9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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×0^2 無限②

五条の服装は25巻223話の楽巌寺学長と話してるときの目隠しナシ黒ずくめパーカーのイメージです

 


 

 

 11月26日、呪術高専第四修練場、埼玉県木呂子(きろこ)鉱山。

 

 冷たく乾いた風が2人の男の間を駆け抜ける。ざわざわと揺れる森、かあかあと(からす)の喚く声。

 そんな中、白髪長身、六眼(りくがん)を晒した男は、長い金髪を後ろでひとつ括りにした少年に笑いかける。

 

「宿儺と渡り合った君の力、この眼で確かめさせて貰うよ」

「……それだけで済めば良いっすけどね」

 

 まずは王者。

 風に揺れる白髪、透き通った六眼。人外じみた美貌を惜しげもなく晒す、黒衣に身を包んだ男。その存在感、磨き上げられた呪力。例えるならばそれは、白毛(はくもう)蒼眼(そうがん)の黒き龍。

 数百年ぶりに生まれた六眼と無下限呪術の抱き合わせ、『無限』を操る言わずと知れた現代最強の術師・五条(ごじょう)(さとる)

 

「さて。いつでも良いよ?」

 

 対して挑戦者。

 尾のように風に流れる金髪、細身の引き締まった体躯。表情によっては上品さが漂うだろう整った顔で猛獣のように笑う少年。五条を天上の龍とするなら、こちらは金の毛の内で闘志を滾らす若獅子か。

 死滅回游にて覚醒したセンスの鬼、『九倍』と『八十一倍』を駆使し宿儺にも食い下がった新たな才能・九々等(くくら)八壱(やいち)

 

(ようや)くキックオフか――」

 

 遥か高みで見下ろす龍と、生意気に牙を剥き出した獅子。

 その戦いの火蓋が切られた。

 

「んじゃ、遠慮なく!」

 

 初手、九々等八壱。

 挑戦者(チャレンジャー)の自覚がある彼は、初手から様子見無しの最高速度で勝負を賭ける。

 

 極ノ番『冪』×術式順転『積』――移動速度:81倍!!

 

 瞬間、その肉体は音すら追い越す。

 

「!」

 

 さしもの五条悟も目を剥いた。自身の周囲を超高速で移動するその動きは、六眼による目視・呪力感知でも追い切れない。

 

「(この速度――禪院甚爾(アイツ)より上!)」

 

 かつて戦った誰よりも(はや)い。

 そう直感した五条は術式を発動。

 

術式順転『(あお)――」

 

 青く輝く呪力を操り、山勘で地面ごと球状の空間を一点に引き寄せ――しかしそんな五条の術式を躱し、完全に背後を取った九々等は、術式対象を切り替えて地を踏みしめる。

 

 術式対象切替(スイッチ)移動速度(から)脚力へ!

 

 ゴパァッ! と踏み込みで地が爆発。

 五条が振り向くよりも速く、その背中に『81倍』の蹴りが炸裂する。

 

 其は神すら滅する死の大鎌、呪いの王すら殺しうる最強の矛――。

 

八十一倍神滅脚(クリロナ・インパクト)!!!」

 

 一撃必殺の剛脚が、五条悟に直撃した――少なくとも九々等はそう確信した。

 

 轟! と蹴りの余波が空気を叩き、九々等を中心に風が吹き荒れる。

 だが。

 

「クック、なんだそりゃ。君、ホントに宿儺に負けたの? 『あと一歩の所で取り逃がした』の間違いじゃなくて?」

 

 九々等の馬鹿げた速度・攻撃力に思わず笑いが漏れた五条は、無傷。衣服に埃すら付いては居ない。

 

「マジか。今ので無傷は流石に傷つくぜ……」

「あれ、悠仁から聞いてないの?」

「……あー、術式か。流石に素で防がれてたらどうしようと思っちゃったぜ」

「馬鹿言わないでよ。今のを素で喰らったら僕だって死ぬよ、普通に」

 

 だから『無限』も無いのに死んでない宿儺が不気味なんだけど、と呟く五条。

 そんな彼は警戒で足の止まった九々等相手に術式の開示を開始する。

 

「簡単に言えば、今君が触れたのは僕との間にあった『無限』だよ」

「『無限』……?」

「教えてあげる。手出して」

 

 勝負とはいえ、とりあえず言葉に甘えて五条の手に自分の手を近づける九々等。

 その差し出された手に触れようとして――ぴたり、とあと数センチと言ったところで手が止まった。

 

「あれ、なんだコレ。触れない?」

「触れないというか、僕に近づくほど遅くなってるの。『アキレスと亀』って知ってる?」

「???」

「勉強は苦手かな? うーん、分かり易く言うと……僕の手と君の手、その距離が半分になるたびに君の手が近付く速度が半分になったら、って話」

 

