9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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※死滅回游編から
※作者は単行本勢
※なんでも許せる方向け


死滅回游編
×0 奇譚


 ――その日まで、九々等(くくら)八壱(やいち)は普通の学生だった。

 

 東京都内の公立高校に通う、普通の学生。所属する高校のサッカー部ではエースをやっており、都内ではそれなりに名の知れた選手ではあったが、それもあくまで「普通」の範疇。変わった風貌も、時代遅れの実家も、大衆の常識から少し外れた程度の普通さ。本人も来たる受験に向けて、普通の学生と同じように気合を入れていた時期のことだった。

 

 「東京・渋谷で謎の大災害発生」。

 「死傷者数不明」「東京都内は立ち入り禁止」。

 「東京都内には呪霊(じゅれい)という怪物が自然発生する」。

 

 周囲と同じようにそのニュースに慄く八壱(やいち)だったが、彼が真に「普通」の輪から弾き出されたのはその後だった。

 

 死滅回游(しめつかいゆう)

 とある呪詛師が仕組んだ術師どうしの殺し合いに、泳者(プレイヤー)として巻き込まれたのである。

 

 

 

■零■

 

 

 

「おい押すなって」

「マジで避難するとか、そんなに危険なのかよ東京」

「誰か今足踏んだ!」

「呪霊ってホントに存在するの? テレビ局の捏造でしょ?」

「なんで交通インフラ軒並み死んでんだよクソが!」

 

 東京都内。ざわざわと好き勝手に騒ぎながらも、ひと固まりになって歩く集団が居た。都内全域に出された避難命令に従い、東京の外へと疎開する都民たちの姿である。

 時刻は真昼。呪霊が活発化する夜を避けて行われた集団疎開の人の波の中に、その少年の姿はあった。

 

「……」

 

 人波が動くたび、長い尾にも似た金髪が揺れる。

 線の細い風貌、『少年的』と『華奢』の中間に立つかのような細身の体躯は、何処か猫科の獣を思わせた。ひとつに纏めた長い後ろ髪、美しいと形容して差し支えない整った顔立ちも、血統書付きの家猫のよう。ただその険しい表情だけが、周囲を警戒する野生の獣じみていた。

 そんな彼に、隣を歩いていた少女がふと顔を寄せる。

 

「な、なんだか大変なことになってるね、八壱(やいち)くん」

「そうだなー」

 

 遠慮がちな少女の声とは対照的に、少年の声は間延びしていた。先程見せていた警戒の表情も、気の抜けた笑顔に変わっている……たがその声音の芯には隠しきれない凛々しさがあった。それをあくまで隠しきるように、フランクな口調で彼は続ける。

 

「つい一週間前まではこんなこと想像もしてなかったぜ。てか想像出来てた人居ないんじゃね? 篠田(しのだ)()は無事か?」

「う、うん。一緒に来てる」

 

 そういうと少女、篠田麻里(まり)はちらりと後ろを向いた。彼女は八壱(やいち)が通う高校の同級生であり、彼が所属するサッカー部のマネージャーだ。それなりに親交も深い。

 八壱が人混みに合わせて歩く中、それに追従するように隣に並ぶ麻里は少し迷い、そして再び口を開いた。

 

「ねぇ、八壱くんは信じてる? その、」

「『呪霊』のこと?」

「! う、うん……っ」

 

 呪霊。渋谷の一件からメディアがこぞって報道し出した、普通の人には見えない怪物。映画に出てくる幽霊や妖怪のようなその存在を信じているものは、しかし多いとは言えなかった。東京にしか出現しないという内容も含めて、未だフェイクニュースだと騒ぎ立てる連中の方が多い程だ。内容が内容だけに仕方ないのかもしれないが……。

 がやがやと五月蠅い人の群れの中。道脇にまばらに立つ、黒い服を着た人やスーツの大人に誘導されながら、少年と少女は声を抑えながら会話する。

 

「その、信じられないかもしれないけど……わ、私ね、見た事あるかもしれないんだ」

「呪霊を、ってことか?」

「……あの、これは誰にも言ってないんだけどね。私、ちょっと霊感あって。小学校くらいの時、お墓で幽霊みたいなのと目が合っちゃったり……でも、これはそんな昔のことじゃないの。ほんとに、昨日の夜の話」

 

 少女はつっかえながらも語る。大人以外で最も頼れる知り合いであり、普段から淡い感情を抱く相手に。

 

「昨日の夜、寝れなくてトイレに行った帰りにね……玄関のチャイムが、鳴ったの。深夜の3時くらいだよ? それで、なんだか怖くて動けなかったんだけど……その間もチャイムは鳴り続けてて。ピンポーン、ピンポーン、って、ずぅっと」

「……」

「お父さんもお母さんも起きてこないし、しーんとした廊下にずっとチャイムの音だけが響いて……凄く怖かったんだけど、でも、そんなに鳴らすってことは何か急用がある人が居るのかな、って思って。出来るだけ足音が鳴らないように、ゆっくり玄関まで行って……そッ、それで」

 

 そこで昨夜の恐怖を思い出したのか、口元を抑え蹲りそうになる麻里の体を八壱は咄嗟に支えた。

 

