2006年、春のとある日。御三家、
玄関の上がり框で、2人の男が挨拶を交わしていた。
「よう来たね
「久しぶり
出迎えたのは、禪院家現当主の息子、
そしてそんな彼に歓迎されたのは、呪術高専東京校3年生、
「お、直哉ピアス開けてんじゃん。良いね、似合ってる」
「せやろ? 家の連中にはやいのやいの言われたけどな。今度髪も染めたろ思ってんねん」
目を細めて悪戯っぽく笑った八壱の褒め言葉に、直哉は当然だと言わんばかりの強気な口調で返す……それが照れ隠しだと九々等には分かったが、特にそれに言及することは無く靴を脱いで家に上がった。
そのまま2人は、並んで廊下を歩き出す。
「そもそも八壱君だってピアス開けとるし髪も染めとるやん。そんな八壱君より弱い奴の言葉なんか響かへんねん。規則だの伝統だのって、要するにそんなもんに頼らな自分を保てん
「……ま、それが絶対じゃねえだろって意味では俺も同意見。あ、東京土産どうする?」
「後で貰うわ。良いお茶出させるから一緒に食べよや」
齢15にして既に論外の男、禪院直哉。どう贔屓目に見ても性格が良いとは言えない彼は、しかし2歳上の九々等には懐いているように見えた。
九々等八壱――彼の生家である(正確には違うが)菅原家は五条家以外の御三家と懇意にしている。その理由は彼らの排出する呪術師の多くが汚れ仕事も受け入れられる下請け――言うなれば『半呪詛師』とでも言うべき存在だからだ。
発覚すれば地位が危ぶまれる非道、それを菅原家が率先して行うことで保守派筆頭や総監部からの口利きを得、地位を確立する。そうすることで菅原家は内情の露見を避け、万が一の時も『依頼者』は白を切り通せる、という仕組みだ。それが菅原家の呪術界での処世術であった。
だがそんな汚れた家も、既にひとりの術師により内側から崩壊した。
未だ直哉が九々等八壱との交流を続けるのは如何なる理由か、それを知る者は本人以外には居ない。
そうして彼等が談笑しながら辿り着いた先は、広い道場。行く先を示し合わせることはしていない……ここで
吹き抜けのホールに畳を敷き詰めたような部屋の中、勝手知ったる様子で九々等は竹刀を探り当てる。
「今日は武器ありでやろうぜ。ほら直哉、おまえの竹刀」
言って九々等は竹刀を直哉に差し出す……が、直哉はそれを取らなかった。
「ああ、俺は要らへん。八壱君だけ使いや」
「? 何、なんか企んでんの? 暗器とか命に関わる系はやめてくれよ」
「んな
「その偶に出る美意識なんなんだよ……勝ってなんぼだろ呪術師、は!」
瞬間――竹刀、鏃となって飛翔する。
顔面目掛けて投擲された切っ先を、咄嗟に上体を逸らして躱した直哉は気付く。
――八壱君が居らん!
先程まで彼が居た場所には虚空があるばかり。それに瞠目した直哉の背に叩きつけられる呪力の高ぶり、風を切る音、迫る気配。
超反応――首を刈るような
骨まで響く打撃を受け止めた直哉は見た。目の前で好戦的に笑う金の瞳を。
「そんなに言うなら
「先に一発入れられた方が負け、術式使ったら反則負け、やね!」
直哉もまた勝気に笑い、蹴り足を掴んで思い切り引いた。ぐん、と九々等の体を引き寄せ、その顔面目掛けて拳を放つ。
それをぱしりと掌で受け止めた九々等は、そのまま腕を掴んで両脚を直哉の首に回そうとする。
腕ひしぎ十字固めか――そう判断した直哉は、技が決まる前に組み付かれた腕を全霊で地面に叩きつける――瞬間、その天地がひっくり返った。
「ッ――」
体が宙を舞っている。逆さになった視界の先には、畳に片腕を付いた九々等の姿。
「(あの体勢から投げられたんか!? 俺の叩き付けの勢いまで利用して!?)」
九々等は叩き付けを床に回した片手一本で受け止め、腕をバネに衝撃を受け流し、そのまま勢いを利用しつつ後ろ向きに回転するようにして直哉を宙に投げたのだ。床に減り込んだ五指、二人分の体重を一本で支え振り回した腕。なんという膂力と技量――直哉の体を震えが襲う。
