9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

26 / 60
×4 彗星

領域展開――」

 

 ――胎蔵遍野(たいぞうへんや)

 

 積み上がるは異形の人体のカリカチュア。苦悶に歪む顔、醜悪さをこれでもかと強調された奇形の屍たちは、寄り集まることで大木、あるいは塔のように積み上がる。

 死と苦悶と憎悪とを凝縮したその姿は、正しく「呪い」を体現していた。

 

「本気の呪い合いといこうじゃないか、九々等八壱」

 

 外殻を持たない「閉じない領域」。

 その領域に付与された必中必殺の術式は――

 

 『重力』

 

「!?」

 

 九々等の体が地面に叩きつけられる――否、自重に耐えきれず倒れ込む。

 ズン、と余りにも重い音と共に、アスファルトに沈む肉体。ビキビキと体に反響する音は、体が地面に減り込む音か、それとも肉体の中が破壊される骨肉の悲鳴か。

 

「(ぐ、体が、重い……!!)」

 

 全身に力を入れようと立ち上がれない。見えざる巨人の手が全力で圧し潰そうとしてきている……そんな光景すら幻視したのは、意識が明滅した故か。

 あるいは腕力:81倍ならば上体を起こすことは可能だろうが……その場合腕の付け根と胴が断裂し泣き別れになる可能性すらある。

 

 一般的に人間は5~6G(ジー)で失神すると言われている。

 4.8t(トン)――九々等の体重を60㎏とすると、今彼には80Gの負荷がかかっている。

 

 恐るべきは重力変化による瞬間的な加重圧。全身の呪力強化、そして領域展開を警戒した咄嗟の防御力:81倍が間に合わなければ、重力変化を受けた一瞬で脊椎が損傷していた可能性もあった。

 指一本動かせない重圧の中、九々等は術式を発動する。

 

「(オレにかかる重力:1/81倍――)」

 

 が。

 

「(変化ナシかよ!)」

 

 体にかかる圧力はちっとも弱まらなかった。

 拡張術式『板』――冪乗呪法の術式対象を、術者が触れた術者以外の呪力を宿さない非生物にまで拡張する。

 通常の重力ならば適応対象。だが羂索の術式によって生成された重力は術者の呪力を帯びているため、九々等の拡張される術式対象に含まれていなかった。

 

「(クソ、立ち上がれねえから『簡易領域』も使えねえ……考えろ! 消えかけの意識フルに使って思いつけ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!)」

 

 そんな九々等が藻掻くさまを、不意打ちを警戒して近寄らず観察する領域の主、羂索。

 

「(何故領域を展開しない? 九々等八壱が領域を使えることは知っている。その領域に外殻があることも)」

 

 訝しむ表情の中には、目論見を外された策士の苛立ちが混ざっていた。

 羂索の領域は「閉じない領域」。もし相手が領域を展開してきても、それが外殻を持つものである以上胎蔵遍野(たいぞうへんや)の必中効果は外殻の外に及ぶ。

 

 結界術は、内からの耐性を上げる程、外からの力に弱くなる。

 つまり領域は、外側からの攻撃に脆い。

 

 領域展開を使用することで相手の領域展開を誘発。超重力による加圧で九々等の領域の外殻を破壊し、術式が焼き切れた彼を殺す。それが羂索の必勝の作戦(プラン)

 

 だが一向に領域を使う気配がない九々等を見て、羂索はようやく九々等の必勝の作戦(プラン)に思い至った。

 

「(――そうか。自らは領域を使わず胎蔵遍野(たいぞうへんや)の効果時間をいなす、あるいは痛手を与えて領域を崩し、領域展開後の術式が焼き切れた無防備な私を叩く気か!)」

 

 領域展開は無制限に発動し続けられるものではない。呪力消費量、領域を保ち続ける技量、外的要因による影響……様々な理由で発動限界時間がある。羂索の場合は、何もせずこのまま領域を維持し続けるだけなら約30分。他の術式と併用したりダメージを受けたりすればさらに発動可能時間は減っていく。そもそも領域を維持できない程のダメージを負えば、残り発動時間など関係ない。

 ――だが、甘い。

 

「――この重力の術式。実は全く真逆の効果を持つ術式反重力機構(アンチグラビティシステム)の術式反転でね。虎杖香織……前の持ち主の肉体に刻まれていたソレでは出力と効果範囲が狭く、せいぜい自分を浮かせるのが限界だった。その出力を術式反転で、効果範囲と持続時間を領域展開でカバーしているという訳さ」

 

