9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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※設定捏造(推測)しまくってます。


×2 領域

 11月10日、東京第1コロニー、午後3時頃。

 オレ、九々等(くくら)八壱(やいち)は無人の道路を歩きながらウンウンと頭を捻っていた。

 

「……術師どうしの殺し合い・死滅回游。このゲームには明確な『クリア条件』が用意されていない。脱出不能の結界(コロニー)に、永続を謳った総則(ルール)。あらゆる要素が泳者(プレイヤー)の永久的拘束を暗示してるんじゃないんかなと疑うレベルだ。唯一の穴は、総則(ルール)6」

 

 死滅回游・総則(ルール)6、泳者(プレイヤー)は自身に懸けられた点を除いた100得点(ポイント)を消費することで管理者(ゲームマスター)と交渉し死滅回游に総則(ルール)を1つ追加できる。

 

 これを使えば『クリア条件』を追加できるかもしれない。例えば『200(ポイント)消費して死滅回游から離脱できる』……とか。死滅回游をゲームとするなら、この総則(ルール)追加こそがクリアの鍵であるハズだ。

 だが。

 

「そのために最低20人殺せ、ってのはなぁ……。殺人以外での(ポイント)追加みたいなルールを作るにも100(ポイント)分の人殺しをしなきゃダメってのは論外だ。はぁ、結局振り出しかー。どうやらこのゲームを仕組んだ奴は、本気でオレたちに殺し合って欲しいらしい」

 

 初心者(ビギナー)狩りを撃退してから早数時間。その間何度もコガネにルールの確認をし頭をひねって考えたが、クリアの目途が全く立たない。そもそもオレはあんまり頭が良い方ではない。どっちかと言えば感覚派なので、考えるのは正直苦手だ。

 

「あと思いつくのは、管理者(ゲームマスター)を叩く! とか結界をぶっ壊す! とか漠然とし過ぎなうえやり方も分からないものばっかだし……どうしたもんかなー」

 

 そんな風に道を歩いていた時だった。

 

 オレは考えながらも周囲の様子を確認していた。どれだけインフラ……電気・ガス・水道などが生きているのか。コンビニなどに食料は残って居るか。拠点に良い場所は無いか。何日分の食料を確保できそうか。そして、助けを求める人や攻撃的な術師は居ないか。

 そういうのを確かめながら道を歩いていたので、その人物の存在には一目で気付いた。

 

 誰も居ない――少なくともそう見える街の中。道路沿いの歩道に備え付けられたベンチに、1人の男性が寝転んでいた。

 黒髪を雑に後ろに撫でつけた、黒いスーツ姿の男性。年齢は30代くらいか、少なくともオレより大人だ。彼はそのかっちりした格好とは真逆の態度で、だらーっと横になる形で公共のベンチを占領していた。手すりに入りきらなかった足を乗せ、何をするでもなく無気力に空を眺めている。特に動きをみせることはないが、少なくとも死んでいないことだけは確かだった。

 

 生存者だ! 初心者(ビギナー)狩り術師以来の人との邂逅、それも奇天烈な格好をしていない人間との出会いに、オレは少し嬉しくなってそのベンチに駆け寄った。

 

「おーい、大丈夫っすかー!」

 

 声と共に駆け寄る……やはり男性は生きていた。こちらにチラリと視線をやり、また元のように上を向く。疲れているのだろうか、格好も相まって激務を終えたサラリーマンのようだった。ただここは死滅回游の結界内、彼は何らかの事情があってそうしているのだろう。

 

「おにーさん、怪我してんの? 水か飯、持ってるけど要る?」

「……いや、必要ない」

「じゃなんでこんなとこで倒れてんの?」

 

 問うと、彼は印象通りの低くくたびれた声で言う。

 

「君はベンチで寝転んだことはあるか?」

「……? (イヤ)、無いけど」

「だろうな。他の利用者が居れば迷惑行為、そのうえ硬いベンチは寝心地も良くない」

「……はぁ」

 

 話が見えないなー、と返答に困るオレの前で、男性はだがと続けた。

 

「外、昼間から寝転がって空を見上げるというのは悪くなかった」

 

 彼は手すりから足を下ろし、ベンチに座って独白のように言葉を溢す。

 

