『ルガァッ!』
オルトロスが前脚の爪で地面を叩きつけた。地面を叩きつけた先から四本の衝撃波がまるでサメの背ビレのように地面を抉りながら飛んできた。
【大剣の心得】と【斧の心得】スキルにある【大地ノ力】、中距離まで斬撃が届くスキルはいくつかあるが、今のはそれにそっくりだった。
それに気を取られると、オルトロスが再び空へと首を向ける。
『オォオオオオオォォォォォォォォォッ!』
『アァアアアアアァァァァァァァァァッ!』
「また……ッ!」
【ハウリング】による硬直。その直後、ケルベロスが猛スピードでシロウらに向かって突進してきた。
「ぐはっ!?」
「シロウ様!?」
「シロウ!?」
セレナをかばったシロウが吹っ飛ぶ。
「パワーもスピードもスカーレットウルフとは比べ物にならない……。まず、あの機動性を削がないと」
ナギサの意見にみんなも賛成だ。しかしどうやってあの動きを止めるのか。 バインド系の魔法も一時的で、すぐに脱出されてしまう。
「地道に足を狙って動きを削っていくしかない……。あるいはステータス異常を付与させる……。シロウ、何かオルトロスを状態異常にさせる魔法はないかしら?」
「いててっ……。少しは心配ぐらいはしてくださいよー」
「そんなことより、何かない?」
HPを回復させたシロウは起き上がった。
少しは心配してほしいと思ったがナギサは構わず、シロウが状態異常系の魔法を持ってないか聞いてくる。
色々と魔法などを【魔道書庫】にストックしているが、このわけのわからない【シークレットエリア】では出し惜しみしないつもりだ。
「ありますよ」
「あるのなら使って」
「わかりました。少し足止めをお願いします」
「わかったわ」
「任せてくださいッス!」
「了解だ」
「【フレアボム】!」
「【雷拳】!」
「【アイスバインド】」
『ガガッ!?』
オルトロスの周囲にソフトボール大の小さな光の玉が無数に現れる。そのうちの一つが爆発したかと思ったら、連鎖反応するかのように他の光の玉も次々と爆発し、オルトを灼いていった。
ライカはオルトロスの懐に潜り込むと、喉元に雷を帯びた一撃を食らわせる。
オルトロスの足下を氷で凍らせて動けなくした。
「【泥沼の手】
『ガガッ!?』
オルトロスに紫色の呪いのエフェクトが発生する。毒霧のお返しだ。
呪いのダメージを受けるたびにごく僅かだが、動きが止まる。今までのスピードでは動けないだろ。
それに鈍足の効果もある。
「動きが鈍くなった」
「「いくよー!」」
「今だ!」
「いくぜ!」
明らかに動きに精彩を欠き始めたオルトロスを見て、カズハとミナトとミヤビとセレナとヒカルとセイジそれにツカサとノウェムが前に飛び出した。
『グルガアァッッ!』
オルトロスが呪いのエフェクトをまとわせながら、ミナトたちへ向けて爪を振るう。しかしそこには先程までの鋭さはなく、ミナトたちは鈍くなったオルトロスの爪をなんとか躱しながら攻撃を加えていた。
オルトロスは先程のように【ハウリング】を放とうとするが、途中で動作が止まる。
数秒間に一度、喰らわせた呪いがロスにダメージを与える。呪い自体のダメージは微々たるものだ。しかしそのたびに一瞬だけオルトロスの動きがビクリと止まるのだ。
動きが止まるそのタイミングを狙ってカズハのスキルが閃いた。
「【スターライトスラッシュ】!」
『ギャオアッ!?』
まるでマシンガンを放ったように、ケルベロスの横腹に五芒星の穴が刻まれる。速さがケタ違いだ。
「閃拳連打せんけんれんだ!」
目に止まらぬ速さで、ミナトのラッシュが叩き込まれる。
『ギャオルアァァァッ!?』
だがまだHPは半分も減ってはいない。
ケルベロスが白目を剥く。そのタイミングで高く飛び上がったミヤビ、セレナ、ヒカル、セイジ、ノウェム、ツカサはオルトロスの三頭の頭に振り下ろされる。
「【一ノ太刀・斬火】!」
