9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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×9 最強

 ――両面宿儺(りょうめんすくな)

 呪術全盛の時代、術師が総力をあげ挑んでも滅ぼせなかった「最強の術師」。

 死後呪物となった死蝋すら1000年経った現代でも破壊できていない「最恐の呪物」。

 紛うことなき「呪いの王」

 

 虎杖(いたどり)悠仁(ゆうじ)から伏黒(ふしぐろ)(めぐみ)にその依代を移した宿儺。薄く湛えた余裕の笑みと裏腹に、彼の状態は万全とは程遠かった。

 『天使』の術式、最大出力の邪去侮(やこぶ)梯子(はしご)による受肉直後の大ダメージ。

 新たな器・伏黒恵の抵抗による術式使用時の呪力出力の低下。

 虎杖悠仁、禪院(ぜんいん)真希(まき)との戦闘。

 それにより宿儺の呪力量は総量の半分を切っていた。また制御しきれていない不完全な「体」もその精神に小波(さざなみ)を立てる。

 

 天上天下唯我独尊。己の快・不快のみが生きる指針。

 そんな彼はしかし――「浴」を遅らせてまで、東京第1結界(コロニー)の中に留まっていた。

 

 その理由はただひとつ。

 目の前に立つ術師、九々等(くくら)八壱(やいち)の挑戦を受けるため。

 

「どうした、来ないのか?」

 

 目前の相手、尾のように金髪を揺らす細身の少年を挑発する。

 

 相対するは九々等(くくら)八壱(やいち)。術師歴2週間で宿儺に挑戦する資格を得た紛れも無い天才。

 そのコンディションは、かつてない程整っていた。

 「宿儺を倒す」という明確な目的。裏梅相手に決めた「黒閃」によるゾーン状態。そして、その時に垣間見た己の術式の本質にして奥義。

 九々等は確信する。今この瞬間、オレは過去最高に「最強」だと。

 

 そして。

 絶対の王者・宿儺を前に、挑戦者・九々等八壱は初手を打つ。

 

「――なあ宿儺。九九って知ってるか?」

 

 それは婉曲な術式の開示。九々等の纏う呪力が勢いを増す。

 

「9に9をかけたら何倍になるか。知らないんなら教えてやるよ」

 

 そして彼は呪詞を唱えた。

 

九十九(つづら)(おり)(おり)――

 

 ――極ノ番(ごくのばん)(べき)

 

「(! 何か来るな?)」

 

 宿儺が身構える――同時、九々等の姿は掻き消えた。

 

「(速い。いや――)」

 

 それは高速移動による視界からの消失。宿儺を中心として、道路や高架の壁を利用しピンボールのように移動する九々等。だがそれだけで、宿儺は片眉を吊り上げた。

 

「クハッ、やるか痩犬(やせいぬ)!」

 

 ――()()()()。目視はおろか呪力感知ですら捉えきれない超速度。先程まで戦っていた虎杖や真希とも比べ物にならないどころではない。ソニックブームこそ発生していないものの、音速を軽く超えている。

 

「(音超えの衝撃波が出ていない……例の術式だな?)」

 

 そんな宿儺の背後にて。九々等は術式対象を切り替えた。

 

速度(から)脚力へ――」

 

 ズガンッ!! と一撃で高架が断裂・崩壊する程の踏み込みで、九々等八壱は背中を見せた宿儺へと迫る。

 

「――」

 

 宿儺が反応して振り向きながら背後に斬撃を放ち。

 

 それを追い越す速度で、九々等は宿儺とすれ違った。

 斬撃が空を斬る。

 そのまま九々等は軸足をアスファルトに突き刺す勢いで踏み込み体を停止、勢いを回転力に変換して回し蹴りを放つ。

 

極ノ番(ごくのばん)(べき)――脚力:8()1()()

 

