「日車さーん!」
「……九々等か」
11月。
東京都千代田区、最高裁判所中にて。
呪力感知:81倍で
被告人が立つ台の前に椅子を置いて座った日車は、傍聴席で止まった九々等に顔を向けず問う。
「何の用だ」
「1ヶ月後、宿儺との決戦があるんだ。それの助太刀を打診しに」
「……!」
その一言で、日車は状況を理解した。
彼は
「あー、宿儺ってのは虎杖の中に居たバケモンで、そいつが虎杖の体から逃げて恵くんに寄生して復活しちまって……んで日車さんの話したら参加して欲しいってことになって、日車さんの呪力を覚えてるオレが交渉役を買って出て……」
「分かった、協力しよう」
「良いの!?」
アッサリと了承した日車に九々等は驚き……そして声を低くして忠告する。
「保険みたいな作戦だけど、しっかり命の危険があるんだぜ」
「構わない」
「……宿儺は渋谷を壊滅させたバケモンだ。オレなんかよりずっと強いぜ」
「承知済みだ」
「自首するって言ってたでしょ。死んだらそれもできないんすよ」
「……今、日本の司法機関は混乱している。俺を罰する余裕は無い。その混乱から脱し司法の力を取り戻させるには、どの道宿儺を倒し死滅回游を平定させなければならない。そうだろう」
日車の指摘は正鵠を得ていた。
今、この最高裁判所内には誰も居ない。否、「呪霊が出る」と公表され、日本中の呪いを受ける地となった東京には、まともな人間は残っていない。
裁判官の席にも、検察側の席にも、
「俺は法を見限った。そして今、その法に見限られた。『おまえなど裁かない』とな。なら俺はこの命を宿儺討伐に使うべきだ――せめて、自分で自分を罰する為に」
「日車さん――」
「いいんだ。俺はもう、君の目すらまともに見れなくなってしまった。きっと虎杖に対しても同じだ。俺にとって君たちは眩しすぎる……」
振り向かないままの彼は言って。
オレはその時、何も言えなくて。
――日車は死にたいの?
虎杖の問いかけがリフレインする。
あれ。あの時オレは、一体なんて言ったんだっけ――。
「――!」
不意に意識が覚醒し、九々等八壱は跳ね起きた。
かしゃん、と彼が乗っていた
それに気付く余裕もなく、九々等は慌てて周囲に目を凝らす。
「どうなった!? 五条先生は!?」
「生きてるよ。おまえのお陰だ、九々等」
医師――
「……っは~、良かったぁ。夢じゃ無かった……!」
へなへなと全身から力を抜いた。気絶する前、立ち上がった五条の姿を見た気がしたが、あれが夢だったかもしれないと気が気でなかったのだ。
その様子に、家入はふっと微笑む……と、何かを思い出した九々等の態度が豹変した。その体に力が戻り、目には真剣な光が宿る。
「あ、家入先生、状況は?」
「……五条は『縛り』で反転を喪失、脳のダメージもあるから様子見がてら
「……」
逝っちまったか、鹿紫雲。
手術台の上で、九々等は数秒だけ黙祷した。閉じた瞼の裏に浮かぶのは、闇を裂く鮮烈なる紫電。
ばちり、紫電が「ありがとな」と笑った気がして……九々等は少し名残惜しんで、しかしすぐに目を開けた。
そんな彼の様子に気付いているのかいないのか、家入は淡々と説明を続ける。
「乙骨本人は宿儺戦への参加を望んでるが……結局優先順位は羂索の方が高いんだ。宿儺戦で乙骨がダメージを負えば負うだけ羂索の攻略難易度が上がるからな。それで、今後のおまえの扱いだが――」
「……
「?」
真意の掴めない発言に困惑する家入。
そんな彼女の視線の先、九々等は――
「
「……うん?」
回転したアイスクリームが、空気に溶けるように掻き消えて。
手術台から立ち上がった九々等八壱の双眸には、黄金の闘志が宿っていた。
岩手県
「――受肉タイプには呪物、覚醒タイプには呪印をそれぞれ施したんだ。それを辿るくらいのことはできるさ。だから九々等や日車を引き入れた高専術師たちの居場所が分かったんだけどね」
絶命した
そんな彼の横合いから、不意に声が掛けられた。
「もう死んでるよおじいちゃん」
「随分と1人で喋るじゃねぇの。長生きするとそうなっちまうのかな」
現れたのは2人の男。呪物を感知できることから受肉タイプ……羂索はマーキングと顔を照らし合わせてその名前を思い出す。
「友達が減るからねぇ。君たちがなってくれてもいいんだよ。レジィ、黄櫨」
レジィ・スター。
それが羂索の元に現れた
彼等は『
レジィと黄櫨は羂索の誘いを鼻で笑う。
