9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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今回も捏造注意


×5 応報

 少し時は遡り。

 東京・新宿。

 

「さっさと終わらせろ」

有罪(ギルティ)」!! 「没収(コンフィスケイション)」!! 「死刑(デス・ペナルティ)」!!

 

 日車の領域展開誅伏賜死(ちゅうぶくしし)により、宿儺の有罪――没収刑と死刑――が確定した。

 

 死刑を科された者が触れれば例外なく即死する『処刑人の剣』により、伏黒恵を傷つけず宿儺の魂のみを殺すのが、五条悟敗北時の二の矢として編み出された高専側の作戦(プラン)

 没収刑と合わせれば、術式無しの宿儺に『処刑人の剣』を当てれば勝てるという最大の勝機を生む作戦……それは三審を利用した有罪判決により成功したかに見えた。

 

 誤算は2つ。

 誅伏賜死(ちゅうぶくしし)による没収刑は、対象が呪具を携帯している場合、術式ではなく呪具に適用されること。

 そして――。

 

「言っておくが、餓鬼共。貴様らは羽虫だ。鬱陶しく五条悟と九々等八壱(主菜のふたり)の前を飛ぶ、な」

 

 両面宿儺、その圧倒的な強さ。

 

 既に脹相(ちょうそう)日下部(くさかべ)篤也(あつや)猪野(いの)琢真(たくま)は既に宿儺によって戦闘不能にされ、生死不明の重傷を負って倒れていた。

 虎杖(いたどり)悠仁(ゆうじ)日車(ひぐるま)寛見(ひろみ)もまた少なくないダメージを負い、地面に膝を突いたまますぐには立ち上がれない。

 そんな彼らを睥睨しながら、只1人新宿の街に君臨する異形の王は、冷酷無比に死を宣告する。

 

「馳走が控えている。群がる羽虫と遊んでやる暇は、無い」

 

 2つ目の誤算――それは宿儺が五条・九々等(おきにいり)の帰還を見据え、最高効率で他の敵を「処理」する心持ちになってしまっていたこと。

 高専術師に五条悟らと共闘されると厄介なことになるかもしれない。高専術師を生かしておけば九々等八壱らに対する人質として利用できるかもしれない。それら様々な可能性を踏まえ、しかし宿儺は判断したのだ。

 

「(あの逸品の前では、並の皿など喰うに値せん。故に、ただ殺す)」

 

 その潜在能力を余すことなく発揮できる精神状態(テンション)ではないとはいえ、遊びも慢心も無い「呪いの王」の強さは圧倒的であった。

 呪具神武解(かむとけ)を奪われて尚、『処刑人の剣』を手にした日車を軽くあしらいながら彼を援護する高専術師をたちどころに戦闘不能にしたうえ、治療や援護の為の「瞬間移動」をする隙も見せない宿儺は、仕上げとばかりに日車に指先を向ける。

 

「『龍鱗』『反発』『番いの流星』――」

 

 (カイ)』!!

 

 五条悟・九々等八壱戦で習得した「世界を断つ斬撃」――あらゆる防御を貫通する呪いの刃が、止める間もなく日車寛見に襲い掛かり。

 

 新宿に斬撃、奔る。

 

 衝撃で上がった土煙が晴れ、傷痕が深々と刻まれた街の姿が露わになり……。

 

「ほう」

 

 眼前の光景に、宿儺は片眉を上げた。

 片腕を奪われた日車は……しかし失くした腕を再生させながら立ち上がる。

 反転術式。それも失った四肢を再生させられる程の出力。

 

「(術式順転による『剣』を消さずに反転術式を行使するか――) 次だ」

 

 宿儺が何かを放るように腕を振る――キラ、と何かが輝き、飛ばされた無数の斬撃が日車を襲う。

 

 回避能わぬ斬撃の雨霰。

 新宿に無数の傷が刻まれ――。

 

 日車が受けたダメージは、軽微。

 ただ呪力でガードしたのではない。それで宿儺の斬撃は防ぎきれない。

 故に、その全身を覆うのはただの呪力ではなく。

 

 ――領域展延

 術式を付与しない領域を纏い、相手の術式を中和する高等技術。だが日車は領域を習得している……故に展延が使えても不思議ではない。

 しかし真に宿儺を驚かせたのは、領域展延それ自体ではなかった。

 

