転生TS天使ちゃんは怠けたい   作:テチス

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疑念

 

 

 

「こちら、ウチの飼い猫の、クロです。よろしく……ほら、クロ」

「……よろしくねー」

 

 頭にでっかいたんこぶを付けたクロが、俺の促しによって渋々と頭を下げた。

 

「こちら、私の指導員の熾天使さんです。よろしく」

「……私は悪魔に頭を下げたくないのだが?」

 

「顔の引っ掻き傷すごいね。どうしたの? 女神様に診てもらう?」

「よーし! 仕方ないな、よろしくしてやろう!」

 

 熾天使さんの顔に張り付いて引っ掻き回していたクロを捕まえて、ようやく一息ついた今。三人で向かい合うように腰かけた。

 うちに座布団なんて高尚な物はない。イスとテーブルすらおいてない。床に直接、座り込む。

 

 でも二人が俺のボロ屋で暴れまわってくれたおかげで、いまじゃあ床があちこち穴だらけ。やってくれたな……二人とも。

 

「それじゃあ、なんでお前の家に悪魔が居るのか、聞かせて貰おうか」

 

 熾天使さんがクロから一切目線を外すことなく俺に問いかけた。

 

 さて、何と言い訳するべきか。

 

 あまりにも天使の友達ができないから寂しくなって、魔界でカワイイ猫悪魔を捕まえてペットにしました……なんて通用する? しないよねぇ。

 熾天使さん、今にも殺しそうな眼で俺のクロちゃんを見下ろしてるもんね。

 

「……これには、深い理由がある」

「ふむ、聞こう」

 

 まず大前提として、天界に悪魔を連れ込むのは、違法……では無かったりする。

 大戦争時代なんかは捕囚や尋問要因として多くの悪魔が天界へと拉致されてきた。そして神の名のもとに拷問された。

 そのため法律でも、しっかり制御下に置かれている悪魔ならば特例として留置が許可されている。

 

 でも、それは法律上の話。

 現実的には悪魔を天界に連れてこようと思ったら道中の検問で引っかかる。

 

 天界と人間界、魔界は隔絶した空間であり、簡単に行き来することはできなくなっている。移動には数少ない『転移門』と呼ばれるゲートをくぐる必要があるのだ。

 その上で、天界と魔界は人間界を通して繋がっており、魔界から天界へ悪魔を連れ出そうと思ったら少なくとも二か所のゲートを通る必要がある。

 

 現在の状勢は、悪魔側に比べて天使と人間の連合が優勢であり、魔界門も、天界門も、人間と天使が合同で厳重な検問を敷いている。

 その検問には天界の職場の一つ『人類統制局』に務める上位天使が常駐し、違法物品や危険物の持ち込みが無いか厳しく取り締まっている。

 

 悪魔なんて危険物そのもの、許可無しに持ち込んだとバレたら一発で逮捕されるか没収だ。

 故に悪魔たるクロがここに居るのは違法ではないのだが……違法という……複雑な状況にあったりする。

 

 じゃあ、どうやって連れて来たかって?

 そりゃ俺が、転移門によらない移動手段を持ってるからなぁ……。

 

「まず、私の話を聞いてほしい」

「分かった。早く言え」

 

 さて……そんなバックグラウンドを考慮した上で、クロの言い訳をどうするか。

 

 この熾天使さん、軟禁されていた時の俺の監視かと思いきや、実は女神様の元護衛役で、いまや俺の指導係。

 階級も最上位の熾天使だし、きっと規律には厳しい人だろう。早く言い訳を考えないといけない。

 いけないの、だが……なんか思考が逸れていく。

 

 猫のひっかき傷だらけになった熾天使さんの顔を見る。

 猫なんかと本気でケンカしていた事と言い、この熾天使さんって愉快な人過ぎないか?

 

 変な経歴も面白い。女神様の護衛から、俺の監視役、俺の指導係とどんどん役割しょぼくなってんのクソうける。

 なんで女神様の護衛という超名誉ある仕事から、俺なんかの指導員になってんの? 左遷ってやつ、それ?

