幕間短編はだいぶ肩の力を抜いてるのでそのつもりで読んで頂ければ幸いです。
目が覚めたら秘匿死刑されそうになってた件
「
「――はい?」
壁にびっしりと呪符が張り付けられた部屋の中。しめ縄くらい太い縄で後ろ手に縛られ、椅子に座らされていた九々等八壱は、知らない和服の男からそう告げられた。
ここは高専内部、秘匿拘束忌庫。
宿儺戦で大怪我を負った九々等は高専内に運び込まれ、
その後、簡単な取り調べを受け……九々等が「腹減った~。お、食事を持って来てくれたのかな?」と思っていたらこれである。
「死刑執行はこの後速やかに執り行われる。家族や友人に遺言があるなら今言い給え、伝えよう」
「いやいやちょっと待ってくれよ! 死刑!? オレ何やっちゃったワケ!?」
九々等が精一杯上体を前に出し問えば、和服の男は淡々と語り出す。
「……君は宿儺の器、死刑執行されたハズの
九々等八壱は呪術界のことを殆ど知らない。最初に接触した虎杖らの方針が呪術界全体の総意だと勘違いしても無理なからぬことである。
だが当然、九々等は納得がいかない。
「いやいや、宿儺はもう虎杖から恵くんに移っちゃったんだって! てか五条悟の封印解かないと呪術界どころか日本がヤバいんじゃないんか!? その『総監部』には宿儺に勝てる秘策があんの!?」
「……とにかく、これは既に決定されたことだ」
和服の男は会話を切り上げるように背を向け、部屋の出口に歩き出した。
扉から出る直前、立ち止まり死刑囚に問う。
「一応聞こう。虎杖悠仁の居場所を教え、以後総監部直属の術師になるつもりはあるか。それが君が死刑から逃れる唯一の方法だが」
「……成程、そういう感じ」
それを受けて、九々等はようやく抱くべき感情を決めたようだった。
彼は怒れる獅子の如き表情で、名も知らない和服の男に噛みつくように言った。
「『総監部』に伝えとけ。『今から死刑囚が異議申し立てに行きます』ってな」
「その必要は無い。呪力で死んだ術師は死後呪霊に転じられないからな。では、さらばだ」
扉が閉まり。
部屋の四隅の小窓が開き、呪霊の群れが現れた。
「お つ か れ ぇ ぇ」「し っ ぱ い し た ぁ ぁ」「ま た ら い ね え ぇ ん」
これが「死刑執行人」なのだろうと九々等は察する。等級にして2級くらいだろうか、それがざっと30体。
例え1級術師だろうと、椅子に縛られた状態では無抵抗に貪られることしか出来ないだろう。
そんな呪霊の群れを前に、九々等は顔を伏せて呟く。
「……こっちはさァ、虎杖たちのホームだから失礼が無いように大人しくしてたワケよ。丸一日縛られっぱで飯もなくても文句ひとつ言わずに我慢したぜ? その答えが死刑判決と腹の足しにもならない呪霊の群れなら――」
そんな彼に、呪霊たちが一斉に飛び掛かり。
「――ド派手に文句言うくらいは許されるよなァ!!」
ズガァンッッッ!!! と内部で爆発音に似た音が響き、忌庫の扉が吹き飛んだ。
そのまま扉は忌庫が設置されていた建物の壁を破壊し、ガランと大きな音を立てて地面に転がる。
建物の壁に新しく出来た穴から、粉塵と共に現れたのは――尾のような長髪を揺らしながら太陽の光に目を細める、九々等八壱。
ザフッ、と呪霊の30体分の消滅反応を感じながら、彼は腕にくっついたままの縄の残骸を千切り取り周囲を見回す。
「……あれが良いかな、派手で」
彼が目を付けたのは、五重塔に似た建物とその近くにあるこれまた和風の建物。
九々等は跳躍力:9倍で五重塔の天辺に着地。そのまま聴力:81倍で内部・周囲に人が居ないことを確認すると。
「腕力:81倍――せー、のっ!!」
一撃粉砕。
五重塔の頂点に隕石の如き拳が落とされ、衝撃が地面まで貫いて建物を全壊させた。周囲の石畳にすら衝撃が伝播し亀裂が入る。
崩れていく五重塔から飛び移り、近くの建物の屋根に着地した九々等はすぅと息を吸う。
――九々等八壱の行動原理は実にシンプル。やりたいからやる、やりたくないからやらない。勝ちたいから頑張るし、どうでもいいものは気にしない。そして気に入らない相手が居れば、とりあえず一発ブン殴ってそれから考える。
