9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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何言ってもネタバレになるので感想に返信できない悲しみ……。
頂いた感想は全部読んでおります。
評価なども本当にありがとうございます!

作劇の都合上、この辺からイベントの発生時期などをちょっとだけ原作からズラしたり、ズラさなかったりすると思います。寛大な心で受け入れてくれるとありがたいです。


≡4 交代

 高専内奥地、とある神社。

 その境内にて、五人の若者が好き勝手に声を響かせる。

 

「頑張れー三人ともー」

「……しかし模擬戦とか、本当に大丈夫なんだろうな。怪我させて国際問題とか……」

 

 観客は乙骨兄妹。

 

 そして、石畳に立つのは三人。

 

 腕や足を伸ばして準備運動するマル。

 その横に立つ、竹刀を片手に持って軽く振るクロス。

 そして、ポケットに手を突っ込んだままの五条(ごじょう)(れい)

 

 戻ってきたマル・怜も参加し無事終了した食事会準備の後。

 怜の提案で、五人はその神社を訪れていた……というか主不在をいい事に勝手に上がり込んで使っていた。

 目的は、怜考案の『異文化交流』。

 端的に言えば、怜vsマル&クロスの模擬戦である。

 

 格闘戦のため半身で構え、マルが叫ぶ。

 

「―――では、行くぞ怜!」

「はいはい」

「……本当に行くぞ? 構えなくて大丈夫か?」

「うざ。そーゆーのいいからさっさと来いよ」

 

 依然、ポケットに手を突っ込んだままの怜。

 そんな彼女の態度に、内心「本当に大丈夫なのか……?」と思いながらも、マルが地を蹴って前進。

 まずは様子見のジャブを二発―――ひらり、木の葉のように躱す怜。

 

「!」

 

 紙一重の回避に力量を見抜くマル―――と同時、その顔面に掌底が突き刺さった。

 

「ぶッ!」

「は? これ当たるんだ」

 

 自分で殴っておいて呆れ顔の怜。

 そんな彼女に対し、鼻を押さえながらマルは立ち直る。

 

「やったな怜! なら私も当てに行くぞ!」

「ナニ今更。最初っからそういうルールっしょ?」

(遠慮という言葉を知らないのか……!?)

 

 優しさとか情とかを介さない生意気娘へ、マルは少しだけ笑顔を硬くし……。

 

 マル、再びの突進。

 左の拳が閃く。

 先のジャブより鋭い二連打―――と同時、右脚も蹴り出す三連打。

 速度は疾風。

 常人では拳の二連すら視認不可。

 よしんば対応できたとしても、その後の蹴りは躱せない黄金のコンビネーション。

 だが……。

 

「っと」

 

 怜は涼しい顔のまま右手一本で二連打を受け止め、三連打目をもう片手で押さえて止めた。

 拳を見切る動体視力、蹴りを加速し切る前に押さえる戦闘勘。

 そして―――間髪入れずマルの顎を狙って跳ね上がる、足刀の恐るべき鋭さよ!

 

「うわっと!?」

 

 バッ、と咄嗟にバク転の要領で身を躱すマル。

 振り抜かれた少女の脚は境内の風を端まで散らし、その威力は空振りに終わってなおマルの心胆を寒からしめる。

 あんなモノを顎に喰らっては、意識どころか骨が砕ける。

 されど……戦慄の時間すら、彼には満足に与えられなかった。

 

「ふっ―――」

 

 マルが体勢を立て直すより早く、怜が間合いを詰めてくる。

 (いかづち)のような速度。

 繰り出される連撃は流水のように淀みないが、籠った力に容赦はない。

 

「わ、と!」

 

 放たれる抉るような連打を、マルは辛うじて防ぎ、躱し、受け流す。

 ぶつかり合う肉と肉、呪力と呪力。

 数度の打ち合いが両者の認識を一致させる。

 

 ―――基礎体術、呪力(ロロルカ)による強化術は怜が上か。

 

