過ぎれば熱さを忘れるという言葉がある。
いつ喉元を過ぎるかは別の話ではあるが、多くの場合過ちは繰り返されるものなのだった。
現実世界へと戻ってきたセレナはベッドから起き上がり、ゲームを終えて片付けた。
「んっ……汗が、お風呂は……ま、まだいいですね。ご飯を食べてからでも」
セレナはそう言うと、いつもよりそっと扉を開けて一階へと降りていく。
そのままリビングの方まで行くと丁度晩ご飯の支度をしているシスベルとウィル、手伝いをしている楓がいた。
ウィルとシスベルは仲睦まじく、側から見れば楓は二人の子供のように見える。
「セレナさん? 晩御飯はもう少し時間がかかるの待っててください」
「わかりました。少しテレビ見をにきたので」
セレナはそう言ってテレビをつけるとソファに座った。
ただ、テレビにはあまり興味がないように、流し見ているだけというような調子である。
セレナがそうしてテレビのチャンネルを適当に変えていく。
天気予報では今夜は雨になるらしかった。
「お風呂入らないとですね……でも……」
いつもより幾分速い鼓動、落ち着かない感覚。
原因など分かっていた。
「ちょっと……っ怖い……」
言葉にすると余計にそう感じられるもので。
セレナは、カーテンや扉などを隙間なく閉めるとソファーに置いてあったクッションを抱きしめて体を縮こまらせる。
「……そうです」
何かを思いついたのか、その顔には少し明るさが戻っていた。
セレナ同様ログアウトしていた真白は自室で勉強していた。
真白の部屋のドアをコンコンとノックした。
「真白様? 今大丈夫ですか?」
「んー……大丈夫だよ、何?」
「いえ、今日は迷惑かけたなーと思いまして……ちょっとお話しませんか?」
本当の理由に薄々気が付いていたものの、触れないままにする。
真白の許可を得て部屋に入ってくる。
セレナは真白の部屋を物珍しそうに見つつ入ってくる。
本棚には漫画、ラノベ、アニメ、雑誌があり、所狭しと並べられている。
机にはゲーミングパソコンがあった。
ゲームの大会に優勝したのか、いくつものトロフィーが置かれている。
「勉強中でしたか?」
「ああ、うん」
「すみません。お邪魔でしたね」
「いや、大丈夫だよ」
セレナは申し訳なさそうにしているが、セレナがどうして部屋に来たのか薄々わかっているため気にしてはいない。
「晩御飯ができるまでもう少し時間がかかるだろうし、なにかやる?」
真白の部屋にはトランプ、ボードゲーム、パズル、カードゲームなど様々なアナログゲームもある。
「そうですね。オセロをしませんか?」
「いいよ。やろう」
セレナとオセロをして遊ぶことになった。
「あー! 駄目です!」
「はい、パーフェクトー」
盤面は白一色だ。
セレナは惨敗である。悔しそうにしていた。
「もう一回お願いします」
「うん、いいよ」
セレナは三連敗している。負けず嫌いのようだ。
四戦目に入ろうとした時、コンコンとドアがノックされた。
「主さま、シスベル様が晩御飯ができたようです」
晩御飯ができたことを楓が伝えに来てくれた。
「はーい、わかった」
「セレナ様もいたのですね」
「ええ、はい」
「晩御飯ができたみたいだし、終わりにしようか」
「随分と盛り上がってましたが、お二人でゲームをしていたのですね」
「楓ちゃんもよかったら、やる?」
「私わたくしもよろしいのですか?」
「もちろんいいよ。なにかゲームをしたければ言ってね」
「シロウ様、次は負けません」
「ふふふ、何度だって受けてたつよー」
セレナの調子はすっかり元通りになったようで安心した。
真白は食器を片付けて、再び部屋に戻ってきた。
今度はみんなで遊べるゲームをすることにした。
「そろそろお風呂に入らないと」
「ですよね……」
なんだか、お風呂に入りたい気分ではなさそうだ。
真白と楓は察した。
「さあ、セレナ様お風呂に入りましょうね」
「ちょ、ちょっと楓様」
有無を言わせず楓がセレナを連れていった。
二人がお風呂から出るまで真白は勉強の続きをすることにした。
「真白様、お風呂どうぞ」
「はーい……」
「真白様どうされましたか?」
お風呂から出てきたセレナは湯上がりで上気した肌が色っぽくドキドキする。
ワンピースタイプの寝間着、いわゆるネグリジェ姿だった。
布が少ない。といっても、半袖なのは変わらず膝がやや見える丈で少し短いのと、襟が大きく開かれてデコルテがよく見える、というだけであるが。
特に透けている訳でも、体のラインが浮き出ている訳でもない。
それなのに妙に色っぽさを感じるのは、湯上がり効果と無駄に露出しないからこその清楚な色気があるからだろう。
「いや、なんでもないよー」
「マスターの体温が高くなるのを検知しました」
「主さま……」
お風呂上がりのセレナに色っぽさを感じて、動揺しつつ、努めて冷静に返す。
アイがバラし、そんな主に楓はジト目を向けてくる。
セレナは不思議に思いつつも、真白はお風呂に入っていった。
一五分程度で湯船に浸かって出てくると、セレナと楓とアイと琥珀は仲良く談笑している。
