9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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×6 肉骨

 時は少し遡る。

 

 レジィからの「合図」を受け取った九々等(くくら)八壱(やいち)は、家入(いえいり)硝子(しょうこ)に宣言した通り乙骨(おっこつ)憂太(ゆうた)に会いに行った。

 羂索へ迅速に対応するため宿儺戦へ参加せず高専内で待機していた、鬼気迫ると言った様子の乙骨に、宿儺戦で左腕を失っていた九々等はそれを感じさせないラフな口調で声をかける。

 

「おーい、乙骨くーん」

「、九々等さん! 良かった、無事だったんですね――」

 

 生死不明だった五条(ごじょう)先生の恩人が無事だったことに安堵の色を浮かべる乙骨、その言葉を遮り九々等は言う。

 

(ワリ)ィ、時間ないから手短に――羂索の相手はオレにやらせてくれ」

「え?」

「奴の居る所に『飛ぶ』算段が付いたんだ。縛りの関係で詳しくは言えないんだけど、てか居場所自体は『飛ぶ』までオレにも分かんないんだけど……乙骨くん、羂索になんか因縁ありそうだったからさ」

 

 九々等の言う通り、乙骨は自らの手で羂索を殺すことに拘泥していた。それは五条悟のかつての親友・夏油(げとう)(すぐる)――かつての仲間の血を、他の誰にも浴びさせない為……その為に、自らの手を汚すと決めていたのだ。だから乙骨は、急な九々等の宣言に反発する。

 

「羂索は僕が――」

 

 だが。

 ばさり、金の髪が鬣のように踊る。

 

「ほい、これ預かっといて」

「わ、えっ?」

 

 九々等が急に髪留めを外し、それを乙骨へと放り投げた。慌ててキャッチした乙骨の手の中には、金属製と思しき、指輪にも似た形状の髪留めが。

 尾のようなひとつ括りの後ろ髪を解き、鬣のように背に流す九々等は、相も変わらず軽い調子で言う。

 

「『その髪留めを外してる間、オレは左腕を治さない』。これ『縛り』ね。千切れた左腕は家入先生が持ってる。後は言わなくてもいいよな。んじゃ、そゆことで」

「ちょっと、九々等さん!?」

 

 残った右手を上げて踵を返そうとした九々等を、乙骨は慌てて引き留めようと声を荒げた。

 すると九々等は振り返り、乙骨の手の中の髪留めを指さして言う。

 

「その髪留めは爺ちゃんの形見でさ。呪具としてはショボいらしいけど、オレにとっちゃ命と同じ位大事な物なんだよね。こんなに髪伸ばしたのも、その髪留めが付けたかったからだし」

「え、そんな大事な物をなんで僕に――」

()()()()()()()()()、だ。だからこそ乙骨くんを信じて預ける。その代わり、乙骨くんの使命もオレに預けてくれねえか。そんな全部1人で抱え込もうとせずさ……もうダチだろ? オレ等『高専組』は」

 

 九々等は乙骨へ、そう屈託なく笑いかけ。

 

「羂索は任せてくれ。その代わり、宿儺のこと、皆のこと。頼んだぜ」

 

 黄金の男は姿を消した。最高速度でどこかへ向かったのだ。

 1人ぽつねんと残された乙骨は、手の中の髪留めをふと見つめる。

 

 ……九々等八壱の大切なもの。それが自らの手の上に乗っている実感。

 失くすかもしれないのに。壊すかもしれないのに。それでも彼は僕に預けた。僕を信じて、預けてくれた。

 なら、僕がすべき事は。

 

 かろん、飴玉が揺れる音が聴こえる。

 

「……そうだね、リカ」

 

 ぎゅ、と。

 乙骨は左手の親指に、髪留めを指輪のように嵌めた。

 

 俯いていた顔が上がった時……その目は只、前だけを見ていた。

 

 

 

■陸■

 

 

 

 そうして時間は現在に戻る。

 空中から新宿の地へ降り立つ乙骨は、風に髪を服をはためかせながら。

 

「おいでリカ。()()だ」

 

