9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

29 / 60
×7 延長

 高専内・モニター室。

 

「待て待て乙骨! どこに行く気だ!」

「……決まってるでしょ。五条先生を助けに行くんです」

 

 刀を手に席を立った男の背に制止の声をかける日下部篤也。

 しかし相手、乙骨憂太の決意は固かった。

 

「宿儺は領域を失った、もう広範囲攻撃は無い。僕が羂索を請け負えば、その間五条先生と九々等さんは二対一で絶対に宿儺に勝てる」

 

 説得のつもりか語られた乙骨の言葉は正論にも思えた……が、日下部からすれば前提を無視していると言わざるを得ないものであり、受け入れられないと声を荒げる。

 

「だから、『切り札』を温存せざるを得ない宿儺と全開の五条を戦わせるのが一番勝率が高いって話をしただろ!」

「でももう九々等さんが参戦してる。宿儺に変化が無いんですから、『切り札』なんて無かったってことでしょ」

「それはおまえ、羂索の参戦もあって人数状況はイーブンだし、ここにおまえを筆頭とした1級・特級相当が何人も控えてるからだろ! 渋谷での目撃情報と惨状から、宿儺には発火・爆発などの現象を起こせる超火力の『切り札』があるのは明白!」

「……九々等さんも言ってたでしょ。ただの炎なら五条先生には通じない。それを出させない為に援軍を出し惜しむなんて納得できないですよ。最悪それを出されても、死ぬのは五条先生じゃなくて援軍の僕だけで済むんじゃないですか」

 

 いやそれも大問題なんだが、と自分の価値の高さをあんまり分かってない乙骨に反論を返そうと日下部が口を開き……乙骨の静かな呟きが場に響く。

 

「五条先生は1人の時が一番強い……僕もそう思ってました。でも九々等さんが『そうじゃない』って今証明してるじゃないですか。なら僕だって、五条先生の役に立ちたい」

 

 万感の込められた呟きに、日下部の反論の気勢は削がれた。

 その代わり、とばかりに、彼は頭を掻いて横に居た青年に援護を請う。

 

「鹿紫雲、だったか? おまえからも何か――」

「いいんじゃねえか」

「はぁ!? おまえさっき否定派だったじゃねえか!」

 

 変わり身に驚愕する日下部。そんな彼を一瞥もせず、九々等に殴られた腹を抑えながら鹿紫雲一は燃え滾る闘志を隠そうともせずに乙骨の横へ。

 

「熱が引かねえ、我慢してたが限界だ。コイツが行くなら俺も行くぜ」

 

 と、その更に横に並ぶ影がもうひとつ。

 

「私もだ。後詰めは虎杖らで足りるだろ」

「真希さん」

「おまえまで……!」

 

 『参戦派』と『静観派』で混迷とし出した場。

 その中で、一歩引いた視点で冥冥は考える。

 

「(九々等八壱。彼が天秤を破壊した……いいや、五条君の生徒や戦闘狂は彼に当てられたのだろうね。前者は『最強』の恩師に並び立てる者が居るという事実に、後者は人外魔境もかくやの呪術界頂上決戦に)」

 

 『参戦派』として声を上げたのは乙骨、真希、鹿紫雲。虎杖も目に見えて参戦派だが、自分の役割は後詰めと判断して声を出さない。脹相は無条件で虎杖に加勢するだろう。

 『静観派』は日下部が筆頭、秤もまだ静観派。綺羅羅も秤に付くだろうからこちら。

 どちらにも付いていない者たちは五条の戦闘力を良く知らない者や戦術理解が仔細まで及んでいない者が主だ。故にこれからの流れ次第では場が傾く。

 いや、それだけならいい。最悪は場が割れること……意見の相違から統率が取れなくなり、どっちつかずの作戦しか取れなくなることだ。

 

 そうならないよう、混迷しだす状況を俯瞰していた冥冥は流れを纏めるために口を開く。

 

「実際、この状況だと半々といった所だろうね。援軍を送った場合の勝率と、そうしなかった場合の勝率。宿儺の『切り札』がなんなのか不明な以上、ここで最適解を導き出すのは不可能だ。どのみち倒さなければならない羂索も居るし、ここを見逃した場合最悪雲隠れされる恐れもある。もうここは転換点……賭けに出る場面じゃないかな」

