9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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×12 廻戦

 ――時は少し遡る。

 

 (カミノ)を付与した(ふく)()()()()による大規模爆撃……それによって本来黒焦げになるはずだった味方を、領域()()(だい)(ほう)(れん)で囲う事で庇った九々等(くくら)八壱(やいち)

 領域展開後、術式が焼き切れ使用困難となった両面宿儺(りょうめんすくな)の隙を見逃さず、虎杖(いたどり)悠仁(ゆうじ)が攻勢に転じ、領域展開によって宿儺を閉じ込める。

 同じく術式の焼き切れ、そして二度目の呪力切れによって一時戦闘不能となった九々等は、そんな虎杖の領域を外から眺めていた。

 

「(虎杖……)」

 

 今は祈ることしかできないと知りつつ心配を止められない九々等……その横へ、ザッ、と誰かが地を踏み現れる。

 

「――確認があるんだけど。宿儺が天元(てんげん)を取り込んだというのは本当かな?」

 

 乙骨君の領域には烏が入れなかったからね、と問うてきたのは、冥冥(めいめい)。横に憂憂(ういうい)が居る事から、彼の術式で移動してきたのだろうと予想がつく。

 後ろを見れば、裏梅の遺した氷山に閉じ込められた高専術師たちが救出されようとしている所だった。彼等の無事を確認し安堵しつつ、九々等は問われた事に答える。

 

「天元……そういえば羂索が死ぬ前になんか飛ばしてたな。アレが天元で、宿儺が受け取ったってのは総則(ルール)的にも有り得そうっすけど……えっと、何の話?」

「……そうだね、君にも言っておいた方が良いかな」

 

 虎杖が展開した領域の外殻へ視線を飛ばしつつ、手癖で斧を撫でながら冥冥は語り出す。

 

死滅回游(しめつかいゆう)は日本の人間を彼岸へ渡す儀式。回游そのものが目的ではなく、真の目的はその先、回游終了後の天元と日本人1億人の超重複同化にある。要するに1億人の大虐殺と世界を滅ぼす呪い(バケモノ)の創造だね。ここまでは良いかな?」

「たぶん大丈夫」

 

 死滅回游の基礎知識――その辺の話は九々等も聞いていた……尤も、「ちゃんと理解している」と言えるかは怪しいと当の本人は自認しているが。

 

「問題はこの先だ。現在、全ての結界(コロニー)に呪力は満ち、同化の『慣らし』が済んだことは確認されている。ではなぜ羂索(けんじゃく)は同化を発動しなかったのかな?」

「えーっと、死滅回游を……終わらないように作ったゲームを終わらせるっていう無理難題の『縛り』で儀式を成立させた、っていう結論になった覚えが……これって『縛り』による能力の底上げと同じ理屈っすよね?」

その通り(イグザクトリィ)。問題はここだよ九々等くん」

 

 ぱちん、と指を鳴らし、冥冥は既にいっぱいいっぱい気味の九々等へ問う。

 

「『死滅回游を終了させなければ同化はできない』。これは誰が誰にかけた『縛り』だい?」

「……? 羂索が自分に、でしょ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ッ! 宿()()……!」

 

 言わんとすることを理解し青ざめた九々等に、冥冥は懸念を更に詳しく説明する。

 

「ここからは完全に憶測だけどね。儀式の上で宿儺に天元が渡されたなら、『縛り』も同様に移っているハズだ。でなければ初めから仲間や傀儡に天元を渡し、同化を発動させればいいだけの話だからね。けれど……『できなかった』のではなく『やらなかった』だけだとしたら? 例えば『回游を終了させずとも同化自体は可能』だけれど、それだと『同化が不完全で終わってしまう』、とか」

「……ありえる。羂索は人類の可能性を追い求めるヤツだった。ここまで大掛かりな仕掛けなんだ……失敗作が生まれる可能性は限界まで排除したい性格(タイプ)だと思う」

 

 実際に羂索と対峙・殺害した九々等の言葉……またひとつ懸念を裏付ける要素が増えてしまったね、と内心で思いつつ、冥冥は結論を述べる。

 