 それはルメルの同世代では並ぶ者の居なかった『戦士』であり、徒手空拳の使い手でもあるマルには信じがたい事実であった。

 だが、この肉を打つ威力、骨に響く衝撃が、それこそが現実だと叫んでいる。

 マルより頭ひとつぶん低い、繊細な少女の体躯からは想像もできない拳の重さ。

 襲い来る猛攻の速度と密度は、まるで横殴りの大雨(スコール)だ。

 

 それをマルが捌き切れなくなるまで、あと二秒、一秒―――。

 

 と―――背後から怜目掛けて振り下ろされる、竹刀。

 それを風音で察知して横に飛び退き、距離を取りながら怜は呟く。

 

「やっと参戦か。遅かったじゃん『スカした方』」

 

 竹刀による助太刀でマルの窮地を救ったのは、クロス。

 

 マルが徒手格闘の名手なら、クロスは剣術の申し子だ。

 ならば、その両者を前に余裕を崩さぬ怜とは、呪術戦の天才とでも評すべきか。

 

「私も居るぞ!」

 

 そんな怜へ、果敢に挑みかかるマル。

 気迫で負けまいという軽挙に見えるが、当然、二対一という状況あっての行動選択だ。

 

 マルと徒手空拳で打ち合う怜、その背後を突こうと位置取るクロス。

 だがその剣先には明らかな迷いが乗っていた。

 

(訓練用の『竹刀』とはいえ、手加減なしという訳には……)

 

 地球とシムリアの関係は安定しているとは言い難い。

 ひとつの問題が連鎖的に最悪の結果を生む可能性もある。

 クロスからすれば、文化交流の延長にある模擬戦とはいえ、無邪気に殴り合う(マル)の愚直さが理解できない。

 

 かような思惑が剣閃を鈍らせ、結果振るわれたのはシンプルな大上段。

 にしては威力も乗っていない、云わば手加減した一撃。

 それを―――ぐん、と。

 

「うわっと!?」

 

 怜は合気、即ち柔術の要領で崩したマルの顔面を盾にして受け止め、

 

「ぶ!」

 

 合気と痛打に混乱したマルを、間髪入れずクロス目掛けてぶん投げた!

 咄嗟に兄を受け止めるクロス―――その体に衝撃が走る。

 マルを投げた怜が、そのままマルの腹に容赦ない跳び蹴りをかましたのだ。

 

「ぐはぁ!?」「くっ……!」

 

 「く」の字に折れるマルの体。

 そして勢いに押されるクロスの体。

 兄弟は縺れ合って石畳に倒れる。

 そうして……兄の体に潰される形になったクロスへ、余りにも傲岸な声が飛んだ。

 

「ソコ、やる気ないのバレバレ。当ててから調子に乗ってくれる?」

 

 君臨するは五条怜。

 遠慮とか容赦とかの言葉から一番遠いところにいる女。

 

「……いいだろう」

 

 怜のプライドの高さはクロスも既に理解した。

 彼女は恐らく、多少の瘤をこさえる程度では口を噤むだろう。

 なにせ自分から「負けた」とは言い出せない性分に違いないからだ。

 

 それに何より……初対面から一度、怜の傲岸さには多少なりとも思う所があった。

 それを合法的に叩けるならば、それは僥倖と言って差し支えない。

 

 あくまで『本気で模擬戦に取り組む』ため。

 マルを押しのけて立ち上がり、クロスは竹刀に呪力(ロロルカ)を籠めた。

 

「いてて……よし、私もクロスも怜の強さは分かった! ここからは本気で行くぞ!」

 

 同時、よろけながら立ち上がったマルも重心を落とし構える。

 一心同体、双子の背中合わせ。

 それを前に、怜はやはり不遜に言い切る。

 

「イヤ最初からそうしろよ。ウチを舐めてんじゃねーっつーの」

 

 それが合図。

 マルとクロスが駆けたのは同時だった。

 

 一心同体、二つの人影が境内を奔る。

 一糸乱れぬその動作は、まるで片方がもう片方の影であるかのよう。

 だが、『師匠』の動きに慣れた怜からすればまだ遅い。

 故に二人が相手でも、全く焦らずに対処の構えを取って―――。

 

 まだ遠間。

 そんな油断を突くが如く。

 

 白い竹刀の切っ先が、気付けば怜の眼前に、

 

「!」

 