「『賭け』……」

「出るか、出ないか。出るなら誰が出て誰が残るのか。生かすべきは、誰か」

 

 言って、冥冥含めた全員の脳裏にとある言葉が過ぎった。

 

『オレは呪術師とか正直良く分かんねえよ。けどさ、()()が何かは分かるぜ。それは「五条先生が死ぬこと」だ。それだけは間違いないんじゃねえのか』

 

 「五条悟の温存」。

 除外していた思考が再び選択肢に上がる。領域を失った五条悟を下げ、同じく領域を失った宿儺に対して別の領域等で攻め立てるべきなのでは――。

 と、下りた沈黙を焦ったような声が破った。

 

「待ってくれ」

「虎杖くん? 君ももしかして一緒に――?」

「違う、あれ見てくれ乙骨先輩!」

 

 虎杖悠仁がモニターを指さす。術師たちは彼の言葉に従って視線を上げ……そして皆一様に目を見開いた。

 

「あれは、一体――」

 

 果たして、呪術師たちがモニターの先に見たのは――。

 

 

 

■漆■

 

 

 

 ――虎杖たちがモニターの先で広がる光景を見て驚愕する少し前。

 

 五条の拳が蒼く輝く。放たれる拳は呪力とは別に無限を纏い、空間と因果を捻じ曲げて標的を襲う。

 不可避の一撃、炸裂。衝撃に背に在った壁が砕ける。

 だが標的、宿儺は領域展延と呪力防御で打撃のダメージを最小限に抑える。

 五条の拳を染めていた蒼色が消え、宿儺が吹き飛ばされる……その背後に『蒼』の「吸い込む」反応。舞った瓦礫ごと宿儺を引き寄せ圧殺せんと蒼色が輝き、

 ――斬!!

 響くは幾重にも重なった斬撃音。斬撃が縦横無尽に奔り、瓦礫が粉微塵に分断される。その細かな破片に、最早人を圧壊させる力は無い。

 迫る五条の追撃を大きく背後に飛びのくことで躱し、宿儺は虚空に指を構える。狙いは五条――ではなくその奥、羂索と戦っている九々等八壱。

 宿儺の頬に浮かぶ嗜虐的な笑み。僅かに漏れた殺気と呪力のタメに九々等が超反応し振り向くも、回避を許す程宿儺は甘くない。

 

 ――(カイ)』!!!

 

 術式、抜刀。

 飛翔する無色の斬撃は一つや二つではない。幾重にも交差し軌道上の全てを乱切りにせんと疾駆する。

 

 ゾン!! という斬撃の音と共に、新宿は縦横計百の傷痕を刻まれた。

 同時、九々等の体にも十字の斬撃が奔る。零れる鮮血と苦悶の声。

 

「――ッ、やったなこの! (やっぱ防御力:9倍じゃ無傷じゃ済まねえな! まあ使ってなきゃ死んでるけど!)」

 

 刻まれた傷はさほど深くない。骨にも命にも届かない刀傷は、すぐに反転術式で修復される――が、それも完全ではない。

 

「(呪力残量がヤベーからな。反転術式は最低限!)」

 

 とりあえず止血程度の治癒を済ませる九々等。その様子を見ていた五条は、

 

「(八壱を攻撃……まあそう来るよな。となれば)」

 

 即断即決、九々等に檄を飛ばす。

 

「八壱!」

「分かった!」

 

 以心伝心――選手交代。

 五条と九々等はハイタッチしながらすれ違い、互いの相手を入れ替える。

 五条は羂索へ、九々等は宿儺へ。それぞれを先とは違う相手に向かって走る。

 

()()()()()()()()!」

()()()()()()()()()()()!」

 

 交差させた言葉の真意すら完全に伝わっていると確信する意識のシンクロ。生得領域を融合させる融合領域の副作用。

 対し、五条に迫られた羂索は、最後の余裕で宿儺へ語る。

 

「宿儺。()()()()()()()()()()()

「好きにしろ。()()()()()()()()()()()()

