転生TS天使ちゃんは怠けたい   作:テチス

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おまけ ダンジョン

 

 

 天界と人間界を繋ぐゲートは地球上に10個ある。

 それぞれが天使と人間の共同管理下におかれており、出入国の審査はかなり厳しいものとなっていた。

 とは言え、それは天界へ向かう検問があまりにも厳重なだけであり、人間界に下る方は緩かったりする。

 

 人間界と天界の力関係が影響しているのだろう。

 現代社会において悪魔の脅威は絶大だ。他者への成り代わりや洗脳を得意とする悪魔は、人類には抗いがたい脅威となる。

 以前おこなわれた正面戦闘のような、単純な武力がものをいう世界ではない。

 

 ――隠密、暗殺、支配、闇取引。

 悪魔が本領を発揮する場面はそこにある。

 知り合い経由で5人も経れば、誰とでも連絡できるなどという話がある様に、高度に発達した情報社会において悪魔の暗躍は底知れない。

 

 かつての世界大戦――俺の前世では第2次まであったが、ここでは違う歴史らしく1次しかない――では各国の上層部が軒並み悪魔に成り代わられ、人間界は世界を包む大戦争の炎に飲み込まれていった。

 

 星を壊す魔法兵器や核兵器が雨のように降り注ぎ、人間界は荒廃しきった。

 陸地は砕かれ、海は枯れ。地球は生物に適さない環境まで悪化。放っておけば人類は絶滅する終焉に行き付いた。

 それを見かねて天使は『人類統制局』という組織を作り、人間界への介入を深めたらしい。これまで放任していた人間を庇護下においたのだ。

 

 人類としては内政干渉は程々に、復興支援してくれる強い後援者ができて嬉しい。

 天使としても人間界が悪魔の跳梁跋扈する魔境に成らずに安泰。

 

 そんな天界と人間界の力関係もあり、ゲートでは通行者が『天使』と分かると検問が滅茶苦茶ゆるくなる。

 まあ、そもそも天使が真面目ちゃんしかいないという事もあるのだろう。人間側の検問なんて有って無いようなものだった。

 ようこそと手を振る人間の門番へ、俺達は小さく頭を下げてゲートを通り抜けた。

 

 

 

「ふぅ、緊張したぁ。バレないかと思って、冷や冷やしたね!」

 

 女神様がそんなことを言って悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 ここは天界と人間界を繋ぐゲート。検問を抜けた先。

 今俺たちは変装して人間界に下りてきていた。

 

「久しぶりのお出かけ、だね」

「そうですねー! ザラキエルは何処か行きたい所ありますか? 今日はザラキエルの遊びに付き合う日だからね!」

 

 以前、女神様と一緒に人間界に降りた時もそうだが、女神が人間界に下りるなんて事はいちいち人間界の政府に伝達しない――というか、できない。

 バレたら警護とか歓迎だとかで絶対、遊ぶどころではなくなる。

 

 そもそも女神様は人間に対して素性を一切明かしていない。

 素顔はもちろん、年齢、能力、性格、嗜好。その全てを隠している。公にしてあるのは名前くらいだろう。

 別に女神様が秘密主義という訳では無く、周囲の天使の意向だそうだ。

 「我等が崇拝する神は、そんなに安くない」とは誰の言葉か。人間に見せるには勿体ない――らしいが……たぶん独占欲。

 

 あいつら女神様が死ぬほど大好きだからね。

 今日だってお忍びで遊びに行くっていったら、護衛天使が総動員されてしまった。護衛役は結構隠密性能の優秀な奴が揃ってるから気にならないけど、いったい何人隠れているのやら。

 

 え? 俺? もちろん俺も女神様が大好きですよ。当然ですね。

 というか女神様を嫌いな天使とかいるんです? それって存在する価値あります?