同時、九々等は勢いを殺さずバク転しながら姿勢を整え、空中に投げ出された直哉を追撃せんと跳躍。しかし直哉もやられっぱなしではない……彼はすぐに空中で体勢を立て直していた。
その体を襲った震えの正体は、歓喜。武者震いは彼のギアを一段上げる。
直哉は壁に叩き付けられる瞬間に体を回転させることで壁に足を向け、そのまま膝を折って激突の衝撃を吸収、そのまま向かって来る九々等を迎撃せんと壁を蹴って跳躍する。
直哉が選んだのは飛び蹴り。九々等の顔面目掛けて矢のように放たれた蹴りは――九々等の回し受けによって軌道を逸らされた。そのまま九々等の反対の手が直哉の鳩尾に肘打ちを炸裂させる――それを直哉も掌でガード。
「やるな!」「流石やね!」
両者、相手の技量に笑い……同時に着地、ゼロ距離での乱打戦が始まる。
九々等の足払いを飛び上がって躱した直哉が踵落としを放ち、それを頭を振って躱した九々等が低い姿勢からのタックルでグラウンドを狙う――それを膝蹴りで迎え撃とうとした直哉の足が何かを踏み、ずるりと滑った。
「な――」
驚愕の間も無くタックルが決まり……マウントポジションとなった九々等が、直哉の頭にデコピンを一発。
ぺちん、という音が響き、直哉はふぅと溜息を吐いて体の力を抜いた。
「……流石やね。まさか
「言っただろ。『呪術師は勝ってなんぼだ』って」
先の一瞬。直哉は竹刀を踏んでしまいその足を滑らせ、敗着を招く隙を作ってしまった。否、竹刀は
九々等は悪戯が成功した子供のように笑いながらマウントポジションを解き、立ち上がって倒れた直哉に手を差し出す。
「ちょっと卑怯臭かったかもだが、まずは一本、で良いよな?」
「そら構わへんけど――」
言いながら、直哉は差し出された九々等の手に手を伸ばし――それを掴んで強く引き、九々等を地面に引き倒した。今度は直哉が腕ひしぎ十字固めを狙う。
「――油断大敵やで!」
「やっぱ一本二本で満足できねえよな。俺もオマエも!」
九々等も笑いながら技に対抗しようと呪力を猛らせる。
2匹の獣の
1時間ほど後。
模擬戦を一時中断し、2人は縁側で庭を見ながら談笑していた。その片手には九々等が持って来た東京土産のお菓子が、もう片手には女中に入れさせた高級な銘柄の緑茶が握られている。
「やっぱ八壱君との組み手はええね。正直、俺の相手できる奴はこの家に碌に残ってへんねん。あの飲んだくれは酒飲んどるばっかやし」
「いや、禪院家って直哉の親父さん以外にも特別1級術師が何人か居なかったか? ほら、甚壱さんとか……あと扇のオッサンとか」
「いやいや、扇の叔父さんは全然やで。所詮当主になれんかった男や……パッとせえへん言うんかな、俺の相手できる器やない。甚壱君は……顔がアカンわ。『壱』繋がりでも八壱君とは雲泥やな。見てるだけでむさ苦しゅうなるわ」
「相変わらず歯に衣着せねえなーオマエ……ちょっと引くわー」
そんな雑談もお菓子とお茶が無くなれば早々に切り上げ、2人の足は再び道場へ。
「今日はなんぼ対なんぼやったっけ?」
「どうだったかな……俺が2本勝ち越してるってことは覚えてるけど」
「あれ、1本差やなかった? 嘘はいかんで八壱君」
そんな風に仲良く話しながら廊下の角を曲がる……。
どんっ、と。九々等に誰かがぶつかった。
「おっと」
ぶつかった誰かは、簡単に弾かれて尻もちを付く。子供だ。和服を着ている、幼い女の子。
「ごめん、大丈夫か?」
微塵も体勢を崩さなかった九々等は屈み、尻もちを付いた女の子に手を伸ばす……が、彼女は酷く怯えた様子で固まっていた。その視線の先に居るのは……先程までの上機嫌が嘘のように怒りを露わにした
「ダボが、何
「まあまあ。そんな怒ることじゃないだろ」
