9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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ピンチャン好きな人ごめーーーーーーん!!
でもアレは芥見先生本人にしか出せない味だと思うので、そっちは原作で楽しんで下さい!


×4 夢死

 上下左右、真っ白な空間に彼等は居た。

 その中で羂索(けんじゃく)は、向かい合った九々等(くくら)八壱(やいち)に問う。

 

「――君に出来るのかい。初めてだろう?」

「……覚悟はしてた。多分、出来る。そんな自分がちょっと怖いけどな」

 

 九々等が真剣な眼差しで答え、そのまま両者の間に少し沈黙が下りる。

 

 羂索は目を伏せ、白い世界に追憶を映した。

 1000年に渡る生涯を思い返し、そして目を合わせぬまま淡々と語る。

 

「私は君が正しいとは思わない。君のは所詮綺麗事だ。私たちは生きた時代が、環境が、そして価値観が根本から違う」

「ま、1000年間頑張ったあんたの凄さも辛さも、オレなんかに理解できるとは思ってねーよ。()()は聞いた1しか分からないオレの決めつけだし。そもそも信念や生き方なんて、勝ち負けを決めるもんでもないんだろうしな」

 

 羂索の言葉を、信念を、生き方を――九々等八壱は否定せず。

 

「そうだね。でも、私の負けだ」

「ああ。それでも、オレは正しいと信じてる」

 

 ただ、2人はそう言った。

 静かな、爽やかな笑顔だった。

 そのまま羂索が真っ白な空を仰ぐ。その白に1000年重ねた過去(きおく)を見る。

 

「……1000年間。たいていのことはやり尽くしたけど……確かに『協力』だけは、碌に試したことなかったかな」

 

 「協力」。他者を縛り利用するのではなく――信じて、託す。無意識に除外していた選択肢。

 最初から周囲と価値観が違った。受け入れられるハズが無いと理解していた。成立したとて枷になるだけだと思った。

 きっと窮屈で楽しくない、そう突っぱねた。

 だが。

 

用意周到な者(レジィ・スター)自分の強みを知っている者(はぜのきいおり)面白い発想をする者(くくらやいち)……三人寄れば、か。全く、随分と楽しそうじゃないか」

 

 もし、何かが違ったなら。

 この(さが)を受け入れてくれる誰かと、良いも悪いもそのままに共に歩んでくれるそんな誰かと、全てが始まる前に出会えていたならば……なんて。こんな馬鹿馬鹿しい空想を鼻で笑えない時点で、やはり私の負けなんだろう。

 そんな私に、九々等八壱は真剣な声で問うてくる。

 

「……羂索、夢を諦めることはできないか。新しい、誰も傷つけない夢を、オレも一緒に探すから」

「無理だね。私は『見たい』と思ってしまった。そこはもう変えようが無い」

 

 とっくの昔に生き方は決めていた。

 だから妥協も相互理解も、今更できやしなかった。

 

「でも」

 

 けれど。この対話(たたかい)を経て、たったひとつだけ変わるものがあった。

 たったひとつ借り物ではない、剥き出しの(すがた)で、問う。

 

「もし『次』があれば、その時は仲間に入れてもらえるかい?」

 

 そう訊くと。

 彼はこちらに手を伸ばし。

 嬉しそうな、悲しそうな顔で、笑った。

 

「当然だろ。もっとあんたと、普通の話がしたかったよ、オレは」

 

 そうか。そうなのか。

 

 昔の、最初の自分の姿が微笑む。

 

 それもなんだか楽しそうだ。

 うん、これは悲しくて、嬉しいな――。

 

 

 

■肆■

 

 

 

 羂索の心臓に、深々とサバイバルナイフが突き刺さる。『再契象』で再現され、命令を実行し終えたサバイバルナイフが消滅し、羂索の心臓に巨大な穴が空く。

 だが、九々等八壱は知っている。傷を治す反転術式という呪術を。心臓が壊れても死ななかった呪いの王を。そして、羂索の呪術師としての力量を。

 だから、容赦はしない。

 

「――」

 

 腕力:81倍――

 全霊で振るわれた九々等八壱の手刀が、羂索の首を断ち切った。反転術式を回す頭が、綺麗に胴と泣き別れ、そのまま血を吹いて空中を舞う。

 

 目が、合う。

 互いに理解した。あの問答が只の白昼夢では無かったことを。

 

 どか、と羂索の首と体が地面に落下して転がり。

 ざっ、と九々等が地面に着地する。

 

「……羂索」

 

 九々等が転がった羂索の首に何かを言おうとして――。

 

 ――ドクン。

 

 頭を失った羂索の体がびくりと跳ねる。

 

「!?」

 

 そして――内側から爆発するように、その体から呪霊たちが飛び出した。

 

 それは、術者たる羂索を失ったことによる、

 呪霊操術の 暴走!! 

