9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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「9×9=」、1周年です。
正月に出したら年始休みの人に見てもらいやすいかな、なんて軽い考えで出したSSが、読んでくれた皆様のお陰で1年続きました。
もう数話で完結させられると思うので、どうかそれまでお付き合い頂ければ幸いです。


×9^2 汲汲②

術式順転――『(あお)

 

 蒼き光が振り回され、その慮外の引力で以て数多の呪霊を圧殺する。

 

 決戦の地・新宿。その郊外にある「もうひとつの戦場」にて。

 今は亡き羂索(けんじゃく)が、高専術師の宿儺戦への援軍を妨害する目的で解き放った2000体の呪霊……その最後の一体が消失した。

 遂に呪霊を全滅させた術師――()()()の術師・五条悟。宿儺戦で致命傷を負ったものの、九々等八壱の献身と『今後一切反転術式を使用しない縛り』によって生還した彼は、六眼で己の手をしげしげと眺める。

 

「(出力・効率共に問題なし……なのになんか違和感が残るな。反転が使えないからかな――) っ、と?」

 

 ぐらり、とそんな五条の視界が傾き。

 

「高菜!」

 

 倒れかけた教師の肩を、生徒・狗巻棘が支えた。

 更にその肩にパンダがよじのぼり頬をつつく。

 

「おい悟、大丈夫か?」

「大丈夫……だと思うけど」

「おかか」

「おう。棘の言う通り、治ったとはいえ体真っ二つにされてんだ。人間って複雑な中身してるわけだし、なにかしら不具合が出てもおかしくないんじゃねーの?」

 

 棘・パンダ両名の心配の言葉――『最強』には不必要だったそれらを、しかし今の五条は無下にはできなかった。

 

「(『縛り』で目一杯出力を上げたとはいえ、意識朦朧の中真っ二つの体をくっつけるなんて荒業をしたんだ。失血の影響で脳は少なからずダメージを受けただろうし、体内、特に脊椎辺りに異物が混入しててもおかしくない。やっぱ硝子にしっかり診て貰うべきだったかな)」

 

 己を縛る反転術式の使用禁止と、言うことを聞かない体。今力が抜けたのは右足か……あらゆる負傷・不調を反転術式で治療できた今までの自分と、そうできない今の自分の乖離が、まだ上手く体に馴染んでいない感覚があった。

 とはいえ、五条悟は依然聡明だ。彼我の戦力差を理解する頭脳は未だ健在。

 

「(宿儺が僕の無下限を無視できる攻撃手段を手に入れたのはほぼ確定。このザマじゃ今リベンジマッチを挑むのは厳しいか。問題は僕抜きで皆が勝てるかどうかだけど――)」

 

 と、ここで新宿に動きがあった。

 数キロ離れたこの距離からでも容易に観測できる大爆発が決戦の地を揺らし、ここまで吹き荒れる風が届く。

 

「すじこ……!」

「オイオイ、あれって渋谷の時の――」

「――いや、アレは宿儺の術じゃない」

 

 凄まじい爆発の規模に、棘・パンダは渋谷で目の当たりにした特大の火柱を思い出す……が、六眼を持つ五条がすぐにそれを否定した。

 爆炎に呪力が全く籠っていないのを見ると、アレは九々等八壱の八十一倍煉獄殺(ニルヴァーナ・インフェルノ)――。

 

「――うん、大丈夫そうだね (ま、八壱ならなんとかするだろ。『勝負強さ』だけなら僕より上だし……いや、もう僕より強いのか。憂太や悠仁も。うわー、なんか不思議な感覚)」

 

 反転術式を失いもしかすると身体機能に後遺症が残った五条悟(じぶん)と、既に強者でありながらまだまだ発展途上の乙骨憂太・虎杖悠仁……そしてかつての五条悟とさえ肩を並べ、宿儺さえ彷彿とさせる大技を見せた九々等八壱。どちらが強いかなど言うまでもない。

 初めて他者を見上げる立場になった『最強』は。

 

「(……うん。これ、悪くないな)」

 

