転生TS天使ちゃんは怠けたい   作:テチス

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おまけ 堕天使見学

 

 

「ザラキエルー、そろそろラファエルさんが来られるので、準備してくださいねー」

「はーい」

 

 ベッドでゴロゴロして居たら、女神様の声がしたので起き上がる。

 

 今日は天界一の名医と名高い、医師ラファエルさんによる定期検診の日だった。

 薬を服用しているにも関わらず堕天症状をちょくちょく発症する俺に対して、女神様が特別にラファエルさんを呼んでくれているのだ。

 

 ラファエルさんとは、天導院の医療室に勤務する熾天使さんであり、少しくせのある蒼いロングヘアーの美人さん。

 いつも白衣を着ていて凛々しくてカッコよいが、笑った時はふんわりと笑う優しい女医さんといった風貌だ。

 

 魔法が万能なこの世界では、基本的に治療魔法で殆どの病を治癒できる。

 けれど、そもそも治療魔法の難易度が激高い、かつ魔法では対処できない病も存在するので医師も居るようだ。

 

 天使にとって不治の病といえば、堕天症状なんかその最たる例。

 あれは魂の変質であり、治療魔法はもちろん無意味だし女神様の『死者蘇生』でもどうしようもない。『時間遡行』を実行すればと思わなくも無かったが、それでもダメらしい。

 

 ――天使は天使らしく。悪魔は悪魔らしく。

 

 "世界"によって定められた運命は均衡を保って回り続ける。

 一度、善なる天使から逸脱したモノを"世界"は許さない。完全に堕ちた者が天使に戻れることは二度と無い。

 ……らしいのだが、よく分からない。

 

 このあたりの法則を俺はいまだに理解していない。

 図書館でもそれらの記載は少なかったし。どうやら最近判明した世界法則のようだ。

 なんでも安定機構(バランサー)と呼ばれる、世界の調整機能も有るらしいが……はにゃー?

 

「ザラキエル! なんで二度寝してるんですか! いい加減起きなさい!」

「はい!」

 

 寝起きの頭でぽやぽや考えていたら、いつの間にか布団に包まっていたようだ。

 いつまでも部屋から出てこない俺の様子を見に来た女神様に怒られてしまった。慌てて飛び起きる。ぬー……。

 

 

 

「今日は調子がいいみたいですね。ザラキエルさんの身体は綺麗な状態。……ですが、堕天抑制剤の処方が徐々に増えてきています。薬の効きが悪くなっている可能性がありますね」

 

 口の中を見られたり、お腹をぽんぽん叩かれて。翼の視診と触診まで終えたラファエルさんはそう言った。

 特定の欲望にだけ強く反応するように、()()()()調()()()()()という抑制剤の効きがいまいちなのは何となく分かってた。なんか最近の薬は効いてる気がしなかったし……。

 

 女神様もラファエルさんの言葉を予想していた様子で、ビックリはせずとも落胆したようだ。

 

「ザラキエルは大丈夫でしょうか?」

「なんとも言えませんね。堕天抑制剤は素晴らしい薬ではありますが、根治させるものではない。所詮は対症療法。堕天速度が上がり続けるようなら、いつかは薬が追いつかなくなる可能性もありますね」

 

「そんな……!」

「そもそも、この薬自体、まだまだ開発途中。みんな軽く考え過ぎなんです」

 

 ラファエルさんが俺の額に指を突き付けて、こう言った。

 

「――危機感の欠如」

 

 トンッ、と額を押される。

 

「皆さん薬に頼り過ぎです。『これがあるから、もう大丈夫』なんて、その思考こそが堕落しているのです。なぜ分からないのですか。ザラキエルさん、貴方も少しは自分でマジメに生きる事を考えているのですか?」

「ぎくっ」

 

「……はぁ。患者本人に治そうという意志がない場合、基本的に病は良くなりません。これは、少しアプローチを変える必要がありそうですね」

 

 ラファエルさんは、どうしようもない患者を見る様な目で首を振った。

 

 ……何も言い返せんわ。

 あの日以来、俺があまりに堕落した生活を続けていたのは事実。

 堕天抑制剤の服用量が増え続けているも事実。

 

 そろそろ、ニート生活を辞める時が来たのかもしれない。……いや、俺はニートではないのだけどね??

