転生TS天使ちゃんは怠けたい   作:テチス

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閑話 悪魔から見たザラキエル。あと猫

 

 

 ボクは猫である。名前はまだない。

 

 8ある魔界の階層の内。人間界に近い方から数えて2層目の、嫉妬の悪魔が支配する領域で黒猫の悪魔としてボクは生まれた。

 

 魔界は戦いの絶えない恐ろしい場所だ。

 他者の全てを奪い尽くして喰らいながら生存競争を繰り返す、力こそ全ての悪鬼羅刹が潜む戦場。

 

 そんな闘争止まぬ地獄の世界で、ボクは少し異端な悪魔だった。

 戦いは痛いから嫌い。好きなことは、日がな一日ゴロゴロする事。ああ、それと新しい事や興味あることを知るのは好きかもしれない。猫の好奇心は旺盛だ。

 

 いや、よくよく考えれば戦いは嫌いだけど、『狩り』は好きである。

 ボクよりも弱い獲物を甚振るのは楽しいから好き。もっとも、ボクよりも弱い悪魔がほとんどいないというのが難点だけど。

 

 狩りのためにわざわざ人間界に行くのは面倒だしなぁ、なんて。そんな取留め無いことをのんびり考える昼下がり。

 欠伸を噛み殺していたボクの耳に、遠くから囁き声が届いてきた。

 

 

「のう、おぬしは聞かれたか。最近はこの辺りでも『殺戮の天使』が出没するそうだ」

「そうなのか? おぉ、恐ろしや恐ろしや……一体あの天使は、魔界のどこまで深く潜ってくるのやら。1層目の連中なんて、もう二度三度殺された者もいるようだぞ」

 

 遠くの草の下から聞こえた小さな声。

 殺戮の天使? ボクの耳がその単語を捉えるとピクリと動く。

 

 全くかみ合わない異色な組み合わせの単語。ボクはそれが気になって飛び起きると、声のする方に駆け出した。

 

「ねえねえ! 殺戮の天使ってなぁに!?」

「やや、何奴! ……なんだ、ただの野良猫か。あまり驚かすんじゃァない。帰れ帰れ、しっしっし」

 

 それは猫であるボクの手の平ほどの大きさしか無い小人達だった。

 周囲の雑草が、巨大な森に見える程ちいさい彼等はとても弱そうだ。

 和装姿で顔には不思議な仮面を付けている。そんな二人は、突然僕に見下ろされて驚きのあまり尻もちをついていた。

 

 初めて見る生き物。初めて聞く話の内容。ボクは湧きあがる好奇心を抑えられず、先ほど聞こえてきた話の続きを所望した。

 いいや、それ以外にも気になることは沢山ある。ボクはたまらず幾つもの質問を繰り出した。

 

「ねえねえ! ねえねえ! 殺戮の天使ってなぁに!? 貴方たちは、なんでそんなに小さいの!? 顔の仮面は!? 何かの生き物を模した絵柄!? どんな効果があるの!? ねー、素顔みせて!」

 

「ええい、やかましや、やかましや! 少しは黙らんかこの駄猫!!」

 

 小人に砂利を投げられるが別に痛くもなんともない。

 それよりも、ボクはいろんなことが気になった。一度興味に火が付いたら止まらないのは猫の悪魔の性だろう。

 

「そんなに騒いでは、そこらの悪魔に目を付けられるぞ、この駄猫――おぉ、もう遅いではないか! この駄猫!」

「うにゃん?」

 

 小人たちが見上げた方向へ。ボクも釣られて顔を向ける。

 

 そこには鬼のような面をした、細身の悪魔が立っていた。

 手足は骨に皮が張り付いたようにガリガリなのに、お腹だけボッコリとしている。そんな腹部についた巨大な口が、牙を剥き出しで涎を垂らしてた。

 

 えーっと……空腹さんかな?

 どうやら小人もボクも、この餓鬼(ガキ)のエサになるらしい。

 

「にっ……逃げるんだよー!」

「ガァアアア――!!」

 

 小人達を連れて一緒に逃走開始。雑草の中を駆け回る。

 

「ぬわぁ何をするか、この駄猫! 儂を咥えるな! えぇいい離さんか! 逃げるなら一人で逃げろ! 儂達は関係ない!」

 

 口で咥えた二人の小人が騒ぐが離さない。

 だってボクはまだ天使の話を聞いてない! なんとか逃げきって、小人から全部の話を聞き出してやる!

