「一緒にお出かけ……女神様と、一緒にお出かけ……武器、武器……投げナイフ、仕込み刀。分銅鎖は便利。あ、そうだ、毒矢も忘れずに」
「必要ないですよ?」
「そう? なら暗器を中心にしようかな」
「必要ないですよ!?」
「あぁっ、女神様、私の武器とらないで……っ」
昨日言われたように、今日は女神様と一緒に人間界にお出かけする日。
その準備をしていたら、クローゼットの前で積み上がった武器を指さして女神さんは俺を叱りつけた。
「ダメです! 貴方は何しに人間界に行くんですか!? 戦争じゃないんですよ! 見なさい、この武器の山! どうやって持って行くんですか!?」
でもですよ、女神様。人間界には危険が一杯。
痴漢に、露出狂。当たってくるおじさんが現れるかもしれない! もし御身に危険が迫れば、一体誰が対処するんです!?
「心配ありません。私を誰だと思っているのですか、ふふん、私はこれでも女神様なんですよ!」
知ってるよ。
腰に手を当てて、自信満々に胸を張る、カワイイ女神様だね。
でも、たぶん俺の方が強いじゃん。なら守らなきゃじゃん!
「えと、刀はダメ? なら銃にする。ライフルは屋内の立ち回りが大変だから、ハンドガン主体で……弾は200発くらい?」
「わーっ! ダメですダメです! そんな物騒なのも置いていきなさい! 警察に捕まりますよ!」
「あっ、女神様、私の武器投げないで……っ」
ポイポイと、女神様の手によってクローゼットに放り込まれていく、俺の愛用武器たち。
代わりに渡されたのは可愛いお洋服。
「まず、その服装からダメです! ザラキエルはどうしていつも男物の軍服なんて着るんですか! ポッケが多い? 戦闘時の耐久性? ダメでーす! 可愛くない! ほら、こんなパーカーなんかどうですか?」
「そ、それは私には似合わない、から……!」
「とりあえず着てみましょうよ。ほら、バンザイしてー」
「わっぷ……!」
女神様とわちゃわちゃしながら器用に着替えさせられる。
最後にぽふんと帽子をかぶせられると、肩を掴んでクルンっと回された。
鏡の前に立たされて自分の姿を見せつけられる。
「ほら、ザラキエルは誰にも負けないくらい可愛いんだから、お洒落しないともったいないんですよ!」
「っうぅ!? ……だ、誰これぇ」
一瞬あまりにも可愛い子が目に映ったので、慌てて目を閉じた。
俺は、男。
俺は、男。
目を瞑って自己暗示。
そうすれば、ほら、ゆっくり眼を開いても……
「ひゃぁあ~!」
鏡の中に可愛い子が映ってるー!
隣を見れば、それに勝らずとも劣らない美人が立っているー!!
「うひゃぁ~!」
「ふふん、まんざらでもなさそうですねザラキエル。認めますか? 自分が可愛いと!」
男の、自我が、乱れる!
俺は鏡の前から逃亡すると、ベッドに飛び乗って布団をかぶって丸まった。
これだから鏡は嫌いなんだ!
「おーい、そんなとこで籠城してないで、出てきなさーい」
「……やだ」
「今日のザラキエルはいつにもまして、情緒豊かですね。実は旅行が楽しみだったんでしょう? じゃあ良いじゃないですか。一緒にお洒落して行きましょう!」
「いやだぁ……!」
情緒豊か? だろうね。
今の俺は戦闘特化じゃないからね。ちゃんと感情機能もバンバン働かせてる。
せっかく、女神様と初デート(?)なのだ。不愛想な俺が相手では女神様に失礼というもの。
だけどね。それとこれとは話が別でしょう!
女神様が彼女役なら、俺は彼氏役でしょう!!
「私の前世は、男だから……! 可愛い服なんか駄目だから!」
「ほらほらザラキエル、意味不明な事を言っていないで、私の準備も手伝ってくださいよー!」
あれ? ちょっとねえ。
俺の決死の告白を、そんな風に聞き流さないでよ。
にゅっと布団から顔を出して女神様の様子を見る。
彼女は丁度、着替えの最中で上着を脱ぐところだった。
「わひゃー!」
「くすくす、随分かわいい悲鳴の男の子ですね。私の下着が気になったんですか? 見たいのですか? ……ふふっ、いいですよ。ほら、その布団をどけてみて?」
布の擦れる音、何かが床に落ちる軽い音。
女神様と俺の少しだけ荒くなった息だけが、部屋の中に溶けていく。
ど……どうなってるんだ?
俺のお布団結界の外には、一体どんな天国が広がっているんだ!!?
