「お邪魔しまーす」
テスト前の土曜日、約束通りにやってきたひなた、由紀、玲二、ウェンディの四人は十時頃にやってきて、声を揃えて玄関から廊下にあがった。
ひなたと玲二は中学も同じ学区という事で待ち合わせてきたようだ。そもそもひなたが真白の家を知らないからであるが、単純に仲がいいからという理由も大きいだろう。
真白は先に昼食の仕込みをしている。おもてなしの方を優先していた。
今日はローストビーフを作る予定だ。作って寝かせておけばお昼にはほどよい柔らかさのものが食べられるだろう。
「じゃあ勉強しようか」
「はーい」
見返しやすく要点をまとめたノートはかなり見やすいと自賛できるほどのもので、玲二はノートを覗き込んで「うへえ、きっちりしてるな」と呆れと感嘆のどっち付かずな様子を見せている。
「ええと、ひなたはどこが分からないのかな?」
「ぜんぶ」
「ぜ、全部……」
「ひなたちゃんは数学全般的に苦手だから。ギリ赤点は回避してるよ」
別に勉強は出来なくはないが出来るとも言えないくらいのひなただが、数学はかなり苦手らしく、赤点神回避を毎回披露している。
全部という単語に真白は頬をかすかにひきつらせているが、実際出来ていないのだから仕方ない。基礎はある程度出来ているのが幸いだろう。
「基本ひなたちゃんは応用問題が苦手だから、応用問題にどう公式を当てはめていくかの考え方を教えてやる方がいいよ」
「公式は大丈夫だよね?」
「たぶん」
ひなたは頭が悪いというより、使い方が分からないからとけない、といった方が正しいので、そこさえ理解すればそれなりに点数は取れる筈なのだ。
「玲二はとりあえずやる気を出す所からだね」
「はっはっは」
「笑って済ませようとしないの勉強して」
何のために勉強会を開いたと思っているのだろうか。
「ウェンディ、真白がきびしいー」
「玲二はやればできるんだから、真面目にしようね」
真白は苦手な科目は特にないので、あとは暗記と応用力を磨くだけだった。
爽やかな微笑みで救いを拒絶されたので、玲二はがっくりと肩を落としている。
ウェンディの方は真面目に教科書とノートを開いて勉強を始めているので、玲二とひなたにはウェンディと由紀を見習ってほしい。
ちなみにうにはこれといった不得意科目はないそうで、平均以上に何でも出来る優秀な男である。
真白は自分のために用意してあった世界史の教科書に視線を落とした。
「……あきたー」
開始して二時間ほど過ぎたところで、ひなたは辟易したような声で呟いて後ろに倒れるように寝転がった。そのままころんころんと体を転がしている。
ひなたは今日ショートパンツとタイツをはいているため下着が見える心配はないが、真白は一応ソファにかけてあったブランケットをひなたの腰に被せ、時計を見上げる。
「まあ休憩するにはいいかもね。丁度昼過ぎだし」
「真白のご飯!」
現金なもので、ご飯と聞いてひなたはすぐに復活していた。
ぴょこんと起き上がって机を軽く叩いている。
「今日のお昼ご飯は?」
「今日はローストビーフがメインだね」
「昼から贅沢だなあ……」
想像しているよりも手間もかからないらしいので昼ご飯にがっつり肉を食べて勉強に励もうということだ。
ただ、約一名満腹状態で勉強に励むのか分からない人間が居るような気がしたが、まあ彼女次第なので敢えて突っ込まないでおいた。
「じゃあ用意するから少し待っててね」
「あ、私も配膳手伝うね」
勉強する時間を割いて作ってもらっていることもあり、由紀が手伝う。
もう料理も完成して温めたり盛り付けたりするだけなので、本当に手伝いは配膳くらいしかする事がないのだが何もしないで見ているよりはマシだろう。
「四人共テーブルの上片付けといてくれるかな、布巾持ってくるから……って何かな?」
「いやなんでもないよー」
ウェンディは思った夫婦みたいだと。
由紀は先に立ってキッチンに向かった真白の後を追う。
畳んでまとめてある布巾を籠から取り出して濡らして絞っている間に、真白は冷蔵庫に入れていたポタージュの入った鍋をコンロに載せていた。
「由紀、後でレタス千切ってくれる。こっちは他の野菜を切っているのから」
「了解」
それくらいならお安いご用なので、濡らした布巾を樹に手渡してからキッチンに戻り、手洗いをして真白に渡されたレタスを二玉丸々千切っていく。
「……なんだか夫婦みたいだね」
「だなぁー」
せっせとレタスを千切ってはボウルに突っ込んでいく由紀に、後ろでそんな声が向けられた気がした。
五人分の料理が、テーブルの上に並んでいく。
サラダはもちろんの事ローストビーフもたっぷりと用意されていて、コーンポタージュは量的におかわり自由なくらいにはあった。
ちなみにパンとご飯どちらがいいかという事前アンケートでご飯になっていて、こちらもおかわり自由である。
「どうぞ召し上がってください」
淡々と皆に料理を進める真白に、五人は揃って手を合わせて感謝の言葉を口にして料理に手をつけた。
「うめー」
早速とローストビーフを口に運んで声をあげる玲二に、真白も安堵したように微笑む。
「美味しいよ真白」
「ありがとう。といっても、あまり味付けはないのから料理の腕はほとんど関係ないんだけどね」
「また謙遜を」
謙虚だなあ、とからから笑って空腹からか勢いよく食べ出す玲二に苦笑する。
