転生TS天使ちゃんは怠けたい   作:テチス

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再発

 

 天界の、女神が坐する神殿の。最上階の一室で俺はベッドに寝転んだ。

 窓から外を見上げれば、数人の幼い天使が楽しそうに空を泳いでる。雲の中でかくれんぼ。鬼ごっこしながら笑ってる。

 

 俺もあったなぁ~、自由だった子供天使の時代。まあ周囲に馴染めず、ぼっちだったんですけどね。あっという間に社畜人生に舞い戻ったんですけどね。

 

 ハハっ! 君たちが遊べるのはあと数か月なんだよ。

 女神の奴隷に就職したら、君も新しい社畜になるんだよ(哀れみ)

 

 あ、窓越しに目が合ったら、天使ちゃん達が絶望の表情で逃げてった。バイバイだよ(悲しみ)

 

 感慨深い光景を見ながら俺はベッドの上でごろんごろんと転がった。

 絶対、上司(女神様)には見せられない俺の情けない姿。

 

 天使はもっとキリッっとしてないと怒られる。

 大戦争時代では、神の不興を買った天使は簡単に処分されたという。俺もそうならないように気を付けないといけない。天界は恐ろしい場所やでほんま。

 

 でも、天界は目の保養には素晴らしい。

 天使は可愛らしい少女しかいないし、唯一の上司たる女神様は美しくて優しいお人。大怪我した俺を、その"自室"で匿って癒やしてくれる。

 

 ……はい。

 

 そうなんだよねぇ。

 

 またお引越ししました、俺。

 天界の片隅に置かれてた自宅という名のあばら家から、一時的に軟禁先の療養部屋へと変わり、そして今度は女神様の寝室にお引越し。

 

 はい。

 ここは、女神様の、自室であります。

 

「すぅ~、はぁ~」

 

 大きく息を吸って深呼吸。

 へへ、これが女神様の寝室の空気かぁ。おいしいなぁ……!

 

「……っは!」

 

 今俺は何をしていた!? 無心で変態行為をしていなかったか!?

 

 自分の頭をゴンゴン殴って反省。

 

 ザラキエルは悪い子! ザラキエルは悪い子!

 キェえええい! 煩悩よ消え去れ! ハァーッ!

 

「うぅ……痛い」

 

 なんで? なんで、こんなむごいことするん女神様?

 

 俺は男ですよ。

 うら若い――見た目の――女性が、こんな馬の骨とも知れない野郎を自室に連れ込んで、一体何を考えているのですか!

 俺に対するイジメですか!? それとも拷問ですか!?

 

 ……いや、分かってる。

 俺は今じゃあ可愛らしい少女になっている。

 金色の長髪はすべすべ滑らかで、肌もシミ一つない。ローティーンの幼い天使、それが俺。

 

 一方の女神様は輝くような黒髪をなびかせた、20歳過ぎくらいの大人の女性。

 俺とは頭一つ以上も身長差が有り、並べば大人と子供のように見える程。

 

 そんな大人な女神様は、子供の俺に対して、これといった感情は抱いていない……はず。

 だけど俺が軟禁部屋の門番を筆頭に、周囲の天使とすぐケンカしちゃってまともに療養しないから「しょうがないなぁ」って、他の天使が早々よりつかない静かな自室に連れ込んだ……のかなぁ?

 

 よく分からんのじゃい。

 ねえ女神様。貴方の考えをそろそろ俺にも教えてよ。

 

 だって俺いまだに自分が軟禁されている理由すら知らないんですけど?

 まあ、怪我の療養で休ませてくれるのは嬉しいけど……でもさぁ……やっぱりあるじゃん。説明とか。

 

「……むぅ」

 

 ちょっと女神様への不満が湧き出たので、慌てて、その場にあった枕を抱きしめてベッドに倒れ込む。

 

【挿絵表示】

 

 いけない、いけない。

 自分の上司に疑問を抱いてはいけないのだ。

 

 明らかにおかしな指示でも「これ、いいんすか?」なんて上司に聞き返したら、大変なことになる。うるせぇって怒鳴られて仕事量が増える。人間だった頃の、短い社畜人生で学んだ教訓だ。

 

 ……それに俺だって女神様の事は嫌いじゃない。むしろ好き。だから彼女のことを否定したくない。

 