「最近、色々どうでもよくなってな。やってはいけないと思い込んでいたことにチャレンジしているんだ。30半ばにしてグレてしまった、と言える」

「……なんつーか、お疲れ様です?」

 

 オレはやはり言葉に困りながらも、男性が姿勢を正したことで空いたベンチのスペースに腰を下ろした。バッグの中から缶ビールを取り出し、隣の彼に差し出してみる。

 

「なら、昼間から飲酒ってのはどうっすか?」

 

 親父が言っていた「悪い事」を提案してニヤリ、と笑ってみれば……彼の目が一段鋭くなった。

 

「……君は未成年に見えるが。未成年飲酒は犯罪、未成年者飲酒禁止法第1条2項においては之を止めない者も罪に問われる場合がある」

「えー、グレてる人のセリフじゃねーよソレ」

 

 変な人だと思ったが、意外と根は真面目な人のようだ。

 笑いながら、オレは誤解を解くため缶を緩く揺らしながら説明する。

 

「それに、コレは『消毒用』。酒で傷を洗う、みたいなシーンを映画を見た事あったから、向こうのコンビニに残ってたのを貰って来たんすよ。ここじゃいつ怪我するか分かんないからね」

「……残念だが、ビール程度のアルコール度数では消毒液の代用にはならない」

「え、マジ!?」

 

 まさかの事実に驚愕するオレの手から、男性は缶ビールをかっさらった。

 

「という訳で、これは預かっておこう」

「お、なんだかんだ言って乗り気じゃないっすか。乾杯、しちゃう?」

 

 オレが水の入ったペットボトルを取り出せば、

 

「……そうだな」

 

 と少し迷った後に頷いてくれた。ぽん、と音の無い乾杯をして己が持つ飲み物を飲む。知らない人と飲む水は、いつもと違う味がする気がした。

 美味いのか美味くないのか判別しづらい微妙な表情をした男性がぐびとビールを飲み込む様子を、オレは隣で味わっていた。まだ会って数分だが、こうなると感覚的には友人同然だ。

 人との交流に飢えていたこともあり、オレは一方的に話し始める。

 

「おにーさん……あ、まだ名前聞いてねーや。オレは九々等(くくら)八壱(やいち)。おにーさんは?」

「……日車(ひぐるま)寛見(ひろみ)

「日車さんね。日車さんはもしかして弁護士?」

「ああ。よく分かったな」

「法律に詳しいのと、あと襟の弁護士バッジ! ドラマで見た事あったんだよね」

 

 そのとき、オレの脳裏に閃くものがあった。

 オレ1人では解決法を思いつけない問題も……この人ならば、あるいは。

 

「そうだ! 弁護士ってことはさ、スッゲー頭良いんでしょ? 司法試験っていうのに合格しないとなれないんだよね確か。そんな日車さんに相談のって欲しいんだけど」

「待て」

「?」

「俺は弁護士だ。相談事なら30分5000円の相談料が発生するぞ」

「マジか!? えー、じゃあ30分コースで……」

「冗談だ。嫌な弁護士を演じてみたくてな。詐欺には気を付けろ」

「今騙したのアンタでしょうが!」

 

 念の為持ってきた財布を取り出しかけていたオレは日車さんにツッコみ、そしてなんだか可笑しくて笑った。彼もふ、と小さく笑みを溢した。

 場に流れる和やかな空気、それが薄れるのを待ち……オレは悩んでいたことを口に出す。

 

「オレさー、死滅回游をクリアしたいんだよね」

「……」

「クリアしたいっていうか、出来ればまるっと終わらせたい。良く考えなくてもさ、滅茶苦茶クソゲーじゃん死滅回游。参加どころか殺し合いまで強制されてるし、クリア条件も用意されてない。唯一の突破口の総則(ルール)追加も100点取らないと出来ねーし……」

 

 後半は半ば独白だった。

 

「何かないんかなー。極力誰も殺さず、なるべく多くの被害者を助けながら死滅回游をクリアする方法」

 

 天を仰ぎながらそう溢す。視界の端には、屹立する漆黒の壁。オレだけではなく、日車さんを含めた数多のプレイヤーを閉じ込めた結界の外縁。

 そんな黒色の檻の中、街の一角で日車寛見は。

 

