治療のため宇宙船ナウナクスへと帰還した双子のマルと入れ替わることで、マルを演じながら地球の様子や地球人の意見を探ることにしたクロス。
その脳裏には
彼ら兄弟にとっては重い意味を持つ『隣人』の響き。
だが……怜のような異邦人への反発もまた事実。
どちらが地球の本音なのか。
自分が出すべき答えは『対立』か『共生』か。
それを見つける為、クロスは地球に残ったのだ。
かくして真剣、
病院での真剣との対話。
遊園地での憂花とのやりとり。
そして……余命半年を突き付けられた憂花との剥き出しの会話。
そんな一日を終えて……けれど、クロスの中には明確な答えはまだなかった。
奇しくもマルが言った通り。
(……地球人も我々と同じだ。善い人間も悪い人間もいる。個の価値観、個の発言が全体の総意ではない。だから……)
真剣や憂花の言葉に無条件に身を預けることは出来ない。
怜のような排外的な意見に反発することも得策ではない。
やられてもやり返しちゃ駄目なんだ
ルメルが変わらなきゃデスクンテも変わらん
地縁も血縁もない民族が共存共栄していくには、兼愛と時間は欠かせない
「……ドゥーラ」
そう言って両種族を結ぶ運河を作ったドゥーラは、けれど運河の独占を目論んだデスクンテの手で殺された。
大切な故郷に次いで、大切な家族まで奪われたのだ。
もう、あんな思いはしたくない。
ならどうする。
奪うか。
そのほうが、奪われるよりは。
『それが移民の態度なワケ? なら、ウチはこの件超反対なんだけど』
「……っ」
拳を握る。
分かっている。
反発に反発で返せば、両者は永遠に交わらない。
けれど、どちらかが痛みを耐えるしかないのなら。それが自分たちの側だというなら。
故郷を、家族を奪われた痛みはどうなる。
宗教も、自由もない暮らしが続くことへの苦しみは。
おまえたちが我慢しろ……そう対岸から言われたとて響くものか。
時間も兼愛も、また踏み躙られない保証はない。
頭を押さえつけられたままの日々がいつまでも続くというなら、その辛抱にいったい何の意味があるのだ。
そう、こちらにはダブラが居る。
今度は自分たちがデスクンテの側になれるのだ。
ならば、『対立』してでもルメルの為に……。
いつまで奪うの?
「―――」
人を憎むのも人から奪うのも簡単だよ
だから繰り返しちゃうんでしょ
そんなの私達で終わりにしようよ
余命半年。
理不尽にも未来を奪われた
清流よりも清らかに。
それはどこか、ドゥーラが時折見せた穏やかな
病気と人災は違う。
彼女は呪う矛先を持たなかっただけだ。
そう心のどこかが喚いている。
それでも……。
それでも、「何も呪わない」と言った彼女の正しさを、クロスは否定したくなかったのかもしれない。
「……そうだな」
ぽつり、呟きは諦めたように。
呪いは螺旋している。
強い者が弱い者から奪えば、弱い者もまた奪うことを覚える。
そうなれば誰も平和など尊ばなくなり、あらゆる安寧は崩れ去る。
戦争、内乱、工作、略奪、冷戦、不和、隔離、差別。
それがいつまでも続くというなら……なんて、不毛。
ならば。
この痛みを堪えた先に、ドゥーラが、憂花が望んだモノがあるなら……。
ああ、そうか。
私が呪うべきは他者ではなく、『対立』そのものだったんだ。
だって、あんなものの為にまた疲弊するなんて、それこそ馬鹿らしいだろう―――。
呪術高専、食堂バックヤードにて。
「……宇宙人が本格的に『共存』を選んだのは分かったよ。それに日本が応えたことも。そこは受け入れる、ガキじゃないから。でもさぁ……」
呆れたように声は言う。
地球とシムリア、その交流会準備のために集められたメンバーは
シムリア特使・マルとクロス。
そして……。
「……その交流の準備に
五人目、
片眉を吊り上げた少女の言葉に答える声はない。
怜はつい先日、正面からクロスに『受け入れ反対』を叩きつけた張本人だ。
普通なら呼ばれるハズもない。
だが……当然、乙骨兄妹もマル・クロスも、彼女が呼ばれた理由など知るハズもなく。
「自分が何故ここに居るのか分からない」。
それがよけい怜を不機嫌にする。
そもそも彼女を抜いた四人で話は完結している。
彼等にしかない共通の思い出があり、関係性はある程度固まっていて、そこに余所者が入り込む余地はない。
