※このSSはフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
数年前、たまたま立ち寄ったコンビニで、万引きを咎めたことがある。
犯人は若い外国人。
監視カメラにも証拠が残っている現行犯。
バックヤードでの聴取にウチも同席したのだが……万引き犯はたどたどしい日本語で、謝罪と言い訳と、そして自分がいかに苦労しているかを涙ながらに語った。
学校に通いながら長時間のバイトで学費を稼ぐ必要があり、ろくなものも食べていないとか。
今まで異郷の地での生活がどれだけ心細かったか、とか。
全く聞いていない故郷の家族の話まで、それはもう長々と語った。
ゴメンナサイ、という奇妙な発音が、こちらの耳にこびり付く程に。
果たしてそのお陰なのか。
被害も未然に防がれたし、反省しているなら……と、コンビニの店長は警察への通報を取り下げた。
それを知った犯人は、いたく感激したように店長の手を取り、「優しい人ネ」とまた何度も繰り返した。
うん。
やっぱり今思い出しても、別にそんなイイ話でもない、心底下らない話―――。
「―――ハナシは分かった。要するにコイツが宇宙人なワケね」
『帳』が張られていた学校のグラウンドにて。
その麗しき六眼は、クロスの三つ目が『本物』であることや、彼との意思疎通に呪術が影響していることも見抜いている。
故に彼が『宇宙人』である、という突飛な話もそれなりに受け入れられた。
ただし……怜は整った顔に不満を浮かべ、宇佐美とその隣の
「けどさぁ……なんで
「それは、その……」
美野が言い淀み、宇佐美は無言を貫く。
彼等の脳内メモにはこうある。
五条怜。
一級術師。天才。
欠点:人格に問題アリ。
怜は唯我独尊であり、喧嘩っ早く、他者とたびたび衝突する。
その矛先は術師だけでなく……非術師複数人と争った結果、彼等を半殺しにして罰則を受けた、なんて話もあるほどだ。
あるいは、天才である彼女には「対等な他者」が存在せず、どんな難題でも他人の助けを必要としないため、協調性が育つ余地がない、とも。
要するに、プライドが高いトラブルメーカー。
何がキッカケで暴走するか分からない爆弾娘。
(こういう事態はなるべく避けたかったが……)
とはいえ、それを本人に言う訳にもいかない……言えばそれこそ大惨事なのは目に見えている。
つまり宇佐美たちからすれば、『こう』なった時点で状況は殆ど最悪であった。
ほら、現に……。
「で。どっから来たんだっけ。M78星雲?」
「……シムリアという星だ」
「ふーん。興味ねーけど」
空気が悪い。
既に若干喧嘩腰の怜と、視線鋭く言葉を受け止めるクロス特使。
美野の「頼むからもう少し穏便に!」という視線もまるで意に介さず、怜は更なる地雷原に突入する。
「さっき
それはクロスが
自分たちとは違う、平和を甘受してきた者達への複雑な心境の吐露。
けれどそれは、事情を知らぬ怜からすればただの暴言としか捉えられぬものであり……。
「……(軽率。少し感情的になり過ぎたな……これではマルと変わらないではないか)」
「それが移民の態度なワケ? なら、ウチはこの件超反対なんだけど」
ここに、状況は真に最悪となった。
宇佐美が望んだ「若者同士の偽りない関係構築を起点とする真の融和」、その真逆と言っていい、魂よりの対立。
睨み合う
これはマズいと、美野が慌てて割って入る。
「えっと、五条さん。シムリア星人は『移民』ではなく『難民』で……」
「ハッ、どこの世界に空から来る難民がいんのよ。自力でどこにでも行けるんならソレは移民でしょ、フツーに」
バッサリと。
助け船も自ら切って捨てて、五条怜はいっそう息巻いた。
「そもそも一般庶民の多くは移民なんか望んじゃいないっての。かつては公金私物化、今は宇宙人の技術……お偉方の利権ビジネスでしょ、結局。ま、遠回しに自分の首絞めるのが大好きな老害連中は置いといてもさ……他人の庭踏み荒らす提案に簡単に乗っちゃうバカだから、
てか、なんで
「なっ……!」
余りの暴言に、その場の誰もが絶句する。
三人の視線が怜に集中。
(コイツ……)
(この子……)
(この地球人……)
ドン引きの男たちも何のその。
怜の言葉は止まらない。
「そもそも移民が上手く行くなら、インディアンもアボリジニも肩身が狭くなってないっての。外から土足でドカドカ入って来た分際で、土地と資源と立場が欲しい? 寝言は寝て言え、そのまま永眠しろクソ馬鹿ども。何を置いても、まずは『ここで働かせてください』だろーが。
それが歴史批判? 隣人なんて願い下げ?