「あ、う……ぁー!」
「くすっ」
あーいけません! いけませんよこれは! あー女神様! 女神様いけません!
あなた、俺を堕天させる気でしょう! そうでしょう! あーっ!
「これは、もう、だめ!!」
こんな悪戯っ子な女神様相手にデートとかできる気がしない!
感情機能OFF! 俺は煩悩を捨てるぞ! ジョジョー!
「わっ、冷たい。これがアイスクリーム……? 甘くておいしいですね! ね、ザラキエル!」
「……」
「ザラキエルは何味を買ったんですか? チョコ……? ふーん……ねえ、少し交換しませんか?」
「……」
「あむっ……ふふ、ザラキエルが返事してくれないから、勝手に食べちゃった。ごめんなさい、でもほら、私のもどうぞ。バニラ味なんですって」
「!!?」
勝てるか! 勝てるかこんなの!!
涙が出る……! 犯罪的だ……! 女神様の乙女力!
なんで頬にアイスクリーム付けてんだ! そんな、あざとい技を一体どこで覚えてきた!?
「私の感情抑制を突破する、破壊力……っ!」
女神様には勝てなかったよ……。
まあ感情OFFと言っても、身体面だけだからね。俺の内心は常に大わらわ。そりゃ勝てん。
……もう、いいかなぁ。
俺、堕天しても、いいかなぁ……。
「そんなに背中を気にして、どうしました? 大丈夫ですよ、今は黒くなっていませんよ」
「そう?」
自制心……そう、大切なのは自制心だ。
清らかな心を持って、女神様をただの女友達と考えればいい。
女神はトモダチ。怖くなんてないよ。
そうすれば、ほら、いま俺は友達と一緒にアイスを食べるだけで――
「あむ、んぅ、ふっ。難しいですね、人間界の食べ物。アイス溶けちゃいました……」
「指舐め……!? ぺろぺろ!!?」
あー! あー! いけません!
若い女性が人目のある大通りで舌を出すなんて、いけません!
卑猥です! えっちです! あー! あー!
あっ……(昇天)
▼
「あぅ、あぅ……あぅ」
真っ赤になってぼんやり歩くザラキエルを横目に、ほぅっと安堵の息を吐く。
どうやら、思った以上の気晴らしになってくれたようだ。
日がな一日、部屋に閉じ込めては症状を悪化させるだけ。
堕天とは関係ない、戦闘からかけ離れたこの平和な日本という国で、ザラキエルは存分に楽しんでくれていた。
それが嬉しくて。私もついつい女神という仮面を外して楽しんでしまった。
「今どきの子が、何を楽しむかは分かりませんが……次はどこに行こうかなぁ」
気もそぞろで、放っておくと1人ふらふら何処かへ行ってしまいそうなザラキエルの手を掴まえる。
身長差を考えると母娘に見えるかな? 年の離れた友達と思われるよりは、そうだと嬉しいな。
「ね、ザラキエル。次はどこに行こうか。ぷりくら? げーむせんたー、だったかな……行ってみる?」
「んー……あっ」
「おっ何かなー? ザラキエルは何か見つけた、の……っ!?」
立ち止まって何かを見つめる彼女の視線を辿る。
そこは、薄暗い路地裏だった。
人気のない細い路地。物陰になっていて、なんだか陰鬱な気配を感じる。これは……。
「そ、そこが……どうか、しましたか?」
「……」
分かる。戦闘が苦手な私でも気が付いた。
居るのだ。そこに。隠れ潜む悪魔が。一匹。
「行きましょう、ザラキエル。相手は下級も下級。私達が手を下すまでもありません。放っておいて大丈夫」
ザラキエルの手を引く。
今すぐここから離れたい。今の彼女に余計な刺激を与えたくない。――だけど、ダメだった。
「ううん。殺したい」
「っ……!」
突然、ザラキエルは凍えるような声で小さくつぶやいた。
あんなに楽しんでくれていたのに。
可愛い服を着て、アイスを一緒に食べて。ただの女の子のように遊んで、笑ってくれたのに。
今までのことが虚構でしかなかったように、ザラキエルの顔から表情が消えていく。
「女神様、あそこ……悪魔いるよ? 殺してきていい?」
「あ……貴方は療養中なんですよっ! 危険だから、今は駄目!」
「大丈夫。すぐに終わらせる」
くいくいと私の手を引っ張って、ザラキエルがねだる。
その仕草は年齢相応で可愛いものだ。彼女が欲する内容が殺伐とさえしてなければ。
「ザラキエル、り、理由を一緒に考えましょう……? なんで自分が悪魔を殺したいと思ったのか。自分を見つめ直すには、それを知ることが大切です」
天使の力を右手に集めて断罪の剣を作り出したザラキエルは、まさか私に止められるとは思わなかったようだ。
