9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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あと五話くらいで完結の予定。
それまでお付き合い頂ければ幸いです。


×9 汲汲

 ――「髪を伸ばしたい」。

 それが、オレの憶えている中で一番古い感情。

 

 オレの生まれた家はそこそこ大きな仏寺で、物心ついた時には父親から坊主を強制されていた。どころかお経を覚えさせられたり正座を崩すと怒られたりと、かなり抑圧されていた覚えがある。

 だからそうじゃない友達のことが羨ましくて、自然と父親に反発するようになった。

 

 そんなハナタレ坊主のオレが父親の代わりに寄り付いたのは、爺ちゃん――昔寺に婿入りしたという父方の祖父だった。

 祖父もそんな孫を遠ざけようとはしないでくれたので、オレはそのまま順当に懐いて、毎日広い境内の端にある祖父の部屋に遊びに行った。

 

八壱(やいち)。おまえはどう在りたい」

「『じゆう』! 『じゆう』がいい!」

「そうか。つまり、自分の父親や信仰を否定したい訳ではないんだな」

「……うん」

「ならば良い。だが忘れるなよ。目先の憎しみに囚われれば、人は簡単に『本当の望み』を見失うものだ。常に己の内と外を見、己が真に望むことを量るのだ」

 

 長年お坊さんだったからなのか、子供相手でも関係なく難しい事を言う人だった。

 そんな祖父による縁側での説法は、いつしかオレの日常になっていた。

 

「自由である為には強くなければいけない。そして不自由を受け入れるのだ」

「……『ふじゆう』になっちゃだめじゃん」

「時が来れば分かる。但し忘れるな、ただ受け入れるだけでは駄目だ。不自由と向き合い己で答えを出すことこそが何よりも大切であり、その為に強さが必要なのだ」

「……? よくわかんない」

「難しい話は嫌いか?」

「……ううん」

 

 言っていることの意味は殆ど分からなかったが。喋る祖父の真剣な顔は好きだった。子供を子供扱いせずひとりの人間どうしとしてぶつかってくれる祖父の人間性を、子供ながらに何となく感じ取っていたのかもしれない。

 思えば大切なことは、父よりも仏よりも祖父から沢山教わった気がする。

 

 ある日、オレが小学校中学年くらいの時。

 まだ坊主頭だったオレに、唐突に祖父がプレゼントをくれた。

 

「八壱、これをやろう」

 

 受け取ったのは金属製と思わしきリング状のアクセサリー。一見大きな指輪にも見えたが、ぱちりと円形の状態から開いたり閉じて円形に戻したりできるようになっていた。

 

「髪留めだ。髪は呪術的な価値を持つ。お守り程度の効果しかない呪具だが、低級の呪いくらいなら遠ざけられるだろう」

 

 祖父の説明は半分以上頭に入って来なかった。

 オレの手の中に収まった金色の輪が、子供のオレにとっては物語の最後に出て来る宝物のように、眩く輝いて見えたからだ。

 

「……これ、おれに?」

「ああ。髪を伸ばしたいと言っていただろう。だがまあ、若者にとっては古臭いものだ……必要なければ、そうだな。爺の形見としてお守り代わりに持って――」

「つかう! かみのばしてぜってーつかう!」

「……そうか」

 

 十かそこらのガキに、父親に反抗する大いなる勇気を与えてしまった祖父は。

 歓喜するオレにすら真剣に聞かせる程、真剣な眼差しと声で語る。

 

「八壱。『自由』という言葉に、そして何よりもそれを求める『自分』に囚われるな。信念を貫くということは、受け入れるべき変化を拒む理由には成り得ない。易さではなく正しさを求め、難さではなく間違いを避けろ。選んだ道をただ漫然と進むのではなく、常に自らと周囲を省みて最良と感じた道を選び続けるのだ。『自由』とはきっとそういう事だ」

「……」

「難しかったか?」

 

 それは、いつも通りの手加減ゼロの説法で。

 けれど、手の中に宝物を握りしめていたからか、その日のオレは理解力がいつもよりほんの少しだけ高かった。

 

