とある駅構内にて。
晴天の空を見上げながら、普段のレシートミノムシスタイルと違い現代風の洒落た格好をしたレジィ・スターは、アイスクリーム片手にぼやく。
「は~あ。なーんで二度と会わないと思ってたクソガキと、仲良くアイス食ってんだか」
その言葉を聴き、彼の横でアイスクリームを舐めていた
「いいじゃん、昨日の敵はってヤツだよ。てかそろそろ高専来いよレジィ、イオリンも」
「やだね、面倒事は御免だ。特に宿儺となんか死んでもやりたくないね」
「俺もパス」
近くに居た
ちえ、と唇を尖らせる九々等に、レジィはずいと指を突き出した。
「いいか。俺がオマエと協力するのは利害が一致したからだ。つまりオマエは、俺達が
「おう、良いぜ」
「……オマエさあ」
『縛り』。呪術の重要な因子であり、破れば罰を受ける。そんな『縛り』をアッサリ受け入れるその余りの無警戒さに、レジィと黄櫨は「俺コイツに負けたのか……」という思いっきり嫌な顔をした。
と、アイスクリームのコーンの下辺、最後の一口をぱくりと放り込んだ九々等が、頬を膨らませながら空気を読まず軽快に問うた。
「そういやレジィのは分かったけど。イオリンの術式って結局『目や歯を爆弾にする』ってコトで良いの?」
「あ? どういう意味だよ」
「いや、自爆とかできるのかな~って」
「できた所でやる訳ねえだろ!」
余りにも物騒な発想に、黄櫨が思わず声を荒げる。
「そもそも俺が爆弾に出来るのは『体から切り離した部分』だけだ。眼球や歯は自力で切り離し易いってだけでそこ限定でもねえ。威力や指向性も爆弾の大きさ形状じゃ無くて、込めた呪力の多寡で決まる……起爆のタイミングだけは例外として俺が自由に決めれるけどな。まあ大きい部位の方が呪力を込めやすいのは確かだが、それはそれで自切も再生も面倒臭えし……とにかく、俺の術式じゃ切り離しもしない部位を爆弾にはできねえよ。なにオマエ、俺を自爆させてえのか?」
「いやいや、土壇場で自爆とかされるの
「……調子乗んな、誰がテメエの為に自爆なんかやるか。俺をボコスカ殴りやがった癖に」
「それはお互い様だろー。あんときは殺し合ってたんだしさ。でも今は違うじゃん?」
九々等が禍根を感じさせない爽やかさで笑い、黄櫨は背中の痛みを思い出して思わず顔を顰めた。レジィも過去の戦いを思い出して思いっきり嫌な顔をする。
そんな彼等とは対照的に、九々等は何も気にしていないようなお気楽な口調で提案する。
「あ、なあなあ、思いついたんだけどこういうのどう? レジィ式瞬間移動でイオリン爆弾を飛ばして攻撃」
「……あのねえ。移動系サービスの『再契象』なんて超限定的な大技を、どうやって小回りが必要な対人戦闘中に使うんだよ。未来予知でもしろってか? 俺の術式で爆弾買って出した方がまだ役立つね」
「そっかぁ。うーん……ならレジィの車にイオリン爆弾詰めてから突撃させるとか」
「どこのテロリストだよ。それこそ普通に爆弾投げた方が早えだろ……それに俺の爆弾はそこまでストックできねえよ。切り離した『爆弾』は、反転で同じ部位を治した時点で術式効果を失うからな」
レジィ、黄櫨から1回ずつ反論を貰い、「駄目かぁ」と頭を抱えてうんうん唸り出した九々等。そんな彼の無様を嘲笑うがてら、レジィは違和感を指摘する。
「てか、さっきから何だよオマエ、クソみたいな作戦をこれでもかと粗製乱造してさぁ。そんな頭捻るタイプだったっけ?」
2人から見て、九々等は頭脳明晰なタイプではない。バカでお気楽でその癖強い……逆に言えば腕っぷし以外の権謀術数はからっきしだ。なにせ無警戒で元敵からの『縛り』を受け入れる程のバカなのだから。