「そんな風に可能性を考えるとキリが無いけれど。問題は『回游を終了させないと同化は発動不可能』ではなく、『完成度(クオリティ)は保証されないが発動自体は可能』だった場合だ。この場合、宿儺が核爆弾のスイッチを持っているのと同じ。故に追い詰め過ぎれば」

()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()……!」

 

 例え同化が不完全で終わろうとも、宿儺にとってデメリットは無い。己の敗北が確定した状況なら猶更だ。1人でも多く道連れに出来れば御の字と、同化というカードを切ってくる可能性は充分にある。

 

「ただ、同化権を持ってるのはあくまで伏黒恵(うつわ)。器ごと死ぬか器から剥がされれば発動はない……どうかな、虎杖君ひとりでその状況まで持っていけると思うかい?」

「分かんねえ、けど」

 

 九々等に難しいことは分からない。

 だがこの場で彼だけが知っていることがある。それは領域展開前に宿儺が見せた、どんな覚悟も砕くほどの鬼の形相――。

 

「今の宿儺は怒っ(ブチギレ)てる……! 自爆でも道連れ技でも、なりふり構わず使って来るぞ……!!」

 

 

 そうして、悪い予感が現実となるかのように。

 九々等の警告も虚しく、器から魂を剥がされる瞬間、両面宿儺は唱えた。

 

()()()()

 

 斯くして、不完全な形ではあるが1000年の夢は成就する。

 

 天元による人類との超重複同化、発動――。

 

 

 

■拾弐■

 

 

 

 始まりは湖面に水滴が落ちるが如く。

 音もなく、しかし確かに、見えない波紋が世界へと広がり――。

 

「「「――!!!?」」」

 

 虎杖悠仁を、九々等八壱を、高専術師たちを襲ったのは臓腑を掻き回されるような超強烈な違和感。反射的に下腹に力を入れる――それで嘘のように異常は去った。しかし今しがた味わった強烈な違和感は実感として体内に残り、すぐに最悪の予感へと転じる。

 

 ――今、自分は()()()()()()()()

 ならば、その(すべ)を知らない人が、この波紋に触れてしまえば――!!

 

 予感は、現実であった。

 新宿の北で。南で。東で。西で。

 同時に人間が悶え苦しんだかと思うと、その体が肉の帯と変じ、装飾品を置いて空へと昇っていく。

 空を埋め尽くす程の彼等が目指すのは、新宿の地、その一点。

 

 同刻。

 宿儺/伏黒恵の肉体が激しく蠕動し、その腹の口から光の球が吐き出される。

 ――天元(てんげん)

 煌々と呪力を放つ天元は空中へと浮かび上がり。

 

 ドクン。

 音もなく光が脈動し。

 ドクン。

 呪いの心臓は肉体を呼ぶ。

 ドクン。

 そして、数多の光条が空を滑りながら天元の下へと集まって――。

 

 ずるり、と。

 伏黒恵が、宿儺が、肉の帯となって天元を目指し昇る。

 

「伏黒――!?」

 

 本来天元との同化は、呪術師ならば呪力によって抵抗・拒否できる。

 だが『無量空処』の影響で気絶している伏黒はそれが出来ず。

 そして宿儺は、自らの意思で同化の拒否を選ばなかった。

 

「まだ終わらん、終われん……! ここで終わるのは貴様らの方だ、呪術師(ニンゲン)共……!」

 

 かくして、同化は完成を迎える。

 空を曇らせる程の無数の肉の帯が天元を核として寄り集まり、異形の肉体を形作っていく。

 

 無限に続く蛇腹の体。

 そこから生える無数の足。

 どんな獣よりも醜悪で凶悪な頭部では、四つの眼球がぎょろりと蠢く――。

 

 見上げんばかりのその威容に、九々等の口から思わず滑り落ちたのは。

 

「『だいだらぼっち』……」

 

 畏怖と共に紡がれたのは、新たなる国を作る神の御名。

 山のように(おお)きく、川のように長く、空のように広い。

 そんな規格外の呪いは今、旧き世界を揺るがすように産声を上げた。

 

 お お ぉ お ぉ ぉ お … … 

 