「わかんないけどちょっとだけわかった。おれ、じいちゃんすきだ。だからむずかしくてもにげずにかんがえる。よーするに、そういうことでしょ?」

「……八壱、おまえはきっと大成するぞ。この爺と違ってな」

「たいせー?」

「なんでもない。逃げ続けた男の独り言だ」

 

 あんまり頭が良くないオレだけど……この日のやり取りだけは。

 縁側に降る夕陽の熱も、庭の池に咲く蓮の色も。

 坊主頭を撫でる祖父の皺だらけの手の感触も、何もかも鮮明に憶えている。

 

 

 その翌日、祖父が寺の境内で死んでいるのが発見された。

 子供には現場を見せては貰えなかったが、聞いた話によると現場には何者かと争った跡があり、死体は奇妙な損壊の仕方をしていたという。

 当時は泥棒と偶然鉢合わせ争いになったとか、妖怪の仕業だとか色々言われていたが……今なら分かる。祖父は寺に現れた呪霊を祓おうとしたのだ。自分にしか見えない怪物と、家族を守るために命懸けで戦ったのだ。

 果たして祖父は敗北し死んだのか、それとも勝利したものの力尽きたのか……それはオレが今の今まで元気に育ったことが何よりの答えだろう。

 

 

 ひと月もすれば坊主頭がただの短髪になったように、子供心に「絶対に相容れない」と思っていた生と死は、実はどこまでも地続きで。

 髪留めと教えが遺ったように、死もまた生と繋がっている。

 

『――君に出来るのかい』

 

 だから、その死を受け入れられなかった訳じゃない。

 ただ……これが本当に正しい事だったのか、「易い道」に流れただけだったのではないか、と心のどこかで思ってしまっているだけだ。

 生は死に、死は生に。あの死に影響を受け、オレという生は再び変わろうとしている。

 ならば。(いたずら)に生を殺し死に何も感じない者を、オレはどうするべきなのか。

 

『貴様は路傍の小虫に感慨を抱くのか? 矮小十把、触れればたちまち崩れてしまう弱者(いきもの)が幾人死のうが、俺達には些事でしかなかろう』

 

 正直、まだ答えは出せていない。

 それでも――。

 今は()()が正しいことだと、そう信じて拳を握った。

 

 

 

■玖■

 

 

 

 九々等(くくら)八壱(やいち)、決戦の地・新宿へ再来す。

 

 呪いの王・両面宿儺(りょうめんすくな)の殺意籠った熱視線を受けながら。

 九々等は戦場を睥睨し――そして瓦礫の山から跳躍する。

 

 その体は空中に金の尾を引きながら、重傷を負った乙骨(おっこつ)憂太(ゆうた)の下へ。

 

「(乙骨くん……反転術式を使う呪力も残ってなさそうだ。でも致命傷は避けてる、家入先生ならギリ治せるレベルの傷……だよな?)」

 

 一瞥して乙骨が死に瀕してはいないことを看破し若干の安心を見せる九々等……そんな九々等に対し、乙骨の胸中は無力感で満ちていた。

 

「九々等さん、僕――」

 

 信じ託して貰ったのにも関わらず、役割を全うできなかった。そう俯き悔しさを滲ませた乙骨の言葉を、九々等の手が遮る。

 顔を上げた乙骨は見た……こちらを責める気配など微塵も無い、九々等の笑顔を。

 

「頑張ったんだろ? 見りゃ分かる。頑張ったなら胸張っときな」

「っ、でも僕は、宿儺を……」

「『倒せ』、なんてオレ言ってないんだが?」

「え」

 

 言われ、乙骨は思い出した。

 あの時言われた言葉を一字一句思い出してみると……。

 

『羂索は任せてくれ。その代わり、宿儺のこと、皆のこと。頼んだぜ』

 

 ……確かに、「倒せ」とは一言も言われていない。

 何故なら。

 

「別にひとりで倒す必要ないんだよあんなバケモン。オレだってひとりじゃ倒せなかったし……要するに、気合いひとつで絶対にシュート決めれるんなら誰も苦労しねえってこと。乙骨くんが駄目ならオレが居る。オレが駄目でも誰か居る。次に繋げれたんなら負けじゃねえ」

 

 それは。

 乙骨が目指した理想の姿そのもので。

 知らずのうちに己がまた抱え込んでいたことに気付き恥じ入る乙骨に、九々等は。

 