 そう、静かに満足する。

 今までの自分では考えられないこと。あるいは虚勢か慰めなのかもしれない。

 でも、それでいい。

 自分の夢を託した存在が、自分を超えて羽ばたいていく――そこに五条悟は確かな充足を覚え、そしてふと()のことを思い出した。

 

『君にならできるだろ、悟』

 

 夏油(アイツ)はあの時、俺を置いて行った。

 硝子も夜蛾先生(セン)も、今までの全てを捨てて扉の向こうへと消えていった。

 

 でも、僕は捨てないよ。

 あの頃のオマエを――オマエが捨てた、この胸の中の『夏油傑(のろい)』を。

 

 そういう生き方もできるって教えて貰ったから。

 

『自分にできることを、他人には「できやしない」と言い聞かせるのか? 君は五条悟だから最強なのか? 最強だから五条悟なのか? もし私が君になれるなら、この馬鹿げた理想も地に足が着くと思わないか?』

 

 ――ああ。

 なんで今思い出したんだろうと思ったけど、そうか。

 僕はやっと、あの時のオマエに追いつけたのか。

 自分ひとりでは叶えられない理想を追い求め、託す――そんな、ありふれた人間に。

 

『生き方は決めた。後は自分にできることを精一杯やるさ』

「(僕の場合は『ようやく決め切った』か……ま、これから一生出し惜しみしなくていいってのは悪くない)」

 

 なにせ、教育に終わりはないらしいからね。

 見てろ親友。オマエが望んだ世界――「術師が徒に死なない世界」は、僕が代わりに叶えて(つくって)やるよ。

 

「(……とはいえ目下の問題は宿儺だ。もしもの時は援軍に行きたいけど、領域は流石にまだ厳しいかな……順転と()()()でどこまでいけるか。まあ最悪命懸けで領域でも使うとして、それでどこまで助けになれるか)」

 

 と、2000体の呪霊を殲滅完了し、新宿の状況を把握するために戻ろうとした五条悟は。

 

「――」

 

 ばっ、と。

 視界の端に過ぎった「色」に、弾かれたように空を見上げた。

 

「ツナ?」

「どした悟?」

 

 棘・パンダが何事かと問う声にも答えず、五条は六眼で彼方の空を注視する。

 その蒼い瞳が捉えたのは、空を滑り決戦の地へ向かう、一度だけ見たことがある呪力の色。

 

「この呪力は――」

 

 

 

■玖■

 

 

 

 同刻、決戦の地・新宿。

 焦土と化した街の一角で、瓦礫の中2人の術師が睨み合っていた。

 

 八十一倍煉獄殺(ニルヴァーナ・インフェルノ)で発生する爆発は呪力を纏っておらず、その破壊規模と比べて対術師への殺傷力はそれほど高い訳ではない。

 とはいえ恒星規模の炎熱が生み出す熱波――すぐに術式対象を切り替え防御力:81倍で受けた九々等・呪力による防御を全開にした宿儺は、両者とも全身火傷を負いすぐには動けない状況にあった。

 どちらかと言えばダメージが大きいのは九々等。「火元」である右腕は炭化しており肘から上が無い……その傷も反転術式によって再生されていくが、九々等の表情は晴れなかった。

 

「(思ったより宿儺のダメージが少ない……ギリギリであの『炎の術』を爆風にぶつけて威力を相殺されたかな)」

「(クク、面白い技だが……奴自身も熱波の影響を受けている。制御不能の自爆技と言う訳か。術式対象の切り替えの猶予などから考えても、流石に連発は無いだろう)」

 

 九々等にとって八十一倍煉獄殺(ニルヴァーナ・インフェルノ)は、一歩間違えば自分が消し炭になってしまう、リスクが高すぎる自爆技。確実に滅殺・ないし治癒不能レベルの大ダメージを与えられないのであれば連発する道理はない。

 だがその威力は渋谷で見せた宿儺の炎とはいかないまでも、十分『特級』レベルに値する――。

 

 術師に覚醒して2か月そこらの高校生が、呪いの王と互角に渡り合えている現実。

 だが宿儺はその不合理に、ある程度の分析を立てていた。

 