 

「お二人は、実際に堕天使を見た事がありますか?」

「私は……ないよ」

 

 女神様は? と見ると首を振った。

 

「私も無いですね。堕天使については、教育係をして頂いた方から口酸っぱく教えられたのと、文献からだけです。そもそも堕天使となられた方は危険すぎるからと、警護の方々が絶対に近づけないですし」

 

「なら丁度いい。ちょっと、私の治療室に行きましょう。()()をお見せいたしますね。そして意識を変えて頂きましょう。それもまた治療です」

 

 

 

 女神様の神殿から東に暫く。天導院の本部がある場所から、さらに東へ進んだところ。幾重もの結界を超えた先。

 まるで牢獄か収容所。

 見張りの天使が何人も哨戒している石造りの建物に辿り着いた。中世のお城のように見える建物だ。

 

 ああ――ちなみに俺は飛行速度が遅いから、女神様に抱えられての移動でした。

 お姫様抱っこされそうになったから、せめておんぶにしてくれと言ったのだが……「羽が動かしづらくなるからダメでーす」って良い笑顔で言われた。

 

 なんでや! いま女神様は羽を隠してるやんけ!

 飛行魔法で飛んでるやんけ! 抱っこじゃなくていいやんけー!?

 

「ふふ、ザラキエルは軽いですねー」

 

 今の俺はコアラのように正面から女神様に抱き着いた状態。

 もうね。もうね……いろいろ凄いの。女神様の柔らかさとか、全身で感じられる体温とか。その匂いも……。

 

 あーあー! こういう行為が堕天を誘発してるんだよなぁ……! でも女神様は俺を抱っこして嬉しそうだから、何も言わなーい。

 俺も本音では嬉しいから無言でぎゅっと抱き着くだけ。

 女神様の首筋に顔を埋めたら、背中をぽんぽん叩かれた。ふにゅー。

 

「ここは天界特別収容所。堕天が始まった天使を、治療を兼ねて収める場所です。そのまま堕天してしまう方も……大勢いましたが」

 

 ラファエルさんは悲し気に教えてくれた。

 始まりは堕天を治せないかと設立された治療所だったが、その成果は何もなく、今ではただ堕天使を閉じ込めておくだけの牢獄と化した場所。

 

 堕天使と言えども元は仲間。殺すには忍びなく。かといっても野放しにもできない。その妥協点がこの収容所。

 なんとなく、おどろおどろしい雰囲気を感じて、女神様の手をぎゅっと握って建物に入っていく。

 

「私も、内部に入るのは初めてですが……思ったよりも先進的な造りなんですね」

「女神様をこんな所に連れてきたと知られたら、サラフィエルに怒られそうなので黙っていてくださいね。ああ、護衛の皆さんもピリピリしてますね……怒らないでくださいね」

 

 外見は中世の城を思わせる無骨なものだったが、内装は白を基調にした、まるで病院を思わせる清潔感溢れる造りだった。

 生体認証らしき自動ドアを越えて、研究所みたいな場所も越えて。俺達はどんどん建物の中心部へ進んでいく。

 道中には、イヤになるくらい鍵の付いた鉄格子がある。それだけ厳重だ。

 

「ここから地下へ入ります、この先に堕天使が居るので、みなさん気をしっかり持ってくださいね。ザラキエルさんは貴方自身が堕ちかけているという事を自覚して、堕天使の恐ろしさを学ぶんですよ」

 

 そう言って、ラファエルさんは冷や汗を掻いて最後の扉を指し示した。

 

 堕天使だ……この鉄扉の先に堕天使が居るのだ。

 文献では知っているけど、実際に見るのは初めてだ。

 

 いや、アスモデウスさんも堕天使らしいのだが……なんか普通の人間にしか見えないんだよね、あの人。

 天使と比べると自由奔放だが、悪魔というほど残虐ではない。今じゃ天界で自由に過ごしてるし、ぜんぜん俺の思う『堕天使』らしくない。

 

 だけど、この収容所では堕天使がこんなにも厳重に閉じ込められている。こういう対応をされるのが普通の堕天使なのだろう。

 まるで猛獣の檻に入るような恐怖を覚えて、女神様と繋いだ手にも力が入る。

 

「まずは第1収容室。()()()()()()()、進行度はステージ5。完全に堕天使となっています」

 

 厳重な脱走防止が施された、牢屋のような部屋。

 覗き窓が付いた扉から中を見ると、ベッドで横たわってピクリとも動かない人影があった。

 

 真っ黒な翼。

 脱ぎ散らかされた病着。手を付けられていない御膳が見て取れる。

 

「収容番号5番。もう昼過ぎですよ、いい加減起きなさい。朝ごはんも早く食べなさい。なにも減っていないですよ」

「……」

「今日の仕事は――あ! 耳を塞がないで私の話を聞きなさい! こら、布団で丸まらないっ!」

 

 ラファエルさんが、扉越しに声を掛けたが堕天使は完全無視。ついには布団の中に潜り込んで防御姿勢。

 

 んん???