やれ和食がなんだ、タコ焼きがどうだの。
和気藹々とした異星間の交流は、怜からすれば茶番にしか見えなかった。
「……付き合ってらんねー」
壁際で無言を貫いていた怜は、そう言い残して食堂を後にした。
「怜ちゃん!」
「ほっとけよ。最初から非協力的な奴が居なくなっても変わらねえだろ」
咄嗟に追おうとした憂花を止める真剣。
怜とそこそこ仲がいい憂花はともかく……真剣の中には、怜の態度は外交の場でする振る舞いではない、という怒りがある。
だが、クロスたちは違った。
共生を目指す以上、怜のような反対派にも、心を砕いて自分たちを理解してもらわなければならないからだ。
「……なら、私が」
「私に行かせてくれ!」
ずい、とクロスを押しのけてマルが前に出る。
普段通りの天真爛漫―――言い換えれば空気の読めない明るさ。
それを見て、クロスは反対に一歩引いた。
(……ここはマルに任せるか)
既に彼女との『対立』を経験した自分よりは、初対面のマルの方がまだ上手くやれるかもしれない。
いや、不安要素はある。頭を抱えるくらいにはある。
が、少なくとも普段は、自分よりも人好きのする性格であることは確かだし……。
「行ってくる!」
それに、もう走り出しているし。
即断即決即行動、風のように部屋を飛び出していったマルの背を、三人はただ見送るしかなかった。
高専内、休憩所。
自販機の向かい、窓際に設置された横長のベンチに座り、
そんな彼女の下に近付いて来る、パタパタという足音。
果たして……駆け寄ってきたのは、三つ目ながら精悍な
「怜! やっと見つけた!」
「……アンタは、マル?」
「そうだ!」
頬の模様などでそう判別すると、シムリア星人・マルは力強く頷く。
そんな彼から興味無さげに視線を外して、怜はコーラ缶に口をつける。
「で、何の用?」
だが、マルは怯まなかった。
拒絶の態度を分かっていないのか、それとも分かった上でなのか……彼は立ったまま、絆創膏で隠した己の第三の目辺りを示す。
「怜があの呪詛師を捕まえてくれたんだって? お礼が言いたかったんだ! 私はあいつに殴られたから!」
「……あっそ」
「隣、座っていいか?」
「……別に、好きにすれば」
すとん、と怜の隣に腰を下ろすマル。
……暫くの、沈黙。
遠慮を知らない宇宙人だと思ったが、どうやら『気まずい』という感覚くらいは分かるらしい。
ならば立ち去ればいいのに、と思う怜だが、マルが動く気配はない。
果たして……沈黙を破ったのは怜だった。
「……アンタらさ、
滑り出しは静かに。
窓越しの陽射しの中、異星の若人は言葉を交わす。
「……怜は、私たちとの共生は反対か?」
「そーね。ま、戦争のリスクは抜きにしても、さんざんトラブルは出るだろうし。そうなるとさ、『やっぱ入れなきゃよかったのに』ってなるじゃん、フツーに」
怜とマルの視線は交わらない。
怜は頬杖をついて言葉を投げ。
マルは俯くような姿勢でそれを受け止める。
「なんで
「……考えたこともなかったな」
「マジかよ」
驚きと呆れ。
思わず怜がマルの方を向く。
だがマルは同じ体勢のまま……自分の中にある適切な言葉を探し、ひとつひとつ掬うようにして語った。
「クロスたちはどうか分からないけれど……私は『隣人』が欲しかったんだ。失った故郷や家族の代わりに、自分たちルメルの存在を肯定してくれる誰かが」
「……は、メンヘラかよ」
「メン……? 当然、それだけじゃないぞ。
……種族を繋ぐための運河が開通して、デスクンテの船が通るのを見たとき。世界が広がった感じがしたんだ。あの感動を、デスクンテに星を追われた今も忘れられない。
何となく思うんだ。きっと、ルメルだけの閉じた世界には限界がある。本当の意味で沢山の人たちと分かり合えたら、どんなに……その為に、私は隣人を探しに来たんだ」
言いながら、マルはシムリアでの生活を見知らぬ床板に投影する。
幼少の折、全てを喪った。
思い出の詰まった家も。
両親も。
見知った風景も奪われた。
流れ着いた土地の
明日の見通しもなく、身を寄せ合って糊口を凌ぐ。
そんな生活を変える為に運河を拓いたけれど、それも
ルメルの心に影を落とす、誰かに死を望まれている恐怖と怒り。
私たちは邪魔者なのか?