対し、九々等はできるだけ優しい言動を心掛けながらしゃがみ込んで女の子を立ち上がらせた。と、廊下の奥からもうひとり、女の子がこちらに駆けつけて来る。
「真依!」
「お姉ちゃんっ」
駆け寄って来た方の女の子、姉らしき彼女は妹を庇うように立ち、警戒露わに2人を睨んでいた。九々等はポケットを漁り、取り出した個包装の飴2粒を姉妹に差し出す。
「ごめんね。マイちゃんにマキちゃんだよね? アメちゃんいる?」
怯えさせないようしゃがんで視線を合わせたままの九々等……そんな彼に、すっかり不機嫌になった直哉が咎めるような声を出した。
「八壱君、そいつ等キミがわざわざ目かける程の価値ないで。特に双子の上の方は呪いさえ見えん落ちこぼれやって。分かっとるやろ? 術式無い奴がみんな甚爾君になれる訳やない、甚爾君が特別なんや。ほら、そないな愚図共ほっといてさっさと道場行こや」
そんな彼の言い草に、九々等の声にも流石に怒りが混じる。
「あのなあ……子供に良いも悪いもねーだろ。てかちょっとは言葉選べ。この子らの教育に悪いだろうが」
その忠告を……直哉は「あほくさ」と鼻で哂った。
「ほんま、八壱君の考えは分からへんわ。そんなに無能が好きなんやったら、そら、今度ウチの雑用女でも紹介したろか?」
ぴしり。空気に罅が入る。
「ごめん、ちょっと離れててな」
九々等は飴玉を姉妹に押し付けると、立ち上がり振り返って直哉と眼を合わす。
人を食った狐のようにニヤニヤと笑う目と。
怒り荒ぶる獅子のような金色の目が、合う。
「直哉、表出ろ」
「寂しんぼなん? 1人で行きや♡」
瞬間――空気を抉るような一撃が、直哉の頭目掛けて振り抜かれた。
轟! と拳の余波だけで突風が生まれ、木造の床が壁が軋み、姉妹たちが慌てて逃げ出す。
だが……拳が振り抜かれた場所に、既に直哉は居なかった。
九々等は驚きも慌てる様子もなく、振り向かないまま後ろに向かって言う。
「オマエの素直なとこは好きだが、さっきのは流石に一線を越えてる。取り消せ、直哉」
対し、九々等の背後、いつの間にかそこに回り込んでいた直哉は。
「嫌やね。それに、俺は今日こそ勝ちたい思ってたんやで……八壱君と術式アリの
「そうかよ……ならぶん殴って謝らせる!」
ドガン!! と衝撃が屋敷を揺らした。
壁をぶち抜き直哉が、それを追って九々等が無人の部屋に飛び込む。
「いつも言ってるがな! オマエが修行や術師業に専念できるのは支えてくれる人たちが居るからだろうが! 感謝の気持ち忘れてんじゃねえ!」
「はッ、なんで俺等が雑魚に感謝すんねん! そいつ等雑魚がひっくり返っても辿り着けん場所に居る
「ならテメエは料理とか出来んのか!? 何で毎日美味い飯食えてるか分かってっかテメエ!」
「そら俺が強いからや! 誰でも出来る仕事は何も出来へん雑魚にやらせるのが道理やろが!」
両者、「殺し合いになってしまうから」と模擬戦では封印していた術式を発動し、
部屋の壁が吹き飛び、ふたつの影は庭へと躍り出た。
その頃には周囲も騒がしくなっていた。カンカンカンと物見櫓から「緊急事態」を告げる鐘の音が鳴り響く。
「
「また九々等八壱か……! とにかく止めろ、屋敷が半壊するぞ!」
「誰か
そんな外野の動きに構わず、九々等と直哉の戦いは熾烈を極めていた。
池に橋がかかった広い日本庭園の中、禪院直哉は風よりも
「(俺の
「最速の術師」である父親の術式を継いだ直哉もまた、並の術師では目でも追えない程の速度を平然と繰り出せる。だが……疾走する黒き颶風と、黄金の閃光が交差する。
「最速」の蹴りを「超速」の拳で迎え撃ったのは九々等八壱。黄金の閃光は軌道を変え、禪院直哉を猛追する。2人は何度もぶつかり合い、その度に衝撃で壁に穴が空き、柱が折れ、瓦が吹き飛ぶ。