そんな九々等が何故、レジィと黄櫨の連携技ばかりを頭を捻ってまで提案してくるのか。その問いに、やはり九々等は正直に答える。
「だってさ、この『ワープ作戦』の場合、オレが来るまで2人だけで羂索と戦わなきゃいけないだろ。そん時に使えるような、なんか役に立つ作戦があれば2人の生存率上がるかもなーって、そんだけだよ」
その言葉に、真剣な表情に、レジィと黄櫨は目を見開いて固まった。
「なんだそりゃ、気持ち悪」と、普段の調子で悪態を吐くことすら出来なかった。べちゃ、と食べかけのアイスクリームが地に落ちる。
……違う。断じて、その余りにも純粋な善意に面食らった訳ではない。ただコイツの、バカの癖に急に芯を食ったようなことを言う所が気に入らなかっただけ。この口から何も出てこなかったのは、断じてそれだけが理由のハズだ。
「あー、勿体ないんだ! 食べ物粗末にするとバチ当たるぜ」
「……バカの癖によぉ」
「な、頭の出来関係ねーだろコレは! 一般的レーギサホーな!? ケイザイガクとニンゲンコードーガク的カンテンから冷静に導き出したシゴクトーゼンの忠告ってヤツな!?」
「おう、良く分からんがオマエがバカって事だけは分かったぜ」
過去、殺し合いを演じた3人。レジィも黄櫨も決して善人ではなく、また遺恨が無い訳でもない。
それでも、あの日の会話は確かに談笑で。
そして、回想は終了する――。
「『
呪詞の詠唱。黄金の光が一点に集約され、極光と成って世を照らす。
金属を擦り合わせるような異音は、呪力が超高密度に圧縮される音。圧縮された呪力は術式効果を保持する為の殻であり、また敵を貫く砲弾でもある。
数字の「九」を思わせる掌印……九々等の残った右腕、親指と中指で作った説法印の「輪」の部分に生み出された呪力の塊は、術者の意思を引き金に指向性を持って放出される――!
呪力の高出力指向放出 × 威力:81倍
= 宿儺すら殺しうる呪力の
黄金の呪力の奔流を、羂索は体の大きな2級呪霊を障害物にして視界を切ることで躱す。
「(先の交戦と宿儺戦の中継を経て、九々等八壱の底は見えた……そのはずだったんだけど)」
胴体を『
羂索は『
「『
再び響く呪詞。だが羂索は目を見開く……九々等は掌印を作って呪力を圧縮していない。
持続時間が切れ、重力場が消滅する――同時、九々等が口を開く。そこから漏れ出る黄金の光と、それを放つ圧縮された呪力の塊。
口の中に隠された呪力球が、再び威力:81倍を乗せて放出される――。
だが、羂索はそれを読んでいた。
銅鏡の周囲に四つの目がついたような呪霊を呼び出し、それを『
呪霊と『
銅鏡から『
同時、その眼前になにかが浮いていた。それはビー玉サイズの小さな球……呪霊の圧縮された、球。
呪霊操術極ノ番、極小の『うずまき』。鏡呪霊の影に隠されていた、サイズに似合わぬ高威力の呪力砲が九々等の顔面を襲い――。
防御力:81倍で事もなげに受けきった九々等が、怯みもせず羂索に突っ込む。
「君、ちょっと強くなりすぎじゃない?」
左腕が無いことなど何のハンデにもなっていない。ひとつの術式の極ノ番を手足のように扱う無法。その黄金の足が、羂索の首を刈らんと振るわれる。
『
ズギャ!!! と蹴りが狙い違わず炸裂し、羂索の体が木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。
その凄まじい戦闘の様子を音と呪力で感じながら、少し離れた場所でレジィ・スターは立ち上がった。
両腕を折られた彼の体を、反転術式で首の傷を治した