 前世でも、今生でも女神様だけが俺のことを見てくれた。抱きしめて、褒めてくれた。

 それは、どれだけ仕事をしても認められることが無かった俺の承認欲求をバリバリに刺激した。

 

 女神様ってば、先輩天使を通して死ぬほど仕事与えてくるのに、こなすと褒めてくれるのなんだろう……洗脳かな? 飴と鞭で俺ってば調教されてるの? でも嬉しい、感じちゃう。

 

 女神様が優しくしてくれるから、俺は、もっともっと女神様の敵たる悪魔を殺したいという想いが沸き立つのだ。彼女に喜んで欲しいのだ。

 

 無論、自分が怪我して休暇が欲しいという欲望があったうえでの話だが。

 

 この二つの理由がなければ殺し合いなんて野蛮なことは頑張れない。

 悪魔と戦うとか、結構怖いんだぞ。……痛いし、楽しくない。そんなことより、できるなら俺は寝て過ごしたい。

 

 まあそんなことできないから悪魔と戦ってるんですけどね。

 周りがあれだけ働いてるのに、俺だけ違法にサボるのは申し訳ないじゃない。

 

 社畜魂といえば……うん。まあ、そうね……。

 でもでも、だからこうやって俺は怪我して合法的に休んでるのだー!

 

「女神様……まだ、帰ってこないのかな」

 

 こうして寝転がってるベッドも女神様のベッドなのよね。俺用のベッドも隣に置いてあるが……まあ、いいじゃん。今だけ今だけ。

 

 彼女がいつも寝てる場所。使ってる枕に、掛けてる布団。それが今、俺の前にある。誰もいない部屋で自由に使える。

 だって女神様が「部屋のもの好きに使っていいよ」って言っていた。だからこれは本人公認だ。

 

「……んぅ」

 

 好きに使っていい、とは。このベッドと枕をどう使うのも俺の自由……そういうこと……っ!

 例え俺が女神様の布団にくるまってハスハスしても、それは"使う"という範疇から外れない! たぶん、そういうこと……っ!

 

「ごく、り」

 

 息をのんで抱きしめていた枕をゆっくりと顔に近づける。

 

 あーいけません! いけませんよ! あー! あーっ! そんなえっちなこと、いけません! あー!

 

 ……構わん、いけ。

 俺は女神様の枕を顔に押し当てて、そして――

 

「ただいま、戻りましたよザラキエル? ……何してるの?」

「ふんっ!」

 

 俺は枕をぶん投げた。

 

 

 

 

 

 

「サーヴィトリー様。堕天使に関する資料はこれくらいですねぇ」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 天界が誇る大図書館の司書長――1人の智天使さんにお礼を言って、机の上に積み重なった本を見上げる。その内の一冊を手に取った。

 

「天使が堕天する切っ掛けとなる主要な欲望は、権力欲、支配欲、金銭欲、強欲……やはり強い欲望が多いですね」

「はい。そもそも生物的な最低限の食物欲求や睡眠欲、性欲を天使は殆ど持ちませんからね。軽微なものは、光輪や羽による自己制御で抑えられますし」

 

「でも無い訳じゃないのでしょう?」

「そりゃあ、まあ……でも有っても無駄でしょう? 眠くて働けませんとか、天使にあるまじき怠惰じゃないですか。だから皆、削るんです。沢山働くために」

 

「ふぅん……そうなんですね。私は、結構、寝るの好きだけどなぁ……」

 

「あはは、女神様と私達、天使は根本から違いますからねぇ。違う種族の、違う生態を比べてもしょうがないのですよ。天使は働く事こそ最大の喜びなんですから……まあ、遊ぶのや寝るのも、個体によって好みは有りますが」

 

 智天使さんはそう言うが、遊んでいる天使なんて殆ど見た事ない。

 精々、生まれたばかりで個我がさほど確立していない子ぐらいだろう。でも彼女等もすぐに働き始めてしまうから。

 

 智天使さんと歓談しながら、有用な本を探してパラパラとページをめくる。

 

「天使のみなさんは、もっと休んでいいんですよ? 私が頼む以外にも、無理に仕事を見つけてこないでも」

 