「悪いが」

 

 冷たく、静かに、真意を告げた。九々等八壱のそれとは真っ向から対立する、己の意思を。

 

「俺は死滅回游に可能性を感じている。少なくとも『術式の剥奪』は一度見届けたい。だから、それよりも早く死滅回游を終わらされては困る」

 

 ピリ、と空気が乾いた。

 どちらともなく、目は合わない。日車が缶ビールを飲み干す。九々等がペットボトルの蓋を閉める。

 

「……冗談になってないぜ、日車さん」

「ああ。冗談じゃないからな」

 

 近くの電線に停まっていた鳥が飛び立つ。

 

 九々等が戦闘を覚悟し呪力を解放した瞬間、日車の手元には木槌(ガベル)が出現していた。

 彼はベンチに座ったまま、唱える。

 

領域展開

 誅伏賜死(ちゅうぶくしし)

 

 木槌(ガベル)を叩く音が響く。

 不意打ちの領域展開。想定外の「呪い」が、呪術戦の素人たる九々等(くくら)八壱(やいち)を覆い。

 

「! シン・陰流――」

 

 考えるよりも先に、九々等は()()を展開した。

 

 ――簡易領域(かんいりょういき)!!

 

 それは一門相伝、領域から身を護る『弱者の領域』。

 師匠直伝たる九々等の簡易領域が誅伏賜死(ちゅうぶくしし)の必中効果を打ち消し。

 術式を発動する対象を見失った日車の領域が、崩壊した。

 

 現実に引き戻される両者。

 日車に驚愕は無い。彼は既に彌虚葛籠(いやこつづら)を使用する術師との戦闘を経験している。故に己の領域を崩されたことにも動じず、木槌(ガベル)を用いた接近戦の為素早く間合いを詰める。

 

 寧ろ、混乱は九々等の方にあった。

 彼が知る領域展開についての情報はふたつ。1、領域展開は必中必殺の奥義。2、領域展開には領域展開または簡易領域で対抗できる。

 

「(領域展開! 師匠が言ってた呪術の奥義! それが使えるほどの術師!? 消えたって事は防げた!? (イヤ)、今は――)」

 

 だがそれ以上の知識を持ち得ない彼の、実戦経験の浅さが生み出す思考の空白を、

 

 ――ゴガンッ!! と。

 

 日車の木槌(ガベル)が痛烈に()いた。

 

「ッ"~~!!」

 

 頭が揺れる全力の一撃。籠った殺意を痛みを通して感じ取った九々等は体勢を立て直し、目が合った男へ悲壮に吼える。

 

「なんでだ、日車さん! アンタ弁護士なんだろ、良い人じゃないんかよ!」

「『弁護士だから』だ。法の無力さを知るからこそ別の機構(システム)に可能性を見る。例えば、総則(ルール)に違反した者が裁判など挟むことなく全自動で罰せられるなら……」

 

 日車は全力の一撃を側頭部に受けて尚意識のある九々等に多少瞠目しながらも、柄を伸ばした木槌(ガベル)を槍のように構え呪力を練る。

 

「死滅回游の総則(ルール)に問題があることは認める。だが、俺はおまえの言う『善人』ではない。既に82点持っている……日本の刑事法では、これ以上罪が重くなりようがない」

 

 空気を染める日車の呪力、殺意――しかしその圧を、解放された九々等の呪力と怒気が押し返す。

 どろり、と頭から血を流しながら、日車を超える呪力で全身を覆った九々等は。

 

「あっそ――気にいらねーな! ブン殴る!!」

 

 猛獣が如く怒号と共に突進した。

 

「(防御力、それと移動速度:9倍――!!)」

 

 口調に反して九々等の初手は冷静だった。術式覚醒後一週間で簡易領域を会得した術師としてのセンスが、彼に無謀な突進を選ばせない。様子見とも言える術式対象の選択。

 

 瞬間、日車の視界から消える九々等の姿。

 死角である背後に回り込まれたことを日車は呪力を感知することで認識し。

 

「らァ!」

 

