9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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【高専if√】呪術高専1年ズvs九々等八壱・後編

■if■

 

 

 

「さて。今からオレは抑えてた術式をフルで使っていく。今の9倍頑張って、なんとかついてきてくれよ?」

 

 言うや否や、九々等八壱は地を蹴った。

 

 術式順転『積』全解放、移動速度:9倍×脚力:9倍――。

 

 瞬間。虎杖の腹に、九々等の蹴りが炸裂した。間合いを無視した超速の一撃に、伏黒・釘崎が反応できたのは体をくの字に折り曲げた虎杖が数メートルも吹き飛んでからだった。

 

「!? 『玉犬』ッ――」

 

 伏黒が影絵を作り……それを媒介として式神が呼び出される前に、九々等の手刀が影絵を組んだ手を叩き墜とす。媒介が消滅し、出現中だった玉犬がぱしゃと影に戻る。

 

「(影絵を――)」

 

 術式対象切替、式神の強度:9倍×式神のパワー:9倍

 

 九々等が髪を一本千切り新たな鏐蛇(ナーガ)を生成。黄金の蛇は伏黒の親指を半ば飲み込むように噛みつき影絵を作る手を封じ、そのまま腕ごと胴に巻き付いて拘束する。

 

「そら!」

 

 そのまま伏黒を蹴り飛ばす九々等。腕を封じられた伏黒は為す術もなく地面を転がるが、すぐに戦線復帰するため藻掻き……。

 

「(ぐ、この式神、なんてパワーだ……! クソ、外れない! それどころかまともに動く事すら……!)」

 

 ギリギリと骨を軋ませる程の蛇の締め付けに苦悶の声を漏らす伏黒。彼はもはや無力化されたといっても過言では無かった。

 

 凄まじい蹴りによって前衛を、強化された蛇の式神によって中衛を瞬く間に失った後衛の釘崎に、九々等は涼しい顔で笑いかける。

 

「これで1対1だね。1人で近接戦闘(じゃくてん)克服出来るかな?」

「~~ッ、舐めんな!」

 

 釘を取り出し金槌を振る釘崎。九々等はその手首をぱしと抑え、そのまま綺麗に足払いで相手の体勢を崩し。

 

「女の子殴るのもアレなので――投げよっと!」

 

 ぐん、とそのまま掴んだ手首を全力で引き、背負い投げで地面に叩きつけた。かは、と背中を強く打った釘崎の口から悲鳴になれない息が飛び出る。

 大の字で痛みに呻く釘崎を見下ろしながら、九々等はうーんと首を捻る。

 

「さて、どうやって動きを封じるか。バフ無しの鏐蛇(ナーガ)じゃ流石に縛りきれないだろうし……」

 

 瞬間、彼は呪術的な「つながり」から、出していた式神が壊されたことを察知する。

 

「! (式神が壊された!? 恵にまだそんなパワーが――)」

 

 振り向いた彼が見たのは、目の前で拳を構えた虎杖の姿。

 

「わお、頑丈だな虎杖くん!」

「おらァっ!!」

 

 鬼神の拳を防御力:9倍×両腕でガードする九々等。だがその体は僅かに後退する。

 

「(防御力:9倍でもびりびり来る、只の拳の威力がヤバいね!)」

「まだ――ッ」

 

 追撃せんとした虎杖は、しかしズキンと腹を貫く痛みで一瞬動きが止まる。

 虎杖の腹に刺さった脚力:9倍の一撃は、彼が身構えられていなかったのも相まって、内臓を痛めるほどのダメージとなっていた。九々等が多少手加減していなければ内臓破裂か骨折は避けられなかっただろう。さしもの虎杖悠仁も生命の危機を感じる痛みに追撃の手が緩む。

 

 その隙に、九々等は『簡易領域』を発動。虎杖の追撃を牽制しながら伏黒が居た方へ視線を向ける。

 

「(式神を壊したのは虎杖くんだな、てことは)」

 

 伏黒が復活しているハズ。

 その予想通り、式神による拘束から解放された膝立ちの伏黒が影絵を作っていた。同時、九々等の頭上に影が差す。

 

『鵺』!!」

 

 バリ、と空気を焼く雷撃の音がする。

 防御不能の雷の翼撃。当たる、と伏黒が確信した時。

 