 覚醒型術師の成長曲線は、通常の術師よりも遥かに激しい。これは術式に覚醒する年齢が関係している、と宿儺は考える。

 

 通常、生得術式が覚醒するのは6歳前後の幼少期。覚醒型術師とは平均10年以上の経験時間差がある。

 覚醒型術師は充分成熟した年齢で術式に覚醒する――だがこれは覚醒型術師が通常の術師に劣る事を意味せず、寧ろ通常の術師よりも深く己の術式に向き合う事ができることを意味する。

 通常の術師が、術式を己の体の一部として行使を繰り返しながら「なんとなく」理解を深めていくのに対し。

 覚醒型の術師は充分に成熟した知識と経験に外付けされた異物として術式を認識することで、その仔細までをより効率的に把握できる。

 いわば術式と肉体機能の境界が曖昧になり易い通常術師に対し、覚醒型術師はその境界を隅々まで知覚できる傾向にあり、それがそのまま習熟度の差として現れているのである。

 また術式行使のままならない幼少の折の感覚は自らの術式に対する不理解と固定観念を育み易く、覚醒型術師はその感覚と無縁である点も大きいだろう。「固定観念からの脱却」や「術式運用方法の根本的な見直し」という通常術師にとっての壁とも言える工程をほとんどスキップできる覚醒型術師が、通常の術師に比べて短い時間で術式運用技術を向上させられるのは自明の理。

 

 宿儺はこれらのことを、伏黒恵の肉体に刻まれていた十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)を習得・練磨する過程で発見していた。

 だがこれらはあくまで「覚醒型術師は早熟しやすい」というだけの理屈であり、宿儺とさえ互角に渡り合える九々等八壱の異常な強さの説明にはなっていない。

 

 術師覚醒時点で既に極限近くまで磨き上げられていた肉体。覚醒型術師特有の早熟。黒閃の複数回発動。格上との戦いによって幾度もの死線を潜り抜けた経験。五条悟との領域融合、生得領域の同化による経験値の共有。

 積み上げられた強さが今、呪いの王の喉元へと肉薄する――。

 

 反転術式による治癒が終わり――両者は同時に動き出す。

 

「――」

 

 否。動き出そうとした宿儺の視界を、飛来した瓦礫が封じた。

 瓦礫は九々等が蹴り飛ばしたもの……サッカー経験を活かしたコントロール力が宿儺の視界を奪い。

 ザウッ、と斬撃が瓦礫を細切れにし目潰しを破壊する。

 

「(小癪な真似を!)」

 

 宿儺の眼前には九々等。彼はまだ間合いを詰め切れてはいない。

 宿儺は自身も飛び道具を使わんと斬撃を構え。

 くるん、と。九々等が足元にあった瓦礫を足で挟み、そのまま両足で投げるように宿儺へ放つ。

 予想外の動きからの再びの目潰し。咄嗟に斬撃で破壊――九々等が居ない。

 同時、脇腹・こめかみに突き刺さる神速の拳。

 

 速度:81倍八十一倍神速拳(スタープラチナ・インファイト)!!

 

「(足のみで瓦礫を蹴り上げ目潰しを……!) 器用な奴だ!」

「ヒールリフトって言うんだ、ぜ!」

 

 腕力:81倍

 

 ぐん、と宿儺の体が宙を舞う。桁違いの膂力による空中への投げ。

 崩し――いきなり必殺の一撃を撃つのではなく、空中で身動きがとれない状況にまで追い込んだ九々等は。

 

 脚力:81倍!

 

 ビキキ! と地面が罅割れる程の力を溜め。

 瞬間、爆発を思わせる威力で地を砕きながら飛び上がり、矢となって宿儺へ飛び蹴りをお見舞いする――!

 

 タッ、と。

 宿儺が()()()()()()を蹴り、その一撃を回避した。

 

「はぁ!? (二段ジャンプゥ!?)」

「惜しかったな!」

 

 的を外し通り過ぎていく九々等、今度は彼が身動きの取れない空中で狙われる側となる。

 

「『竜鱗』『反発』『番の流星』」

「『九天』―― (ダメだ、間に合わねえ!)」

 

 容赦のない呪詞の詠唱。その『世界を断つ斬撃』の「起こり」に、呪力の圧縮と言う工程が必要な(くがね)は追い付けない。

 

「(奴は空中で動けないが、術式を使用し落下などの速度を上げる事ができる。故にその軌道を先読みして放つ――!)」

 

 (カイ)』!!