 

 此方は旧知、というよりは卓越した戦術思考による婉曲な意思伝達。

 五条はそれ以上言葉を交わさせない為に羂索に蹴りを入れて後方へ吹き飛ばし、好戦的な笑顔で彼の言葉を哂う。

 

「ハッ、僕相手に時間稼ぎ(それ)が出来るとでも!?」

 

 再び五条悟の拳を染める蒼き呪力。相手を引き寄せ殴打を必中させる、五条悟の「本気の拳」。

 

「(領域の無い羂索に僕の無限を突破する手段は無い。一息の間で羂索(コイツ)を殺し、宿儺を八壱との2対1で確実に倒す!)」

 

 羂索と宿儺では戦闘力に大きく隔たりがある……それを五条悟はこれまでの戦いから看破していた。彼の強みは豊富な知識と手数であり、シンプルな殴り合いでは新宿乱戦に参加している四者の中で一番下。五条悟の本気の拳が入れば、それだけで戦闘の趨勢が傾く。お互い領域展開が無いなら猶更。

 拳だけでは必殺ではない。だが拳で隙を作れば次の一撃で必殺、しかも拳は「吸い込む反応」でほぼ必中。

 羂索を数秒で殺す――それは五条悟にとっては難しいことではない。

 

 ――()()()、宿儺は保険を用意していた。

 

 五条悟の背後。何か巨体が突如として出現し、長身の五条よりも更に二回りほど大きい体で彼に覆いかぶさる。

 

「!」

 

 五条悟は咄嗟に反応、羂索に振るうつもりだった拳で背後の敵を殴り付ける。奇襲の下手人は反撃を想定していなかったのか、その顔面に拳は命中した。

 手に伝わる感触。その異形の姿。すぐに五条は相手の正体を見抜いた――否、見抜くまでもなく一瞥で分かった。何故ならそれは、決して初見ではない巨体の式神――

 

「(魔虚羅!? ――そうか、さっきの接近戦の時に僕の影に隠していたのか!)」

 

 そう、背後の伏兵は八握剣異戒神将魔虚羅。接近戦で五条と宿儺の影が重なった時に宿儺の影から五条の影に移動し、今の今まで奇襲のタイミングを待っていたのだ。

 だが、と五条は思考する。魔虚羅はまだ五条を守る「無限」に適応していない。フルオートの無下限防御を突破できない以上、今の奇襲は無意味だ。

 つまり。

 

「(羂索の護衛役か! だがそれだけでこっちに魔虚羅を……()()を舐めすぎじゃないか?)」

 

 五条悟は訝しむ。というのも、この戦いで魔虚羅は宿儺にとっての戦略の要であるからだ。

 五条が思う魔虚羅の役割はふたつ。

 一。五条の『蒼』に適応し、領域・展延以外で無下限防御を突破する方法を得る。

 そして二。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()

 というのも。

 

「(八壱の術式は魔虚羅を一撃で破壊できる……だがその超火力を出す攻撃の瞬間だけは、八壱は確実に無防備になってしまう。術式発動中は展延による防御は使えず、また術式を防御にも回せない。つまり宿儺の狙いは、魔虚羅を囮にカウンターで八壱を殺すこと)」

 

 展延での戦闘で押されている以上、魔虚羅を失えば宿儺は「無限」を突破できない……だからこそ九々等は魔虚羅を無限適応前に屠りたいと画策する。それこそが罠。

 宿儺と八壱に実力差はある……だが宿儺が八壱を瞬殺できるほどではない。だが瞬殺(それ)を為しうるのが魔虚羅の囮なのだ。

 

「(僕の無限を『適応』で破れる魔虚羅。その魔虚羅を『適応』の猶予を与えず一撃で破壊できる八壱。その八壱の一瞬の隙を見逃さず殺しうる宿儺……だが宿儺本人には展延以外に僕の無限を破る手段が無い)」

 

 複雑な相克関係。

 結論。

 

「(宿儺の魔虚羅、僕には八壱――この勝負、相棒を先に失った方が負ける……!!)」

 

 以上を踏まえて、宿儺が五条vs羂索(こちら)に魔虚羅をよこした理由は。

 