レジィはまだ羂索の呪力が消えていないことを確認すると、フラフラと戦いの方向へ歩き出そうとした。倒れ込みかけた体を黄櫨が抱え、引き留めようと鋭い声を出す。
「おい、レジィ」
「……あー、黄櫨、レシート千切ってくれ。口で咥えれば、まだ術式は使える」
「まだやる気かよ。オマエは反転使えねえんだ、アイツに任せて逃げりゃいいだろ」
「……そうしたいのはやまやまだけど。このまま上手く逃げおおせられても、羂索が生きてる限り結局いたちごっこなんだよねぇ……だから俺は、
九々等八壱。レジィたちの計画を台無しにした男。全力で殺し合った、敵。
だが……今は、違う。
黄櫨ははぁと溜息を吐いて。
レジィの腕を肩に回し、彼が向かう方向へ歩き出す。
「……俺もオマエに賭けたんだぜ、最後までついてってやるよ。それより、こういうのどうだ?」
歩きながら、黄櫨はとある提案をした。
それを聞いたレジィが目を見開き、次いで思考に耽り……結論を出す。
「……アリだね。ま、成功するかどうかはアイツ次第だけど……」
「なら多分大丈夫だ。アイツはバカだが、戦いに関してだけは頭が回る……実際戦った俺が保証する。だから俺の腕、頼むぜレジィ」
そうして、2人が森を進む――。
同刻、視点は戻る。
道路まで吹き飛ばされた羂索は、首の損傷を反転術式で治療していた。その首の近く、ガードに使った呪霊がザフッと消滅する。
「(呪霊で受け、態と飛んでこの威力か)」
羂索が扱う呪霊は羂索の呪力で攻撃力・耐久力共に大きく強化されている。それをクッションにして、更に自ら飛ぶことで衝撃を殺して尚、何十メートルも吹き飛び、首の骨を折られ死にかける。
「『
そして、息つく暇さえ与えられない。
黄金の流星が煌めき/羂索がその術式を発動し――。
「――
隕石が落ちたような衝撃が道路を襲った。
クレーターの中心で、九々等は舌打ちする。
「(『重力』で狙いをズラされたな! 復活してたか!)」
「(危ない危ない)」
羂索と九々等が少し離れた場所に着地。お互いに体勢を整え、相手の一挙手一投足に対応できるよう構える。
「(攻め急いでくれて助かったね……やはり君にも分かっているんだろう)」
羂索は微笑みを張り付けた顔で九々等を見やる。
――羂索と九々等の勝利条件は違う。
「(危なくなれば逃げればいいだけの私と違い、あちらの勝利条件は私をここで倒すこと。『再契象』によるワープを晒した以上、私は今度からそれにも気を付けて逃げ回る。だから何が何でもここで決着を付けたいハズ……だが、九々等八壱は領域を使ってこないだろう)」
逃がさないだけなら簡単だ。領域を展開し相手を閉じ込めれば、確実に逃走を封じることができる。だがそれは同時に、羂索との領域勝負の開始をも意味する。
「(『閉じない領域』を使った領域潰しはさっきの戦いで五条先生から教えてもらった。羂索の領域が『
九々等は考える。そして羂索も同じように。
九々等八壱の本領は、術式をフルに使った殴り合い。その攻撃力、防御力、そして対応力を加味すれば、他者の領域を領域無しで耐えるという荒業すら不可能ではないと知っている。
「(『最悪』は既に分かっている。領域をいなされこちらの術式が焼き切れること……『呪霊操術』『反重力機構』どちらかを失った状態で万全の九々等八壱の相手をすれば、私は10秒足らずで殺されるだろう。故に私は領域を展開できず、彼も不利な領域勝負を仕掛けてはこない)」
複雑な相克関係は、ひとつの結論に辿り着く。
つまりこの戦いは――互いに領域を封じられた、純粋な術式のぶつけ合い!!!!