「んで、何か言ったか?」

 

 ……言いたいことは沢山あった。

 その全部を呑み込んで、乙骨は指に嵌めていたリング状の髪留めを外し、懐から()()を取り出してふたつのものを九々等へ託す。

 

「――九々等さん、頼みます……!」

「応!」

 

 バトンタッチ。

 受け取った機械を懐に仕舞い、ぱちり、と髪留めで金髪をひとつに纏め。

 

「選手交代だ。後は任せろ」

 

 『縛り』から解放された左腕を反転術式で治癒し、まとめた金髪を背で尾のように揺らしながら、九々等八壱は決戦の舞台へ足を踏み入れた。

 

 ざり、と地を踏み敵を見る。

 悠然と挑戦者を待つ王者――両面宿儺の口元は、隠し切れない喜色で弧を描いていた。

 

「漸くか。随分と待ったぞ」

「意外だったぜ。王サマも人待ったりすんのな」

「クク、生意気な口も変わらずか……オマエ1人か?」

「まあな。五条先生はどっかの誰かさんに大怪我させられた後だし、今無理はさせらんねーよ」

 

 旧知のように軽口を交わし。

 九々等は左腕を振り調子を確かめたり、トントンと軽くジャンプしてストレッチ。

 

「同点で後半戦終了、アディショナルタイム3分ってとこか。皆ヘロヘロの中交代出場とか、美味しいトコ取りって感じだな」

「?」

「あー、まあ通じねえよなスポーツ用語。要するに――」

 

 ぐいぐい、と足を延ばし終え、立ち上がった九々等は呪いの王へ――高専術師を退け続けた史上最強の術師へ言い放つ。

 

「――こんなの先生が来るまでもねえ、3分でキッチリ終わらせてやらあ」

「……大言壮語、とも言い切れんか。良いぞ、来てみろ九々等八壱」

 

 呪いの王が挑戦者の準備体操(ストレッチ)を待ったのは、ひとえに珠玉の皿が盛り付けられる様に興じていたから。

 そうして、準備完了した九々等八壱と宿儺の視線が交錯し。

 

 刹那、挑戦者は動く――。

 

領域展開

「!」

 

 ずあ――と周囲を覆う呪力。

 咄嗟に宿儺は彌虚葛籠(いやこつづら)を発動し。

 

 その懐に、金の流星が飛び込んだ。

 至近、足を振るう九々等八壱の姿に、宿儺は己の失策を悟る。

 

「(こいつ、領域を展開すると偽装して奇襲を――!)」

 

 領域を展開すると思わせての強襲。驚嘆すべきは呪いの王すら欺く偽の「起こり」の完成度。空間を覆う程の膨大な呪力を無駄にする――そんな不合理故に騙され彌虚葛籠(いやこつづら)の発動を選んだ宿儺、その反応が遅れた一瞬の隙を、黄金の獅子の蹴撃が痛烈に突く。

 

 淀み無い極上の呪力操作。鍛え上げられた強靭な脚力。

 術式による肉体硬度:81倍

 そして何よりも。

 

 九々等八壱。

 全国レベルで結果を残して来た彼は、勝負所(ほんばん)に滅法強い――!

 

 黒閃(こくせん)』!!

 

 黒い火花が開戦を告げ。

 初撃から九々等八壱のギアが最大まで上がる。

 

 蹴りを受けた顔面・首の骨をギシギシと軋ませながら、しかし宿儺は歓喜に嗤った。

 

「(大技を警戒させての小技での不意打ち! 見ていたかのように俺と同じ手を使う!)」

「(ペース掴んだ、結構ダメージある感じだな! このまま押す!)」

 

 冪乗呪法(べきじょうじゅほう)・極ノ番『(べき)肉体硬度:81倍――八十一倍鋼鉄拳(アテナ・インファイト)!!