 

「……なんだ?」

「い、いや別に……っ」

 

 つい笑いそうになってしまったので、あわてて感情OFF。

 

 人って焦ると笑顔になりそうになるのは本当だ。

 だけど、さすがに自分のために働いてくれてる人を表だって笑う程、俺も性格終わってない。この内心は絶対バレてはいけない。

 いや、内心でも失礼なこと考えるなよって話なんだけど……ダメだなぁ。もっと女神様に相応しい性格にならないと。反省の至り。

 

「ええい! いい加減お前の言い訳を聞かせろ! 無いなら、この悪魔を殺すぞ!」

「なんだとー! やってみろ雑魚天使!」

 

 殺すと言われたクロが、興奮したように立ちあがる。

 

「ふん、主が説明するまでもない! ボクが教えてやるよっ! 主はな、このボクの美しさに惚れたんだ! だからこうやって真名をくれて、養ってもくれるんだ!」

「なんだと!?」

 

 ……はん?

 別に惚れてないが??

 

「契約だってしたんだぞ! もうボクと主は一蓮托生! 心だって通じ合う仲なんだ、分かったか!」

「なんだと!?」

 

 俺とお前の心が一切通じ合ってないのが、さっき証明されたんだが??

 

「おい! どういうことだザラキエル! 真名が無い悪魔が居たのも不思議だが……そいつに"名"を与えるとは、何を考えている! 一体このクソ猫をどうするつもりだ!?」

「クソ猫じゃない! クロだ! でもお前はボクの真名を使うなよ、汚らわしい!」

 

 あーやかましい、やかましい……。

 

 金切声を上げるな、不愉快だ。

 コイツ等は女神様みたいな御淑やかには成れないのか。

 

 俺の面倒くさいメーターがぎゅんぎゅん音を立てて上がっていく。

 もう二人の事は放っておいて、自分の仕事をしたくなってきた。

 

 いや……いや……こういう性格が、俺をコミュ障ボッチに変貌させたのだ。もっと協調性を持つべきだ。

 そもそもの発端が、俺の軽率な行動からくる問題。俺には説明責任があるはずだ。

 

 とりあえず、あるがままを報告するしかないと。神妙な面持ちで口を開き、

 

「この猫は、私が半年前に――」

 

「やいやい、このクソ天使! 黙って聞いてれば上から目線で偉そうな! ボクは地獄の大悪魔! "クロちゃん"様だぞ! お前の名前を言ってみろぉ!」

 

「――あまりに貧弱で、放っておくと死にそうだから、拾って――」

 

「悪魔に名乗る名などない! ……が、名乗られたからには返してやろう! 私は天軍所属、第一軍団長の『サラフィエル』だ! クロ、お前を殺す者の名だぞ! 覚えておけ!」

 

「――私も昔からペットを飼ってみたくて」

 

「クロって軽々しく呼ぶな! "クロちゃん"だ! また引っ掻くぞ、真名の扱いも知らない無知無知クソ天使!」

 

「なんだとぉ!?」

「なんだよぉ!」

 

 あー……。めんどくせぇ……!

 

 こいつら全然、俺の話聞かないじゃん!

 

 

 

 

 

 

 『天軍』とは天界における唯一の軍事組織にして、神の意志を執行する暴力装置である。

 かつては数百を超える上位天使を抱え、魔界との大戦争でも主力を担った神の剣。だが、それは過去の栄光だ。

 

 我儘で、暴力的で、世界の支配者気取りだった古代神族が滅び、心優しいサーヴィトリーしか神族がいなくなった今。

 神の権威を代行する天軍はもはや時代遅れの骨董品。

 

 戦争は終わり。殺意でしか物事を解決できない天軍は、かの女神に相応しくないとサラフィエルの同僚はどんどんと居なくなった。

 

『サラフィエルはいつまで戦争気分なの? いい加減、認識を改めたら? 天軍はもう解散。みんな別の仕事を始めたよ』

 

 何十年も前に天軍を脱退した最後の同僚に言われた言葉を、サラフィエルは今でも覚えてる。

 「統制局」や「天導院」から幹部待遇でのスカウトもあった。だけど、その(ことごと)くを蹴ってきた。

 

 そして今では天軍に所属する唯一の天使となった"熾天使"サラフィエル。

 