治安の良い街で生活していたからこそあまり問題にならなかった直情的な性格が、呪術の世界に足を踏み入れたことでこれでもかというくらい顕在化していた。
彼は声量:81倍を使用、高専内の何処に居るかも分からない相手に向かって叫ぶ。
「『総監部』の皆さーん! オレは死刑囚の九々等八壱でーす! 判決に納得がいってないのでお話がしたいでーす! なのであなたたちが出て来るまでこの辺一帯を破壊し続けまーす!!」
ずがん、と再び拳を降らし、足元の建物を一撃粉砕。
もはや大怪獣みたいなことをやり出した九々等が次の建物に飛び移り一撃粉砕し、次の建物に飛び移り一撃粉砕し、という工程を5度ほど繰り返したとき、状況は動いた。
「ストーップ、『死刑囚のククラヤイチ』さん、止まってくださーいっス!」
「!」
耳に飛び込んで来た女性の声に九々等は振り下ろそうとしていた拳を止める。
そのまま建物の下に居た、黒いスーツを着た女性の元に一息で着地。
九々等は、明らかに怯えを隠した金髪の女性に問いかける。
「えーと、『総監部』の方?」
「い、いえ、ただの補助監督っス。でも総監部までの案内なら出来るので、破壊行為を止めて欲しいっス」
「あ、オッケー」
「(意外とアッサリ!)」
監督役の彼女は少し九々等の態度に驚いた。
高専は先の渋谷事変とその対応に追われ、慢性的に人手不足。駐留している術師も少なく、九々等のようなテロリスト(※やってることだけ見ると言い訳できない)に対応する戦力など残っていない。
故にたまたま近くに居た彼女は、これ以上の被害を食い止めるため震える体に鞭打って九々等を止めようとしたのだが……。
「えーと、お姉さん――」
「
「明さん、案内よろしくお願いします! オレ、流石にまだ死にたくなくて」
「は、はぁ……」
屈託なく笑う九々等の印象を、新田明は掴み兼ねていた。
彼女とて老害ばかりの呪術総監部に思う所はある。しかし目の前の破壊工作員に好感を抱くのもどうなのか。
そんなことを考えながら、彼女は九々等をそこに案内した。
柱に備え付けられた蝋燭が延々と続く薄暗い廊下。
その先を指さしながら、新田明は言う。
「この先が総監部っス」
「ありがとう明さん、また会ったらジュースか何か奢るからー!」
奥に走り去っていく九々等の背を見ながら、彼女は内心で頭を抱える。
「(これ大丈夫っスよね? 思ったより悪い人じゃなさそうだし……てかこうしないと高専内がシムシティみたいに破壊されてたし、流石に叛逆行為にはならないっスよね……?)」
そんな彼女を置いて、九々等は総監部に突入。
そこは床から立つ襖に囲まれた暗い部屋。
その襖の円の真ん中に立ち、九々等は叫ぶ。
「やい総監部の皆様方! オレの死刑を撤回しないとこの辺一帯を更地にするぞ!」
すると襖の奥から老人の声が返ってくる。酷くしわがれた、妖怪じみた不気味な声だ。
「ヒッヒッ、それ自体が充分死刑級の罪だと気付いているか? 九々等八壱」
総監部、つまり呪術界の権力者の頂点の一角である老人にそう言われ、うぐ、と言葉に詰まった九々等は諦めた。
「……うーん、じゃあもう良いや許されなくて! その代わりアンタら全員1発ずつ殴って逃げる!」
そう言い放ち、九々等が襖の方へ足を踏み出した時だった。
「出来るとでも?」
老人の声と共に、襖の間から5人の若い呪術師が現れた。
信を置く護衛の到着に、総監部の老人たちは襖の奥で笑う。
「総監部直属護衛隊。1級術師も含む精鋭じゃ。少々予定は狂ったが、貴様の死刑は今この場で行われる」
総監部直属護衛隊、と呼ばれた彼等は、呪力を纏って油断なく九々等を睨む。
そんな術師たちに囲まれて……九々等は溜息を吐いた。
「……はぁ」
「? どうした、戦力差を目の当たりにし、諦めて首を差し出す気になったか?」
彼は無造作に頭を掻きながら、言う。
「いやー、落差が酷いと思ってさ」
九々等八壱。彼は呪術に覚醒してからこの2週間、押しも押されぬ強敵たちと戦って来た。
領域の使い手にして天才弁護士、
爆弾の破壊力と反転術式による持久力を有する
老獪で戦上手、応用力の高い術式を持つレジィ・スター。
そして、呪いの王、歴代最強の術師