 

 バキィ! と宿儺の腹に拳が炸裂する。

 鋼鉄の棒で殴られたかのような異様な感触――それを無視し、宿儺は即座に反撃。

 

 現在宿儺は右下腕以外の三つの腕が健在。右下腕の肘から上と心臓の真横を貫通した傷は呪具『釈魂刀』によって再生が困難な状況にある。

 

 宿儺、両左腕によるこめかみ・脇腹への同時打撃――ガキン、と異様な手応えが腕に伝わる。九々等は怯む様子もなく一歩踏み出し、宿儺の肩を掴んで顔面に頭突き。

 ぶしゅう、と宿儺の額から血が滲む――だが宿儺も怯まない。九々等の腹に右上腕を押し付け(ハチ)を放つ……奔った斬撃は薄皮一枚で止まり、出血すらさせられない。

 二発目の頭突きが宿儺の頭蓋を叩き、追撃の蹴りで宿儺の体が後退する。

 

「(やはり硬い、直に触れて尚これか! 全身を術式で硬化させ打撃威力も底上げしているな!)」

「(斬撃の威力も落ちてんな! 虎杖の言ってた『魂の引き剥がし』の影響か!)」

 

 呪力強化を含めた体術では無論宿儺に分がある。

 だが九々等はその差を、相手の反撃を無効化する全身鈍器と化した肉体と、初撃の『黒閃』によるアドバンテージで十分以上に埋めていた。

 

 だが、ギアが上がっているのは九々等だけではない。

 距離を詰め放たれた九々等の正拳を右上腕で受け止めた宿儺は、そのまま左下腕で九々等の手首を掴み斬撃を浴びせながら、左上腕で反撃の拳を放つ。

 

 星目が如き容赦を消し去った呪いの王全霊の一撃が、九々等の顔面をしかと捉える――。

 

 『黒閃』!!

 

 黒い火花が散り、衝撃に九々等の上体が逸れ鼻血が噴き出る。

 宿儺もまた全力をぶつけうる得難い強敵に没頭し、潜在能力をフルに発揮させていた。

 

「『竜鱗(りゅうりん)』『反発(はんぱつ)』」

 

 同時、呪詞の詠唱。『世界を断つ斬撃』ならばいくら九々等が硬かろうとも無視して両断可能――が。

 

 ぴた、と黒閃の衝撃に押されていた九々等の上体が止まり。

 強靭な体幹とバネで頭が戻り、そのまま勢いを乗せた頭突き(ヘディング)となって宿儺を襲う――。

 

 『黒閃』!!

 

 黒い火花を生じる一撃が、呪詞を唱える宿儺の口を砕いて必殺の術を中断させた。

 砕かれた顎と歯を反転術式で戻す宿儺、それを許さず再生途中の口元を拳で再度砕く九々等。

 

「『竜鱗』、」

 

 呪詞を詠唱しかけた宿儺の腹の口、そこに激突してくる強烈な九々等の膝蹴り。グシャア、と再び口が砕け、流血と共に呪詞の詠唱が止まる。

 呪詞を唱えさせない。単純だが効果的な大技対策が、宿儺の逆転を封じ込めていた。

 だが。

 

「(押してる……けどこのままじゃダメだ!)」

「(押されている……憑霊の餓鬼の領域で受けた天使の術式と小僧の『魂を捉える打撃』の余韻がまだ残っているな。だが貴様もこのままと言う訳にもいくまい?)」

 

 殴り合いの趨勢とは裏腹に、余裕があるのは宿儺の方だった。反転術式で顔・腹の口が元に戻り、邪悪を孕んで弧を描く。

 

「(八十一倍鋼鉄拳(アテナ・インファイト)――肉体硬度:81倍はローリスクローリターン。ちんたらやったって呪力量・効率共に上の宿儺には勝てやしない! だから)」

「(故に貴様はどこかで必ず極ノ番を攻撃のみに回さなければならない。それこそが俺の突くべき隙、九々等八壱の変えられぬ弱点)」

 

 両者の共通認識。

 肉体硬度:81倍による攻撃は決定打には成り得ない。故に九々等八壱は、必ずどこかで81倍による必殺の一撃を繰り出して来る。

 それは九々等の勝機であると同時に宿儺の勝機でもある。攻撃に術式を回した際の九々等の防御力は、虎杖悠仁と同程度あるいはそれ以下のレベルにまで落ちる。そこに決定的なカウンターを入れられれば、九々等八壱は即死する。

 

 必殺の一撃を差し込む隙を伺う九々等。それを待ち受けつつ偽の隙で誘い、本当の隙を作らないよう立ち回る宿儺。

 さながらそれは達人同士の睨み合い……彼等は五体で殴り合いつつ、五感で読み合い虚空に思考戦術の火花を散らす。

 

 超高レベルの打撃戦の中、先に仕掛けたのは――九々等。

 

 術式順転『積』・術式反転『商』同時発動――

 アスファルトの融点1/9倍×アスファルトの温度:9倍!!