上等だよ。『みんな』を守る呪術師として……日本を踏み荒らす害虫は、ウチが全員駆除してあげるし」
いや―――もはや言葉だけでなく。
怜は呪力さえ滾らせて、クロス特使へと一歩を踏み出す―――。
「『動くな』」
呪言。
怜の動きが停止する。
瞳だけを動かして彼女が睨むは、流石に蛮行を見過ごさなかった宇佐美の姿。
「―――へぇ。宇宙人の肩持つんだ、『ウサミン』は」
酷薄に笑う怜に対し、宇佐美は真正面から彼女を見て、問う。
「……君は
「……は? ソレ今関係ある?」
「無論だ。あの人がそのような
途端、怜の表情が僅かに歪んだ。
美野から見れば、それは少し子供っぽい、叱られた子供のような仕草に見えた。
「……フン。ジジイだって、この状況ならウチの味方するに決まってる」
「本当に?」
「……っ」
「とにかく、これは外交……非情に繊細な問題だ。
宇佐美の一言一言は、呪言を用いずとも重く、怜の気迫も押し返す。
その長身は、クロスを庇う壁のように。
「そして、彼等は君の言う移民ではなく難民だ。やむにやまれぬ事情があって地球に流れ着いたと伺っている……故に多少『感情が昂る』ことはあるだろう。だが、結果的に争いは起こっていない。むしろ、彼は今回の件でこちらに協力してくれた立場だ」
それは感情論を主体とする怜のソレと違い、あくまで事実ベースの完璧な答弁。
怜が弁舌にて苦境に追い込まれるのは当然と言えた。
だが、彼女も止まらない。
何らかの義憤に駆られ、白髪の少女は言い返す。
「ハ、『侵略戦争ふっかけてこなくてありがとう』って? そんなの最低ラインでしょ。そういう風に無理に褒めるからつけあがんのよ。なんだかんだ言って、アンタらは宇宙船が欲しいだけでしょ……そのツケを払うのはいつだってアンタらお偉方じゃなく、無力な一般市民じゃん」
「それを言うなら、戦争こそ最も避けるべき事態だ。そうなれば人々の享受していた平和も失われる」
「っ、そんなのゼロかイチか論じゃん。戦争が起きなきゃそれでいいワケ? 本来無かったハズの問題を自分から受け入れるのが、ホントに正しいと思ってんの?」
「受け入れるのは問題だけではない。目指すのは真の共存共栄……偽りのない協力関係の構築は、お互いの利益を生むはずだ」
ぐ、と押される怜。
それを好機と見て、宇佐美は更に言葉を重ねた。
「先程から……君の意見には思いやりが決定的に欠けている。君はもう少し、他人の事情を尊重するべきだ」
「な―――それはどっちが……!」
他人の事情を尊重する!? それは
そんな叫びを噤んだのは、果たして何故か。
宇佐美の鋼のような視線か。
美野の警戒するような目か。
あるいは……クロスという異星人の表情がそうさせたか。
ともかく、怜は背を向けた。
「……フン、萎えた。帰る。
無駄だと思うけど一応言っとくわ。日本の官僚なら、国の為にちゃんとソイツら追い出しといてよ、『ウサミン』」
そんな捨て台詞を残して、五条怜はグラウンドを後にする。
若き怒りは、その
彼女とて、宇佐美の言葉が正論であることは分かっている。
それでも呑み下せないモノはある。
「宇宙人と共存なんて、イイ事ばっかのワケないじゃん……!」
たとえ利益が出るのだとしても、それによる不利益もあるのなら、無理に共存など目指さなくてもいいだろうに。
それが怜の現時点での意見。
彼女にそう思わせるモノとは、数年前のとある記憶に端を発する感情である―――。