 

 鬼面の悪魔はボクよりも何十倍も背丈が大きい。どれだけ逃げても、奴は追ってくる。

 

 雑草の草むらの中であっちへヒョイヒョイ。こっちへダダダッと逃げていく。

 いつしか、周囲の悪魔も巻き込んで。騒ぎはどんどん大きくなる。

 

 やれ、何事だとか。

 やれ、敵襲だとか。

 まるで列車のように何十人もの悪魔を引き連れて、ボクは群れの先頭を駆けていく。

 

 四つ足の猫悪魔を舐めるなよ。

 これでもボクは、足の速さに自信あり!!

 

 ――ダメでした。

 普通に捕まった。首根っこを掴まれてぷらぷら持ち上げられる。

 しかも「何だコイツは」という眼でボクを見つめる数十の目。全員が全員、ボクより強い。

 

 ……おかしいでしょう! なんでだ! ボクより弱い奴は居ないのか!?

 

 爪を立てて手足を振り回すが、空を切るばかりで効果なし。一匹の巨大な鬼に抓まれて、ゆっくり口に向かって降ろされていく。

 

 ……これは、死んだなぁ。

 しょうがない。だけど"次"はもうちょっと強い悪魔に生まれたい。

 

 そう思っていたら、突然、ボクを囲む悪魔の首がいくつも飛んだ。

 

「なんだ!? どうした!」

「天使だ! アイツがやってきたぞ!!」

「殺戮の天使、ザラキエルだぁあ!!」

 

 悲鳴と怒号が交差する。

 喰われかけていたボクは、もうそれどころじゃないとばかりに放り投げられて地面をごろんごろんと転がった。

 そのまま草の影に飛び込んで、周囲の様子を伺う。

 

「こいつは弱い。こいつもダメ。どいつもこいつも、私の期待に沿わない雑魚ばかり……」

 

 襲撃者は1人の天使だった。

 鈍色の無骨な剣を振り回し、次々と悪魔の首を狩っていく。

 

「天使を止めろぉ! ここで殺せ! これ以上、嫉妬様に近づけさせ――ぎゃぬっ!」

 

 悪魔たちも必死に抵抗するが意味がない。

 

「どこかに私を傷つけられる悪魔はいないの? 私は、これじゃあ、休暇が貰えない。また明日も出勤だ」

「だ、ダメだぁ! 相手にならねぇ! こいつ――みぎょ!」

 

 戦いは圧倒的だった。

 何十という魔界の悪魔に囲まれて、天使はつまらなそうに殺して回る。

 

 ――期待外れ。

 そんな感情が天使の表情に見て取れる。事実、これは戦いじゃなかった。駆除だ。天使の圧倒的な武力による蹂躙が行われていた。

 

 でも、それが油断だったのかもしれない。状況は突然、変化した。

 

「馬鹿め! この数に囲まれて、注意が逸れたな! 後ろだよ!」

「――ぁ」

 

 突然、姿を現した悪魔によって天使は背後から爪で貫かれた。

 天使の小さなお腹から飛び出した悪魔の指先が真っ赤な血に濡れる。

 

「なんで……透明化? なに?」

「フハハ! 教えると思ったか、馬鹿な奴め! 吾輩の技能(フィート)は隠密と言い――あぎゅ」

 

「まあなんでもいい。これで、少し、楽しくなってきた……っ!! これは全治2日クラスの傷!」

 

 自分に手傷を負わせた悪魔を消し飛ばして、天使は凄惨な笑みを浮かべて言い放つ。

 

「さあ次は? まだお腹に穴が開いただけ。かかってこい。武器を出せ、技能(フィート)を回せ。もっともっと、私の身体を痛めつけてみせろ」

 

 負傷による影響なんかまるで無い。むしろビートが上がる。

 これまで酷く退屈そうだった天使が、怪我を負ったのを期に急に生き生きし始めた。

 

「あはっ……! あはは、明日は休み! でも足りない! もっと、もっと頂戴よ!」

 

 まだ足りない、もっと来いと。私を愉しませてみせろと天使は顕示する。

 彼女は天使にあるまじき表情で空を舞い、血を撒き散らして悦んだ。

 あろうことか天使たる彼女が、悪魔よりも強く凄惨な殺し合いを求めているのだ!