 冪乗呪法(べきじょうじゅほう)極ノ番(ごくのばん)(べき)。九々等が黒閃によるゾーン状態で習得した新たな奥義。

 それは術式順転(せき)、もしくは術式反転(しょう)どうしを掛け合わせ、同じ術式対象に2つの術式を発動する技術。

 「同じ対象に術式を2つとも使う」。言ってしまえばそれだけの技。だがそれにより上昇する術式効果は計り知れない。

 何故なら、9倍したものを更に9倍すれば、それは「81倍」されるのだから。

 

 「9×9=81」。単純な九九の答えが、慮外の脚力となって呪いの王に牙を剥く。

 

「吹っ飛べ――八十一倍神滅脚(クリロナ・インパクト)!!!」

 

 81倍の回し蹴りが、両面宿儺に直撃した。

 咄嗟に防御した両腕は吹き飛び、貫通した衝撃が肋骨の半分以上を粉砕。そのまま宿儺の体は吹き飛び、ビルを2棟貫通して尚勢い止まらず東京第1結界(コロニー)の宙を舞う。

 

「(小僧を遥かに凌ぐ威力! 腕に呪力を集中させてこれか!)」

 

 宿儺は吐血しながらも反転術式を全開、胴や内臓の負傷を後回しにして全力で吹き飛んだ腕を治癒する。

 彼には見えたからだ。

 吹き飛ぶ己よりも速く空中を駆け、此方に追撃せんと迫る金の流星が。

 

八十一倍(マラドーナ)――」

「ケヒッ、良いぞ来てみろ!」

 

 空中で追い付いた九々等による腕力:81倍の拳が、呪いの王へ振り下ろされる。

 

「――神殺拳(インパクト)!!!!」

 

 ズギャァ!!! と激突の衝撃に空気が悲鳴を上げる。

 神すら屠る全霊の一撃が宿儺を捉え、その体を地表へと叩き墜とした。

 

 矢よりも速く地面に吹き飛んだ宿儺の体は、ビルの屋上に激突、そのまま全ての床をぶち抜き1階まで落下する。

 衝撃により崩壊するビル。その瓦礫の雨と土煙の壁の中から、宿儺は悠然と歩み出て来た。

 ぼたぼた、と地面に血が落ちる。

 

「クク。これほどの傷を負ったのは、小僧に受肉してから初めてだな」

 

 その体は重傷、いやそれ以上の傷を抱えていた。

 防御に使った右腕は跡形も無く吹き飛び、右肩も抉れ、右の腹は肋骨が露出するほど肉が吹き飛んでいる。右半身に爆弾でも喰らったのかとさえ思えるありさまだ。

 普通であれば致命傷。勝利を、あるいは敗北を確信する大怪我(ダメージ)

 

 そんな宿儺の姿を、着地した九々等は目の当たりにし。

 

「(式神で衝撃をズラされたな。頭を吹っ飛ばしたつもりだったんだが)」

 

 自身の想定と違うその姿に、より一層警戒を露わにした。

 ――呪力は腹だが、反転術式は頭で回す。脳を一撃で潰せば、いかに反転術式に優れた術師だろうと即死する。故に九々等の狙いは頭であり、宿儺が全力で守ったのも頭だった。

 

 衝突の一瞬。宿儺は脱兎(だっと)を全力で展開、それと右腕をクッションにすることで九々等の一撃を受け流したのだ。優先的に腕を治したのは、式神の媒介となる影絵を作るため。

 だがそれは逆に言えば……先の一撃は、宿儺でさえ無理を押して防御しなければならなかった攻撃。

 

 宿儺は虎杖・伏黒の記憶からとある言葉を思い出す。

 

『虎杖が宿儺に変わったら、すぐに奴を虎杖ごと殺してください。九々等さんならそれが可能だと、俺も虎杖も判断しました』

「……やはり、ただの犬では無かったな」

 

 言いながら、宿儺は反転術式を使用。右半身の傷から骨が生え、肉が盛り上がり、その傷を元の形に再生させる。

 それを見る九々等に驚きはない。

 