 叫ぶだけで風が吹き荒れ、大地が空が悲鳴を上げる。地を踏む無数の腕についた指の一本ですら巨木と見紛うほどの太さ。

 

 ――規模(スケール)が違い過ぎる。

 

 百折不撓たる虎杖悠仁が膝を屈してしまいそうになったのは、ひとえに己の拳の無力を悟ったが為。

 それは目の前の存在に自分の拳が届かないだろうと痛感した、という意味だけではない。

 

 真人(まひと)羂索(けんじゃく)宿儺(すくな)……祓っても祓ってもまた廻り、形を変えて現れる「呪い」。

 

 終わりのない戦いの連鎖。その中にあって人ひとりの力など、一過性の救いなど……そんなものをいくら積み上げようと無駄なのかもしれない――。

 

 無力感に立ち尽くす虎杖……その肩をがしりと掴んだのは、九々等八壱。

 

「大丈夫か虎杖!? 早く逃げるぞ、流石にコレはヤバすぎる!!」

「九々等っ……でも、伏黒が、宿儺が――」

 

 そんな時だった。

 人間が蟻に気付くように、足元で人間が何かやり取りしているのを感知したのか。

 ビルよりも巨大な顔がこちらを向き。

 

「な――」

 

 児戯か敵意か。

 山の如き巨体に生えた無数の腕が、街を浚うように振るわれる――。

 

 ズドドドドドド!!!

 

 それは。まるで津波と地震が同時に襲って来たような。

 建物と言う建物が巨腕に押し流され、かつて経験したことのない地響きが破壊の規格外さをこれでもかと叫ぶ。

 揺れが収まり――土煙の後に残ったのは、平地へと均された新宿の残骸。

 

 そんな大破壊跡の瀬戸際に、瓦礫に埋もれた人影がふたつ。

 

「あっぶねえ……オイ、しっかりしろ虎杖! 立てるか!?」

「……、ごめん、もう大丈夫!」

 

 先の一瞬、既に回復していた術式と呪力を用いた脚力:81倍で虎杖を拾い、何とか破壊の波から逃れた九々等だったが。

 

「(とは言っても……)」

 

 その眼前に広がるのは、先程まで街だった形跡など何も残っていない見渡す限りの更地と、その上に蹲る暗夜のような――。

 

「どうすんだよ……こんなの、まるっきり天災じゃねえかよ……!!」

 

 さしもの九々等も、眼前の惨状を前に立ち上がることなどできなかった。

 

 九々等はスポーツ歴が長い。遥か格上の実力者と戦ったことも一度や二度ではない。その経験は、突如入り込んだ呪術の戦場でも彼の心を支えていた。

 ――敵が同じ人間ならば、どうにでも勝ち目は見つけられる。

 だが。

 

 お お ぉ お ―― 

 

 これは……こんなのは勝機どころか、戦いにすら……!

 

 ぎょろり、と。四つ目の絶望がこちらを向く。

 巨躯が生き残った眼下の蟻に向けるのは巨大な腕。そこからキラリと放たれたのは、

 

「(宿儺の術式――!?)」

「しまった――」

 

 巨大かつ無数の斬撃が、虎杖・九々等へ雨霰と降り注ぐ。

 天災の化身が放つそれは、最早豪雨と規模が変わらない。回避などできるハズもなく、2人はせめて斬撃に耐える為両腕で顔を覆い――。

 

 ……。

 数秒待っても痛みがやって来ない。不思議がり、顔を覆っていた腕を下げ防御の姿勢を解く……そこに居たのは。

 

 風に揺れる白髪。高く大きい背中。

 「無限」によって斬撃から生徒を守った彼は振り向き、蒼き瞳に笑みを湛えて。

 

「はいはーい、おっ待たせー! 皆のGT(グレートティーチャー)、五条先生だよー!」

 

 そしてそんな彼の横には、黒髪に白い制服の。

 

「あんまり無理しないでくださいよ。病み上がりなんですから……」

 

 彼等の名は。

 

「五条先生!」「乙骨くん!」

 

