「や」
「うっわ」
親友・夏油傑に声をかけられて、五条悟は思いっきり嫌な顔をしてふんぞり返った。
「ざけんな最悪だよ」
「失礼だな人の顔を見るなり」
五条の隣に腰を下ろした夏油。
彼等は二三言、軽口混じりに言葉を交わす。
と、不意に夏油が唇を尖らせて非難混じりに言う。
「随分楽しそうだったじゃないか」
「……まぁな。全力をぶつけられる強敵に肩を並べて戦える仲間。お前が居た頃を思い出したよ」
五条悟は己の拳を見つめる。
「全身全霊、置いて行く勢いで走ったのに、ついて来るどころか追い越してくる奴が2人も居た。お前が居なくなってから誰にぶつける為でもなく磨いていた力が、やっと相応しい相手を得られたんだ。宿儺には全部伝えたかったし、八壱には伝わって嬉しかった」
絶対的な強者
それ故の孤独
あなたに愛を教えるのは――
「……楽しかったな」
「妬けるねぇ。でも君が満足したならそれで良かったよ」
「……満足ね」
五条悟は少し悩んで。
不意に夢想した光景のままに呟いた。
「お前と八壱と、3人で戦えたら満足だったかもな」
「……ははっ。贅沢だね」
久しぶりの再会に会話は弾む。
妄想かどうか不確かな空港の中で、五条悟は今際の際の談笑を目一杯に楽しんだ。
蓄積されていた死闘の疲労が安堵によって解放されたのか。
不意に足から力が抜けて、九々等はすとんと地面に膝を付いた。
はは、と思わず笑い。
――それで、全ては終わってしまった。
見れば、
五条悟が、
真っ二つになって、
「――は?」
五条悟の上半身だけが、赤色を撒き散らしながら落下する。
落下までの1秒、九々等の眼はその光景をスローモーションのように捉えつつも、脳は理解を許してくれなくて。
どちゃ、と肉が地面に落ちるその音で、やっと九々等八壱は理解した。
五条悟が、斬られた。
「先生ーー!!!!」
叫び、走る/五条先生が真っ二つに斬られている。
誰が何をしたのかなど思考の端にも浮かばない/あの傷で人の意識は何秒持つ。
そんなことは重要ではない/反転術式を使う為の頭は無事か。
ただ今は/兎に角動け、
――死なせるか!!
「領域展開!!!!」
九々等八壱の領域展開。黒閃での呪力効率上昇、念の為起動していた3秒分の呪力回復速度:81倍、そして命を燃やして領域を展開する。
「(呪力を絞り出せ! 死ぬ気で! 死んでも!)」
展開される黄金の領域に宿儺が身構える――が。
「(? 俺ではなく五条悟を――?)」
宿儺の目の前で領域が閉じた。九々等が領域に巻き込んだのは、敵である宿儺ではなく味方の死体。
悪手だ、と宿儺は判断する。今領域で畳みかけてこられれば危なかった。死に体の五条悟を優先したのか――だがアレでは反転術式のアウトプットが出来ない九々等では救いようが無いだろう。
つくづく人間、と宿儺は九々等の判断に落胆し術式を構える。
だが……九々等の選択は、完全な悪手では無かった。
「! がはッ――」
宿儺が、不意に喀血して膝を付いた。
「(『縛り』が足りなかったか……術式の開示込みで成立していたバランスが崩れた、呪力制御が覚束ん……!)」
五条悟を両断した斬撃――術式対象の拡張、無限に阻まれない空間分断。
全方位『茈』と同じくぶっつけ本番の大技は、同じくその成功率を高めるため「発動後の術式の開示」を『縛り』として発動したもの。
そんな術式の開示を行う為の相手が領域内に隔離され、宿儺はその手を取れなくなった。それ故の呪力の不調。更に加えて五条悟が残した『茈』のダメージ。呪いの王と言えど、しばらくは結界の破壊などは諦め、己の治癒に専念するしかない。
対し、結界内の九々等八壱。
呪力が足りない状態での領域展開。練り上げた呪力を直接つぎ込むことで崩れそうな領域を気合で持たせ、九々等は術式を発動しながら五条悟の元へ駆け寄る。