「うーん……そうは言われても、難しいですねぇ。こればかりは種の起源に起因する問題なので、働いてないと落ち着かないのですよ。特に、戦乱蔓延る古代神族に造られた上位天使ほど如実なのでぇ」

 

「ダメダメ。上が休まないから、下が休めないのです。この前なんて、新人に大量の仕事を押し付けてる先輩天使を見ましたよ、少し注意しましたけど……あ、私は休みますよ!? 働きづめとか無理ですって!」

 

 悪事をなす確率が高く、要監視の人間リストを山のように手渡す先輩天使と、それを嬉しそうに受け取る新人天使の図。

 

 申し訳ないけど、あれは、ちょっと引いちゃったなぁ……。

 あんな仕事量じゃ、寝ずに働いても終わらない。種族特性とはいえ天使さん達は、どこまで仕事好きなんだろう?

 

「それでいて皆さん結構、仕事に偏食ですしね」

 

 天使さん達が好きなのは仕事をする事――延いては正義を執行する事。すなわち断罪。

 

 悪人を現行犯で捕らえるために物陰で付き纏ったり、困っている人の所で話を聞いて必要なら説法する。

 とくに説法の方は有難迷惑に思われることが多いから止めて欲しいのだけれど……。

 

 だから、とにかく、こう……言っては悪いが、天使さんは比較的、いや、ちょっとだけ……アレなところが有る。

 

「そのせいか、図書館の本も増えませんね」

「……」

 

 あれ? 智天使さんが黙っちゃった。

 聞こえなかったのだろうか? もう一度言ってみる。

 

「なんか図書館の本、ここ数百年、変わって無くないですか? 古代神族が作った本ばかりで……天使さんは執筆しないんですか? 智天使さんは?」

「……」

 

 智天使さんは、無表情で黙々と本を捲り続ける。

 私はその横顔を見て察してしまった。

 

「あぁ……貴方もそっちの人でしたか。司書やってるのに……メガネかけてるのに」

 

「め、メガネは関係ないでしょう!? ……ええ! そうですよ! どうせ、私も脳筋ですよ! いいじゃないですか! 本を読み書きして論究するよりも、"仕事"する方が好きなんだから!」

 

「図書館の管理だって大切な仕事ですからね? 司書の貴方はせめて、そっちを中心にやってくださいよ」

「……」

 

 ねえ、困ったら黙る癖やめない?

 せめて弁論しようよ、智天使なんだから。

 

 そんな風に二人でわいわいと話し込みながら資料を読み進める。

 だけど、やっぱり気になって話の内容はザラキエルへと変遷していった。

 

 

「……貴方は、ザラキエルが治ると思いますか?」

「……厳しいと思いますよ。堕天の進行を一時的に止めた者すら稀有なのに、完治させた症例など、私も数える程しか知りませんし、そのどれもが軽窃盗や、愛欲、怠惰などの可愛らしい欲。ザラキエルのそれとは当てはまりません」

 

 天使にとって堕天とは致死病のようなもの。

 

 その欲にもよるが、重大な欲から罹患すればまず助からない。

 だからザラキエルの事は諦めた方がいい。智天使の彼女は言いにくそうな表情で暗に言う。

 

「でも絶対じゃない。そうでしょう?」

「それは……いいえ、はい。その通りです。私もザラキエルが100%助からない、とは断言できません。ですが過去の統計を見てください」

 

「天使が堕天した原因の比率ですか?」

「はい。一番天界の規律が乱れていた最悪の時代が、大戦争時代ですね。悪魔との終わらない殺し合いに魅せられて、何百という同胞が堕天して地に堕ちました」

 

 天界史上で生まれた堕天使の大半が、その時代に堕ちている。

 それだけ殺し合いを好む性分が天使にとって致命的な穢れであると分かる。

 

「それに対して、戦闘欲から堕天を始めた天使を引き止めることができた件数は……ゼロです」

「……はい」

 

 知っている。

 そんなことは、ザラキエルがおかしくなり始めた当初に私も調べ上げている。

 だけど、その統計には残酷なからくりが有る。

 

「まだ天使が消耗品だった時代の影響でしょう。堕天するくらいなら、治すより処分したほうが早い。壊れた天使(部品)は取り換えた方が安全で確実、ですから……」

 