 

 九々等の移動速度:81倍による落下速度の倍加、それを計算に入れて放った宿儺の『世界を断つ斬撃』は。

 

「(髪の長さ:81倍――) あっぶねえ!」

 

 ぐるん、と。

 伸ばした後ろ髪をロープ代わりにして電灯に引っ掛け、ターザンの要領で空中で軌道を変化させた九々等に躱された。

 

「! (術式で高速移動するのではなく、髪を伸ばして障害物に引っ掛け空中で軌道変更を!)」

 

 そのまま軌道を変えた九々等は電灯を起点に回転し、術式対象を肉体硬度:81倍へ変更して宿儺へ向かって来る。

 

 がつん!

 宿儺の拳を、九々等の蹴りを、互いに互いが打ち込んだ技を防いだのを合図に、両者は再び術式をフルに活用しながら殴り合う。

 斬撃を弾き、拳を逸らし、蹴りを避け術を躱し言葉も飛ばす。

 

「さっきの二段ジャンプどうやんの!」

「クク、曲芸師にでもなるつもりか?」

「(まあ教えてくれるワケねえよな!)」

 

 宿儺が九々等の蹴り足を左両腕で掴み拘束、触れた腕を介して斬撃を打ち込みながら右上腕で九々等の首を掴むため手を伸ばす宿儺――その腕を払いのけた九々等は、

 

「(肉体硬度:81倍解除、腕力:81倍!!)」

「!」

 

 斬撃で掴まれていた九々等の右足が膝下で切断され。

 それにより拘束を脱した九々等の拳が、呆気にとられた宿儺の腹を襲う。

 

 八十一倍神殺拳(マラドーナ・インパクト)!!

 

 ズガ!! と宿儺の体が衝撃に押され宙を舞う――。

 

「(術式対象を変更させない為の斬撃を逆手に、足を自切して反撃を……!)」

 

 またも予想外の手に驚きつつも、片足立ちという不安定な体勢での攻撃だったこと、そして咄嗟に後ろに飛んで衝撃を受け流したことでダメージを最小限に抑えた宿儺は。

 

「意地悪な奴にはお仕置きだぜ――」

 

 見る。

 距離の空いた九々等が、切断された足を治すと同時片手で掌印を構えたのを。

 数字の「9」を思わせる、親指と中指で輪を作った掌印――領域展開を警戒した宿儺だったが。

 

「『九天(きゅうてん)』『黎明(れいめい)』『()けた冥王(めいおう)』」

「(この呪詞は極式(きょくしき)(くがね)!)」

 

 九々等がその掌印――「説法印(せっぽういん)」で行使する術は領域展開だけではない。

 

 極式『(くがね)。五条悟の虚式『(むらさき)を思わせる、威力:81倍の乗った呪力の高出力呪力放出――超高威力の呪力砲。宿儺と言えどガード不能・当たれば即死の、純粋な破壊の奔流とも言うべき極技。

 

「(呪力の圧縮が早い! (カイ)で刺激して破壊するか、回避に専念するべきか――)」

 

 宿儺の意識が極式『(くがね)――九々等の右手に収まった圧縮した呪力球に集中した瞬間を、九々等八壱は見逃さなかった。

 

 ()()8()1()()!!

 

 ボパッ!! と地面が弾ける程の勢いで踏み込み、宿儺の側頭部を回し蹴りで砕かんと狙う――。

 

 八十一倍神滅脚(クリロナ・インパクト)!!