「領域内の全生物の生命力:81倍――」
瞬間漲る力の全てを使って、出来るだけ素早く丁寧に五条悟の体を地面に並べる。傷口を元の通りにくっつけ、反転術式による治癒が行い易いように。
「五条先生、聴こえるか!? 反転術式使ってくれ!」
だが。
「(反応が――意識が無い!?)」
胴を両断されたことによる重度の出血性ショック。急激な血圧の低下により臓器への酸素供給が不十分となり、五条悟の意識は混濁・喪失、心臓を含めた多くの臓器がその機能を停止している。
ほぼ死に体、まだ死んでいないだけの死体。当然呼吸も脈も無い。術師でなければ間違いなく救う手立ては無い……否、術師とは言えこの状況から救命する術など果たしてあるのか。
「(考えるな! 出来ることをやれ! 後悔はダメだった時で良い、
九々等は咄嗟に五条の傷口に、隻腕の右手掌を押し付けた。そのまま反転した呪力を練り上げる。
「(家入さんや乙骨くんは反転術式を他人に使える! 家入さんの治療も見てる! 出来ない理由は何もない……今ここでやるしかないぞ九々等八壱!)」
反転術式のアウトプットによる他者の治療。
そのために九々等は反転した呪力を練り、掌から五条の傷口へ放出しようと気張り。
1秒、2秒。反転した呪力は体から出て行かない。
「ぐ、クソ……なんで!」
反転術式のアウトプットは、五条悟ですら習得していない技術。呪術への才能とはまた別のセンスが必要となる。
そして九々等八壱は、五条悟と同じく、その才能には愛されていなかった。
己の体内で空回りし続ける反転した呪力に焦りながら、九々等はそれでも諦めまいと反転術式を行使し続ける。
「クソ、クソ! 出ろよ反転! 今だけで良いから! 腕だってこのままくれてやるさ! だから!」
領域の維持と反転術式。呪力の欠乏に意識が揺らぎ視界が霞む中、気合だけで九々等は抗い続ける。目の前の死に、五条悟の運命に。
薄れゆく意識を決して手放さぬよう握り締め、ただ己の感情のままに。
「――死ぬな、死ぬなよ!」
叫ぶ。
「先生になってくれるって約束したじゃんか! オレ以外にも皆が帰りを待ってるってのに、そんなのダメだろ絶対!」
叫ぶ。
「お願いだ、戻ってきてくれ! 別に何を使えなくなったって良い、宿儺はオレたちが何とかする! 生きてさえいれば希望はあるんだ! 頼むから『最強』を、『五条悟』を絶望の名にしないでくれ――!!」
生命力:81倍でも戻らない意識。
アウトプットできない反転術式。
そして、届いているのかも分からない声。
五条悟蘇生の条件は満たされないまま、両断された傷口からは血が零れ続け、時は無情にも歩を進めるのだった――。
空港にて会話は続く。
親友と後輩と、教師と級友と、笑い合いながら次の便を待つ。
永遠にも思える刹那。刹那にも思える永遠。
次第に全ては意味を失い、ただ魂は青い春の幻影へと溶けていく――。
――不意に、花の匂いがした。
気付けば周囲の風景が変わっていて。
空港内のカフェだろうか。
先程まで居たターミナル内の待合ベンチではない。周囲に七海や灰原たちの姿も無い。
空港の外が見える窓際の席で、
眼が合う。
鏡で見る己のそれとは違う、細くて黒い目。
見慣れた顔だ。見飽きた顔、とはもう言えないが。
時折思い出した今は亡き親友が、かつてのように問いかけてくる。
「悟。どうして君は教師になった」
状況の説明を求めることはしなかった。
ただ向けられた問いに向かい合う。静かに、テーブルに目を落として。
テーブルにはミルクが沈んだアイスコーヒー。完璧に混ざり合わず白黒に揺らぐソレは、まるで。
黒と白。透明なガラスの光の奥に、脳裏に浮かんだ記憶を映した。
『この世界では、私は心の底から笑えなかった』