「(領域展延。それも剣を『無効』にするのではなく『中断』して、か。限りなく俺に近いレベルで術式を運用しているな)」

 

 宿儺を魅せたのは、領域展延を解いた日車の手に帰還した『処刑人の剣』の輝きだった。

 領域展延は生得術式と併用できない。だが宿儺が展延によって魔虚羅の適応をリセットしてしまわなかったように、より高度な技術があれば展延発動前の生得術式の状態を保存・再開させることは可能。

 だがその領域に辿り着いたのが、ほんの2ヶ月前に術式に目覚めた男だというのは、宿儺にとっても――。

 

日車(ひぐるま)寛見(ひろみ)、だったか?」

 

 反転術式に領域展延、卓越した術式運用技術に加え、当たりさえすれば宿儺であろうと一撃で葬る『処刑人の剣』を持つ日車は、五条・九々等と共闘されれば危険な存在に化けかねない。

 できるだけ早く殺すのが最善。だが。

 

「(羽虫ではなくそれなりの皿だったか――) いいだろう。少し遊んでやる」

 

 ――多少の危険を考慮しても味わう価値のある獲物である。

 宿儺は、そう判断した。

 天上天下唯我独尊。己の快・不快こそが生きる指針――なればこそ、そこに付け入る隙がある。

 

「――」

 

 言葉なく。日車は『処刑人の剣』を、渾身の力で突き出した。

 フェンシング経験からくる、素早く連続で放たれる刺突。常人の目では霞が揺らいだかのようにしか見えないそれを、宿儺は容易く躱し返す刀で日車を殴打する。

 

「……ッ!」

「日車!」

 

 唯一日車以外で戦闘不能になっていなかった虎杖悠仁が、援護しようと駆け寄ってくるも。

 

「邪魔だ」

 

 宿儺はそれを一顧だにせず、斬撃で切り裂き吹き飛ばす。

 

「虎杖!」

「余所見している暇があるのか?」

 

 斬、と体を袈裟に斬る斬撃に、日車は苦悶を噛み殺しながら『処刑人の剣』を振るう。

 突く/当たらない。

 薙ぐ/当たらない。

 振る/当たらない。

 全霊で振るう剣技、その悉くが宿儺を捉えられない。

 彼こそは呪いの王、両面宿儺――敏捷性も戦闘センスも他の追随を許さないからこその「呪いの王」。

 

「ほら、もう少しだ。頑張れ頑張れ」

 

 どんなに致命的な攻撃も、当たらなければどうという事は無い――そしてこと宿儺にとって、日車の剣を躱すことなど児戯に等しい。

 その死力を尽くした抵抗も、舌の上で稚魚が跳ねるのと同義。

 

 誅伏賜死(ちゅうぶくしし)による「死刑」は、日車に『処刑人の剣』が与えられ、日車本人がそれを使い直接手を下さなければならない。

 弁護士……罪人を守るための存在だったものが、罪を糾弾し罰を下す矛盾。破れた理想、その末路。

 その苦悩、葛藤、諦観、決意。どれもが剣を象る呪いに並び、手ずから味わうに値する。

 

 斬撃が奔り、日車の体を傷つける。

 それを反転術式で治しながら振るった剣は、やはり宿儺の残像を捉えるのみ。

 圧倒的な実力差に自らの敗北を予感しながら、一撃必殺の剣を振るう日車寛見は。

 

「(嗚呼。自分が死ぬつもりで振るう剣は……こんなにも、軽い)」

 

 致命の剣。当たれば宿儺は死亡する。どんな悪人であれ、それを裁くのは司法であるべきだと心のどこかが言っている。そんな綺麗事が剣筋を鈍らせないのは、ひとえに己の命を天秤に乗せているからに他ならない。

 必死の連撃。散り際だからこそ迷わず咲き誇る花のように。

 

「(だが、それでは駄目なんだ。九々等、オマエがそれを教えてくれた)」

 

 渾身の力で剣を突き出す――刺突は宿儺の掌に突き刺さり、即座にその命を奪ったかに思えたが、それは貫かれる前に宿儺が自ら切断した掌だった。故に術式効果は宿儺自身へは及ばず。

 ドドドウと。触れた手を介し直接体にぶち込まれた斬撃が、日車の全身を乱切りにした。

 気絶しそうな程の痛みが脳内を駆け回り、鮮血が舞って視界を染める。

 

「(俺は――)」

 