 倒れた九々等へ距離を詰めながら、羂索は術式の開示による能力の底上げを行う。結果、更に重力が増し……めき、という人体が壊れる音を、彼は確かに九々等から聴いた。

 重力で抵抗の力を奪い、倒れた九々等を体術と呪霊操術で確実に殺す。今まででも立ち上がれなかったのだから、重力が増した今はもはや重力を耐えるので精一杯だろう――。

 

 しかし、その時。

 九々等八壱は立ち上がった。羂索の予想を嘲笑うように、というには重たい動作であったが、羂索に緊張を走らせるには十分な動作であった。

 

「(何かしたね。『彌虚葛籠(いやこつづら)』や『簡易領域』、『領域展延』を使っている気配もないが……)」

 

 そこまでを素早く分析して。

 九々等八壱が動いた――と思った時には彼の姿は目の前にあり、振るわれた拳が羂索を捉える。

 走る衝撃。響く打撃音。

 ぎし、とガードした羂索の腕が軋む。

 

「(速い! そして重い!)」

 

 だが八十一倍神速拳(スタープラチナ・インファイト)と違い、反応出来ない速度ではない。

 それでも超重力を受けながら反撃して来た九々等は、羂索にとって警戒するに値する脅威。とっさに飛びのいて距離を取る彼に対し、九々等は追撃はしなかった。まだ重力の影響を受けているのか、俯きがちの表情は覗けない。

 彼は殴りかかった方の腕とは逆の腕、折れているらしい二の腕の骨を反転術式で治しながら、自嘲するように独り言つ。

 

「やっぱバカだわオレ。体が重いなら体を軽くすればいい……こんな簡単なこともすぐに思いつけねえんだからな」

 

 その言葉に、羂索は九々等が何故動けるのかを悟り。

 九々等は考える隙を与えないように、早回しされたような速度で羂索に肉薄する。

 

「(冪乗呪法の通常の術式対象は2つ、つまり今の術式対象は――)」

 

 完治した腕での拳を受けながら、羂索は九々等の術式の対象を看破する。

 

 体重:1/9倍×速度:9倍

 

「(体重を減らして重力の影響を低減し、相殺しきれず下がった速度を術式でカバー! 結果、)」

 

 これにより現在九々等にかかっている重力の影響は、80÷9で10G弱相当に。

 つまり彼の体重は現在約600㎏。一級術師以上の呪力強化技術があれば十分戦闘行動が可能な負荷の範囲に納まっている。

 そして、格闘技などでも体重差で階級が分けられている以上自明の理ではあるが、格闘戦は自重で速度が下がらないと仮定した場合体重が重い方が大きく有利である。

 

「(拳は全体的に見れば速度と質量を増した! 九十九由基には遠く及ばないが一撃が重い!)」

 

 羂索の脇腹に入った蹴りがミシリと彼の骨を軋ませ、頬を打った拳が奥歯をへし折る。

 体勢を崩さんと放った反撃の足払いは、しかし命中した九々等の軸足に受け止められた。体重(ウェイト)差10倍、そんな相手の姿勢を崩すことは容易ではない。

 反撃で放たれた九々等の肘打ちは両手で防ぐも、衝撃が骨に響き腕の中の血管が何本か千切れる。

 重力を相殺しきれないことで実質質量が増し、それが攻撃力に転換されている。速度:9倍でも落ちた機動力を補って余りある。

 

 ――このままでは殴り負ける。

 そんな予感が羂索の背筋を貫くも、しかし彼は迫る拳を前に薄く笑った。その口が凝縮された時間の中で言葉を紡ぐ。

 

()()()()

 

 瞬間――九々等の足が地から浮いた。ふわり、と軽やかな動作は、しかし彼の意思でそうなったのではない。その証拠に九々等の顔には困惑があり、その体は何秒経とうと地面には戻らず空中に浮かび続ける。

 

「(体が浮いてる!? これは――無重力!?)」

 

 風船のように、風に乗ってゆっくりと空を舞う九々等を見上げながら、羂索は受けた手傷を反転術式で治療しながら、余裕を取り戻した声音で嘲笑うように語る。

 

「言っただろう? 今までの『重力』が術式反転だ、と。そして『せいぜい自分程度の質量を浮かせるのが限界だった』術式は、領域と術式開示の上乗せによって君を浮かせる力を得た」

 

 術式、反重力機構(アンチグラビティシステム)。本来の効果は重力からの解放、即ち無重力状態を与えること。

 ふわふわと浮かぶ空中で両手を伸ばして藻掻く九々等だが、周囲に掴めるものなどない。その体は為す術無く、どんどん上に昇っていく。羂索の姿が、声が遠くなっていく。

 