親友が今際の際に遺した言葉。表情。
融け合わないミルクみたいに、今も瞼の裏に浮かんでいる。
……なんで教師になったのか、だっけ。
「……お前みたいなヤツが心の底から笑える世界を作りたかった」
呪術界は、どこからどう見てもクソだった。糞で、腐って、堕落していた。
それを何とかする。そんな「夢」を叶える為に教育を選んだ……それが目的で、教師は手段。
嗚呼、でも。
呪術界を何とかする……なんて、明らかに柄じゃなくて。
ホントの本音、なんでそんな夢を抱いたのか、って考えると。
「……本当は、オマエに戻ってきて欲しかっただけなのかもしれない」
親友、夏油傑は呪詛師に堕ちた。
彼が可愛がっていた後輩、灰原雄は事前調査不足が原因で任務先で死んだ。
七海建人は呪術師に見切りを付けて出て行った。
家入硝子は酒に煙草に頼りながら、いつも激務に追われている。
呪術界はクソだ。
だから皆苦しんでる。
そんな呪術界を、僕が何とかできたのなら。その時は全ての悲劇が元通りに――。
なんて馬鹿馬鹿しい笑い話。
過ぎ去った過去は、失った人と時間は、もう二度と戻ってこないと言うのに。
単純な話。
五条悟の夢は、最初から叶いなどしなかったのだ。
きっと心のどこかでは分かっていた。この夢を追うのは虚しいと。
「最強」である自分に叶えられないことはない。叶えられないとすればそれは、世界の理を超越したものか、どうやっても長い時間がかかるもの。もしくは――無駄だとどこかで分かっていて、自分でも知らず知らずのうちに手を抜いてしまっている、とか。
「そうだな。この『夢』はきっと本音であっても本懐じゃない。ただ昔に戻りたかった、戻れないならせめて、持て余した全力をぶつける為の誰かが欲しかった……なんて。そんな子供じみた自分を覆い隠す為の、お前に感化された大義名分なんだろうな」
カラン、とコーヒーの中で氷が揺れる。
ふと、七海が言っていた、冥さんから聞いたという言葉を思い出した。
新しい自分になりたいなら北へ 昔の自分に戻りたいなら南へ行きなさい
詳しい意味は聞かなかったし分からなかったが、五条は自分なりにかみ砕いて納得していた。
人生を四季に例えたとき、大人はきっと秋だろう。
芽吹きの時を超えて青い春が過ぎ、夏休みを終えて夏の余韻も過ぎた頃――季節で言えば秋くらい。
食とか読書とか、そういう落ち着いたものを慈しむ。良く言えば平穏で、悪く言えば退屈な季節。過ぎ去った春と夏は戻らない、いずれ訪れる荒涼たる冬を待つ、いつまで続くかも分からないような移ろう季節の狭間。
少しでも青春の季節に戻りたいのなら、夏の暑さを思い出したいのなら、南に行くしかないのかもしれない。時が戻らないというなら、せめて、そうやって自分を取り戻すしかないだろうから。
七海は南を選んだらしい。
それを聞いた時、五条は自分もそちらだろうと思った。
二度とは戻れない青い春。
親友が居て、級友が居て、後輩が居て恩師が居て。
持て余し気味の「最強」は、しかし2人で共有できた。
そこに戻りたい。
また、親友と一緒に――。
「だから、全部放り出してこっちに来るって?」
顔を上げる。
夏油傑の表情は見える。見慣れた薄笑い。でも何故なのか、どれだけ目を凝らしても、その感情が読めなかった。
喜んでいるのか、怒っているのか。
悲しんでいるのか、呆れているのか。
分からない。
一年前のあの日からずっと、その笑顔の裏にある/あったものが見抜けない。
困惑する五条を前に、彼は言う。
「君にとって
夏油が窓の方を指さす。
そちらに目を向けてみれば。
壊れた新宿。
戦場に立つ宿儺と、彼に挑まんとする術師たちの背中。
その後ろ姿には、どれもこれも見覚えがあって。
彼等は、不敵に嗤う宿儺へと決死の覚悟で歩を進めて――
ガタ!