 

「ザラキエルは、どこ行きたい? またアイス食べに行く?」

 

 にこにこ笑顔の女神様。

 今は翼を隠しているし服装も現代風。

 俺も翼を服の下に入れて、ただの幼女ちゃん。

 

 さて……どこに行くか、か。

 

「どこでもいいの?」

「はい!」

 

「本当に?」

「はい、いいですよー!」

 

 じゃあ、あそこに行きたいな――『ダンジョン』

 

 

 

 かつて古代神族が人間に試練を与えるという名目で創り上げた『神々の齎す試練(ダンジョン)』は世界各地に点在する。

 試練とはいうが、その本質は人間が四苦八苦して死ぬ場面を鑑賞するための場。神々の娯楽場。

 

 挑戦者を釣るための褒美(エサ)を用意して、殺すための狩人(モンスター)を配置する。

 全てが無限に湧き出る神力で構成された古代の永久機関。神の齎した悪意の塊。それこそが『ダンジョン』だ。

 

「えぇ……本当に挑戦するの? 止めませんか? 私アレあんまり好きじゃないです……」

 

 女神様はダンジョンの入口を指さして、苦虫を噛み潰したように言う。

 

「危ないですよ? 危険なモンスターが沢山いるし、ザラキエルだって怪我しちゃうかも」

「でも、たぶん力が付く。ダンジョンだよ。敵を一杯倒して私もこれで()()()()()()するんだ」

「れべる、あっぷ……? というのがわかりませんが……ザラキエルが楽しそうなのは分かりました。はぁ……イヤだなぁ……行きたくないなぁ」

 

 女神様はわざとらしい溜息を吐いた。イヤだなアピールのためチラチラと俺の方を向くので、俺はそっと目を逸らす。

 

「ザラキエルはまた誰かを殺したくなっちゃったの……?」

「……うん。モンスターを一杯殺したい」

「ひええぇ!?」

 

 さて、嫌がる女神様に無理を言って連れてきて貰ったのは、申し訳ないけど理由がある。

 日本のダンジョンに入場するには資格がいるのだ。

 『試練許可証(ライセンス)』と呼ばれる入場資格を得るには、日本国籍を持っている事が求められる。

 

 そう……国籍が、無いのだ。俺は。

 だからライセンスが取れないのだ! かなしい!!

 

「行きたい、行きたい!」

 

 生まれたてレベル1の俺では悪魔狩り(仕事)ができない。でも、そろそろ働きたい。その為の第一歩が、これ! レベル上げ!

 いや……レベルなんて概念がこの世界に存在するのかは知らないが……。図書館でも一度も見た事ないが……。

 

 だけどダンジョンだぞ!? モンスターが配置されて、ドロップがあって。入るたびに形が変わり、宝箱まで無限復活する不思議なダンジョン!

 これでレベル要素だけないとか嘘だろう?

 

 思いついた俺は天才か。

 女神様の手を引いて、ダンジョンにずんずん近づいていく。

 ダンジョンの入り口には数人の門番さんが立っていた。かと思えば、門番達に止められた。迷彩服なのを見る限り()()()()()()()()所属だろう。

 

「可愛らしい娘さんですね。だけど、すみません、入場資格の方は……あはは、無いですよね」

「えっと……その、今はダンジョンに入るのに資格とやらが必要なのですか? どうしよっか、ザラキエル。ダメだって」

「え……行きたい」

 

 資格が必要なのは知ってる。でも、女神様ぱわーで門番さんをどうにかできないかなと思っていたのだが。どうやらダメらしい。

 女神様は特権を振りかざして規律違反してくれないようだ。俺のためとはいえ門番さんをどかす気が無い。

 それどころか、どこかホッとしたような息を吐いていた。

 

「いいかい、この洞窟の先は別世界になってるんだよ。人を食べちゃうような、こわーいお化けが一杯いるんだ。君には少し早いかな」

 

 頭をぽんぽんされて、子供に言い聞かすような対応された。

 なんだぁ軍人テメェ……舐めてんのか。ぶっこぉすぞぉ……?

 

「っなんだ、突然寒気が……」

「おいおい大丈夫か?」

 

 女神様でもダメとなると……。

 あとは、潜入するしかないか。

 

 邪眼で門番の意識を奪うことはできるけど……それこそ明確な違法行為。バレたらガチ目に叱られる。

 だからこそ、女神様に強権を振るって欲しかった。

 ちくしょう、これじゃあやっぱり俺はダンジョンに入れない。

 

 かと思えば護衛天使の一人が女神様に何かを手渡した。

 

「――こちらを」

「え……あの、これって!?」

「女神様のご随意に。では」

 

 見れば、女神様の手には『特別許可証』のライセンス。

 え、なんでそんなの持ってるの護衛さん!?