私たちは存在してはいけなかったのか?
私たちは、滅びるべき、なのか?
そんな不安から守ってくれる故郷はもう無い。
ただ流れ着いただけの荒れ地は、自分たちの生すら満足に肯定してくれない。
そんな不安を埋めるには、ドゥーラの言うような『隣人』の存在が……そんな誰かとの共存共栄が不可欠だと、マルはそう感じていたのだ。
そんなマルの痛みが、口調から否応なしに伝わって来て。
怜は、気付けば尋ねていた。
「……ねえ。アンタらの言う『隣人』ってナニ?」
するとマルはぱっと顔を上げ、怜の顔を真っ直ぐに見て笑う。
「それは、大切なものがなんで大切かを理解してくれる仲間のことだ!」
「……は。ジジイみたいなこと言うね」
「?」
「綺麗事で煙に巻く奴の言葉だってコト。ホント、バカみてー」
私たちの理想を冷笑しているのか……!?
慄くマル。
だが……怜は止まらない。
彼女はつまらなそうに頬杖を突き、そっぽを向いたまま吐き捨てる。
「ホント、バカじゃねーの。アンタら、自分たちがどうして(少なくとも表面上は)歓迎されてるか、分かってないワケ?」
「……それは」
言い淀むマル。
分からなかったのか、それとも言葉にしたくなかったのか。
ともかく、弱気な態度が爆発の引き金だった。
がたん、怜が立ち上がる。
「利権だよ利権! 誰もアンタらを善意で受け入れようとなんてしてない、アンタらの技術が凄そうだからソレをかすめ取ろうとしてるだけ!
そりゃ政治家だの官僚だのは『あなたたちを大切にします』って言うさ。そういう仕事だからね。でも、アンタらと実際に関わる人間はソイツらだけじゃないでしょ。寧ろこのことを何も知らない一般人が殆どなんじゃない?
アンタにはあんのかよ、顔も知らないその人たちと『隣人』になる覚悟が。相手の大切なモノを尊重するために、自分の大切なモノを我慢する覚悟が!
分かるかよ宇宙人。『隣人』だなんだっつったって、異文化どうし、絶対に歪みは生まれるの。その被害を受けるのは、いつだって、ただ善良に生きてた人達なんだよ!」
それは激昂にも似た、腹の底から出た本音。
だが―――言いながら、怜は気付いてしまった。
それはシムリア星人も同じだと。
ルメル族。彼らは
他民族との共生が生半可なことではないと経験から思い知っている。
それでも、マルは『隣人』を求めた。
そうしなければ、ルメルは故郷を失った傷を癒すことが出来ないから……。
自分でも纏め切れていない、ぐちゃぐちゃの感情。
それを叩きつけられて……マルは、ぽつり、本心から溢した。
「―――怜は、『戦士』みたいだな」
「……ハァ? ナニ急に。ゲームのジョブ?」
「だって怜の怒りは、弱い立場の者達が貶められることへ向けられている。……その気持ちは、私も『戦士』として理解できるから」
ルメルの『戦士』。
マルは、そんな自分の役割と共通の在り方を怜の姿に見い出した。
「怜は、どうして弱い立場の者達を大切にしようと思ったんだ? 地球には『戦士』という役職は無いのだと聞いたが」
……僅かな沈黙。
すとん、とマルの隣に怜が座り直す。
目は合わない。
合わないままに、怜は答える。
「……ジジイがさ、言ってたんだよ。『人間は唯一、強くなくてもいい生き物だ』って。
力が弱くても、頭脳とか、料理とか、そういう活躍の仕方がある。そういう風に、皆ちょっとずつ役割分担して生きている。工場で働く人が居なくなったら車も家電も使えないし、コンビニやレストランが無くなったら飯食うとき困るでしょ、当たり前だけど。
だからまあ、さ。ウチは『最強』になりたいけど、その力で何したいとか無いし? どーせならそういう、『戦えないけど凄い人達』を守るために戦うのも悪くないかなって、それだけ。せっかく手に入れた
ったく、普段は大人げない、若作りの癖して耄碌してるジジイだけどさー、偶にはイイ事言うじゃんっつーか」