 ――式神のパワー:9倍

 

 蛇が。

 黄金の蛇が、『鵺』の翼に嚙みついてそのまま地面に叩き落とした。

 

 伏黒は目を剥く。何故なら。

 

「!? (千切れた髪の毛じゃなく、束ねた髪の毛自体が式神に――!?)」

「――鏐牙羅蛇(ナーガラージャ)

 

 九々等の後ろで括った髪、それが半ばから蛇の式神に変化していた。例えるならそれは、猿面虎胴の方の『鵺』が持つ蛇の尻尾。放つ呪力は通常の鏐蛇(ナーガ)の比ではない。

 鏐牙羅蛇(ナーガラージャ)。使用中は通常の鏐蛇(ナーガ)を使用できず、頭から離れられないという「縛り」によって超強化された九々等の式神。そのパワーは本体である九々等と同等にまで達する。

 

 バリバリ、と雷を髪の半分までしか通さない鏐牙羅蛇(ナーガラージャ)を操って『鵺』を地面に押さえつけながら、九々等は虎杖・伏黒を見ながら笑う。

 

「これで2()()2()だ。遠慮せずかかって来な!」

 

 ここで、痛みを気力でねじ伏せた虎杖が復帰。

 

「言われなくても!」

 

 そのまま『鵺』を押さえつけるため足が止まった九々等に連撃を叩き込む。

 腹、顔面、胸、肩、首。その全てが()()()()()の九々等に命中。

 だが。

 

「(なんだッ、拳が弾かれる……!?)」

 

 虎杖の拳は、斬撃にも似た特性を持つ呪力に迎え撃たれることによってその威力を大きく殺されていた。両手を前に出し中段に構えた、簡易領域とはまた違った構えを取った九々等が使ったのは。

 

防御力:9倍×『落花の情・意無(いなし)

 

 『落花の情・意無』は九々等がオリジナルの『落花の情』から派生させた独自改良技。斬撃さえ行えるほど鋭い勢いで攻撃が命中した瞬間に呪力を放出、カウンターで相手の攻撃の威力を殺し、ときに弾き、ときに受け流す。

 

 ブシュ、と攻撃しているハズの虎杖の拳から血が噴き出る。皮が切られただけの傷だが、「一方的に攻撃しているハズなのにダメージを負う」という謎の現象に虎杖の思考が一瞬混乱する。

 

「からの、」

 

 その隙を突き、

 

攻撃力:9倍パンチ!!」

 

 九々等の拳が虎杖を捉えた。咄嗟に防御しつつも防ぎきれず、大きく吹き飛ばされる虎杖。そんな彼に追撃を選ばない九々等は、殴られた場所を軽く押さえて言う。

 

防御力:9倍×『落花の情・意無(いなし)ですら威力を殺しきれないとは。ガチでヤバい攻撃力してんね虎杖くん」

 

 だがそのダメージは微小。それを確認し、まずは足元の『鵺』を破壊しようと式神を操作しようとして。

 

 瞬間、九々等を襲う2種の攻撃。

 飛来した複数の五寸釘と、迫り来る『玉犬』

 それを圧縮された時間の中で捉えた九々等は。

 

防御力:9倍(から)速度:9倍

 

 一瞬で術式対象を切替(スイッチ)し。

 

速度:9倍×シン・陰流『簡易領域』、我流無刀取(むとうどり)

 

 ひゅばッ!! と音すら出そうな速度で、飛来した五寸釘3本を右手人差し指と中指の間に挟んでキャッチ。

 

「からの『抜刀』!」

 

 そのまま釘を掴んだままの手でカウンター発動、『玉犬』の鼻面を強烈に痛打しながら、そこに掴んでいた五寸釘3本を「お返し」する。

 

「な――」

 

 『玉犬』の鼻面に釘が突き刺されたことで、主である伏黒、『簪』を構えていた釘崎は一瞬硬直する。

 そんな隙を、一瞬で2種の攻撃を捌いた九々等は見逃さない。速度:9倍のまま復活した伏黒・釘崎を強襲。

 

 まずは伏黒の元へ。

 

「クソッ!」

 

