――呪術を極めることは引き算を極めること。
呪詞・掌印など術式を構成あるいは発動させるまでの手順をいかに省略することができるかで術師の腕は決まる。
「『
領域を展開し生得領域を具現化することを「キャンバスに絵を描く」ことに例えるなら、呪詞を唱えるのは下書きをする行為に相当する。熟練の者なら省いても問題の無い、呪術の極致から逆算すれば無駄な一工程。
だが九々等は呪詞を唱えた。理由はふたつ。
初めて展開する領域の完成度をより高めるためと……もうひとつ。「81倍」の速度で領域を展開するなら、呪詞を省かずとも誰にも追い付けない――故に無理に省く必要が無い。
「領域展開――『
そして、その領域は展開された。
蓮の花弁が世界を包む。
それは目も眩む程黄金色で溢れた結界。
巨大な金の蓮華の中、とでも言えばいいのか。そんな世界の中心で九々等八壱は掌印を組んでいた。
それが具現化された九々等の生得領域である事を認識するよりも速く、宿儺は領域を展開しようと呪力を練る。
領域展開に対する最もスタンダードな対処法、「自身も領域を展開する」。
だが更に速く、九々等は術式を発動。生得領域の具現化と術式の発動。本来二段階のそれを1つに纏める――否、九々等がいかにセンスに優れていようと、また黒閃によるゾーン状態だろうと、初めての領域展開でそこまでの離れ業をやってのけることは不可能。
故にこれは「81倍速」の九々等が反射で発動した、
「術式反転『
『
故に。領域内では、宿儺であろうとも九々等の術式効果を100%受ける。
「宿儺の思考速度:1/81――ザ・ワールドってな!」
正しく必中必殺。
動きが止まった――否、思考と肉体の速度が乖離し動けなくなった宿儺の体に、黒閃経験直後で威力を増した九々等の拳が炸裂した。
「(奴が加速した――いや、俺が遅くなったのか!)」
宿儺が0.1秒でそう考える間も、彼の外では8.1秒が経過している。その間に九々等は宿儺が組んだ掌印を拳で破壊、そのまま棒立ちの宿儺にラッシュを叩き込む。
だが宿儺も一筋縄ではいかない。九々等の拳がノーガードの宿儺の頬に叩き込まれるも、分厚いゴムを殴ったかのように手応えが無い。
「(頭に呪力を集中! 反転使う為の脳を反射で守ったか! だが――)」
九々等の領域に付与された術式と九々等が使用する術式は、2枠の術式対象を共有している。宿儺に術式を重ね掛けしてその2枠を消費している今、九々等は自身の能力を強化するために術式を使用できない。
それでも。
「心臓ブチ抜かれて生きてられるか王サマよォ!!」
ノーガードかつまともな呪力操作を封じられた宿儺相手なら、それで充分。
狙いは心臓。虎杖との修行で鍛えた腕力と呪力操作技術を駆使して連撃を叩き込む。
『黒閃』、『黒閃』、『黒閃』!!!
三連続の黒閃が、宿儺の胸に風穴を開けその心臓を吹き飛ばした。
ごぷ、と棒立ちの宿儺の口から血が零れる。
だが。
「(呪力が消えない! 宿儺は心臓無しでも生きてられるのか!)」
宿儺の頭・首を守る呪力は消滅する気配が無い。
それどころか胸に開けた風穴が徐々に再生していっている。
「(思考速度は奪ってる……肉体が反射で反転を使ってんのか!?)」
九々等は再び宿儺の胸の風穴を抉り再生を妨害。
そのまま頭・首を除いた全身に拳と蹴りを叩き込む。腕を折り、足を砕き、内臓を破裂させ、再生した心臓を抉りだす。
200発以上の連打。10以上の黒閃。宿儺の全身から血が噴き出、肉が抉れ、骨が露出する。与えた傷が再生される様子を目の当たりにしながらも、九々等はラッシュを止めない。
「(でも知ってるぜ、反転術式はかなり呪力を使う! 頭部破壊と断頭が出来なくても、このまま呪力切れまで追い込んで――)」
瞬間、九々等は「それ」に気付き即座に手刀を落とす。
組まれかけていた宿儺の掌印が、九々等によって叩き壊された。
「(おいおい、まだ30秒経ってないぜ!? 体感0.3秒で思考速度:1/81に対応するとかバケモンか!?)」
思考速度:1/81は、相対的に周囲の状況から己の肉体の速度まで81倍に感じられるようになる。まともに歩くのも難しいその状態で「掌印を結ぶ」という複雑な行為を難なくこなそうとした宿儺に対し戦慄を憶える九々等。
だが。
再び宿儺が結ぼうとした掌印を、九々等は再び叩き墜とす。
「流石だが――オレのターンは渡せねーな!」
「掌印を結ばせない」。九々等が思いつける、シンプルだが有効な領域対策。
宿儺に領域を展開されてしまえば「領域の押し合い」が始まる。その瞬間『
「(呪いの王だろうがなんだろうが思考速度:1/81のままなら攻撃も防御も恐るるに足りねー、例え宿儺の呪力量がオレの10倍だろうが絶対に削り切れる! 削り切ってみせる!!)」
2連続の黒閃、更に100連の無呼吸連打。宿儺の抵抗は思考速度:1/81の効果で鈍く、九々等のラッシュを止められるほどでは無い。掌印も領域展開前に叩き墜とせる程度の速度。
――勝てるのか……!? 両面宿儺に……!!