言いながら、怜の脳裏に浮かんでくる狐面の不審者。
その顔は何事かを語っている。
顔だけでなくその声までも蘇ってくる。
(……ああ、サイアク。このタイミングでジジイの説教を思い出すとか)
そうして、怜は少し前の会話を思い出す―――。
「―――そういう意味じゃ、『戦える奴』はいつだって必要だ。多ければ多いほど良いってもんでもないが、多少の余裕は欲しいわな」
それは、宇宙人の事を知り、『ウサミン』と口論をした次の日だったか。
いつもの神社で、怜は狐面を付けた師匠に意見を求め……。
そして彼女の師匠は、やっぱり彼女の味方をしてくれなかった。
「そもそも呪術師は万年人手不足だ……シムリア星人五万人のうち、仮に術師―――女子供と老人を除いた『戦士』―――が一万としようか。うーん、ちょっと計算甘いか? まあその半分、あるいは四分の一、たとえ十分の一だとしても、術師の数としちゃ圧倒的だろ。それだけでも、呪術界的には大歓迎じゃねえか?」
シムリア星人との共生に肯定的な態度を取る師匠。
仮面で顔の上半分を隠してはいるが、その口は常に本音しか言わない。
ので、怜は唇を尖らせて反論する。
「……でも、招き入れたシムリア星人と日本人の間でトラブルは起こるに決まってる。守るべき人達が涙するんだったら、それは駄目なコトじゃないワケ?」
「そりゃま、異文化交流に衝突はつきものだろうなあ」
「なら!」
「―――だが、シムリア星人だって泣くだろう」
当たり前のように言う老境の男。
ああ、そうだ。
この師匠は強すぎるせいか、守る対象を選ばない。
日本人は日本人を、シムリア星人はシムリア星人を……自分が所属するグループを優先して守ることは悪ではない。寧ろそうするべきだと怜は思っているのに、このジジイにはそういう区別がまるで無いのだ。
「まー難民とか、複雑で難しい問題なんだろうが……咲く笑顔の数をできるだけ多くして、流れる涙の量をできるだけ少なくする。これに尽きるだろ、結局は」
ネジの外れた独善。
そう評された男は語る。
「そりゃあシムリアの五万人が現状どんだけ可哀想でも、関わることで
「……ジジイ。それ、苦しむ人数が五万以下ならソイツらには我慢させる、ってふうに聴こえるけど?」
「そう結論を焦るなよ。茶でも飲むか?」
要らない、と拒んで、怜は不満顔を超えて不機嫌顔。
「意味わかんねー。郷に入っては郷に従え、でしょ」
「あのな。そりゃあ相手さん方が『何一つ譲れない』ってんなら融和もクソもねえが……その諺を盾に『譲れないモノ』まで奪うんなら、ソレは暴力と変わらないんだぜ。そうでなくとも人間関係、お互いに遠慮は必要だろ?」
「ハッ、何ソレ。わざわざこっちに来てんだから、遠慮するのはあっちでしょ。こっちにだって譲れないモノはあるんですけど」
「ああ、そうだな。オレたちにも、誰にだって譲れないモノはある。
だが逆に、
ズズ……と茶を啜る狐面。
その、ふだん飄々とした瞳が―――刃のような鋭い瞳になって怜を見る。
「逆に言えば。怜、オマエはその五万人全員ぶち殺せば、それで皆がハッピーになるって思うのか?」
「……それは」
言い淀む怜。
反対派である彼女だって、流石にそこまでは望んでいない。
だって戦争は、否応なしに弱者も巻き込む。
それこそ師匠の言う、一番涙の量が多くなる選択肢だろう……。
「もうコトは起こっちまった。時間は戻らねえし、目を塞いでも問題は解決しねえ。なら、最終的に受け入れるにしろ追い出すにしろ―――泣く奴がひとりでも少なくなる方法を、皆でちゃんと考えないとな」
「……意味分かんない。問題を持ち込んできたのはあっちなのに」
「でも、
言って、狐面の師匠は試すように笑いかけてきた。
起こったことに対処するのは、言ってしまえば当たり前だ。