「君、領域に付与した術式の術式対象を当たり前みたいに変えていたんだってね? 領域に付与した術式を展開中に上書きする、なんて芸当は普通は不可能だ。だが例えば複数種類の式神を操る術式の領域展開のように、複雑な条件を設けず『術式そのもの』を領域に付与すれば……再設定の手間に使用リソースの増加、多少の呪力効率悪化や領域強度の減少とデメリットはあるが、()()()()()()も可能になる」

 

 即ち、領域に付与した発動中の術式対象の変更、あるいは順転と反転の切り替え。言うなれば必中必殺ではなく既存の術式の解釈の拡張、ポテンシャルの120%解放の為の領域か。 

 

「君の膂力(パワー)敏捷性(アジリティ)は厄介だが、無重力状態にしてしまえば対処は容易だ。後は呪霊を使って物量で圧殺するも、時間を稼ぐのも自由自在――」

 

 羂索はつらつらと語りながら、言葉の裏で冷静に戦況を分析していた。

 

 普段は出力不足の術式順転だが、領域展開と併用したなら九々等のような近距離ファイターにとって致命的な技となる。足場が無ければ移動は出来ず、よしんば動けたとしても体重が乗らない打撃は恐るるに足りず。

 そしてこれに気付いているかは分からないが、体重を9倍・81倍に増やして順転から脱出すれば、反転に切り替えた瞬間に重力の影響を9倍・81倍受け即死するリスクがある。

 

 また、高専側の援軍も無い。

 羂索は周囲の烏を呪霊で意図的に排除している……それをせずとも対宿儺の観戦・情報収集で忙しい冥冥及び高専側がこちらを嗅ぎ付けることは無いだろうが念の為だ。羂索の読みでは、九々等の動きは独断専行。それに援軍が無いのは当然と言える。

 

 空中でまともに身動きは取れず。

 領域展開で必中効果を打ち消してきても、領域戦ならこちらの土俵。

 胎蔵遍野(たいぞうへんや)の残存発動時間も充分、流石に宿儺が五条悟を殺す方が早いだろう。決着が付かないようなら、空中で身動きできない彼を呪霊で殺せばいい。魂を直接攻撃する搦手系の呪霊を使えば、無重力状態の九々等八壱であれば殺害は可能だろう。

 

 唯一の遠距離攻撃手段である投擲の可能性を考え、呪霊で射線を潰しながら羂索はほくそ笑む。

 

 ――これで詰み。少なくとも九々等八壱が新宿に辿り着くことは無い。

 歴戦の術師でもある羂索はそう確信し。

 

「――『定散(じょうさん)より三昧(さんまい)』『輪廻より三界』『九天(きゅうてん)』『至りて宗動天(そうどうてん)』」

 

 声が。

 朗々と声が響いた。

 それが呪詞の詠唱であると気付いたのは、空中の九々等から放たれる呪力が爆発的に高まった為。

 

 見上げた空に、逆さに浮く金髪の術師。日輪を背に黄金を纏うその男は、天上から地上を見下ろすように、こちらに掌印を向けていた。

 親指と中指で輪を作り、伸びた人差し指と合わせて「9」の字を象ったような掌印。その親指と中指の輪の中に、超高密度に凝縮・圧縮された呪力の塊が、ふたつめの小さな太陽のように金色の輝きを放っていた。まるで、大砲の筒の中に装填された砲弾のように。

 

「『大日孁(おおひるめ)(すえ)』『猛毒の光』『黎明告げる』『欠けた冥王』!!」

 

 呪詞が続く。否、紡がれ終わる。

 羂索の器たる肉体、夏油傑はその光景に見覚えがあった。

 2017年12月24日。特級過呪怨霊・祈本里香の二度目の完全顕現を以て乙骨憂太によって放たれた、呪力の高出力指向放出。4461体の呪霊を凝縮した『うずまき』すら凌駕する呪力の光線。

 

 ギイイイイイィィィィィ!! という金属を擦り合わせるような異音は、呪力が超高密度に圧縮される音。

 世界を照らす黄金の光は、呪力の塊が持つ膨大なエネルギーの抑えきれない余波でしかなく。

 実体なき小さな球体は、しかし惑星のような圧倒的な存在感を放ち、視線を捕らえて離さない。

 

 内から溢れる力を抑えきれないと脈動するその(ほし)は、今か今かと主の合図を待っている――。

 

 あるいは。夏油傑の肉体がその恐怖を覚えていたのかもしれない。

 羂索の体が忘我の内に反射して。

 

極式(きょくしき)――」

「ッ! 術式反転、最大出力!!」

 

 咄嗟の抵抗は間に合ったのか。世界の全てを置き去りにして、黄金の呪いは放たれる。

 五条悟の(あか)、あるいは(むらさき)に着想を得たその技の名は、主の口から今声高に――。

 

「――(くがね)』!!!!