 彼女がザラキエルと初めて会ったのは、今から2年前のことになる。

 利用する天使が誰もいなくなった天軍の兵舎で1人ぼんやりと過ごしていたら、ザラキエルがやってきた。

 当時のザラキエルは裸で、血塗れで、人間の死臭を纏っていたのを覚えてる。

 

 あまりの異常事態。

 すわ何事かとサラフィエルが思わず剣を抜いたのは昔ながらの習慣だ。

 

 ――怪しい者は、とりあえず敵と考えろ。

 

 成り代わりや憑依を得意とする『悪魔』と対峙するうえで、天使が常に味方とは限らない。

 悪魔との大戦中には、一晩会っていなかった同僚が次の日には中身だけ別人になっていた、なんて事も少なくなかった。

 

 天軍には同僚に対する信用とか信頼なんて言葉は存在しない。

 なにより上司の古代神族が一番信用できない奴等だったので、当たり前のことだった。

 

 だから2年前のザラキエルに剣を突き付けたのは間違ってない。行動への後悔はない。あいつは明らかに怪しい奴だった。

 

 でも、もしも、あの分岐点が少しだけ異なっていたのなら。ザラキエルはここまで堕ちなかったのか。

 こいつと、しっかりした"親子"関係を築くことができたのか。

 

 なんて……どうしてもサラフィエルは思ってしまうのだ――。

 

 

 

「――それで、悪魔を拾ってペットにしたんだな?」

「そう。寂しかった」

 

「……はぁ……」

 

 悪魔がここにいる理由を聞いて、サラフィエルは頭痛を覚えてしまった。

 

 あまりにも、あんまりな理由。

 ザラキエルが1人で過ごすのが寂しくて友達が欲しかったという、たったそれだけの理由で悪魔を飼っていた。

 しかし、どう思考を回したら「そうだ、地獄の黒猫を拾ってこよう!」という発想が生まれるのか。

 

 天使とは穢れを嫌う存在だ。悪意や害意、欲望を持つことは堕天に繋がる禁忌である。

 それが()()()()()()()()にしろ、欲望の強い悪魔をペットとして飼おうなんて……頭が狂ってるとしか思えない発想だ。サラフィエルは頭を抱え込む。

 

 いや……それだけ、当時からザラキエルが壊れかけていたという事か。

 善も悪も分からなくなって、翼を持たないよく分からないフォルムの猫を可愛いなどと誤認して、ペットにする暴挙。もはや狂人の考えだ。

 

 しかも悪魔に"真名"を与えるという所業までしてしまう。

 

 真名とは、その悪魔を世界に根ざした存在に昇華させる行為。存在の固定化だ。

 悪意がより固まって生まれる悪魔は、真名が無ければ存在があやふやで、力は貧弱、悪意も欲望も弱く在れるのに。

 天使たるザラキエルがわざわざ命名してしまうとは……。

 

「まあ……いい。やってしまった事は、もうしょうがない。だがザラキエル、コイツに名前を付けてから違和感はないか?」

「?」

 

「より一層、誰かを殺したくなるとか、悪事を為したくなる。あるいはそうだな……色欲、金銭欲、支配欲が湧きあがるとか……?」

 

 命名行為は、相互に繋がりをつくる行動だ。

 ペット(悪魔)飼い主(命名者)に似るように。飼い主(命名者)ペット(悪魔)の影響を少なからず受けてしまう。

 だから、違和感がないかザラキエルに聞いてみたのだが――

 

「……ないよ?」

 

 身体をあちこち触れた後、本当に何でも無さそうな表情でザラキエルは首をひねった。悪魔が嗤う。

 

「たははは! 当たり前だよ、だってボクは冷酷にして残酷にして厳酷な大悪魔! 殺しと弱い者いじめが大好きな黒猫悪魔なんだからな! 最初から主との相性はバッチリさ!」

「……私は別に、殺し、好きじゃないけど?」

 

「えぇ!?!? ウソウソ、そんなの嘘に決まってるよ! いい笑顔を浮かべてたよ、主の虐殺劇! ボク見たもん!」

「わ……笑ってたのは、悪魔を殺せば女神様のためになるから。だから――」

 

「主、主、悪魔(ボク)に嘘は通じないよ! 主は、何よりも自分の為に悪魔を殺してた。自分が傷つけられて喜んでた。そうでしょう?」

 