天災でも、疫病でも。
今回はそれが『
そう言って締めくくられた説教は、何となく妙に頭に残って……。
……だから、こんなタイミングで思い出してしまった。
回想は一瞬。
話を聞いたばかりのマルが、隣で呑気に笑っている。
「いい師匠なんだな!」
「……まぁ、偶にはね」
ぼやく怜の顔は複雑だ。
その仕草から、怜の話を聞き終えたと判断して……おもむろにマルが立ち上がった。
額の絆創膏を外すマル。
そのまま彼は怜の正面に回り、そこで膝立ちの姿勢になる。
そうやって、余りにも真っ直ぐに。
真正面から目を合わせて、三つの目を持つ宇宙人は言った。
「聞いてくれ、怜。私たちは、確かに地球に不和を招くかもしれない。だが、地球の役にだって立てるハズだ。ドゥーラがデスクンテのために運河を作ったように。
例えば、私やクロスたちは『戦士』だ。ロロルカの力で、怜の守りたい人たちを守るために戦える。他のルメルのみんなも、農耕や家畜の世話ができるし……それだけじゃない、みんなそれぞれ特技があって、それを活かして人の役に立ちたいと思っている。
怜。私はまだ怜たちの『隣人』を諦めたくない。怜たちと助け合って、支え合って……
真剣なマルの顔。
そこに、怜はこの宇宙人が自分の隣に座ることを無意識に許した理由を悟った。
(ああ……なんで話をする気になったのか、今更分かった。コイツの
見知った『人間』との共通点。
それが怜の警戒心を融かしていく。
もしかしたら、悪い奴じゃないのかもしれない。
シムリア星人にはちゃんとモラルがあって、
他はどうか分からないけれど……少なくとも、目の前の
そうやって、少女は宇宙人を認めかけて。
―――
認めようとした心の反対側から、そんな声が聴こえてきた。
そうだ。
とっくに答えは出ていたのだ。
思い出すのは数年前の記憶。
とあるコンビニにまつわる話。
分かっている。
外国人技能実習生、移民、その家族……。
あの外国人たちは、元を辿れば同じ日本人に招かれた存在だった。
少子化。
人手不足。
そういう問題の解決策のひとつとして、彼等という労働力が求められただけ。
問題は最初からこちらにもある。
あるいは……それは、問題を引き起こす悪意さえ同様だ。
この国では誰もが受けられる義務教育。
世界屈指の恵まれた環境で、モラルを身に付けたハズの頭。
けれどその中にも、ひたすらに自分の利益のコトだけを考えるようなクズは生まれる。
ここが紛れもなく故郷で、なのに故郷がどういう被害を被ろうとも何の痛みも感じない、なんて見下げ果てたヤツは居るんだ。
公金私物化。
利権ビジネス。
あの外国人たちは、そういう下種の金儲けに使われただけなのかもしれない。
彼等の野蛮さを呪ってはならない、とは思わない。
けれど……それでは何も解決しない、とも思う。
異民族が接する事で生まれる歪みは、正しく呪霊のようだ。
それ自体は確かに
けれどその構造を正す事は容易ではなくて。
目先の問題を放置するわけにもいかなくて。
そうやって目先の問題に対処するほど、呪いに呑み込まれていくような―――。
―――
とんだ御笑い種だ。
余所者だから信用できないとか、同郷だから信用できるとか、そんな単純な話なら誰も苦労しないというのに。
「……は。ホント、バカみてー」
目の前にマルが居るのも気にせず、怜はそうやって自嘲した。
シムリア星人と
でも、結局は同じなのかもしれない。
真に立ち向かうべきは歪みを生み出す『構造』であり、目先の『問題』はその副産物でしかない、という意味では。
これからシムリア星人と関わる事で、数多
でも師匠やマルたちの言う通り、そこには
涙と笑顔。
どちらが増えるのかはまだ分からない。
だが……もう事は起こってしまった。
なら、ここで自分が背を向けるのは得策じゃない。