 

 きらり、閃光が瞬いて。

 迸るは黄金の呪力。指向性を持つ破壊の怒濤。

 速度は光。威力は万死。地上の恒星に匹敵する、実体なき惑星の衝突。そう、その光景は、正に金の彗星(ほうきぼし)が地上に降ったかのような――。

 

 光る、光る。日輪を思わせる黄金が、金の尾を引く一筋の流星が。

 奔る。奔る。全てを穿ち、貫き、塵の一片も残さず消し去る破壊と蹂躙の砲弾が。

 轟く、轟く。削られた空気の悲鳴、消えていく物質の断末魔、極まった己が威力に呪力が喝采する咆哮が。

 

 そうして全ては通り過ぎ。

 残ったのは破壊の爪痕だけ。即ち、地の底まで届いているのではないか、と思ってしまう直径5m程の大穴。穴の上には何もない。塵のひとつ、埃のひとつ、いいやきっと空気でさえその存在を許されず、一撃を以て消し去られた。

 あるいは星が墜ちて来たような光景が、端的に今の技の破壊力を物語っていた。

 

 その一撃を受ければ、例え羂索と言えどその永い生涯に幕を下ろすこととなった――あくまで命中すれば、だが。

 

「(……巨星墜つ、という訳か。笑えないね全く)」

 

 隕石の衝突を思わせる光景にそんな洒落を思いつつ、羂索は冷や汗を拭う。

 発射の一瞬。術式反転、つまり『無重力』を『超重力』に切り替え九々等の体が動いたことで、連動して(くがね)の狙いもズレた。それが無ければ羂索は今頃、塵ひとつ存在を許されず完全にこの世から消し去られていただろう。

 人間の可能性を喜ぶ羂索と言えど、眼前の破壊痕に抱くのは恐怖であった。というより、今の攻撃にはその威力以外に彼が感動しうる要素が無い。

 

 極式(きょくしき)(くがね)――その正体は「呪力を飛ばす」、言ってしまえばそれだけの攻撃。

 ただ、呪詞の補助によって超高密度に圧縮された呪力の放出はそれ自体が殺傷能力を持つ高威力攻撃であり、更にそこから九々等の術式によって威力:81倍という規格外の強化(ブースト)を与えられている。本来九々等の手を離れた瞬間霧散する術式効果は、しかし高密度の術者本人の呪力によって、彼の手から離れてもおよそ1秒間だけその存続を許されていた。

 即ちその技は――単純な破壊力だけなら虚式『(むらさき)に匹敵する、両面宿儺すら殺しうる必殺技である。

 

 有効射程は100m前後だろうか。少なくともそう簡単に取れる距離ではない。初速は穿血と同程度だが、問題はそれと比べると圧倒的に範囲が広いことだ。

 

「(不味い。一手で戦況が変わった)」

 

 二筋目の冷や汗が流れる。先のは純粋に(くがね)の威力に対して。そして今度は、その存在が盤面に及ぼす影響の大きさについてだ。

 羂索が「詰み」と判断したのは、九々等の取る手に対する明確な回答を持っていたからだ。

 領域の『広範囲超重力』によって、危険な八十一倍徒手格闘を潰し。

 近接戦闘を挑んで来れば術式順転の『無重力状態』で距離を取る。

 非呪物による遠距離攻撃は呪霊壁で対応済。

 そして領域展開は、閉じない領域での外殻攻撃で詰ませられる。

 

 だが、ここで新たな手札――つまり「呪力による遠距離攻撃」が九々等の手に追加されたことで、「詰み」の盤面はひっくり返った。『無重力状態』に対するカウンターの回答を手に入れられたのである。

 既に『広範囲超重力』に対する対処法を確立されている今、胎蔵遍野(たいぞうへんや)は順転も反転も有効的な攻撃にならない。つまり九々等はもう、自分も領域を展開する必要が無くなった。

 

 『重力』を体重:1/9倍×速度:9倍で無視して立つ九々等も当然そのことに気付いているだろう。彼は勝負事に関しては天性の勘を持つ。現にその脚は、格闘戦を挑もうと羂索の元へ。