「(平気で付いて来る! 俺の動きを見切れてるいうことは、『九倍』の術式対象は速度と動体視力とかか……俺の『掌』を警戒しとるんかな? 分かり易く反撃狙いやね。なら――)」
術式を使った自分が「追われる」という珍しい体験に、直哉は思わず笑みを溢した。肉食獣の、意地悪な狐のそれにも勇敢な狼にも見える笑み。牙を剥き出し、獣は駆ける。
「(もっともっと加速してぶっちぎったる!)」
ぎゅん! と直哉が更に一段加速した。
九倍固定、物理法則に縛られない代わりに限界のある九々等の術式と、物理法則に縛られるが術師の技量が持つ限りは限界の無い直哉の術式。その差が、開き始める。
……九々等は、足を止めた。もう追い付けないと判断したのだ。
対し――直哉は加速を続ける。その姿は最早残像すら残さず、世界に残されたのは彼が地を踏む音の連続のみ。
九々等は重心を低く構える。直哉は速度を上げ続ける。
静と動。
相反するそれらが交わる
「(ここや!!)」
瞬間――禪院直哉の掌打が、九々等八壱に突き刺さった。
過程をその速度を以て吹っ飛ばしたかのような、禪院直哉「最速」の一撃。乗せられた速度は銃弾よりも速く、衝撃は池に津波を起こし橋を砂利を吹き飛ばす。
正しく人間砲弾……そんな一撃は、しかし。
「……流石やね」
九々等の術式と、そして両腕によって受け止められ、防がれていた。
「(最高速度の掌打まで防がれた……どういう反射神経と勘しとるん?) ま、でも――
投射呪法――発動!!
「(俺の術式知っとるやろ八壱君。俺の『掌』に触れたもんは、俺と同じように動きを決めなあかんくなる)」
投射呪法発動中の掌に触れたモノも1/24秒で動きを作らねばならず、失敗すれば1秒フリーズする。
そして九々等は、直哉の掌打をガードしている――警戒していたその掌に、触れている。
「避けれんかった君の負け、避けさせへん程加速した俺の勝ちや。1秒、固まりや!」
そして直哉は、停止した九々等に勝負を決める追撃を放とうとして。
――その横っ面に蹴りが突き刺さった。
「!?」
揺れる視界で直哉は見た。己に追撃せんと迫る九々等の姿を。
術式は確かに発動した、とっくにフリーズしているハズだ。それなのに動けるということは、つまり――。
「残念――オマエの術式に対応した俺の逆転勝ちだ、直哉!」
思考速度:9倍による超反応とイメージ力の強化によって、九々等八壱は投射呪法に適応していた!
そんな九々等の設定した追撃の蹴り、意識を刈り取る一撃が来る……だが、直哉はそれを躱し反撃の拳をその腹に叩き込んだ。反撃に対する反撃、そこまでは想定していなかった九々等は打撃をモロに喰らい衝撃で後退する。
「馬鹿言わんでや八壱君! 術式に対応できても条件は五分、良くて引き分けや!」
「あっそ、ならこっから改めて勝ってやるよ馬鹿!」
両者、地を蹴るのは同時。相手の目を見ながら、その頭の内で感情が弾ける。
「(
「(俺の速度:九倍と違って、
拳どうしが激突し、衝撃で距離が開き――互いは同時に互いへ叫ぶ。
「「なんで分から
どちらともなく相手へ飛びつき、そのまま縺れ合った影は壁を破って道場内へ飛び込む。
舞台が変わってもやることは同じ。拳が飛び、蹴りが交差し、そして言葉がぶつかり合う。
「人は皆向いてる方向、辿り着ける場所が違うんだよ! テメエにも出来ないことがあるだろ! たまたま力が強かったからって威張り散らしてんじゃねえぞ直哉!」
「ほんま綺麗事好きやね八壱君、さぶいぼ立つわ! なら君が俺と殴り合えてる理由はなんや!? 強いからやろが! 我を通すには力が要るって君が今証明しとんのやで!」
「それが間違ってるって言ってんだ! 力は敵を殴るためのモノ、仲間内で偉ぶるためのもんじゃないんだよ! 力の強さで人の価値が決まる訳ねえだろ、自分が偉いって勘違いすんな馬鹿野郎!」
「なんやと? この――」
と、ここで九々等が動きを止めた。
「あ」