 

 それを見せつけられてボクと小人は抱き合って震えた。

 

「こ、怖……怖いよぅっ! なんで天使があんな戦闘狂なのー!? なんでー! どうしてー!?」

「しぃ黙らんかい! この駄猫! 今は隠れるんじゃ! 息を殺し、存在感も消して潜むんじゃァ! 殺戮の天使に見つかるぞ!?」

 

 小人たちが言っていた話の内容。

 

 ――魔界深くまで潜って悪魔を狩る天使が居るらしい。

 人間界なら別としても、魔界で悪魔を能動的に狩るなんて()()()()()()()()。わざわざやる馬鹿な天使が居るらしい。

 

 話を聞いた時は、凄い正義感が有る天使なんだろうなぁとボクは考えた。……とんでもない。

 あの天使は誰かの為に戦ってる訳じゃない。悪魔に憎悪を持つわけでもない。

 

 ボクが魂や感情といったものに精通している悪魔だからこそ分かる事。

 あの天使は、全てが己がためだけに悪魔を殺して回ってる。戦いと負傷こそが、アイツの目的だ。

 

 アイツは生命を賭した殺し合いこそ求めてる!

 おそらく何百もの無辜の悪魔を、己が楽しみで殺してきた奴だ! 面構えが違う!

 

「ねえねえ……あれが殺戮の天使なの!? あんなにヤバイ奴だったの!? あれじゃ悪魔より狂ってない!?」

 

「おうともよ。ほれみろ、あの表情。嬉しそうだろぅ……? 奴は、戦いを楽しんでる。敵はおろか、自分の血を浴びることすら悦ぶのだ! そして強い敵を屠ることを生き甲斐としている! 故に誰が呼んだか、アヤツこそ異端の天使『殺戮のザラキエル』!」

 

 わー小人さん、声が大きい!

 ほらほら静かにぃ!

 

「……猫だ。あと小人が二人」

 

「あ」

「あ」

 

 いつの間にか、天使による殺戮劇場は終わっていたらしい。

 もう周囲は物音一つしない。ボク達の会話だけが、丸聞こえだった。

 

 天使さんはお腹に空いた大きな傷口を何故か治療する様子もなく、淡々とボク達に近寄ってくる。その後ろに続く血の足跡が生々しい。

 

「……小人だ」

 

 殺戮の天使は興味深そうに小人さんをつんつんと突っついた。小人さん、渾身の死んだふり! たぶん意味ない!

 

「……猫だ」

 

 次に殺戮の天使は、ボクを見た。

 ボクはお腹を晒して「許してごろにゃーん」と媚びを売る。たぶん意味ない!

 

「貴方たちは、強い? 私に傷を負わせられる?」

 

 ムリムリムリ!

 絶対無理ですって、不可能の極み!

 

 小人さんと三人で雁首揃えて首を振る。凄いぞ、かつてないほど息の合ったアピールだ!

 殺戮の天使は、だよねぇと呟いた。

 

「じゃ、いっか。帰ろ」

「……え?」

 

 まさか、見逃してくれた……?

 

「黒猫ちゃんも、一緒に帰ろう。私、ペット……飼ってみたかった」

「ふにゃぁ!?」

 

 ペット……!? いまペットと言ったか、この天使!

 冷酷な猫の悪魔たるこのボクに対して、あろうことかペットにするなどと放言を……!? 思わず怒りがこみ上げる。

 

「イヤ? イヤなら……止める」

「ボクは家猫だにゃぁん! よろしくにゃん!」

 

 止めるのは、止めろッ!!

 ペット枠にも入れないなら、ボクは殺されるしかないだろう!? この状況!

 

「にゃんにゃん、可愛がってニャーン!」

「猫だ……しゃべる猫だ……かわいい」

 

 首の下を撫でられて、思わずゴロゴロと喉が鳴る。天使の指先をペロペロと舐めてやった。うぇえ、悪魔の血の味がする……。

 

 でも、どうだ? ボクの美しさに惚れただろう?

 

 天使の顔を見る……おかしい、無表情だ。

 い、いや、ペットが欲しかったくらいだ。実は内心、喜んでるに違いない。

 

 ふんっ、精々油断していればいいさ!

 悪魔を飼いならせると思うなよ。必ずその眼を盗んで、お前の寝首を掻……かないけど。逃げだしてやるからな!