 

 轟!! と振るわれた死の鎌が、咄嗟に上体を逸らして回避した宿儺の頬を掠めた。

 掠った頬の肉が削げ落ち、血と肉片が地面に叩き付けられる。

 

「((くがね)を囮に――!)」

「(これも躱すって――やっぱ頭狙いの時の反応早すぎ! 目が四個あるのは伊達じゃねえな!)」

 

 高度な反転術式を行使できる宿儺は、その反転術式を回す頭部への攻撃を特段警戒している。更に異形たる四つの目は常に周囲を警戒して真後ろ以外の死角を生まず、頭部への攻撃を素早く察知するのに寄与していた。

 

 そんな宿儺は一瞬前自分の頭蓋があった場所を蹴り抜いた死を眺めながら、己がまた固定観念に囚われていたことに気付く。

 

 呪力を飛ばす行為に代表されるように、呪力の圧縮と保持自体に術式は必要なく、純粋に呪力操作技術さえあれば可能である。

 つまり九々等は、現在(くがね)の弾である呪力球に威力:81倍を込めておらず。故に右手で呪力球を保持しながら、81倍の術式を通常通り運用できる――。

 

「(まだ圧縮した呪力を右腕掌印で保持している……このまま徒手での戦いで俺の隙を作り、後に(くがね)を撃つつもりか! だが分かっているのか? つまり今貴様は――)」

 

 これから(くがね)を撃つまでの間、九々等八壱は片腕しか使えない!

 

 故に攻める――宿儺が無数の斬撃を無数の光として放ち、九々等に触れた瞬間炸裂する。

 だが、九々等は肉体硬度:81倍で防御。呪力球を保持する右腕は後ろに回し、体に隠すことで破壊を免れる。 

 

 斬撃を纏った四つ腕の連打――それを左腕を前に出して半身となり、右手掌印と呪力球を隠しながら肉体硬度:81倍で捌く九々等。だが四つ腕対片腕、途端に手数が足りなくなる。

 がしり、と九々等の左腕が宿儺の右上腕に掴まれ。これで腕は使えまいと宿儺は有利を確信し。

 

 八十一倍神殺拳(マラドーナ・インパクト)!!!

 

 九々等の()()による一撃が宿儺を捉え、衝撃が呪いの王の体を抉る。

 

「ぐゥ―― (両手を空に……!? (くがね)を捨てた――!?)」

 

 圧縮した呪力の球を留めていたハズの右腕、それを使った予想外の一撃――躱し切れなかった宿儺の左上腕が肩ごと消し飛び、更にその余波で上体が逸れる。

 

 (くがね)を撃つことを諦めブラフとして使い捨てたのか。

 違う。

 何故なら黄金の呪力の球は、九々等八壱の足元に――!

 

「必殺、(くがね)・」

 

 呪力球をトラップ、空中に浮いた球を前に、軸足で地面を踏み締め蹴り足を引き。

 蹴りの勢いで呪力球を炸裂、指向性を持たせて放出する荒業。

 それは正しく、サッカーの。

 

「シュート!!!」

 

 黄金、発射。

 迸るは黄金の呪力。指向性を持つ破壊の怒濤。

 速度は光。威力は万死。地上の恒星に匹敵する、実体なき惑星の衝突。そう、その光景は、正に金の彗星(ほうきぼし)が地上に降ったかのような――。

 

 破壊の閃光が新宿の街に轟いて。

 黄金の奔流が去った後……残されたのは、ボロボロの宿儺。

 体前面の皮膚はもれなく焼き切れ、ガードに使った四つ腕は全て肘辺りで消失。それでも防ぎきれなかったのか、腹などは骨どころか内臓が見える程に肉が削れていた……が、それでも生きていた。

 宿儺は本来即死であるハズの(くがね)()()()()()で耐えたのだ。

 

 鼻も頬も唇も削ぎ落された呪いの王は、それでも歯を剥き出して凄絶に嗤う。

 

「(足で圧縮した呪力を保持(リフティング)、そして蹴りの衝撃で発射(シュート)した! 余りにも自由な発想とそれを実現する呪力操作技術――) ほとほと飽きさせん奴だ!」

「こっちはそろそろ飽きて来たぜ!? なんで今のでも死なねーんだアンタ!」

 

 極式(きょくしき)(くがね)をブラフとした二段階の奇襲、更にそれで生み出された隙を使っての本命の(くがね)。それらをギリギリで躱し切った宿儺は、同時に己の勝機を悟る。

 

 反転術式で治す隙を狙い九々等が突撃――無慈悲な追撃に、腕の無い宿儺は。

 

 黒閃(こくせん)』!!

