9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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人外魔境新宿決戦編 -弐-
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 ――見誤った。

 

 気絶状態から覚醒した裏梅(うらうめ)、その脳裏に最初に奔ったのはソレだった。

 

 九々等(くくら)八壱(やいち)八十一倍煉獄殺(ニルヴァーナ・インフェルノ)を至近で受けた裏梅は、戦場から100m以上吹き飛ばされ、全身に酷い火傷を受けながら、しかしひっそりと生存していた。

 

 摂氏5万度以上の超高温、それが起こす爆発に巻き込まれた裏梅が生存したのは、ひとえにその術式が冷気を操るものであったが故。

 熱と冷気は相克関係にある。氷は熱で溶けるが、熱もまた氷に温度を奪われる。

 九々等が高熱を使うことを看破していた裏梅は、熱に対する防御力を上げるため、体に低温の冷気を纏っていた。身体能力を損なわない為の、体表から1mmほど浮かせた極低温の「冷気の膜」。それが八十一倍煉獄殺(ニルヴァーナ・インフェルノ)の威力を抑え、本来であれば蒸発するハズだった肉体を燃焼するに留まらせた。

 また熱風と爆風には呪力が籠っていないのも大きかった。もし九々等の術式による呪力付与が爆風にまで及んでいたら、熱を防げたとしても単純な破壊力故にバラバラになっていただろう。

 

 兎に角、様々な偶然が重なって──あるいは呪術全盛の世を生きた術師の直感故に、裏梅は辛うじて生存していたのだ。

 地面に倒れた裏梅の全身、特に肉体全面に広がる大火傷。四肢の端はもれなく炭化して消滅している。通常人間にとって致命的であるそれらの傷は、反転術式によってゆっくりとではあるが確かに再生していた。

 

 どれだけ気を失っていたのか。どれだけ再生に時間を要したのか。

 それすら思考の端に追いやって、裏梅はひとつのことを思考する。

 

 ──現代の術師は人間であろうとする心が強い。

 人間性を保つため、己の中に膨らむ異能を抱えながら、壊せるモノを壊してはいけないと言い聞かせる。

 だがその人間性こそ、孤独を恐れる弱さである。

 それは九々等八壱も例外ではない。そう思っていた。

 

「(見誤った……!)」

 

 羂索(けんじゃく)曰く、九々等八壱は善人である。

 宿儺(すくな)に認められる強者でありながら死滅回游(しめつかいゆう)を、術師による殺し合いを厭う善人。即ち彼もまた人間性に縛られた、凡百な現代の術師。

 

 そう、思っていた。

 だが。

 

「(違う。断じて。人間性を持つものが、あんな技を使うものか……!)」

 

 己を襲った紅蓮の爆発、全てを滅無に帰す破壊の具現。

 目に焼き付いたそれの輝きに確信する。

 

 あの男は凡百の善人などでは無い。

 アレは言うなればそう、「人間性の猛獣」だ。

 善を謳いながら眼前の障害を薙ぎ倒し、力の無意味さを説きながら鬼神の如き力を用いる。あれ程の人間性と暴力性がひとつの肉体の中に両立している矛盾。

 

 即ち――彼もまた、己の快不快のみを生きる指針とするモノ。

 

 偶然生来の性格が人に似ていただけの猛獣、理性ではなく本能で善性を慈しむ怪物。天上天下唯我独尊、宿儺とは似て非なる圧倒的な「個」。

 

 羂索が言っていた「誰も呪わない」という人物評など妄言でしかない、と裏梅は確信する。

 アレは不快を覚えれば、すぐさまその敵を呪うだろう。ただ平和な現代の中で不快を覚える感性を持たず、一度(ひとたび)決着すれば一切の禍根を残さないから、一見して「誰も呪わない」ように見えるだけだ。

 眩い善性に隠された牙。それが今向けられている相手は。

 

「宿儺、様」

 

 ようやく発声機能を取り戻した喉から出たのは、無二と仰ぐ主への忠誠。

 