 九々等の蹴りを、伸ばした木槌(ガベル)の柄で受け止める。

 

「(! 速いな)」

「ちィッ」

 

 九々等は再度移動速度:9倍を発動、木槌(ガベル)の間合いから外れる。

 

「(だが攻撃自体は目で追える。移動する術式か?)」

「意外と動けんのな弁護士!」

 

 今の九々等は9倍になった移動速度に意識がついて行かず、その状態のまま攻撃するのは難しい。だが今のように移動速度:9倍を解除してからの攻撃だと、日車には防御されてしまう。

 ならばどうするかを思案する前に、九々等の視界を木槌(ガベル)が覆った。

 

「!」

 

 得物の投擲、想定外の攻撃。手斧のように投げられた木槌(ガベル)が九々等の顔面に激突する――が、無傷。防御力:9倍の方は解除してない故のダメージの減少が、皮肉にも攻撃した側の日車に驚愕を与える。

 

「(武器手放したな、脚力:9倍!)」

 

 九々等は術式を発動。アスファルトに蜘蛛の巣状の罅を入れる程の踏み込みで日車へと突進する。

 

 サッカー経験で鍛えた脚力と繊細なコントロール、呪力による肉体の強化、それを9倍する術式。

 彼が己の一撃の命中を確信したとき。

 

 日車の手元に、巨大な木槌(ガベル)が出現した。

 

「!」

 

 瞬間、蹴りとハンマーが激突。ビリビリと空気が、街が揺れる。

 威力は互角――否、日車の足が後ろに滑る。

 

「(凄まじい威力! 喰らえば間違いなく無傷では済まない!)」

「(あのハンマー、いくらでも出せんのか! 更にデカくしたり形を変えられる!)」

 

 衝撃に、両者は数メートル弾き飛ばされた。

 手元に痺れを感じる日車に対し、九々等に殆どダメージは無い。未だ防御力の9倍化を解除していない注意深さが――領域展開を会得した術師に対する警戒が、九々等の足を木槌(ガベル)の衝撃から守っていた。

 

 間合いが空く。

 この段階で、両者は同時に全く同じことを確信した。

 

「(こいつは――)」

「(――疑いようもなく、強敵!)」

 

 日車は、九々等の速度と攻撃力に。

 九々等は、日車の領域と戦闘センスに、それぞれ警戒を深くする。

 

 ――領域展開後、肉体に刻まれた術式は焼き切れ一時的に使用が困難となる。

 日車は当然そのことを知っている。だが領域に疎い九々等はそうではない。

 そんな九々等が選んだ選択肢は……。

 

「(……距離を取ったか)」

 

 領域に巻き込むにはある程度相手と接近する必要がある。

 彼我の距離、15m。これが九々等が勘で判断した、日車の領域に巻き込まれないための最低距離。

 

 日車はその判断に舌を巻いた。日車の領域の大きさは一般的な法廷と同じ9×13.5mの楕円状。それを一瞬の領域展開から読み取り、領域巻き込みの為の射程距離と判断する圧倒的なセンス。

 更に、日車には強力な遠距離攻撃が無い。間合いを詰めようにも15mは長い。

 一瞬足が止まった日車の視線の先で、九々等は――。

 

「――オレの術式は、指定した術式対象を『9倍』に出来る。同時に選べる対象は2つまで。倍率は固定で、それよりデカくも小さくもならない」

 

 べきん、と道端にあった「一時停止」の標識の根元を足刀で折り、両手で構えた。

 

「(術式の開示。離れたのは『武器』を手に入れるためか?)」

 

 九々等の体を先よりも強い呪力が覆うのを、日車は遠間から視認した。術式情報を開示する「縛り」が、彼の呪力出力を底上げしたのだ。

 だが、九々等の狙いはそこになかった。

 

「術式対象は基本的にオレ自身が持つ要素や概念に限定される。だが2つの『条件』をクリアすれば、それ以外も9倍に出来るんだ」

 

 それは、冪乗呪法(べきじょうじゅほう)の拡張術式。

 今はまだ術式の開示をしなければ使用出来ない奥の手を、九々等は使うと判断した。

 

 2mはある道路標識を居合のように構え。

 