 

「(――これ、乙骨くんが言ってた暴走か! 忘れてた!)」

 

 羂索討伐戦の作戦会議で何度か話に上がっていた「呪霊操術の暴走」に思い至った九々等は、兎に角術式を全開にして呪霊たちを手当たり次第に祓う。

 

「『九天(きゅうてん)』『黎明(れいめい)』『()けた冥王(めいおう)』――極式(きょくしき)(くがね)』!!!

 

 呪力砲で薙ぎ払い、大半の呪霊を祓除。残った呪霊も術式を使った高速移動と超威力攻撃で一掃する。

 

「(約束したからな、意地でも被害ゼロで全滅させる……でも、事前の予想より呪霊の数がずっと少ないんじゃね、コレ。羂索もギリギリだったのか――)」

 

 新宿からの遁走の際百鬼夜行の再現を行い、そして九々等八壱との交戦を経た羂索に、そこまでの呪霊のストックは残っていなかった。

 その数、九々等の体感で約50体程度。

 だが……特級相当の術師の前では1分と持たないたったそれだけの呪霊でも、最後の悪足搔きの為の時間稼ぎには充分だった。

 

「コガネ、総則(ルール)追加。天元による人類との超重複同化の発動権は伏黒恵が持つこととする」

「!?」

「承認されました」

 

 死滅回游〈総則(ルール)〉16

 天元による人類との超重複同化の発動権は伏黒恵が持つこととする

 

 コガネが総則(ルール)の追加を認め、天元が遠くへ飛び立っていく。

 巨大な枯れ木のような異形の呪霊に髪を引っ掛け、生首の状態でそれを見送った羂索の姿を目の当たりにして、呪霊を祓い終わった九々等は喚く。

 

「なんで首だけで生きてんだあんた!?」

「私の本体は脳だからね。残った呪力で多少延命するくらいはできる」

「成程……で、今何した!?」

「同化の儀の親を書き換えたのさ。宿儺とは既に継承の儀を済ませてある。あとは基礎たる死滅回游の総則(ルール)を書き換え親を移せば天元の継承は完了だ」

 

 それはとどのつまり、まだ全然これっぽっちも1億総同化呪霊の実現を諦めていないということで。

 

「おま、なんか改心する流れっぽかったじゃん!」

「『次』があればと言っただろう? 『今』は決めた生き方を貫くさ。後悔したくないからね」

 

 涼しい顔(だけ)でそう宣う羂索に、九々等は、

 

「あーもう!」

 

 叫び、飛んで……羂索を吊るしていた呪霊を祓い、その喋る生首を押さえて地面に引き倒す。

 千切れた首を膝で押さえて固定し……九々等は拳を振り上げた。

 

「やっぱスゲーよあんた! だからこそ許すワケにはいかねえんだけど……なんか遺言あれば聞くぜ」

「それはもう済ませただろう?」

「……そう、だな」

 

 構えられた拳は、呪いの王すら殺しうる必殺の拳。それを防ぐ術も避ける術も、生首となった羂索には残っていない。

 拳が降れば、羂索は死ぬ。そして、九々等八壱は必ずそれをやり遂げる。

 だというのに、羂索は涼しい顔を崩さずに……どこか爽やかさすら匂わせて別れを告げる。

 

「じゃあね、九々等八壱」

「――ああ。()()()、羂索」

 

 対し、固い表情(カオ)で返す九々等にこそ余裕は無く。

 その様子にふと何かを思いついたのか、羂索は悪戯っぽく笑って言った。

 

「ふふ、最期くらい呪いの言葉を吐きなよ」

 

 それは命乞いでも時間稼ぎの悪足搔きでもない……これから死ぬまで十字架を背負うことになる彼への、心配であり負け惜しみでもあり、そして――。

 ぎゅ、と九々等が唇を噛み、眉を下げ、眉間に皺をよせ。

 それでも強がって、ボロボロの笑顔を作って返した。

 

「できるかよ、馬鹿」

 

 ふっ、という音を合図に。

 

 ぐちゃり、力強く拳が落ちて。

 笑った羂索の脳髄が、頭蓋骨ごと破壊された。

 

 

『――5(ポイント)が追加されました』

 

 

 さらば、世に呪いを振りまき、そしてオレに呪いをくれた人。

 そして、オレが生まれて初めて殺した人。

 地獄があればまた会おうぜ。そん時は、一緒に火にでも焼かれるかな。

 

