サラフィエル達が突撃を開始してからというもの。
私は適宜、守護の魔法を発動しながら戦いの行方を見守るしかなかった。
こういう時に、まともに戦えない自分が嫌になる。でも、そんな事は言っていられない。今は自分にできることをするしかない。
魔力が回復しては、何度だって守護の魔法を構築する。無理な魔法の連続行使で頭が痛くなる。
警護の天使さんが心配して、もう止めるように進言してくれたが、それはできない相談だ。
みんなが命を張ってるのに、私だけ安全な場所でぬくぬくなんてしてられない。ザラキエルが戦闘に巻き込まれない様に、彼女のいる場所を起点とした防護術も欠かせない。
そして、しばらくたった頃。
「女神様――全戦域にて悪魔、沈黙いたしました! 我等に目立った被害なし。完全勝利です!」
伝令の天使が飛んできて報告をくれた。
彼女は終戦を確信しているようで、欲望や感情の抑制を解いて、ほっとしたような表情を浮かべていた。
私も戦いが終わったと聞いて、おもわず伝令の子を抱きしめる。
「よかった……っ、皆が、無事でよかった! 貴方も大丈夫でしたか!?」
「わ!? あわ、わわわ! 女神様ー! お戯れを!」
これまでは分からなかったが、どうやら私には抱きしめ癖があるのかもしれない。
ザラキエルに初めてやって以来、無意識でそういう事をするようになってしまった。
今だって、少し話す程度の仲だった伝令の子に対して、ついやってしまった。慌てて解放。
「あ、ご、ごめんなさい、つい……不快じゃ無かったですか?」
「ぃ……いえ……むしろ、もっと……っは!? ち、違うんですよ! 違うんですよー!」
羽をぱたぱたと慌ただしく動かして、伝令の子は飛んで行ってしまう。
その際に顔が真っ赤だったのは、なんでだろう。
「女神様。あまり私の部下を誘惑しないでほしい。……堕ちる」
「お、堕ちる!? どういう意味ですか!?」
少し疲れた様子でガブリエルが戻ってきた。
彼女は一度咳払いすると、身を引き締めて報告してくれた。
「――女神様に頂いたご命令。確かに遂行いたしました。我等に犠牲ゼロ。敵首魁のアスモデウスは捕縛。敵性悪魔もまた、可能な限り鎮圧に留めております」
「はい……!」
「サラフィエルが討ち倒した『嫉妬』や上位爵位級の悪魔は、危険ですので隔離中ですが……ご覧になられますか?」
「いいえ、それは後にします。まずはザラキエルの元へ行きたいのですが……いいですか?」
「では山小屋の方へどうぞ。そちらには、現在サラフィエルが赴いております。ですが、まだ残党がいる可能性もありますので、十分にご注意を」
「はい! すみませんガブリエルさん、ありがとうございました!」
戦場から戻ってきた部隊の点呼や、確認作業が進む中。私はガブリエルに残務をお願いして、転移した。
いまはすぐにでもザラキエルの安否を確認したかった。
山小屋の入口。
私が辿り着いた時、サラフィエルが最後の悪魔を専用の縄で縛り上げる所だった。
彼女は私の存在に気付くと、悪魔を前に突き出して説明してくれる。
「女神様、どうやらコイツが、ザラキエルの対応に当たった悪魔のようです。名をウコバク」
「ひひっ、どうも~女神様とやら。見た目麗しい御方の様で、あっしも会えて嬉しいですよ。おっと自己紹介がまだでしたね。あっしはしがない料理悪魔の――」
「――黙れ! お前は、私の質問にだけ答えろ! 汚い口を開くな! ……お前ゴブリンだろ! 女の敵の、ゴブリンとか言う奴だろう! 一体、ザラキエルに何をした!」
「あ、あっしをそんな低俗な連中と見紛うのは止めてほしいんですが!? ……っ痛! なにも蹴り飛ばすこたぁないでしょう!」
サラフィエルに蹴り飛ばされて、ウコバクは苛立ったようだ。
彼は、ハッと、悪戯を思い浮かんだような笑みで語り出す。
「っへ。何をしたかってェ? 聞きたいんですかい? あっしの悪行。あっしは
ニヤニヤとこちらを馬鹿にしたような醜悪な笑み。……聞きたくない。ザラキエルが何をされたのか。想像もしたくない。
だけど、私の覚悟はまだ中途半端。
ザラキエルの前に出る前に、彼女が何をされたのか知っておいた方がいいだろう。彼の言葉に耳を傾ける。
「いやぁ、見せたかったなぁ。最初は『悪魔のなんて欲しくない』って拒否していた天使が、どんどん、あっしの味に夢中になっていったその姿。その内、もっともっと、って。瞳を潤ませて要求して来たんでさぁ」
にまにまと、愉悦を浮かべた表情。
「すいやせんねぇ女神様。ザラキエルさんの初めて、貰っちまいやしたよ。アイツも泣いて悦んでくれました。美しかった白い翼も、そりゃまあ黒く――」
「聞くに堪えん」
感情を押し殺した熾天使さんが、悪魔の首を斬り飛ばした。
ごろごろと転がっていく生首が、捕縛された『色欲』アスモデウスの足元で、止まった。
「……どういうことですか、アスモデウスさん。詳しく、説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています」
「ひっ!? ち、違うわ! 私はそんな命令出してない! ただ、ザラキエルがご飯を欲しいっていうから、部下にお腹いっぱい食べさせてあげるように言ったのよ! 本当よ!?」
智天使さんの功績により、アスモデウスは無事に捕縛されていた。
それも、この戦争で完敗したことにより諦めたのか、かつて天使時代に図書館から得たという神力を用いて自分自身に隷属魔法を掛けるという無条件降伏。
今アスモデウスの魂は智天使さんが握っており、嘘も誤魔化しもできない状況に置かれている。
そうでなければ、きっと私は彼女の言葉を信じれなかった。
だけど、首に巻かれた絶対の隷属魔法が教えてくれる。
彼女は一切の嘘をついてなかった。つまり彼女の言葉も、この焦りも……演技じゃない?