「『条件』はオレに触れていることと、他者の呪力を宿していない非生物であること――」

「!」

 

 日車が己の判断ミスを悟ると同時、九々等は道路標識を「抜刀」し、術式を発動。

 

()()()()():9倍!」

 

 2mはある道路標識の長さが9倍され――日車の体を、呪力で強化された18mの鉄の棒が打ち据えた。

 

「ぐ――!!」

 

 日車は己の失敗を悟る。正体不明の九々等の術式の開示。それを逆利用した情報収集のつもりが、己の間合いの外で足が止まっていた。

 更に構えていたのが木槌(ガベル)による防御ではなく不可侵を強制する領域展開であったことと、九々等の術式を使った物体は彼の呪力が流れ強化されることも日車の受けたダメージを大きくした。

 

 ミシ、と防御に使った日車の右腕が軋む。

 その隙を突き、九々等は元の大きさに戻った道路標識を放り捨てて突進した。

 

「どうだ、エセ旋空弧月!!」

 

 崩した、と判断した瞬間、再び脚力:9倍を使用し勝負をかける。

 アスファルトを蹴り砕く一撃が日車に迫る。体勢を崩した日車に防御の術は無い――普通ならば。

 だが日車寛見は。

 

領域展開――」

「! 『簡易領域』ッ」

 

 一瞬で展開され、一瞬で崩壊する領域。

 だがその一瞬で日車は体勢を整え、九々等の足は止まった。

 

「(クソ、使()()()()()!!)」

 

 日車もまた、天才。彼は己の領域を、不利状況をリセットするためだけに使用したのだ。

 簡易領域と生得術式を同時に使えない九々等は、元の世界に着地すると同時術式を再発動。9倍化された脚力で再び日車へ迫る。領域展開後の日車は、それを術式無しで迎え撃たねばならない。だが先の一瞬で、日車は迎撃の体勢を整えている。

 

 そのまま両者は接近戦を展開する。

 九々等の蹴撃を木槌(ガベル)でいなし、受け止め、隙を見て反撃する日車。

 対して防御力9倍・脚力9倍で戦う九々等はあと一歩攻めきれないでいた。

 

 呪力強化ありの体術はやや日車に分があった。だが九々等が術式を使用すれば、その天秤は容易く転覆する。

 それでも九々等が攻めきれないのは、経験不足だけが理由ではない。

 

 拮抗した戦いの中、九々等の飛び蹴りを躱したことで出来た間合い、一瞬の間隙を縫って日車は口を開く。

 

「死滅回游は殺人が前提、どの道どこかで人を殺さなければならない。それでも君は、甘い理想を叫ぶのか」

 

 先の問答の続き。それに対し、九々等は即答した。

 

「当たり前だ。どんな無理難題であれ、諦めるのは失敗してからでいい」

 

 そのとき日車に宿った、侮蔑と憧憬が入り混じった複雑な感情を、死合いの中で九々等は敏感に感じ取った。

 

「青いな」

「青春真っ只中なんでな!」

 

 叫びながら地を蹴る。狙いは日車――ではなくその足元。

 

 ズガンッ!! と蹴りがアスファルトを砕き、道路が爆発する。

 散弾のように吹き荒ぶコンクリート片が日車と九々等を襲う――九々等は発動中の防御力:9倍でそれの影響を無視。日車の隙を見逃すまいと注視し。

 

 日車に隙は出来なかった。

 呪力の宿らないコンクリート片の散弾は、日車の呪力のガードを抜けない。それを日車は理解しており、九々等は理解してない。

 「隙が出来ない」という事実に隙を作る九々等を、巨大化させた木槌(ガベル)で襲う。防御力9倍でも持て余す一撃を。

 

「く――」

 

 咄嗟にアスファルト片を掴み、その大きさを9倍することで受け止める九々等。

 

 ――九々等の術式『究ノ弐条』が同時に選択できる術式対象は2つまで。九々等がアスファルト片を巨大化させるため解除したのは――。

 

 アスファルト片が砕ける。その奥に居る九々等ごと潰そうと日車は全力で木槌(ガベル)を振り抜き――思わず目を剥いた。

 

「(居ない!)」

 

 アスファルト片の巨大化が解除され視界が明瞭になった時、そこに九々等は居なかった。

 

