トレセン学園の謎〜ウマ娘達が消費する食料は何処から来ているのか?〜   作:筆先文十郎

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キングヘイローのトレーナーはカツ丼を食べるようです

「ふう、今日のランチは何にしようかな?」

 トレセン学園近くの飲食店街で、キングヘイローのトレーナーを務める男(以降キントレ)がすきっ腹を撫でながら店の看板を見て歩いていた。

「昨日は食う暇もないほど仕事が多忙で、その影響で朝は寝坊し朝食は抜き。昼からのキングヘイローのトレーニングに向けて、ここはガツン! と食べておかないとな……ん?」

 ふと立ち止まったキントレが店の前の看板を見上げる。そこには『大盛 かつ盛』と大きく書かれた文字とカツ丼の絵が描かれた店があった。

「カツ丼かぁ。そうだな、昨日の夜から食べてなかったから今の俺はめちゃくちゃ空腹。栄養補給と厳しくも険しい一流の道を歩くキングヘイローと共に歩くと決めた俺にはゲン担ぎも兼ねていいかもしれないな」

 そう言うとキントレは店の暖簾をくぐる。

「いらっしゃいませ。一名様ですね、それではこちらへどうぞ」

 女性店員の案内に従い、テーブル席に座ったキントレは

「ふぅむ……」

 と隣の席でカツ丼を食べる三十代くらいの太目のサラリーマンに目をやる。

(確かに量は多いようだが、案外月並みだな。……今の俺には足りないな)

 丼に盛られたカツ丼を見て、キントレはニヤリと笑うと手を挙げて店員を呼び止める。

「注文よろしいでしょうか?」

「はい、何に致しましょう?」

 キントレが手を上げて店員を呼ぶと振り返った店員はメモを取りながらキントレの元に向かう。

「カツ丼一つ、大盛りで!」

「ええっ!!??」

 その言葉に注文を伺ってきた女性店員は大きく目を見開く。他の客や店員が「え、嘘だろ!?」、「マジかよ……」、「本当に……」とざわめく。

「……あ、あの。大丈夫ですか?」

 女性店員が恐る恐る尋ねる。

「大丈夫ですよ。結構空かせてきましたから」

「……え、ほ……本当によろしいでしょうか?」

「大丈夫ですって、俺はキングヘイローのトレーナーですよ。二言はありません!!」

 そう言ってキントレは胸をドーン! と叩く。

「……わ、わかりました。大盛り一丁!」

 そう言うと店員は厨房に注文を伝えると奥へと下がった。

 

 数分後

「お待たせしました、カツ丼大盛りです」

「え……」

 テーブルに置かれた器分を差し引いても余裕で数キロはあるカツ丼に、キントレは驚愕する。

(な、何だ!? この圧倒的な量は!!)

 驚愕するキントレは隣の席のカツ丼と自分の席のカツ丼を交互に見る。

(あれが並盛りで、大盛りがこれ? バカか! 刻むだろ、普通……段階的に!!)

 その時、ハッとしたキントレはメニューを開く。そして初めて気づく。

(違う!! 刻んでいるんだ、この店は……並より下に!!)

 キントレが目を向けるメニューには。

 

『キッズサイズ……食べ盛りのお子様へ(わらび餅付き)』

『レディースサイズ……脂肪が気になる方、他店の大盛りくらいです』

『小盛り……今日一食で済ましたい方へ』

『並盛り……突破するのは命がけ!』

『大盛り……ようこそ、新世界へ!!』

 

 書かれたメニューを見て、キントレは黙々と食べている隣客を睨む。

(馬鹿野郎、その図体で頼むな! レディースサイズ!!)

「あ、あの……」

「……え、何でしょう?」

 女性店員の声にキントレは正面に向き直す。

「大盛りを頼まれたお客様には撮影をお願いしているのですが、後でよろしいでしょうか?」

「さ、撮影?」

「あれです」

 別の男性店員が指を指す。

(なっ!?)