―――思い出す。
また、数年前の話。
例の万引きを咎めてから数か月後。
近くに立ち寄ったので何となく同じコンビニに入ると、店長はウチの顔を覚えていた。
そして店長は困り果てた様子で、一も二もなくウチに相談をしてきた。
店長はこう語った。
以前の外国人がまた万引きを繰り返している。
しかもその仲間―――同郷らしき者たちまで、同様の行為をやり始めたのだ。
要するに、一度見逃したらナメられた……「この店は大丈夫だ」と彼等のコミュニティに見做されたらしい。
流石にこれはマズいと思い、警察への連絡を匂わせると……彼等は人が変わったように激昂し、集団で暴力を振るう一歩手前までいったらしい。
語る店長は憔悴していた。
まあ、殆ど絡みもない、素性も知らないウチに相談するくらいだし。
ともかく、それだけ頭を悩ませていたのだ。
もう警察に通報するべきか。
だがそれで嫌がらせが悪化したらどうすればいのか。警察も彼等のグループ全員を捕まえられるワケではないだろうし、あの様子なら報復も考えられる。
とはいえ現時点で、被害額はそれなりのモノとなっている……。
店長の言葉は、気付けば涙混じりになっていた。
今の自分では解決策が思い浮かばない。
店や従業員、家族にまで影響が及ぶのは耐えられない。
だが、このまま放置していれば経営や生活が立ち行かなくなる。
「どうしてこんなことに」、なんて、大の大人が情けなく嗚咽したのを覚えている。
ああ、分かってる。
こんなのは別にどこにでもある、下らない話。
下らないなりに当時のウチを憤らせた、どこにでもある理不尽の話。
―――数日後。
「勝てない」と悟った集団の半分が逃げ、半分が頭や腹を抱えて蹲る中、ウチは何となく尋ねてみた。
最初の万引き犯が語った事情は嘘だったのか。
本当だったなら、どうして恩を感じるどころか善意を踏み躙れるのか。
答えはなかった。
彼等はただ、知らない国の言語で、命乞いらしきものを呻き続けるだけ。
その瞬間、ウチは悩んでいたのがバカらしくなった。
「―――そっか。呪霊と一緒なんだ、アンタたちは」
もしくは
だって言葉が通じない。
弱みを見せれば骨までしゃぶる癖に、強さの前には慈悲を乞う。
彼等にとっての言葉とは、分かり合うための誠意ではなく、力で叶わなかったときの鳴き声でしかない。
モラルの無いカラッポの頭。
その中にあるのは、ひたすらに自分たちの利益のコトだけ。
そう、『自分たち』。
彼等にとってここは異郷で、その中で身を寄せ合う同胞だけが彼等の社会で、異郷がどういう被害を被ろうとも彼等は何の痛みも感じない。
それが分かったので、振り下ろす拳にも容赦はなかった。
だって骨くらい折っておかないと、コイツらには『人の痛み』とか分かんないだろうし。
その後、ソイツ等がどうなったかは知らない。
少なくとも例のコンビニには寄り付かなくなったらしいけど……。
また別の場所で同じようなことをしているのか。
それとも故郷に帰ったのか。
反省して大人しくなった……というのはないんだろうな、たぶん。
でも、どうでもよくなったから、知らない。
それは本当に、今となってはどうでもいい話。
ただ……ウチ、五条怜を少しだけ外人嫌いにしただけの、心底下らない思い出の話だ。
※キャラの意見≠作者の意見です。
※このSSはフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。