そんな言葉が脳内で弾け、九々等は拳に渾身の決意と呪力を込める。
「(勝つ!! このまま――!!)」
領域内での必中効果こそ九々等の勝算。
そんな彼の勝算は、
「――は?」
領域展開――『
呪術を極めることは引き算を極めること。
呪詞・掌印など術式を構成あるいは発動させるまでの手順をいかに省略することができるかで術師の腕は決まる。
「(宿儺は掌印無しで領域を展開可能なのかよ……ッ!!)」
宿儺が領域に巻き込まれてから領域を展開するまでにかかった時間は0.8秒、つまり九々等にとっての64秒に相当する。だが64秒を与えられても、術式による強化無しの九々等では宿儺を殺しきる事は出来なかった。
「クク、やってくれたな九々等八壱」
宿儺と
そのまま宿儺は反転術式で全身を治癒しつつ、九々等の領域を押し潰さんと呪力を集中させた。
掌印無しで領域を展開することは筆や絵の具を用いず絵を描くのに等しい、正に神業。
だが流石の宿儺も、掌印無し、更に思考と呪力の流れる速度が噛み合わない状況で「閉じない領域」を展開するのは不可能だった。故に今展開されている宿儺の領域には「外殻」がある。
だが九々等は感じていた。
己の領域が、物凄い速度で押され、必中効果を取り戻す所か今にも崩壊しそうになっているのを。
「それで? 次は
「(なんもねーよバケモンが!!)」
領域の必中効果が消えた今、九々等が術式対象に選択出来るのはふたつ。己自身と――己が展開する領域。
「(だからこっからはアドリブだ!)」
――領域の強度:81倍!!
掌印を改めて組み、九々等は領域に対して術式を発動。己の呪力で構成された領域の結界は、九々等の拡張術式により選択できる術式対象に含まれている。
ギリギリで崩壊前に停止、逆に宿儺の領域を押し出した九々等の領域。
「(いける! 10秒、いや5秒もあれば宿儺の領域を潰して必中効果を取り戻せる!)」
だがそれは、押し合いに集中できればの話。
「させるとでも?」
宿儺が距離を詰め、九々等の掌印を拳で破壊。そのまま接近戦で肘鉄、裏拳を命中させる。
「掌印を結ばせない」。意趣返しのように繰り出される、宿儺による九々等への妨害。
「ぐ――」
術式による能力強化の無い九々等と素の宿儺では、残念ながら宿儺に分がある。
掌印が解けたことで九々等の領域の強度は下がり、強度:81倍を以てしても僅かに宿儺の領域強度に勝るかどうかといった具合。だが、接近戦の趨勢はそれ以上に大きく傾いていた。
宿儺の蹴りが九々等の鳩尾に刺さる。拳が頬を打ち、口から折れた歯が飛び出、吐血する。
領域への強度:81倍を解除すれば領域が押し切られ、術式が焼き切れた状態で宿儺の領域を受けなければならない。だが解除しなければ必中効果を取り戻す前に撲殺される。
どちらを選べど、死。
「そんなものか!? 九々等八壱!」
体勢が傾いた九々等に向けて、宿儺がトドメの拳を叩き込もうとした瞬間。
バギャッ! と全てを破壊する蹴りが宿儺の体を吹き飛ばした。
「――!」
御廚子に激突し、防御した腕が千切れて舞う。首を狙ったその一撃をまともに受けていれば、間違いなく頭と胴が泣き別れていた。
疑う余地も無い81倍の攻撃。宿儺は、九々等が領域の保持を諦めたのかと考え……しかし次の瞬間、宿儺は何が起こったのかを理解する。
0.2秒は九々等八壱が勘で設定した。領域強度:81倍無しで領域を押し合っても、宿儺に己の領域を押し潰されない限界の時間。
0.2秒経過……術式対象を脚力:81倍から領域強度:81倍に
「クハッ、本当に飽きさせん奴だ!」
宿儺が傷を再生させ九々等に迫る。だが九々等はまだ術式対象を切り替えられない。
宿儺に押された領域を安定させるには領域強度:81倍でも0.5秒必要だった。当然その隙を突かれ、宿儺の拳に横腹を痛打される。
「ぐ、まだまだァ!」
0.5秒経過、術式対象を領域強度:81倍から攻撃力:81倍に!