「?」
直哉もそれを不思議がり動きを止める……瞬間、その後頭部に拳骨が炸裂した。
「いだッ!?」
突然の不意打ちに直哉は振り向く。果たして、拳骨の主は――。
「直哉、この馬鹿息子が。一体何度屋敷を壊せば気が済む?」
禪院家現当主、禪院
抗戦は無意味、と悟った直哉は、せめてもの抵抗として悪態を吐く。
「知らんわ。脆いのが悪い」
「……ほとほと反省を知らん奴だ。少しは菅原の坊を見習え」
渋い声で言いながら直毘人が指さした先には。
「ほんとにすいませんでしたァ!!! ついカッとなってしまい……どんな罰でも甘んじて受けます!!」
迷いなく土下座して心から謝罪する、冷静さを取り戻した九々等八壱の姿があった。
「彼の誠実さが1割でもおまえにあれば……」
「いや、あの感性で暴れてる方がタチ悪いやろ最早」
嘆く
そんな彼等を前に、顔を上げた九々等は勢いよく立ち上がって言う。
「とりあえず壊した壁直してきます! 行くぞ直哉!」
「アホらし。そんなん俺らがやる事ないやん。それこそ雑用共にやらせとけばええやろ」
「……そうか、直哉の術式じゃ修復作業は
「……はぁ? なんでそうなるん?」
「まあ良いよ、直哉はその辺でゆっくりしてな。どうせ
そう言って踵を返した九々等の肩を、がしりと直哉が掴んで止めた。
「なんだ? 直哉」
「ちょい待ちいや八壱君。俺、別にできひんなんか一言も言うてへんやん。何なら俺の術式使えば、八壱君より早くできる」
「いやお坊ちゃんには無理だって。それともなんだ、勝負するか? まあ負けるのが分かってて勝負受けるバカはいないだろうけど~」
「……ええわ、乗ってやろうやないの」
直毘人や躯倶留隊が「直哉(さん)が良いように転がされてる……!?」と困惑する中で、九々等と直哉はストレッチをしながらルールを確認する。
「術式使用アリ、妨害ナシ、より多くの箇所を修復できた方が勝ちな」
「純粋なスピード勝負って訳やね。舐められたもんや。八壱君、それで俺に勝てる思うてるん?」
「当たり前だろお坊ちゃん」
ぴきり、と挑発を受けた直哉の額に青筋が浮かんだ瞬間。
「よーい、スタート!」
「なっ、急に……ちょい待ちや!」
九々等が勢いよく道場から飛び出し、直哉も慌ててそれに続いた。
そうして彼等の「修復勝負」は開始される。
「脚力・腕力9倍で蔵から木材を素早く運搬! 刀身の長さを9倍して一太刀でカットし、釘に呪力を込めて握力・命中精度9倍で撃ち出す! これがオレの『作業効率:9倍』だあああああ!!」
「もう止まらん、さっきみたいなヘマはせん! 効率は速さと力! アッチ側に立つんは、俺やあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ(トンテンカンテン)!!」
漫画の光景そのものの神業トンデモ修復作業を披露する九々等と、ドップラー効果が発生するほどの速度でトンカチを振るう直哉。
そんな2人を見て、
「お、俺達も行くぞ!」
「ああ、躯倶留隊の力見せてやれ!」
と、あてられた躯倶留隊たちも動き出した。
更に。
「俺も手伝おう」
「
「俺だけじゃない」
甚壱が指さした先、抉れた地面が盛り上がり修復されていく。
「この術式は……
「フン」
「あ、
躯倶留隊に炳の幾人かまでが、総出で屋敷の修理を手伝う。
彼等のやる気の理由はやはり……傍若無人なドブカス、「あの」直哉が修復作業を行っているという事実と、そんな直哉まで巻き込んでしまう底抜けの明るさを持つ男――九々等八壱。
「くっく。つくづく面白い男だな」
ぐび、と酒を呷りつつ、禪院直毘人は笑う。
呪術師というのは陰に寄り易い職業だ。平和に奉仕する血生臭い職業……常人を遥かに凌ぐ力を鍛えながら、しかし表舞台で脚光を浴びる事もない。精神が、権力が、腐り易いのは当然と言えた。