 黒猫に詰められて、ザラキエルは目線を泳がせた。怒られるとでも思ったのだろう。恐れる様な眼でサラフィエルを見上げると、弁明を繰り出した。

 

「ち、違うよ……? 私は、ただ天界の為に――」

「ウソだね!」

 

「なら、仕事だから頑張って――」

「ウソだね!」

 

「うぅっ……じゃ、じゃあその時はそうだったかもしれない。でも今は違う。今、私は女神様のために悪魔を殺したい」

「……うーん。むずかしい判断だ。ウソ……ではないけど、それも結局は自分のため……そんな気がするよ。だって主から何か凄い欲望を感じるもん!」

 

 自分の飼い猫になじられる天使など見た事ない。

 これ本当に制御できているのかと疑問に思ったが、サラフィエルはそれ以上に気になる部分に引っかかる。

 

『ボクは殺しと弱い者いじめが大好きな黒猫悪魔なんだからな! 主との相性はバッチリさ!』

 

 これは、ザラキエルの性根が悪魔に伝播したのか。それとも、悪魔の方からザラキエルに影響を与えた結果として堕天問題を引き起こしたのか。

 たぶん、前者なんだろうなぁとサラフィエルは嘆息した。時系列的にも明らかだ。

 

 でもまあ、とりあえず。

 サラフィエルは猫の首根っこを押さえつけて立ちあがった。猫が何事かと暴れ出す。

 

「なんだよ!? なにするんだよ!?」

「ふむ、分からないか? じゃあ用件を言う、これからお前を木に吊るす」

「な……なんだってー!?」

 

「自分で言ったんだろう。お前は殺人と弱い者いじめが大好きな悪魔だってな。自白するとは殊勝な悪魔だな? 殺して吊るして、晒してやろう」

 

 手足を振り回して黒猫が暴れるが、一度首根っこを捕まえてしまえば大したことはない。所詮、すばしっこいだけの弱小悪魔だ。熾天使との力比べで勝てるはずがない。

 

 

「ま、待って待って! クロを連れて行かないでぇ……」

 

 家を出たところでザラキエルに縋りつかれて、足が止まった。

 

「さっきのはクロなりの冗談だから……クロは飼い主に似て……えっと、私と同じようにプライドが高くて、虚栄心が強くて、見栄っ張りで……。だけど、本当は怠惰な怠けもの……今じゃただの飼い猫だから」

 

「……無理があるだろう、その理論」

 

 この悪魔がザラキエルに似たと仮定しよう。それはあり得ない事じゃない。命名とはそれだけ強い繋がりを作る行為。

 だが、それではクロと同様に「ザラキエルが怠惰な存在」ということになってしまう。

 

(あんなに嬉々と悪魔を殺して、躍起になって働く怠け者がいるものか! ……だが)

 

 サラフィエルは、これがザラキエルが必死に考えた言い訳と判断した。しかしそれを無下にする事は出来なかった。

 

「悪魔に善良な奴など居ない。お前のそれは、理解したうえでの哀願か?」

「……ううん。クロはたぶん、かなり飼い猫っぽい悪魔だと思う。いいや、絶対そうだよ! もし違ったら、木の下に埋めて貰っても構わないよ! ……クロを」

「にゃぁ!?」

 

「私は吊るすと言ったんだが? ……まあ、いい。それなら私はコイツが欺瞞に満ちた悪魔に賭けよう。もしただの家猫みたいな奴だったら、私を埋めて貰って構わないぞ。まあ無駄な賭けだろうがな」

 

 悪魔に情状酌量の余地など無いし、いますぐ殺処分にしてもよかった。本気でそのつもりだった。

 しかしザラキエルの悲しそうな顔を見てそんな気分ではなくなった。

 ぽいっと、ザラキエルに猫を投げ返す。

 

 悪魔を殺すのは待ってやる。

 でも話はまだ終わってない、サラフィエルは次の質問に移行する。

 

「では次だ。そのクロという悪魔は――」

「クロちゃん!!」

 

「やかましいなクソ猫……クロちゃんが、ここにいる理由は分かった。だが、魔界からどうやって連れてきた? 検問はどう抜けた?」

 