 零れる(いのち)。失われる(のろい)。死を目前にした日車の瞼の裏に、走馬灯がちかりと弾ける。

 

 

 

「――日車は死にたいの?」

 

 不意に、虎杖悠仁にそう問われた。夜、風が冷たかったのを覚えている。

 

「……なんだ藪から棒に」

「日車は反転術式使えないじゃん。なのに当たり前のように宿儺と戦うことになってるから」

「俺は法を見限りまた見限られた人間だ。最後に自分を罰するのは自分でありたい」

 

 そこで一瞬口を噤む。言うか迷って、結局言った。

 

「君の言う通りだ。俺はここで役割を全うして死ぬべきだと思っている」

「いいんだけどさ、俺だって似たようなもんだから。でも……なんていうか、日車は戻るべきなんじゃないかな」

「無理を言うな。俺はもう、君の目すらまともに見れない人間になってしまったんだ」

 

 顔を向けることなど出来なかった。虎杖悠仁と()は俺にとって眩しすぎた。直視などできる筈も無かった。

 ……きっと、一度目を閉じてしまったからだ。

 光に慣れた目が、闇を濃く感じるのに対し。

 闇に慣れた目では、光は眩しすぎて直視できない。

 

 だから、なのか。

 ()がいつの間にか背後に立っていて、俺と虎杖の会話を聞いていたのに気付かなかったのは。

 

「――今の話、本当か」

 

 それは静かな、しかし怒りに煮え滾った声だった。

 振り返れば、そこには当然声の主。

 眩しい光、そのふたつ目――九々等八壱が、そこに居た。

 

「虎杖……にも言いたい事あるけど、後で。日車さん、今のは」

「……ああ」

 

 目を合わせられないまま肯定すると、九々等に襟首を掴まれた。らしくない、乱暴な仕草。怒りを宿した黄金の眼が、こちらを見ていると分かった。

 猛獣が飛び掛かる前の威嚇のように、彼は低く低く腹の底に響くような声で唸る。

 

「ざけんなよ。オレはあんたの自殺を手伝う為に呼んだ訳じゃないんだぞ」

「……」

「薄々なんかおかしいなって思ってたけど、『死ぬべき』ってのは何なんだ。なんで……そうか、だからオレには言わなかったのか。虎杖は色々あったから、そういうのに強く言えねえもんな!」

「九々等! 日車は――」

「虎杖。大丈夫だ」

 

 助け船を出そうとしてくれた虎杖を、しかし俺は制止して九々等に向き直った。

 なぜなら。

 

「故意に隠していたのは、事実だ。言えば止める奴だと、そう思った」

「っ、当たり前だろ!」

 

 俺は卑劣だったと、そう自分で認めたからだ。

 罪の意識を共有する虎杖が、俺の考えを強く否定できないことも……それを持たないまっすぐな九々等がそうではないことも、俺はきっと察していた。だから虎杖にだけ打ち明けて、九々等には打ち明けなかったのだ。止められては困るから、どこまでも俺の為に、俺の都合で。

 だが、それでも。

 

「……言っただろう。俺は法に見限られたと。法は最早俺を裁かない。だがそれは俺の罪が許されたという訳ではない。寧ろその逆……俺はただ、償う手段を失っただけだ」

 

 弱く醜い俺にもまた、譲れないものが残っている。

 それはどこまでも後ろ向きな俺の決意――決して消えない、目を瞑りなかったことにすることなど出来ない、俺の罪。

 

「裁判の判決に納得がいかず、裁判官と検事を殺した。死滅回游に参加し、術師を20人殺した。だが俺は追われることも檻に入ることも無く、のうのうと飯を食い生きている。遺族の気持ちはどうなる。司法が力を失い大量殺人犯が野放しにされている現実が、どれほど無辜の人々の心を苛むか……! だから俺は――」

 

 死ぬべきだ。そう、言おうとして。

 

 ガツン! と。

 頭突きに額を打ち付けられて、頭に奔った鈍い痛みが言葉を止めた。

 咄嗟に俯いていた顔を上げる……上げて、しまう。

 

 ――九々等の目が、目を焼くような眩しさが。

 視線を逸らすことを許さない至近距離で、俺を見ていた。

 

「だから死ぬってか!? ざけんな! なら逆に訊くけどさ日車さん、あんたは何様に罰せられれば満足だ!? 法か!? 神か!? まさか『自分』だなんてクソ甘ぇこと言わねえよな!?」