 九々等八壱。彼の牙は理性なきが故の鋭さを持ち、反面善たる者を鼓舞する輝きを放つ。即ちその牙は、宿儺の首に迫る凶器であると同時、五条(ごじょう)(さとる)にとっては祭具か生薬に成り得るのだ。

 つまり彼は、今の宿儺に最も近付けてはならない存在。

 

 ──命に変えても、宿儺(あるじ)の為に。

 裏梅は術式を起動し、まだ動かない体ではなく先ずその呪具を届けんと呪力を振り絞った。

 

 

 

■零■

 

 

 

 最強、復活。

 両断された体を再生させ、己の足でしかと立つ五条(ごじょう)(さとる)に、呪いの王両面宿儺(りょうめんすくな)は戦慄しながらも笑みを見せた。

 

 虚式『(むらさき)』の爆発を受けた宿儺の傷は深い。左半身のダメージが特に大きく、腕の肘から先は消し飛び、左側の目は衝撃で潰れている。

 その上これまでの戦闘で反転術式も鈍り、また『縛り』の不成立により一時的に呪力操作が乱れている状態。

 満身創痍。

 それでも宿儺は笑んだのだ。

 五条悟というこれまでの人生で最強の好敵手が、己史上最高の冴えを見せた技を受けて尚立ち上がって来たという事実に。

 

 それは例えるなら、至高の皿を平らげた後におかわりがあると知った美食家のような――。

 

「クク、良いぞ――」

 

 痛みを忘れさせる充足。敗色すら霞む期待。

 生涯忘れることの無いだろう敵との予想外の第2ラウンドの予感に、両面宿儺は呵々と吼える。

 

「――来い、五条悟!!」

 

 その声に、五条悟は六眼を見開いて――。

 

「生徒優先! おまえは後!」

 

 ずびし、と指を突き付けてそう言った。

 いつの間にやら、彼の小脇には抱えられた九々等(くくら)八壱(やいち)の姿。気絶しているらしくぴくりとも動かない彼を抱え、五条悟は宿儺の誘いを無碍にした。

 

「……」

「だっておまえ、この状況なら絶対八壱狙うだろ。僕に庇わせて隙を作る、最低でも1対1に持っていく為に。流石に今の斬撃を気絶した八壱(せいと)に向けられたらたまんないし、僕は一旦引かせてもらうよ」

 

 何か言いたげな宿儺につらつらと理由を説明する五条。

 不快を隠せない宿儺は、しかしふと気付く。

 

「(……何か妙だ。なんだこの違和感は)」

 

 それは、五条悟に対しての違和感。

 風に揺れる白髪。全てを見通すかのような青い瞳。

 それらは微塵も変わらないのに、彼から受ける印象が数分前とは全く異なっている。

 随分静かな微笑を湛えた表情のせいか。急にその精神だけが老成したような、そんな奇妙な違和感が宿儺を襲い。

 それをマトモに分析させる気もない五条悟は、九々等を小脇に抱えたまま、

 

「選手交代だ。任せたよ――」

 

 そう何者かに呟いて、瞬きの間に新宿の地から九々等諸共消え去った。

 

 宿儺にそれを追う余裕は無かった。

 何故ならば。

 

 五条悟復活の余韻に浸る暇もなく 戦地に投入されたのは

 雷神 鹿紫雲(かしも)(はじめ)

 

 

 

■零■

 

 

 

 高専内部、モニター室。

 羂索が高専術師による援軍の足止めの為に放った2000体の呪霊、通称『百鬼夜行』の対応に追われている都合上、高専内部に残った術師は情報収集・伝達役の冥冥、その補佐憂憂、そして非戦闘員の術師に限られる。

 そしてそんな術師の中に、家入(いえいり)硝子(しょうこ)の姿もあった。

 そう、一番最初に気付いたのは彼女だった。直感、とでも言うべきか。

 彼女がばっと扉の方を向く。それに気付いた視野の広い冥冥が振り向いた時には、既に男は扉を開いて立っていた。

 

「――五条」

「……や、ただいま」

 

 少しばつが悪そうなのは敗走してきたが故か。けれど彼が両断された場面を見ていた面々にとって、その姿は奇跡としか言いようがなく。

 誰も動けない中、五条だけが動き家入に歩み寄る。その両手に気絶した九々等を抱いて。

 

「硝子、八壱を頼む。腕も拾って来たから、やれそうならくっつけてやって」

 

 気絶した九々等、五条が横抱きにした彼の腹の上に、彼の切断された左腕が乗っていた。

 抱えた彼を見下ろす五条の六眼が湛えるのは、家入にも見た事がないような……慈愛?