 これが……堕天使?

 

「イウウァルト――じゃない、ごほんっ。5番! いい加減にしなさい!」

 

 ラファエルさんは扉の鍵を開けて、部屋にずかずか入り込むと布団を引きはがしに掛かかった。

 

「やーめーてよー!」

「起きて今日の時間割を見なさい! 起床は朝6時! そこから読書、軽運動、そして労務作業です! きちんとこなしなさい! 食事も自分で取るんです!」

 

「いーやーだーよー!」

「こ、こら! 魔法を使うんじゃありません! うわっ」

 

 ついには怒りだした堕天使によって、ラファエルさんが部屋から叩き出された。

 そして部屋の内側から鍵が閉まる音がした。ああ……内側にもあるんだね、鍵。え、プライバシー保護? はぁ、なるほど……?

 

「はぁ、はぁ……! ザラキエルさん分かりました? これが『堕天使』というものです。見ての通り、『怠惰』で堕天した者はこのように、働くことすらできなくなるんです。凄い自堕落になってしまうのよ!」

「うん、なんというか……すごいね」

 

 完全にダメな引き籠りを見ている気分だった。これが堕天? しょぼいな……まるで俺だ。

 だけど女神様の護衛達は、違う感想を持ったらしい。

 

「し、仕事もできないのか!?」

「なんだと!? どういうことだ!?」

 

 後ろから慄く声がした。……んん??

 振り返れば、信じられないバケモノを見た様に、恐怖に染まった護衛達の顔。

 

「この堕天使は一日中ゴロゴロしています。放っておくと、食事すらまともに取らないから介助者が口まで運ぶことでなんとか栄養を与えています。当然、入浴や着替えも全介助。どうですっ、恐ろしいでしょうっ!?」

 

「な、なんだその生活は! 死んだほうがマシじゃないか……!」

「止めてくれラファエル! 想像するだけで恐ろしい! 止めてくれぇ!」

 

 ラファエルさんが苦しそうな顔で言った。護衛達は後ずさりして、扉すら直視できない様子。ええ……。

 

「殺してやるのが慈悲だろう! こんな所に閉じ込めるなんて、どうかしている!」

「悪魔にも匹敵する悪行だ。分かっているのかラファエル!」

 

 ついにはラファエルさんが責められ始めた。

 いままで寡黙だったのに護衛さん達、よく喋るね……しかも俺には全く分からない感性だ。

 

 そっと覗き窓から『怠惰の堕天使』の様子を見ると、部屋の中でゴロゴロしてる堕天使さんは、とても幸せそうな表情をしていた。

 うーん……何度見ても、今朝の俺。

 

「女神様はどう思う? 怖い?」

「え? え? ……うーん、なんか思ってたのと違うと言うか……」

 

 女神様も、どちらかというと俺に近い感性の持ち主のようで。のんびり寝ている堕天使と、荒れ狂う護衛天使を苦笑いで見ていた。

 

「もしも私がこうなったら、どうする? 女神様は殺すのが慈悲だと思う?」

「じゃあ、そうなったら私がお世話してあげますね!」

「え? ……え!?」

 

 冗談だか本気なんだか分からない笑みで女神様はそう言った。

 

 こんな堕天使になりたいか、と聞かれれば成りたくはない。

 でも女神様が俺の面倒を全部見てくれるなんて……ありかもなぁ、なんて――いやいや、無しでしょう!