「(やっぱ使えるよなー反転術式。てか脳ミソ吹っ飛ばしても恵くんは復活できんのか?)」

 

 数秒足らずで傷を完治させた宿儺に対し、九々等は腰を落として構えた。

 今度こそ頭を破壊する――そう意気込んで踏み出そうとした彼の足は、

 

「クク、いいぞ。名を名乗れ呪術師」

 

 宿儺の言葉に止められた。

 

「?」

 

 九々等は頭を捻りつつも素直に答える。

 

九々等(くくら)八壱(やいち)九々等(くくら)が苗字で八壱(やいち)が名前ね」

「そうか」

 

 眼前の男の名を聞いて……宿儺は嗤った。愉しそうに、皿に乗せられた料理の名を知った美食家のように。

 

九々等(くくら)八壱(やいち)。その名、オマエが死ぬまでは憶えておいてやろう」

「良いのか? 忘れられない名前になっちゃうぜ?」

「ククッ、生意気だな」

「誰かさんがチョーシに乗らせてくれるから、な!」

 

 瞬間、九々等の足元が爆発する。否、脚力:81倍による踏み込みが、再び地面を蹴り砕いたのだ。

 

 同時、宿儺も動いていた。五指を広げて手を前に出せば、それだけで道路が建物が三枚に下ろされる。

 縦2本の斬撃。それを躱し、再び宿儺の背後に回り込んだ九々等は方向転換の為地を踏みしめ――。

 

 宿儺が動く。五指を広げたままの手を、振り向きながら横薙ぎに振るう。

 

「――(カイ)

 

 横方向に繰り出された5本の斬撃が、九々等の体ごと街を切り裂いた。

 

「ぐ……!」

 

 鮮血が舞う。

 背後の建物群を6つに切り裂く宿儺の斬撃。それを受けた九々等の体には、深さ3cm程の傷が5つ刻まれていた。

 

 咄嗟に反転術式を使用()()()()()()九々等は、此方に手のひらを向けた宿儺を見た。

 追撃。その二文字が脳内を電流となって駆け。

 

「(喰らったら死ぬ――)」

 

 傷を再生させながら、咄嗟に地面に手を当てる。

 

「術式反転!」

 

 (しょう)×極ノ番(ごくのばん)(べき)、地面の大きさ(サイズ)1/81(はちじゅういちぶんのいち)

 

 がくん、と宿儺の姿勢が崩れる。否、地面が「無くなった」のだ。

 彼が先程まで立っていた床は、気付けば半球状の直径5m程のクレーターへと変わっていた。

 

 足場を失い、一瞬空中に投げ出される宿儺と九々等。刹那、先に動いたのはこの状況を起こした九々等。

 

「そ、ら!」

 

 彼が握った何かを投げる――と同時、術式が解除されたそれは直径5m程の巨大な半球へと変わって宿儺に迫る。

 

「クハッ」

 

 宿儺は鼻で笑い、半球に向けて手のひらを突き出す。途端にサイコロカットされるアスファルトの半球。

 開けた視界、クレーターの底で此方を睨む少年の姿を宿儺は目端で捉え。

 

脚力:81倍!!」

玉犬(ぎょくけん)

 

 ゴパッ!! と地面を破壊しながら放たれた九々等の全力の飛び蹴りを、式神に自身を掴ませ移動することで回避した。

 

「クソッ」

「クック。努力賞、だな」

 

 悔しそうな九々等に対し、僅かに掠った頬の傷を拭いながら宿儺は嗤う。

 そのままクレーターの外に着地する両者。今の攻防で得た情報を計算に加え、油断なくお互いを見ながら向き合う。

 

「(天使の術式で(はが)されかけた伏黒恵の肉体との繋がりが戻って来たな。呪力出力は5、6割といったところか)」

「(犬で躱された……あの斬撃は()で受けたら駄目だな。オレは反転術式回しながら咄嗟に順転を使えない、事前の準備が無いとどうしても一拍間が出来ちまう)」

 