 黒猫を抱えたザラキエルが、ゆっくりと目を逸らす。

 

「おい、こっちを見ろ」

 

 何故コイツは気まずくなるとすぐ目を逸らすのか。

 まるで子供か、もしくはコミュニケーションを知らない奴の反応だ。

 

「検問を潜り抜けたのか? それとも……抜け道を使ったか。"これ"もそうなのか?」

 

 サラフィエルは猫の首を指でなぞる。

 首輪のように巻き付いた白い紋様が、淡く光って存在を主張した。

 

「古代神族が好んだ隷属魔法だな。だが、これは神族だけに許された『神専魔法』の一種だったと記憶してるのは、私の記憶違いか? 誰がこの猫に神専魔法を行使した?」

 

 神専魔法――『神専用』というのは、誇張じゃない。

 神力をエネルギー源として発動するこの魔法は、文字通り、神にしか行使できない強大な魔法だ。

 

 天使も莫大な魔力は持つが、それでは代用できない。人間も悪魔も真似できない。まさしく神の奇跡。

 

「で? 誰が使ったんだ? その神専魔法」

「……」

 

 再度、目線を逸らそうとするザラキエルの顔へ、先回りする。

 目と目が合う。何故かザラキエルは少し頬を赤くして、腕に抱えた猫で顔を覆ってしまった。もごもごと小さくつぶやいた。

 

「ぁ……あれは、事故、だから……」

「……?」

 

 神族の大半が滅んだこの現代。神専魔法を行使できる存在は限られる。

 唯一神たる女神サーヴィトリーか、あるいは、図書館にて"悍ましい方法"で神専魔法を学び、神力を得るという外法を行った者だけだ。

 

「あ……? おい……」

 

 サラフィエルは思い浮かんでしまった想像に息をのむ。

 

「おいザラキエル……まさか、とは思うが……」

 

 まさか、ザラキエルが図書館であの忌まわしい日記帳に手を出して、自分の体と心を差し出して、尊厳を破壊されながら神力を得たとでも?

 

 サラフィエルは自分の中で湧きあがった疑問を否定したかった。だけど、今のところ、それを否定できる要素がない。

 

「まさか……だけどな……おい、ザラキ、エル?」

 

 声が震える。手が落ち着かない。

 まだザラキエルは2才だぞ。子供も子供。性知識すら持たなかった、無垢な存在そのものだ。それが……既に、そうとは知らず神に犯されていた?

 

 そんな事実は、あってほしくない。

 背中の汗が止まらない。

 

 いや……だが……。

 ザラキエルの異常な強さが物語る。普通じゃない。ザラキエルは通常の天使とは、全く異なる成長曲線を遂げている。

 なんだったら、戦闘特化の天軍に所属していた熾天使たるサラフィエルの()()()()()すら超えかねない。そんな力量。

 

「お前は一体、どこで神専魔法を覚えた。必要な神力はどう賄った?」

 

 サラフィエルの質問に対して、ザラキエルは、三度(みたび)、無表情で顔を逸らした。

 ……イヤな予感が止まらない。

 

「図書館か? 二年前か?」

「っ!?」

「……やっぱり、か……っ!」

 

 分かりやすすぎる。

 当たって欲しくない想像が現実のものになりそうだ。

 

「な、なんで私が二年前に図書館に行ってること、熾天使さんは知ってるの?」

「……いや待て、お前……さては私のことを忘れているな?」

「?」

 

 あの時、私に図書館の場所を聞いたのはお前だろう。名づけ親の顔を忘れるとは……いい度胸をしているな。

 黒猫悪魔のこともあるし、一度きっちり説教した方がいいかもしれない。

 サラフィエルはこめかみに血管が浮き上がるのを自覚した。

 

「司書の智天使がいなかったら、帰って来いって私は言ったよな!? まさか……独断で色々閲覧したんじゃ無かろうな!?」

 

 イヤな事ばかりで、無意識に声を荒らげてしまう。

 

「……あっ! い、居たよ! 智天使さん、ちゃんと居た!」

「おい、今の間はなんだ!」

 

「な……なんでも、ないよ?」

「おい、なぜ目を逸らすんだ! 猫で顔を隠すんじゃない!」

 