 

 黒い火花が襲ったのは、九々等八壱。反撃不可能と思われた宿儺の()()が、九々等の想定の上を行った。

 呪いの王の反撃の一手――咄嗟にガードした九々等の腕がベキボキとへし折れ、その体が勢いを殺せず背後に吹き飛ぶ。

 そんな九々等を、ようやく反転術式で全身の傷を治しつつ追いながら、宿儺は狡知にてほくそ笑んだ。

 

「(明確に焦り出したな。オマエの弱点はやはり『呪力量』だ。五条悟よりも総呪力量は少なく、また呪力効率も六眼が無い分明確に劣る。ここまで何度か肝を冷やしたが、ようやく底が見えて来た)」

「(ディフェンスに定評ある強豪校と戦った時に似てるな……デカい一発が欲しいのに中々決まらないあの感じ! 分かってるよ、そういう時こそじっくり削るんだろ……それが出来れば苦労しないんだわ! なにせここまで全開で飛ばして来たから、無駄に使える呪力がないんだよな! ここらでそろそろ賭けに出るべきだけど――)」

 

 宿儺と九々等の最大の差はその呪力効率にある。いくら九々等の呪力操作技術が並ではないとはいえ、六眼も長年の研鑽もない彼の呪力効率は宿儺には及ばない。また極ノ番をフル回転させる都合上、毎秒あたりの呪力消費量は宿儺に大きく水をあけられている上、そもそもの呪力量も宿儺には大きく劣る。

 故に九々等の弱点はその持久力(スタミナ)にあると言えた……尤も彼のそれは日に二・三度の領域展開が可能な程ハイレベルであり、それを弱点と見做せる宿儺の方が異常なのだが。

 

 と、そんな宿儺の視界を過ぎる影――上空から体重を乗せたアームハンマーで急襲したのは。

 

虎杖(いたどり)!」

「……まだいたのか」

 

 ドゴォ!! と地面が砕ける程の衝撃を両手で難なく受け止めた宿儺は、そのまま虎杖(いたどり)悠仁(ゆうじ)の横面を殴り、腹に斬撃を浴びせて吹き飛ばす。

 

「(小僧では九々等八壱にはついて行けまい。大方『魂を捉える打撃』で俺の呪力出力を落とし援護に回ろうとでも考えたのだろうが) ……邪魔だな」

 

 吹き飛び地面に転がった虎杖に、宿儺は冷たく言い放つ。

 

()ね小僧。オマエは興を削ぐだけだ」

 

 斬撃が雨霰と虎杖悠仁に降りかかり。

 ガキン!! と宿儺と虎杖の間に割り込んだ九々等が、肉体硬度:81倍で斬撃を防ぐ。

 虎杖の盾となった九々等は、彼を鼓舞するように笑う。

 

「ハッ、流石の王サマも2対1は嫌だってよ!」

 

 それに応えるように、反転術式で腹を治した虎杖は、()()を九々等へ投げ渡した。

 

「九々等!」

「――!」

 

 ぱしり、反射で掴んだそれは、刀身を呪符でグルグル巻きにされた鉈。

 故・七海健斗の愛刀にして、その術式が染み付き呪具化した武器――その術式効果は。

 

「(7:3で当てたら威力上昇(クリティカルヒット)!!)」

 

 【-|-|-|-|-|-|-*-|-|-】()

 

 宿儺の腕が飛ぶ。防御したにも関わらず左上腕が豆腐のように断ち切られる。

 十劃呪法腕力:81倍の合わせ技。それの前では宿儺の防御でさえ無力。

 続く二撃目が顔面を襲い……しかし今度はガツンと顔面を叩くに留まった。宿儺が咄嗟に顔を逸らしたのもあるが、それ以上に。

 

「ゴメン虎杖、ちょいムズイわ! 慣れるまで時間かかるかも!」

「分かった!」

 

 十劃呪法の不発。そもそも九々等にとって呪具は使い慣れないものであり、更に鉈に威力を乗せられる腕力:81倍は彼にとってもじゃじゃ馬のようなもの。拳を当てるだけならともなく、使い慣れない鉈を正確に7:3の点へ命中させるのは難しい。