「(八壱に魔虚羅を破壊されるリスクを避けた? 有り得ないな、僕と分断されてる今が八壱を殺す絶好のチャンスだったハズ。それともそこまで僕らが読んでるのを読んで逆に、ってことか? 読まれてるなら囮作戦は不発になる可能性が高いから、それなら僕の『無限』への適応を優先したい、ってなら分からなくもない。羂索を優先して守る動きは何かしらの『縛り』であるとも考えられるし……ま、結局真意がどれでも問題ないな。宿儺の狙いを共有できてる以上、八壱が瞬殺されるとも思えないし――僕が魔虚羅を破壊すれば結果は同じ! まずは当初の予定通り、何するにも邪魔な羂索を殺す!)」

 

 恐らく宿儺が優先したのは「無限の適応」。

 色々と思案を巡らせたが、結局はシンプルだ。

 ――羂索と魔虚羅、ここで両方()せばいい。

 

 そこまで五条悟は刹那で思考し、思考の間に羂索を庇うような立ち位置へ移動した魔虚羅を見て。

 好戦的に笑う。そんなもの無駄だと言わんばかりに。

 

「『位相』『黄昏』『知恵の瞳』――」

 

 呪詞の詠唱。蒼き光は真なる力を取り戻し、現世の戦場に顕現する!

 

 術式順転 出力最大――『(あお)』!!

 

 座標攻撃に射線など必要ない。羂索を中心に展開された『蒼』は、「吸い込む反応」によって周囲の全てを引き寄せ、何万分の一にも圧縮して磨り潰す――。

 ばちゅん、と柔らかいものが潰れる音。

 だが潰れたのは羂索ではなく――彼を庇った魔虚羅、その太く巨きな右腕。羂索本人は魔虚羅の腕に座標をズラされたことでダメージはゼロ。

 

「(魔虚羅に庇われたか――)なら先に魔虚羅を壊せば良いだけの話だろ!」

 

 大方宿儺が「羂索を守れ」と命令していたのだろう……それは今までの遣り取りから推測できたこと。五条に動揺は無く、指を二本立てて術式を起動。

 

「『位相』『波羅蜜』『光の柱』――」

 

 呪詞の詠唱、再び。赫き光もまた全霊で、新宿に鮮烈なる色を刻む!

 

 術式反転 出力最大――『赫』!!

 

 魔虚羅を直撃する『赫』は、「弾く反応」によって周囲の全てを吹き飛ばし、空気と共にその仮初の肉体を四散させる――。

 ザフッ、と呪力が霧散する音。

 だが霧散したのは魔虚羅ではない――その体に纏わりついた無数の呪霊。そのうちの魔虚羅が攻撃を受けた左腕、上体正面の呪霊が祓われたのだ。魔虚羅自身は防御に使った左腕を失ったものの、完全に破壊されるのを免れていた。

 己の呪力で強化した無数の呪霊を魔虚羅の体表に纏わりつかせて『赫』のダメージを削ったのは、当然呪霊操術を持つ羂索。

 

「(呪霊の鎧!? いや、それにしてもダメージが低い。最大出力の『赫』だぞ? そうか、魔虚羅は融合領域内で一度『赫』を受けた後方陣を回転させてる……あの時に適応されたのか!

だが無傷じゃないってことは完全に適応された訳ではない? 適応は0→100ではなくグラデーションがあるのか?)」

 

 冷静に分析しながらも、アドバンテージを保つため五条の思考は一瞬。

 

「(羂索と魔虚羅、お互いがお互いを庇い合うのが厄介……) なんて言うとでも? 僕がなんで『最強』なのか教えてやるよ」

 

 『蒼』では速度が。『赫』では火力が足りない。

 ならばどうするか――決まっている。

 『蒼』よりも速く、『赫』よりも強い一撃で全てを消し飛ばしてやればいい。

 

「『九綱』『偏光』『烏と声明』――」

「(虚式『茈』!!)」

 

 五条の唱えた呪詞、それが示す技を羂索は知っている。それが先のふたつと違い、魔虚羅が反応できないほど速く、呪霊の鎧などでは対処不可能な技であることも。

 