 伏黒が両刃剣の呪具を振り回して九々等を迎え撃とうとするも、九々等は上体を逸らして難なく回避。

 そのまま拳と蹴りで攻め立て、たった数手で九々等の拳が伏黒の顔面を捉える。

 

「ぐ――ッ」

 

 伏黒の近接戦闘力は、式神無しでは虎杖よりも数段劣る。新たに式神を呼び出せないほどの猛攻に、伏黒の意識が明滅する。既に『鵺』は限界、『玉犬』はまだ動けるが、刺された釘を抜くために影に戻してしまったのでこの状況を打破するのには使えない。

 そんな彼を救うべく、釘崎は立ち上がる。

 

「私に背中向けて良いのかよ!」

 

 金槌で五寸釘の矢を九々等の背に向けて放ち……その全てを、ひとりでに動く髪の毛に叩き落とされた。

 

「はぁ!?」

「どうやら問題ないみたいだね?」

 

 九々等は鏐牙羅蛇(ナーガラージャ)を解除していない。そして鏐牙羅蛇(ナーガラージャ)は、基本的には主の死角からの攻撃を自動で迎え撃つようプログラムされている。

 

「よくやった、そのまま恵に嚙み付け鏐牙羅蛇(ナーガラージャ)!」

 

 主の命に応え、金の蛇は伏黒の肩に深く嚙みつく。拳と足に注意していても、その第五の手足たる攻撃は防御が困難である。

 そのまま九々等は、深く地面を踏みしめながら術式を発動。

 

「式神のパワー:9倍のまま、オレの質量:9倍! ほら、野薔薇ちゃんに恵をプレゼントだ!」

 

 鏐牙羅蛇(ナーガラージャ)はそのまま伏黒を持ち上げ、釘崎に向けて全力で投擲した。避ける訳にもいかない釘崎と伏黒の体が衝突、2人は重なって吹き飛ばされる。

 自慢げに首を揺らす鏐牙羅蛇(ナーガラージャ)を「よくやった」と撫でる九々等。

 

 それに対し、虎杖、伏黒、釘崎はなんとか立ち上がりつつも、焦燥に表情を歪めていた。

 

「(この人、『死角』がまるでない!)」

「(分かり易い近接タイプなのに、速すぎてまともに距離を取れない……式神や多彩な技で数の利も潰される……!)」

「(クソ、悔しいけど言うだけあるわ。突くべき弱点が無い訳じゃないけど、そこを狙う隙を与えないことで克服してるってワケ……!)」

 

 九々等の強みは近接戦闘の強さ。術式によって強化された身体能力に、相手の反撃を封殺する多種多様なカウンター技。逆に弱点である遠距離攻撃手段の乏しさは、式神による牽制・防御と術式で強化した移動速度で補って余りある。

 

 これが、1級術師。

 突き付けられた彼我の実力差に、不用意に動けなくなった3人を前に、九々等は。

 

「そろそろ良いか。オレの術式は冪乗呪法(べきじょうじゅほう)。腕力や防御力など、オレが持つ要素を『9倍』に出来る。同時に9倍出来るのは2つまでで、拡張術式の一環として式神の持つ要素も9倍に出来る。大きさとかパワーとかね」

「(術式の開示……!)」

 

 更に一段階、九々等が放つ呪力の圧が増す。

 今までですら苦戦していたのに、更に呪力出力を増した九々等が3人に迫る。

 

 そんな九々等が1年3人を死なない程度に叩きのめすのを、目隠しの下から視ていた五条は内心で呟く。

 

「(……八壱は1級の中でも上澄み、状況によっては七海を凌ぐレベルの術師だ。その強みは『術式』『式神』『結界術』に『呪力操作』と隙無く積み上げられた戦闘技術。いけると思ったんだけど、3人にはまだ早かったかな……?)」

 

 呪術界に4人しか居ない『特級』の術師。その高専資格条件はただひとつ、「単独での国家転覆が可能であること」。逆に言えば、どれだけ強かろうとも等級が1級で止まってしまう術師は居る。1級というのはある意味で、最も内包する術師の実力の幅が広い等級なのだ。

 

 五条がそんなことを考える間に、模擬戦は決着が付きかけていた。

 