 その様子に、腕を反転術式で治癒しながら宿儺は白い目を向けた。

 

「(七三術師の呪具……九々等八壱が振るえば過剰威力気味だな)」

 

 確かに威力だけなら脅威。だが。

 

「分かっているのか? 徒手や足技と比べると練度が雲泥だぞ?」

「(そりゃ武器の練習なんかしてねえからな!) まあ見てろって!」

 

 ここは野球経験で何とかする――そう九々等は意気込んで鉈を振るい。

 ガッ、と。力が入る前、加速し切る前の刀身を、宿儺の掌に受け止められる。

 

「げ」

 

 瞬間、宿儺の蹴り上げが鉈を振るった右腕を痛烈に打ち抜いて骨をへし折り。

 鉈を取り落とした――そう九々等の気が逸れた瞬間、斬撃と打撃を混ぜた正拳が、その顔面をしかと捉える。

 九々等が吹き飛ぶ……その顔面の右側は血で染まっている。右腕骨折、皮膚が剥がれ肉が裂かれ左眼球も喪失の重傷――ジュワアと反転術式で逆再生のように治っていくが、それでも多少のダメージは残り呪力も削れる。

 

 使い慣れない鉈をあくまで使わんとした失策の代償は、この局面での手痛い被弾。

 その理由の愚かしさに、宿儺は不快を覚え表情を歪めた。

 

「くだらん。馴れ合いなど捨て本気でかかって来い、九々等八壱!」

 

 彼があくまで呪具の使用に拘泥したのは、(ひとえ)に宿儺の言う「馴れ合い」の為。寄り合いに縋り、しがらみに囚われ、絆に拘り……己を縛り弱くする。人間の理想、そのみすぼらしい末路。

 それは檻に入った獅子を見るような――窮屈、鬱屈、極めて退屈。

 獅子はその獣性のまま爪牙を振るってこそ獅子である。否、そう在るべきだ。それがオマエの身の丈だろう――その四つの目に込められた怒気に気付いたか。

 

「――いいぜ、やってやるよ」

 

 九々等八壱は獰猛に笑み。

 獲物を前にした獅子の唸りは、世界を穢す呪いの言葉としてその臓腑から滑り落ちる。

 

「『浄如(じょうじょ)』『安徳(あんとく)』『冥府(めいふ)御門(みかど)』『九品(くほん)(うてな)』」

 

 紡ぐ詞は荘厳なる読経が如く。吐く音には灼熱の闘志が混ざる。

 呪詞・掌印――斯くして儀は完遂され。

 呪力、猛り。

 九々等八壱の心胆が、黄金の光が刹那に閃き世界を呪う――!

 

「(これは、術式使用による八十一倍速の――)」

領域展開

 

 黄金開花、いざや開けり悟りの九門。

 九山八海、我が意の儘に――。

 

 ()()(だい)(ほう)(れん)』!!!!

 

 咲き誇るは金の蓮の花。九々等の背に浮かぶ大輪が、生得領域の具現を象徴する。

 速度:81倍の領域展開。彌虚葛籠(いやこつづら)は――掌印は必中効果の発動前には間に合わない。

 だが。

 

「(――俺は『簡易領域』をまだ見せていない。共有もできては居ないはず……一度使わされたが、()()()は奴自身の技が奴の視界を遮っていた)」

 

 掌印を組む必要の無い領域対策を、両面宿儺は習得している。

 

 それは、先の(くがね)を耐えたのと同じ技。あの時、宿儺は簡易領域を展開して(くがね)の威力を下げ、更に全自動反撃(オートカウンター)(カイ)を無数に当てて出来る限り威力を相殺――それによって本来致命のハズだった超威力の一撃を、紙一重で耐えきったのだ。

 

 しかし今の宿儺は、九々等の領域展開に対して即座に虎の子である『簡易領域』を発動しようとはしなかった。その真意は。

 

「(来てみろ九々等八壱――如何なる技だろうと反応し、引き付けてからの全自動反撃で卸す!)」

 