 反転術式による肉体の再生には生成した正の呪力を使う。だが正の呪力では術式の順転、負の呪力が必要なソレを起動できない。

 九々等は以前の黄櫨(はぜのき)(いおり)との戦闘で、術式の順転と反転を同時に使用して見せた。だがそれは右半身と左半身で流す呪力の性質を分けるという荒業によって行ったもの。極ノ番(ごくのばん)(べき)を有効的に使いたいこの状況では、以前のような「大袈裟」な呪力操作は行えない。

 ならばどうするか。

 

「(攻めればいい。斬撃を喰らわない程速く、対応の為の間を置かず、一撃で頭を潰せる威力で)」

 

 九々等が思考を一本化すると同時、宿儺は両手で影絵を作った。

 

「(まずは()()()()()()()()()()()()で奴の『速度』を潰すか)」

 

 作る影絵は2種類。

 

(ぬえ)蝦蟇(がま)

 

 それは十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)の拡張術式。2種類の式神を組み合わせ、能力では劣るが破壊されても問題の無い新たな式神を複数体生成する――。

 

「――不知井底(せいていしらず)

 

 背から羽が生え、髑髏のような面で顔上部を覆った蛙の式神が九々等を中心に複数出現。彼らが放った長い舌が九々等の両腕両脚と首、胴に巻き付き、その動きを制限する。

 

 九々等が今使用している速度:81倍、その最高速度は実にマッハ5に達する。その理屈は物理的加速ではなく行動の早回し。空気抵抗やあらゆる物理的法則を無視できるため、あの呪霊・禪院(ぜんいん)直哉(なおや)の最高速度を超える速度を一瞬でその身に宿せるものの、弱点として拘束に弱い。物理的加速ではない為に、拘束を無理矢理引き千切るだけのパワーを得られないのだ。

 

「ちッ (先手取られたか――)」

 

 九々等は術式対象をタイムラグ無しで脚力切替(スイッチ)、地を砕く踏み込みで蛙の舌を引き千切りながら宿儺に迫る。

 

 脚力:81倍による高速移動は、速度:81倍よりも数段遅い。物理的法則に縛られない「行動の早回し」と違い、脚力による移動は空気抵抗や足場の影響などをモロに受けるからだ。現に脚力:81倍の突進は宿儺に完璧ではないものの見切られている。

 だが。

 

「(()()はまだ見せて無い、その余裕顔ブチ抜いてやるよ宿儺(さいきょう)――)」

 

 そう笑い突進した九々等の体が、がくん、と止まった。

 

「な――」

 

 見れば、その胴には新たな舌が一本巻き付いていた。脚力:81倍の突進エネルギーを、ぶちぶちという嫌な音を立てながらも止める強靭で太い舌。

 九々等が振り返れば、背後には先ほどの蛙たちとは比べ物にならないほど巨大で存在感のある蛙の式神が。

 

蝦蟇(がま)

 

 ぐん、と九々等の体が蝦蟇(がま)の長い舌によって空中に投げられる。

 威力も何もない、間合いを取るためだけの投げ。着地した九々等はすぐに宿儺の元に突進しようと身構えて。

 

脱兎(だっと)

「!」

 

 その視界を夥しい量の白兎の群れが覆う。

 白い津波は、そのまま九々等の周囲を取り囲み「壁」となった。

 

「(目潰しか! 舐められてんな!)」

 

 脱兎(だっと)に囲まれ視界を潰された九々等は、0.1秒だけ呪力感知力:81倍を発動。呪力の圧を肌で感じ、周囲の状況を把握する。

 

「(上に宿儺と呪力の塊! 式神か!)」

 

 九々等が悟ると同時、「それ」は頭上から落ちてくる。

 

満象(ばんしょう)

 

 巨大な象の式神満象(ばんしょう)。宿儺によって再現されたその重量はアフリカ象を超える約8t。

 それが地面に激突。脱兎の群れを押し潰し、衝撃で街を揺らし、道路に巨大なクレーターを刻む。余波で周囲の建物の窓ガラスが残らず割れ、破片が雨のように道路に降る。

 「純粋な重量」。それは上から落とすだけで強力無比な攻撃となる。

 