 地に臥す虎杖、伏黒、釘崎の3人。

 そんな3人を見下ろしながら、未だほぼ無傷の九々等は眉尻を下げながら困ったように言う。

 

「う~ん……残念だけど、今のままじゃ合格点を上げれないんだよな。せめて一撃、文句なしの一発をオレに入れて欲しいんだが……」

 

 そのぼやきを聴きつつも、蓄積されたダメージと疲労によってすぐには立ち上がれない虎杖、伏黒、釘崎を見て、九々等は。

 

「ま、いっか! 1級になる機会はいつか来るでしょ。まだ1年だしね……という訳でこのまま勝っちゃおっと!」

 

 そんな彼に、呪力の籠った五寸釘が飛来した。単調なその攻撃は簡単に弾かれるが、九々等は嬉しそうに笑う。

 

「良いね。まだ諦めて無い訳だ」

 

 3人の中で一番立ち上がるのが早かったのは釘崎。九々等は男は容赦なく殴るが、なんにも悪い事していない年下女子を殴れるほど鬼畜ではないため、必然的に釘崎の受けたダメージが3人の中では一番小さい。それでも足が震える程にはボロボロだったが。

 そんな彼女は、近くの2人を呼び寄せる。

 

「……虎杖、伏黒。耳貸しなさい」

 

 そうして彼女はその作戦を語った。

 

「!」

「いや、だが……」

 

 目を見開く虎杖、少し躊躇う伏黒に、釘崎は金槌を握りしめながら言う。

 

「アンタらだって、このまま舐められっぱなしで終わりたくないでしょ。私は絶対、あの金髪ロン毛に吠え面かかせてやりたいのよ……!!」

 

 その言葉に、2人は奮起したようだった。

 

「俺だっておんなじ気持ちだぜ。腹立つんだよなあの余裕顔!」

「……分かった。でも、失敗しても文句言うなよ」

 

 立ち上がる虎杖、伏黒。

 その様を見て思わず笑顔になりながらも、九々等はその笑顔を容赦のない試験官の顔ですぐに打ち消す。

 

「相談終わり? ならこっちから――」

 

 その言葉が終わるのを待たず、伏黒は掌印を組んで呪力を解放した。

 

 それは、呪術戦における奥義。死闘を経て習得した、伏黒恵の才能の結晶。

 

領域展開

「マジ!?」

 

 嵌合暗翳庭(かんごうあんえいてい)

 

 驚愕する九々等の足元を、否、訓練場全体を、伏黒の足元から溢れた「影」が覆っていく。

 

「領域で援護する。虎杖、釘崎、前に――」

 

 そこで伏黒の言葉は止まった。何故なら――九々等もまた、掌印を構えて呪力を解放したからだ。

 

()()()()

「「「!!!」」」

 

 ()()(だい)(ほう)(れん)

 

 黄金の蓮華が咲き誇り、世界の色を塗り替える。

 

「1年で領域展開が出来るとは、流石にビビったぜ。でも、それは決まれば勝ちのハメ技じゃない。対処法に対処できてこそ一流だぜ?」

 

 虎杖、釘崎、そして領域展開中の伏黒を巻き込んだ黄金の領域を展開した九々等は、伏黒を賞賛しつつも勝ちは譲らないと叫ぶ。

 

「さあ、領域勝負といこうか! どっちが必中効果をゲットできるか――」

 

 そう叫ぶ九々等の足元から小型の『鵺』が飛び出し、彼の背中を電撃を纏った突進で叩いた。

 電撃が九々等の全身を駆け巡り、衝撃が一瞬動きを止める。

 

「な――(なんで必中(あた)る!!?)」

 

 九々等の驚愕は計り知れない。だがその疑問はすぐに氷解した。電撃で硬直し上を向いてしまった体、その領域の「天井」を視界に入れた九々等は察する。

 

「(恵の領域は未完成! 外殻も必中効果も無い、ただ術式を拡張するためだけの領域か!)」

 

 ドーム状の領域の天井は金色一色、影の色など何処にも無い。だが足場は影が溢れている。つまりこれは「閉じ込める領域」ではなく、ただ生得領域を水に似た影の形で押し出しているだけの未完成の領域。

 

「(ああ、俺の領域は確かに未完成。成功するかどうかも五分だった)」

 