九々等が相対した海千山千の猛者たち。それと比べれば、今自分を囲む術師は赤子のようなものだった。天井に隠れたもう1人の伏兵すら、呪力感知力を9倍するまでもなく気付いていた。
「アンタらじゃ100人揃っても宿儺に勝てないよ。今降参するなら怪我しなくて済むけど、どーする?」
「ぬかせ!」
彼の言葉を挑発と捉えた護衛隊のリーダー、九々等に死刑を報告した和服の男が叫ぶと同時、彼等は一斉に九々等に飛び掛かり――。
『乙骨さん、丁度いい所に! 総監部にテロリストを案内してしまったかも知れないんス! 様子を見てきてくださいっス!』
たまたま出会った監督役の女性にそう懇願された彼は、総監部への廊下を走っていた。
「(総監部がどうなろうがどうでも良いけど……新田さんが罰せられるのは可哀想だ)」
そんな彼が、総監部で見たものは。
「馬鹿な、護衛隊が一瞬で全滅だと……」
「わ、悪かった。頼む、話を……」
「話をさせてくれなかったのはアンタらだろーが! とりあえず老若男女平等パンチさせろ!」
倒れた護衛隊の術師たちと、命乞いをする総監部の面々、そしてその内のひとりの首根っこを掴んで拳を振り上げている長髪の青年。
「(あれか。とりあえず鎮圧して話を聞こう)」
乙骨は刀を抜き、九々等の首に突き付けることで動きを止めようとして。
「――!」
獅子の瞳が、此方を振り向く。
ギャリン! と刀と手のひらが鍔迫り合った。
「(! 手のひらで刀を受け止めた?)」
「(肉体の硬度:81倍――9倍じゃ斬られてたなッ)」
一瞬で互いの力量を理解する。
先に動いたのは乙骨。
「(場所が悪いな――)リカちゃん」
この場で戦った場合に発生するだろう周囲の被害を考え、乙骨は『リカ』に頼んで九々等の体を掴んで真上に投げて貰う。
「うおお!?」
宙を舞う九々等の体が天井に激突し――『リカ』が追撃。天井が壊れ、彼の体が太陽の元に出る。
「(式神! 凄いパワーだな!)」
硬度:81倍を使用したままだった九々等は、無傷。空いた穴から追って来る乙骨と『リカ』を油断なく待ち構える。
「(外には出せたけど、やっぱり無傷だな。防御の術式かな?)」
「でも式神相手なら、手加減要らなくて丁度良いや」
再び『リカ』が動き、指を広げて九々等に襲い掛かり――その腕が片手で受け止められる。剛力の『リカ』の腕を容易く受け止め、そのまま握り潰して離さない程の握力。
「腕力:81倍、
瞬間、乙骨の背筋に戦慄が走る。
脳裏によぎったのは1秒後のビジョン。リカの上半身が九々等の一撃により消し飛ぶ光景。
「リカ!」
咄嗟に言葉ひとつで『リカ』を完全顕現状態に移行させ、
乙骨の口元に現れたのは、蛇の目と牙の紋様。そこから呪力の込められた言葉が放たれる。
「――『動くな』」
ガキッ、と九々等の動きが一瞬硬直。その隙に『リカ』は九々等から距離を取る。
1秒後、轟! と空気を巻き込み周囲の瓦礫を風圧で吹き飛ばすほどの九々等の拳が空を切った。
自由を取り戻した九々等は自身の手をぐーぱーと動かしながら不思議な表情。
「(術式……だよな。よく見れば式神も呪霊っぽいし……『命令』の術式で、それを使って呪霊を操ってるってとこか?)」
そんな九々等相手にどう出るべきか少し迷う乙骨は……喉に僅かな違和感を覚えた。ケホ、と軽い咳が出る。
「(『動くな』だけで喉に乾きが……やっぱり凄く強いな、この人)」
乙骨は目の前の男の強さを再認識する。
「(恐らく仙台
と、身を低くして刀を構えた乙骨に……九々等は急に気の抜けた声を出した。
「あー、もしかしてその呪霊? 式神? って壊したら復活しない系?」
「……それが何か?」
「いやー、だとしたら仕舞って欲しいんだけど。宿儺戦に向けて戦力は沢山欲しいしさ」
あんたならそれでも全然勝負になるでしょ、と続ける九々等。
そんな彼に、乙骨は昨日虎杖に聞いた話を思い出した。
『あと、九々等って奴に助けてもらった。金髪の、俺の2個上で……宿儺と戦えるくらい速くて強い男。ちょっと五条先生みたいだけど……良い奴だよ』
乙骨の中で情報が繋がる。
「……もしかして、九々等八壱さんですか?」
「そーだけど。あ、オレの死刑って広まってんのか? それで殺しに来た系?」