 宇宙猫顔だった九々等は、その例えで何となく理解したようだった。

 

「……成程、ジョジョ6部のアレか。最強の防御の術式、ってことだな」

「無限の『収束』は、ね。他にもさっきみたいに、視点を無限遠点に飛ばして物と物を引き寄せたりも出来るんだけど、今は良いや」

 

 手を引いた五条は、その指を一本立ててその先に呪力を集中させる。

 

「そしてこれが、無限の『発散』の方」

 

 それは、反転した無限級数の具現。あるいは対象ふたつの無限遠点化を反転させ彼我の距離を無限に遠ざける『弾く力』。

 込められた呪力により空間が赤く染まる様から、その術式は次の名を持つ――。

 

術式反転『(あか)

 

 氾濫した『無限』が、九々等八壱に襲い掛かった。

 九々等の肉体を、鉱山の大地ごと激流の如き空気が浚い、吹き飛ばす。

 

 (あか)を放った五条は吹き飛んだ九々等を追いかけるように地を蹴って……しかし予想より随分手前で足を止めた。

 

 九々等は確かに吹き飛んだ。だが彼は足裏で地面を削りながら、約20m程後退するくらいで耐えていた。

 未だに両腕を交差させ防御の姿勢を取り、前髪が後ろに倒れた九々等はぽつり呟く。

 

「……なんだ今の。県境まで吹っ飛ぶかと思ったぜ」

 

 予想外。

 (あか)は本来、「耐える」「踏ん張る」という行動が通用する程生ぬるい力ではない。障害物にぶつかって勢いを殺されない限り、それこそ県境くらいまで相手を容易く吹き飛ばす威力がある。

 そんな(あか)に耐えられた理由を、五条はその()で見抜いていた。

 

「死にはしないだろうなとは思ってたけど……ホントに便利な術式だね」

 

 九々等の防御力:81倍は、発動中に受けた攻撃に対してのみ、それに追随する副次的効果も低減できる。例えば電撃による移動阻害、燃焼や毒、吹き飛ばし(ノックバック)効果など。ただし直接的効果……日車寛見の没収(コンフィスケイション)や星綺羅羅の星間飛行(ラブランデブー)などは低減できない。

 今回の五条の術式は――前者。

 五条の術式反転『(あか)は、九々等を術式対象として『直接お互いの距離を引き離す』のではなく、空間を術式対象として『空気を押すことで相手を吹き飛ばす』というもの。その吹き飛ばし(ノックバック)効果は、九々等の低減できる副次的効果の外延に含まれている。

 

 そこまでを六眼によって看破した五条は、攻撃の威力に見合わない軽い口調で説明を締めくくる。

 

「今見せた通り。無限の収束・発散を現実に持って来る……それが僕の術式『無下限呪術』

「(……マジでちんぷんかんぷんだが、収束が『留める力』で発散が『吹き飛ばす力』ってことか? クソ、算数テストで良い点取って満足してたら急に高校数学でブン殴られた気分だぜ)」

 

 術式順転『(あお)――無限の『収束』、引き寄せる力。

 術式反転『(あか)――無限の『発散』、吹き飛ばす力。

 そして無限の距離で攻撃を防ぐ『無下限バリア』

 ここに、現代最強の術師は己が最強足ることを証明する手札(カード)を開示した。

 

「さて、どうする?」

「どうもこうも――」

 

 対して九々等の持つ手札(カード)は……。

 

 術式順転『(せき)――術式対象を9倍にする。

 術式反転『(しょう)――術式対象を9分の1にする。

 拡張術式『(ばん)――術式対象を術者が触れた術者以外の呪力を宿さない非生物にまで拡張する。

 極ノ番『(べき)――『積』または『商』を同じ対象に使用し、術式対象を81倍、もしくは81分の1にする。

 

 ここから導き出される新たな一手目は。

 

「『穴』を見つけるに決まってるっしょ!!」

 

 真下、()()に向けての攻撃力:81倍の一撃。

 

八十一倍神殺拳(マラドーナ・インパクト)ォ!!!」

 

 バギャア!! と大地が砕けた。衝撃が罅を作りながら駆け巡り、地面が山ごと瓦礫に変わる。

 その威力に思わず歯を見せて笑う五条に向けて、九々等は足元の岩塊を胸元辺りに「リフティング」する。

 

「(オレの拡張術式の術式対象から逆算して――これはどうだ!?)」

 

 そのまま脚力:81倍でボールを蹴るように岩塊をシュート。角ばった岩のボールは、狙い違わず五条悟に襲い掛かる。

 

「(まずは呪力の無い物体! これは防げるか!?)」

 