 伏黒は結界術が苦手だ。特に現実空間にスケールの違う疑似空間を重ねる感覚が掴めないでいる。故に彼は、領域の外殻を設定せず領域を展開した。

 通常なら、外殻を持たない生得領域は数秒で瓦解する。それは殻のない卵を産むような行為だからだ。以前の領域展開も呪霊の生得領域内だからこそ偶然成功しただけだ。だから今回の伏黒の行動は自滅でしかなかった……九々等が領域を展開するまでは。

 

 九々等の領域が現実と空間を隔てたことで、それに助けられる形で伏黒の領域は安定。押し合いをしつつも影から式神を次々に繰り出し九々等を攻撃する。

 

「く、『落花の情・意無』!!」

「(だが、それでいいんだ。俺の役割は『隙を作ること』なんだから)」

 

 たまらず九々等は防御に専念する……その瞬間を、()()は見逃さなかった。

 

「(先輩。アンタに余裕があったなら、絶対に『コレ』は見逃さなかったでしょうね。でも今――) ようやく隙らしい隙見せやがったわね!」

 

 彼女は制服の内ポケットから「藁人形」を取り出すと、そこに金色の長い糸を差し込む。それは、己を掴んで振り回しやがった蛇の式神鏐蛇(ナーガ)が虎杖によって破壊されたときに遺したもの。それを隠し持っていた彼女――釘崎野薔薇は、藁人形に五寸釘を金槌で打ち込む。

 

先輩(アンタ)の式神は、倒したら媒介にした髪の毛に戻る。それ、私との相性最悪だから!」

 

 芻霊呪法

 

「――共鳴(ともな)り』!!」

 

 藁人形に五寸釘が全力で打ち込まれ。

 

 瞬間。九々等の内側で呪力が爆ぜた。

 

「が――!? (なんだこれ、体の内側を攻撃された!?)」

 

 芻霊呪法共鳴(ともな)り』。対象から欠損した一部に人形(ヒトガタ)を通して呪力を打ち込むことで、対象本体にダメージを与える術式。

 術式範囲の制限はゆるく、対象との実力差・欠損部位の希少価値によって効果が変わる。

 「髪の毛」は、実力差の大きい相手にダメージを与えるには少し心もとない。だが芻霊呪法は相手との「繋がり」を辿る。

 式神の媒介にされた髪の毛には薄く呪力が残っていた。それは九々等自身に僅かではあるが繋がっており、術式のダメージを高めていた。

 

 ぐら、と九々等の足元が揺らぐ。痛みが一瞬思考を吹き飛ばす。

 それこそが、伏黒・釘崎が死力を尽くした「本命」までの御膳立て。

 

「虎杖!」

「ブチかましなさい!」

「応!!」

 

 2人からバトンを受け取り、虎杖悠仁が九々等八壱に肉薄する。共鳴(ともな)り』で動きが止まった九々等からの妨害は無い。

 

「(術式の余韻が長い、体が思うように動かん、が――)」

 

 反撃不可能。そう確信した九々等は、咄嗟に鈍った動きで無理矢理にその構えを取る。

 それは腰を沈めた徒手居合の構え。

 

 シン・陰流『簡易領域』

 

「(かろうじて構えは取れた! これで『抜刀』が使える、全自動反撃はオレの動きが鈍ってようと問題なく放てる! 『抜刀』が虎杖くんの攻撃より速いのは実証済み、惜しかったね1年ズ!)」

 

 『抜刀』は、正面の敵に特化したシン・陰流最速のカウンター技。九々等はその技で、既に一度虎杖に対しての反撃を成功させている。

 九々等は簡易領域に虎杖が侵入してくる瞬間を待ち。

 

 ずるっ、と。

 九々等の足が、後ろから『蝦蟇』の舌で絡めとられ、地を滑った。

 

「な」

 

 瞬間、九々等の足元に展開されていた『簡易領域』が霧散する。

 

 ――シン・陰流『簡易領域・抜刀』は、その「縛り」により、両足が展開時の(ポイント)から離れると解除される。そのことを、虎杖たちは先の交流会にて学んでいた。

 

 土壇場で身を守るすべを失った九々等。無防備な彼に、虎杖悠仁の拳が迫る。

 

「……マジか」

 

 桁違いの膂力。淀み無い呪力操作。そして仲間との連携により隙だらけの九々等(あいて)

 全ての条件が揃い、その現象は呼び寄せられる。

 

 打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間、空間は歪み、呪力は黒く光る――。

 

 黒閃(こくせん)』!!!