 

 すぅ、と息を吸い込み。

 彼は言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! 本当は優しくて良い人だって知ってたから、『誰かの為に戦う』こともできるんだって言ったんだ。一回殴り合った男同士だし、危ねえけどやるってんなら止めやしないんだよオレだって。でも……死ぬために戦うってのは話が別だ! 分かってっか日車さん! あんたは今、『立ち向かわず逃げる』って言ってんだぞ! 100%自分(てめえ)の都合で、もう厭だから、疲れたから捨てるって、目瞑って投げ出すって言ったんだぞ!! ンなことダチとしてこの戦いに誘った奴として、許してたまるかよクソ野郎!」

 

 がしり、両腕で襟首を掴み顔を寄せ。

 猛獣が噛み付くように。子供が泣き付くように。

 九々等八壱は告げたのだ。

 

「法律が、神様が、虎杖が出来ねえってんならオレが呪ってやる。『人を助けろ』日車寛見!! まずは殺した人間の9倍の9倍、ざっと1500人!! それが終わるまで死ぬなんて、楽になるなんて俺が赦さねえ!」

「……だが。もう、俺の手は」

「それでもだ。人を殺したのが、それでも法に裁かれないのがあんたの『罪』だってんなら。あんたは血塗れの手で人を助けて……人の骨と臓物の色を、死に際の苦悶を知った目で、人の笑顔を見続けろ。目を閉じることも逸らすことも許さねえ。その苦しみが、あんたの『罰』だ」

「――」

 

 目を焼くような眩しい光が。

 その先の自分が、ぼつりと溢す。

 

 ――人は皆、弱く醜い。

 

 嗚呼、そうだ。皆そうだ。俺もそうなのだ。ずっと見て来たから、目を閉じないようにしていたから、そのことに間違いはないと知っている。

 人は弱く醜い。思わず目を閉じてしまうほどに。直視できず目を逸らしてしまうほどに。

 けれど、そうか、ならば。

 ()()とは。

 

『あぁ、俺が殺した。これは嘘でも否定でもない』『本当に大事なのは「この一瞬」に胸を張れるかどうか、それだけでしょ』

 

 ――それは、間違えるが故の。己の罪を認めるが故の。人の罪を許すが故の。

 

『俺が、弱いせいだ』『当たり前だ。どんな無理難題であれ、諦めるのは失敗してからでいい』

 

 ――弱肉強食の理に心を痛め、異を唱えるが故の。傷つけることを選ばぬが故の。

 

『日車は戻るべきなんじゃないかな』『元気で! 面会、行きますよ』

 

 ――草も獣も決して持てぬ、目を焼くほどに醜く穢れたが故の。

 

 人、その()()()()()――()()()()()()

 

 眩い光――九々等八壱は、虎杖悠仁は、俺を見ていた。

 間違えた俺を、その弱さを尊ぶように。

 それを見ようとしない俺を責めるように――。

 

 

 

 ぱちり、瞼の裏で走馬灯が弾け、日車寛見は目を開けた。

 零れる(いのち)。失われる(のろい)。四つ腕で迫る死を前に、しかしその目に光が宿る。

 

「(虎杖、九々等。俺は――)」

 

 懺悔は後だ。

 零れた血など放っておけ。残った呪力を全てつぎ込め。死など受け入れてなるものか。

 何故なら、俺は。

 

「この『罰』からは、決して逃げない」

「!」

 

 目には目を、歯には歯を。

 罪を呪え――。

 

 領域展開――死眼誅律(しがんちゅうりつ)

 

 かくして宿儺は目の当たりにした。

 自らをそして日車を乗せた、巨大なふたつの天秤の皿。そしてその天秤の柱の上に坐す、目を見開いた式神(ジャッジマン)。日車寛見、ふたつ目の領域。

 

「(先の領域と違う――何だ?)」

 

 混乱する宿儺、その複眼が捉えた。

 『処刑人の剣』を構え、こちらに突進してくる日車の影を――。

 

「フン」

 

 ばつん、と。

 宿儺の指から飛んだ斬撃が、『処刑人の剣』を持つ日車の右腕を肘先から斬り飛ばした。

 あっけなく、日車から剣と右腕は失われ。

 どこまでも冷酷に残酷に、呪いの王は抵抗を評する。

 

「『暴力行為禁止』の縛り(ルール)をブラフにした奇襲のつもりだったか。つまらん――」

 