 

 一瞬で半径10mを伝播した術式が、新宿の地面を人喰い沼へと変貌させた。

 ずぷり、宿儺の足が液状化した地面(アスファルト)に沈み――がきり、踝まで埋まった時点で術式が解除され宿儺の足が地面に固定された状態となる。

 

「「(ここ!!)」」

 

 勝機を見出したのは奇しくも同時。

 宿儺は嗤い、固定された足を起点に地面を斬撃で刻む――それにより足の拘束を脱し、また九々等の足元まで斬撃を伝播させることで逆にその足場を崩す。

 これにより九々等の攻撃は不発となり、宿儺の前で致命的な隙を晒すこととなる――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが、九々等が選んだ攻撃は。

 

「わ!!!」

 

 声量:81倍による音波攻撃!!

 

 ビリビリビリ――!! と宿儺の体を衝撃が駆け巡る。

 音とは振動。そこに呪力こそ籠っていないものの、規格外の騒音はそれだけで攻撃として成立していた。

 そんな規格外の轟音を至近距離で、尚且つ呪力による防御無しで受けた宿儺……その鼓膜は破け耳から出血し耳内にある三半規管がダメージを受けたことで、一時的に平衡感覚が機能不全に陥る。

 

 つまり。宿儺は今度こそブラフではない、真の隙を晒すこととなる――。

 

 腕力:81倍

 

八十一倍(マラドーナ)、」

 

 そして、九々等が放つは致命の拳。

 神さえ殺す反則技(ゴッドハンド)が、今正眼に構えられ。

 黄金の呪力と颶風を纏い、怨敵滅殺を成さんと唸る!!

 

神殺拳(インパクト)!!!!

 

 必殺、炸裂。

 ズギャア!!! と空気さえ撲殺されたような異音と共に、宿儺の体が目にも留まらぬ速さで吹き飛んだ。

 

 砲弾のようにビルに突っ込み、貫通し、更に奥のビルに突き刺さって瓦礫の山に埋まる宿儺。

 その様子を前に、しかし九々等の顔は晴れなかった。

 何故なら。

 

 ぶしゅう、と九々等の裂けた拳から血が吹きだす。傷は深い……その拳には骨に届くほどの刀傷が無数に刻まれていた。

 

「(あの状況から反撃するか? 普通)」

 

 彼の視線の先、ビルの奥。

 必殺の一撃を受けた宿儺はしかし、血を吐きながらも生きていた。

 

 先の一瞬。

 宿儺は山勘で顔面・腹の二点をそれぞれ両上腕・両下腕と呪力の全集中で守り、更にガードした腕に斬撃を「纏う」事で九々等の拳にカウンターを浴びせた。勘は見事に的中し、腹を狙った拳に逆に斬撃を浴びせ威力を削ぐことに成功、間一髪で生存する――その機転、正しく呪いの王。

 だが恐るべきは九々等八壱も同じ。彼は不意の反撃に拳を切り刻まれながらも、それに臆することなく腕を振り抜いた。故に宿儺は今の一撃の威力を十分に殺し切れてはいない。

 

「(まあ傷はあっちのが深いだろ! まだまだ攻める!)」

 

 両下腕の肘から上が吹き飛び折れた骨が露出し、吐血する程の衝撃を受けて折れた肋骨が肺に突き刺さっている宿儺が、反転術式により失った腕を再生・呪力で折れた肋骨を破壊し肺を治癒する――対し、九々等の手傷は右拳の刀傷のみ。受けたダメージの差はそのまま反転術式に要する時間の差となり、九々等の優勢が続くことが確定する。

 

 脚力:81倍

 

 自身も超速の砲弾と化し、ビルを貫通し突進してきた九々等の蹴りが、宿儺の顔面を捉え吹き飛ばす――。

 

 八十一倍神滅脚(クリロナ・インパクト)!!!