「【流星双撃斬りゅうせいそうげきざん】」
「【閃光剣せんこうけん!」
「【一ノ太刀・稲光いなびかり】!」
「【天破斬光でんはざんこう!」
「【水龍双星斬すいりゅうそうせいざん)】!」
『ギャヴァァァァッ!』
三頭から血飛沫が上がる。白眼を剥いたまま、舌を出して力なく右の頭がガクンと意識を失った。頭上にはピヨピヨとヒヨコのエフェクトが回っている。
連続した六つの攻撃を受けたのだ。さすがに耐えられなかったとみえる。
相手のHPが半分を切った。悪くない感触だ。このまま押していけば────。
「なかなかどうして。やるね。みんな」
そんな声とともにどこからか、パチパチと遅めのテンポで拍手が聞こえてきた。辺りを見回すが誰もいない。だけど今、確かに女性の声が聞こえた。
「あそこだ!」
ヒカルが自分の剣をほぼ頭上に翳かざす。
その剣の先の空に、一人の女性がまるで空中に腰掛けるように足を組んで浮遊していた。
真っ白な衣服に青い軽鎧を身につけた金髪ロングの女性だ。青い目に白い肌どっちかというと可愛い系ではなくかっこいい系の美人だ。両腰には黄金の鞘に納められた剣が二本ぶら下がっている。
しかし一番目についたのは、そのプレイヤー、NPCなのかもしれないが彼女の背中から生えていた真っ白な二対の翼である。
【アストラル】には翼の生えた種族というものは存在しない。【獣人族ビーストぞく】は犬、猫、狐、リス、兎などなど。羽の生えた魔族はいるが。
しかし羽が生えていても空を飛ぶことはできない。滑空ならできるが。
目の前に浮かんでいる女性は紛れもなく、空を飛んでいるが、翼の力で飛んでいるわけではないのかもしれない。翼が羽ばたいてないし。なにかのスキルなのかもしれない。見た目はまるで天使だが。
「少しみんなを見くびっていたようだ。この子で充分と思ったのだけれど、私の読みが浅かったようだ」
女性が未だに少しふらつくオルトロスの方を見下ろして言葉を紡ぐ。
「キミは誰だ? 僕たちをここに呼び込んだ張本人か?」
剣を構えたまま、カズハが誰何すいかする。空中にふわふわと浮遊したままの女性はその場で立ち上がり、優雅にお辞儀をしてみせた。
「私はリオ。厳正なる監視者ウォッチャーの一人……と、いっても下っ端だけれども」
そう言いながら天使の女性が自嘲するような仕草で肩をすくめる。
「監視者ウォッチャー……? 【アストラル】のGMゲームマスターなのかな?」
「GMが出てくるってことは、これってやっぱりバグなのか?」
ミナトとカズハの質問にリオと名乗った天使は首を小さく横に振る。
「我々は『監視者』であり、『管理者』ではない。そこはお間違いなきよう」
「……よくわからないが、オルトロスそいつを俺たちにけしかけたのはアンタか? なんだってこんなことをする?」
「それに答える権限を私は持ち合わせていない。本来ならば黙って見ているだけのつもりだったのだけど、上からの要望でね。申し訳ないが、少しだけ修正を加えさせてもらう」
リオが片方の腰から剣を抜き放つ。黄金の鞘から現れたその剣は刀身まで黄金の輝きを放っていた。
「【限界突破リミッタリリース】」
黄金の剣から光の矢が放たれる。真っ直ぐにオルトロスへと突き刺さった光の矢は、燐光となって三頭の巨犬を包んでいった。
『グルァァァァ……!』
光に包まれたオルトロスが変化していく。くたっとしていた三頭が息を吹き返し、その毛並みが炎を帯びて真っ赤に彩られていった。
爪と牙が鋭く伸びて、全身の筋肉が盛り上がり、大きさが増した。両首にある蛇の鬣たてがみが活発にうねうねと動く。
HPは回復していない。しかしシロウが与えた呪いのエフェクトは消え去ってしまっている。
「おいおい、そんなのアリかよ……!」
『『『グルガァアァアァァァッ!!』』』
三つの頭が同時に空へ向けて咆哮を上げると、強い衝撃波と炎がオルトロスを中心に放たれ、シロウらは派手に吹っ飛ばされた。