「(石で俺の一撃を受け止めたのは防御の為ではなく、遮蔽物で俺の視界を潰す為――!)」

 

 日車の死角。9倍のままの脚力で回り込んだ脚力で、九々等は全霊の一撃を振るう。

 ――彼が解除したのは防御力:9倍。安全マージンを放棄する賭けが、それを選ばせたセンスが、九々等の体を千載一遇のチャンスまで運んだ。

 

「(木槌の防御が無いなら、絶対にブチ抜ける!!)」

 

 そう確信した九々等の蹴りが日車の横腹に迫り。

 

 ――領域展開後、肉体に刻まれた術式は焼き切れ一時的に使用が困難となる。

 日車は当然そのことを知っている。だが領域に疎い九々等はそうではない。

 

 日車の、術式は――。

 

領域展開

 誅伏賜死(ちゅうぶくしし)

 

 ――既に回復している。

 

 カンカン、と木槌(ガベル)の音が響く中、強制的に日車と距離を取らされた九々等は渾身の一撃を外されたことを悟る。

 

「シン・陰流――」

 

 簡易領域を発動しようとした彼の反射を。

 

「――やめだ」

 

 その意志が撤回させた。

 元々九々等(くくら)は策を弄するタイプではない。センスに頼る感覚派で、頭よりは体を動かすのが得意な肉体派。

 

「(めんどくせぇ、領域展開がなんだってんだ)」

 

 そんな彼の、我慢が得意とは言えない精神が、限界を迎えて爆発したのだ。

 

 脚力:9倍、のまま移動速度:9倍

 

「(最速でブチ抜きゃ同じだろ!!)」

 

 現状九々等が使える「最速」の組み合わせ。

 今は亡き最速の術師・禪院(ぜんいん)直毘人(なおびと)にすら並ぶ初速の一撃は、

 

 ――ピタリ、と蹴りが日車の数cm前で止まる。

 

 領域の必中効果により日車に届くことは無かった。

 

「な」

「この領域内ではあらゆる暴力行為が禁止されている。お互いにな」

 

 元の場所に戻される九々等に、日車は領域についての説明を始める。

 

「これから始まるのは『裁判』、その真似事だ。このジャッジマンが君が犯した罪を読み取り、それについての成否を問う。俺が検察側、君が被告人であり弁護側という訳だ。俺はジャッジマンが選択した件についてひとつだけ証拠を得る。その証拠が何かを俺は説明しない。その上で君は言い分を述べ、疑いを晴らし、ジャッジマンから『無罪』を勝ち取らなければならない」

「(術式の説明……縛りか。オレの拡張術式と同じ、説明しないと使えないタイプの能力……!)」

 

 説明が通ったことに、日車自身が驚いていた。

 この領域展開は、九々等の「決め技」を無効化する為だけの領域――少なくとも日車はそう想定していた。だが九々等は己の攻撃が失敗したというのに簡易領域を使ってこない。

 使わないのか、使えないのか。恐らくは前者。

 

「(俺の領域を把握し、突破口を見つけるつもりか)」

 

 日車の警戒とは裏腹に、九々等に明確な思惑は無かった。「いつでも『簡易領域』で領域から脱出できる」という目算が、九々等に「敵の領域内に留まる」という通常ならば悪手でしかない選択肢を選ばせていた。

 日車もそのことは想定内。故に領域に付いて説明しながらも、彼の思考の半分は領域が消滅した後、九々等をどう仕留めるかに費やされている。

 

「陳述のチャンスはお互いに一度。まず君が陳述し、次に俺が与えられた証拠に基づいて反論する。それを受けてジャッジマンが六法に基づいた平等な判断を下す」

「……成程。平等な、でも術者に有利な条件下で戦うっていう『縛り』か」

「ああ。最後にコレだけは教えておこう。君の選択肢は3つ――『黙秘』『自白』『否認』。『否認』には虚偽陳述も含まれる。では、始めよう」

 

 ここまで簡易領域の発動は無し。日車はいつ領域が解除されてもいいように警戒を強める。

 対する九々等は――簡易領域を発動しない。ただ領域のルールを理解し、そして思う。

 