 そして、宿儺は興味を失った日車に対しトドメを刺そうとして。

 

 ――宿儺の右腕上下二本が、その肘先から切断された。

 

「な」

 

 一切の予兆なく。

 斬られた腕が、血を吹き出しながら天秤に落ちる。

 

「(――何が起こった?)」

 

 宿儺の驚愕。それは彼にも、己の腕を切断した技が見切れなかったことの証左。

 

「(俺は既に『三審』を終えている。故に領域内に巻き込まれようと術式対象として認識されず、結果『暴力行為禁止』の縛りは適用されなかった……そう読んだが、これは違うな。そうか、()()()()か!)」

 

 術式反転。反転術式で生成した正の呪力を肉体の治療に使うのではなく、生得術式に流し込むことで生まれるいわば「逆の術式」。それは例えば順転『蒼』・吸い込む反応に対する反転『赫』・押し出す反応、順転『積』・n倍する効果に対する反転『商』・1/n倍にする効果、と言ったような。

 

 反転術式の勢いが落ちている宿儺に、断たれた腕を即座に再生させることは難しい。故に彼は今から数手の間、左腕二本で日車の『処刑人の剣』を凌がねばならないことを、敵術式の分析より早く理解した。

 理解した上で、問題ないと判断して。

 

「――?」

 

 今度こそ、宿儺は瞠目した。

 何故なら、日車が左腕にて握りしめているのは――煌々と輝く『処刑人の剣』ではなく。

 

 一撃必殺の武器を捨てる愚行、その意図を量りかね生まれた宿儺の一瞬の隙を。

 

 ――ゴガンッ!! と。

 

 日車の木槌(ガベル)が痛烈に()いた。

 強く打ち据えられた宿儺の左腕が、軋む。

 

 『処刑人の剣』を捨てた日車の奇襲。

 だが、日車にとってもそれは予想外の事だった。

 

「(『処刑人の剣』が崩れた! 流石にこの『領域』との併用は一瞬が限界だったか……だが、代わりに木槌(ガベル)が戻って来た。宿儺に俺1人で『処刑人の剣』を当てるのはハードルが高すぎる。だが伸縮自在の木槌(ガベル)なら、決定打にはならないが確実に命中させダメージを与えられる。そしてこの『領域』なら、それだけでいい)」

 

 領域について知っている分、日車の方が冷静だった……その差が先の一撃を成功させた。

 宿儺の右腕を彼に知覚させることなく奪った先の攻撃、それこそがこの領域の必中効果。

 

 死眼誅律(しがんちゅうりつ)。『誅伏賜死(ちゅうぶくしし)』の術式反転にして、正真正銘「必中必殺」の領域。日車が辿り着いた、本来辿り着くことは無かった呪術の極致。

 その領域に付与された必中効果は、原初の法・ハンムラビ法典をベースにした――目を潰されれば相手の目を、歯を折られれば相手の歯を奪う、「全自動の強制報復機構(システム)」。平たく言えばあらゆるダメージの共有、殺されれば相手も絶命する道連れ領域。

 つまりこれこそは、「これまでの罪を裁判で裁く」術式順転の真逆、「これからの罪を全自動で裁く」術式反転の領域である。

 

「(これは順転と違い『必中必殺』の領域。領域内で俺が受けたダメージは宿儺へ共有(フィードバック)されるが、宿儺が受けたダメージが術者(おれ)共有(フィードバック)されることはない。故に宿儺の(4つ)腕を壊して抵抗の手段を奪い、その隙に――)」

 

 ――自ら脳を壊して、自害する。そのダメージを宿儺へ共有させ、強制的に道連れにする……!

 自傷も問題なく相手と共有できる領域の特性上、それが最も確実な方法。既に手の内は割れ警戒されている『処刑人の剣』ではなく、土壇場で編み出した領域の必中効果による初見殺しこそが最良……そう、日車は判断した。

 

「(……笑えるな。罪を背負って生きる覚悟で編み出したのが、己で己を罰する、贖罪の覚悟を問う術とは)」

 

 だが、宿儺は殺す。

 これから犠牲になるだろう数多の人を助ける為に――俺の贖罪の為に、殺す。

 例え、誰に恨まれることになろうとも。

 

『「人を助けろ」日車寛見!!』

 

 あの呪いに殉じられるなら。あの罰を遂行できるなら。

 この穢れ切った命など、塵芥程も惜しくは無い。

 