 もうそろそろ、ストレスが限界だ。

 サラフィエルは子供と猫の前だという事も気にせず、タバコに火をつける。

 

 猫とザラキエルの両方からイヤそうな眼で見られたが、知った事ではない。サラフィエルはストレスで死にそうだ。

 

「行くぞ、来い!!」

「あっ……」

 

 ザラキエルの手を無理やり引っ張って――ついでに猫も抱えて――図書館へと向かう。

 

 まだだ。まだ、そうと決まったわけじゃない。

 だが、今すぐ司書たる智天使に確認しなければいけないことができた。

 

 もしも2年前にザラキエルが1人でエノク語の本を読んでいたと思うと、気が気でない。どうしてあの時、1人見送ってしまったのかと後悔が止まらない。

 

 エノク語の本なんて、生まれて間もない天使が読んで良い代物じゃない。

 仮に1ページでも目を通そうものなら、瞬く間に本の精神感応に飲み込まれて自我を失う。

 だから、いまだこうやってザラキエルが自分を保っている以上、本を読んでいない可能性の方が高いのは事実。

 

 しかし、状況証拠は揃いすぎている。

 誰が行使したか分からない神専魔法、聞くと黙り込むザラキエル。役満だ。

 

「あの図書館は、危険だって言っただろう! かならず誰かと一緒に本を読めと言っただろう!」

 

 例えば本の種類によって古代神族が仕掛けた罠がある。

 勝手に日記を読む不届き者に、自らの神力を送り込む嫌がらせ。あれを防ぐには相応の手段が必要だ。

 少なくとも、このとぼけた顔のザラキエルに防げるとは思えない。一瞬でその光輪を古代神族の神力で犯される。

 

 もっとも、それを利用して神の力を得るという手段があるし、ザラキエルがその外法を取ったのではないかとサラフィエルは気が気ではないのだが……。

 

 もうよく分からない。

 よく分からないが、全て勘違いであってくれと願わずにはいられない。

 サラフィエルの頭はもう怒りと悲しみと焦りでぐちゃぐちゃだ。

 

「……クソが」

 

 タバコが瞬く間に吸い尽くされた。

 慌てて、次の一本を用意。増大するストレスが止まらない。

 

 ザラキエルはサラフィエルの"子"ではないが、それでも名前を授けた存在だ。

 

 2年もほったらかしにしてしまったどうしようもない"親"だが、思う所が無い訳じゃない。そうでなければ昨晩、女神に手を挙げたザラキエルを斬り捨てることに躊躇はしなかった。

 

 ――そう。サラフィエルは女神の首に手が掛かった、その瞬間でさえ、ザラキエルを殺す決断が下せなかった。

 堕天が収まると期待したのか。そんな訳ない……ただ甘かっただけ。

 

 悪魔に真名を授けるように、天使に名を与えるのも相応の繋がりをつくる。サラフィエルにとって、ザラキエルはただの他人じゃない。

 

 それでも情を断ち切れなかったのは女神の護衛失格だと自覚した。次は斬ると宣言したが、できる気がしない。

 故にサラフィエルは護衛を辞して、ザラキエルの指導員として手を挙げた。なのに。

 

(その一歩目がこれか。本当に、この天界には良い事が何もない……)

 

 最近はタバコの消費が激しくなってきた。それだけ嫌なこと続き。

 

 これじゃあ、いつ自分も堕天するか分からない。

 サラフィエルは大きくため息をつきながら二人を連れて、図書館へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 図書館に辿り着いたサラフィエルは、扉を蹴破る様に飛び込んだ。

 

「アルマロス! おい! 居るんだろう出てこい!」

 

 相変わらず人気のない図書館で、司書長たる智天使の名を叫ぶ。

 

 図書館の奥の方から「はーい」という微かな声が聞こえて、智天使はやってきた。そして彼女はザラキエルの存在に気付くと、驚いたように見つめて言った。

 

「おやぁ、これはザラキエルちゃんじゃないですか。()()()()ですね~。今日は熾天使さんと一緒にお出かけなのですか?」

 

「え?」

「なに?」

 

 サラフィエルと、ザラキエルの声が重なった。

 

 

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