九々等が地を蹴り、羂索が呪霊で牽制する。
「(逃がす隙は与えねえ! 攻めて攻めて攻めまくる!)」
「(五条悟と違い、九々等八壱に飛行手段は無い。空中にさえ逃れられれば呪霊で飛行できる私が有利だ。全力で捌き、隙を突いて高所へ逃れる!)」
羂索にも考えはあった。
九々等の通常攻撃を必殺技にまで押し上げる極ノ番『冪』は、攻撃に回せば防御が疎かになる。つまり重力場の展開中は勿論、呪霊で切れ間なく攻め立てればそうそう連発は出来ないハズ。術式無しの素のスペックなら羂索の方が上、戦術で優位を取り隙を伺う。
だが九々等八壱に、その常識は通用しない。
攻撃を制限しようと九々等を襲わせた百足呪霊の群れが、一瞬で破壊される。
『
速度:81倍、神速のラッシュが羂索に叩き込まれる。隻腕により文字通り手が足りなくても、速度が81倍なら殆ど関係ないのと同じ。
羂索はたまらず重力場を展開――九々等が引いて地面を蹴り砕きながら叫ぶ。
「羂索! おまえの『理由』、教えてくれよ!」
同時、九々等は全力で瓦礫をシュート。
羂索は呪霊を出しそれを防ぐ、が九々等が背後に回り込んでいる。
「『理由』?」
「天元使った同化で1億人大虐殺、んでドでかい呪霊を作る! その理由が分かんなくてさ!」
九々等が拳を付き出そうとした瞬間、その目の前に奇声を発する呪力の塊が。
極小の『うずまき』が九々等の顔面に直撃――それを再び術式で受けた九々等の視界を、百足呪霊の群れが覆う。
「面白いと思ったものが、本当に面白いかどうかは実現するまでわからない。見たことないものを見たい、面白いと思ったことが本当に面白いかどうか確かめたい。それが生きるってことだろう?」
涼し気な声と同時。
あっという間に九々等の全身を呑み込み、虫玉となった百足呪霊……それが内側から弾け飛び、中から無傷の九々等が現れる。
「……そうかもな。うん、多分そうなんだろうな」
再び百足呪霊の群れが突進する……だが、九々等は避けもしなかった。
こちらを吹き飛ばそうとする呪霊の群れの勢いを静かに受け止め……一歩、踏み出す。
「でもな、それが『生きる』って事なのはさ、皆同じなんだよ羂索。皆夢を叶えようとしてる……見たことないものを、明日の自分がどうなってるかを確かめに行こうとしてるんだ」
呪霊の濁流に押されながら、一歩、また一歩と羂索の方へ歩を進める。力強く、一歩ずつ。
その金の目が羂索を射抜き、噛み付くように彼は吼える。
「たった1人のおまえの夢が、
振るわれた拳を重力場で歪めて防ぎ、後退しながら羂索は語る。
「九々等八壱。君は勿体ないとは思わないかい? 人間の、呪力の可能性はこんなもんじゃない。天元と1億人の超重複同化で産まれる存在は、新たな星の霊長として君臨するかもしれないんだ。呪力を当たり前に備えた存在だ、人間の文明にある限界など超越し、例えば宇宙の果てにまでその手を伸ばせるかもしれない。
その高みに到達する為に、本来スタートラインにすら立てない非術師を巧く使うだけさ。『混沌の中で黒く輝く可能性』の極致……死滅回游が見せたその先、常人は気付くこともできないその高みに、私なら人類を導けるんだ」
それは勧誘であり、奸計であり、出任せであり、本音でもあった。
九々等の拳が、動きが、少しでも鈍れば丸儲けと、言うだけタダの精神で放たれた言葉。
だが。それは、この戦いの決着を齎す言葉だった。
羂索は気付いた……九々等の足が止まっている。
臆した? 心動かされた? 違う。彼の
そして九々等八壱は、心底不思議そうな顔で言った――この戦いの流れを決定づける一言を。
「人間の、呪力の可能性の探求、か。ならさ、羂索……
「……は?」