 だが。

 ピタ、と五条の手前で岩は止まった。その失敗に怯まず、九々等は不安定な足場を蹴って五条に接近。

 

「(なら次は、呪力を多く込めた攻撃!)」

 

 インパクトの瞬間だけ呪力出力:81倍で攻撃。だがその拳も無限に阻まれたうえ、先の攻撃から特に変化も見受けられない。

 呪力量でのゴリ押しも不可、となれば次は。

 

 九々等は近くにあった岩を一瞬だけ大きさ:1/9を使い手頃なサイズに抉り取ると、それを掴んだ右手と開いた左手で同時に五条を殴りつける。

 

「(呪力ナシの物体、呪力アリの拳の同時攻撃!)」

 

 その両方も、変わらず無限に阻まれる。

 『無下限バリア』は呪力で判定は変わらない、と理解した九々等は、次の手へ。

 速度:81倍で五条の周囲を回転しながら超速の拳を振るう。

 

「(目にも止まらないランダム方向からの飽和連撃!)」

 

 上、下、右、左。

 正面、背後、頭上、足元。

 顔面、首、胴、手足、後頭部、背中。

 兎に角ランダムに、狙いを読ませないように最大速度でラッシュを繰り出す。それは最早小型の嵐。五条悟だけを襲う拳の竜巻。

 

 だが、これでも。拳、足、頭突き、その全てが無限に阻まれる。

 

「(これでダメなら――全方位同時攻撃っしょ!)」

 

 此処で漸く、地面の崩壊が収まった。

 がらがらと音を立てて崩れる岩。クレーターのようになった地面。濛々と舞い上がる土煙。人体に有害な土の毒霧は、しかし無限によって五条の喉には入らない。

 

 だが、九々等の狙いはそこには無い。

 

「指の摩擦力:9倍、枯れ木の燃えやすさ:9倍

 

 そこらに落ちていた枯れ木に指を擦り付け、摩擦熱によって火を点ける。

 

一方通行(アクセラレータ)がやってたよな。これが科学の力、(そそ)るぜこれはってヤツだ」

 

 濛々と立ち込める、五条を覆う細かな土煙。九々等の手には着火剤となる炎。

 つまり、コレは。

 

「喰らえ必殺!」

 

 ――『粉塵爆発』!!

 

 土煙の中に投げ込まれた燃える枯れ木が着火剤となり、世界を爆炎が包み込んだ。

 

 そんな攻撃を受け、五条悟は。

 

「(『9倍』に『81倍』か……良い術式だな。術式対象に当然のように概念が絡んでる。搦手にも手が届くし、何より単純な能力(ステータス)強化が規格外の倍率によって超強力な武器になってる。本人の機転も利くし……相性が悪いだけで、場合によっては僕より強いかもね)」

 

 炎が去ったクレーターの底で、何でもないように立っていた。無傷どころか衣服に微塵の乱れも無い。燃焼によってクレーターの底に滞留した二酸化炭素という第三の矢も看破し、呼吸の前にふわりと浮き上がることで事なきを得る。

 音もなく九々等の前に着地する無傷の五条。そんな彼の姿を見て、荒く息を吐く九々等は嫌な確信に顔を歪める。

 

「はぁ、はぁ……まさかそれ」

「お察しの通り、無限による防御は全方位オート発動。君の攻撃は――いや、例え自然現象だろうと脅威である以上、呪力の多寡、狙いに関係なく無限に阻まれて僕には当たらない」

「……もしかして呪力切れまで殴り続けないとダメなヤツ? コレ」

「あ、僕に呪力切れは無いと考えてもらって良いよ。目が特別製だからね」

「……」

 

 ここで九々等は真顔になった。

 一拍置き、そして叫ぶ。

 

「ズルじゃん、チートじゃん! 『最強』じゃなくて『無敵』じゃんかソレ!!」

「あはは、突破手段を思いつけない?」

 

 抜け穴など無い無限の防御、六眼による他の追随を許さない呪力効率。最強(チート)の自覚がある五条はその指摘に笑う。

 だが九々等は、打つ手なしという訳では無かった。

 

「……(イヤ)、そうでもない」

「――ふぅん?」

 

 瞬間、九々等の姿が掻き消え――瞬きの間に再び同じ場所に現れる。変化しているのは……その手元。

 九々等の右腕には、鞘に収まった刀が握られていた。

 

「(呪具……じゃない、普通の刀? 能力で取り出したんじゃなくて高速で取って来たのか)」

 

 それは高専の蔵に置かれていた武器であり、九々等が修行用に借りていたもの。木呂子鉱山内に置いていたそれを握る彼は鞘から白刃を抜き放ちながら言う。

 

