外殻を破壊された
領域展開直後、術式は一時的に焼き切れ使用困難となる。
だが『リカ』の完全顕現を領域展開前に使い切っている乙骨は、焼き切れずとも既に術式を失ったに等しい。
「(『リカ』の完全顕現は日に何度も使えない。呪力の回復も、もうできない――)」
追い詰められた乙骨に、呪いの王が迫りくる。
「――宿儺!」
術式を失った乙骨――それをカバーしようと、虎杖悠仁・禪院真希が間に割り込み。
「邪魔だ」
横薙ぎに放たれた宿儺の『
虎杖悠仁の腹を、掌打を介して『
「――ッ」
虎杖悠仁は追撃の裏拳で吹き飛ばされ。
辛うじて『
『憂、太っ』
咄嗟に『リカ』が庇いに入るが。
「オマエもだ、女王」
宿儺の蹴りによって撃墜され、完全顕現でも持て余す一撃に限界を迎える。
この一瞬、この一撃。宿儺を阻む者は誰もおらず、乙骨は独力で危機を脱しなければならない。
「『龍鱗』『反発』『番の――」
呪詞の詠唱。容赦のない『世界を断つ斬撃』の構え。
宿儺以外の誰もがそう思った――
キンッ――。
乙骨の体を、空を奔った斬撃が袈裟斬りにした。
呪詞の詠唱は終わっていない――『世界を断つ斬撃』では、無い。これは。
「(呪詞をブラフにした『
乙骨の傷は深い……防御不能である『世界を断つ斬撃』回避のため、脚部を重点的に呪力強化したことが裏目に出る。
ここ一番、「詰め」の段階でブラフを織り交ぜてくる圧倒的戦闘センス、戦闘経験の分厚さ。
呪いの王の放った一手が、乙骨憂太を遂に詰ませた。
「(傷が深い、反転術式を……呪力が足りない……!)」
領域展開、術式の絶え間ない連続使用、宿儺から受けた傷を治す為の反転術式。更に「二刀流」――必中術式も含めた術式の三種同時は呪力の消費量が段違いである。
積み重ねた消耗が今、乙骨の体から反撃の為の力を奪う。
けれど、更に苦境は続く。
何故なら宿儺は、呪詞をただブラフに使っただけではなく。
「――流星』」
「ッ、憂太!」
呪詞の中断、中断中の通常術式使用と呪詞の中途再開。九々等八壱が見せた技術を完全に我が物とし、より高いレベルで習得した宿儺の離れ業が、世界を断つ斬撃となって重傷を負った乙骨へ迫る。
術が飛ぶ――一瞬前に帰還した真希が、ギリギリで乙骨の襟を引っ張り斬撃の軌道上からその体を動かして窮地を救う。
だが。当然その間、真希は呪いの王の前で無防備を晒してしまう事となり。
呪力を込めた拳を構え、宿儺は禪院真希へ迫る。
天与呪縛により鋭敏な五感を持つ真希は、『世界を断つ斬撃』の詠唱を正確に聞き取って回避できる。更にその肉体強度は呪力強化技術の上昇した高専術師と比べても遜色なく、宿儺であっても容易に卸すことはできない。
剛力無双たる天与の肉体。呪いの王たる宿儺であっても興味を惹かれていただろう……
「(複数の厄介な呪具で武装したなら話は違ったかもしれんが――)」
無敵に近い防御力。宿儺ですら即死させうる絶死の膂力。目の前の女は残念ながら、それには遠く及ばない。
故に。否定を突き付ける拳に力も入る。
「確かに珍味ではあった。それは認めよう。だが」
呪いの王の握る拳に、その強い意思が宿った時――。
『
黒い火花が虚空を駆け、突き刺さった拳は一撃必殺の威力を得る。
「真希さんッ!」
乙骨の悲痛な叫びも虚しく。
『黒閃』を腹に受けた禪院真希が吹き飛ばされ、その体が地面を転がり遂には瓦礫の山に埋もれた。大の字になった彼女が動かないことを確認し、宿儺は倒した敵を評する。
「天与の肉体も、天賦の呪いには遠く及ばん」
禪院真希、戦闘不能。虎杖悠仁も復活してくる気配がない。
そして。
1人残った乙骨憂太は、既に呪力切れ寸前の瀕死である――。
「(強、すぎる……! 呪術の腕だけじゃない、機転の利き方、追い詰めても倒れない怪物じみた肉体の強度……! 五条先生と九々等さんはこんなのを相手に……)」