 それを見てキントレが驚愕する。そこには

 

『……いくらなんでも……これは無理。残念! 会社員 ○口様』

『……降参です。……もう、食べられません。残念! フードファイター ○川様』

『……かつ盛さん、半端ないっす。残念! T大ラグビー部〇藤様』

 ……

 

 累々と並ぶ敗者の歴史、カツ丼を残す挫折する者たちの姿があった。

(いや、無理無理無理!! どう見ても俺より食べそうな人たちが残しているんだぞ!! 無理に決まっている!! しかし、『俺はキングヘイローのトレーナーですよ。二言はありません!!』と言った手前……食わないという選択肢はない。でも……)

「やっぱり止めときますか?」

 あまりの量に固まるキントレに、見守っていた男性店員が声をかける。その言葉がキントレの心に火をつけた。

「止める? 冗談はほどほどにしておいてくださいよ。それよりも逃がさないでくださいよ、わずかしかない……刹那のシャッターチャンスを!」

 その一言に店内から「うおぉぉぉっっっ!!」と歓声が起こる。

 そんな歓声を受けキントレはガツガツと食べ進める。その勢いのまま半分ほど食べ進める。しかしある物も見つけキントレの箸が完全に止まる。ご飯の中にもう食べ終えたと思っていた大量のカツが敷き詰められていたからだ。

(……う、嘘だろ?)

「ハァ、ハァ……」と辛そうな吐息を漏らすキントレに店員が声をかける。

「もうこの辺りで終わりにした方が……」

「『終わりにした方が……』……だと?」

 その一言があまりの量に折れかけたキントレの心に火をつける。

「俺はあのキングヘイローのトレーナー。スペシャルウィークを始めとするライバルたちとの実力差に絶望し、涙を流してもなお走り続け、そして栄光をもぎ取ったキングヘイローのトレーナーだぞ! こんなので終わったら、一流のウマ娘(キングヘイロー)のトレーナーを名乗ることは出来ねぇだろうがぁぁぁッッッ!!」

 雄たけびを上げたキントレは机に置こうとしていた箸に力を込める。これ以上入らないと信号を送る身体の拒否反応を「俺はキングヘイローのトレーナーだ!!」という自負で力づくでねじ伏せ、カツ丼を口の中へとガツガツと運び、喉に流し込んでいく。そしてついに

「ふっ!」

 平静を装いながら笑うキントレは、器に残った最後の米粒を周囲に見せつけるかのように摘まむと、パクッと口に運んだ。

 

「おおっ! スゲー!!」、「食いきったよ!!」、「マジでいいもの見れたわ!!」

 

 周囲から歓声があがる。

 その後。写真撮影をしたキントレは店を後にした。

 

 数十分後。トレーニング場。

「遅い、もう少しで昼休みも終わるっていうのに!」

 普段ならすでにトレーニングが始められるように準備をしているトレーナーがいないことに、トレーナーに着替えて準備運動を終えたキングヘイローは苛立っていた。

「お、遅れて申し訳なかった……」

「もう! どこで何をしていたのよトレー……ナー…………」

 振り返ったキングヘイローが、言葉を詰まらせる。そこに立っていたのは

「ぜえ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」

 青ざめた顔で臨月かと見間違えるほどに膨れた腹を抑える、自身のトレーナーが立っていたからだ。

「ど、どうしたのよ……そのお腹……」

「……き、気にしなくていい。さぁ、トレーニングを始めるぞ……ウグッ!!」

 慌てて口を抑えるトレーナーに「ちょ、ちょっとトレーナー!」と介抱しようとするキングヘイロー。しかしキッ! と「俺に構わずトレーニングを始めるんだ!」という強い視線に逆らえず、キングヘイローは心配そうにトレーニングを始めた。

 

 

 

 一週間後

 キントレは再びかつ盛の暖簾をくぐっていた。

「ふぅ~」

 店員から渡されたお手拭きで手を拭き、持っていた洗顔シートで顔を拭く。

「ふふっ」

 店内を見て、他店では大盛りに相当するレディースサイズのカツ丼を食べる客を懐かしそうに見る。

(一週間前、何も知らなかった俺ならあのカツ丼を見て『ここの大盛りは大したことないな』と大盛りを頼むが。今の俺は中々の空腹。ならば多少恥ずかしくても)

「カツ丼1つ、レディースサイズを」

 注文を伺いに来た店員に伝えた数分後。

「ん?」

 隣に気配を感じてキントレは首を動かす。そこには大きな団子鼻に糸目、タラコ唇、そしてふくよかな体型が特徴的な中年男性、皇恋(こうれん)グループの強制労働施設の農場で働くE班班長、小槻(おつき)馬太郎(うまたろう)の姿があった。

「ご注文、何にしますか?」

「カツ丼、大盛りで!」

「あ、あの……うちの大盛りは……」

「ああ、大丈夫大丈夫。けっこう空かせてきたから」

 笑顔で腹をさすりながら言う小槻の言葉に、注文を伺いにきた女性店員は厨房に大盛りが入ったことを伝える。そしてすぐ近くのキントレに頭を下げる。

「あの、お客様。すみません。大盛りの注文が入りましたので……」

「ええ、わかってますよ。大盛り優先でしょう?」

 大盛りの注文が入った場合、先に注文していても後に回される。その店のルールを知っていたキントレは笑顔で対応する。

(どうやらあの男、ここの大盛りを知らないな……)

