情で焦点すら合わない瞳で中空を見ている。

 な、なんだこれは……? なんだこれは!?

 

「ま、待ちなさい! 動かないで!」

 

 動きだしそうになっていた熾天使や女神を制する。

 

 何故ザラキエルは倒れた? こんなはずじゃない。あの薬にこんな効果はない!

 だが、やっぱりザラキエルの足に力が入ってない。放っておくと、また倒れてしまうので、完全に私が抱え上げる体勢になってしまった。

 

 サラフィエル先輩が、剣を抜き放った。

 

「貴様、やはりザラキエルが狙いだったか……今度は何だ、そいつを盾にでも使うつもりか。貴様は、もう許さん。殺してやる……殺してやるぞ、アスモデウス!」

 

 ――これは、冤罪だ!!

 

 

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