 

「五条……だよな?」

「それ以外の何に見えるんだよ」

 

 そう苦笑する彼の、その表情の柔らかさと言ったら。

 何があった、と思わず訊ねたくなる衝動を必死に抑える家入は、ふと五条の臨戦態勢が未だ解かれていないことに気がついた。

 それが意味するところは、即ち。

 

「……戻る気か?」

「ま、それしか無いでしょ」

 

 宿儺とのラウンド2。

 先程拒否したそれは、しかし五条悟にとっても好都合であった。

 その判断を下した彼の心境は如何なるものか。

 生還の歓喜に湧く時間も与えず、再び死地に赴かんとする五条に、しかし静止の声がかけられた。

 

「ちょっと待って」

「綺羅羅? どうした?」

 

 声をかけたのは星綺羅羅。東京呪術高専3年生、五条悟受け持ちの生徒。

 続きを促され、綺羅羅はモニターを指さしながら言う。

 

「『邪魔しない』って約束なの」

 

 モニターの先に居るのは宿儺と……鹿紫雲一。宿儺を除く受肉術師最強格の泳者。そして、五条が撤退時に目にした、彼と交代した術師。

 生徒が言わんとする所を理解し、五条は柔らかく微笑んだ。

 

「そっか。まあ生徒の頼みなら仕方ない」

「良いの?」

「当然。それに、それならそれで都合が良い」

 

 言って、五条悟は踵を返した。九々等を抱えたまま入ってきた扉から部屋を出る。

 進路から彼が向かっている場所が医務室であることを理解し、家入も小走りでその後を追う。

 数秒で追いついた彼女に、五条は進行方向に目を向けたまま。

 

「硝子。時間が出来たから、一応僕のことも診てくれる?」

「……?」

 

 家入の困惑は当然であった。

 何故なら彼女が「五条悟の治療」を乞われる事など、ここ10年間無かったからだ。

 それもまた当然。自前の反転術式を持つ五条悟は、アウトプットする分効率の悪い家入(たにん)の反転術式を必要としないのだから。

 そんな困惑が顔に出た家入に対し、五条はなんでもないように言う。

 

「実は僕、反転術式捨てちゃったんだよね」

 

 それは。

 あっけらかんと言い放たれたその言葉の衝撃は、あるいは五条帰還時のソレを上回っていたかもしれない。

 衝撃に二の句を告げない家入に、五条はやはり柔らかい、しかし旧知にしか気付けない恥ずかしさを滲ませた口調で語る。

 

「見てたんでしょ一部始終。流石に僕だって、あの状況から復活するには『縛り』ナシじゃ無理だよ」

 

 一部始終。上半身と下半身両断からの復活。

 領域内で何があったのかは家入には分からないが、しかしアレは九々等の特異な力ではなく、代償を伴う奇跡の類であったらしい。

 

「『今後一生反転術式を使わない』。その『縛り』で反転術式を限界まで強化して、無理矢理体をくっつけた。破ったら傷口が開いて上下真っ二つに逆戻りだろうね、多分。ま、元々死にかけて得た力だし、死の淵から戻るために失ってもそんなに惜しくはなかったかな」

 

 その言葉を、しかし家入は強がりだと感じた。

 何故なら反転術式を失うということは、五条悟の場合、ただダメージを即座に回復できなくなるという訳ではない。

 反転した呪力を術式に流す『術式反転』の喪失。順転と反転をかけあわせる『虚式』も発動不能。そして脳を再生できなくなったことによる『無下限防御』の発動可能時間大幅減少。

 余りに多くの手札を失った五条悟は、同時に『最強』の資格を失ったのだ。

 

「……惜しくないだと? そんな訳が無いだろう」

 