ぼたた、と血が白い制服を汚して地へと落ちる。傷は深く、しかし反転術式を使う余力はない。
そんな乙骨へ、ざり、と宿儺――絶望が一歩近づく。『黒閃』による影響で反転術式は出力を取り戻し、右下腕以外の全ての腕が再生する。
失血からか乙骨の指先から力が抜け、刀を取り落としそうになり。
「(――そうじゃない。真希さんなら、狗巻くんなら、パンダくんなら、九々等さんなら……)」
ぐ、と消えかけた力を振り絞り、刀の柄を握り直す。
その目には消えかけの意識を奮い立たせる強い決意が宿り。
「(命を懸けて、真希さんたちを回収する時間を稼ぐ……!)」
刀を構え、乙骨憂太は立ち上がる。
あれ程あった呪力ももはや風前の灯火。
だがそれでも――宿儺は認めた。乙骨憂太が未だ己にとっての脅威であることを。
「クク、良いぞ。最期の一撃、命を燃やして放ってみろ」
それでも、次の一撃で勝負は決まる。
そしてその結果は必ず、乙骨憂太の絶命で終わるだろう。
宿儺が術を/乙骨が刀を構え――。
~♪(前奏)
貴方は いつも大袈裟♪
近所のうどん屋さんは言うほど美味しくなかったわ♬
突如として降って来た奇っ怪なメロディー。
それが意味することを乙骨は察し、弾かれたように上を見上げる。
「(
宿儺も上空から降って来る、溢れんばかりの呪力を感じ上を見る。
そこに居たのは。
呪術高専3年、
「『熱』だな。1回やってみたかったんだよ、世界の命運を賭けた大博打」
ズドン、と瓦礫を巻き上げながら派手に着地した秤は。
全身から音楽と呪力を放出させながら宿儺へ飛び掛かる。
「さあ、遊ぼうぜ宿儺!」
だが、宿儺の反応も早かった。
キラッ、と無数の斬撃が宿儺の手より放たれる。それを躱す間もなく全身に受けた秤の全身を斬撃が斬り刻み――。
次の瞬間、何もなかったかのように再生した秤は笑顔のまま宿儺へ殴りかかる。
「(反転術式、当然使えるか。溢れる呪力で全身を強化している分防御力も高い)」
両者はそのまま至近距離での打撃戦へ。
ざりっ、と宿儺の頬を掠めた拳が、異様な感触を以て皮膚を裂く。
「(
重いジャブの連打を四つ腕で受け止めた宿儺は、反撃とばかりに秤の拳を掴んで『
だが。
「!」
細切れにされたハズの秤の拳は次の瞬間再生しており、そのまま宿儺の顔面を捉える。
「(再生速度が早い、そして呪力出力・特性に後押しされた打撃力――)」
だが。秤の拳に吹き飛ばされた宿儺が、ぎろりとその目を追撃せんと突進してきた秤へと向ける。
「まあまあだ」「『龍鱗』『反発』『番の流星』」
キンッ――
秤の首を、
『世界を断つ斬撃』――どれだけ呪力で防御しようと問答無用で両断する一撃が切り裂いて、
勝負は決した、そう宿儺は確信し。
しかし次の瞬間瞠目する。
「!」
ジュウッ!! と両断した首が離れる前に、その断面から反転した呪力が吹きだし。
何事もなかったかのようにそのまま距離を詰めて来た秤の蹴りが、宿儺の顎を強かに打つ。
「(首が落ちる前に再生――俺以上の反転術式の出力! 不死身の術式? 大方この品の無い音と関係があるな)」
「死ぬとこだったぜ宿儺!」
ズガガッ、と宿儺の体に打ち込まれる連打。宿儺も反撃で殴り蹴り斬撃を放つが、次の瞬間秤の傷は綺麗さっぱり治っている。だが秤の打撃も、幾度打ち込もうとも宿儺が倒れる気配はない。
不死身同士の殴り合い。
その出鱈目な光景は、秤の体から聴こえていた音楽が消え、呪力が凪ぎ始めたことで終了を迎える。
秤、4分11秒の無敵時間の終了。
だが、それは彼にとって「次のゲーム」の開始時間に過ぎない――。
「領域展開」
掌印を組み、秤は笑う。
賭けるは命。求むるも命。
天秤は運命を乗せ踊る――。
『
同時。宿儺は『
「――成程。今までの不死身はこの『賭博』の報酬か。そして」
「『確率変動』、突入ゥ!」
ドッパーン!!