頭を狙った拳は宿儺の頬に掠り、その耳と頬の肉を吹き飛ばす。
「そら、頑張れ頑張れ!」
「(うるせーな! こっちは今にも脳の血管ブチ切れそうなんだよ!!)」
宿儺と接近戦を行いながら、術式対象を0.1秒単位で切り替え、潰されかけた領域をギリギリで保たせる。どれかひとつでミスを侵せば即、
0.2秒経過……術式対象を領域強度:81倍に……!
宿儺が九々等の蹴りを止め、足を掴んだまま逃げられない的に拳を連打。それを九々等は両腕でガードしつつ時間を稼ぐ。
0.5秒経過、腕力:81倍!
宿儺の拳に自身の拳を合わせ、骨ごと砕いて破壊。そのまま頭をぶん殴るが、宿儺は咄嗟に九々等の腹を蹴り反動で後退、顔右側の皮膚が消し飛び片目が潰れる程度でダメージを抑える。
「(ッ、0.2秒経過……!)」
宿儺が傷を再生させながら前進。0.5秒をいなそうと防御の構えに入った九々等のガードを崩し顔面に一撃を入れる。
0.2秒と0.5秒。その差がそのまま両者の力量、戦いの趨勢を物語っていた。
それは「領域の勝負」を選んだ九々等の悪手故でもあった、と宿儺は思考する。
「(オマエは俺の領域を恐れ過ぎた。領域展開を選ばず、領域内で斬撃を耐えながら無理矢理俺を仕留めに来ていたなら……いや、違うな。全く。つくづく、人間。小僧から俺の領域の効果範囲を聞いていたな?)」
宿儺がそう思案し追撃を加えようとした瞬間――九々等の姿が視界から消える。
まだ術式切替から0.2秒しか経っていない。領域を捨てたのか? という宿儺の疑問は、頭上から降る九々等の姿を見て氷解した。
九々等の踵落としが宿儺のガードを吹き飛ばし、その肩を粉砕骨折させる。
九々等は掌印を組んでいた。掌印を組んで領域の押し合う力を強めながら、空いた足だけを使って接近戦をする決意をしたのだ。これにより両手は塞がるが、領域維持に必要な0.5秒は0.2秒にまで短縮された。
「ケヒッ、曲芸を!」
「元サッカー部なんでな!!」
領域の完成度、単純な呪力強化と体術の熟練度。呪術全盛平安の世にて無双を誇った、呪術戦を極めし呪いの王・両面宿儺。
そんな相手との絶対に埋まらない技術と経験の差を、天性のセンスと枠に囚われない自由な発想力で補う天才・九々等八壱。
互角となったその戦いの結末を決めるのは、呪力。
極ノ番の覚醒直後の乱用、初めての領域展開、0.1秒単位の術式対象の連続切替という無茶で呪力を大量に消費した九々等。
戦闘前の消耗、九々等に破壊された肉体を再生するために使った数多の反転術式によって平安以来の「呪力切れ」を意識させられた宿儺。
どちらの呪力が先に底を突くのか。どちらが先に領域を保てなくなるのか。
それが勝敗に直結していると両者共に感じていた。
「(
「(
宿儺の脳を吹き飛ばし即死させようと81倍の脚力を振るう九々等。
九々等の意識を刈り取り領域の維持を不可能にしようと拳を振り下ろす宿儺。
宿儺の腕が、足が、内臓が吹き飛ぶ。それを再生させる反転術式に必要な呪力量は傷の大きさに比例して多く、いつ無くなってもおかしくない。
九々等の肋骨が折れ、内臓が傷つき、腕の骨に罅が入る。反転術式を使う余裕などない今、次受けた攻撃が致命傷になる可能性は十分にある。
――これが、生涯最後。
その覚悟で放った両者の攻撃は。
互いの力量、精神の高揚と相まって。
千を超える拳の遣り取りとなって、両者の間に無数の火花を生んだ。
そして――その瞬間は、訪れた。
「……勝負あったな」