 だから、家入は五条が強がっているのだと断じ、非難がましい顔で五条を睨んだ。自分にまで取り繕うのかと。

 しかしそれは些か早計だったらしく、五条悟はけろりとした顔で。

 

「別に。マジで問題ない。『最強』じゃなくなろうが教師は出来る。術式と六眼(このめ)、そして取り戻したこの命があればね」

 

 そしてそう言う彼の顔には、嘘偽りない満足の気配があった。

 満足。満ち足りている。

 磨いた力を、手に入れた『最強』の地位を失って、それでも彼は満ち足りていると微笑む。

 唯我独尊の五条悟からは考えられない言葉に、表情に、家入は思わずしみじみと。

 

「……変わったな」

「ああ。あっちであいつに説教されてな。ま、いつまでも子供(ガキ)じゃ居られないってことさ」

 

 2人、同じ顔を思い出す。

 やはり、五条悟を変えることが出来る人間など、彼を置いて他に居ないと言う訳だ。

 漸く彼の変化に納得した家入に、五条は普段の悪戯っぽさを多分に含んだ、しかしどこか穏やかな表情で言う。

 

「反転が無いんだ。これからは頼らせて貰うよ? 硝子」

「……これから()、だろ」

 

 独りじゃない。

 気付かなかった者と、気付いて貰えなかった者。

 共通の友を失い歪んでしまった彼等の関係も、漸くその正しい形を思い出したようだった。

 

 

 数分後、高専医務室。

 気絶した九々等八壱に反転術式による治療を施しながら、彼が特段危険な状態に無いことを理解した家入は付き添いの五条に語る。

 

「……とにかく五条。反転を失い更に脳にダメージがあるだろうおまえは一旦戦線離脱だ。それは皆納得するだろう。『五条悟が生きている』という事実はそれだけで宿儺・羂索への牽制になるし、その分戦略の幅も広がるからな。少なくとも宿儺が無下限を突破した手段が分かるかおまえの領域が復活するまでは、限界で『百鬼夜行』の方の対処で留めろ」

「良いけど、生徒が危なくなったらその時は出るよ? 生徒が教師より先に死ぬなんて有り得ないから」

「……本当に変わったな」

 

 正論に暴論で返すのは相変わらず。だがそこには確かに教師としての信念と慈愛がある。

 五条悟の変化を改めて感じつつ、家入は続ける。

 

「『百鬼夜行』がある程度片付き次第、事前の作戦通りに日車と虎杖が出る手筈だ。ただあの宿儺を前に鹿紫雲がそれまで持つか……。そもそもおまえが負けたこと自体かなり計算外だからな。宿儺の強さは私たちの想定を超えていた。果たして事前に立てた作戦のいくつが通用するものかね……」

 

 それは当然の懸念。

 九々等八壱・羂索の乱入。五条悟の敗走。予想を超える宿儺の強さ。

 最早新宿決戦は混沌の様相を呈していた。この状況で作戦が上手く機能する保証などどこにも無い……それどころか1秒後の展開すら誰にも予想不可能だろう。それは六眼を持つ五条悟を以てしても同じだろう。

 だが、彼はどこか余裕を感じさせる表情で返す。

 

「それ、そんな心配すること?」

「当たり前だ。というか五条、おまえが勝てなかった宿儺におまえの生徒が勝てるとは、私には到底思えないんだけど?」

 

 そんな家入の至極まっとうな指摘に、しかしその教師は笑った。

 

「何言ってんの硝子、僕の生徒だよ」

 

 人外魔境新宿決戦、人類存亡の危機にしてどれだけの被害が出るか分からない苦境を前に。

 しかし、五条悟は確信する。

 

 八壱。

 金次。

 綺羅羅。

 憂太。

 真希。

 棘。

 パンダ。

 そして悠仁。

 皆自慢の生徒だから。

 

「──勝つさ」

 

 今度の今度こそ本当に。

 彼等ならきっと、僕を超えていける。

 

 

 苦境の中、青き瞳は開花を待つ。

 間近に迫った世代交代――次の「最強」を背負うのは、果たして。




オリ主ずっと寝ててワロタ

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