 

 バギャア!!!

 何かが猛烈な勢いで吹き飛び新宿の地を乱反射しながら破壊する――それは吹き飛んだ宿儺の体。

 勢いのままに空中で血をまき散らす……宿儺の目に光が戻る。

 

「(ククッ、相変わらずの馬鹿力! 腕一本では死んでいたな!)」

 

 咄嗟にガードに使った両右腕は消し飛びそれでも威力を殺しきれず頭蓋骨には罅、更に衝撃をモロに受けた首脊椎は粉砕骨折という常人なら即死の一撃。

 しかもそれらの傷を反転術式で治癒しきる暇もなく、吹き飛ぶ宿儺に金の閃光が迫る――。

 

 虚空に奔る幾筋もの刃線。

 

 ばつん!! と追撃を目論んでいた九々等の体を、宿儺が放った斬撃が切り裂く。

 

「ッ!」

 

 ざしゅ、とガードした腕から血が噴き出る。

 咄嗟に呪力で受けたが術式は間に合わなかった。九々等、攻め気が裏目に出る。

 腕の治療を捨て致命的な首の損傷だけを優先して治癒することで治癒に使う時間を減らし反撃可能なタイミングをズラした宿儺、彼は激突した道路で受け身を取り体勢を立て直すと、斬撃を受け足の止まった九々等へ最速で距離を詰める。

 

 斬撃をガードしたままの腕をすり抜けて、呪いの王の左拳が九々等八壱の鳩尾に沈む――。

 

 『黒閃』!!

 

 お返しとばかりに放たれた黒閃。空間が歪み、九々等の体がガリガリと地を削りながら後退し。

 ぶしゅ、と宿儺の拳に血が滲む。

 再びの肉体硬度:81倍――ギリギリで間に合った術式が全力で殴った宿儺の拳を砕き、九々等の足を踏み止まらせ。

 

 瞬間、拳閃く。

 右頬二発、左頬一発、

 右胸一発、左胸三発、

 腹部四発、更に五発。

 

 いつの間にか殴られていた。

 そう宿儺が認識した時には、更に十の拳が蹴りが宿儺の体を叩いている。

 

 速度:81倍八十一倍神速拳(スタープラチナ・インファイト)!!!

 

 間合いを詰める時間など無視した秒間400発の神速のラッシュ。一発は虎杖悠仁には到底及ばない威力だが、それも10発100発と一息で叩き込まれるのなら話は変わる。

 

 斬――躱す。

 放たれた反撃の(カイ)を超速で回避し、九々等八壱は更に加速を――。

 

 ピッ、と。

 奔った斬撃が、回避したと思った九々等の腹を裂く。

 

「(――マジか、読まれた!?)」

「(大した速度の連撃だったが、それでは貴様の意識もついていけまい……つまりほとんど事前に決めた動きをなぞることしか出来ず、反撃なども事前に予想しなければならない技。俺の初撃までは予想していたようだが、更にそれを予期して『置いておいた』斬撃は喰らったな)」

 

 口の端から垂れる血を舐めながら宿儺は嗤う――読み合いに勝った。

 今にも内臓がまろび出る程の深い傷……反転術式で腹を治癒しなければならない九々等に反撃は不可能、と宿儺は判断し。

 

 『黒閃』!!

 

 黒弾けるアッパーカットが炸裂したのは――宿儺の顎。

 

「(こいつ、腹が裂けたまま反撃を――!)」

「ら、ァ!」

 

 九々等が拳を振り切り、宿儺が吹き飛ぶ。術式対象は黒閃前に放たれた斬撃を弾く肉体硬度:81倍の攻防一体。

 

「(置き斬撃とか嫌な手使うぜ、長生きしてるだけあるな!)」

 

 『黒閃』で読み合いの負けを取り戻した九々等は、こぼれた内臓を呪力で破壊し、反転術式によって閉じた腹の中で改めて再生。そのまま吹き飛んだ宿儺を追う。

 脚力:81倍で地面を砕きながら超速で迫り、そのままもう一撃喰らわせようとしていた九々等は。

 

「――『番の流星』」

 