「(罪を裁く術式……オレ、そんな悪い事した覚えねえぞ。その場合どうなるんだコレ)」

 

 九々等に犯罪歴は無い。そこそこ真面目に生きて来た自覚もある。故に、日車の領域に対して危機感を感じられない。

 そんな中、日車の背後に浮かぶ式神、ジャッジマンが口を開いた。

 

九々等八壱は2016年12月31日、全国高等学校サッカー選手権大会の試合中、対戦相手の影宮(かげみや)衛人(えいと)に全治1ケ月の怪我を負わせた疑いがある

「なぁ――!?」

 

 驚愕。思わず口を突いて出る。

 

「試合中の一件だぜ!? そりゃ怪我人も出るさ、でもお互い恨みっこなしだろそれは――あ"」

 

 アレは真剣勝負中の出来事、お互い勝利を譲らなかったが故の事故だ。だが真意を叫んだ九々等は失敗を悟る。裁判の術式の最中に言うべき言葉では無かった、これじゃ罪を認めたことになる――そう思った己を更に恥じた。

 

 あの日の事を思い出す。

 公式戦、1-1で迎えた前半終盤。ペナルティエリア内に切り込んだオレは、トラップして空中に浮かせた球をシュートしようとして……その球を弾き飛ばした影宮くんの足を思いっきり蹴ってしまった。スパイクが彼の足を切り裂き、オレのシュートはファールで不発、彼は負傷で退場となった。その後、影宮くんという守りの要を失った相手に、オレたちは不本意な勝利を収めた――。

 ……影宮くんには試合後謝った。しかし彼は、己のミスだと笑っていた。オレを微塵も責めなかった。明らかな作り笑いでも、オレを傷付けまいとそうしてくれた……ならば。あの笑顔に報いたいのなら。

 

(イヤ)、言い直す。オレは、アレを罪とは思わない。それは勝負相手への侮辱だ。オレは本気でやって、相手も本気で止めに来た結果起こったことだから。でも、悪いとは思ってる。だから……どんな罰でも甘んじて受けるのが、オレにできる彼への精一杯の誠意だ」

 

 オレは堂々とするべきだ。偽らず、堂々と判決を待つべきだ。

 

「……証拠は、必要ないようだな」

 

 日車が証拠のファイルを取り下げるのと、判決が下るのは同時だった。

 

判決――有罪(ギルティ)。「没収(コンフィスケイション)」――「執行猶予付(サスペンデッド・センテンス)

 

 領域が終了する。

 

 有罪か、と少し眉尻を下げる九々等に向けて、領域終了後の戦術を組み立てていた日車は……しかし追撃の意思とは裏腹に、本人も全く想定していなかった行動を取っていた。

 即ち日車は、思わずといった具合に口を開いたのだ。

 

「君は」

 

 問うその顔に浮かんだ表情は、一体なんというのだろう。怒っているのか、悔しいのか、それとも。九々等が何も言えないでいる前で、日車は血を吐くように言葉を連ねた。

 

「君は何故、理不尽を押し付けられて尚、愚かな善人のままであろうとする」

 

 死滅回游、誅伏賜死という理不尽を前に、何故。

 そんな真剣な問いに、迷わず真剣で返す。それが正しい事だと九々等は信じているから。

 

「賢愚も善悪にも、大した意味なんかないんじゃないかなって思ってるだけっすよ。本当に大事なのは『この一瞬』に胸を張れるかどうか、それだけでしょ」

 

 その言葉に一瞬動きの止まった日車に対し――九々等は脚力:9倍移動速度:9倍を再度発動。

 投射呪法に並ぶ最速の動きで日車に迫るため地を蹴る……寸前。彼のセンスが、己の術式を解除させた。そのまま術式対象を変更(スイッチ)する。

 

「(分析力:9倍思考速度:9倍――)」

 

 九々等は元々頭が回る方ではない。日車と比べれば言わずもがなだ。

 だがそれを感覚派のセンスと術式で補うことこそ、彼が無意識のうちに辿り着いたスタイルだった。

 