 

 ボクは天使の腕に抱えられて、そう考えた。

 だけどそれは実に楽観的な思考だったと思い知らされる。

 

「神専魔法――魂縛呪殺の陣」

「にゃ?」

 

 天使がボクの美しい首筋を一周ぐるりと撫でると、奇妙な文様が首輪の様に巻き付いた。

 

「首輪、付けたよ」

「……ぁ」

 

 首元の魔法が放つ醜悪な空気。これは普通の魔法じゃない。

 少なくとも絶対に、無垢な天使が使っていいモノじゃない。

 

 普通の悪魔だって使えない。相当、性格が腐ってないと思いつかない魔法式、これは――ああ、分かった。これは古代神族が使った魔法だ。

 

 理解した。これは無理。ボクはもう逃げられない。

 

 殺戮の天使に抱き上げられて無慈悲な『隷属の魔法』を掛けられた。

 それも拷問の実験台や、奴隷に使うようなもの。決して()()()()()()に使う魔法じゃない。

 

「や……」

 

 ボクの口から、悲鳴が漏れる。

 

「神が遺した魔法はクズの極致。でも……便利」

「やめろー! 死にたくない! 死にたくないよぉ!!」

 

「大丈夫。可愛がってあげる。私達はこれから、友達に、なるんだよ……? 私のはじめての、お友達……」

「何されるのボク!? やだー! 助けてー、小人さん! いや小人さまぁー!」

 

 前足を伸ばして救いを求める。

 小人は草の影から無言で手を振っていた。口パクで伝えてくる「代わりの生贄、ありがとう」。

 

 ふっざけんなっ!! お前達が代わりに連れていかれろー!! 死にたくなぁーい! ボクは拷問の果てに死にたくなぁーい!

 

 

 

 

「ここが、私達のお家だよ」

「なにこれ廃墟?」

 

 天界に連れ去られたボクは、ボロ屋と見間違うような廃墟に押し込まれた。……牢屋かな?

 え、ここ天使さんのお家? またまた、ご冗談を。

 

「エサは何が欲しい?」

「……天使さんの血」

「はい」

「にゃー!!?」

 

 冗談半分で要求してみたら、殺戮の天使は自分の手首を切って血のミルクを用意した。

 しかもボクが好きな時飲めるようにと、ペットボトルに入れて保管してくれてる。

 

「この怪我、労災になるかな? 自分のペットのためだからダメ……?」

 

 天使はたまに意味不明な事を言う。

 しかし、ボクに対して思ったような酷い事はしなかった。拷問も魔法の実験も無し。

 

 する事と言えば、たまにボクのお腹に顔を埋めて深呼吸するぐらいで……マジキモいから止めて欲しい。殺されるから絶対言わないけど……。

 

 ボクも最初は怖くて天井裏とか軒下とかに隠れ潜むことが多かったけど、あいつは常にボクの居場所を把握しているから意味がなかった。すぐ見つかって捕まった。

 というか、そもそも隷属魔法で命を握られているのだから、ビクビクするだけ損だと気が付いて開き直った。

 

 そして、頭のおかしい天使に拉致されて半年が経った頃だろうか。

 ボクもこのボロ屋を我が物顔で歩く程度の度胸が付いてきた。

 

「ふんふーん、お腹すいたよー。ご飯の時間だよー」

 

 殺戮の天使「ザラキエル」――ボクの主は「1日8時間労働は絶対だ、それ以外は許さない」とか言って、基本的には朝仕事に出たら夕方帰ってくる。変に規則的な奴だった。

 だから、今のような昼過ぎの時間帯はボク1人でゆったりした時間を満喫できるのだ。

 

 今だけはボクがこの家の主みたいなものなのだ。廊下の真ん中だって歩いちゃう。

 

「うにゃー、力ある天使の血はゲキウマだからなー。昼飯が一番の楽しみだねー」

 

 お腹が空いたから、自分でペットボトルから血のミルクを皿に注いでちまちま舐める。

 その際にペットボトルの残量が半分になっているのに気が付いた。

 

「……あれ、そういえばここ数日、主を見てないなぁ。ご飯が補充されてない」

 

 残業だとか出張だとか言って、たまに主は数日間家を空ける事がある。だから、それ自体は別に問題じゃないのだが……。

 

 先日の主は滅茶苦茶、大怪我していたのを思い出した。

 

 翼が片方ない。光輪が割れている。

 あまりの状況で死ぬんじゃねぇのコイツと思ったものだが、主は無表情ながら意気揚々と「女神様に報告行ってくる」と言って治療もせずに出て行った。

 

 「え? マジ、それいいの!? ボクが手当てしようか!?」と突っ込んだボクは、たぶん主思いの良い奴だ。

 でも主は「女神様に私の怪我を見て欲しい」と言って構わず出て行った。……やっぱどっか頭おかしいわアイツ。意味わからん。

 

 それで今や行方不明。うーん、主どうなった……? 死んだ?