 クロスによる、顔面を狙った竹刀の投擲。

 それを咄嗟に回し受けの要領で弾く怜。

 その隙を狙ったマルの正拳が左から。

 横面への一撃はガードが間に合う―――反対側からクロスの上段蹴り。

 首を刈る鋭い足刀(ハイキック)に対し、怜は肘打ちで迎撃の構え。

 カウンターで脛を砕かれると察知したクロスが蹴りを止める―――だが勢いは殺さず、ぐるん、と蹴り足を軸に体を横回転させ、反対側の脚による変則回し蹴りで怜の脳天を狙う。

 曲芸めいたその蹴りを、怜はバックステップで回避。

 蹴りは白髪を掠めるに留まる。

 と―――マルはどこに。

 

「それ!」

 

 背後から風音。

 怜が咄嗟に低く屈めば、先程まで頭があった場所を竹刀が回転しながら通過する。

 再びの投擲。

 だが、その真の狙いは。

 

 ぱしん、とクロスの手元に収まる竹刀。

 同時、マルも怜へと走っている。

 前後からの挟み撃ち。

 袈裟に振るわれる竹刀と、稲妻めいた踵落とし―――。

 

 ズドンッ!! と石畳を砕く衝撃。

 爆発めいて砂が散り、土煙が濛々と舞う。

 そんな着弾地点より数メートル……神社の屋根の上に、すとん、と怜は着地した。

 

「凄いな怜、これも躱すのか!」

 

 息もつかせぬ連携……それを凌ぎきったことに素直に驚きと賞賛を叫ぶマルと、ポーカーフェイスを保ったクロス。

 そんな彼等を、怜は蒼穹の双眸にて屋根より見下ろす。

 

「……」

 

 先の一瞬。

 屈んだ姿勢から一気に跳躍しての回避は、実のところギリギリであった。

 掠りこそしていないが、本気で跳んで紙一重。

 それが怜の心中にある何かを刺激し―――その身を反撃へと走らせる。

 

「今度はこっちの番だっつーの!」

 

 とん、と怜が屋根より飛んだ。

 ぎらり、その姿が貫くような白に隠れる。

 太陽の位置を計算に入れた跳躍。

 そこから落下する少女の体は、マル・クロスを以てしても迎撃困難な隕石である。

 

 ―――ズガァッ!!

 

 炸裂するは踵落とし。

 位置エネルギー、体重、呪力の全てを籠めた一撃。

 この程度自分にも出来る、と言わんばかりの破壊力が境内を襲う。

 

 だが……直撃でない以上、マルもクロスもその程度では怯まない。

 双子は巻き上げられた粉塵の中へ同時に突撃―――。

 粉塵を貫いて飛び出してくる二本の脚。

 呪力にて動きを読んだ怜のカポエイラめいた開脚蹴りも、双子は直前で防御している。

 

 返す刀で唸る竹刀。

 剣術は地球のソレとは違う、独特の間と距離間で攻め立てる。

 反対側からはマルの体術。組みの気配はない、純粋な打撃の連打。

 さしもの怜も、打ち合いが十合を超えると手が足りなくなってくる。

 

「―――!」

 

 そうしてやってくる、どうしても躱せないタイミング。

 大鎌を思わせるマルの蹴りと、岩を砕くクロスの大上段が同時に降り―――。

 

 轟。

 衝撃の波が木々を揺らす。

 右の竹刀と左の蹴り、それらを両腕でそれぞれガードした怜は、呪力による強化術によってその威力を受け止め切っていた。

 

(この身のこなし、地球の『呪術師』は凄いな!)

(慣れない竹刀、そして互いに術式不使用とはいえ、私とマル相手にここまでとは……)

(……マジか。思ったよりやるじゃん、宇宙人)

 

 仕切り直しは素早く。

 挟み撃ちの位置関係から逃れようと横に跳ぶ怜を、マルとクロスは示し合せたように両側から追走する。

 竹刀の突きが連打で牽制。

 その隙をマルが狙って来る。

 回し蹴りを防いで反撃―――しようとしたところに追いついてくる竹刀。

 

 視線ひとつ、動きひとつだけで完了する意思疎通。

 流れるような連携。

 互いの隙を埋めるカバーと、互いが作った隙をすかさず突く完璧なコンビネーション。

 