「……なら話してくれるのでしょうね。今回の事件の真意。そのすべて」
「当たりまえよ。そもそも、私は本当に敵対する気なんて無かったんだから――!」
そして、彼女から説明を受けて、私は愕然した。
最初から本当にアスモデウスは悪意を持って無かったのだ。本気で、天界と和解する気だった。
だけど試作品の治療薬が、思ったような効力を発揮しなかった。強く効きすぎたのか、ザラキエルが倒れてしまった。それが今回の事件の発端。
なんだそれは……。
それがどうして……こんな大事になっているんだ。
アスモデウスの医薬品に関する知識の不足。
私の早とちり、熾天使さんの怒り、クロちゃんの間の悪さ。
そして、アスモデウスが用意していた『生き残りたい』という保険の数々。嫉妬を捨て駒に誘い、配下の悪魔を動員したこと。
数々の偶然が連鎖して、こうなった。
そして――今度は、部下への命令が、他の悪魔によって曲解されてしまった?
ザラキエルへ『お腹いっぱいご飯を食べさせてあげて』という命令が、全く別のナニカに内容が書き換わった疑惑が浮上した。
まるで
私は居てもたってもいられず、勢いよく小屋の扉を開いた。
「ザラキエル! 大丈夫!?」
部屋の中では、目元に泣いた跡があるザラキエルが、大きく手首を切っていた。
滴り続ける大量の血液。その傷口を、まるで労わるようにクロが舐め続けていた。
「ぁ――」
卒倒するかと思った。
▼
クロにエサやりをしていたら突然、女神様が乱入してきました。
そして俺の手首を見て、数度よろめいた。どうやら変な方向に勘違いさせてしまったらしい。
「ち、違うよ! これは……とにかく、違うよ!?」
あわあわと、クロを押しのけて血まみれになった手首を隠す。
ナイフ、ナイフ……! それも隠さなきゃと思ったら、熾天使さんに取り上げられた。
「あっ」
「ザラキエル、これは……いや。いい。何も言うな。ただ……お前の翼を触らせろ、いいな」
「ぇ、あっ!」
「こんなに黒くなってしまって……すまない。助けに来るのが遅くなった」
そう言って熾天使さんは後ろに回り込むと、俺の翼を優しく撫でつけてきた。
振りむけば、俺の羽の大部分がまた黒くなっていたのが目に入る。
あー……あちゃ~。まあ、ご飯美味しかったからね。クロにも分けてあげずに、独占してたしね。そりゃ欲望塗れだったよね。
それより熾天使さんの指使いがなんか卑猥。女神様と違って、羽の一枚一枚を改めるように撫でまわして。
「ザラキエルの羽は綺麗だな……」
さらには、じっと見つめるその姿。その言葉。
な、なんだよ突然……熾天使さん、なんかえっちぃぞ!?
これが天使流の愛撫って奴なのか? 俺も熾天使さんの羽触った方がいいのか!? ……いいや、俺の初めては女神様にしたいの!