だってそれじゃあ、どこに正すべき『歪み』があるのか分からなくなる。
身近な相手を呪うのは簡単だ。
だからウチも、あのとき彼等を殴りつけた。
でも安易な道というのは、たいていが間違いに繋がっている落とし穴で。
そうやって安易な憎しみに身を任せ続ければ、きっといつか、得られたはずの笑顔さえ取りこぼす。
……最後には拒絶するとしても、まずはしっかり向き合ってから、か。
内心で呟いて、怜はマルに向き直る。
「ねえ。アンタ、何しにウチを追って来たんだっけ」
「? 私は怜を連れ戻しに……」
「あっそ。なら、アンタの勝ちね」
言って、怜は立ち上がった。
―――それは、マルが意を酌み損なうほどにぶっきらぼうな。
努めて何でもないように放たれた言葉。
そうやって困惑するマルへ、白い頬を少しだけ朱で染めながら少女は言う。
「
いんじゃない? 『隣人』。ま、それだけは理解した、みたいな」
途端―――。
三つの目を見開いて、輝くような笑顔を見せるマル。
それを何となく直視出来なくて、怜は子供のように顔を背ける。
「言っとくけど、可能性がゼロじゃないってだけだから。
「……ああ! これから『隣人』になれるよう、努力する!」
怜の手を両手で掴み、ぶんぶんと上下させるマル。
それを鬱陶しいと思いながらも、怜は振り払うことはしなかった。
きっと握った手とは違い、心の距離はゼロではなく。
されど、確かに通ずるものがあった。
地球と
ふたつの星の交流は、まだ始まったばかりだ。
そんな異星交流より遡ること数日。
(師匠から『怜にシムリア星人と話をさせてやってくれ』などと言われたが……どうすべきか。やはり現時点で反対派と接触させるのは早計か? だが反対派の説得は、いつかは通る問題でもある……。
いや、今はこちらに集中か)
日本呪術界の総意を決定する場。
即ちシムリア星人との外交意志を決める円卓にて、優秀な術師たちが意見を交わす。
宇佐美や美野は融和を掲げる「共生派」。
今シムリア星人の危険を問うている年配者は「保守派」。
そして……。
「外交はナメられたら終わりです。既に一度牽制されてる。こちらも抑止力を提示するべきだ……居るでしょう、こちら側にも『特級』が!」
彼、
彼が憂いているのはシムリア星人の代表であるダブラ・カラバの事だろう。
片方にだけ抑止力があるのは健全ではない。
その意見には一理あるのかもしれない。
だが……円卓に座る約半分が、同じ
「『白面』、か……」
「君は若いから知らないかもしれんが、アレはそうコントロールできる存在では……」
「それに、彼は日本から何の恩恵も受けていない。法的な扱いとしては野生の獣と同じなんだ。こちらの命令を聞き入れる道理もないしね。彼が辛うじて高専敷地内に留まってくれているのは、彼なりの恩情だよ」
特級と囁かれる仮面の術師。
彼は滅多に人前に姿を現さず、総監部の命令を受け付けることもない。
だが、薬丸は納得がいかなかった。
「彼が俗世と関わりたがらないのは知っています。ですが国家の危機となれば、流石に『白面』だって……!」
薬丸の叫びに、けれど年配の面々は首を振った。
「過去、我々は外交の場で特級術師というカードを安易に切り続けた。それこそ『抑止力』として。その結果発生した
「それは……ですが肝心な時にさえ頼れないのなら、それは居ないのと同じでしょう!」
「実際そういう存在なんだよ、あの人は」
宮國が普段の微笑よりも少しだけ楽しそうにそう笑う。
かくして、年齢不詳の術師はこう締め括った。
「公式には、今の日本に特級術師は存在していない。その前提で話を進めようじゃないか」
―――記録、2069年。
東京での戦闘後、虎杖悠仁は死亡。
それを報告した九々等八壱も重傷であり、数日後に死亡が確認される。
同年、虎杖悠仁死亡を理由に一級術師・
現在捜索中―――。