「滅茶苦茶やって皆と敵対して、結果独りで悪巧みしてさ。
羂索の顔から。
薄ら笑いが、消えていた。
それに気付いているのかいないのか、九々等は滔々と語り続ける。
「オレだって1人じゃシュートは入れられないんだし。セーブやパスしてくれる味方が居て、作戦考えてくれる頭良い奴が居て……もっと言えば産んで育ててくれた両親や回りのサポートがあって、やっとゴールを決めれるんだ。それを全部1人でやるなんて、効率悪すぎるし傲慢だろ」
その金の目が。
羂索を、見る。
「なあ羂索、おまえは協力すべきだったんだと思うぜ。誰かを好き勝手に利用するんじゃ無くて、『手伝ってくれ』って言うべきだったんだよ。3人寄れば文殊の知恵だ――100人も居れば知識が凄い奴から突飛な発想する奴まで居るだろうし、多分大体の事は実現できる。それこそおまえの言う、『混沌の中で輝く可能性』ってヤツじゃねえの?」
そして、彼は言い放った。
敵意もなく。憐憫もなく。ただ、分かり切った九九の答えを教えるように。
「可能性だか何だか言ってっけどさ。結局、おまえが一番信じてないんじゃん、『人間の可能性』ってヤツ」
瞬間――。
動きの止まった羂索を轢殺せんと、横合いから巨大なトラックが突進して来た。
2tを超える鉄の塊が呪力を纏い、相応の破壊力を以て羂索に迫る。
「!」
羂索は咄嗟に後ろに飛びのいて躱した……巨大なトラックの車体と荷台が、向こう側の九々等の姿を/羂索の姿を一瞬覆い隠す。
「(レジィの
羂索は手持ちの中で最速の飛行呪霊を出しながら、思わぬ幸運に含み嗤う。今のは九々等に加勢する為の攻撃だったのだろうが、逆にこちらの利となった。
やはり「協力」なぞ綺麗事、優れた個に対しては他者など足手纏いでしかない……そう今一度確信し、羂索は呪霊に命じ空中へ飛び立つ。ぎゅん、と急上昇する視界。
「(このまま飛んで九々等八壱の射程から外れる――)」
だが。
九々等もまた、羂索を追って空中を舞っていた。
跳躍力:81倍による大ジャンプ。九々等の姿が、呪霊に乗った羂索に迫る。
そして、交錯の一瞬前。羂索は見た。
こちらを攻撃せんと九々等八壱の構えた、その
「(左腕! 反転術式で生やしたのか、この一瞬で? まあ、それでも状況は変わらない。空中なら私に利がある)」
九々等の左腕が生えていた。だがそれでも何も変わらない。
羂索は呪霊を操り、九々等と交錯するハズだった軌道を曲げる。それで、九々等の構えた左腕による攻撃は羂索に届かなくなる。
「(空中に出た時点で勝負は決まっていたんだよ。拳や蹴りなら飛行の軌道を曲げ離れて躱す。『
1m、2m。高く広い空の中で、羂索と九々等の距離は離れていく。
「(黄櫨も飛行はできないし、レジィは飛行機を『再契象』すれば可能だが、そのやり方ではこの一瞬のやり取りにはついてこれないだろう。つまり向こうにもう手札は無い、この勝負私の勝ちだ――)」
このまま飛んで逃げる。
そんな羂索目掛けて、3mの距離、拳が届かない距離から九々等が構えた左腕を突き出す。
「(悪あがきだね。例え拳の余波で風圧などを出せても、それで呪霊は祓えない――)」
羂索は超威力の拳が放つ風圧に備え。
しかし、飛んで来たのは別のものだった。
九々等が構えた左腕を勢いよく突き出し――
「――は?」
どう、と羂索の腹に左腕が激突する。
見れば、
「(腕を自切して射程を伸ばした? いや違う、これは――!!)」
羂索が
――大爆発。
雲を吹き飛ばし地まで揺るがすかのような爆発が空を覆う。衝撃が空気を押し、御所湖の水面が激しく波打つ。
そんな超範囲の爆風をゼロ距離で浴びた羂索は、上半身の服を吹き飛ばされ、全身火傷塗れになりながら吹き飛ばされていた。