 五条(ごじょう)(さとる)乙骨(おっこつ)憂太(ゆうた)――それは、現在考え得る限り最強の援軍。

 何故なら……現在2人しかいない特級術師の2人ともが、堂々揃い踏みしているのだから。

 

 六眼を晒した五条悟が虎杖・九々等の顔を見、微笑み。

 

「さーて、色々言いたいことはあるけど」 

 

 こちらを覗き込む、余りにも巨大な四つの目。

 その街を壊した腕の一本がこちらへ伸ばされ――。

 

「ここじゃなんだ。ちょっと場所を変えよう」

「へ――うおおおおお!!?」

 

 ぱん、と五条悟が手を合わせた瞬間……4人は空を舞っていた。

 気付けば地上は遥か下に。

 

 足場がある感覚もないのに落下しない――奇妙な感覚に文字通り浮足立つ九々等と、特に驚きの無い術者と経験者たち。

 4人が今居るのは怪物の上背を飛び越えて更に上、雲が近い遥か上空。

 そんな高みから百足じみた巨大な怪物を見下ろしつつ、五条悟はどこか余裕を滲ませて。

 

「なんだか大変な事になってるねえ」

「んな他人事みたいに……」

 

 状況を鑑みると余りにも気の抜けた言葉に、乙骨は白い目を向け、虎杖は思わずツッコみ。

 五条悟は、笑う。

 

「大丈夫でしょ。()()()()()()()()()()

 

 ――予想外の言葉に面食らう生徒3人。

 その三者三様の顔を面白がる五条に、いち早く復帰した虎杖が気になっていた事を問う。

 

「てか先生、来て大丈夫だったの? 傷とか……」

「それはバッチリくっついてるから大丈夫。言っても反転術式が使えなくなっただけだしね。少なくとも術式順転だけならこの通り、全く問題なし」

 

 そう言って袖を捲り力こぶを作る五条悟。

 確かに傷痕こそあれど腕の傷は塞がっているし、ということは胴もそのはず。また今4人を浮かす「無限」は安定しているように見えるし、先の斬撃を防いだのも「無限」なら、彼の言っていることは本当なのだろう。

 安心する虎杖・九々等と、それでも心配なのか疑いの目を向けるのをやめない乙骨。

 彼等の視線を飄々とした態度で躱しつつ、五条悟は眼下を示す。

 

「さて、お喋りもこの辺にして、状況を整理しようか」

 

 眼下、街で蠢く巨大な怪物。長い胴体と無数の足を持つ異形は新宿を所狭しと動き回り、手当たり次第に建物を破壊している。破壊の規模は巨体に比例して大きい……被害が新宿の外、東京の外に向かうのも時間の問題に思えた。

 そんな破壊の化身を蒼い瞳で注視しながら、五条悟は作戦会議を始める。

 

「天元様と人類の同化が発動してしまった。ただ死滅回游を終了させずに同化を発動させた影響なのか、同化はかなり規模が縮小してる上、懸念されてた『悪意の伝播による暴走』も今の所起こる気配がない。補助監督や窓の証言、そしてこの目で見た感じ……天元様と同化したのはだいたい100万人ってとこかな」

「100万人……」

 

 1億人と比べると随分と少ないが、それでも途方の無い数字だ。誰ともなくごくりと喉が鳴る。

 

「暴走が無いとはいえ、その大きさと内包された呪力量は正に規格外。更に宿儺を取り込んだ影響か、宿儺の術式も散発的にではあるけど使って来る。まず間違いなく、アレをこのまま放置すれば日本は滅茶苦茶に破壊されるだろう。そうなれば改めて1億人の大虐殺の実現だ。救いはほとんど自我が無い事かな……流石の宿儺も、100万人の人間をすぐには支配できてないみたいだね。これなら『祓う』のは不可能じゃない――」

「「(そりゃ五条先生(アンタ)ならね!)」」

「――と言いたい所だけど、問題がひとつ」

「「?」」

「同化した人達は大雑把に言えばさっきまでの恵と同じ……要するに天元様という呪物の器だね (……まあ正確にはちょっと違うけど)。つまりあの怪物には天元様の『不死の術式』が発現してるんだ」