「(虎杖、九々等。俺は――)」

 

 再び振るった木槌(ガベル)で、宿儺の残った左腕をへし折り。

 これで両腕が壊れた宿儺は、斬撃の術式も彌虚葛籠(いやこつづら)も使えないと判断。

 未だ領域の必中効果を看破していないだろう宿儺に真意を悟られる前に、己の頭蓋を叩き割る為木槌(ガベル)を振るう。

 死を、罰を、臆せず己に叩き付ける。

 

 一瞬。虎杖と九々等の顔が見えて――。

 

 ――激痛。

 日車寛見の()を、斬撃が捌き貫いていた。

 木槌(ガベル)を振るう手が止まり、日車の口から大量の血が零れる。

 

「がは――っ」

「『損傷の押し付け』、否『共有』と言った所か。この領域の必中効果は。俺を道連れに自害するつもりだったのだろう? 全く、つくづく、人間。貴様らはほとほと詰めが甘い」

 

 既に必中効果の概要を看破していた宿儺は、嗤う。

 その足が、術式を付与した鋭い蹴りが、日車の胸を貫いていた。

 

「俺が術式(ざんげき)の媒介にできるのは腕だけではない。そして」

 

 死眼誅律(しがんちゅうりつ)の必中効果が発動。宿儺の胸を、心臓を斬撃が抉る。

 だが……血を溢す宿儺の口から笑みは消えない。

 

「心臓を潰されようと、俺は問題なく生存できる。オマエはどうだ? 日車寛見」

 

 問いに答える声は無く。

 崩れ落ちる体と、崩壊する領域がその答えだった。

 

「――」

 

 日車寛見の体が、ゆっくりと地面に倒れゆく。

 (いのち)は零れ、(のろい)は消え。今際の際、彼の瞼に映ったのは。

 

「(虎杖)」

 

 それは、閉じた目を開くきっかけになってくれた者。

 

「(九々等)」

 

 それは、開いた目を閉じるなと己を呪ってくれた者。

 

 この目に焼き付いた眩しい光を幻視して、日車は。

 

「(すまない。俺は――)」

 

 闇の中に、落ちていく。

 最期、意識を失うその刹那。

 

 誰かに名を呼ばれた、気がした。

 

 

 

■伍■

 

 

 

 日車寛見の敗北。

 それは即ち、彼を軸にした『死刑』作戦(プラン)の失敗を意味した。

 

 一の矢・五条悟単身戦闘に次ぐ二の矢の失敗。

 だが。

 高専側にはまだ、次ぐ三の矢が残っている――。

 

 

 膨大な呪力、殺意を滾らせ天上(ソラ)より下り来たる。

 落下の風にはためく黒髪。

 目を引く白い制服の上着。

 その手には抜き身の刀を握り、下界を睨む彼の名を、血の海に倒れた日車を庇うように立っていた虎杖が呼ぶ。

 

「乙骨先輩!」

 

 特級術師・乙骨(おっこつ)憂太(ゆうた)

 その姿に、日車に次ぐ新たな皿に、宿儺も期待を匂わせた。

 

「来たな、憑霊の餓鬼。と――」

 

 宿儺の視線の先。

 空中で、乙骨は左手を翳す。

 左手薬指に嵌められた誓いの指輪が呪力に輝き。

 

 ――そして、その左手の親指には、僅かに呪力を纏った金属製の指輪じみたものが。

 

 宿儺の姿を見据えながら。指輪と()()()の感触をしかと感じながら。

 乙骨憂太は「彼女(それ)」を呼ぶ。

 

「おいでリカ。()()だ」

 

 ずあ、と呪力が膨らみ荒ぶる。

 過呪厄災を振りまくような禍々しい呪力を呼び、閉じ込め、凝縮し。今完全顕現を果たしたのは――特級過呪怨霊・祈本里香の残滓、即ち。

 

「――呪いの女王」

 

 宿儺の呼びかけに、完全顕現した『リカ』は殺気立った様子を見せた。

 ――王と女王、相対す。

 

 そして。

 女王を侍らせた少年は、死闘の火蓋を切って落とす「呪い」を唱える。

 

()()()()()()()()()()()――冪乗呪法(べきじょうじゅほう)(セキ)

 

 かくして新宿決戦は新たな領域へ。

 星目(せいもく)が如き宿儺の余裕は、果たして吉兆か凶兆か。

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