 その後起こる男の行動を想像しながら。

 

 十分後。

「お待たせしました。カツ丼大盛りです」

「っ!!??」

 机に置かれた圧倒的な量のカツ丼に、小槻は汗を流し苦笑いを浮かべる。

(クククッ、そんなキョロキョロさせてもカツ丼は無くならないぞ。まぁ、俺ならメニューにはない山椒や七味など様々な調味料を駆使して味をごまかしながら食べるが……教えることはないからな。悪いが隣の席から高みの見物と……ん?)

 小槻が自分をジ~と見ていることにキントレは気づく。

(何だ、なぜこの男は俺を……ハッ!?)

 キントレはあることに気づき壁に掛けられた写真を見る。そこにはカツ丼大盛りの前に敗北する挑戦者達と共に

 

『この程度、キングヘイローのトレーナーには朝飯前! 見事完食! キントレ様!!』

 

 と苦笑いを浮かべながら空になった丼を持つ自分自身の写真があった。

 キントレの顔を見て、小槻は救いが見つかったかのような笑みを浮かべる。

「おおっ、若いだけあって、すごく食べられるんですね。そこまで食べられるのでしたら、どうぞ」

 よそったカツ丼を渡そうとする小槻にキントレは激高する。

「おい、それはないんじゃないのか? 店員さんはアンタが食べられるのかと確認をした。それでもアンタは大盛りを頼んだ。なのに食べきれないとわかるとすぐに他人の力を借りようとする。みっともないとは思わないのか? 男なら注文通り頼んだものを黙って食えよ!」

「う、うぅ……」

 キントレの言葉にうなだれる小槻。その時だった。

「お待たせしました。カツ丼レディースサイズです」

 キントレの机にこんもりと盛られたカツ丼が置かれる。その時だった。

「ハァ~~~」

 小槻の口からため息が漏れる。

「いやいやいや。あのキングヘイローのトレーナーなのだから何を注文されるのかと期待してみれば、レディースサイズですか。ククク……」

 ニタニタと笑う小槻にキントレは心の中で激怒した。キングヘイローはライバル達に実力差を見せつけられ何度敗北を経験しようとも、周囲から「井の中の蛙」、「じゃじゃウマ」と烙印を押されて苦難を強いられても諦めて高みへと歩む足を止めることはしなかった。

 どんなに苦しくても一流になろうと覚悟を決めてもがき続けた。そんな彼女を見て彼女のトレーナーになることを決めた自分を、キングヘイローは自分と共に一流の道を歩むトレーナーだと認めてくれた。

 その自分がバカにされるということは、ひいては自身が担当するキングヘイローがバカにされたことに等しかった。それはキングヘイローと共に一流になることを決めたキントレにとって到底許されることではなかった。

 キントレは不退転の決意を持って店員に声をかけた。

「……店員さん。注文の変更をお願いできますか? ……大盛りに!!」

「は、はい! かしこまりました!!」

 大盛り完食者が再び大盛りに挑戦する。そのことに店内は再び盛り上がる。

「素晴らしい! さすがはあのキングヘイローのトレーナーさんだけはある!!」

 キントレを大盛り地獄へ道連れに出来たことに、小槻はほくそ笑みながら拍手をした。

 そして二人は、大盛りのカツ丼へと箸をばく進させた。

 

 

 一時間後

「ハァ……ハァ……」

 息も絶え絶えに苦しそうな顔で、小槻は連行される車の後部座席にもたれかかっていた。一方

「ウゥ……ウゥッ……!!」

「ちょ、ちょっとトレーナー!?」

「おい、しっかりしろ。キントレ!!」

 小槻と同じように、キントレも偶然店の前を通りかかったキングヘイローと仲の良いハルウララのトレーナーに肩を借りて店を後にしていた。

 店内には

 

『……この大盛り、ノーカンで……! KO! 〇槻様』

『やれる……俺は、まだ……! 屈辱! キントレ様』

 

 と大盛りに敗れた二人の写真が掛けられていた。




裏話。
最初樫本理子にしようかな、と思っていたのですが「彼女に食べられるか?」と思い桐生院葵に。でも「彼女が小槻の挑発に乗るか?」と思い断念。
で、うまよんでキングヘイローが牛丼(王者盛り)を完食したことを思い出しキントレに。
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