 

 黒い火花を招来せし一撃が、九々等八壱に突き刺さった。

 

 

 ……崩れた領域、現実に戻って来た虎杖、伏黒、釘崎。九々等の領域が崩れ外殻を失ったことで、伏黒の領域も霧散した。

 

 そんな中、3人は……ボロボロで、立っているのもやっとな3人は、土の上に倒れたその男を見やる。1秒、2秒、緊張感のある沈黙が流れ。

 

 「お願いだから立って来るな」という願いを砕くように、九々等はぴょんと上体を起こした。そして……その片手を上げた。否、上げたのは両手だ。ただその右腕は、肘の上で関節が増えたように曲がり、ぷらぷらと揺れている。

 そんな腕を抱えながら、九々等は笑顔で口を開く。

 

「オレの負けだ。見ての通り腕がぽっきり折れちゃった」

 

 その言葉を咀嚼するのに、1年ズは少し時間がかかった。

 一拍置いて、虎杖がようやっと問いを口にする。

 

「てことは……」

「うん。文句なし、3人とも合格だ。それともこう言った方が良いかな? ――『参りました。これ以上は勘弁してください』」

 

 その言葉に。

 虎杖、伏黒、釘崎は、最後の力でハイタッチすると、そのまま地面に倒れ込んだ。立ち上がる力など残っていない。それでも、彼等は勝利を掴んだのだ。

 

 そんな彼らに、『鏐蛇(ナーガ)』を添え木代わりにして腕を固定した九々等は立ち上がると、1人1人に向けて所感を口にする。

 

「虎杖くんは素晴らしい身体能力に呪力操作。体術だけなら既に1級クラス、型にハメたときの怖さは並の術式持ちの比じゃないね。最後、ちゃんと隙を待って飛び込んだのも偉かった」

 

 おっす、と首すら動かせず笑う虎杖。

 

「恵は多様な式神と領域展開でどんな相手とも戦える。とにかく手数が多いし高威力の切り札もある、体術もある程度出来て隙が無い。必中を使わない領域展開も意外性あって超グッドだね」

 

 ……ありがとうございます、と同じくぶっ倒れたまま言う伏黒。

 

「野薔薇ちゃんは術式の使い方が実に巧い。自分の手札と状況を見極め、今何をするべきかが一番見えてる。他2人に比べたら接近戦が課題っぽいけど、その術式ならすぐ伸びるでしょ」

 

 どんなもんよ、と倒れたままでも勝気な釘崎。

 

 3者3様の反応を受け、九々等は総括。

 

「君たちは確かに弱点もある。でもそれを自分だけの強みと連携、冷静な作戦で見事に補った。五条先生の言う通り、君たちはまだまだ強くなるよ」

 

 3人を1人1人立ち上がらせながら、九々等はにやりと笑った。

 

「まだまだ1級審査は始まったばかり。中には呪術界特有の理不尽や、命の危険もあるだろう。険しい茨の道だ……それでもあえて言うぜ。

 ――上がって来な、『1級(ここ)』まで」

 

 まだまだ余裕のある九々等(はいしゃ)、その嫌味の無い笑顔に、フラフラの3人(しょうしゃ)は笑い返した。

 

「応!」

「言われるまでもないです」

「すぐ追い抜いてやっから、首洗って待っとくことね!」

 

 虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇。

 現役1級術師・九々等八壱――以上3名を、1級術師の適正アリと判断。

 

 

 

■if■

 

 

 

「お疲れ、八壱」

「五条先生」

 

 模擬戦を終え、医務室に行こうとしていた九々等は五条に声をかけられ、折れた腕を翳しながら笑う。

 

「普通に負けちまったよ。1年だと思って舐めてたけど、五条先生が言うだけあるね」

 

 見てこれ、見事に折れてるとどこか嬉しそうに言う九々等。

 そんな九々等に、五条は問う。

 