「……じゃあ、どうしようもないってこと?」

「なーに言ってんの。ちゃんと聞いてた? 『不死』ってだけで別に『無敵』ってワケじゃないんだよ?」

 

 早とちりした生徒を諫め、五条悟は結論を述べる。

 

「だから、やり方は宿儺の時と同じだ。悠仁の『魂を捉える打撃』で、天元様・宿儺と、恵含む同化した人間の魂を全て切り離す。これなら『不死』の術式を無視できるし、同化した人達も助けられて一石二鳥ってワケ」

 

 ぱしん、と己の掌を叩きながらそう宣言する五条。

 だが告げられた作戦に、九々等が慌てて口を挟んだ。

 

厭厭厭(イヤイヤイヤ)、あのサイズだぜ!? 宿儺の時でさえ虎杖が『黒閃』何発も入れてやっとだったんだ……それが100万人って、ンなの一体何年かかんだよ!」

「その点は多分大丈夫。一、同化が乱暴だったからだろう、魂の癒着力は悠仁や恵の時と比べてずっと弱い。そして二に、()()()()()()

 

 六眼を持つ五条悟には、人よりも多くのものが視えている。

 それは呪力の流れであったり、同化の完成度の低さであったり――生徒の成長であったり。

 

 故に彼は確信する。この4人なら可能だと。

 

「八壱の術式で悠仁の『魂を引き剥がす技』を強化する。デカブツの急所(アタマ)までは僕が運ぼう……憂太は僕と一緒に、アイツの攻撃から悠仁たちを守る役目ね」

 

 滅茶苦茶言うなこの人、と全員が思いつつ……しかし不可能ではない、とも同時に思わされる。

 あの巨体でも五条悟と乙骨憂太の力なら通じるはず。その隙に九々等八壱の『81倍』の力が乗った虎杖悠仁の『魂を捉える打撃』を叩き込めれば……。

 

 希望が見えた。

 目に光が戻った虎杖に対し、しかし九々等は不安を隠せずにいた。

 

「先生、問題点がふたつあるぜ。一つ目、オレの術式は領域を介してじゃないと他人を強化できない。虎杖はいいとして、あんなデカブツどうやって領域に入れんだよ。んで二つ目、オレは『魂への攻撃』って感覚が分かんないんだよね。分かんないものを強化するなんて流石に自信ねえぞ……」

 

 珍しく弱気を見せる九々等……その理由は、己の役割がどれ程重要かを理解しているため。

 100万人の同化した魂を切り離すには、九々等の術式による八十一倍の強化は不可欠だろう。逆に言えばここが失敗すればそのまま作戦は失敗する可能性が高い……その上呪力的にも焼き切れ的にも、領域はそう簡単に連発できるものでもないのに、成功の見通しがまるで立っていない。

 

 けれど。五条悟には解決策があった。

 

「大丈夫だって。『外見と中身の大きさをズラして相手より小さい領域に相手を収める』って技は僕が既にやってるし」

「だからってオレに出来るとでも!?」

「当然。だってホラ、()()()

「――あ」

 

 五条の言葉で九々等はようやく思い出す。

 ――生得領域の融合による経験値の共有。

 五条・九々等、宿儺・羂索と2対2で戦った時に使用した『領域融合』の副作用。それにより五条の技術は一部九々等に共有されている。特に『小さい領域』は直前に五条が使用していたからか、まるで元から自分のものであるかのように記憶を遡りやり方を理解することが出来た。

 これで一つ目の問題は解決。

 

「そんで二つ目だけど、これも大丈夫でしょ。別に悠仁の『魂への攻撃力』を直接高める必要はないと思うよ。例えば――」

 

 続いた五条の説明を聞いて、九々等は少し考え込み。

 

「確かに……それならいける、のか?」

 

 にっ、と五条が笑い。

 

 ここに作戦会議は完了した。

 全員が覚悟を決めたのを見計らい、五条悟は音頭を取る。

 

「よーし、それじゃ皆、準備は良いかな?」

「応!」

「『リカ』、もう少しだけ力を貸して」

「あーもう、こうなりゃやるだけやってやるよ!」

 

 五条悟。虎杖悠仁。乙骨憂太。九々等八壱。

 旧世代新世代入り混じる、4人の「最強」による最後の戦いが、今。

 

「――行こう」

 

【挿絵表示】

 

 ぐん、と4人は落下を始める……否、「無限」に背を押されたその勢いは流星の如く。地上が、怪物がどんどんと大きくなっていく。

 果たして、耳元で唸る風音が怪物にも届いたか。

 

 お お ぉ … … ! 