 適応前の『茈』は魔虚羅にとっても致命的。羂索に対しては言うまでもない。

 しかし発動を阻止しようにも、今の魔虚羅・羂索では即座に無下限防御を貫き『茈』を止める術が無い。

 

「――『表裏の狭間』」

 

 最後の一節。

 『茈』の呪詞が完成する。

 

「(……ここまでだね)」

 

 羂索はそう声に出さず呟き。

 『茈』の光が新宿を照らす――その一瞬前に。

 羂索の足元から、まるで影が膨れ上がるみたいに――100など優に超える呪霊の群れが、新宿の街に溢れ出した。

 

「!?」

「それじゃ、私はそろそろお暇するよ」

 

 五条悟の驚愕は、六眼によりその総数が分かった故だ。

 怒濤の如く溢れ出て天へと昇っていく呪霊の数は100では済まない。200、300、500……1000。いやそれすらも超えて増え続ける。

 降伏した呪霊全てを解き放ったのでは、とも思える異常な数。だがそれらには五条を襲う様子が無い。

 何故。何を。

 そのうちの一体に飛び乗って空へと上がっていく羂索は、意図を掴み兼ねる五条を見下ろしながら愉快そうに嗤う。

 

「2000体の呪霊を解き放った。1級、特級を含む精鋭だ。下した命令は『一切鏖殺』――まあ新宿を出たら、だがね。さあ、百鬼夜行(いちねんまえ)の続きと行こうじゃないか」

 

 五条悟の脳裏に駆け巡る、今より丁度一年間の記憶――夏油傑による百鬼夜行。

 これはその再現だ。つまり……五条悟を倒すためではなく、別の目的によって放たれた2000の呪霊。

 前回は本命の為の目くらましと五条悟の足止めだった。そして今回の目的は。

 

「――高専術師の足止めか!」

「その通り」

 

 そもそも、羂索は無策でこの魔境に足を踏み入れた訳ではない。烏という高専の情報網の中にわざわざ身を晒したのは、それを逆利用して高専側の行動をコントロールすることが可能だったから。

 

「(宿儺に領域展開、ひいては領域への対策が無い以上、物量で攻められると厄介なことになる可能性がある。渋谷で見せた『炎』を筆頭とする『後詰めを警戒させて封じた手』を対五条&九々等戦(このたたかい)で宿儺に出させないという冷静な判断が出来るなら来ないだろうが……九々等八壱、どうも彼は良くないね。彼はそういう冷たさを人から奪う人間だ。強硬派の中に乙骨級の猛者が居ると厄介なことになるかもしれない――)だから私が来たんだよ」

 

 つまりこの『百鬼夜行』は……静観・情報収集を決め込んだ高専側から援軍の余裕を奪い、宿儺に五条・九々等戦に集中させる羂索の置き土産である。

 

 羂索も、渋谷一角を焦土に変えた『炎』の術式があれば、援軍はそこまで効果的ではないのではないかとも感じている。先の領域融合を破った時といい、宿儺にはまだ底知れなさがある。

 だが……問題は九々等八壱。あの超攻撃力を繰り出せる男が、領域を始めとする効果的な味方の援護を得てしまったら……。

 宿儺は未知数だが、九々等もまた未知数。

 故に羂索はこれ以上の不確定要素を減らすという判断をした。

 

 そんな羂索の手を前に、しかし五条は強気に笑う。

 

「あっそ。でもそれ、ここでおまえが死んだら全部オシャカだろ!」

 

 何故なら彼の手の中には、未だ衝突(そのとき)を待つ装填済みの『茈』がある。

 一息あれば放てる必殺の虚式。だが今は、心理的に優位に立った羂索の方が一手早い。

 ざぁっ! と。

 五条悟を取り囲むように、無数の呪霊が円柱形の壁となって彼の視界を覆う。

 

「無数の呪霊の壁……六眼を持つ君にはチャフみたいなものだろう」

 

 どこからか聴こえる羂索の嘲笑う声は、妙に反響して声の出所を掴めない。呪霊の大軍が作る濃い呪力は、六眼での索敵能力を封じている。

 