 

「(今、対応しなければならないのは私の方。だが――)」

 

 刹那、羂索は思考する。

 極式(きょくしき)(くがね)への有効な対処法は羂索の手持ちには無い。あるとすれば呪力の圧縮中に妨害するくらいだが、重力は既に対応されているし、手持ちの呪霊では防御力:81倍を発動されるだけで大体が防ぎきられるだろう。だというのにこちらは(くがね)が急所に当ればどんな防御をしていても即死。最悪(くがね)を乱射されるだけで対処に負われて領域展開の残り時間を使い切ってしまう。

 

 自らは領域を使わず胎蔵遍野(たいぞうへんや)の効果時間をいなし、領域展開後の術式が焼き切れた無防備な羂索を叩く――甘いと嘲笑(わら)った策が、遠距離技という新たな選択肢によって現実になろうとしている。

 敗北。その二文字が冷たく脳裏を過ぎって。

 

「(……仕方ない。優先すべきは死滅回游の終了と人類の進化だ。なら――)」

 

 しかし羂索は、己のプライドなど塵芥程度にしか思っていない特異な性格であるが故に、

 

「逃げまぁす♪」

 

 九々等に背を向けて逃げ出した。

 

「――ハァ!!??」

 

 同時、『無重力』が九々等の体を浮かし、即座の追走を封じる。

 

「(この状況で私の勝ち目はほぼ無いな。あるとすれば不意打ちの『うずまき』命中(クリティカルヒット)させるくらいだが、アレもひとつの術式の極ノ番だ、領域展開中に上手く使うのは厳しい。結果的に領域展開は悪手だったね……この盤面をひっくり返すには、それこそ宿()()()()()()()()が居る)」

 

 逃走劇は羂索の有利であった。

 『重力』と『無重力』を好きに切り替えられるのだから当然ではある。戦闘においては対応策が完璧な九々等が有利であっても、フィールドの主導権はあくまで領域を展開している羂索にある。

 何度か飛んで来る(くがね)を術式反転への切り替えや呪霊の目くらまし、飛行呪霊による縦軸移動で躱した時点で、あくまで「逃走」に限定すれば羂索の有利は揺るがないものとなっていた。(くがね)の射程外に出れば、あとは『無重力』を発動し続けるだけで良い。

 

「待てや黒幕!」

「ははは、そう言われて待つ莫迦は居ないよ?」

 

 嘲笑いながら、術式で伸ばした髪を電柱や建物に引っ掛けスパイダーマンみたいに追ってくる九々等から逃げる羂索。流石の九々等八壱も、尻尾を巻いて逃げる羂索と五条悟の救援とでは天秤が揺らいだらしい。いや、「コイツを逃がすと碌なことにならない」と戦闘を通して察してしまい、方針を「無視して救援」から「倒してから救援」に切り替えたのか。

 九々等を挑発し彼の冷静さを削りつつ、呪霊で適宜足止めを挟みながら、羂索はその裏で冷静に思考する。

 

「(けれど、ただ逃げるというワケにもいかない。五条悟と九々等八壱、両者が揃えば宿儺の敗色は濃厚。1対2では大きく不利。なら――)」

 

 そろそろ領域の必中効果が及ぶ範囲の外。閉じない領域の場合、術者が効果範囲の外に出れば途端領域の保持は困難となる。

 充分に距離は取った。そして()()()()()()()()()

 

 そう、九々等は追うのに必死で気付いていなかったが。

 この地形は。この強大なふたつの呪力は。

 

 そうして。

 既に遠い場所で、主を効果範囲から見失った羂索の領域が崩壊し。

 術式の焼き切れた羂索、彼を追って来た九々等八壱は、()()()()に乱入する――。

 

「や、宿儺。君のお気に入りを連れて来たよ」

 

 ――即ち。両面宿儺と五条悟、2人の「最強」が激突する人外魔境新宿決戦へ。

 簡単な話。敗北濃厚の盤面を返すのに「宿儺みたいな鬼札」が必要なら、それこそ宿儺に頼ればいい。

 

「やっと追い付いた――うぇ!? 五条先生!? ここ新宿か!?」

「(八壱!? それに羂索(キショ縫い目)まで)」

 

 決戦に乱入、一時中断させ、宿儺の傍に立った羂索は、追って来た九々等が五条の隣に並び立つのを見て宣言する。

 

2()()2()といこう。羂索(わたし)と宿儺、五条悟と九々等八壱(きみ)とでね」

 

 ここに。

 決戦の場は、制御不能の混沌と化した。

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