「落ち着いて、篠田。無理に言わなくても良いって」

 

 そう言って背中をさする八壱だったが、少女の意思は固いようで言葉を続けた。いや……自分1人では抱えきれない恐怖を吐き出してしまいたかったのか。それはともかく、麻里は言う。

 

「うんん……それで、それでね。誰がこんな事してるんだろうって、玄関のドアスコープを覗き込んだら――()()()()が、こっちを見てたの……!」

 

 震えながらそう告げた少女に、八壱は真剣な顔になった。野良猫の表情に緊張感が走る。

 

「ただの夢かも知れないんだけど、私、怖くて……!」

「……いや。信じるよ」

「ほ、ほんと?」

「うん。俺も信じてるから、呪霊」

 

 顔を上げた少女が見たのは、しかし柔らかい笑顔だった。

 八壱は先ほど見せた真剣な表情を隠しつつ、麻里を支えながら人混みの中を歩く。

 

「ほら、今は避難に集中しようぜ。東京を離れたら、きっとその()()()()も追って来れないよ」

「うん……ありがとう、八壱くん」

 

 顔を赤くする少女の笑顔に、八壱が頬を掻いた時だった。

 

「ぐああ!」と誰かの悲鳴。

 べしゃ、と集団の横、八壱から5mほど離れた道の端になにかが落下した。

 

 それは赤だった。

 それは黒だった。

 それは、ぐちゃぐちゃになった人の死体だった。死体の顔は恐怖に歪んでおり、首と胴と四肢は黒い服が赤く染まる程()()()()()()。まるで水を含んだ雑巾みたいに。

 突然の異常事態に誰もが固まる中、避難誘導していた黒服・黒スーツたちが最も早く再起動した。

 

「呪霊だ! 3級術師が1人やられた!」

「まだ昼間だぞ!?」

「言ってる場合か! 監督役はすぐに市民の避難を!」

「対象の呪霊、推定等級は2級以上! 周囲の術師に応援を要請してください!」

 

 やにわに色めき立つ場。

 

「し、死体だ!」

「どけ、早く行けって!」

「ちょっとこれ何!? どうなってんの!?」

「逃げろ、とりあえず逃げろ!」

 

 死体に気付き、我先にと逃げ始めるパニックになった市民。

 そんな中、動けなかった者が居た。一点を見つめ呆然と立ち尽くす篠田麻里と、彼女を支えた九々等八壱。

 麻里は青い顔で、震える歯の根で、傍らの八壱に()()を伝える。

 

「あ、あいつだ……」

「!」

「八壱くん、あいつなの! あいつが昨日、玄関前に居た――!」

 

 それは、なんと呼べばいいのだろう。

 最も近い表現は「人面人腕の大百足」か。六つの瞳を持つ顔は巨大で、人間をすっぽりと咥えた口がギロチンのように閉じられると、下半身を失った人間の死体が地面に落ちる。腕は一本一本がひょろりと長く、2mほどもあるそれが蛇のように細長い体の両側に無数についている。全長30mを超えるだろうその怪物は、眼下の人間たちを見下ろしながら悍ましく鳴く。

 

お と ど け 、も の で ぇ す

 

 その姿は、所業は、正に()()()()そのもので。数メートルの距離でそれを目の当たりにした麻里は恐怖に支配され身動き一つ取れなくなる。

 かくり、と力の抜ける体を支えた八壱は、何も居ない虚空に叫んだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 すると、彼の頭の横辺りに何かが出現する。それは虫にも似た、小型犬程のサイズの「なにか」。

 それは普通の人には聞こえない人語で問いに答える。

 

『残念ながら無関係だぜ! ここは結界(コロニー)内じゃないからな!!』

「チッ、なら単純に不運って事か……!」

 

 舌打ちした八壱は周囲を見回し……近くに居た黒スーツの、明らかに「ばけもの」を視認している男性を発見した。一見サラリーマンにしか見えない、七三分けに眼鏡の男性……だがその体をうっすらと覆う「力」を、九々等八壱は視認して。

 

「あの、この子をお願いします!」

 

 その男性の傍に麻里を座らせると、「ばけもの」に向けて歩き出す。

 彼の姿を、「呪霊が見えていないが故にその方向に逃げてしまう一般人」に見えるその姿を視認した黒スーツ――呪術高専補助監督は思わず叫ぶ。

 

「!? 君、そっちは駄目です! 反対側に逃げないと――」

 

 黒スーツの男性は彼を制止しようとして、

 

「大丈夫」

 

 その体から立ち昇る力、『呪力』に制止の声が止まった。

 黒スーツの男性、伊地知(いじち)潔高(きよたか)の呪力量を遥かに超える呪力を放つ少年、九々等八壱は、手に入れたばかりの力を頼りに宣言する。

 

「あの()()()()は――(イヤ)、呪霊は、オレが殺すんで」

 

 呪霊と向き合うその表情は、若獅子の如き自信に満ちていた。

 

 

  死滅回游(しめつかいゆう)泳者(プレイヤー)

