レジェンドオブアストラル   作:Yukimidaifuku

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プリンセスナイトと囚われのお姫様

ユースティアナが目を覚ますと、そこは薄暗い室内だった。

 

 まるで手術室みたいな所。頑丈そうな扉が正面にある。

 

「ここは……」

 

 記憶がなかった。

 

 身体を動かすとガチャ、と金属の擦れる音が響いた。

 

 見ると、彼女の四肢は台座に固定されていた。

 

「拘束具……」

 

 自力での脱出は困難だろう。

 

 いったい誰が何の目的で連れ去ったのか。誘拐、脅迫、人身売買……一通り考えてみるが確証は得られない。

 

 ユースティアナに王位継承権はないが、王女という立場にはそれなりの利用価値があることを、彼女は知っている。

 

 が、今ある情報では答えは出そうにない。

 

 ユースティアナは思考を止めて、ふと思った。

 

 真白達は無事だろうか。

 

 ユースティアナは頭を振って辺りを見渡した。

 

 鉄扉……黒いゴミのような塊。

 

 その塊はユースティアナの隣で、何故か鎖に繋がっていた。

 

 ユースティアナが興味深く見つめていると、それは少し動いているようだ。

 

 呼吸している。

 

 それはぼろ衣を着た生物だった。

 

「聞こえますか? 言葉がわかっ……!」

 

 生物が動き、ユースティアナを見た。

 

 化物だった。

 

 ユースティアナが今まで見たこともない、醜く痩せた化物が鎖に繋がれていたのだ。

 

 黒く爛れた顔はかろうじて目と、鼻と、口が判別出来る。全身は歪に肥大し、右腕がユースティアナの脚より長い。逆に左腕はユースティアナのものより細く短く、何かを抱えるかのように胸に癒着している。

 

 そんな化物が、ユースティアナのすぐ横にいた。

 

 ユースティアナが四肢を固定されているのに対して、化物は首輪で繋がれているだけだ。化物がその長い腕を伸ばせばユースティアナに届くかもしれない。

 

 ユースティアナは化物を刺激しないように、息を潜めて視線を背けた。

 

 見られている。

 

 ユースティアナは自身を観察する化物の視線を感じた。

 

 しばらく、時が止まったかのような静寂の後。

 

 ジャララ、と鎖が鳴った。

 

 ユースティアナは横目で隣を見た。

 

 化物は身を伏せ、眠りに入ったようだ。

 

 ユースティアナは安堵の息を吐いた。

 しばらくして、正面の扉が開かれた。

 

「ようやく、ようやく手に入れた」

 

 入ってきたのは白衣の痩せこけた男だった。

 

 頬は痩け、目は窪み、唇はひび割れている。

 

 頭髪はまばらで、皮脂でべったりと張り付き、悪臭が漂う。

 

 ユースティアナは冷静に男を観察した。

 

「王族の血、王族の血、王族の血」

 

 王族の血。

 

 白衣の男は連呼しながら細い針の付いた装置を取り出す。

 

 血を抜かれるのだろう。ユースティアナは城の医師に何度か抜かれた経験がある。

 

「聞いてもいいですか」

 

 ユースティアナは落ち着いた声で言った。

 

「ん、んん?」

 

 白衣の男は変な呻きのような声でユースティアナに応えた。

 

「私の血を何に使うんですか」

 

「き、き、君の血は完全なる血統にかなり近い。完全なる血統は力を与える」

 

 さっぱり意味が分からないが、男が正気でないことと、宗教か何かに入れ込んでいることは分かった。

 

「けれど、あまり血を抜かれると困ってしまいます。私はまだ死にたくないです」

 

「ヒヒ、ヒ、わ、分かってるよ。たくさん欲しい、だから毎日少しずつ抜く」

 

「ええ、そうしてください」

 

 ユースティアナの血に利用価値があるうちは殺されることはないだろう。

 

 反抗せず、従順であれ。ユースティアナはとりあえず救助が来るのを待つことにした。

 なんの力を持たないユースティアナは真白達が助けに来るのを待つしかない。

 

「君の血、君の血があればもうすぐ完成する」

 

 針がセレナの腕に刺さった。

 

 赤い血がガラスの容器に満たされていく。ユースティアナは目を逸らした。

 

「ヒヒ、ヒヒヒ……」

 

 容器に血が満ちると白衣の男はそれを大切そうに抱えて出ていく。

 

 セレナは扉が閉まるのを待って深いため息を吐いた。

 

 

 

 

 とあるビルの屋上。

 真白、セレナ、琥珀、楓、クロウ、アイ、カノン、ノインがいた。

 ユースティアナの誘拐犯にされた真白はディルック達から逃げてきた。

 もちろん、舞花たちが庇ってくれたが疑いは晴れることなく、殺気を向けてきた王国側の護衛達から何をされるか危険だと判断して逃げてきたのだ。

 逃げてきたのはいいが、その先には『混沌災禍(カオス・ブリゲード』の組織が真白達を狙ってきた。

 

「ああ、もう逃げてきたのはいいけど、もう次から次としつこい……」

「まるで示し合わせたのように儂らを狙いに来ているの」

「やっぱりユースティアナさんが言ってたようにディルック様が怪しいのかな」

「かもしれないね」

 

 続々と組織の連中が現れて、真白達を包囲するように取り囲む。

 

「大したことないはないが鬱陶しい。カノン、奴らをまとめて凍らせていいか?」

「わかった。ノインさん、できるだけ周囲には被害を及ばさないように力を押さえて。シロウくんは僕たちに結界を張ってくれ」

「了解しました『三重結界』」

「善処しよう。………凍れ」

 

