それからの話をしよう。
結局、俺の身体は女神様の手で全部キレイキレイされてしまった。
生まれたてホヤホヤの赤ちゃん天使ボデー。それが今の俺。
はーい。滅茶苦茶、弱体化しましたぁ! なんか身長もちょっと縮みましたぁ! かなしす。
――でも、良いこともあった。
鏡の前でつんつん自分の頬をつつく。心なしか、肌の張りまで赤ちゃんに戻ってるような。……いや、そうじゃなくて。
「ザラキエル、ほら、今日のお薬飲んで」
「んー……これ、苦い……」
女神様に渡された、透明な液体をくぴくぴ飲んでいく。
まず堕天に対する治療薬が天界で出回るようになったこと。これが良かった事その一だ。
「どう? ザラキエル、変な感じにならない? ラファエルさんも、どうですか。ザラキエルに異常はみられないですか?」
「んー……? 普通?」
「ザラキエルさんに問題はなさそうですね。このまま暫く、経過観察していきましょう」
医者をやっている熾天使のラファエルさんは、そう言って、微笑んだ。
どうやら、先日の戦いは大きな勘違いが産んだ、悲しき武力衝突だったらしい。
アスモデウスが持ち込んだ薬が、俺に強力に効きすぎてしまったこと。その後の皆の対応。それらが悪い連鎖を起こして、あの戦いに繋がっていった。
なんという不運だ……と思ったが、今では無事解決。
まずアスモデウスさんは、もう敵対する気はないという事が証明されて、また本人の強い希望と
今は主となっているアルマロスの管理下に置かれ、一緒に司書として働いているらしい。
『はー……まさか、またこの仕事に復帰することになるとはねぇ、思いもしなかったわ。でも当時より気楽に仕事できるし、まあ、いっか。……アルマロスが襲ってこないなら、もっといいんだけどねえ!』
とはアスモデウスの談。
彼女は彼女なりに、今の天界での生活を楽しんでいるようだ。たまに会うとストレスから解放されたような穏やかな笑みで手を振ってくれる。
だが『嫉妬』の方は、そうもいかない。
彼女は俺に殺され、熾天使にも殺され、また戦いでもズタボロにされて激おこぷんぷんらしい。でも心がちょっと折れたらしく、
『もうアンタらなんかと関わりたくもないわ!! ふんだっ、勝手に正義でも語ってろっての! ばぁーか!』
などと捨て台詞を吐いて、さんざん取り調べを受けた後で魔界に放流されて行った。
そんな扱いでいいのか大罪悪魔……と思ったが、どうやら放流は女神様たちにも思惑があるようで。なら俺からとやかく言うことは無い。
じゃあこれであの勘違いから連鎖した戦いが、全て解決。完全無欠のハッピーエンド――かといわれると、そうでもない。
全ての状況を改めて整理していくと、女神様達の頭を悩ます大きな問題が浮き上がってきた。
まず、アスモデウスが持ち込んだ『制欲剤』。
あの効能は天界の研究機関で調べ尽くされ、その有用性が立証された。今では効力を薄めたり、特定の欲望にだけ反応する様に調整されて、"堕天抑制剤"として活用され始めている。
だが検査の最中に判明した、重要な事実。
薬効が格段に強い――それこそ、俺の欲望を全部吹っ飛ばした程の――制欲剤でも、天使に飲ませて問題は生じなかったのだ。
感情は多少薄くなるが、大きく活動に支障がでなかった。
そう……普通の天使だったら、あの薬を飲んでも立っていられるのだ。俺のように、突然倒れるとか意識失うとか、無い。ぜーんぜん無い。
じゃあ、なんで俺だけが薬を飲んで倒れたのかって話になるよね……。これが問題点その1。
次に、女神様が俺の光輪を診た時、悪魔や堕天使の魔力以外に"神力"が混じっていた事が問題視された。
神力を持つのは現代の唯一神たる女神様。隠しているが図書館の本から得た智天使さん、そして智天使さんと頻繁に魔力交換をやっている、恋人のアスモデウスさんの3人のみ。
けどその誰もが、俺に神力を与えていないことが証明されている。
つまり俺を犯して堕天させようとした
この二つを繋ぎ合わせると……ほぅら、見えてくる。
天界と和平する気だったアスモデウスの薬を、そうとは気付かれずに別の毒薬に入れ替えることで俺を昏睡させて。
大規模戦闘を引き起こすことで、天界と魔界の関係悪化を目論んで。
更には、アスモデウスの命令を曲解して、悪魔に俺を襲うように仕向けさせた。更には自らの手で、俺を襲った神力を持つ謎の存在。
そう――古代神族の生き残りが、再び世界を巻き込んで大戦争を起こそうと、暗躍していたのだ!!
……いねぇよ! そんな奴!!!
『あ、あちしは関係ないえ~!?』
絶対そう思ってるって古代神族! 酷い風評被害だな、おい!?