花火の派手な光と音が、領域いっぱいに暴れ回る。だが宿儺はその派手な演出に思考を奪われることは無い。
「(必中効果を利用した術式の開示……寧ろこの領域の役割そのものが『術式の開示』か。賭博の胴元は術者たる奴自身だが、ルールを厳密に定義して『縛り』、敵である俺にもその内容を公平に『開示』し不正が無いことを証明させることで、『報酬』の質を高めていると言った所か。演出が視覚情報である以上、今から必中効果の無効化を図ることは無意味だろうな。それよりも今重要なことは)」
秤は今、不死身ではない――!
無制限の呪力を失い、攻撃力・防御力共に通常に戻った秤に対し、宿儺の凶刃が襲い掛かる。
「(
「!」
『世界を断つ斬撃』が、躱し切れなかった秤の右腕を肩口から奪い取る。自力での反転術式を使えない秤は、その傷を治すことは出来ず、そのまま失血と負傷で敗北する――。
「――続行!」×2
ガラスが割れるような演出と共に秤が五体満足で復活し、そのまま宿儺へと殴りかかる。
「(やはりか)」
ヤスリのような呪力を纏った拳を四つ腕で逸らしながら、宿儺は口の中でそう呟く。
秤の「術式の開示」、膨大な情報量の中にあったその項目を、高い情報処理能力で隅々まで拾っていた宿儺に驚きはない。
『疑似連』、1シークエンスのやり直し。つまり戦闘の一連の流れが無かったことになり、秤が受けたダメージを「なかったこと」にして復活する。
宿儺は己の右胴へ繰り出された秤の蹴りを呪力で防御、右腕二本で固定し、そのまま『
ぐらり、と秤の体が意識を失い沈む――。
「継続!」×3
再度の復活。
反撃の頭突きを呪力で受けながら宿儺は思考する。
「(『疑似連』は今の不死身ではない奴の唯一の回復手段であり、期待度の高い『演出』――根本的には攻撃時に出て来る『玉』や『
無制限の呪力による強化は無く、全自動の反転術式もない秤唯一の復活手段『疑似連』。
だがそれにも弱点はある。
「(『CR私鉄純愛列車』の『疑似連』は『×4』までが上限。もし今回の抽選が大当たりであろうと、それを使いきってしまえば、演出が確定するまで奴には復活の手段が無い!)」
宿儺が再度秤に致命傷を与え――。
「まだまだ――!!」×4!
リーチ!
図柄がふたつ揃い演出が始まる。
『CR私鉄純愛列車』において、『疑似4』は大当たりが確定している演出――だがこのリーチ中、秤は『疑似連』による回復を行えない。
つまりここからリーチ演出が終了し、大当たりするまでの間こそが「真の勝負」……!