「ゲホッ (やられた! 腕は反転術式で再生させたんじゃない、アレは
黄櫨の術式――切り離した己の体を爆弾にする。
それによる最大威力の大爆発が、羂索を襲った技の正体。
簡単な話。
反転術式で再生したように見えた「九々等八壱の左腕」は、実際は再生されておらず、断面を袖で隠されていた「黄櫨の左腕」によってそう見えていただけだったのだ。
当然黄櫨の体から切り離された腕は彼の術式によって爆弾になっており、その威力は今しがた目にした通り。
九々等たちが今の一連を仕組んだ手順はこうだ。
①レジィ協力の元黄櫨の左腕を切断し、そのまま黄櫨の術式で爆弾化
②爆弾化した黄櫨の左腕を、『再契象』で出した適当な道具で九々等の元へ運ぶ
③九々等が爆弾化した黄櫨の腕を袖にはめ、あたかも左腕を再生させたかのように見せかける
④爆弾化した左腕が羂索に最も近づいた瞬間、黄櫨が左腕を起爆させ羂索を攻撃する
上記①の工程を羂索から見られない離れた場所で行い、②③はレジィの術式(『再契象』で出したトラックの車体)で隠す。更に④は羂索が見晴らしのいい空中に逃れた事で、逆に黄櫨が最高のタイミングで爆弾を起爆することができるという結果を生んだ。
トラックによる視界潰しで羂索が空中に逃げる事すら計算済み。アレは決して悪手などではなく、様々な意図を含んだ最高の一手だったのだ。
羂索の体が衝撃のままに宙を舞う。全身火傷に骨折箇所多数、咄嗟に爆風を抑え込もうとした両腕の先は炭化している。
「(不意を突かれてガードが間に合わなかった、ダメージは大きい。爆破の衝撃で飛行呪霊も祓われた……だがまだだ。代わりの飛行呪霊はまだ居る。九々等八壱に空中で軌道を変える術は無い――いや、待て)」
新たな飛行呪霊を呼び出しながら、羂索ははたと気付く。
残留した爆煙の中から、猛スピードで呪力が突っ込んでくる――!
「羂、索――ッ!!」
轟、と煙に穴を開けて現れたのは、当然九々等八壱。金の髪を振り乱し、彼は矢と成って空を駆ける。
その突き出された右手には、彼のものとは違う呪力が籠ったサバイバルナイフが握られている――。
「(『再契象』で具現化したナイフを掴んで、疑似的な飛行を――!)」
『再契象』で再現したものは式神に似た扱いであり、簡単な命令程度なら実行させることができる。「飛べ」という命令は、その簡単な命令の範疇に含まれている――!
右手に掴んだ「飛ぶナイフ」に引っ張られる形で空を飛びながら、九々等は羂索に向かって叫ぶ。先の問答の時から腹に溜まっていた文句を、吐き出す。
「そもそもさぁ――『何ができるか』で人の命に差が生まれるワケねえだろ! 大事なのは自分に出来ることを『どこまでやるか』! どんな天才だって母ちゃんに産んでもらって、皆が繋いだ世界の上で生きてくんだ! 特別だろうがそうじゃなかろうが、自分に出来ることを取りこぼさずやり尽くした人間を、オレは心の底から尊敬する!!」
再びの九々等を術式対象とした『再契象』――今度はサービスではなく、九々等が購入した商品の再現。地上、左腕を再生させる黄櫨に支えられて空を見上げるレジィ・スターが、
「――行け、クソガキ」
黄櫨折の機転が、レジィ・スターの周到さが……羂索の想定を上回り。
そして。
「それも分からないまま、1人であることを選んだおまえに――協力という無限の可能性を捨てたおまえなんかに!! 『俺達』は負けてなんかやれないんだよ――!!!」
九々等八壱の信念が、その呪いすら斬り裂いて。
遂に。
羂索の心臓に、九々等の握ったサバイバルナイフが突き立った。
信じ。託し。受け取られた思いが今、1000年続いた呪いを穿つ。