いや……まあ、いいんだけどね。もし仮に古代神族が生き残ってたなら、普通にそんな事をやるだろうし。
性格も終わってるから、冤罪だろうと被って貰って構わない。今更、罪の1つや2つ増えたって変わらんだろう。
もう俺は訂正するのメンドイし……そもそも言ったところで信じて貰えないから、そっかーと聞き流してる。
今も女神様が苦しそうな表情で、存在しない敵から懸命に俺を守ろうとしてくれてるが……うん、それはごめんなさい。大きな勘違いです。
「あ……ザラキエル。ほら、また翼がまた黒くなってきましたよ」
「むむ、本当だ」
さて、では弱体化した俺が今どうやって生活しているかというと……説明しよう――無職である!
「おくすり飲む」
追加の堕天抑制剤をくぴくぴ飲んで、欲望が抑制されて翼が白くなったのを確認。
もはや俺の自室と化した、女神様の寝室でベッドに倒れ込む。ごろごろにゃんにゃん。
ああ、何度だって言おう。
今の俺は――無職である!!
いやーしょうがないねぇ。
だって、いまの俺! 弱っちいもんねぇ!
しかも俺は実質、生まれたて赤ちゃん。
うーん、これは惰眠をむさぼって許されるねぇ!
「ふふっ、よかった……まだ根本的な問題解決はできてないけど、とりあえず、ザラキエルが大丈夫になってくれて本当によかった……!」
「んー……女神様も、一緒に寝よー……」
「はいはい、しょうがないですね、ザラキエルは」
熾天使さん達が一生懸命、働いてる中で俺だけ女神様と一緒にゴロゴロと。ああ……最高、だ。
「主ー、おなか減ったー!」
そうだった。クロも一緒にゴロゴロしてるか……ご飯は、しょうがない、あげるか。
リストカットはヤバいから、指先をちょびっとだけ切って舐めてもらう。
この行為って、あんまり女神様達に良い顔をされないから、ほんのちょっとだけ。クロはそれが不満げだが、まあ許せ。
あとは……ああ、熾天使さんは、最近忙しそうにしているな。
先の戦いもあって、更に神族が暗躍している可能性もあってと。なんと天軍の復活が決まったのだ!
堕天抑制剤の誕生も後押ししたのだろう。戦闘が昔よりも禁忌ではなくなった。
まずは希望者だけだが、天軍への新規入隊の募集がはじまったようだ。
熾天使さんは、困ったような、だけど少し嬉しそうな顔で最近は働いてる。ただし夜になると俺と女神様の警護のため帰ってくる。
うん……あの人は今日も不眠で働いてる。やっぱり、天使ってどっか頭おかしいんだわ。
一方で智天使のアルマロスさんは相変わらずのサボリ司書。でも……最近は、なんか俺と女神様の恋愛状況を頻繁に聞いてくる。……あれは何なんだろうか一体。
『も、もうキスはしたのですか!? どうでした? やはり、め、女神様の唇は柔らかかったのですか!? あ、あの……ちょっと間接キスが欲しいので、ザラキエルさん私ともキスしませんか!?』
などと、真顔で迫られた時は、ちょっと泣いちゃった。
いくら俺がまだ心のチソチソを持つTS天使とは言え、あんなクレイジーサイコレズには興奮しない。
『止めなさいって! 相手はまだ赤ちゃんよ!? アンタみたいのが、一番教育に悪い……え!? なら私とキスする!? なんでよ! や、やめ……んんー!!?』
そう言ってアスモデウスさんが頑張って制止してくれなかったら、たぶん俺は襲われてた。
あの人怖い……。
そして、ありがとう、代わりに襲われたアスモデウスさん。恋人同士、末永く仲良くね。
とりあえずは……まあ、そんなかんじ。
まだ問題はちょこちょこ残ってるが……特別、大変なことはない。
代わり映えしない日常に戻ってきた感じ。だけど、それは失ってはじめて気づく幸せだ。
こんな大したことのない日常が俺は大好きで、今はとても楽しく暮らせてる。
穏やかな風が吹く、朗らかな天界で。
色んな人の愛情に包まれて。
俺は今日も、明日も。怠惰に生きていく。
それはそれは、とても素晴らしい毎日に思えるのだ。
とりあえずは……そうだな。
今日も、女神様と一緒にお昼寝するとしよう。
fin
以下、あとがき
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
第二章終了。そしてとりあえずの完結。今度こそ、ハッピーエンド……できました? 私的にはかなりハッピーに収めたつもりなのですが。
ちなみに。アスモデウスさんが本編に絡むまで、「まずい! このままでは日常編ばかり続いて、ダラダラ無限連載編に突入してしまう!?」と慌てて軌道修正したのは内緒。
たぶん書こうと思えば、ドンドン書けちゃうし、私も執筆意欲はあったのですが……。未完になるのが一番怖い。
だから後半は勘違い収束に向けて、作風を変える必要があったんですねぇ。
という訳で、はい。まずはここでひとまず完結とします。
もしも続くとすれば、ザラキエルちゃんが力を取り戻す編とか、どこからか生えてきた真犯人(笑)編とかになるのかな。
ごめんさい、それはウソ。未定です。
第三章はまず有るのかどうか、そこから未定。では。(=゚ω゚)