ひなたもにこにこしながら「おいしー」とがっつりお肉を食べている。その勢いは玲二に負けず劣らずで、取り分けられたローストビーフがどんどん消えていく。
由紀とウェンディは落ち着いた様子で食べているので、彼らも由紀を見習ってほしいところである。
真白も彼らに遅れて、ローストビーフを口にする。
ローストビーフは加熱しすぎてもしなさすぎてもよくないが、このローストビーフはほどよい塩梅で火が通っていて、柔らかくしっとりとしている。
パサつきはほとんど感じられず、肉の旨味も逃げていないので噛む度に旨味が口の中に溢れた。
(やっぱ肉はうまいねー)
「真白って勉強もできて料理も上手だよね」
「そう言ってもらえるのは嬉しいねー」
「俺は料理出来ないからさ、大学とかで一人暮らしする事考えると憂鬱だよ」
「練習すればできるようになるし、作るの意外と楽しいよ」
食後勉強を再開した真白達だったが、結局集中力が持たなかったらしいひなたがおやつ時に「疲れたー」とまた転がりだした。
「真白、ゲーム遊んでもいい?」
「気晴らしに遊ぶのはいいけどほどほどにねー」
「はーい」
元々勉強嫌いのひなたがそろそろ飽きてくるのは想定していたので、テレビボードに入れてあるゲーム機の側にはソフトやコントローラーを四人分揃えている。
そもそも人間の集中力は持続しないので、息抜き程度に収められるなら遊んでもいいとは思っていた。
真白は一時間ごとに小休止を挟んでいるので、長く休憩を取らずとも問題はないし、勉強自体嫌いではないので割と長く続けられる。
「じゃあ遊ぶー。白鳥も遊ぶ?」
「じゃあ遊ぼうかな。遊び呆けるほどはしないけど」
玲二も流石に二、三時間続けて勉強するのは疲れたらしく、ゲームに乗り気になっている。
「ウェンディもやるか?」
「やろうかな。真白いいかな?」
「ん。どうぞ」
ひなたと玲二より真面目なウェンディも小休止がてらゲームに興味を示したので、真白は好きにしてくれと態度で示して再び参考書に視線を落とす。
ちなみに由紀は隣で静かに問題集を解いている。集中力が切れた気配もない。
「由紀は遊ばないの?」
「私はもう少し勉強するよ」
「そっか」
由紀は素なので勤勉だなと感心しきりである。
努力を欠かさないから常に上位をキープしているのだろうが、その努力を欠かさないところが由紀のすごさであり偉いところだろう。
三人がいそいそと机を離れテレビの前に陣取り始めたのを見てから、三人を一旦頭から追い出してシャープペンシルを動かす。
紙を芯が引っ掻く音と消しゴムの擦れる音、そして隣の由紀の息づかいがやけにはっきりと聞こえる。
少し離れた位置で盛り上がる彼らの声をなんとなく聞きながら、教諭ごとの出題傾向を思い出しつつ出題されそうなものを重点的に解いていた。
一年時に引き続き受け持っている教諭も居るので、その教諭のテストは案外楽だったりする。性格や授業での取り上げ方でどの辺りから出すのかは去年一年でしっかりと覚えた。
今年から教えてもらっている教諭についてはこのテストや小テストでまた出題傾向を掴んでいくつもりだ。
ひなたと玲二にも一応この辺りから出るというのは予想を付けて教えている。ヤマを張った形だが、そう外れる事はないので重点的に学習すれば赤点はまず免れるだろう。
真白は少し一息つけることにした。
黙々と問題を解いていたら、真白が立っていて、由紀の手元にコーヒーが注がれたカップが置かれた。
小さな角砂糖三つとポーションミルク一つが入っているだろうそれに、頬を緩める。
「真白くん、ありがとう」
丁度飲みたかった時に持ってきてくれた真白に感謝しつつ取っ手に指をかけたところで、コーヒー以外にも小さな皿が置かれている事に気付いた。
「これは?」
「クッキーだよ。焼いておいた、勉強には糖分が要るかと思ってね」
小皿にこんがりきつね色に焼き上がった一口サイズのクッキーが載っている。
勉強の合間に摘まむ前提の大きさと用意しておいた。
ゲームを楽しんでいる玲二達の分もきっちり用意しているらしく、こちらは三人分、多めにトレイの上にある皿に載せられてピックが添えられている。
コーヒーも三人分用意されているが、こちらはお砂糖ミルクご自由にというスタイルでスティックシュガーとポーションミルクがトレイに載せられていた。
「ひなた達もどうぞ」
「わー! ありがと、真白!」
「おお、おやつだ。いい時間だったしな。サンキュー、真白」
「おいしそー、ありがとう。真白」
「いえいえ」
おやつタイムに喜ぶ三人を嬉しそうに眺めながら戻ってくる。真白も自然と口許が緩んだ。
結局のところ、ゲーム大会は夕方頃まで続いた。
流石に勉強が続けば集中力が切れてくるので、途中からは勉強に一区切りをつけて真白と由紀も参加していた。
「真白、次やる?」
「いや、僕はそろそろ夕食の準備しなくちゃいけないから……」
時計をちらりと見る真白の視線を追うように視線を移せば、もう七時前だ。夕食の準備をするには些か遅い時間だろう。
そろそろセレナと楓も帰ってくる頃合いだろう。
「あ、ほんとだ。もうこんな時間か……帰らなきゃいけないねえ。流石に泊まるのは無理だし」
「だね。お開きにしようか」
テスト前の勉強はお開きとなった。
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