 『簡易領域・抜刀』によるカウンター狙い。例え領域に付与された術式が何だろうと――あるいはそれがブラフであっても――対応してみせるという呪いの王としての自信、九々等にはない歴戦の勘。

 領域が閉じきる前、瞬きの刹那。勝敗を分ける一刹那に、両者の意識は無限に間延びし。

 

 この戦い最大の集中を見せた宿儺の右複眼が、金の光に目を眩ませられながらも辛うじて()()を捉える。

 

 ――宙に舞う、録音機(ボイスレコーダー)

 

「――」

 

 それは、狗巻(いぬまき)(とげ)『呪言』を録音した乙骨憂太の隠し玉――九々等八壱に託された切り札。

 が。

 

 (カイ)!!

 

 何か言葉を放つ前に、神速で飛んだ宿儺の術式によって両断・破壊される。

 

「(録音機――恐らく高専に居た呪言師の『呪言』を録音したもの! 絢爛な黄金の生得領域が目くらましになることを計算しつつ、八十一倍速の領域展開中に投げたのか――だがもう破壊した! これで後は、)」

 

 純粋な一騎打ち、九々等八壱との一手の読み合い!!

 

 宿儺はそう確信する。

 しかし。

 この読み合いを仕掛けた側の九々等八壱は――。

 

「(()()()()()宿()())」

 

 宿儺の超反応によって不発に終わったボイスレコーダーはしかし、九々等に意識を向けた宿儺の僅かな余裕を奪い去っていた。

 

「(そもそもオレはボイスレコーダーの再生ボタンを押してねえ。そんな余裕無かったし、アレは狗巻くんが乙骨くんに託した――乙骨くんにだから託したものだ。なんでオレに許された使い道は唯一、このブラフ目的の投擲のみ)」

 

 宿儺は右複眼でボイスレコーダーを捕捉し破壊する間も、両目と左複眼の計三つの目で九々等を捉え続けていた。つまりそれは宿儺の九々等への警戒の現れ――思考速度を奪われたり最速で懐に入るという手を打たれた場合、最低でも三つの目で注視しなければ捉えきれないという判断。九々等はそのことを、これまでの戦いから見抜いていた。

 だがそれは、今宿儺が左方向へ視線を向けられない――九々等八壱がその方向へ移動しない限り、左側に対しては無警戒であることを意味する。

 

「(オレは領域使っても術式の合計倍率が81倍から変わらない……それはもう知ってるもんな。領域に付与した必中術式でデバフるか、領域をブラフにして自己バフで殴りに来るって思ってんだろ? ()()()()()は見慣れてんだわ)」

 

 そして、九々等八壱は。

 高校サッカー関東最強の点取り屋は知っている。

 エースストライカーとして敵陣に切り込み、ゴールキーパーと一対一でシュートを撃つ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(うちの司令塔(アタマ)が言ってたぜ。『余裕が無くなった奴ってのは、たったの二択で満足しちまう』ってな――)」

 

 領域が閉じきる前、その一刹那。

 飛び込んで来た()()()()は、慮外たる第三の選択肢となって宿儺の意識の外側から彼へ肉薄する。

 つまり、この領域に付与された必中効果は。

 

 ()()()()()()()()()()():81倍――

 

「(こっちは色々聞いてんだよ――) 忘れんなよ宿儺。オマエの『宿敵』はオレじゃないんだぜ?」

 

 かくして刹那は終わりを告げ。

 両面宿儺が切り捨てた『可能性(うつわ)』――虎杖(いたどり)悠仁(ゆうじ)渾身の拳が、その無防備な横腹を貫いた。

 

 『黒閃』!!!!

 

 意識外からの強烈な一撃――宿儺が驚愕に目を見開き、魂まで響く衝撃に呻く。

 だが、それはあくまで前兆、()の反撃の狼煙であった。

 

 呪力操作技術:81倍状態での『黒閃』

 潜在能力の解放と実力以上の力を出した経験が相乗し。

 

 黒い火花が散る中

 虎杖悠仁が 覚醒する




誰よりも自由に。
獅子として生まれた彼は今、呪いよりも愛を選び取った。
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