「武器使っても良いよな先生?」

「うん、良いよ。でもそれでどうすんの?」

 

 六眼は呪力の全てを見通す。その眼が言っている、九々等が持つ刀は呪力の籠っていないただの鉄の塊だと。

 

 ――呪具。呪力の籠った武具。その中には術式効果が刻まれたものがある。

 例えば、片端を視認されない限り際限なく伸び続ける万里ノ鎖(ばんりのくさり)

 または、あらゆるモノの硬度を無視して魂を切り裂く釈魂刀(しゃっこんとう)

 そして、発動中の術式を強制解除させる五条すら殺しうる剣天逆鉾(あまのさかほこ)

 

 それらであれば警戒の余地はある。だが呪具ですらない普通の武器では、拳や岩と同じく『無限』を破れないだろうと五条は考え。

 ゆらり、九々等が我流で剣を構え、口を開く。

 

「先生はジャンプのマンガ読むか? BLEACH(ブリーチ)ってオサレな作品があんだけど。そん中でもオレが特に好きな技が()()なんだよね」

 

 九々等が無限を破るために選んだ手札は……術式順転『(せき)拡張術式『(ばん)

 

「行くぜ」

 

 市丸ギン流、と口の中で呟き、五条の懐に飛び込んだ九々等はその『無限』に刀の切っ先を押し付け術式を発動。

 

「刀身の長さ:9倍――」

 

 九々等の使う大きさ:x倍長さ:x倍は、徐々に(段階的に)サイズが変動する「伸縮」ではなく、一息でサイズが規定値に達する「変化」。その際サイズ変更後の物体と他の物体が「重なる」場合、衝突に似た現象が発生し硬度が高い方が低い方を破壊する。

 

『触れないというか、僕に近づくほど遅くなってるの』

「(っつってたよな! 『鈍化』なら一瞬の『変化』は止めれないだろ!!)」

 

 五条の腹、そこを守る『無限』に刃をあてがい、九々等はその技を放つ――。

 

「――射殺(いころ)せ、神鎗(しんそう)!!」

 

 瞬間、刃は9倍のリーチを手に入れ軌道上の五条を襲う――。

 

 ばちん、と。

 九々等の手から弾かれた刀がくるくると回転しながら空を舞い、ざす、と地面に刺さって止まった。

 

「……アレ?」

 

 弾かれた。何故。困惑が九々等を支配する。それは五条も同じ。

 

「(……今のは)」

 

 五条が何かした訳ではない。九々等の術式が失敗したわけでもない。

 先に把握したのは、やはり六眼を持つ五条。残穢と術式の「のこり」から今しがた起きた現象を把握する。

 

 ①九々等が術式を発動、刀身の長さが9倍の約10mに。

 ②無下限バリアによって刀身は五条に届かず、しかし九々等の術式は有効。ここで所謂「バグ」が発生。

 ③「刀身を9倍にする」と「無限によって届かない(=刀身が伸びない)」という2つの効果が衝突、より洗練された五条の術式が刀を弾くことでやっと両方の効果が作用。

 ④弾かれた結果九々等の術式が解除された刀が地面に刺さる。

 

「(大体そんなとこか)」

 

 五条が把握すると同時、九々等も察した。

 

 それは言ってしまえば当たり前のこと。算数レベルの世界のルール。

 ――9倍しようが81倍しようが、無限を超えることはできない。

 それが、九々等の刃を無情にも阻んだ世界のルールだった。

 

 やはり無傷の五条は、薄く笑いながら問う。

 

「目論見が外れたみたいだね。術式、解いてあげよっか?」

 

 それに対し、九々等の答えは……。

 

「冗談!」

 

 彼の笑みは、獲物を狙う猛獣の表情(カオ)は、消えるどころかよりその壮絶さを増して五条悟を睨んでいた。

 九々等はまだ全ての手札(カード)を晒した訳ではない。最強の鬼札、隠し持っていた切り札(ジョーカー)をここで切る。

 

「なんとなく分かった。アンタの無限の本質は防御じゃなくて回避、攻撃自体が消えてなくなる訳じゃ無い。『当たらない』だけなら攻略法はこれ一択でしょ」

「(まさか――)」

 

 それは。九々等がこの1週間で特に力を入れた奥義。

 ()()()「9」に似た掌印を組み、己の呪力で空間を満たす。

 

浄如(じょうじょ)』『安徳(あんとく)』『冥府(めいふ)御門(みかど)』『九品(くほん)(うてな)――()()()()!!」

「はは、良いね!」

 

 ――切り札、即ち『領域展開』。

 ()()(だい)(ほう)(れん)』!!!!