「更に、駄目押しだ――闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え

 

 呪霊の壁の上、ぽっかりと開いた円形の空を、ドロドロと夜が覆っていく。

 

「チッ」

 

 舌打ちし、五条悟は『茈』を解除、『蒼』による圧殺球を360度振り回すことで呪霊の壁を薙ぎ払う。100以上の呪霊を瞬く間に祓う間にも、羂索の声は反響し続ける。

 

「内側からは制限無し、外側からは術師の侵入のみを防ぐ『帳』だ。私が外に出ればそれを『縛り』として結界強度は上がり、高専側も宿儺と私とで戦力を分断せざるを得なくなる。そして――」

 

 視界を覆っていた呪霊が『蒼』に一掃され、視界が晴れる。

 そこにはもう羂索はおらず――代わりに歪んだ夜闇の中佇む三体の呪霊と、残響する姿なき羂索の声だけが在った。

 

「君の相手は、私の代わりに特級呪霊(かれら)にやってもらう」

 

 特級の位を冠する16の呪いのうちの一体、特級仮想怨霊・化身(けしん)玉藻前(たまものまえ)

 比類なき特級の悪意、悪路王大嶽(あくろおうおおたけ)

 悪天候に対する人々の畏怖から生まれた高専未登録の特級呪霊、瘋摩(ふうま)

 

 錚々たる呪いの揃い踏み。

 羂索の切り札、三体の特級呪霊。そしてその背後、宿儺の式神である魔虚羅。それが五条悟の行く手を阻むように並び立っている。

 

「ちッ」

 

 五条悟は空を見る。蒼い眼が飛んでいく数多の呪霊の中にちらりと夏油(羂索)の呪力を見た気がした……が、既に遠い。見たと思った呪力も、空を覆う帳を超えたときに帳の呪力の中に埋没してしまう。

 遥か天空とはいえ、五条悟にとっては一息の距離。しかし、逡巡。

 

「(羂索を追うか? いや、僕も万全じゃない。『最悪』はのらりくらり躱されて、その間に八壱が宿儺に殺されること……羂索(あいつ)は宿儺程圧倒的じゃない、領域も失ってる。羂索と2000体の呪霊はこっちに来るだろう皆に任せるか。とすると問題は――)」

 

 五条悟は視線を上から前に戻した。

 

 ――ガコン

 

 魔虚羅の方陣が回転し、両腕喪失の損傷がリセットされる。

 それを合図に、特級呪霊たちもやにわに殺気立ったようだった。

 だが五条悟の表情に危機感は無く、殺気立つ彼等をめんどくさそうにじとりと睨む。

 

「(羂索(あいつ)が残していった3体の特級呪霊。どうせ無限の突破手段があるんだろうな、領域とか。それを魔虚羅の相手をしながら無量空処(りょういき)無しで片付けて魔虚羅を壊す、あるいは八壱と合流する……)」

 

 かつて六眼の無下限呪術使いを殺害したとされる十種影法術最強の式神に、無限を貫通してくるだろう特級呪霊が三体。

 揃いも揃った強敵・難敵。並の術師どころか特級術師でも敗北は必至。

 だが。

 

「――1分あれば充分だな。君たちじゃ、宿儺の前座にしちゃ役不足だよ」

 

 余裕の声と表情で。

 「最強」五条悟は、事も無げにそう宣言した。

 


瘋摩(ふうま)

 ↓ 見た目のイメージ

 

【挿絵表示】

 

 悪天候への畏怖から生まれた呪霊。元々別の呪術SSを構想妄想していたときに「よく考えたらチーム人型呪霊って真人除いたら『陸海空』じゃなくて『陸海陸』だな」「高専側の戦力が増えるなら呪霊側も増やそうかな」と考えて作成したオリ呪霊。原作登場済みでギリギリ自由に使えそうな特級を2体しか見つけられなかったが、それじゃ圧が足りないと判断したため苦肉の策としてオリ呪霊であるコイツを放出。

 三つの顔はそれぞれ「雨」「風」「雷」をイメージ。三つの顔が三種類の術式を使い分ける。

 領域展開できるので無限突破の手段はあるが今回は瞬殺。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。