「(有罪――没収と執行猶予。没収っていうのは何を奪うのか――(イヤ)、大事なのは『執行猶予』の方。執行猶予ってのは即座の刑執行は行われないけど、期間内に犯罪したら裁判無しで決まってた刑が執行されるヤツだよな。ならオレが受けた『没収』はまだオレに掛かっていない。没収(ソレ)が適用される条件は――)」

 

 0.1秒でそこまで思考した九々等は、

 

 日車を無視して高速移動、

 バッグを回収し、

 そのままその場から離脱した。

 

「(……気付いたか)」

 

 九々等が逃走するのを目端で捉え見送った日車は、ふぅと大きく息を吐いた。

 

 「執行猶予付(サスペンデッド・センテンス)」――それを受けた者が後一定時間内に罪を犯せば、即座に決定した刑が科される状態。ここでいう「罪」とは他者への攻撃――つまり「傷害罪」だけでなく、単純にアスファルトを蹴り砕く「器物破損」などにも及ぶ。これを受けた状態で戦闘するのは悪手、逃走を選ぶのが最善手だ。九々等はそれに気付いたらしい。

 

 ……日車に九々等を始末する理由はあっても、九々等が日車撃破に拘る理由は存在しない。日車に遠隔の攻撃手段が無いと分かった以上、分が悪ければ逃走すればいいからだ。

 

「(『死滅回游を止めたいオレ』を止めるために殺そうとした日車さん。でもオレには日車さんを殺す理由が無いし、なんならあんまり戦いたくない。戦況的にも、心情的にも)」

 

 日車との戦闘中、九々等が攻めきれなかったのは、経験不足だけが理由ではない。

 彼は戦いの最中、否、きっと最初から、日車を「殴るべき悪人」だと思いきれては居なかった。その迷いが、先の日車の問いと表情で確定したのだ。「オレはこの人を憎みきれない」と。

 

 そして、日車が逃走する九々等を追撃しなかった理由もまた――。

 

『本当に大事なのは「この一瞬」に胸を張れるかどうか、それだけでしょ』

「……本当に、青いな。オマエは()だ真の挫折を知らないだけだ、九々等」

 

 無人の街角で独り。日車(ひぐるま)寛見(ひろみ)はベンチに置いていたビールの空き缶を拾い上げ、近くのゴミ箱の中に丁寧な仕草で廃棄した。

 

 

 

■弐■

 

 

 

「ふぅ……追撃は無さそう、かな」

 

 数分後。器物損壊に気を付けながら移動速度:9倍で日車から離れた路地裏に身を潜めた九々等(くくら)八壱(やいち)は、ひとまずの安全を確信して息を吐いた。

 彼は脳内で師匠の言葉を思い出す。

 

『つまらん意地で死ぬなよ、八壱(やいち)』――。

 

「(サンキュー師匠。あの場面、その言葉が無かったら突っ込んでたかもだ)」

 

 九々等は元々日車を仕留める理由など持っていなかった。戦ったのは最初は反撃で、途中からは気にいらない相手をぶん殴る、という浅い考え。要するに「つまらない意地」だ。

 踏みとどまれてよかった、と改めて思い、九々等は己の手のひらを見る。特に変わった様子が無いということは、まだ「没収」は発動していないのだろう。

 

「(『執行猶予』の時間と範囲が分からない以上、暫く建物には入れないな……不法侵入で『没収』されたら最悪だ。まあ『没収』が何を奪うのかは分からないんだけども……碌なことにはならないだろうな)」

 

 呪霊が活発化する夜までには解放されたいものだ、と思いつつ、彼は先の戦いを思い返す。

 

日車(ひぐるま)寛見(ひろみ)、領域展開……」

 

 アレが呪術の奥義。呪術戦の真髄。

 天才的なセンスを持つ九々等だからこそ、己が()()と大きく隔たっていることを感じていた。

 だが彼に諦念は無い。寧ろ心が沸き立つのを感じる。

 

「あそこに行きたい。オレも、あの領域に辿り着きたい」

 

 ぐ、と拳を握る。

 九々等の顔は、激闘を潜り抜けた後とは思えない程に猛々しく。

 若獅子を思わせる苛烈な笑みを浮かべながら、少年は敗走の事実を受け入れた。

 

 


 

 

 九々等(くくら)八壱(やいち)

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