 

 

■肆■

 

 

 

 森の中。九々等は呪力を辿り、レジィ・スター、黄櫨(はぜのき)(いおり)の2人と合流した。

 

「レジィ、黄櫨、ありがとな。おまえらのお陰で勝てた」

 

 勝利報告をする彼の表情には、しかし喜色の欠片もなく……俯き気味の顔には、陽光を遮る木々のせいか暗く影が落ちていた。

 

「……勝ったってツラじゃないけど?」

「ああ……思ったよりキツいな、これ」

 

 レジィの軽口にも普段より弱気な反応を返す九々等。その憔悴っぷりは付き合いの短いレジィ・黄櫨両名にも察せられる程だった。

 受肉型の2人には、覚醒型である九々等の心痛は想像もできない。切った張ったが当たり前の戦乱の世を生きた彼等の死生観と、平和な時代からいきなり殺し合いに放り込まれた九々等の死生観は余りにも違う。死力を尽くして戦う精神力を持っている九々等でさえも、殺人には強烈な抵抗感と罪悪感が生じる……レジィ等に言わせれば「生物としての矛盾」であり、九々等に言わせれば「善性という勲章」でもあるそれが今、九々等八壱を呪っていた。

 光が強い程、落ちる影もまた暗くなる。そんな言葉がレジィの脳内を掠める。

 

「……死滅回游の黒幕を討ったんだぜ? 讃えられこそすれ、責める奴なんて居るワケないでしょ」

「……ああ」

「はぁ……ほんっとめんどくさいクソガキだよ、オマエは」

 

 励ましの言葉も届いていないような九々等の様子に、レジィは深く溜息を吐いた。

 普段とはかけ離れた彼を見て、普段の彼を思い出す。勝手気儘、生意気、間抜け、突飛、単純、馬鹿、そのくせ手が付けられない怪力乱神で――そして何より、疑いようもなく善性の徒。

 

『別にさー。オレだって「ああ今バカなことやってんな―」って思ってんだぜ。でもしょうがないっしょ、こっちのが気持ち良いって思っちゃったんだから』

『ああでも、次(ポイント)増えてるの見たら容赦なく殺し行くから』

 

 光のような彼であっても……死滅回游に巻き込まれた時から、手を汚す覚悟はあったのだろう。それでも、「それしかない」状況にならない限りそうしたくは無かったのもまた、彼を見ていればすぐ分かる。

 だから――。

 

 どん、と。

 レジィは折れた手を無理矢理動かし、九々等の胸を強く叩いた。驚きこちらを向いた九々等と目を合わせ、調子に乗るなと言ってやる。

 

「――俺達も共犯だ。1人で殺したなんて思い上がってんじゃねぇよ、()()()

「レジィの言う通り。決め手は俺の爆弾とレジィの術式だってこと忘れんじゃねえ」

 

 ――だからこれは、その理想に見逃された者としての、せめてもの礼儀だった。

 

「……ありがとな」

「フン」「ケッ」

 

 と、ここで九々等はやっと気付いた。

 

「……って大怪我してるじゃねえかレジィ!」

「今更かよ……マジで回りが見えないくらい落ち込んでたのねオマエ」

 

 黄櫨に支えられ立つ、血みどろで両腕を骨折したレジィの様子に、九々等はひとしきり慌てふためいた後。

 

「オレは反転のアウトプットできないんだよな……高専行けば家入先生が傷の治療してくれるけど……」

「……高専ねぇ」

「あ!」

 

 と、「高専」という言葉で大事なことを思い出した九々等。

 

「とりあえず、オレは宿儺戦に戻る。今は一刻を争うんだ……終わったらすぐ戻って来るから、返事はそん時聞かせてくれ」

「ここから東京にぃ? そんな切符も呪力もないんだけど?」

「あー、高専に瞬間移動できる子が居てさ。結界(コロニー)を出さえすれば連絡がつくから、それで新宿に戻れるんだ。まあ余裕無さそうなら全速力(マッハ5)で走って帰るけど」

 

 そんな九々等に、黄櫨は少し迷って、結局言うことにした。

 

「……俺もレジィも宿儺戦に挑める力は残ってない。俺はあの左腕に殆ど全呪力を込めたし、レジィは見ての通りヘロヘロだ」

「分かってる。そんなになるまで戦ってくれて、本当にありがとう」

 