 

 九々等の生得領域が具現化。黄金の(はす)が花開き、九々等ごと五条を閉じ込める。

 「必中必殺」の領域が、無限を凌駕する切り札として五条悟の前に開かれた。

 

「(九品之台(くほんのうてな)に黄金の蓮華(れんげ)――『九品蓮台(くほうれんだい)』か。それにこの領域のバフ効果……随分印象と違う領域だな)」

「考え事してるその余裕、ブチ剥がしてやるぜ!」

 

 六眼と知識で領域の効果を理解する五条。その思考の隙を突き、九々等は「必中」となった術式を発動する。

 

術式反転『(しょう)×極ノ番(ごくのばん)(べき)――()()()()()()()()()()1/81(はちじゅういちぶんのいち)!!」

 

 五条が纏っていた呪力、その流れが大きく乱れる。

 

「これは――」

 

 瞬間、九々等は距離を詰め――放たれた拳は、咄嗟の防御によって()()()()

 九々等は笑う。今ぱしんと音を立てて触れたのは、確かに『無限』ではなく五条の肌であると確信出来たが故。

 

「流石に無限防御のオート発動って聞くからに高等技術なワザは使えなくなったみたいだな無敵先生!」

「(呪力操作が乱れる……無下限の維持が出来ない) やるね君!」

 

 そのまま放たれた九々等の蹴りを、五条は上体を反らすことで躱し、追撃をいなしながら呪力を練る。

 

「(どうやら僕の呪力操作を妨害しながら自分を強化は出来ないみたいだね。ま、そんなの出来てたら宿儺は死んでるか)」

 

 六眼による術式看破までは妨害されていない五条は、笑いながら片手の掌印を組む。領域展開に対する最もスタンダードな対処法――自身も領域を展開する。

 だが五条はここで気付く。

 

「(呪力が霧散する、領域展開が出来ない……成程。そういう感じか)」

 

 五条悟の生来持つ異能六眼(りくがん)は、呪力を超精密に「視る」事ができる。高精度サーモグラフィカメラのように。その結果、最も呪力ロスの少ない呪力の流し方や操り方を「視る」だけで理解、実行する事ができる。

 それは、なぞるだけでいい完璧な完成図を投影できる絵描きのような。

 あるいは原子レベルのミクロな世界を肉眼で知覚できる研究者のような。

 もしくは一目見た相手のステータスを数字で細かく把握できる格闘家か。

 それと超緻密な呪力コントロールが必要な『無下限呪術』が合わさった結果「最強」となったのが五条悟という術師である。

 

 だが、例え六眼があろうとも呪力のコントロールを大幅に乱されれば。

 完璧な完成図をなぞるための腕が震えてしまえば、理想の絵は描けないように。

 原子レベルの世界を知覚したところで知識が無ければ何の発見も出来ないように。

 相手のステータスが分かった所で、こちらの肉体がボロボロなら試合には勝てないように。

 五条悟の「最強」は、緻密なパズルの上に成り立つ強さは、九々等に崩されたひとつの穴から見るも無残に崩壊する。

 

 それでも、流石五条悟というべきか。掌印を組み、30秒ほど集中すれば領域展開は問題なく完成するだろう。

 それを九々等が許すかは勿論別の話だが。

 

「させねえよ!」

 

 九々等が追撃を迫り、五条は掌印を解かざるを得なくなる。

 曲芸じみた動きから繰り出される踵落としをなんとか両手を交差させ受け止めた五条。そんな彼に九々等は噛みつくように叫ぶ。

 

「ここはもうペナルティエリア内、つまりオレの土俵だ!!」

「僕、キーパーは柄じゃないんだけど?」

「拒否権あると思ってんのかよ!?」

「だよね!」

 

 繰り出される顔面狙いの回し蹴りの追撃もボクサースタイルの防御でガード。だが衝撃は殺しきれず、五条悟の足が後退する。

 五条は今の攻防で、状況が思っていたよりも悪いことを察した。

 

「(無下限どころか『蒼』『赫』の操作も出来ない。ていうか反転術式さえ出来ないな。まあ出来る奴の方が少ない技だからしょうがないんだけど――)」

 

 九々等のジャブを紙一重で受け流し、足払いを辛うじて避けながら五条は笑う。今までのように余裕からではなく、頬を一滴の汗で濡らす焦りで。

 

「(――流石にマズいね、コレ!)」

 

 ここでこの戦闘開始から初めて、五条悟は「反撃」した。それはつまり、己の首元に突き付けられた「敗北」という牙を振り払わんが為の抵抗。反撃しなければ負けるという、当たり前ともいえる「勝負の土俵」に引きずり込まれたことの証左。

 だが。

 

「ふッ――」

 

 顔面を狙った右フック、その反撃を完璧に読んでいた九々等は、最低限の動きで身を屈め回避した。

 

「!」

 