 ――無論、「当たれば」の話だが。

 

「どこ狙ってんだ王サマよォ!」

 

 九々等は呪力感知力:81倍を解除すると同時脚力:81倍を発動、脱兎(だっと)の群れから脱出して斜め方向から宿儺を目指し跳躍していた。

 空中で両者の目が合う。

 

 だが九々等は失念していた。

 「宿儺はどうやって空中から式神を落としたのか」。

 答えは単純、「飛行・滞空できる(ぬえ)の背に乗って居るから」。

 

「ケヒッ、そう()くな。犬より我慢を知らんと見える」

 

 落下した満象(ばんしょう)が鼻を持ち上げ、口を細めて水を放出。レーザービームのように頭上に放たれた水が九々等を襲い、バシャ、とその全身を濡らす。

 

「!?」

 

 体にかかった水。そして眼前には、宿儺が乗る特殊な呪力性質を持つ式神(ぬえ)――。

 

「あ、やべッ」

 

 パリッ、と空気が火花を散らし。

 

(ぬえ)

 

 雷撃が、空気を焼きながら九々等八壱に降り注いだ。

 水と電気……正確には「呪力で具現化された水」と「電気に似た性質を持つ呪力」の相性は抜群。水浸しの九々等の全身をバリバリと電気が駆け巡る。

 

 地面に撃墜された九々等の元に(ぬえ)を消した宿儺が着地する。

 彼は手応えありと嗜虐的に笑いながら九々等を見て……予想外の姿にその片眉を上げた。

 

「ほう、丈夫だな (おおかた術式だろうが)」

「そりゃどーも。王サマに褒められるなんてカンゲキだね (使わされた……防御力:81倍(これ)を使った不意打ちカウンター作戦はもうダメだな)」

 

 九々等は僅かな火傷を負っていたものの、ほぼ無傷。それは咄嗟に発動した防御力:81倍のお陰だった。これを使えば、いかに相手が宿儺といえども九々等はほとんどダメージを受けない。

 これを脚力:81倍による突進中に使用、宿儺の攻撃を無効化し、慣性の法則を利用した突進でカウンターを叩き込むのが九々等の作戦だったが、既に防御力:81倍を見られてしまった以上宿儺相手に不意打ちじみたこの作戦はそう決まらないだろう。

 

 両者ともに思惑を外された形になり、戦況はお互い向き合った状態で数秒膠着する。

 

「(使える式神の種類は今ので全部か? 恵くんに聞いとけば良かったぜ。素の殴り合いはあっちに分がある、でも術式アリなら圧倒的にオレのが有利……問題はそこに辿り着くまでに『式神』と『斬撃』を潜り抜けないといけないこと。(べき)防御力に使ったままじゃ火力も速度も足りないし、どうするか)」

「(奴の術式は口ぶりからして『八十一倍』、そして術式反転が『八十一分の一』。術式対象に概念が絡む、現代で言う『特級』と同格の術式だろう。まともに喰らえば()()()()()は一撃だろうな。だがその分攻め手は単調。ならば――)」

 

 先に動いたのは宿儺。その両手で組んだのは、影絵ではなく()()

 

 宿儺が伏黒の体を利用することで新たに得た術式十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)。それにより現状使役できる式神の種類は、伏黒の調伏状況を引き継いでいる。

 つまり宿儺が自在に使役できるのは、現段階では今見せた5種類……脱兎(だっと)までが全て。

 だが。

 

布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)

 

 式神は、未調伏でも調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(とんでもない呪力! 大技か!)」

 

 ピリッ、と九々等の肌を刺す特大の呪力が宿儺から放たれ、世界を黒く染めていく。

 やがて幾重にも重なった遠吠えと共に現れた、蛹のような彫像のようなナニカが「孵化」し、その威容を世界に示す。

 真っ白な巨体。顔からは翼が生え、髪の代わりに尻尾、右腕には刃。筋肉質な体の背部に方陣を浮かべたその式神の名こそ、

 

