その日。
オレ、
体から沸き上がる半透明の力。バトル漫画のオーラにも似たそれが、肉体にかつてない力を与えるのを感じる。
そして、更にその「奥」。生まれたときからオレが持っていた素質と、生まれて初めて目が合った。
「これ、は――」
2018年10月31日、ハロウィンの夜。
部活仲間とのパーティーから帰宅し、夜半、籠った自室の中。ベッドの上で、オレは全身から沸き上がる謎の力を体感していた。
困惑の中。1人の部屋で思い出したのは、名前も知らない袈裟の男の顔。
『こんばんは』
今から1年ほど前。家に僧が訪ねて来た。長身の色男で、額には怪我の跡なのか大きな縫い目。その姿にオレは用件を察して手を合わせる。
『あー、すんません。宗教の勧誘とかはちょっと』
すると袈裟の男はくつくつと笑い、オレの肩にぽんと手を置いた。肩に感じる、熱に似た違和感。
『……?』
『ああ、気にしないで。もう用は終わったから』
軽い口調に力だったので、特に害意があったとも思えず。
そのまま去っていく男の背を追う程の不信感は抱けなくて。そんなオレに、袈裟の男は最後にこう言い残した。
『じゃあね。いずれ混沌が世を覆ったときは、存分に力を振るうと良い』
そのときは何のことか全く分からなかった。後から家族に「額に縫い目のある僧の知り合いは居るか」と訊いても答えはNoだったし、やはり少し変わった宗教の勧誘だろうと結論付けてすぐに忘れた。
だが、今思い出した。
そして直感した。あの袈裟の男とこの「力」、何らかの関係があるのでは、と。
「……名前くらい聞いとくんだったな」
後悔を呟きつつ、オレは静かに部屋を出る。そのまま静かに廊下を歩き、玄関で靴を履いて外へ。
冷たい夜風は、しかし普段よりも体を冷やさないような気がした。肉体の強度が上がった……なんて考えつつ、周囲を見回す。
まず目に入ったのは、電柱。夜天、細い三日月を突かんばかりに屹立するコンクリートの棒の頂点を見て、オレは思った。
余りにも荒唐無稽な直感が、しかし「できるのだ」という確固たる実感として襲い掛かってくる。気付けばオレは力を蓄えるため膝を曲げ、そして己の内の「力」を起動させていた。
半信半疑。けれど僅かに勝る予感を信じ。
唱え、
「――い」
地を蹴る――。
瞬間。体は夜空を舞っていた。
「……マジかよ」
飛び乗れる、と思った電柱の天辺ですら遥か下。
街を一望できるほどの空中、雲と地が同じくらい遠い場所で俺は悟ったのだ。
己に宿った力。この「術式」は、紛れもなく本物だと――。
その後、「コガネ」と名乗る謎の式神に憑りつかれたオレは、そいつから「死滅回游」のことを知った。
曰く、オレに宿った力は「呪術」という。
曰く、死滅回游は術師どうしの殺し合いである。
曰く、オマエは死滅回游の
眉唾と笑い飛ばそうとしても、オレの体は「呪術」と共にその話をどこかで受け入れていて。
そして、その日の昼。
避難中に襲って来た呪霊を倒したことで、オレの決意は固まった。
「死滅回游、呪術を使った殺し合い……」
ああ、認めよう。確かにオレの心には恐怖があり、それを遥かに超える高揚があった。
サッカーの試合で観客の入ったドでかいコートに立った時のような。
ゴール前、ペナルティエリアでボールを持った時のような。
あるいはゲームで隠しボスを見つけたときか。とにかく、そんな高揚感。
ただ、それと同時に決意もあった。
「ハッ、ふざけやがって。殺人なんかしてたまるかよ」
オレの力は「助ける為」に使う。それだけは固く心に誓った。
初めて呪霊を倒した後。両親に相談すると、2人は何かを知っていたみたいで、1人の老人を紹介された。遠縁の親戚だというその人、「師匠」は、呪術について知っていた。そして、オレに宿った呪術についても。
「ソレは『
東京郊外、自然豊かな山中に建てられた寺の中。師匠はオレに術式の使い方や呪術についてを教えてくれた。数度手合わせをし、オレが呪術に慣れる手伝いまでしてくれた。……師匠は老人とは思えない程強かった。プロサッカー選手だって、師匠のように機敏に動いたり一息で天井に貼り付いたりは出来ないだろう。
「
というのが師匠の談だ。でもオレは自分のルーツより、師匠との手合わせに興味があった。
そして寺で1週間の修行の日々を過ごした頃、師匠はオレが死滅回游に参加してもそうそう死なないと判断したらしく。