「八壱が3人の修行方針を決めるならどうする? 参考がてら聞かせてよ」

「うーん……まず虎杖くんは、式神とか呪具とかで手札を増やしたい、最高は『領域展延』の習得。恵は領域展開が不完全だからそこを完成させて、どんどん次の式神を調伏が理想。野薔薇ちゃんは体術に術式を織り交ぜたりともうちょい器用になれれば超グッド。皆すぐに1級相当になれる、今年の後輩も才能豊かでワクワクするなー! オレも負けてられないって感じ!」

 

 成程、と五条は心のメモ帳にそれらをメモした。最強の術師・五条悟。彼はその天才性ゆえ、あまり人にモノを教えるのが得意とは言い難かった。逆に地に足のついた強さの九々等が出す方針は、弱者の気持ちが分からない五条には非常に参考になる意見だった。

 

 そちらの話題がひと段落した所で。

 五条は、いつもの軽い声ではない、声量を抑えた重く真面目な声を出す。

 

「……最近、呪霊が妙に大人しい。こういうのの後には大体、とんでもない大事件が起こる。去年の百鬼夜行がそうだったように。……徒党を組んだ人型呪霊の件もある。もし何か起こった時、僕が彼らの傍に居られるとは限らない」

 

 1級推薦を受けた高専生に任務があてがえない程の呪霊被害の少なさ。それを五条は、経験と勘から「嵐の前の静けさ」でしかないと確信していた。

 そんな五条悟は、訓練場でボロボロの体を支え合いながら医務室へと歩く虎杖、伏黒、釘崎を見ながら、九々等に顔を向けないまま言う。

 

「八壱、出来るだけ1年のことを気にかけてくれ。君は『守る』ことに関しては僕より上手い。頼んだよ」

 

 頼む。それは、五条先生に「一人前」と認められていることの証左。

 我知らず口角を持ち上げながら、九々等も1年達に視線を向けたまま答える。

 

「……オレの『守り』が五条先生より上ってのはよく分からんけど、言われるまでもないね。どんな奴からもオレが虎杖くんたち後輩を守る。任せてよ、先生」

 

 そのまま教師と生徒は、同じ方向を向いたまま拳だけをこつんと合わせた。

 

 

 ――渋谷事変まであと半月。

 そのことを、闇に潜んだ者達だけが知っていた。

 

 


 

・『落花の情・意無』

 御三家秘伝の領域対策『落花の情』から派生した、カウンター防御用の呪力操作プログラム。「他者の呪力」が触れた瞬間に呪力を解き放つことで攻撃の威力を大きく削ぎ、相手の防御力が低ければ逆に斬撃系のダメージを与える。発動中は両手を前に出した構えの状態から動けず、大きく姿勢を崩すと解除される。主に相手の式神対策に使用するが、「攻撃すると逆にダメージを受けるぞ」というブラフに使うことも。

 

・『簡易領域・無刀取』

 簡易領域『抜刀』から派生した、九々等オリジナルの改造技。全自動反撃で相手の攻撃に反応し、威力に応じた正しい対応で攻撃を受け止める。基本的に『抜刀』の下位互換であまり実用性は無いが、帯刀してない状態で相手の攻撃から身を守ったり、投げナイフなどの暗器を奪ったりと一応使い道はある。

 

・『鏐牙羅蛇(ナーガラージャ)

 『鏐蛇(ナーガ)』から派生した式神。九々等のポニーテールの部分が半ばから蛇の上半身に変質することで出現する。「縛り」により九々等の頭から放れられず、発動中は他の式神を一切使えなくなる代わりに、九々等本人に匹敵するほどの攻撃力と速度、耐久力を持つ。最大可動域は根元(髪留め)から2.15m。基本的には主に向けられた攻撃を自動で迎撃するというプログラム通りに動き、複雑な指示は口頭からしか受け付けない。九々等本人は「腕が一本増えるようなもの」と語っており、大変重宝している。通常の『鏐蛇(ナーガ)』は使い捨てだが、こちらは一度破壊されると再生成するのに数週間~数ヶ月ほどかかる。また九々等の術式の術式対象でもあるが、概念的には主と区別されており、「九々等が自身を対象に使用した攻撃力:9倍」などの恩恵を受けることは出来ない。

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