と同時に尻尾の蛇が今度は毒霧ではなく、赤い霧を撒き散らした。周囲に火の粉が舞い、辺り一面が火の海になる。地面へと叩きつけられたシロウはなんとか立ち上がったが、周囲の変化に思わず舌打ちをしてしまった。
「シロウ様、これって……」
「ああ……。これはマズいね……」
「何か対策は?」
「残念ながら、対処する魔法は持ってないかな」
近くにいたセレナも気がついたようだ。
これは【フィールド形成】だ。ウィンドウに浮かぶフィールド表示が【灼熱】になっている。このフィールドにいるだけでダメージを受けてしまう。ダメージ自体はごく少ないものだが、地味にキツい。
みんなのHPを見てみると、ナギサだけは変化がなかった。どうやら【耐熱】効果のアイテムかスキルを持っているらしい。
おそらくスキルの方だと思う。
『ゴガアッ!』
炎をまとったオルトロスがこちらへ向けて駆け出した。その視線が真っ直ぐ捉えるのは正面にいたナギサだ。
「っ、【氷槍】……!」
ナギサは氷の槍が放たれる。真っ直ぐ飛んでいったそれはケルベロスに突き刺さるかに思えたが、三頭の炎犬が吐き出した炎に相殺されて溶けててしまう。
「【加速(アクセル】!」
一番近い場所にいたシロウはフルスピードで彼女に駆け寄り、強引に抱き上げて、本当にギリギリのタイミングでオルトロスの体当たりを躱した。
さっきも思ったが、ナギサは軽く、簡単に抱き上げることができた。VRでのアバターは、ある程度太らせたり痩せさせたりという設定ができるが、それは見た目だけで、体重自体はそのままである。
つまり彼女は実際にもこれくらい軽いというわけで。ちゃんと食べているのか心配になる。
体当たりを躱されたオルトロスは地面を削りながら勢いよく止まり、今度は三つの口から大きな火の玉を三発連続でこちらへ放ってきた。
「くっ……!」
再び【加速アクセル】を使い、ナギサを抱き上げたまま、背後で三回の大爆発を起こす火球から離脱する。
「【ファイアーウォール】!」
ホムラの放った大きな火柱が地面からケルベロスを襲う。しかし、一瞬早くそれを察知したオルトロスはそこから跳び退いて回避してしまった。
オルトロスの意識があちらに向いたことで、シロウは足を止める。
「あ、あの……。お、下ろして……」
「え? あっ、ごめんなさい」
シロウの腕の中で恥ずかしそうに俯くナギサを地面へと下ろす。お姫様抱っこをされて恥ずかしいみたいだ。
なんだか可愛いと思った。シロウはナギサを下ろした。
「あ、ありがと……」
「ん? ああ、いえいえ、どういたしまして」
赤くなったナギサに小さな声で礼を言われた。なんだ、やっぱりいい人じゃないか。テレ屋なだけらしい。【エルフ族】特有の長耳が所在無げに揺れる。
「ナギサさんは……」
「ナギサでいい。……敬語もなしで」
「わかった。ナギサはハイマナポーションの予備はあと何本ある?」
「三本。これ飲んだらもうあと何回かしか撃てない」
ナギサはインベントリからマナポーションを取り出して一気に飲んだ。苦味を我慢するように顔を顰める。やっぱり不味いよね。
顔を顰めながらナギサはオルトロスを睨み、ぼそりと呟いた。
「尻尾……」
「え?」
「あの尻尾。まずあれを切るべき。あれが火の粉を撒いて【灼熱】のフィールドを維持している」
オルトロスの尻尾か。
確かに時々火の粉を撒いてる。このままじゃジリジリとHPを削られていくだけだし、幸いケルベロスの意識はカズハ達の方へ向いている。
「真後ろからじゃ蛇に気付かれるから、側面から接近してぶった斬るか。【加速(アクセル】)」
全速力でオルトロスの側面から尻尾の蛇へと接近する。気付かれる前にスキルを発動させた。
「【クロススラッシュ】!」
『ギュアララララァァァ!?』
完全に不意をついた。左右の双剣が尻尾の蛇を両断する。断末魔の悲鳴をあげた蛇の頭が地面へと落ち、光の粒となって消滅した。