「
「ああ、それでもだよ師匠。オレの力は『助ける為』に使う。もう決めたことなんだ」
「……呪いの世界は
師匠はオレが折ってしまった腕をさすりながら、皺だらけの顔で笑いながら言う。
「呪術に目覚めて1週間の若造に後れを取ったのは、儂の人生でもこれが最初で最後じゃろう。
「分かったよ。ありがとな、師匠」
世話になった上に骨折させた手前、忠告を無下にすることも出来ず。
オレは確かに師匠の言葉を胸に刻みながら、死滅回游の参加をするために寺を後にした。
「さて。どの結界で参加するべきかなー」
全国に出現した10の
結果オレが選んだのは、東京の第1
今の所オレが持つ死滅回游の手がかりはあの袈裟の男しか居ない。師匠も何も分からないと言っていた。これから死滅回游をどうするにしろ、袈裟の男を問い詰めて何らかの情報を手に入れたい。
「ま、いない可能性のが高いけどなー。オレが運営側の関係者だったら危険なデスゲームの現場には入らないし」
だが、オレは入るしかない。
死滅回游
術式の剥奪……それが意味するのは俺の身に宿った『
『よう、俺はコガネ!! この結界の中では死滅回游って殺し合いのゲームが開催中だ!! オマエは既に
「ああ、問題ない」
元よりオレに選択肢は無い。だから準備し、覚悟を決めて此処に来たのだ。
そして、オレは東京第1
とぷん。
黒い境界を超えた先は、眩い光に硬い地面。
「お、っとと」
普段よりも近い晴天が瞼を刺す。バランスを取りながら周囲を確認すれば、そこは。
「ビルの上? オレは道路から入ったハズじゃ――」
九々等八壱は知らない。
死滅回游の
プロペラの回る音がした。
陽光を受け、ぎらりと鈍く輝く4本1対の刃。それが
ズガ! という音が響き、横腹に激突したプロペラブレードがオレの体を吹き飛ばした。
気付けば体は屋上の外に。何もない空中の中、体は重力に引かれ下へ下へと落下する。
「何が――」
上を見れば、頭の上でヘリコプターのようにプロペラを回転させ飛行する髭面の男が。
その異様な風貌に「術師」と言う言葉が頭の中で弾け、オレは己が攻撃されたことをようやく理解した。
「問答無用かよッ!?」
落下しながら叫ぶも遅く。
ガシャン! とオレは道路に放棄された車の上に墜落した。背中から全身に衝撃が走り、ガラスの破片が舞う。
落下したのは目算で50m程か。体は……動く。痛みも信じられないくらい小さい。
オレはひしゃげた車の天井から道路に下りながら、此方に飛来してくる術師を睨んだ。
「儂のプロペラで斬れんとは。どういう術式だ小僧、あん?」
髭面で強面の、少なくとも30代は超えていそうな男性。その頭の上では、音を立ててプロペラが回転しその体を浮遊させている。
そういう術式もあるのか、とオレは内心で呟きつつ、先ずは対話と口を開いた。
「ヘリコプターさん、話がしたいんだけど」
「? なんじゃワレ、命乞いなら聞かんぞ」
「……ああ、そういう感じか」
スゥ、と頭の芯が冷えるのを感じた。それと同時に静かな怒りが体の底から沸き立って来る。
問答無用の初撃。恐らくゲームで言うスタート地点で初心者を待ち受ける「初狩り」行為。そして発言内容。嫌でも理解させられる、「死滅回游」の空気感。
「師匠の言った意味が分かったな。
「ゴチャゴチャと――」
と、1人呟くオレにヘリコプター男は業を煮やしたようだった。
「――さっさと
道路スレスレに降り立つと、プロペラを前にして此方に突進してくる。
それは、ミキサーの壁が突っ込んでくるような光景・攻撃。アスファルトや車を容易く斬り裂く刃が、高速回転しながら眼前に迫る。
嗚呼、これは死の刃だ。何人の人間がこれに切り裂かれ命を落としたのか、想像もしたくない。
だが――オレにとっては、そうじゃない。
「
刹那。
九々等八壱の腕が神速で動き、ビタッ!! とプロペラを
「んな……ッ」
力技で奥義を破られた術師・
そんな彼に、頭上……己の頭を抑えた少年から声が掛かる。
「なあヘリコプターのオッサン」
ぞわ、と背筋が凍るほど冷たい声だった。
「アンタ、何人殺した?」
「ッ!」
怒りに冷たく燃える声。びくともしない、掴まれたプロペラと頭。
羽場が
ズガァッッ!! と、飛来した流星が
否、それは流星ではなく術師――頭がジェット機のような形の女性、馬場の仲間の