「や、やめて……私は、大丈夫、だから」
「黙っていろ。私に任せて力を抜け。今、楽にしてやるから」
熾天使さんが撫でた羽が次々と白く戻っていく。……はえ~凄い、堕天を治してら。そんなことできたんか熾天使さん。
なんだ、ごめんね……愛撫は俺の妄想でした。
しかし羽の弄り方がなんか卑猥で。
息遣いが感じられるほど至近距離に美人さんがいるという状況まで加わって。
俺はついつい、
そのせいか熾天使さんが治した先から、俺の羽が再び黒く染まり直す。
彼女は顔を歪めて、舌打ちひとつ。熾天使さんの手の動きが早くなった。
「ぁ……ん……」
「動くな。……すまんな。後で私の羽も好きなだけ触っていいから。いまだけは、私に身を任せてくれ」
なんだかくすぐったくって、無意識に羽をぱたぱたと動かしたら、後ろから抱え込まれて抑えつけられた。
ひ……ひぇー!? 無理やりなんて、そんなぁ!
「ザラキエル、ごめんね。本当はダメなんだけど、ちょっとだけ……貴方の光輪を診させてね」
「え?」
熾天使さんの指先に翻弄されて「あーうー」言っていたら、なんか女神様がヤバイことを言い出した。
なんで!? なんで突然、俺の光輪を見るなんて話が出てきたの!?
俺は慌てて逃げようとする。しかし熾天使さんに抑え込まれいるから、首を振るしかない。
「や、止めて……! 止めてよ! 私は何もしてないから、大丈夫だから!」
光輪を見るとは一体なんなのか。
よく分からないが碌でも無いことは確かだろう。恐らく俺の光輪の魔力を確認させろという意味。
――やばい。バレる!
俺が淫乱だった事がバレてしまう!
「やだ……やだ……! 女神様に嫌われる! 見ないでよぅ……!」
「ザラキエル……ごめんね。絶対に嫌わない。大丈夫、貴方はどんな状態でも、決して穢れてなんかいないから! だから、ごめんね……!」
女神様はそう言って俺の光輪を優しく撫でた。途端に彼女の瞳孔が小さくなった。女神様が悲鳴を押し殺すように、小さく息を吐く。
あ……あ……。バレた?
「こんなの……っ……酷過ぎる!」
え、俺の淫乱が酷過ぎるって!? 知ってらぁ!
「……ザラキエル。あまり話したくないだろうが、言え。お前をイジメた奴は誰だ。私が殺す。地獄の果てまで逃げようと、何度だって、消滅するまで追い続ける」
「貴方に手を出した悪魔は、どんな姿でしたか? 特徴は? でも堕天使の力に加えて、神力まで混じってるのは何故……まさか、古代神族に生き残りが……?」
ひぇっ!? 女神様と熾天使さんの凍えるような声が、左右の耳から交互に聞こえてくる!? 俺の耳元で交互にささやくのは止めてぇ!
しかし二人はなんか凄い勘違いをしているようだ。まるで
俺がアスモデウスに攫われて、行方不明になっていたせいか?
しかも発見時に翼がかなり黒い状態だったから、余計に何が有ったのか不安になったのか? それで俺の光輪を見るという事になったのだろう。で、結果が最悪だったと。
うーん……これは、二人に心配を掛けすぎたせい。
つまりつまり、結局は俺のせい。
でも俺の魔力ごちゃごちゃ状態は、悪魔にヤラれたのではなくて、図書館で自分でやっちゃった結果だからなぁ……。
さすがにそこはちゃんと訂正しよう。
あんな美味しいご飯をくれた、アスモデウスにヘイトが向いては申し訳ない。あと、神族に生き残りはいないと思いますよ、女神様……?
「違うよ……これは、そう……図書館で、自分でやっちゃっただけ。私は悪魔になんか、ヤラレてないよ……!」
俺がそういうと、女神様は悲し気に微笑んだ。
泣きそうな顔で俺の頭を何度も撫でる。
「そうだ、ね。図書館の本なら堕天使の魔力も神力もあるもんね。こんな風に混じっちゃうね。……だけどね、図書館に悪魔の魔力は……いや、そうだね。ザラキエルは、そんな酷い事されてないもんね」
女神様は途中で言葉を止めたが、なんとなく察する。おい、図書館の本に悪魔の魔力は無いんかい。
でも俺の光輪には現に悪魔の魔力が入っちゃってるから……あぁ。
なんかこれ、俺が強姦されたことを認めたくなくて、現実逃避で言い逃れしたように見られてないか!?
ちゃうちゃう、本当なんよ。悪いのは図書館なんよ! 悪魔は関係ないんよ!?
あーもう! クロの所為じゃねぇか! お前がさっき悪魔の魔力をくれたから、図書館説が信じて貰えずに、悪魔共にヤラれた説だけ濃厚になっていく!?
「クロ……」
チラリと、クロを見る。何もわかって無さそうに首を傾げていた。
これ、明かして大丈夫かな……俺、飼い猫に犯されました……って、言っていい?
い……い、言えねぇ……っ!
俺のプライド的にもそうだが、なにより、クロが熾天使さんに殺処分される!