 拳を防ぐ。

 竹刀を躱す。

 反撃の拳打も防がれる。

 防戦一方、とまではいかないが、怜の側が次第に攻め込まれている事は明白。 

 

二対一(ふたりどうじ)は自分から言い出した事だけど……コイツら双子なんだっけ。流石にキツイ、かもっ)

 

 六眼の少女は計算ミスを悟る。

 マルとクロスは術式さえ共有する双子。

 つまり、足し算ではなく掛け算になるタイプの相棒(バディ)

 

 脳髄を裂いた稲妻が現実に具現するが如く。

 一閃。

 クロスが竹刀を奔らせる。

 軌道は斜め上方から袈裟に入る上段。

 怜はそれに対し、振り向きながら左腕の防御(ガード)を合わせ―――。

 

「!」

 

 がしり。

 マルがその右腕を摑み、強く引くことで、怜の体勢を崩す。

 コンマを争う高速戦闘では致命的なズレ。

 結果、竹刀は怜の構えた左腕(ガード)をすり抜ける。

 

「しまッ―――」

「よし、もらった!」(貰ったぞ!)

 

 双子の連携。

 それが今まさに結実し、唸る竹刀が痛烈に怜の顔面を叩く―――。

 

 ―――『ゼロにする』!

 

 ピタリ、と直前で停止する竹刀。

 

「「!?」」

 

 クロスが力を弛めたのではない。

 困惑する双子。

 対し、唯一怪現象の理由が分かっている少女は、その困惑の隙を突き。

 

 マルの頬に突き刺さる拳と、

 クロスの腹を貫く蹴り。

 両者ともに吹き飛び、石畳の上で何度も転がる。

 

 だが……すぐに()()()と起き上がり、マルが怜へと叫んだ。

 

「怜! 今術式使っただろう! 反則だ!」

「……いーじゃん別に、二対一なんだから」

「いいや! そういう約束だったではないか! それなら私たちだって術式を―――」

 

 そんな彼に対し、蹴り足に何とかガードを挟んでいたクロスが、ついた土を払いながら立ち上がり睨みを飛ばす。

 

「子供じみた癇癪を起こすな、マル。これは模擬戦、必死になるほどの事ではない」

「……オイ。それ遠回しにウチんことディスってね?」

 

 目を逸らすクロス。

 まあ、意趣返しとしては充分だろう。

 

 そんなこんなで、怜考案・地球シムリア交流模擬戦はなあなあに終わった。

 

 と、そんなハイレベルバトルを賽銭箱前の階段に座って見ていた乙骨(おっこつ)兄妹(きょうだい)、その妹が感嘆の声を上げる。

 

「すげー。あれが一級術師の戦いかぁ」

 

 そんな憂花(ゆうか)の言葉に、兄・真剣(つるぎ)は対抗心を剥き出した。

 

「……別に、あれくらいなら俺でも出来る」

「でも兄貴は術式ないじゃん」

「俺には呪具(かたな)があるからいいんだよ。一級にだってすぐ追い付く」

 

 かちゃん、と愛用の呪具『火之夜藝(ほのやぎ)』を掴む真剣。

 そんな彼を見て、隣の妹はしたり顔。

 

「ふーん? 言うじゃん」

「?(普段なら張り合ってくんのに……)」

 

 真剣は僅かに違和感を覚える。

 だが……それを追求する前に、この場の誰のものでもない声がした。

 

 

「―――おや。騒がしいと思ったら、こんな神社にお客さんか」

 

 

 シャラン、と何処からか鈴の音。

 神聖ささえ感じさせる長い金髪が、気付いたときには鳥居の下に。

 

 顔上部を覆う狐面に、勾玉模様の特徴的な和装。

 頭の後ろで括った髪が、金色の狐の尻尾のようだ。

 そんな、いかにも妖しい男の登場に……怜がいち早く反応(リアクション)。 

 

「うげ、狐ジジイ」

 

 それは、友達と自宅で遊んでたら親が返ってきた反抗期の子供、みたいな反応。

 その分かり易い態度にマルが察する。

 

「! この人が怜の師匠か。確かに、凄く強そうだな……」

(―――バカな。この男、コレは、ダブラにすら匹敵する……!?)