どうしてそんな当たり前のことを聞くんだと言うように、目を瞬いて小首を傾げる。
「私が、アイツを殺したい理由? ……女神様、のため?」
「……え? 私の、ため?」
「うん……うん。そうだよ。私が悪魔を殺すと、女神様が喜んでくれるから。頑張ったねって、いっぱい褒めてくれるから」
「っ!」
「あと、女神様の近くに悪魔がいると危ないし」
ザラキエルは自分の気持ちを確かめるように指折り理由を上げていく。
「それと戦うこと自体が、私の目的でも、あるから…………あっ」
「っそ……そう、ですよね」
最後にポロリと、思わずこぼしてしまったザラキエルの本音を聞いて悲しくなる。戦うこと自体が目的……やはりザラキエルの戦闘欲は根深い問題だ。
彼女にとって、全てにおいて優先されるのは戦うこと。
ザラキエルは私と遊ぶより、なによりも、悪魔を狩ることに重きを置く。
だけど、そんな戦闘欲を抱かせてるようになった根本原因が今ハッキリしてしまった。
自分の罪を突き付けられて、申し訳なくなって、悲しくなって、ぎゅっとザラキエルを抱きしめる。
「ごめんね……私が悪かったんだね。私が、貴方を狂わせたんだね」
「???」
ザラキエルが悪魔と戦うようになった理由。
――私の所為、だったのだ。
きっかけは偶然とはいえ、悪魔に襲われたザラキエルがそれを
「頑張ったね」「無事で良かった」なんて後先考えない上辺の言葉で抱きしめて、彼女の頭を撫でてしまった。
そのせいで彼女は悪魔殺しを善い行いと認識してしまったのだ。
また私に褒められたいと頑張るようになってしまった。それはいつしか手段と目的が入れ替わって、戦う事こそが自分の悦楽へと変化した。
最初に叱るべきだったのか。
頬を叩いて注意するべきだったのか。
そうすれば、ザラキエルは戦いを忌避してくれるようになったのか。
……無理だ。
突然訳も分からず襲われて、命の危機に遭った子供相手にそんなことできる訳がないのに。
あの時、ザラキエルが無事でいてくれて私は嬉しかった。それだけで良かったのに……だけど、どうして今、こんな事になっている?
「あのね、聞いてザラキエル。悪魔を殺すのはね、本当は……本当はね……」
「?」
一切の感情を含まない目で、ザラキエルが私の事を見つめる。それが私を不安にさせた。
――いいのか? 本当に? 今、彼女の認識を否定して大丈夫?
ザラキエルの心は、今、戦闘欲に染まってる。
私に褒められることが彼女の中で"殺しのライセンス"になっている。それもあって彼女は私を好いてくれている。好いてくれているから、まだ、彼女は堕ち切らない。
だけど、その根本を否定したら?
彼女は「殺し」か「
そして、ついさっき、私はザラキエルに捨てられている。
「っ……ご、ごめんね。なんでもないよ?」
「そう」
ダメだ。言える訳ない。
私と遊ぶよりも、ザラキエルは悪魔殺しを優先した。それこそ彼女の答え。
今、彼女に「殺し」か「
「危なかった、私が最後の一線を押すところだった……」
肝が冷えるとはこのことだ。
背中に嫌な汗をかきながら、ばくばくと喧しい心臓を抑える。
……だけど、逆説的に考えると見えてくる。
ザラキエルを堕天から救う手立て。その道順。私の前に少しだけ光明が現れた。
「ねえ……ザラキエルは、私のことが好きですか?」
「は……は!? あ、う……?」
簡単なことだった。
彼女がまだ堕天しないのは。あの時、進行する堕天を止められたのは。彼女が私を傷つけたくないと思ってくれたから。
戦闘が楽しい。殺しが嬉しい。女神の命も奪いたい。戦いたい。
だけど――
そんな二律背反の上にザラキエルは立っていた。そこにようやく私は気付けた。
この天秤が傾いた時こそ、全てが決まる時。
堕天か、安定か。ザラキエルの全てがその瞬間で決まる。
――ならば私は、私の価値を高めよう。
「私も、好きですよ。ザラキエル。貴方のことが……大好きです」
「!!!?」
彼女の中で、私の存在を高めよう。
戦闘なんかより、殺しなんかより、もっともっと大切に思われよう。
戦いを捨てて、彼女が私を選んでくれたなら。その想いに私も応えよう。そうすれば彼女は天使として生きられる。
「覚悟してくださいね。私は、本気、ですからね?」
「な、なななな……にゃぁ!!?」
ザラキエルが地に堕ちる前に、私に落としてしまえばいい。
そういうこと。