最初に二人が出会った時もそうだけど、熾天使さんには簡単にクロを殺そうとした前科がある!
もしもクロが飼い主に手をだす猫だとバレたら……あー無理! 死んじゃう! 救命行為とはいえ、二人のこの剣呑とした雰囲気! クロ死んじゃうって!
「……うん。嫌だった。無理やり、ヤラれて。怖かった。でもアスモデウスさんは、悪くない、よ。あの人はちゃんと薬をくれて、でも私には合わなくて、ぼうっとしちゃって……でも、その後お詫びに、ご飯を用意するって……言ってくれてたから。だから、あの人は悪くないよ」
「……ごめんね。辛いことを思い出させちゃったね……ごめんね」
なんと説明すればいいか分からないから、俺の説明はかなり分かり辛い、拙い発言になってしまったが……もういいです。
はい、俺は見知らぬ誰かにヤラレマシター……。そうしておきましょう。もうそれが安牌です。
アスモデウスのことだって俺はちゃんと庇ったからね。ゆるしてね。
「サーヴィトリー様、ザラキエルに手を出した犯人は分かりますか?」
「……ごめんなさい、彼女の光輪は、もう……いろんな魔力が混じり合い過ぎて、何が何やら分からない状態です。……大丈夫? ザラキエル、いま全部、直すからね」
「なお……す?」
え、光輪の魔力混ぜ混ぜって、治るんですか!?
つまり俺の身体が純潔になるって、こと!? うわーい。それは嬉しい。
いや……待てよ?
俺の光輪が綺麗になる = 俺の弱体化じゃないか!!
かつて智天使さんが言っていたじゃないか!
「治療の為にちょっとだけ、私の神力を入れるね……ごめんね、気持ち悪いけど少しの間、我慢してね。ザラキエルの光輪が初期状態に戻るまで、
しかも初期状態!? え、それって俺の体を生まれたての状態まで戻すってこと!?
待った待った! ストップぅ! 女神様、ストップ! それ俺が仕事できなくなる奴ぅ!
「やだ、やだ止めて! 女神様、止めてよ! 神力を入れないで、そんな酷い事しないで……!」
「っ、ごめんね! 辛いよね! 悪魔に犯された後に、親子でも、こんな事しなきゃなんだもんね……ごめんねザラキエル」
「ぁ、ゃぁ……?」
え? ……ああ、そうか。
いま俺は治療の為に女神様に神力を注がれている訳で。
でも、魔力混ぜ混ぜは、天使的価値観でそういうことになるから。
えー!? じゃあ今、俺、女神様とチョメチョメしてんのぉー!!?
「……」
女神様が真剣な表情で、だけどどこか頬を染めて俺の光輪に手を翳す。俺の光輪が、なんかちょっとピカピカ輝いた。
チョメチョメ……これが女神様との……。
――くそぉおお!! 実感が湧かねぇええ!! これが天使式えっち? 分かんねぇ! 俺が人間だから、こんちくしょうぅうう!!
「な、なにをしているのですか女神様!? 前後でザラキエルを挟み込んで……翼を弄りながら、光輪に魔力を入れて……そ、そんな三人えっち……! ひ、卑猥なのですぅ!!」
なんか部屋に入ってきた智天使――アルマロスさんが衝撃を受けた様な顔をしていた。かと思えば膝から崩れ落ちてポロポロと涙をこぼす。
その隣ではアスモデウスがバツの悪そうな表情で立っていた。
「あ、あっ、そんな……私が先に女神様を好きだったのに……! 私が女神様の初めてを貰うはずだったのに! ザラキエルに私の女神様を寝取られたぁー!」
「何言ってるのよアンタ。馬鹿じゃない? あれは治療行為――痛っ! 殴らないでよ!」
「でも、なんでしょうか、このドキドキ。……あれ? 寝取、られ? これはこれで興奮する、かも……?」
なんか智天使さんが気持ち悪い事を言い出した。頬がぽーっと赤くなって、興奮したように俺達のことを見つめてきた。
でも俺も、女神様も、熾天使さんも。誰もそれを気にする余裕なんて無い。
「熾天使さん、くすぐったい。するならもっと強くして……女神様も、もっと激しく……やってみて」
「す、すまない……あまり私はこういうことが得意じゃなくて……!」
「激しくなんて、そんな……!」
結局、あの天使の軍勢は何だったのだろうか。
爆発が連続するような戦闘行為は? 制欲剤うんぬんの話はどうなった?
でも、女神様も熾天使さんも、誰もそれ等を気にしない。もう終わった事なのだろう。
いや、そんなことよりも。
俺はこの、えっちなんだか、えっちじゃないんだかよく分からない状況をどうすればいいんだ!?
だれか教えてくれ! だれか、助けてくれー!
次回、第2章エピローグ
1時間後に投稿します