クロウと琥珀が帰ってきていた。時々二人は夜の見回りをしていることがある。
真白も加わり話も盛り上がっていく中でセレナと楓お互いにもたれて寝息を立てている。
すぅ、すぅ、と穏やかな呼吸を繰り返しているセレナに「無防備だな」と呟きつつ時計を見て、頬をひきつらせた。
もうあと一時間すれば日付変更だ。随分と話をしていたようだ。
「セレナ、楓ちゃん起きてー」
二人に声をかけて軽く揺さぶってみるものの、起きる気配はない。本当に意識はないらしくずりずりと体が傾いでいくので、とりあえずを支えておく。
眠くて寝たのかもしれない。とりあえず、彼女が起きそうにない事は分かった。
もう一度強く揺さぶって声をかけても、彼女は起きない。
小さく「ん」と甘い声が聞こえたが、これは声と言うよりは寝息に混じった喉の音に近い。
まったく、と悪態づきつつセレナの頬をつつくが、やはり起きそうにもない。返ってくるのは滑らかな肌触りとふにふにとした感触だけだ。
しばらくセレナと楓の頬を触って起きそうにないので、楓をベッドに運んでセレナを抱えてセレナの部屋に運ぶ。
「……お邪魔します」
初めてセレナの部屋入った真白は、整理整頓され無駄なもののないを見て、感心のため息をついた。
白と薄青を基調とした内装だが、本当に、不必要なものは見当たらない。セレナらしいと言えばセレナらしい整理のなされ方だ。
セレナの部屋に入るなんて初めてなので緊張していたが、あまりにきっちりと片付けられているので、少し緊張が和らいだ気がする。
「……明日は真面目に言い聞かせた方がいいかな。男の部屋で寝ないようにって」
真白が後先考えない男なら、このまま襲ってなし崩しに関係を持つ事だって出来るのだ。
それをしないのは、セレナは大切な家族の一員だと、真白の中では勝手に思っている。セレナはどう思っているのは知らないが、セレナもそう思っていたら嬉しい。セレナを大切にしたいのと襲うなどもっての他だという感覚があるからであり、安全性が保証されたものではない。理性が振り切れて手出しする、という可能性だってなきにしもあらずなのだ。
真白の性格面による安全性と信頼だけでこんなにも無防備にするのは止めていただきたい所だった。
セレナは警戒心が高い分懐に入ると本当に甘い質なので、真白には素の姿や無防備無警戒無邪気な面を見せる。理性的には何とかしてほしいものだ。
はぁ、とため息をつきつつ瞳を閉じるセレナの頬を撫でていると、もぞもぞと体が動いていた。
「……ん」
小さくか細い声が上がる。
起きることはなく、身動きしただけだ。
改めてセレナの部屋を見渡す。感想としては家の見本のような家具の配置といったものだ。雑誌に載っていそうなくらいに全体のバランスが整っていて、整然としている。
本棚は料理本で一杯なところはセレナらしいと思ってしまう。
ガラス製のデスクにはゲームセンターで真白がとったぬいぐるみが一つ置かれており、ベッドには収穫品の残りが数匹ほど鎮座していた。
有名なキャラクターものは一切ないが、置かれたぬいぐるみが可愛らしさを演出している。
写真立てがあるのに気がついた。
その写真には五人の家族が写っている。写真には幼少期のセレナが写っていた。その隣にはセレナに似た女の子が一人。
全員が美形でしかも、王族らしい格好をしている。そして王城には見覚えがあった。
アストラルにあるエトワール王国だ。エトワール王国は現実のアストライア王国をモチーフにしている。
アストライア王国が『レジェンドオブアストラル』に投資をしていることは知っている。
やはり真白の予想通り、セレナは貴族あるいは王族だと思っていたが正解だった。
真白は部屋に戻って記憶を頼りに、本棚にある一年前ぐらいの月刊アストラルを手に取り写真にあった王城と同じ物を見つけた。
「あったあったこれだ」
「マスタードウシタンデスカ?」
「どうしたんじゃ? 真剣な顔をして」
「カー?」
夜の散歩から帰ってきた琥珀とクロウが聞いてきた。
「んー……。実はセレナのことでちょっと気になることがあってね」
「気になることとは?」
「セレナを部屋まで運んだんだけど、セレナの幼い頃の写真があって写ってた建物に見覚えがあったんだ。その建物は現実にあるアストライア王国の王城をモチーフにしたエトワール王国なんだ。この月刊アストラルの記事に載ってる写真とセレナの部屋にあった写真と似ているんだ」
「ふむ、ということはセレナは王族かもしれないと?」
「うん、ただ気になることがあって。どうして王女であるセレナが身分を隠して七冠セブンクラウンズの昴さんといたのか。何か理由があるんだと思うけど」
「確かにそれは気になるの」
「マスター、調ベテミマショウカ?」
「いいや、セレナが話してくれるまでは僕は待つよ」
色々と気になることはあるが、彼女の口から語られるまでは聞かないことにした。
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