 カノンの指示従い、真白は結界を自分たちに張った。

 ノインが凍れと一言言うと、辺りが氷に覆われて混沌災禍は一瞬にして氷漬けになった。

 

「すごい……全員氷漬けになってる」

「これが彼女の力だよ。彼女は氷魔法を得意しててね」

 

 これでもノインは力を抑えているつもりだが、辺りは物凄く寒かった。

 真白と琥珀は『感知』の異能を使い混沌災禍の連中が来ないうちにユースティアナの行方を追い、クロウはカラスたちに指示を出してユースティアナを捜索。アイは監視カメラをハッキングしている。

 

「貴方達が探しているユースティアナ王女を見つけたわ」

 

 どこからともなく漆黒のローブを身に纏った女が現れた。顔は隠れて見えないが、声はまだ若い。

 真白と琥珀の『感知』の異能をもってしまっても気づかなかった。

 

「キミは……アルファさんかい?」

「知ってるんですかカノンさん?」

「彼女は幻王様の配下、アルファさんだよ。しかしどうしてキミがここに……?」

 

 カノンは油断なく、漆黒の女性に問う。

 

「ラピスラズリ様に頼まれて、幻王様は私たちに命令を下したのよ」

 

 アルファはそう言う。殺気も敵意も感じないが圧倒的な魔力を感じる。

 これは真白達が束になっても勝てない相手だ。しかしラピスが裏で動いていたとは。

 

「カノンさんどうしますか?」

「ここは大人しく従おう」

「信じていいのか、相手は素性も知らぬ相手」

「アルファさんは僕より強いよ。ノインさんならまあなんとかなると思うけど周囲に被害が出る」

「……わかった」

「話が済んだならついてきて。案内するわ」

 

 そう言ってアルファは先行していく。

 相手の目的はわからないが警戒しつつ、ついていくことにした。

 

 外が慌ただしい。

 

 ユースティアナは数時間ぶりに目を開けた。

 

 この部屋に来る者はあの白衣の男と世話係の女性ぐらいなもので、相も変わらず台座に四肢を拘束されているユースティアナには寝るぐらいしかすることがない。

 

 同居人の化物とは相互不干渉ということで上手くやっている。

 

 外の喧騒は次第に激しさを増し、何かしら争いが起きていることを伝えてくる。

 部屋の鍵が開く音が響いた。それも慌ただしく、落ち着きがない様子だ。

 

「ちくしょう、ちくしょう!!」

 

 白衣の男が勢いよく扉を開けて入ってきた。

 

「あと少し、もう少しなのに!! ぼ、僕は、アレさえ完成すれば!!」

 

 頭をかきむしって、白衣の男は血走った目を化物に向けた。

 

「し、試作品は作った。こ、これなら、出来損ないのお前でも役に立つ」

 

 そう言って、白衣の男は針の付いた装置を化物の腕に押し付ける。

 

「やめておいた方がいいですよ。嫌な予感がするので」

 

 割と真面目に、ユースティアナは言った。

 

 白衣の男はセレナの忠告を当然無視して、化物の腕に針を突き刺し何かを注入する。

 

「さ、さぁ、見せてみろ」

 

 すると、化物の身体が膨張した。筋肉が見る見る発達し、骨格すら成長して伸びてゆく。元々太く長かった右腕は、さらに凶悪に禍々しく肥大し、人の脚ほどもある長い爪が生えていた。左腕は変わらず何かを抱き締めるかのように胴に癒着している。

 

 化物は甲高い叫びのような咆哮を上げた。

 

「す、素晴らしい、素晴らしいぞぉぉぉお!!」

 

「これは……」

 

 しかし、当然それ程までに急速な成長を遂げれば、化物の拘束は耐えられるはずもなく弾け飛ぶ。

 そしてグチャッと。

 化物の右腕で、白衣の男は断末魔の悲鳴すら残さず潰れて死んだ。

 ユースティアナはあまりのショッキングさに吐きそうになった。

 

「……ッ!?」

 

 化物と目が合った。

 

 ユースティアナは化物の動きを注視した。四肢を拘束されているユースティアナに出来る事は限られる。だが何も出来ないわけではない。

 

 白衣の男と巻き添えで死ぬなんてごめんだ。

 化物の右腕が振られる。

 

 ユースティアナはそれに合わせて可能な限り身をよじる。致命傷さえ避ければ……!

 

「……ッ!!」

 

 化け物の右腕はユースティアナを避けて、そのまま彼女を拘束する台座を破壊し、ユースティアナはそのまま壁に叩きつけられ悶絶した。

 化け物の左腕はセレナを避けて、そのまま彼女を拘束する台座を破壊し、セレナはそのまま壁に叩きつけられ悶絶した。

 

「「ぐっ……!」 」

 

 骨は無事、目立った外傷はない、まだ動く。

 

 ユースティアナは自身の損傷を確認し、すぐに立ち上がる。 

 

 しかし。

 

 そこにはもう、化物の姿は無かった。

 

 壊れた台座と、ブチ破られた壁。

 

「まさか……助けてくれた……?」

 

 化物の腕はユースティアナが身を捩るまでもなく外れていた。だとしたら……いや、単に狙いを誤っただけかもしれない。

 セレスティアナ吐き気を抑えて潰れた白衣の男から鍵を抜き取り、拘束を外す。

 

 一度大きく伸びをして全身をほぐし、ユースティアナは化物が壊した壁から外に出た。

 

 そこは薄暗く長い廊下だった。

 

「勝手に逃げられては困るな」

 

「で、ディルック様、どうしてここに……」

 

 ユースティアナは驚愕に目を見開いたのだった。

 

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