 それが聴こえた瞬間、反射で体が動いていた。

 横薙ぎに放たれた『世界を断つ斬撃』による迎撃――を咄嗟に背面飛びで躱し、そのまま勢いを乗せて脚力:81倍の蹴りをお見舞いする。

 必殺の一撃を躱しての必殺の一撃による反撃。だが宿儺は迫る蹴りに無数の(カイ)を浴びせた。

 九々等の蹴り足がズタズタに切り裂かれ――ズガ!! と宿儺の右肩を脚力:81倍のままの蹴りが砕く。一撃の威力は鎖骨どころか肺まで届く――が、ズタズタにされた九々等の足も蹴りの衝撃に耐え切れず膝の先から千切れて吹き飛ぶ。

 

 宿儺は片足を失った九々等へ斬撃を浴びせんと手のひらを向け。

 その手のひらを、九々等の腕力:81倍の拳がぐちゃぐちゃに吹き飛ばした。

 九々等の拳に斬撃が奔ると同時、腕を捥ぐ程の一撃の余波で宿儺の体勢が崩れる……同時、九々等は反転術式で拳と足を再生。腕と肩を再生させる宿儺へ再び迫る。

 

「(腕吹っ飛ばしても顔色一つ変わんねえ! ホントぶっ飛んでんな王サマは!)」

「(いくら刻もうと構わず振り抜いてくる! ほとほと頭の螺子が外れた奴だ!)」

 

 ボギャ!! と宿儺の腕が飛び。

 ザシュ!! と九々等の体を斬撃が襲う。

 だが九々等の傷は先と違い浅い――再び肉弾戦の趨勢が傾き、鈍器のような打撃が宿儺を殴打する。

 

「(肉体硬度:81倍――殴り(マラドーナ)蹴り(クリロナ)も見せてるからか大技決める隙がねえな! (くがね)は論外だし……また『崩し』から入るべきか!?)」

「(また硬化したか! この状態だと打撃や斬撃では歯が立たん。だが術式で倍加しているのはあくまで硬度、とくれば)」

 

 宿儺は四つの目と呪力感知で周囲を確認。近くに高専術師の気配はない。

 故に。既に条件を満たしている今、これを使用しても自らに科した『縛り』に抵触することはない。

 

 キンッ――。

 斬撃が九々等、ではなく付近のビルを切り裂き、それが2人の下へ倒壊してくる。

 ずうん、と新宿の街を揺らす衝撃、大質量の落下。

 

 宿儺は勿論、九々等もその程度でダメージを負うことは無い。

 だが宿儺の狙いは。

 

(フーガ)

 

 瓦礫降る中、赤、燈る。

 宿儺の狙いは目潰し――術式を使用し炎を番える時間を稼ぐためのもの。

 硬く刃が通らないなら、焼いて炭にしてしまえばいい。

 そんな宿儺の思惑は。

 

 瓦礫の向こうから現れた九々等八壱の腕にも同じように火が付いていた事で白紙に戻った。

 

 宿儺の思考が、予想だにしなかった状況を迅速に理解する。

 九々等の手を焼く炎は呪力が感じられない。あれは正真正銘ただの火。自らの手の可燃性を術式で倍加して、ライターか何かで火を点けたのだろう。

 そんな事をする目的は不明……待て。確か九々等八壱の術式対象は、自分自身だけでなく――!

 

「なんだ、気が合うな王サマ」

「――クハッ!」

 

 これから起こる現象を予期した宿儺が思わず口の端を吊り上げ。

 瞬間、紅蓮は爆発する。

 

 炎の温度:81倍――

 

 それは宿儺が未だ見ぬ、九々等八壱の必殺技。

 摂氏五万度――恒星の表面温度にすら届く高熱を一瞬で生み出すことで、空気が爆発的に熱され空気中の水分が一瞬で蒸発、急激な温度上昇と気体の体積増加により発生する爆風の如き熱波が術者諸共周囲を破壊し尽くす自爆技。

 其、罪咎を浄し涅槃に魂を導く神の炎也。

 即ち。

 

 八十一倍煉獄殺(ニルヴァーナ・インフェルノ)!!!!

 

 全てを無に帰す獄炎が、新宿の地を呑み込んだ。




次回 「×9^2 汲汲②」
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