 アブナイ……アブナイ……。女神様に堕落させられるところだった。あぶない。

 

「ふむ、恐れが足りないようですね。次へ行きましょう」

 

 いまだに恐怖が拭えない護衛達と違って、俺達は平然としている。ラファエルさんはそう言って次の部屋へと案内してくれた。

 

 

 

 隣の部屋には『暴食』で堕ちた天使がいるらしい。

 

 なんでも天使にあるまじき美食に嵌ってしまい、節制できず食べ過ぎた結果、堕天したようだ。

 扉を覗けば妙に大きな黒翼を持った美しい堕天使が見える。

 

 椅子に腰かけて食事中のようだが、黒翼が地面に付くほど大きい。羽毛の量もかなり多いみたいで、ふさふさしている。

 彼女は俺達の存在に気が付くと、ムっとこわばった表情を浮かべた。食べかけの料理を取られまいと身体と羽を使って隠してしまう。なんだか威嚇までして来た。がるがる言ってる。

 

「な、なんだ、あの姿……ひどいな」

「あまり言いたくは無いが醜い。食べ過ぎだ。そもそも食事なんて、なんという無駄な時間を……!」

 

 周囲で巻き起こる護衛達の大ブーイング。

 女神様も、先ほどとは違って、ちょっと眉をひそめていた。聞けば「翼が、ちょっと……もう少し節制したほうがいいかもしれないですね」なんて言う。

 

 ……??

 分からん。

 

 この堕天使は醜いのか?

 

「暴食は、なによりも食事を優先します。食べることにかまけて、自分の容姿や仕事にも頓着しない。ザラキエルさんはあんな姿になりたいですか?」

「うーん……」

 

 周囲の皆の反応を見る限り、たぶんあの巨大な翼がダメなのだろう。

 女神様がこそっと解説してくれたが、毛並みとか、艶とかが酷いもので見ていられない……らしい。なるほど……?

 

 ラファエルさんや護衛の羽と見比べる。まあ、分からなくもない。

 羽鑑定初心者の俺でも気付けるレベルで差異はある。でも……だからどうした?

 

「なんど節制を求めても彼女には通じません。自分の欲望に飲まれ、いつまでたっても満たされない。食べれば食べるだけ次を求めるのです。そして手に入らないとわかると暴れ出す。これが堕天使なのですよ。ザラキエルさんは、あんな姿になりたいですか?」

 

 かつての仲間の醜態を嘆くように。ラファエルさんは、涙を流してそう言った。

 

 ご、ごめんね……。

 俺には天使達の美的感覚がわからにゃい……。

 

 この暴食の堕天使だって、翼が極端に大きいだけの美人に見えちゃうの。護衛達のように、目を覆って嘆くようなことはできないの……。

 

「ふぅ、ふぅ……さすがにここに長居すると精神的にきますね。ザラキエルさん今日はここまでにしましょうか」

 

 しかも、先に案内役のラファエルさんがへばったようだ。

 流れ出る汗をぬぐうように疲労感が隠せていない。

 

 あ、あの……堕天使の恐ろしさが、全然分からなかったんですが……?

 俺の中で、堕天への恐怖とリスクが減ってしまったぞ! もうちょっと何かないか!?

 

 これでは逆効果だ。一人で先を覗きに行ってみる。

 

「あ、待ってくださいザラキエルさん!」

 

 図書館で見た、堕天使とはこんなものでは無かった。

 もっと狂気にまみれて、殺気に満ちて。悪意と害意に支配された。悪魔のような者たちだった。

 

 これでは収容所(ここ)にいる堕天使が、まるで"子供向け"に用意された堕天使たちのような――。

 

 いくつもの扉を覗いて回る。

 空室が目立つ。先ほどの二人以外に堕天使が居ない。

 そしてあっという間に終着点。突き当りの重そうな扉を、なんとか引っ張る。僅かに開いた。

 

「――ぉぉおぉ」

「?」

 

 ここから先で、空気が変わった気がした。

 凍えるような冷気が吹き込んで俺の手が止まる。その風の音は、まるで呻き声のようで――

 

「――ダメですよ」

 

 手首を握られて無理やり扉から引き離された。扉が「ガゴンっ」と重い音を立てて閉まる。

 振り返ると、少し怒った表情のラファエルさん。

 

「ここから先は子供にはまだ早い。今日の見学はここまで、です」

「……ん」

「ほら女神様が心配してますよ。帰りましょう」

 

 ラファエルさんに手を引かれて、ゆっくりと来た道を戻っていく。

 その際に、少しだけ、最後の扉の先が気になって振り返る。まるで誰かに見られている――そんな気がした。

 

 女神様には知らない場所ではしゃいではダメですよと叱られた。これが一番俺の心に来た。女神様は、怒る時はしっかり怒るから……。

 

 かくして、俺の初めての堕天使見学は幕を閉じたのだった。

 

 堕天症状の抑制には、ほんのちょっとだけ効果があった……ような、無かったような?

 うーん。たぶん無かった……。

 

 でも、そろそろ働くかぁ。

 

 

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