 八握剣異戒神将(やつかのつるぎいかいしんしょう)魔虚羅(まこら)

 

 九々等八壱を調伏の儀式に巻き込む形で、最強の式神が現世に顕現した。

 

 ズン、と魔虚羅が街路を踏みしめる。

 いくら術師としての腕が高かろうと、調伏という手順を踏んでいない宿儺は魔虚羅に命令を下すことは出来ない。だが九々等はそのことを知らない。

 

 もしも九々等が魔虚羅を攻撃し、魔虚羅が彼を優先的に敵視したら。

 もしも九々等の打撃に、魔虚羅が「適応」してしまったら。

 

 一手誤れば即、詰み。それほどの脅威を魔虚羅は孕む。

 

「ククッ、どうでる?」

 

 その答えは実に単純(シンプル)だった。

 九々等は速度:81倍で魔虚羅の懐に飛び込むと、術式対象を切り替える。

 

攻撃力:81倍

 

 九々等の無意識の認識が適応される術式において、特に防御力攻撃力は特殊な扱いを受ける。

 防御力の場合、肉体の物理的硬度などは一切変化せず、ただ九々等が受けた全てのダメージが1/9、または1/81になる。

 逆に攻撃力の場合……腕力や脚力を対象としたときと異なり、攻撃の速度や勢いは普段(デフォルト)と変わらない。ただ発動中の攻撃によって与えるダメージが9倍、または81倍される。

 つまりそれは、腕力や脚力を対象としたときに比べてずっと呪力操作がし易いということ。

 

 黒閃連続発生記録保持者・七海(ななみ)建人(けんと)は語った。「黒閃を連続で出すのが凄いわけじゃない。2回以上出すなら連続……またはその日のうちでないと難しいでしょう」と。

 九々等は宿儺戦の前に黒閃を発動している。

 アスリートで言うゾーン状態。究極の集中力に凄まじい効率で磨き上げられた呪力操作。

 それが、魔虚羅という「的」に向けて拳と共に放たれる。

 

 『黒閃』!!!

 

 それは、81倍を更に2.5乗した超が3つは付く超火力攻撃。

 魔虚羅の上半身が、黒い火花と共に消し飛んだ。

 

「!」

 

 流石の宿儺も目を見張る。

 

 魔虚羅唯一の倒し方。「初見の技にて適応前に屠る」。

 その条件を、九々等の(べき)は満たしていた。

 完璧な循環を意味する方陣が回転を刻む前に、魔虚羅の体が崩れ去った。それを見た宿儺の表情が流石に陰る。

 

「(やはり調伏前ではこんなものか)」

 

 複数人での調伏は終了後無効になる。故に今の一連で宿儺に得られたものは無い。

 

 そんな宿儺に、本日二度目の黒閃で調子を上げた九々等が迫る。

 

「そんなもんかよ宿儺(さいきょう)!」

「クハッ、よく吠える!」

 

 九々等の脚力:81倍による蹴りが再度炸裂、宿儺の体をガードの上から吹き飛ばす。

 宿儺の体は近くにあったモールの壁を突き破りその中に突入。数多の店を破壊しながら長い屋内を吹き飛ぶ彼に追撃を加えんと、同じくモールの壁をぶち抜いた九々等が追って来る。

 そんな彼に宿儺は片腕を優先して再生させ、今出せる最大出力の斬撃を放つ。

 

「――(カイ)!!」

 

 ぞん! とモールの半分が一瞬で細切れにされた。当然斬撃範囲に巻き込まれた九々等にも斬撃は命中、ばつばつばつばつ!! とその全身が斬撃を浴びる。

 

「効かねえよ!」

 

 だが九々等は防御力:81倍で斬撃をほぼ無効化、ノーガードのまま落下前のモールの瓦礫を足場に宿儺を追う。

 