 例え瞬間移動ができたとしても、自分たちは宿儺戦には参戦できない――それを婉曲に伝えるも、九々等は気にもせず礼を言う。

 歴戦の受肉型2人してこのざまなのに、術師歴1ヶ月ちょっとの覚醒型が平気な顔で呪いの王に挑もうとしている。その様子に、黄櫨はかつての交戦の際の九々等の言葉を思い出した。

 

「(強い奴はどこ産だろうが、か)」

 

 ならば。時代や土地による強弱の傾向が絶対ではないと言うのなら。

 呪術全盛、平安の世――そこで最強を誇った呪いの王を、現代の学生が超えることこそが、その言葉の何よりの証明だろう。

 

「……勝てよ」

「応!」

 

 激励を受けて、九々等は飛んだ。

 瞬く間に小さくなり見えなくなったその背を目で追って、レジィと黄櫨は言葉を交わす。

 

「……レジィ。アイツ、勝てると思うか」

「いーや。1人殺しただけであんな顔する甘ちゃんじゃあねぇ。でも」

「でも?」

「どーせアイツ、『色んな人に支えられて』って臆面なく言えるタイプでしょ。ならまぁ、今回もその通りになるんじゃない?」

「……そうかもな」

 

 なにせ、かつて敵だった自分たちさえ彼を支えてしまったのだ。

 ならば……彼の仲間たちがどうするかなど、考えるまでもないだろう。

 片や重傷、片や呪力切れ。ボロボロのレジィと黄櫨は、それでもどこか清々しい表情で、金色の残光を見送った。

 空は、晴れ渡っていた。

 

 

 

■肆■

 

 

 

 視点は戻り。

 結界(コロニー)外を目指して結界(コロニー)内を駆ける九々等は……握った隻腕(みぎて)を、ぎゅうと固めた。その胸を覆う暗雲に表情を歪める。

 

「(こんな最悪の気分がこの世にあんのか……『これ』を自分以外の誰にもやらせたくなかった乙骨(おっこつ)くんの気持ちも今なら分かる)」

 

 手に残る、消えない感触。人ひとりの命を、未来を、可能性を――全てを奪った実感が、べっとりと拳に張り付いている。例え相手がどうしようもない悪人だったとしても、そうしなければ沢山の被害が出たとしても、友人が一緒に背負ってくれたとしても……それでも、こんなにも痛く苦しい。

 今まで18年間せっせと磨き上げ、そして誇ってきた「自分」が致命的に汚れた感覚。重い十字架を背負わされたように、胸を張るのが辛くてずっと俯いていたくなる。

 彼は、彼等は……ずっと、こんな気持ちだったのだろうか。

 

「(思い出したよ日車さん。()()()、あんたの気も知らず酷いこと言った。こんな気分を知っちまったら、()()()()()()二度とできねえよ)」

 

 思い出すのは2人の顔。

 虎杖(いたどり)悠仁(ゆうじ)。そして、日車(ひぐるま)寛見(ひろみ)。彼等の表情にあった翳りの正体を、ようやく実感として知ることができたからこそ、悔いる。

 ()()()の己の短慮を。

 そして抱く、切なる願いを。

 

「(せめて謝りたいからさ。頼むから、生きててくれよ――)」

 

 拭えない汚れをそのままに、重い十字架を背負ったまま――それでも胸を張り、前を向く。

 己の感慨など今は捨て置け。清算の時が訪れるまでは、せめてこの五体は誰かの為に――。

 

 黄金の風、駆ける。

 その目が次に映すのは希望か、それとも。

 

 

 

■肆■

 

 

 

「……こんなものか」

 

 決戦の地、新宿。

 戦闘の余波によって瓦礫の山となった街の中。

 

 既に、立っている者は1人だけだった。

 即ち――天上天下唯我独尊、呪いの王たる両面宿儺(りょうめんすくな)

 四つ腕の異形は瓦礫の山に独り仁王立ち、倒れ膝を突く術師たちを四つの瞳で睥睨する。

 

 脹相(ちょうそう)

 日下部(くさかべ)篤也(あつや)

 猪野(いの)琢真(たくま)

 死屍累々、血に塗れ倒れた生死不明の面々と――膝を突く、虎杖悠仁と日車寛見。

 更に並んだ獲物を前に、宿儺は味わう様子すら見せず淡々と刃を構える。

 

「『龍鱗』『反発』『番いの流星』――」

 

 呪詞の詠唱。スッっと手が、宿儺から程近い日車に向けられる。

 虎杖がそれに気付くも、立ち上がる暇すら与えられず。

 

「――(カイ)

 

 ゾン!!!

 世界を両断する斬撃――絶望が、新宿の街に深々と刻まれた。




 呪いは廻る。最後に待つは、紛うことなき「呪いの王」。

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