     九々等(くくら)八壱(やいち)

 

 

 

■零■

 

 

 

「――ええ、はい。応援は大丈夫です。はい、いえ、おそらく彼は術師ではなく……はい。夏油傑によって術式を得た一般人かと」

 

 約十分後。

 伊地知(いじち)潔高(きよたか)は十分前と同じ場所で電話をしていた。傍らの少女を保護しながら、彼は通話先の相手に報告を続ける。

 

「いえ、彼はもう……名前を聞く暇もありませんでした。おそらく『死滅回游』に参加するためにここを去ったのだと思われ……はい。金髪の長い髪を後ろで纏めた細身の少年です。年齢は恐らく高校生ほど……強さ、ですか? それは――」

 

 問われ、伊地知潔高は首ごと視線を傾けた。彼が向くのは十分前に百足呪霊が居た場所……その奥。

 ビルの壁面に出来た、呪霊の血が飛び散ったクレーター。それを作ったかの少年の一撃を思い返しながら、冷や汗と共に補助監督は告げる。

 

「――おそらく、1級術師クラスです」

 

 百足呪霊は少なくとも2級の強さがあった。それを()()()()()()少年の強さは確かだが、しかしまだまだ底が知れないようにも感じられた。もしかしたら相応しい等級は1級ではなく、その上――そんな憶測を呑み込んで、伊地知潔高は通話を切った。

 

 一方、その横にへたり込む篠田麻里。

 彼女は今しがた()()()()を倒してくれた少年のことを思う。

 

「八壱くん……」

 

 己にとっての恐怖の象徴を一撃で吹き飛ばしたそのヒーローは、しかし自分の傍に留まってはくれなかった。

 

『ごめん篠田。オレ、行かないと』

 

 そんな短い別れの言葉を残して、彼は東京の奥へと消えていった。その背が去った方向を、黒い柱のようなものが屹立する空を見ながら、麻里は不安に鳴る胸を押さえる。

 

「大丈夫だよね。帰って、くるよね」

 

 別れ際に言えなかった言葉が、東京の空に吸い込まれて消えていった。

 

 

 

■零■

 

 

 

 11月9日、東京第1結界(コロニー)前。

 天まで伸びる黒い円柱状の結界の前に、1人の少年が立っていた。

 尾のように揺れる、後ろで纏めた長い金の髪。華奢に見える肢体を動きやすいパーカー付きのジャージで包んだ彼の横に、ぽん、と虫に似た式神が出現する。

 

『よう、俺はコガネ!!』

 

 結界に近づいたことで出現した式神、死滅回游運営(ゲームマスター)泳者(プレイヤー)とを繋げる窓口であるコガネは大きな声で己が憑いた泳者(プレイヤー)に問いかける。

 

『この結界の中では死滅回游って殺し合いのゲームが開催中だ!! オマエは既に泳者(プレイヤー)、残り10日以内に参加を宣誓し結界内に入る必要がある!! さあ、オマエは今から結界(なか)に入るのかい!?』

 

 ――その日まで、九々等(くくら)八壱(やいち)はごく普通の学生だった。

 

 彼は漆黒の結界を前に、その中で行われているであろう殺し合いを想像し。

 己に与えられた『術式』を脳内で検めて。

 

「ああ。問題ない」

 

 尾のような髪を揺らしながら、結界の中へと足を踏み入れた。

 

 ――その日から、九々等八壱は普通の学生から逸脱した。

 彼が足を踏み入れたのは呪術師の世界。呪い呪われ、(ころ)し殺されが日常の、悪意と無念と陰謀が渦巻く闇の領域。

 そんな世界への境界を、今、跨ぐ。

 

 とぷん、と黒い壁は新たな泳者(プレイヤー)を呑み込んで。

 異物・九々等(くくら)八壱(やいち)死滅回游(たたかい)が、始まった。

 

 

 

 

 死滅回游

 〈総則(ルール)

 1、泳者(プレイヤー)は術式覚醒後、十九日以内に任意の結界(コロニー)にて死滅回游への参加を宣誓しなければならない。

 2、前項に違反した泳者(プレイヤー)からは術式を剥奪する。

 3、非泳者(プレイヤー)結界(コロニー)に侵入した時点で泳者(プレイヤー)となり死滅回游への参加を宣誓したものと見做す。

 4、泳者(プレイヤー)は他泳者(プレイヤー)の生命を絶つことで(ポイント)を得る。

 5、(ポイント)とは管理者(ゲームマスター)によって泳者(プレイヤー)の命に懸けられた価値を指し、原則術師5点、非術師1点とする。

 6、泳者(プレイヤー)は自身に懸けられた点を除いた100得点(ポイント)を消費することで管理者(ゲームマスター)と交渉し死滅回游に総則(ルール)を1つ追加できる。

 7、管理者(ゲームマスター)は死滅回游の永続に著しく障る場合を除き、前項によるルール追加を認めなければならない。

 8、参加または(ポイント)取得後、十九日以内に得点(ポイント)の変動が見られない場合、その泳者(プレイヤー)からは術式を剥奪する。




泳者 九々等 八壱
術式:冪乗呪法
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