 

「行き先がダンジョンと判明してから、すぐに手配した。女神様が向かう先、万全の体制を築くことこそ護衛の役目だろう?」

 

 かっけぇ……。

 女神様、いいじゃん!

 行こうよー! これで違法じゃなくなったよー!

 

「……ちょっとだけですよ。私が帰ると言ったら、すぐに終わるんですよ?」

「ん!」

 

 そう言って、女神様は門番に許可証を提示した。

 彼等は驚きながらも俺達を何度も眺めて、見比べる。しかしライセンスは本物だったから、彼等は納得できずとも、ゆっくりダンジョン入口の鉄格子をあけてくれた。

 

「暗いね」

「しかも、狭いですね。うっ……ちょっと壁が湿ってる……うぅ……。ひゃ、虫……!?」

 

 並んで歩くのがやっとの仄暗い洞窟で。女神様の可愛らしい悲鳴が反響した。

 

 なんというか、これがダンジョン?

 俺が思っていたのは道に石畳が敷かれて、もっと整備されていて、謎の篝火なんかも燦々と焚いてあるような……。

 

 だけど現実は不衛生な自然洞窟。染み込んだ雨水が流れ落ち、床はぬかるんだ歩きにくい泥道だ。

 壁には苔とか生えているし、明かりなんか一切ない。時折飛んでくるコウモリに女神様がビクリと震える。

 今更ながらに、女神様をこんなところに連れてきたことに申し訳なさが出てきた。

 

「失礼、少し先行します。ダンジョンの露払いはお任せを」

 

 俺達がもたもたと洞窟内を歩いていたら、なんか護衛連中が数人、先に行ってしまった。

 いや……え? ()()()? それって、え? 俺の獲物が殺されるってことぉ!?

 

「め、女神様……! 急いで!」

 

 うねりくねった自然窟の通路をぴょんぴょん跳ねるように進む。慌てて加速した俺に対して、女神様が遅れ始めた。

 

「わ、わっ……待ってくださいザラキエル! 私こんな道、あんまり早く歩けない……!」

「私の獲物が! みんな殺されちゃうよ!?」

 

「ざ、ザラキエル! ダンジョンの醍醐味は宝箱らしいですよ! 決してモンスター狩りじゃないんです! せめて、そっちを楽しみましょう!?」

 

 宝箱なんか要らねぇ! 俺は経験値だけ欲しいのだ!

 いや……『経験値』なんて概念が有るのか知らないけど。

 ダンジョンと言えばモンスター。モンスターといえば、レベルアップ! それは世界の道理だろう!

 

 先行した護衛連中が気になって、何度も女神様と通路の先を見比べる。こうしている間にも、俺の貰えたはずの経験値が減っていく! うー……! うー!

 

「うん……女神様、ゆっくり行こう?」

 

 だけど、俺は通路を逆走して女神様の元へと帰って行った。

 レベルアップは彼女を蔑ろにしてまでやりたい事じゃない。それでは本末転倒。

 

 今日は俺の為にと女神様が仕事をお休みして作ってくれた日だ。俺が楽しむと同時に、彼女にも思い出を作って欲しかった。

 

「ここはダンジョン入口。異界への通り道。もう少し行くと広い場所に出るよ。たしかここは『異空間式草原形質』だったかな」

 

 通路の危ない場所を先導して、女神様の手を引きながらゆっくり進む。

 膝をつかなきゃいけない場所では通り終わったら洗浄の魔法をかけて清潔に。

 

 俺がのんびりモードに入ったので、女神様も安心したようで周囲を見る余裕ができたようだ。

 

「なんだか探検みたいですね。あ、見てください地下水かな。水が溜まってる」

「ほんとだ、冷たい」

 

 ぴちゃぴちゃと手で水面を跳ねて遊ぶ。思ったよりも水が綺麗だった。透き通って輝いている。

 自然洞窟という現実世界から、ダンジョン内部に入りつつあるのだろう。この水にも神力が溶け込んでいた。

 

「飲んで良い?」

「ダメです。そんな穢らわしいモノ、お腹壊しちゃいますよ」

 