 指輪を介して『リカ』と接続。これにより『リカ』は完全顕現し、乙骨は模倣(コピー)の術式が使用可能となる。

 左手親指の輪をなぞり。乙骨憂太は術式を起動する。

 

「九々等さん、力を貸ります。冪乗呪法(べきじょうじゅほう)(セキ)――」

 

 ――『リカ』との接続持続可能時間:9倍

 

「(この術式を()()できたのはたった数時間……僕に極の番『(ベキ)の習得までは無理だった。でも(セキ)の2種並列使用は可能……これで宿儺相手だと不安だった接続持続可能時間を気にせず戦える)」

 

 無制限の呪力の供給。完全顕現による『リカ』のパフォーマンス向上。

 そこに加わる『9倍』の術式。つまり彼は今。

 

「来い」

「――」

 

 着地と同時、傲岸不遜な態度で挑発する宿儺に、乙骨は刀を両手で構え突進する。

 無言の殺意で放たれるは、呪力の籠った白刃による一撃。

 迎え撃つは宿儺の腕――日車戦で全ての腕を負傷していた彼は、斬り落とされた右腕ではなく骨を折られるにとどまった左腕2本を反転術式で再生――振るわれる徒手空拳はしかし、術式により日本刀以上の鋭さを持つ。

 

 形の違う刃ふたつ、金属音を響かせ打ち合う――本来ならば。

 

 攻撃力:9倍!

 

 斬撃を付与した宿儺の腕。

 その手首から先が、乙骨の一刀にて吹き飛んだ。

 

「! (予想外の威力――)」

 

 一方的な展開に、しかし宿儺も怯まない。もう一本の左腕を乙骨へ向け、そこから「飛ぶ斬撃」を幾本も放つ。

 

 切替(スイッチ)防御力:9倍!

 

 だが、大量の呪力を纏い防御姿勢を取った乙骨は、数多の斬撃を受けほぼ無傷。

 

「(そして予想外の防御力!)」

 

 瞠目する宿儺、その横っ面を完全顕現した『リカ』が殴り付け――飛び込んで来た乙骨が呪力を込めた刀を振るう。

 

 切替(スイッチ)呪力出力:9倍!!

 

 バウッ!! と極大量の呪力の怒濤が宿儺を襲い、その体を吹き飛ばした。異形の体が廃墟の壁を数枚ぶち抜いてようやく止まる。

 ガラガラと崩れる瓦礫の山、土煙の中からゆっくりと歩み出て来た宿儺は……胸の刀傷と全身の擦過傷、そして右上腕と左腕を反転術式で治療しながら再び乙骨と相対し嗤う。

 

「クク、九々等八壱(ヤツ)の術式か。だが奴ほどの器用さは無いな」

「(浅いな……。術式は強いのに僕の技量が足りてないんだ。やっぱりぶっつけ本番で九々等さんのようにはいかないか。でもだんだん慣れて来た……九々等さんから預かったこの力で、宿儺を可能な限り()()!)」

 

 呪いの王すら力負けする、怪物。

 時間制限から半ば解き放たれた呪いの女王を従えて、乙骨憂太は再び戦端を開く。

 

 脚力:9倍、

 

 ドウ! と爆発したかのような速度で地を蹴り、乙骨は宿儺へ肉薄。そのままその胸に蹴りを入れれば、痛烈な一撃に宿儺の肋骨が数本折れる。

 吹き飛ぶ宿儺へ『リカ』が追撃。殴り、足を掴んで地面へ叩き付ける――宿儺がカウンターで飛ぶ斬撃を放つも、『リカ』へ与えた傷は深くない。

 叩き付けられた宿儺、衝撃に全身を貫かれ一瞬動きが止まった彼に乙骨が追撃。

 

 攻撃力:9倍、

 

 防御不能の一刀を曲芸じみたバク転で躱した宿儺は、手の平を乙骨へ向け斬撃を飛ばす。

 

 移動速度:9倍、

 

 瞬間、乙骨の姿が掻き消える。四つの目で辛うじて捉えたその姿は、宿儺の背後に。

 

 攻撃力:9倍、

 

 至近距離から全身を回転させてのぶちかまし。再び打ちあがった宿儺の体を『リカ』がアームハンマーで打ち下ろし。

 

 投擲力:9倍!