『ッ、ガァアァァァッ!』
尻尾を斬られたオルトロスが反転し、シロウへと突進しその爪を振り下ろした。【加速】を使い、逆にオルトロスの前へと出て、脇の下を潜り抜ける。
シロウと入れ替わるように今度はを細剣レイピアに冷気をまとわせたナギサが飛び込んでくる。
「【氷刃連撃ひょうじんれんげき】」
『ガッ、ガフッ!?』
放たれた連続突きを横腹に受けて、ケルベロスが後退する。そこへドスドスドスッ! とツカサの放った【レインボーアロー】が突き刺さった。
そのタイミングでノウェムとヤエからの攻撃が飛ぶ。
「【グラビティーインパクト】!」
「【スネークバインド】」
『グルアァァァッ!?』
伸びてきた鞭にオルトロスが絡め取られる。完全に動きを封じ込めたオルトロスにノウェムが大きく飛び上がり、重力を持った大剣が振り下ろされる。
振り下ろされた大剣がオルトロスの背骨にベキベキと食い込む。これは痛い。
しかしノウェムがオルトロスに与えたダメージは、残りHPがレッドゾーンに突入した途端にガクンと落ち、削り斬るまでにはいかなかった。HPがレッドゾーンに突入すると防御力が上がるみたいだ。
「シロウ! いけえっ!」
ノウェムがバランスを崩して地面に落下しながら叫ぶ。ここまでやったんだ。出し惜しみする理由はない。
「【分身】【雷天帝装らいてんたいそう】」
瞬時に八人まで分身し雷を帯びる。
【加速(アクセル】を使わずに一気に分かれた全員でオルトロスをシロウは取り囲む。
『【ファントムラッシュ】』
左右八方の連撃が放たれた。繰り出された斬撃がオルトロスを切り刻んでいく。
『『ガアアアアアアァァァァァァッッ!!』』
全身を刻まれたオルトロスが断末魔のような咆哮を上げた。周囲に飛び散る火の粉と血飛沫のエフェクト。
真っ赤に染め上げられた地面に、ズズン、と地響きを立てて倒れるオルトロス。そのHPはすでに残ってはいなかった。
オルトロスの体が光の粒となって消えていく。
ボスを倒した時に鳴る、いつものようなファンファーレはなく、シロウらに送られたのは怪しげな天使からの拍手だけだった。
「お見事。他の方々はすでに全滅したり、まだ戦っているのに、なかなかに速い」
「他の……? 他にも誰かこんな戦いをさせられているのですか?」
上空でシロウらを見下ろすリオという天使を睨みつけながら、セレナが尋ねる。
「あと一組だけが。みんな二番目の速さだよ。いやはや、失礼だけどこれは予想外だった」
なんかよくわからないが馬鹿にされているかのようだ。シロウらにオルトロスを仕向けたというリオと名乗る女性は敵の可能性は高い。シロウらは警戒を解かずに、武器を構えたままリオと対峙していた。
「予想外か何か知らないけど、これで僕たちの勝ちってことですか?」
「ふふ。勝ちも負けもないのだけれど。あくまでこれはサンプルのひとつさ」
サンプル……? いったいなんの話だ? どうも話が噛み合わない。そもそも『監視者ウォッチャー』とはなんなのか? 【アストラル】における隠しイベントかなにかか?
「ともかくお疲れ様でした。皆さんのご協力に感謝します。それでは、ごきげんよう」
リオが指をパチンと鳴らすと、ここへ来た時と同じように足下の地面がフッと無くなり、シロウは落下するような感覚に襲われた。
「うへぇ、また!?」
数秒間真っ暗な中をフリーフォールさせられたと思ったら、今度は突然視界が真っ白になるほどの閃光がシロウを襲った。目の前でフラッシュを焚かれたような光に思わず目を瞑る。
しかし次の瞬間、パァンッ! と、なにかが弾けるような音が響き、シロウの身体にも軽い衝撃が走った。
『【インターフェア】を防ぎました』
「うん?」
どこからかのアナウンスが流れる中、シロウは再び真っ暗になった空間の中をどこまでも落ちていった。
To be comtinued