 驚愕する五条に対し、九々等は獰猛に笑う。

 

「(『呪力の流れ』でどんな攻撃が来るかバレバレだぜ最強!)」

 

 それは、九々等が黄櫨(はぜのき)(いおり)との戦闘で発見した、術師の中では一般的な戦術。

 『呪力の流れで相手の動きを読む』。例えば今九々等がやったように、右拳に呪力を集めた五条が右拳で攻撃してくると察する技術。

 当然、普段の五条なら呪力の流れで攻撃を読まれるという愚は犯さない。だが1/81にされた呪力操作技術が、呪力を使った体術にまで影響を与えていた。

 

「(しまった、呪力か――)」

「(胴体がら空きィ!!)」

 

 九々等八壱がクロスカウンターで拳を振るい――五条悟の腹部に、九々等の一撃が突き刺さった。

 

「ぐ――」

「(浅い、けど入った!)」

 

 戦闘開始から12分と38秒。ここで初めて、九々等八壱の攻撃が五条悟に命中した――龍の鱗に、若獅子の牙が突き立った。

 

 ざ、と一歩後退する五条。腹を貫く痛みは、しかしその口角を我知らず上げさせる。

 

「っ、ははっ、本気で殴られるのなんて何年ぶりかな!」

「んなもん今すぐ考えられなくしてやんぜ!!」

 

 九々等は容赦なく追撃。

 

 右側頭部を狙った九々等の飛び回し蹴りを腕でガードする五条。ぐらついた体に、すかさず反対側から鏡写しのような回し蹴りが飛んで来る。五条は咄嗟に躱すが、その頬を蹴りが掠り肌が擦れて血が滲む。

 五条はバク転で体勢を立て直し、向かって来る九々等に胴を狙った回し蹴りで反撃。それを呪力の流れから読んだ九々等は、ハードルを飛び越えるような背面飛びで蹴りを回避、空中で五条の服を掴むと、勢いのままに投げ地面に叩きつける。

 倒れた五条に九々等はマウントポジションを取り、顔面狙いの拳を降らす。それを首を動かして寸前で躱し、五条は九々等の襟を掴んで力任せに上へ投げる。

 前転して体勢を立て直した九々等はすぐに追撃せんと五条に迫る。こちらも素早く立ち上がった五条も迎え撃つ。

 両者の構えたストレートパンチが同軌道上で衝突。

 だがそれが本命である五条に対し、九々等の突き出した右拳はほぼフェイント。力を入れていない拳が押される勢いを体の中心軸で回転力に変換、勢いを増した左拳でついに五条の顔面を捉える。

 

「ッ」

「まだまだァ!」

 

 九々等の蹴りが五条の足に炸裂、その体勢を崩し、打ち込まれた正拳突きはその胸板を打ち抜く。呪力による防御も間に合わない五条は、先の拳を含めその連撃でしっかりとダメージを受けていた。

 

 九々等と五条。素の呪力操作と体術は五条悟に大きく分がある。

 だが呪力操作がグズグズになった五条と九々等では、九々等の方がやや勝っていた。

 

 九々等の猛攻を凌ぎながら、五条は――。

 

「(比肩する者の居ない術式使用時の攻撃力、移動速度。『必中必殺』の領域。体術も呪力操作も高レベル。……現時点で僕にすら届きうる牙を持った、いや、僕を追い詰めている術師)」

 

 ――笑った。

 今まで見せたどの笑顔よりも猛々しく、楽しそうに。

 それはともすれば、九々等八壱が時折見せる猛獣の如き笑みにも酷似していた。

 

 その迫力に一瞬攻撃の手が緩まる九々等。

 それを利用して間合いを取った五条は、いつも浮かべている飄々とした余裕の笑みに戻った顔で言う。

 

「でも、自分が『挑む側』だからかな」

「?」

()()()()()、想定してないんじゃない?」

 

 そう言って五条はその構えを取った。両足を地面に設置し、膝を曲げて屈み、刀を構えるように手を腰に回す。

 その、構えは。

 

「シン・陰流」

 

 九々等もよく知る、否身につけている領域対策。五条悟に冠せられた形容詞とは真逆のイメージを持つ、()()()()()――。

 

『簡易領域』ィ!?」

 

 思わず叫んだ九々等の前で、五条悟はそれを展開した。

 彼の足元に、直径1mもない、完成度が高いとは言えない円状の簡易領域が展開される。

 

 だが、それで充分。簡易領域の中で五条は笑う。

 

「これなら無下限や反転術式ほど複雑な呪力操作も要らない。弱者の領域とは良く言ったもんだよね。そして必中効果が消えた事で、僕の呪力操作技術も戻って来た」

 