「馬鹿言えよ。ロン毛の友人はもう枠が埋まってんだ」
「俺もお断りだね。色々あって、『ツラが良い長髪の男』はアレルギーなんだよ」
取り付く島もなく返され、羂索は「残念」と肩をすくめた。
そしてレジィたちを前に、羂索は長々と語り出す。
周囲や新宿に結界術を施した監視用の呪霊を多数忍ばせていること。呪力総量や視覚共有で監視し、援軍にはすぐに対応できること。
「新しく
死滅回游〈
15、
「新
〈
これがある限り、羂索(=
羂索にとって不利な
「だから加勢には期待しない方が良いよ。監視の目は普段より周到に躱したし、結界内は電波が通らないから通信も無意味。それに私は移動用の呪霊を持っててね、限定的である程度の『溜め』は要るけど、離れた場所へ距離を無視して転移ができるんだ。例えば君たちが
ザザザザ! と。草木を掻き分け、何かがこちらに近付いて来る。
「それだけあれば君たちを殺して逃げおおせるのに十分だ。最も、新宿の呪力総量はまだ変動していないけどね」
羂索が声音に嗜虐の色を込めると同時――現れたのは、呪霊の群れ。
横合いからの急襲に、レジィは服からレシートを千切り、黄櫨は口から歯を抜いて投げる。
突如として現れた車が呪霊の群れを轢殺し、抜けて来た呪霊たちを爆発が木端微塵にする。
だが、呪霊の津波は未だ半分ほど残っていた。更に羂索の手元からも呪霊が飛ぶ。咄嗟の連携でレジィが新たな車で呪霊の群れに、黄櫨が歯爆弾で羂索の攻撃を迎撃したが……呪霊の群れの方は全滅を避け、羂索の呪霊は爆風を抜けて来た。
「チッ」
爆発を耐えたムカデ型の呪霊を咄嗟に躱した2人は、そのからくりを見抜いた。ムカデ呪霊は羂索の呪力で強化されており、その攻撃力・防御力共に生半可ではない。
「手持ちの呪霊も殆どを失ったが、まだ最低限の戦力は保持してる。要するに少数精鋭さ。それに
呪霊の中には「無限に増殖する」タイプが存在する。虫型に多いこの手の呪霊は本体を叩けば簡単に祓うことができ、増殖した分体もそこまで強くないが……本体を格納したまま分体だけを顕現させることが出来、更にその性能不足を呪力強化で補える呪霊操術との相性は最高と言えた。
加えて、代えが効かない特殊な術式を持った1級・特級呪霊もまだ相当数。
「君たちじゃ、私の相手として力不足だよ」
数分。それがレジィたちの限界だった。
蚊を模した「無限増殖」呪霊の分体の群れが黄櫨の首を貫き、百足型呪霊がレジィを木に磔にしていた。
黄櫨は呪霊の呪力により首から下に反転術式を回すのを妨害され、レジィは両腕を折られ拘束されているため新しくレシートを千切ることが出来ない。
完膚なきまでに「詰み」の盤面。
五体満足どころか無傷の羂索を前に、出来ることは最早冥土の土産を請うことのみ。
喉を貫かれたまま、死に際の声で黄櫨は問う。
「オマエ、結局何がしてえんだよ」
「言ってなかったっけ? 死滅回游を終了させて、日本の人間と上位存在となった天元を超重複同化させる。1億人の呪力を孕んだ呪霊を作るんだ。宿儺次第だが、死滅回游終了の条件達成はそんなに難しい事じゃない」
「……はっ、なんじゃそりゃ」
「見たことないものを見たいだろう? 面白いと思ったことが本当に面白いか確かめたいだろう? それが、生きるってことじゃないのか?」
誰もが持つような好奇心。
それだけで1000年間生き、それだけで1億人を呪霊と同化させて殺す。
まごうことなき特級の悪意。
世界すら弄び滅ぼす、邪悪。
そんな悍ましき人型の悪魔に、語りかける者が居た。
「……なら、面白いこと教えてやるよ」
「うん?」
振り返る……声の主はレジィ・スター。新たにレシートを取り出せないよう両手を潰された彼は、百足呪霊によって磔にされたまま、しかし血で汚れた口の端を吊り上げながら語る。
「――俺の術式『
『
レシートなど「決済を証明するもの」を術者の呪力で焼き切ることで術式が発動。例えば商品を買ったなら、購入した物が購入した者の手元に。施設の利用など形のないものは「利用した結果どうなるか」が即座に再現される。
そして物を再現した場合、それは式神に似た扱いとなり、「飛べ」などの簡単な命令を実行させることができるが、与えられた命令を実行したらすぐに消失する。逆に命令を与えなければ消滅しないので、足場や重りのように利用することもできる。