それを言ったのは――呪いの王、両面宿儺。
九々等の領域『
「はぁッ、はぁッ、はぁッ、ごぼッ……」
九々等にはもはや軽口で応戦する余裕も無い。血と汗で
領域展開後、肉体に刻まれた術式は焼き切れ一時的に使用が困難となる。九々等は術式を封じられた満身創痍の状態で、宿儺の領域を凌がねばならない。だが、それはもう――。
「折角だ。冥土の土産に教えてやろう、『本物の呪術』というものを」
宿儺は掌印を組み領域の外殻を解体、普段通りの御廚子を中心とした「閉じない領域」を展開する。
更にその効果範囲を最大射程の1/4である半径50mに限定すること、領域に付与する必中の術式を『
絶死の50m。だが術式を使えない九々等に、そこから一息に逃れる術は無い。
「遺言はあるか?」
「殺れるもんなら殺ってみな、王サマ」
残った全霊で中指を立てた九々等に、宿儺は笑い――「必中」となった術式を発動。
斬、九々等の指が数本飛ぶ。
斬、九々等の右目が切り裂かれる。
斬、九々等の全身を斬撃が蹂躙する。
だが。
宿儺は気付く。
九々等八壱は、その目はまだ死んでいない、と。
九々等が身を屈めるように構え、その周囲に呪力の円を展開する。
それは平安時代、蘆屋貞綱によって考案された。呪術全盛の時代、凶悪巧者な呪詛師や呪霊から門弟を守るために編み出された技。
一門相伝、その技術を故意に門外に伝えることは縛りで禁じられている。
それは、領域から身を守るための『弱者の領域』。
「シン・陰流――『簡易領域』!!」
「(『
簡易領域は本物の領域に対して時間稼ぎにしかならない。瞬く間に削られていく九々等の簡易領域。
数秒足らずで全て剥がれ、再び斬撃が九々等を襲う。
斬、九々等の右耳が千切れて飛ぶ。
斬、九々等の首に斬撃が
「ぐ――『簡易領域』ッ!」
「くどい(だが、妙だな?)」
九々等は簡易領域で守られた数秒で反転術式を発動。首の傷を含めた致命傷のみを優先して再生させる。
それを見た宿儺は悟った。
「(奴の呪力が俺の想定よりも残っている……呪力切れで領域を解除したのではないな?)」
呪力切れで領域を解除したなら、反転術式を使う余裕など無いハズだ。そもそも2度の簡易領域発動すら怪しい。
それはつまり、
「ようやく
「違うな……
九々等八壱は狙っている。復活した『81倍』の術式を再び宿儺に見舞う瞬間を。
そう確信した宿儺が掌印を解き、その前に九々等の息の根を止めようと構えた瞬間。
巨大な瓦礫が宿儺目掛けて飛来した。
「!」
瓦礫はフェイク、本命は影から迫る超速の肉体とそれが握る刃――。
「(これを躱すのかよっ)」
「……成程」
宿儺の反撃を躱し、真希が下がる。九々等の隣にはもう1人、瓦礫を投げた
「九々等!」
「応、信じてたぜ虎杖!」
九々等が土壇場で思いついた作戦はふたつ。
1、領域戦では分が悪いため、最低限の呪力を残して領域を解除、その後術式が回復するまで『簡易領域』と反転術式で耐えられる方に賭ける。
2、宿儺の領域が事前に聞いた通りの『閉じない領域』ならば、外の状況如何によっては援軍が来る可能性がある。
ただの賭けでしかなかったが、九々等はその博打に勝ったのだ。
……完全勝利とは行かなかったが。
「宿儺様」
宿儺の背後に
「申し訳ございません。奴らの助勢を留めることが出来ず……」
「よい。これはこれで愉しみようもある。だが……興が冷めたのも事実だな」
宿儺は手で影絵を組み『
最後に九々等のみをその視界に入れて。