その答えに、乙骨はふぅと息を吐いて刀を鞘に納めた。
「いいえ。その逆、味方です。僕も虎杖くん派、五条先生を復活させたい側ですから」
「へえー、てことは乙骨センパイ?」
「はい。虎杖くんから僕の事聞きました?」
「うん、めっちゃ強い先輩だって。見るからにめっちゃ強そうだし、そうかなーって」
と、ここで九々等の腹がぐぅと鳴った。どうやら目の前の男が味方で安心したのは乙骨だけではないらしい。
九々等が恥ずかしそうに頬を掻きながら言う。
「……あー、昨日から何も食ってなくて。乙骨センパイ、どっか飯食える場所知らない? あ、ここって日本円使えるよね?」
ああでも財布は捕まった時にカバンごと取られたから探すとこからだな……と嘆く九々等に、呪術界に身を置いても生来の優しさを失わなかった男・乙骨は提案する。
「なら、(色々話もしたいし……)ウチ、来ます? 頼めばご飯くらい出してくれると思いますよ」
「お、マジ!? 行く行く! あ、でもちょっと待ってくれない?」
乙骨が「?」マークを頭の上に浮かべる前で、九々等は屋根に開いた穴を指さしながら言う。
「総監部の連中、1発ずつ殴っていかないとだから」
それは髪型も相まって、どこか
猪肉を主菜に白米を掻っ込み、味噌汁で流し込む。からん、と空になった器を置き、九々等八壱はぷはぁと幸せな息を上に吐いた。
「生き返ったぁ。めっちゃ美味いなぁここの飯。高級料亭? って思ったぜ」
「それは良かった」
乙骨が九々等を連れて来たのは高専の学生寮と併設された寺にも似た施設。ここでは寮母さんと複数の従業員が勤務しており、事前に頼めば食事を出したりと学生の呪術師活動をサポートしてくれている。
今回乙骨は、彼女たちに少し無理を言って九々等のための食事を用意して貰った。尤も彼女らは「あの乙骨くんが頼ってくれた」と寧ろ嬉しそうだったのだが。
そんな経緯で腹を満たせた九々等に、乙骨は畳の上で頭を下げる。
「改めて、九々等さん。虎杖くんたちの力になってくれてありがとうございました」
急な感謝に、九々等は少し狼狽えつつも言葉を返す。
「えーと、どういたしまして? でもオレは虎杖たちが立派だったから協力しただけだし、結局恵くんの奪還も失敗しちまったし……」
「そんなこと関係ないですよ。僕は僕の仲間を助けてくれた人が居たことが嬉しい。それに、宿儺は今まで誰も倒せたことがない怪物ですから」
「うーん……なら良いか。オレも改めて、どういたしまして!」
乙骨の素直な感謝に、ピースサインと笑顔で返す九々等。
戦闘時の空気はどこへやら、両者の間を流れる空気はすっかり和やかなものになっていた。
しばらく談笑したのち、乙骨は楽しい空気を少し名残惜しく感じながらも、大事なことだからと真面目な顔になって切り出した。
「それで、九々等さんは宿儺と戦ったんですよね。宿儺について訊いていいですか? 奴の術式とか、強さとかを」
「全然良いけど……あ、代わりにひとつ質問いい?」
「? はい」
なんだろう、と乙骨が寮母さんが気を利かせて持って来てくれたお茶をズズと啜りながら言葉を待っていると、その爆弾は降ってきた。
「真希さんのこと、好き?」
「ぶッ!? ごほッ、急になんの話ですか!?」
お茶を吹き出し動揺する乙骨の様子を見て……九々等はにやりと笑う。
「……成程。何もないってことはなさそうだねぇ」
「いや、真希さんは大切な仲間で……てか本当になんで!?」
「あ、あともう一個。その薬指の指輪、式神呪霊の媒介みたいだけど……『リカちゃん』って呼んでたよね、もしかして式神と結婚でもしてるの?」
「え!? いや、それはその……てか今は僕の事なんかより宿儺の事をですね!」
「ねえねえ聞かせてよぉ乙骨くぅん。オレ気になって宿儺の情報思い出せないなぁ~」
「(ああもう、虎杖くんが『ちょっと五条先生みたいだけど』って言った理由が分かったよ……!)」
本当に似ている。奔放で無法な所とか、真面目な話題をそれと分かったうえでぶった切る所とか、他人の色恋沙汰が大好きな所とか。
ウザ絡みしすぎてリカちゃんに殴られた九々等が頭を押さえるのを見て、遂に毒気を抜かれ切った乙骨は何も考えずに笑うのだった。