 

 ぐわ、とその巨腕の一対が、小さな羽虫を掴まんと迫り。

 

「うわッ――」

「大丈夫。僕、最強の先生だから」

 

 未だ健在の「最強」が、余裕綽々と術を構える。

 

 閃き薙ぐは蒼き呪い。

 道を拓け無限の圧力、最強の御業を目にも見よ!

 

「術式順転、出力最大――(あお)!!!」

 

 導こう――生徒たちを最高の道へ。

 

 五条悟によって振り回された蒼の光、無限の力を内包した引力球が振り回され、迫る右の腕をへし折り無力化する。

 彼が操るのは「無限」――その前では100万倍の体格(サイズ)差など無力に等しい。

 

 致命傷から復活する為、『縛り』によって反転術式を失った五条悟だったが、術式順転は未だ衰えていない。

 

「スッゲー……!」

「安心するのはまだ、来るよ!」

 

 右腕を退けた4人だったが……続けて対の左腕が迫る。

 だが、問題はない。

 

 前に出たのは白黒の術師。

 薬指に嵌めた指輪を撫で、少年の傍に現れるは比類なき特級の霊の残滓。

 

「どうせ不死身なんだ、景気よくやっちゃってよ憂太!!」

「おいで、『リカ』――」

 

 証明しよう――「愛」に限界など無いことを。

 

 乙骨憂太の呼ぶ声に応え、『リカ』、二度目の完全顕現――。

 ギイイイイイィィィィィ!! という金属を擦り合わせるような異音は、呪力が超高密度に圧縮される音。世界を照らす光は、呪力の塊が持つ膨大なエネルギーの抑えきれない余波でしかなく。実体なき小さな球体は、しかし圧倒的な存在感を放ち、視線を捕らえて離さない。

 

 それは、『リカ』の完全顕現中にのみ可能となる、呪力の高出力指向放出。

 

 純愛砲(グラニテブラスト)』!!!

 

 彗星、炸裂。

 かつて4461体の呪霊(『うずまき』)を退けた呪いの怒濤が、巨腕を焼き抉り押し返す!!

 

「流石だね、憂太!」

「(術式バフ無しの素でこの威力か――) やっぱスゲーな乙骨くん!」

 

 乙骨は宿儺戦にて、『リカ』の完全顕現の接続持続可能時間の5分間を使い切っている。だが次回発動までの接続不能時間(クールタイム)を増やす『縛り』と、乙骨の強い意思に感応した『リカ』の残留思念により、約十秒間だけの完全顕現を可能としていた。

 

 五条悟と乙骨憂太の活躍によって最も近い両腕が抑えられ。

 これにより怪物は反撃の力を失い――攻守交代、呪術師たちの反撃が始まる!

 

「八壱、今だよ!」

「簡単に言ってくれるぜ全く!!」

 

 広げよう――領域を、自分と仲間の可能性を、精一杯。

 

 領域展開――()()(だい)(ほう)(れん)』!!!!

 

 黄金の蓮の花が咲き、世界の色を書き換える!

 

 領域に相手を引き入れる場合、少なくとも瞬間的には領域の範囲内に相手の全身を収めなければならない。五条悟の『小さい領域』も、最初から小さい訳ではなく、通常範囲の領域を展開し相手を領域に引き入れてから領域を縮小している。

 故に、九々等はまず領域の効果範囲:81倍で目一杯領域を拡張、同化体の巨体の全身を収め、その後領域の要件を変更・調整し、必中術式に使用する倍率(メモリ)を開ける為術式による領域の拡大を解除。

 領域内の空間を実際の空間よりも広げるのは、いわばサッカーボールの中にサッカーフィールドを詰め込む詳細なイメージをするようなものだ。通常は破綻し、領域内部空間の拡大に失敗・圧死するか、先に領域が崩壊する。