 

 地面をへこませながらも辛うじて足で着地した宿儺の右足に矢のように飛来した刀が突き刺さり、その体が地面に縫い付けられる。

 動きが止まったその一瞬。

 

「『リカ』!」

 

 乙骨は彼女を呼び、構えた。

 『リカ』と共にその指先に灯すは特大の呪い。

 大技。その構えを見て、宿儺も拘束から脱するよりも大技の準備を優先する。

 

「『竜鱗』『反発』『番の――」

 

 宿儺には乙骨の狙いが看破できていた。即ち「呪力の高出力指向放出」。それを放つには長い起こり(タメ)が必要、故にこちらの『世界を断つ斬撃』の方が早い――その判断は間違いではなかった。だが、今乙骨が行使している術式は。

 

 呪力溜め速度:9倍、

 

 慮外の速度で準備は完了し。

 宿儺よりも先んじて、乙骨憂太は大技を放つ。

 それは「呪力の放出」を極めた先の技。高い呪力操作技術と呪力量が必要な、呪力の高出力指向放出――。

 

 攻撃力:9倍――純愛砲(グラニテブラスト)!!!

 

 刀で地面に縫い付けられた宿儺を呪力の大砲が襲い。

 

 防御の為咄嗟に前に出した四つ腕、その全ては手首の先が炭化していた。

 

 その隙を見逃さず、『リカ』が宿儺を押さえ付け乙骨が刀を取り戻して足を斬る。宿儺の右脚が足首辺りから縦に裂かれて血を吹き出す。

 

「(いける! 九々等さんの術式なら通用する! ()()()()()は超えたけどまだ欲張れるな、もっと抵抗・再生しにくいよう全ての四肢を奪ってから――)」

 

 押している。

 その実感に、乙骨は刀を握り締め。

 

「――流星』」

 

 宿儺の声に、全身、総毛立つ。

 中断されていた呪詞が紡がれ、その呪いは宿儺の腕先より迸る――。

 

 (カイ)』!!!

 

 防御不能、世界を断つ斬撃。

 五条悟の無下限呪術すら貫いた斬撃を前に、人ができる事は二つ。斬撃を受け死ぬか、或いは。

 

 脚力:9倍、移動速度:9倍……!

 

 発動する前に、術の軌道から離れ回避する。

 後者を選び生き残った乙骨は、しかし己の失敗を悔いて渋面を作った。

 

「(呪詞の中断と再開……踏み込み過ぎた。避けるには接続持続可能時間:9倍を解かざるを得なかった……これでもう、連続持続可能時間は5分に戻ってしまった……)」

 

 連続持続可能時間、という曖昧かつ変化する要素に対し、冪乗呪法の習熟度が浅い乙骨は「最大値に対してしか『9倍』を成立させない」という『縛り』で以て術式を成立させていた。つまり一度術式対象から外してしまえば、連続持続可能時間は元の5分に、宿儺と戦うには心許ない時間に戻ってしまう。

 加えて。

 

「呪詞の中断……これも九々等八壱の技だったか。存外手に馴染むな」

 

 呪詞を中断し呪力砲を呪力で防御、その後中断していた呪詞を再開し技を成立させるという離れ業を魅せた宿儺の右足が、両上腕が再生していく。反転術式の出力が戻りつつある……それを自ら感じつつ、宿儺は分析する。

 

「(伏黒恵の記憶から、奴の術式と式神の性能は割れている。いきなり完全顕現させ尚且つ『9倍』の術式対象を1つしか見せないということは、大方『模倣』した九々等八壱の術式で制限時間を引き延ばしているのだろう。そして優勢になってもそれを解かなかったのは、そういう『縛り』で成立させていた荒業だから、だな。ならば制限時間を引き延ばし続ける都合上他の術式は使えない、つまり『9倍』ひとつでは足りない程追い込んでやれば、奴の『完全顕現状態で長時間戦える』という計算は狂う――) だがまあ、こうも容易く綻ぶとは所詮付け焼き刃か」

 