道路にクレーターを作った、相方である羽場を救うための彼女の一撃は、しかし。
「コイツ、硬――」
「アンタも同類、いや仲間か」
罅割れた足元の道路、その衝撃をモロに腹で受けた筈の八壱は、健在。羽生を腹で受け止めたままの姿勢で、彼は言う。
「情報を訊きたかったけど、やめだ。人殺しからモノ聞く気しねーわ」
瞬間。立ち昇った呪力に、2人の襲撃者は思わず怯んだ。それ程の呪力量、それ程の気迫。
それを全身から放ちながら、九々等八壱は宣言する。
「ブチのめす。二度とこんなコトが出来ないように!」
羽場と羽生が空へと退避するのと同時、彼は術式を解放した。
「
「跳躍力:9倍!!」
瞬間、八壱の姿は地上から遥か空中――羽場・羽生と同じ高度の空へ。
「な――」
驚愕よりも早く、八壱が動く。
「髪の長さ:9倍!」
瞬間、彼が後ろでひとつに纏めた長い後ろ髪が伸びた。八壱は細い尾からロープへと印象を変貌させた己のポニーテールを掴み、鞭のように羽場目掛けて振るう。
意識外の行動故、回避は不能。羽場の腕を巻き込んで胴体に髪がびしりと巻き付く。
「ぐぅ!」
「ダーリンッ!」
そのまま八壱は髪のロープを全力で引いた。ぐい、と空中で八壱と羽場の軌道が動かされ、両者は更に接近することになる。
羽場に迫る、鬼が如き動きの少年。だが。
「舐めんな
羽場は首を八壱の方へ傾けた。髪のロープに迫る4本の刃。
「(プロペラで髪を切断、そのまま向かって来るヤツを細切れにしてやらぁ――!!)」
空中は己の
プロペラブレードが髪を両断する瞬間、その金髪が掻き消えた。
「髪の長さ:9倍、解除」
見れば、八壱の髪の長さは元に戻っていて。
2人を繋ぐロープは消えたものの、慣性の法則に従って八壱の体は高速で羽場の元へ。
だが回転するブレードの壁は消えていない。羽場は思惑を外されたことを悟りながらも、1秒後には己のブレードでミンチになるだろう八壱を前にニヤリと笑い。
「動体視力:9倍、」
その瞬間、九々等八壱は全てを正確に把握した。
世界が止まって見える。高速で回転するプロペラの動きが、風の弱い日の風車のように鈍い。
「のまま――」
普段より9倍も遅くなった世界の中、彼は回転するプロペラに巻き込まれる直前。
「――速度:9倍ッ」
その体を風にした。
突如として羽場の足元に移動した無傷の八壱の姿を、羽生だけが辛うじて捉えていた。
八壱がやったことは言葉にすれば単純。動体視力でプロペラの隙間を見切り、タイミングを見て己の速度を倍加することで回転するプロペラの間をすり抜けたのだ。
『
そのまま無傷で羽場と交差した八壱は、速度:9倍を解除してその足を掴み。
「腕力:9倍――フルスイング、だッ!!」
空中で体を捻り、羽場の体をバットに見立てて全力で羽生に叩きつけた。
「が」
「ぎゃ――」
そのまま足を掴んだ手を離せば、ハンマー投げの要領で吹き飛ぶ男女。その姿を見ながら、八壱は空中で一言。
「ホームラン……野球部の助っ人やってた経験が役立ったんじゃないんかな」
そのまま近くにあった電柱の上に着地し、彼は街を見下ろしながら呟く。
「思ったよりヤバいなー、治安。念のため結界に入った瞬間から防御力に『
吹き飛ばした2人の安否は分からないが、手応えからして死んでは居ないだろう。念のためコガネに確認したが、オレの持ち
「頼むからこれで懲りてくれよ……いや、死滅回游の
困ったように頭を掻き、溜息ひとつ。落下中咄嗟に屋上に投げたバッグは無事だろうか……あの中には地図や食料などが入っているのだが。
何かと不幸なファーストステップだったが、そのおかげで方針は決まった。
「とりあえず、オレの術式が剥奪されるまであと10日。それまでに情報を集めて、今みたいな奴らをのして、被害者がいれば助ける。その過程で光明が見つかれば良し。そうならなかったら――」
ネガティブな想像をしかけた頭を振ることで思考をリセット。
「ま、そんときはそんときだ。今は兎に角情報が最優先だな」
我ながら楽観的に言い、オレは初期地点である屋上目掛けて跳躍した。そういえば師匠にも「
「ま、暗いよりはいいんじゃないんかな。とりあえずやる気9倍で頑張るかー!」
出鼻を挫かれたぶん明るく言って、オレは死滅回游を攻略するための作戦を考え始めた。
所持