「天晴れだ、九々等八壱。続きは体が仕上がったその時に持ち越すぞ。次はどちらかが死ぬまで続ける故、その下らん考えを捨て全力で来い」
「は?」
九々等八壱の術式が復活する――と同時、簡易領域が崩壊、その全身を斬撃が斬り刻む。
だが。
「『次』なんかねぇよ、ここで死ね!」
九々等は血みどろのまま防御力ではなく脚力:81倍を発動、爆発するような踏み込みで跳躍し、飛び去って行く宿儺を追う。
「待てや
「来るか、
九々等八壱の蹴りが、誰にも追い付けない速度で宿儺の顔面を蹴り抜き――。
脚が。
九々等の利き足、右脚が、膝下から消滅していた。
蹴りが命中する前に、宿儺の斬撃に切断されたのだ。
「(だからどうした、蹴り殺せないんなら殴り殺せ九々等八壱!!)」
脳内で叫んだ九々等が右手で宿儺の首を掴み、攻撃力:81倍を発動、左腕でその顔を殴り殺そうと構え。
「やはり、惜しいな。また
キンッ、と九々等の右手首が切断。
その体が落下していく。
「(まだッ――)」
九々等が術式を発動しようとし――その体から力が抜ける。
「(クソ、もう呪力が――)」
呪力切れという限界が訪れ、九々等はただ落下していく。
伸ばした手は、遂に宿儺には届かず。
「九々等!」
地面に墜落したその体を、虎杖悠仁が受け取めた。
「(ッ、酷い怪我……それに呪力が殆ど感じられない……!)」
「虎杖……」
惨状に顔を歪めた虎杖に、九々等は息も絶え絶えに問う。
「宿儺は?」
「……逃げた。俺たちじゃもう、追い付けない」
虎杖は何を言うべきか迷っていた。
ボロボロの九々等に、これ以上頑張れとは絶対に言えない。だが彼が宿儺に命を懸けて挑んだのも、自分が宿儺討伐を頼んだせいなのだ。
何も言えなくなってしまった虎杖に、九々等は薄れゆく意識で口を開く。
「……ごめん、虎杖。オレ、負けちまった。恵くんを助けられなかった」
違うんだ、謝る必要なんてない。
虎杖がそう叫ぶ、その直前に九々等は笑った。敗北者の顔とは思えない、未だ猛る獣の顔で。
「でも、次は、勝つ。その時は手伝えよ、虎杖」
その言葉に。虎杖悠仁はただ頷いた。
そうして気を失った九々等の体を、虎杖は嗚咽を堪えながら抱きしめ続けた。
東京第1
『
「宿儺様、よろしかったのですか。奴らを生かしたままにしておいて。特にあの金髪の男は……」
「よい。二度は言わんぞ、裏梅」
「はっ。出過ぎた真似を致しました、申し訳ございません」
謝罪した裏梅は、ふと気付く。
宿儺の体……九々等に最後掴まれた頸の手形、内出血の痕が消えていない。
それだけではない。吹き飛んだ耳、変色した腹、剝がれた皮膚。そのような細かい傷を、宿儺は回復させる様子がない。
「(傷を再生させていない……まさか、それほどまでに……!?)」
宿儺の呪力は殆ど底を突いていた。生命維持に必要な最低限の傷以外に反転術式を使う余裕も無い程に。
未だ痛む傷、口の端から零れて来た血を指で拭いながら、宿儺は傍らの裏梅に命じる。
「早急に
「はっ、既に出来ております。少々ご足労いただくことになりますが……」
「相変わらず痒い所に手が届く」
じーん、と超嬉しい裏梅の内心を知ってか知らずか、そちらを振り向かず宿儺は思う。
もしも、裏梅と小僧・女が乱入してこなければ。最後まで2人だけで戦って居れば。
「(あのまま
天上天下唯我独尊。己の快・不快のみが生きる指針。そんな宿儺は新しく憶えた名前を口の中で転がす。
次の壮絶な逢瀬を夢想し、呪いの王は口の端を吊り上げた。