 右足、両上腕の完治。その様子に乙骨は歯噛みする。

 

「(欲張った、最低限で満足して『やる』べきだった。()()()()()()()……今からもう一度、か)」

「あと何分だ? それとも何秒か? まあ、制限時間(それ)までに俺を殺せると思っているなら、思い上がりも甚だしいがな」

 

 両腕と共に余裕を取り戻した宿儺。そんな宿儺を睨みながら、乙骨は再び刀を構える。

 

「(後悔は後。九々等さんから託されたんだ……失敗は、できない)」

 

 接続持続可能時間(タイムリミット)が減っていくのを感じながら。

 ざり、地面を踏み締め。

 

 脚力:9倍、移動速度:9倍!

 

 神速――先にも増して圧倒的な速度で宿儺の背後を取った乙骨。その刃が宿儺の背を捉え――背後へ回した左上腕に弾かれる。斬撃を纏うことによる刃物への防御。

 

「(一撃目はこの速度に意識が付いていかない――でも二撃目は当てる!)」

 

 乙骨は二発目を構え。

 正面からは『リカ』が迫る中。

 宿儺は両腕を前後へ広げ、飛ぶ斬撃を――。

 

「――『動くな』」

 

 乙骨の口元に浮かんだ「蛇の目と牙」――ガキッ、と。宿儺の動きが一瞬鈍り。

 その隙を逃さず『リカ』が宿儺の体を押さえ付け。

 

 攻撃力:9倍、刀の鋭さ9倍!

 

 乙骨の二撃目が、カウンターの(ハチ)で『リカ』の腕をサイコロカットして脱出を図るも避けきれなかった宿儺の左下腕を斬り飛ばす。

 鮮血舞う中、宿儺はしかし余裕の表れなのか薄い笑みを見せる。

 

「成程。やはり、一度条件を満たした術式は保持・切替が可能なのか」

 

 バスバスバス! と乙骨へ『リカ』へ斬撃が飛ぶ。

 

 防御力:9倍!

 

「(、何発か間に合わなかった!)」

「だが『9倍』より強い術式はそう無いだろう。複数同時発動が出来ないというのも偽りではなさそうだ……それで間に合うのか?」

 

 何本か深い刀傷を刻まれた、防御の為足の止まった乙骨を――宿儺がすかさず殴り飛ばす。ゾン、と乙骨の体に奔る斬撃は、

 

 +肉体硬度:9倍……!

 

 術式によってかすり傷で防ぎ、浮いた体は『リカ』が受け止めカバーする。

 

「『竜鱗』『反発』」

「――、『リカ』!」

 

 『リカ』が乙骨を投げ、砲弾と化した乙骨は宿儺へ突進。そのまま勢いに乗せて刀を振り下ろすが、宿儺の交差させた両上腕がそれを防ぐ。

 

「この威力……術式の発動が間に合っていないな」

「……ッ」

 

 宿儺の言葉に構わず、乙骨は間合いを開け、

 

 脚力:9倍、移動速度:9倍!

 

 目にも留まらぬ超高速移動で宿儺の周囲を駆け回り攪乱を図る――。

 だが。

 

「確かに速いが、九々等八壱よりは遅い」

 

 宿儺の姿が、乙骨の姿を捉えた。

 これは純粋な倍率の話。元が九々等の数倍でも、『9倍』では『81倍』に追いつけない。そして宿儺は、その『81倍』の動きを既に見ている――。

 異形の体に似合わぬ高速で動いた宿儺は乙骨の肩を掴み(ハチ)で刻み、廃墟の壁へ放り投げ(カイ)で追撃。乙骨の体に無数の刀傷が刻まれ傍目にも分かる程大量出血する。

 更に。

 

「『番の流星』――」

 

 ゾン!!