 ダンジョン内部のモノは基本的に摂食に適さない。

 それはダンジョン全てが神力で構成されているため、どんなものにも極々微量の神力が混じり込んでいるからだ。

 普通の人間が摂りすぎれば良くて中毒死。下手すれば、一生死ぬに死ねない怪物になり果てる。そしてダンジョンに取り込まれるのだ――永遠に。

 

「なんだか地下水の神力含有量が多いですね……あ、ほらここ。ダンジョンに綻びができてるね。ここから漏れ出てたのかな」

「ほんとだ」

「んー……修復、した方がいいかな? えい」

 

 女神様が壁にできたひび割れに神力を流す。途端に青白い幾何学模様が浮かび上がった。

 それは通路の全面へと広がっていき、残光となってほのかに輝き続ける。

 

「おー……すごい。綺麗」

「ふふっ、そうですね」

 

 まるで幻想的な光景で。これを見ただけでも来た甲斐があったような気がした。

 ちょっと休憩にしようねと女神様に並んで座る。よく見れば足元の砂も壁も青白くキラキラと輝いていた。

 

「はい、よいしょ」

「お?」

 

 なんか、さらっと抱え上げられて女神様のお腹の上に座らされた。

 最近はいつも俺の方からお願いして甘えていたのだが、女神様からとは珍しい。

 

「えへへ、さっきザラキエルが戦いよりも私を選んでくれて嬉しかったんです。だから今日は特別ですよ。私の上に乗れるのなんて、ザラキエルだけですからね」

 

 振り返ると女神様は何気ない表情を装っているが、少し照れている様子だった。俺の頬も赤くなる。

 

【挿絵表示】

 

 

「決して、ダンジョンは負の一面しか持たない訳ではないんです。ダンジョンから齎された逸品は人類に多大な加護を与えてきました。モンスターだって試練の名の通り、打倒して行けば良い訓練になるでしょう」

 

 だけど、と女神様は続ける。

 

「古代神族が人を殺す為に……悪意で創り上げたダンジョン……それが、私はどうしても好きになれなくて」

「んー、別に道具に罪はない。だめ?」

「そう、ですね。ここみたいに補修が必要な場所もあるでしょうし。放置する事こそ無責任。ずっと見て見ぬふりはできませんね」

 

 女神様は、そう言って微笑んだ。

 

 

 

「スライム! スライム!」

「ブじゅぶ!」

 

 ぶぉんと振り下ろした槌が、地面ごとスライムをすり潰す。

 

「犬! 犬!」

「わんわんっ、お゛!?」

 

 逃げていく犬を投げナイフで刺し殺す。

 

「ゴリラだぁ!」

「うほうっほ!?」

 

 俺と目が合った途端に死んだ振りをはじめたゴリラ。頭いいなお前。死ねぇ。

 

「ああー! ザラキエルぅ! いけません、殺し過ぎ! 殺し過ぎですよ! そんなに良い笑顔で生き物を殺しちゃいけません!」

「見て見て女神様ー! ゴリラの心臓!」

 

 死んだゴリラの身体が溶けていき、唯一残した臓器を掲げる。

 こいつドロップ品が心臓なんだってー! 気持ち悪いー! ……どう使うんだこれ? 食べるのか?

 すんすんと匂いを嗅いでみる。うーん、血なまぐさい。

 

「っひぇ!? ……た、宝箱です! ザラキエル! あっちに宝箱があったそうですよ! 護衛さんが言ってました!」

「宝箱……? いらない……あ、モンスターいた! 殺さなきゃ!」

「ひえぇえ!!? ザラキエルー!! どうしてそうなるんですかぁ! さっきまで、あんなにいい感じだったのにー!?」

 

 洞窟を抜けた先。広大な草原で俺はモンスターを追いかけ回す。

 護衛天使はきちんと獲物を残しておいてくれたらしい。優秀。

 これで経験値が得られるかもと思うと笑顔も浮かぶ。数時間かけて沢山の獲物を殺してまわった。

 

 滅茶苦茶がんばった。血みどろにもなった。

 でもレベルアップはしなかった……。そんな概念は無かった。

 しかも女神様に「やりすぎです!」ってお説教されてしまったのだった。

 

 ……むん?

 

 


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