気付けば立ち上がっていたことに、椅子が立てる音で気が付いた。
窓の方へ体を向けた五条に、夏油はやはり真意の見抜けない薄笑いで言う。
「焦るなよ。
「……」
ガタ、と音を立てて乱暴に座り直す。
「随分過保護じゃないか。可愛い生徒たちがそんなに不安かい?」
「……当たり前だろ。宿儺は強い。何人死ぬことになるか……」
「おや。弱気だね」
「弱気にもなるさ。アイツはまだ底が見えない。皆には次の呪術界を背負って立ってもらわなきゃ困るんだ。こんな所で命を捨ててもらう為に育てたんじゃない」
語気強く憤りを吐く五条。
そんな彼に夏油は、笑いながら論理の矛盾を指摘する。
「君さっき、『それ』は建前だって言ってなかったっけ?」
「――」
後進を育て呪術界を改革する――それは本音であっても本懐ではないと言ったのは五条悟自身だ。それが舌の根の乾かぬ内に生徒がどうのと言っている。
その矛盾に指摘されて初めて気付いたらしい五条の沈黙に、夏油はくすりと笑いを溢して畳み掛けるように。
「ま、建前ってのは間違ってないか。だって君、さっきから焦って色々言ってるのは……単に、
その言葉に。
五条悟は初めて、己の中で渦巻いていた感情を正確に理解した。
自身に匹敵する強者を求める。
後進を育て呪術界を立て直す。
どちらも本音。でもきっと前者の方が強かった。後者はそう、親友に影響されて得た建前で、力を振るう為の大義名分。
けれど。
『五条さん』
『悟~』
『しゃけ』
『『五条先生』』
『『先生!』』
――寂しくは無かった。
無かったんだ。
生徒たちに囲まれて。彼等を育て、導いて。
それでも侘しさは払いのけられなかったけど。どれだけ集めてもお前に届かなかったけど。
『人間、きっと死ぬまで
何のことは無い。
僕は青い春を失ってからも、孤独でもなんでもなかったのだ。
欺瞞でも虚飾でも、誰かを救い導くことを選んだあの時から。
あるいは亡き親友の呪いが、本来唯我独尊の『最強』を人の輪の中に導いたのか。
目の前の夏油の笑顔が心からのものであると、やっと今確信できた。
「……はぁ~」
腹の底から出たような、酷く大きな溜め息ひとつ。それは安堵ゆえか、それともこんな事にも気付けなかった己への失望ゆえか。
強さとは、他者と比べるものではなく、己に出来ることを取りこぼさないことである。そう誰かが言った。
我欲を優先して守れたはずのものを取りこぼすとか……そういうのが弱いってことになるのなら。
「……今の僕のどこが『最強』なんだってハナシだよなぁ」
言って、五条悟は立ち上がった。テーブルにひとつ、握っていたものを落として。
「やるよ、お代だ。確か使えなかっただろお前。来世があるなら役には立つだろ……これが僕の妄想じゃないのなら、だけど」
それを困った顔で眺め、視線を上げた夏油が五条の背中に問いかける。
「行くのかい?」
「ああ」
「行けばもう戻れないよ?」
「……」
戻れない――南には、昔の自分には。
侘しさは消えない。きっと一生抱えて生きていく。
過ぎ去った青い春は戻らない。
青い春に匹敵する輝きは、秋と冬しか待っていないこれからの人生には残っていない。
それでも。
「――大丈夫」
僕最強だから、なんて軽口で、男はゆっくりと歩き出す。誰かに背中を押された気がしたけれど、振り返ることはしなかった。
「うん。もう大丈夫」
呟く声は暗示のようで、けれど確信に満ちていた。
それは生徒たちに継がせればいい。教師には必要の無いものだ。
そう、最強で無くとも良い。最強の敵ももう要らない。
自分の為には充分生きた。
これからはかつてお前がそうしたように、
「……ハハッ。我ながら何とも似合わないな」
それでもどこか心地良いのは、後ろで彼が手を振っている気がしたからか。
それとも、新しい自分になるというのは、案外そういうものなのだろうか。
振り返らず、ただ前へ。