 九々等は呆気にとられつつも、反射で領域の強度を強めていた。

 

 『簡易領域』は本物の領域に対しては時間稼ぎにしかならない。現に五条の足元の簡易領域は既に半分削られており、残り数秒ともたないだろう。

 だが、()()()()。十二分に間に合ってしまう。

 

()()()()――」

「ヤベッ」

「――無量空処(むりょうくうしょ)

 

 簡易ではない、本物の領域。

 其は宇宙、無限の星を抱き、永劫に広がり続ける常夜の世界。

 

 宇宙を思わせる五条の領域が、九々等の領域と外殻の押し合いを開始した。

 その趨勢は――五条悟の圧倒的優勢。

 

 領域の押し合いが始まったことで、九々等の領域は必中効果を喪失。五条悟にかけた呪力操作技術:1/81(はちじゅういちぶんのいち)は既に解除されている。

 

「(クソ、領域が押し潰される! 無下限バリアも戻っちまった! だがそれなら――)」

 

 領域強度:81倍!!

 自身の呪力で展開された領域は、九々等の拡張された術式対象に含まれる。

 

 ――五条の領域を逆に押し潰して、必中効果を取り戻す。

 そんな九々等の狙いは――。

 

「(ウソだろ!? なんだこの強度!?)」

 

 五条悟の領域の空恐ろしい程の完成度を前に阻まれた。

 

 『81倍』の強度を得て五条の領域を押し返しだした九々等の領域。

 だがその進みは酷く鈍く、完全に押し勝つには少なくとも20秒は必要なように思われた。

 

「(オレだってこの1週間領域を(みが)いた、完成度は宿儺戦の時とはダンチのハズだ! 片手掌印とはいえ呪詞も省略してない! なのに、81倍してもギリ勝てる程度かよ……!?)」

 

 何よりも長い20秒。しかもそれは、九々等が掌印を組みながら領域戦に集中できれば、である。

 それを五条悟が許す筈も無いことは、九々等が一番分かっていた。

 

「(僕の領域が押される――) 成程、領域に術式を使ったのか。でも、今すぐ僕の領域を押し潰すのは無理みたいだね」

 

 そう涼しく笑った五条は領域展開の掌印を解き、その両の手のひらを静かに合わせる。

 

「意趣返しとして体術で妨害しても良いけど……ここは少し乱暴に行こうか。領域展開中に()()を使うのは結構面倒なんだけど、君には特別に見せてあげる。ちゃんと避けてよ?」

 

 それは、五条家の中でも一部の者しか知らない秘奥義。五条悟の隠していた鬼札、領域展開と並ぶ超強力な切り札(ジョーカー)

 

術式順転『(あお)×術式反転『(あか)

 

 其こそは無下限の極致。上限も下限もない無限、即ち(うつろ)を魔弾とする絶技。

 順転と反転。それぞれの無限を衝突させることで生成される『仮想の質量』を押し出す――。

 

「――()()(むらさき)

 

 「死」。

 

 紫電にも似た呪力が駆け、全てを破壊する虚空の砲弾が五条悟の指先から放たれた。

 

「――ッ!!!」

 

 それは全てを破壊する。

 黄金の蓮華で出来た世界を砕き、内側からの攻撃に強い筈の領域の外殻を貫き、木呂子鉱山内を駆け巡り破壊の爪痕を残す。

 

 外殻を砕かれた九々等の領域が崩壊するのを確認し、五条は自らも領域を引っ込めた。

 

 現世、木呂子鉱山に戻って来た五条は笑いながら振り返った。

 

「上手く避けてくれて良かったよ。今の当たってたら、君、多分死んでたから」

 

 そこには、全身から滝のように汗を流す九々等の姿。

 

 (むらさき)が放たれた瞬間。

 九々等は領域強度:81倍から移動速度:81倍に術式対象を切替(スイッチ)、全てを放棄して全霊で回避した。放たれた虚空を見た瞬間、「死」を全身で感じた故の行動だった。

 そのせいで強度が戻った領域は(むらさき)に貫かれてしまったが……それでも『81倍』で回避しなければ死んでいた為、後悔は無い。

 

「さて、ラウンド2かな」

 

 余裕の笑みに戻った五条悟が九々等を挑発するように笑いかけ……。

 

 九々等は静かに両手を上げた。

 

「……『詰み』だ。オレの負けだね」

 

 え、という表情の五条に、彼が纏う『無限』を指さしながら九々等は降参の理由を語る。

 

「『無限バリア』を突破する手段は領域しかなかった。素の殴り合いでも絶対アンタのが強いから、お互い術式焼き切れ状態で戦っても勝てる気がしない。てかアンタが領域を自分から解除しなければオレはとっくに負けてたしな……『現代最強』の理由、ヤバいくらい分かったよ」