「はい。その通りです。だから戦闘欲からの堕天が100%治らないという、この過去例には強いバイアスが掛っています。このデータをそのまま受け取ることはできません――ですが」

 

 文献資料を放り投げて、智天使は過去を生き抜いた当事者の視点で私を追い詰める。

 

「私は『殺人癖』が齎した精神異常に苛まれる天使を何人も見てきました。あれは、決して触れてはいけない領域です。殺人欲は他の欲望とは一線を画す、比類にならない禁忌なのですよ」

「……」

 

「そりゃ私達は脳筋かもしれないけど、脳無しじゃありません。故に、現代天使は殺生を忌まわしいものと定め禁じたのです。歴史が証明してるのです」

 

 心から恐れるような目をして智天使は身を震わせた。

 

 大戦争よりも後の時代に生まれた、新参者の私では知ることができない感情だ。

 天使の本音を聞けて良かったという思いと、申し訳なさから頭を下げる。

 

「ごめんなさい。嫌なことを思い出させてしまいました」

「いいえ、いいえ。サーヴィトリー様のためならば、私程度の知識いつでもご利用ください。……これでも、貴方様には感謝して慕っているのですよ。我等、天使一同」

 

「そうなのですか?」

「かつての神々が滅ぼされた後。貴方様が主神として誕生してその地位に就かれて、私達の立場も劇的に変わりましたから」

「それはそうでしょう。だって、あんなルールはおかしいから」

 

 天使が口答えすれば処分。

 使命を果たせなかったら処分。

 

 働けなくなったなら廃棄する。使えない者から捨てていく。そこには愛も情もない。

 

 かつての天界では冷たく機械的な統治が敷かれていた。

 天使さん達が、仕事狂いなのも、その名残……。

 

「そう思ってくださる神が、かつて一体どれほど居たでしょう。いえ……話が逸れましたね。申し訳ありません。ただ知っておいてほしいのは他の熾天使たちだって、決して貴方様が憎いからザラキエルを危険視しているわけじゃないことです」

 

「……」

 

「彼女たちも私と同様に長生きですから、諦めているのですよ。かつてそうだったように、『殺人』の悦楽に呑まれた同胞はもう助からないと、その身で味わってきたのです」

 

「……はい」

 

「いいですか女神様。殺人癖は抑えられません。あの場では収まったけれど、ザラキエルの堕天は必ず再発します。彼女を救いたいのなら、彼女から決して目を離さないであげてくださいね」

 

「……はい。必ず」

 

 悲し気に目を伏せる智天使に頭を下げて、私は図書館を後にした。

 

 自室までの道中で智天使の言葉を思い起こす。

 

 たしかに。

 先日起きた、外出しようとするザラキエルを他の天使が咎めて諍いになった事件では、熾天使の眼に怯えがあった。

 それはザラキエルの血の臭いや、階級にそぐわない実力に恐れを抱いてるのかと思ったが……そっか。あれはそんな意味だったのか。

 

 幼い天使では、拭いきれない血の臭いに染まったザラキエルを恐れて傍にいられない。

 熟達した天使では、智天使が言ったように彼女に見切りをつけている。それは己の心を守るためかもしれないが……それでも、ザラキエルに良い影響は与えまい。

 

 なら私がしっかりしなければいけない。

 

「早く帰ろう」

 

 私は考え事をしながらも自室へ向ける足を急がせた。

 

 あまり長い時間ザラキエルを独りにしたくない。

 今あの子の隣にいてあげられるのは、私しかいない。

 私が天使たちの――かわいい我が子等のために。女神(おや)として守るのだ。

 

 そう決意を決めて、ザラキエルが待つ自室の扉を開いた。

 

「ただいま、戻りましたよザラキエル? ……何してるの?」

「ふんっ!」

 

 そしたら、ザラキエルはまるで溜まったストレスを発散する様に、枕を遠くへと投げつけていた。

 

「っ貴方!」

 

 目に入ってきた光景に息が止まる。

 だって、ザラキエルの背中から生えた一対の翼が、再び黒く染まり始めていたのだから。

 

 

 




女神様「そっかぁ、天使ちゃんは欲望に負けると堕天しちゃうのかぁ……」
TS天使「ここが推しの部屋ね! 枕を吸っちゃうもんね!(欲望丸だし)」


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