 再び中断していた呪詞を再開・完成させ、「世界を断つ斬撃」を乙骨の呪力を感知して放つ。

 

 容赦のない連撃。さしもの乙骨もこれでは助からない――彼女が居なければ、そうだっただろう。

 

 宿儺が見上げれば、そこには『リカ』の腕に乗った乙骨の姿。一目で重傷と分かる全身血塗れ姿だが、反転術式によって致命傷は修復されていく。

 それでも確実に追い詰められているその姿を、宿儺は腕を組んで評した。

 

「やはり模倣、贋作ではな。真作と比べればどうしても味は落ちる」

 

 冪乗呪法を模倣した乙骨ですら、彼を満足させるには力不足。制限時間が残り少ないのなら猶更だ。

 

 と、ここで宿儺を血の鏃が襲った。

 穿血――赤血操術の奥義。

 

「これは九相図(兄)の――」

 

 気を取られた瞬間に、体勢を立て直した乙骨が『リカ』と共に襲い掛かって来る。

 それと同時。宿儺の複眼が捉えた視界の端には、もうひとつこちらに突進してくる人影が。

 

 宿儺へ迫る乙骨憂太、『リカ』、そして――元・宿儺の器、虎杖悠仁。

 

「また小僧(オマエ)か。鬱陶しい――」

 

 宿儺が虎杖に斬撃を放つ――その一瞬の隙。

 否、それは隙ではない。四つの目を持つ宿儺は、乙骨の姿もまた捉えている。

 

 ――この戦いの中で。宿儺はたったひとつだけ、乙骨の策を見抜けていなかった。

 

 がしり、と。

 宿儺の両上腕を、完全顕現中の『リカ』が掴んだ。

 宿儺は構わず力任せに振り払おうとして。

 

「(……振り解けん? ならば)」

 

 『リカ』に力負けした宿儺は、ならばと先程のように、カウンターの(ハチ)で『リカ』の腕を斬り刻み拘束から脱しようとして。

 

「(――何?)」

 

 サイコロカットされるハズの『リカ』の腕は、斬撃に耐え宿儺の両上腕を掴み続けた。

 

 ――乙骨は策を講じていた。

 それは模倣(コピー)した冪乗呪法の術式対象について。

 乙骨は術式を意図的に自分自身にのみ使うことで、宿儺に冪乗呪法の術式対象は術者のみだと誤認させたのだ。だが、本当は。

 

 式神(『リカ』)の防御力:9倍、腕力:9倍……!!!

 

 拡張術式『(バン)』。その拡張された術式対象に、『リカ』は含まれている――。

 

 『9倍』で強化(ブースト)された『リカ』が全力を出し、斬撃も構わず宿儺の両腕をぐちゃりと握り潰し。

 乙骨が再生しかけていた右下腕を再び斬り落とし、虎杖がボディブローで宿儺の再生を阻害する。

 

「ぐ――」

 

 さしもの宿儺も苦悶を漏らす――しかし。

 

 シュウ、と『リカ』の姿が変化した。瞬間、宿儺の(ハチ)でその腕が破壊され、乙骨を飛ぶ斬撃の雨霰が、虎杖を痛烈な蹴りが襲う。

 ここで『リカ』の完全顕現が終了、乙骨の術式が消滅する。だが。

 

「……これで、彌虚葛籠(いやこつづら)は使えない」

 

 乙骨の目的は達せられていた。

 宿儺の腕は今、両上腕が『リカ』に潰され、右下腕は今乙骨に斬り飛ばされ、左下腕は再生途中。つまり平安術師の領域対策であり当然使用できるだろう彌虚葛籠(いやこつづら)の印を組むことができない。

 乙骨の目的は最初から宿儺の殺害に無かった。事前の作戦は「領域戦」なのだから。故に彼の目的は只一つ――「領域展開までに宿儺を可能な限り弱体化させる」こと。

 つまり、この戦いは最初から「王手」を「詰み」に近付ける為の――。

 

領域展開

 

 掌印を構え、乙骨は領域で世界を覆う。

 

 それはいつだって手探りで、触れて初めて答えを得るもの。

 真でも贋でも構わない程の、深き相思の果てへいざ――。

 

 真贋相愛(しんがんそうあい)

 

 愛憎どちらも人の性。真贋入り混じる刀塚。

 相反せども貴賤なく、相克するが世の道理。

 故に、此処に勝利を定められし者は居らず。

 果たして――斬り捨てられるは愛か、呪いか。

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