 

 もしもこれが真剣勝負なら。

 無量空処(むりょうくうしょ)の必中効果により、九々等は行動不能になっていただろう。あるいは領域回復の間を置かせず五条は九々等に格闘戦を挑み、そのまま九々等は撲殺されていただろう。

 例えそれを凌げても、領域戦ですら五条が有利。残りの呪力量も、九々等が5割を切っているのに対し五条は領域内で術式を乱された際の消費を含めても9割ほど。

 

 勝負は見えた……あるいは誰かの命が懸かった勝負なら、九々等は死に物狂いで勝ちに行っただろう。その結果新たな可能性に手をかけたかもしれない。

 だがこれは何もかかっていない模擬戦。九々等八壱という男は確かに真剣勝負を愛しているが……そのため()()に命を懸けたり他人を殺す覚悟は持ち合わせていない。

 

 あーしんど~、とその場に座り込む九々等に、五条は思わず問いかける。

 

「……君、覚醒型なんだっけ。術式に目覚めてどれくらい?」

「3週間弱くらいかな」

 

 ……五条はやはり、笑った。くつくつと楽し気な声だった。

 

「やっぱり滅茶苦茶だよ君。宿儺を追い払っただけあるね」

(イヤ)、オレ負けたって言わなかったっけ?」

「んな訳。良くて痛み分けだよ、絶対に」

「なんでアンタが断言すんの……? 居なかったよね?」

 

 五条は笑いながら、九々等の前にしゃがみこんだ。「?」という顔の九々等と目を合わせ、少し真面目な顔になってそれを説く。

 

「――例えば。僕の無限を突破する方法に領域展延という技がある。領域を展開するのではなく体に纏って、術式を付与しないことで空いたスペースに相手の術式を流し込み中和する技術だ。これなら僕の術式も中和して攻撃を当てられる」

「! そんな便利なものが――」

「まあ展延中は生得術式を使えないんだけど」

「なんだよ、じゃあ(アンタに勝つの)無理じゃん!」

 

 騙された! と喚く九々等を揶揄うように大笑する五条。ただそれは形だけの揶揄。すぐに表情を戻し語りを続ける。

 

「3週間で極められるほど呪術は浅くないってハナシ。他にも術式が付与された呪具を使うとか、武器に呪力を染み込ませて呪具にするとか……由基(ゆき)さんみたいに式神を作るのも良いね。君の術式は、まだまだ拡張の余地がある」

「!」

 

 「最強」が語る可能性に、九々等の目は敗北直後だというのに自然と輝いてしまう。

 それを我が事ながら恥じたのか、九々等は少し唇を尖らせた。

 

「なんか先生みたいだな」

「先生だからね」

 

 五条はにかっと笑い、立ち上がって九々等の眼前に手を差し出す。

 

「――八壱(やいち)さ、高専来なよ」

 

 それは、言葉が持つ意味を考えれば実に軽い口調で。

 だが紛れもなく本気だと、見上げた五条の表情が何よりも雄弁に語っていた。

 

 九々等は思わず、照れ隠しのようにそっぽを向き言う。

 

「……オレ18歳、高3だけど」

「呪術高専は4年制だ。君なら編入も余裕でしょ。それとも何、将来の夢とかあった?」

 

 将来の夢。もしも呪術に出会わなければ……そんな仮定はもう意味がないことを、九々等はなんとなく知っていて。

 そんな彼に、駄目押しとばかりに五条が言う。

 

「宿儺を倒して、渋谷から続く一連の騒動が平定したら。僕が君の担任として、呪術のいろはを教えてあげる」

 

 ああ、ズルいな。そう九々等は胸中で溢した。

 今しがたその強さを見せつけられて。自分の先を歩く者だと認めさせられて。

 そんな相手が、自分のことを本気で誘ってくれている。「僕の元に来い」と手を伸ばしてくれる。

 

 ――そんなの、断れるワケが無い。

 

 そうして九々等八壱は。

 差し出された誘いの手を、五条悟の手を取った。

 

「九々等八壱、18歳。将来の夢は、宿儺を倒して死滅回游を解決できるくらいの術師になる事。これからよろしくお願いします、五条先生」

「あはは、良い心持ちだ。これからよろしくね、八壱」

 

 その握手を以て、五条悟と九々等八壱の模擬戦は終了した。

 勝者・五条悟。それでも、九々等の心は覗き込んだ六眼のように晴れやかだった。

 

 

 九々等(くくら)八壱(やいち)。18歳男。死滅回游泳者(プレイヤー)

 職業、学生。呪術高専来季4年生。

 尊敬する人、五条悟。

 新しく出来た「将来の夢」――五条先生みたいな呪術師になる事。

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