「そう来なくてはな!」

 

 宿儺は嗤いながらもう片腕を治癒、その手のひらを九々等に向ける。

 

(ハチ)!」

 

 ざしゅ、と九々等の体を斬撃が襲い鮮血が舞う――だがそれもダメージありとは言えない薄皮一枚の傷。

 

 宿儺の斬撃は2種類。

 通常の斬撃(カイ)

 呪力差・強度に応じ一太刀で対象を(おろ)(ハチ)

 

「(俺と奴の呪力量の差は歴然だ。やはり純粋な呪力による防御ではなく術式による概念への干渉だな?)」

 

 宿儺が斬撃の効き目から分析すると同時、九々等が追い付く。

 そのまま宿儺は拳に斬撃を付与し、九々等の拳を迎え撃った。

 

 斬、と九々等の腕に浅い傷を作りながら斬撃が通り抜け、そのままモールの床を天井を切り裂く。

 ばき、と九々等の拳を受け止めた宿儺の拳の骨が砕け血が噴き出る。

 

 九々等は防御力:81倍を肉体の硬度:81倍切替(スイッチ)、発動したまま拳を振るう。柔らかいものと硬いもの、どちらの方が打撃の威力が上がるかは歴然だ。

 宿儺が拳に付与した斬撃は(カイ)。呪力出力が不安定な今、宿儺にとってより信頼できる斬撃はこちらだった。

 

 拳が激突する。幾度も、幾重にも。

 ぶつかるたび斬撃がモールを切り裂き、衝撃が宿儺の拳と柱に罅を入れる。

 

 斬。斬。斬、斬、斬斬斬斬斬斬。

 打。打。打、打、打打打打打打。

 

「おらおらおらおらおらおらァッ!!!」

「クク、よく(じゃ)れる奴だ!!」

 

 ゲラゲラゲラゲラ、という宿儺の嗤い声と共に、モールの残ったもう半分が斬撃と衝撃に耐えきれず崩壊した。

 

 崩落する建物。地響きが鳴り土煙が上がる中、ふたつの影が飛び出してくる。

 

 高速で格闘する九々等と宿儺。お互い腕の傷は反転術式で再生させている。

 

 宿儺がまたひとつギアを上げ、呪力を解放する。

 

――(フーガ)

 

 その手の中に現れたのは炎。モールの残骸、宙に舞うガラスの破片を溶かす程高熱の呪力の塊。

 

「これはどう凌ぐ!?」

 

 それを矢のように九々等に向けて構え。

 瞬間、九々等の姿が宿儺の視界から消える。

 

 切替(スイッチ)速度:81倍攻撃力:81倍

 

「そんな大技を指咥えて撃たせると思ってんなら――」

 

 宿儺の懐に入り込んだ九々等が、宿儺の構えた腕を掌打で破壊。炎に近づくことで焼け焦げた皮膚を無視して、炎の矢を失った宿儺に迫る。

 

 切替(スイッチ)攻撃力:81倍脚力:81倍

 

「――足元掬って終いだぜ!?」

 

 地面を削り砕く足払いを放つ九々等。

 

「ケヒッ、本当に口の回る!」

 

 その一撃を脚を曲げて跳躍、回避した宿儺は斬撃を付与した蹴りを九々等の顔面に放ち。

 

 切替(スイッチ)脚力:81倍防御力:81倍

 

 九々等の背後、アスファルトの道路に地割れのような太く深い斬撃痕が刻まれる。だが九々等の顔面に刻まれた傷は薄皮を切り裂いた程度の傷。それも全身の火傷と共に、反転術式で再生される。

 

 九々等は(べき)を習得してから、拡張術式による小技の選択肢を無意識に排除・単純な能力強化に専念していた。

 それは確信。小技でコンパクトに戦うよりも、81倍による力押しのほうが強力だと黒閃経験直後の集中状態で直感したからである。

 