そんな彼等だからこそ、どこかで求めているのかもしれない……何の後ろ暗さもない、力の使い道というやつを。
「……偶には宴会でも開いてみるか。躯倶留隊の慰労も兼ねてな」
そう言って、禪院家当主・直毘人も道場の外へ歩き出す。九々等と直哉の実力は近い、どうせ大差はつかず言い合いになる。そんな時、勝敗を判定する第三者が必要だろう。そしてその判定の場は、宴会の発表の場としても優れている。
「どうや八壱君! 俺はもうこの壁直したで!」
「うわ、おまえ細かいとこ雑過ぎ! 見た目だけ直せば良いってもんじゃないんだよこういうのは!」
「はっ、負け犬の遠吠えやね!」
「言ったな、ならオレも本気出すわ!」
屋敷の中、ぎゃーぎゃーと騒がしい言い合いが響く。
けれどそれを聞いた禪院家の住人たちは、自然と笑顔を浮かべながら屋敷の修復作業に励むのだった――。
翌日、呪術高専東京校。
その廊下にて、九々等八壱は頭を掻いていた。
「くっそ、日帰りだと思ったんだけどなぁ……やっちまった」
今日は約束があったのだ。昨日の任務ではたまたま
ズキズキと痛む頭を抱えつつ――なぜ痛むのかはあえて語るまい――九々等は辿り着いた教室の扉をがらりと開ける。
「よぉーっす、やってっか~」
「あ、おっせーぞセンパイ」
「うっせ、3年は色々あんだよ。また展延パンチするぞ後輩」
生意気な後輩……
木造の教室内は紙テープなどでデコレーションされており、黒板には『新入生歓迎会』という文字がでかでかと書かれている。
室内に居たのは九々等を除いて五人。
まずは銀髪碧眼高身長生意気サングラス後輩・呪術高専2年五条悟。
同じく2年、黒髪面白前髪高身長真面目に見えて意外とヤバい奴な後輩・
そして茶髪酒カス喫煙者投げやり系ダウナー女子・
最早見慣れた2年生3人組、と残り2人。
金髪で彫りの深い顔立ちをした男子、そして黒髪で眉の凛々しい元気そうな印象の男子。先の三人と違って着席している、見覚えのない彼等こそが――。
「君たちが新入生?」
「ハイ!
「……
「灰原クンに七海クンね。オレは
さしす組を指さしながらそう挨拶。
と、「こいつらより上」という部分に反応した五条が、九々等と七海の間に割り込んだ。
「……七海~、ちょい立って」
「なんですか五条先輩」
「いいからいいから」
「……?」
座っていた七海を立たせる五条。そして九々等と七海を横に並ばせ、その頭頂部の位置どうしを比べて……にんまりと笑う。
「あっれれ~、
七海建人、デンマーク人のクォーター。その身長は、高校一年生時点で日本人の平均身長よりも――九々等八壱よりも少し高い。
まあ、そんな感じで今日も五条が九々等を煽り。
「――殺す!!」
「ハッハ、チビが吠えてら~!」
九々等がブチギレ、五条が逃げる。「最強」の術式を持つ生意気な後輩は……しかし九々等に一瞬で背後に回り込まれ、その首をがっしりとホールドされた。
「げ」
術式発動による高速移動と、領域展延……生得術式から領域展延へ淀み無く切り替える超高等技術の無駄遣いにより五条悟の首をがっちりホールドした九々等は、そのまま力を込めて首を絞めていく。
「うぐ、息が……傑、ヘルプ! 俺死ぬ……!」
「良い機会だ、そのまま死ねやクソノッポ!」
「……程々でお願いします九々等先輩。悟、君は一遍痛い目を見た方が良い」
「おもれー。写真撮っとこ」
青い顔でタップする五条、額に青筋を浮かべ微塵も力を弛めない九々等、困ったように苦笑する夏油、携帯のカメラを向ける家入。
「……これが、先輩……」
「面白い人達だね七海くん!」
「
「いやいや、感性が違う方が意外と仲良くなれるものだよ! きっとね!」
「……」
呪術師は、というより呪術高専はクソかもしれない。てか先輩がクソだ。終わった。
七海建人、16歳の春。
彼の青春の始まりは、騒がしい先輩たちによる大騒ぎと駆けつけた