 だが九々等は持ち前のセンスにより、生得領域の融合時に共有された五条悟の『小さい領域』の経験を応用。この土壇場で、規格外の巨体(サイズ)と4人全員を、規格外の倍率で拡大させた領域内部空間に納めることに成功していた。

 

「ほら八壱、やればできたでしょ?」

「あーもう、こっちは今集中してんだよ!」

 

 掌印を組んだままの姿勢で鼻血が出る程集中した九々等は五条の軽口にキレる……が、確かに彼の言う通り、これならいける。なんとか持つ。

 

 ここに全ての準備が整い。

 「本命」が遂に出番を迎える。

 

「先生!」

「ああ――行ってきな、悠仁!」

 

 応えよう――託された期待に、役割に、願いに。

 

 無限に背を押され、虎杖悠仁は怪物の頭部に見事取り付き。

 その顔面に両の掌を押し付け、領域の必中効果の後押しを受けて超強化された術式を発動する。

 

 虎杖悠仁の術式性能:81倍

 

 (カイ)』!!!

 

 あ ぁ あ あ … … !? 

 

 領域の必中術式によって大幅に威力を底上げされた、術式対象を『魂の境界』に限定した(カイ)、その連打。自らの存在を脅かされた怪物が、この世のものとは思えない悲鳴を上げる。

 だが、これで虎杖悠仁の攻撃は終わりではない。

 『縛り』によって術式対象を拡張したとはいえ、(カイ)はあくまで単発の斬撃。癒着した100万人の魂の境界全てに斬撃を打ち込むのは現実的ではない。

 だが、宿儺から継承された虎杖の術式()()()に刻まれた術式は1種類ではない――。

 

 (ハチ)』!!!

 

 ぁ あ" ―― 

 

 一息で魂の境界を斬り刻んだのは、術式対象を同じく『魂の境界』に限定した(ハチ)。こちらも領域の必中術式によって大幅な威力の底上げが行われている。

 

 かつて特級呪霊・真人がやっていたように、相手に触れるということは、その魂に触れるということでもあり。例え魂を術式対象としても、対象に触れる事が発動条件である(ハチ)もまた、魂を観測する目さえあれば相手に触れるだけで発動可能。

 

 一度に無数の斬撃が怪物の内を駆け巡り――がくん、とその動きが鈍る。

 

「(切れ目は入れた、後は――!!)」

 

 そして、虎杖悠仁は拳を構え。

 

 その姿を至近で見たが故か、おのが危機を感じ取ったが故か。

 四つ目の怪物が大口を開け、血走った目で彼へ声を敵意をぶつける。

 

 ご ぉ 、 ぞ お ぉ お ―― !!!

「――」

 

 その様に。ぶつけられた殺意に。

 虎杖悠仁は宿敵の激しい怒りを、憎しみを感じ――強く、強く拳を握った。

 

「宿儺、決着をつけよう」

 

 廻る呪いに――!!

 

 握った拳にありったけの呪力が籠り。

 前兆が稲妻の如き予感となって目にした者の背筋を昇る。

 

 『黒閃(こくせん)』。打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み。

 威力は平均で通常の2.5乗……否、今この領域内に限っては。

 

 ()()()()()8()1()()――

 

 『黒閃』を狙って出せる術師は存在しない――()()1()()()()()()

 

「悠仁!」

「虎杖くん!」

「ブチかませ、虎杖――!!」

 

 声援に背を押され。

 決意と覚悟が拳を固める。

 放つは渾身、全身全霊を込めた正拳。

 

 桁違いの膂力、繊細な呪力操作、凄まじいまでの集中力、託された思いと仲間の重み。

 それら全てが相乗し、更に81倍と2.5乗という倍率も相まって。

 一撃は今、誰も見たことの無い領域へ。

 

 打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間

 空間は歪み

 呪力は黒く光る――

 

 

 『八十一倍超黒閃』!!!!!!

 

 

 希望の光が黒く輝き。

 世界に落ちた特大の閃光が、今、廻る呪いの連鎖を断つ――!!

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