と、思っている秤の思考を裏切るように。
「『龍鱗』『反発』『欠けた冥王』『表裏の間』」
宿儺が唐突に腕を真横に向けて斬撃を放ち。
空間が、裂ける。
『黒閃』直後、更に一度経験したことで
これまでのやり取り――秤に『疑似連』を吐かせきり、大当たり前に仕留める動きは全てがブラフ。何故なら。
「(奴の術式の開示には『チャンスアップ』という項目もあった。これが『疑似連』のような復活効果を持つ
「賭け」とはある程度以上のレベルに達すれば「騙し合い」となる。それを宿儺はよく理解していた。故に相手の土俵では戦わず、相手の狙いを外し自分の土俵に引きずり込むことこそが必勝の策。
空間の裂け目から脱出した宿儺は、素早く領域外殻を広範囲の『飛ぶ斬撃』で攻撃し。
外殻を破壊された秤の領域が、崩壊する――。
大当たりは、寸前で間に合わなかった。
「マジか」
崩壊する領域の中。秤を支配したのは驚愕と、違和感。
「(リーチごとに演出の時間はそれぞれ違う。今回引いたのは長くはないが短くもない演出時間のリーチ。普段の俺なら生死が賭かったこの状況で当たりを引くのは前提として、領域が破壊される前に間に合う方の『演出時間の短いリーチ』を引けたハズ)」
秤金次。彼は今まで幾度も、その豪運によって窮地を切り抜けて来た。故に彼自身も己の運を信頼しており、ひとつの特殊能力のように扱っていた。だが何故か今回に限り、その運が一歩足りなかったのか――。
思考の暇など与えんとばかりに、宿儺が秤へ斬撃を飛ばす。
領域展開直後、術式は焼き切れ一時的に使用困難となる。
秤が領域を連打できるのは「不死身の4分11秒間」に焼き切れた術式がリセットされるから。だが大当たり前に領域を破壊された今の秤は不死身ではない――。
ばつん、と防御に使った両腕を斬撃に切断されながら、秤は違和感の答えを悟る。
「(そうか、宿儺は――)」
――運も最強!!
呪いの王、史上最強の術師――呪術も体術も、その異形の身が持ち得ないものは無い。勝負を左右する『幸運』すらぬかりなく。
そんな彼は、瞠目し動揺から立ち直れない敗者を嘲笑う。
「クク、賭けに負けたのは初めてか?」
豪運をアイデンティティとする男への、これ以上ない侮辱を受けて。
しかし、秤は。
「――いや? この賭けは俺の勝ちだ」
勝者の笑みで、そう宣言した。
瞬間――宿儺は
そう、秤だけでなく、宿儺もまた思い違いをしていた。秤金次との勝負の内容は、「秤金次の大当たりをどうやって防ぐか/通すか」だと。
だが。
「――!」
秤金次の賭けた内容は――
ズドン……ッ、と。
付近にあった瓦礫の山に、何かが着地し粉塵を巻き上げる。
土煙で姿は見えない。
だがそのスピードを、気配を、奥にて光るその呪力を、宿儺が見まがうハズは無く――!
「――来たか!」
窮地の後輩たちを救う為、博徒が命を賭けて稼いだ「値千金」の時間で今。
宿儺を追い詰めた現代最強の術師の一角が、新宿の地への帰還を果たす。
土煙の奥から、声。
「ちょっと見ない内に太ったか? 悪さしてんのは変わってねーみたいだけど」
ゆらり、風が土煙を払い、遂に人影が姿を現す。
隻腕晒すも隙は無し。
身に纏う呪力は猛々しくも静かに廻り。
青年は百獣の王に似て、瓦礫の山の頂点に君臨する。
その双眸を。
こちらを見下ろす獅子の瞳を、その名を、宿儺が忘れたことは無い。
「――
正義も悪も待ちわびた男は。
只、覚悟と決意を滲ませて死地へ臨む。
「祓いに来たぜ呪いの王サマ。遺言は、もう聞かねえ」
向かい合い睨み合うは人と呪い。あるいは牙剥き出した獣と王。
言葉は交わし、拳も交わし。それでも尚互いを赦せぬ不俱戴天。
そんな彼等に残された道は只一つ。
――呪い合い、殺し合う。
かくして両者は、三度目となる激突を果たし。
比類なき至上の呪術で以て、新宿の地に熾烈なる戦禍の華を咲かす――。
続きは最終巻発売後の予定です。