 宿儺の斬撃を防御力:81倍で受け、すぐに術式対象を腕力:81倍切替(スイッチ)して反撃。吹き飛ばされた片腕を意に介さずもう片腕で放つ宿儺の斬撃を、速度:81倍で回避し、背後に回り込んで脚力:81倍の蹴りを放つ。

 

 確信。

 状況に則した能力に極ノ番(ごくのばん)(べき)を使用できるなら――全ての能力が81倍になったのと同義。

 

 黒閃によるゾーン状態。新たに習得した術式への慣れ。接近戦は九々等の圧倒的有利だった。

 

「(流石に手に負えんな。足場を奪うか――)(ハチ)・蜘蛛の糸』

 

 ばつん、と2人の足場が崩れる。

 一瞬踏む足場を探した九々等に、宿儺は嗤い指を一閃。

 

(ハチ)

 

 動揺した九々等の意識では術式対象の切替は間に合わない……だがその斬撃は、

 

「(浅い? 三枚に卸したつもりだったが)」

「お、らァ!」

 

 九々等は袈裟切りにされた傷から血を吹き出しながらも、足元にあった瓦礫を脚力:81倍の蹴りで宿儺にシュート、放たれた瓦礫の砲弾が宿儺の肩を強打し吹き飛ばす。

 まともに(ハチ)を受けた九々等の傷は、しかし内臓にまで達していない。

 

「(感じるぞ! 恵くんが宿儺(テメェ)の中で頑張ってんのをな!)」

 

 ここに来て宿儺の呪力出力が一段落ちた。

 九々等の奮戦、魔虚羅の撃破。接近戦では宿儺をも超えるその戦いぶりが、伏黒に希望を見せ抵抗の意思を強めたのだ。

 

 それを受け、宿儺は。

 

「クック、愉快なほど躾を知らん奴だ」

 

 ただ九々等を見ながらそう嗤った。未だ遥か高みにて見下ろす強者の顔で。

 

「(攻撃を当てるのが難しくなってきたな。奴自身が覚醒した己の術式に慣れたか。その上今の出力では一撃だけでは決め手にならん)」

 

 だがそれを解決する手段を、呪いの王は知っている。

 

「ならば、()()はどうだ?」

 

 追って来た九々等が見たのは、掌印を構える宿儺の姿。

 「閻魔天印(えんまてんいん)」と呼ばれる印を構え、両面宿儺は必中必殺の奥義を展開する。

 

()()()、――」

 

 だが。

 圧縮された時の中、宿儺は見た。

 九々等八壱が、両手で掌印を――「説法印(せっぽういん)」と呼ばれる印を組み合わせ、「9」を象った独特の掌印を組んでいるのを。

 

「(いつの間に掌印を――)」

 

 九々等の呪力が、宿儺のそれの81倍の速度で空間を満たしていく。

 

 冪乗呪法(べきじょうじゅほう)による速度:81倍は、体の速度から呪力の流れまで全てが81倍になる。倍速の世界に意識こそついてこないものの、事前に「これをやる」と決めた動きなら問題なく81倍速で再現できる。

 

 つまりこれは。

 

浄如(じょうじょ)』『安徳(あんとく)』『冥府(めいふ)御門(みかど)』『九品(くほん)(うてな)

 

 呪詞を省かずとも誰にも追い付くことの出来ない――必中必殺に「最速」が追加された九々等八壱の奥義である。

 

()()()()――()()(だい)(ほう)(れん)』!!!!

 

 黄金の世界が九々等八壱を中心に展開され、両面宿儺を包み込む。

 宿儺が領域を成立させる前に九々等の領域が完成。呪いの王の首元に、領域に付与された必中効果が刃のように押し付けられる。

 

「――行くぜ宿儺(さいきょう)。これがオレの『必殺技(さいきょう)』だ!!!」

 

 宿儺が嗤い。

 勝気に笑い返した九々等の術式が、全てを追い抜く速度で発動した。





次回「×9^2 最強②」
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