親友と、二度とは戻らない青い春と決別するように。
彼等が南に向かうとしても。
僕はただ独り――北へ。
「じゃあな、傑」
最後にひとつ、呟いて。
その教師は空港の出口へ、生徒の元へ一直線に。
長い少年時代を終え。
遂に青年は大人になった。
新宿・九々等の領域内。
黄金の蓮華の上、必死の救命措置は続いていた。
「先生! 頼むから起きてくれ――!」
反転術式を手のひらから何とか放出しようと足掻きながら、九々等は今にも崩れそうな領域を必死に抑え五条悟を救おうとする。
一瞬が永遠にも感じられる全身全霊の救命措置。
それに変化が起きたのは、九々等の食いしばった奥歯に罅が入り、視界が殆ど闇に呑まれかけたときだった。
「?」
ごぼり、と五条の傷口から血が零れた。
とっくに流れ切っていたハズの血が、である。
――結論から言えば、九々等の足掻きは全くの無駄という訳では無かった。
領域融合、つまり生得領域を融合させた術師の呪力は、一時的に相手と似た性質を得る。
それは九々等の『
その結果、九々等が必死に行使し続けた反転術式はアウトプットこそできなかったものの、肌を通して僅かに伝わり、五条悟の傷を癒していた。
領域に付与された生命力:81倍と、生得領域融合の副作用である呪力性質同調によって僅かに効果を共有できた反転術式。
しかし、それだけでは致命傷を受けた五条悟を復活させるには足りない。
五条悟は復活しない――もしも九々等八壱に出来たのがその二つだけだったのなら。
最後のピース……九々等八壱の領域『玖繰醍奔蓮』の
領域には環境要因におけるステータスの上昇、ゲームのバフのような効果がある。
九々等八壱の領域にも当然それは存在している。
それは東京第1結界での戦闘時、九々等・宿儺両名の意識喪失を防ぎ。
五条悟に六眼によって「随分印象と違う」と評され。
本来5回が限界なハズの五条悟の術式の治癒の回数を2回も伸ばし。
そして今致命傷の五条悟を術式同様延命させている力。
それは生得領域に付与された、九々等八壱の本質の具現。
九々等八壱。覚醒型最強の
彼は確かに勝負事を好み、強さを高める事を楽しんでいた。だが、彼は命のやり取り自体は好きではなく、実際術式覚醒から一度も殺人を犯した経験が無い。
更に死滅回游では
その行動から読み取れる通り、九々等の中の人命の優先順位は非常に高い。
つまり九々等八壱の本質/その領域のバフ効果は――
――
正確には生命力・防御力の増大と意識レベルの強化。
それこそが九々等八壱の本質……「誰の死も望まない」という、その善性の具現である。
本来術師本人にしか適用されないステータス上昇。呪力不足で不完全な領域となったことにより、その効果は前宿儺戦同様、領域内の全生命に適応されていた。
ふと、九々等の視界で呪力が漲る。
傷口を覆う反転した呪力はしかし、己の掌から漏れ出ている微弱な余波のソレではない。強烈な勢いで傷口を塞いでいくソレは、確かに――!
それを合図に、九々等の限界を超えていた意識の糸が切れ、その上体がふらりと揺れて地面へと仰向けに倒れ込んだ。
領域展開から81秒。
とっくに限界を迎えていた領域が遂に崩壊する。
砕け散る結界外殻が紙吹雪のように舞う。
その先に、宿儺は
人影、仁王立つ。
その胴を腕を両断された傷痕は、未だ完全に消えてはいない。
それでも反転術式によって断面は繋がり、傷は癒え、男は生きて立っている。
漲る呪力。鍛え抜かれた肉体。
風に揺れる白髪。その下で瞬く六眼を湛えて。
「――まったく。楽じゃないね先生ってのは。おちおち死んでもいられない」
声は涼やかに。どこか大人びた余裕を匂わせて。
胴を断たれて死んだ筈のその男は、しかし笑ってこう告げる。
「や、宿儺。地獄の底から戻って来たよ」
「――五条、悟……!!」
最強、復活。
その声に、地に臥して気を失った九々等八壱は、ふっと小さく笑みを溢した。
×10 北へ