 

「まあいいや。そのうち帰ってくるでしょー」

 

 あの主がただで死ぬとは思えないから放置でいい。どうせ殺しても生き返るでしょ、悪魔(ボクら)みたいに。

 普通の天使は殺せば死ぬけど、主はどっちかというと悪魔みたいな奴だし……うん、放置でいいや。

 

 それよりもボクはやらなきゃいけないことが有る。

 今日も今日とて昼寝日和。昼寝こそボクに課せられた大切な役目なんだ。

 陽向まで移動すると「くぁぁあ……」と大きな欠伸一つして、ゴロンと寝転がった。

 

「うにゃぁ……あったかいなー……」

 

 陽向でウトウトと微睡(まどろ)んで考える。

 天界に来てやった事と言えば昼寝、食事、また昼寝。そして就寝。ああそれと、気が向けば主に付き合って遊んでやる時もある。

 

 ……なんだこれは。思っていたような生活じゃない。まるで裕福な家猫だ。

 こうやって惰眠を貪って、希少な天使の血を暴飲しても許される。なんだこれ、最高か?

 

 最初は奴隷紋みたいな魔法を刻まれたのに、実際の待遇は天と地の差。

 

 ……ははーん。さてはアイツ、ボクの美しさに惚れたな。ボクに献身しているな。

 あぁ良くない。良くないなぁ……。いくらボクが傾国の美猫といっても、怨敵の天使まで魅了してしまったか。猫悪魔は罪な存在だ。

 

 しかし、困ったぞ。

 このまま奉仕され続けたら、ボクは本当に家猫になってしまうじゃないか……。ごろごろした日々を過ごす家猫に……なりたいなぁ。

 

 ――っハ! いやいや落ち着け! これは精神攻撃だ! 隷属魔法のせいだ!

 

 冷酷で高潔な黒猫の悪魔たるボクが、プライドを捨てて天使に飼いならされる等あるはず無い。野生を失ってしまう……いやぁ、野生なんか要らないなぁ。ボクはもう家猫でいいにゃぁ……。

 

 っハ! いやいや落ち着け! これは罠で――

 

「ただいま」

 

 あっ! 主が帰ってきた!

 まったく遅いぞ。今回は数日も家を空けるとは、特別長い残業だったじゃないか!

 

 またぞろ面倒な仕事でも押し付けられたのか。だからいつも、そんなのは断ってしまえと言っているだろう!

 仕事なんか全て放り出して、ボクに構えと言っている。なのに主ときたら仕事ばかり優先して……ああ、なんだかムカついてきた!

 今度、隠れて主の仕事書類を撒き散らしてやろう! 足跡いっぱいつけてやる!

 

「クロー? どこー?」

 

 主がボクを呼ぶ声がする。

 でもボクは出迎える事などしない。お前がこっちに来い。

 

 帰ってきたら、まず手を洗え。

 しっかり綺麗になったらボクを撫でろ。ただし嫌がったらすぐ止めろ。

 

「クロ……いる? ただいまー」

 

 良しそうだ。

 いいぞ、こっちに来い。早くしろ。

 

「なんだこのボロ屋は……お前は一体どんな所に住んでいるんだ……。お、おい! なんだこれ! 床板が抜けてるじゃないか!? どこを歩けばいいんだ!?」

 

 そっけなく主を待っていたら、なんか知らない客が来た。

 赤髪を短くポニーテールで結んだ三対六翼の熾天使だ。

 

「っな!?」

 

 主と共にやってきたソイツは、ボクを見ると途端に殺気立った。ボクも久しぶりの戦いの気配を感じて慌てて飛び起きる。

 

「なぜ悪魔がここに居るんだ!? どういうことだザラキエル!!」

「うにゃぁ!? なんだよお前! ここはボクの家だぞぅ!? 勝手に入ってくるなー!」

 

 互いに睨み合うボク達。

 それを見て、主は不思議そうな顔で首を傾げるばかり。

 

 何してるんだ主! 早くコイツをボクの家から追い出せよぅ! 役目でしょ!

 

 

 

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