そんな術式の開示を受けて、羂索は心底つまらなそうな顔をした。
「うん、だから? 君の術式も覚えてるよ。現代じゃ確かに便利だけどその程度……この状況から逆転する手段なんて無いだろ。話は終わりかい?」
例えばレジィは「高級旅館2泊3日」の契約を再現し、疑似的に体力を回復させることができる。だが2日3日休んだ所で折れた腕が治る訳でもない。病院の治療でも受けておけば再現は可能かもしれないが……その場合実際に数週間から数ヶ月入院する必要がある。現実味がないし、何よりできた所で勝負を振り出しに戻せるだけだ。レジィが全快したところで、羂索なら再び数分以内に殺害できる。
つまり、と羂索は結論付ける。
レジィ・スターに逆転の一手など無い。彼は只、死ぬまでの時間を無駄に引き延ばしているだけなのだ、と。
そもそも彼は受肉タイプ。手の内は「前世」の彼で知っているし、多少現代社会と相性が良い術式だからといってそこまで飛躍的に強くなれる訳でもない。
これ以上は無駄、と判断し、羂索はレジィを殺すことにした……そして彼は見た。くつくつと笑い舌を出す、レジィ・スターの「逆転の一手」を。
「くっく、そうだな。でも俺は別に、『
んべ、とレジィが口を開き、舌の上に乗せた紙切れを見せた。唾液で濡れないようにビニール袋で包まれたそれは、呪力によって燃焼を始める。
「(! 確かにこのタイプの術式は『相手の許可』等を条件に他者に術式効果を適応できる場合がある。相手の了承を得る『縛り』による術式対象の拡張……なら黄櫨に何かを? いや違う――) まさか!」
『
レジィが咥え、口から放出した呪力で焼き切ったのは――「新幹線の切符」。
正確には、
「東京から
だが最寄りである盛岡駅からなら、
その呪力が超高速で近付いて来るのを、羂索は遅まきながら察知した。
彼が目を見開き冷や汗を流すのを見て……瀕死の泳者2名は、ボロボロながら勝気に笑う。
「言ったろ。
「やっぱ呪術師は嘘ついてなんぼ、だよなぁ――
その奮闘に応えるように突風が吹き――そして、彼は現れた。
腰に届く長い金の髪が、
左の袖は肘の辺りから風に煽られて揺れており、彼が隻腕であることを見るものに悟らせる。
だが。その目は、表情は、猛る呪力の圧力は、何一つ衰えを見せず羂索を睨む――!!
――
「レジィ、イオリン、ありがとな。後は任せろ」
暴風が吹いた――そう思った時には、レジィと黄櫨を貫き拘束していた呪霊たちが祓われていた。
ザフッ、と呪霊の消滅反応がほぼ同時に起こり、瀕死の2人が解放される。
その様を見ながら、羂索は――。
「(やられたね。『
新幹線による移動を再現するなら、移動する者は術式発動時に契約に明記された駅に居なければならない。それも『
更に東京駅は千代田区……新宿の目と鼻の先。故に監視呪霊の結界内であり、観測していた呪力総量はレジィが術式を発動するまで変化しなかった。故にその瞬間まで、羂索はレジィの狙いに気付けなかった。
つまり……化かし合いで負けたのだ。1000年生きた
その事実に、羂索は――笑った。
やはり私は正しかった。私の手を離れた混沌から、また新たな可能性が――私を超えるものが現れた。
感動でぶるりと身を震わせながら、しかし同時に焦燥も抱かざるを得ない。
こちらを睥睨する、獅子が如き黄金の瞳。
九々等八壱――彼が放つ圧力は今や、五条悟に並ぶ程。
『今ヤバイのは五条先生だろ!? 先生助けたら改めてぶっ飛ばしてやるから道開けろ!』
そう言えば、そんなことも言われたか。
五条悟が宿儺から逃げおおせた今、彼が現れるのは必然だったのかもしれない。もしかするとそこに思い至らなかった時点で……いや、まだ何も終わっていない。全てはこれから始まるのだ。
笑い、哂い、嗤い。
焦り、惑い、恐れ。
追い詰められた黒幕は、獅子奮迅の難敵を前にそれでも
「また君か。会うのはこれで三度目かな?」
「ああ。約束通り、そろそろ決着付けようぜ、羂索」
混沌の中で最も強く輝いた可能性。
その牙が今、
レジィ好きだし折角生かしたから活躍させたかった……それだけです。
呪術廻戦完結!
単行本勢の自分にとって、未だ実感はありませんが……それでも今は、ありったけの「おめでとう」と「ありがとう」を呪術廻戦へ。
ただ、自分にとっての完結はやはり単行本での完結で。それまではまだ、「呪術廻戦」という夢の続きに浸り続けます。
【挿絵表示】