 

 マル、クロスをして、現れた男の力量は凄まじいモノだった。

 

 クロスの脳内にて思い出される最低の感覚。

 心臓が痺れるような、手足が乗っ取られたような、脳みそがやすられるような。

 圧倒的暴力。

 その気配。

 本能が叫ぶ危険信号。

 だが……今回の感覚は、それとも少し違う。

 

 それは、巨大な霊峰を目の当たりにしたときのような。

 絶対的な彼我の隔たりに対する絶望と、そしてそれに矛盾するような、雄大な存在への安心感。

 鼓動を忘れる。

 手足も忘れる。

 脳すら忘れて、今、丸裸の魂が目の前のモノに感じ入っている―――。

 

「―――やあやあ。キミらが噂の宇宙人か。はるばるようこそ、こんな山奥まで」

 

 はっ、とクロスは正気に戻った。

 狐面の男はただ微笑んで、神社の中へと歩いていく。

 

「おっ、乙骨くんトコの兄妹も久しぶり。何はともあれ、仲が宜しいようで何よりだぜ子供たち。折角だ、運動終わりに茶でも飲むかい? 少ないがお菓子もあるぜ。あ、異星(そっち)の二人はアレルギーとかあったりする系?」

「だって。どーなん?」

「大丈夫だと思う! 私が身をもってお茶もお菓子も経験済みだ!」

「ほう、そりゃあ重畳。なら人数分淹れてくるか。ちょっと待ってなー」

 

 言って、神社の中に姿を消す狐面の男。

 それでようやく、クロスは呼吸のやり方を思い出した。

 

 と、そんなクロスの様子を怜が察知。

 

「え。なにアンタ、ビビってんの?」

「……いや」

「別に無害なジジイだよアレ。ま、誰でも弟子にしたがるところはウザいけど」

 

 見れば、怜は勿論、真剣や憂花も平常そのものだ。

 クロスからすれば、何故アレを見てそんな安穏としていられるんだ、と叫びたくなるような空気感。

 いや……何ならその空気の中に、愚兄・マルも混ざっている。

 

「真剣や憂花もあの人の弟子なのか?」

「いや。俺の師匠はお婆ちゃんだけだ」

「私も。お爺ちゃん以外に師事するのはちょっと……」

「そうなのか……身持ちが硬い、というやつだな!」

「……前から思ってたけど、アンタ、なんで日本語達者なワケ?」

 

 言いながら、彼等は呼ばれた神社の中へと歩き出す。

 一歩遅れたクロスへ、再び怜が声をかける。

 

「とりあえずお茶貰いにいこーぜ。ホラ、クロスも」

「……ああ」

 

 ともかく、断るわけにもいかない。

 そうやって怜に促されるまま、クロスも彼等に追従した。

 

 

 

 

 神社の中。

 囲炉裏を囲んで、少年少女に茶と菓子を振舞った神社の主は歯を見せて笑う。

 

「―――自己紹介がまだだったな。オレはこの神社に住んでる謎のお兄さん。まあ名前とかは特に無いんで、九尾さんでもホワイト仮面でも、なんでも好きに呼んでくれ」

「……『お兄さん』って、齢考えろよジジイ」

 

 怜のツッコミに「たはは」と笑う気のいい男。

 そんな余りにも怪しい男に、けれどマルは物怖じしない。

 

「なら『怜の師匠』で! 私はマルル・ヴァル・ヴル・イェルヴリ。マルでいい」

「オッケーマル。そっちの子は?」

「……クロス。クロス・ヴァル・コラク・イェルヴリと申します」

「クロスか。別に敬語は要らねえよ、クロス。寧ろ堅苦しいというか、子供は気安く絡んで来てくれないと()()()が悪い。あ、子供だよな? 19? よかった子供だった。

 なんにせよ……宜しくな、マル、クロス。地球にようこそ! だ」

 

 言って、双子に手を差し出して来る狐面の男。

 怜の師匠と聞いて身構えていたクロスにとっては予想外の歓迎ムード。

 

 と……ごほん、と怜の咳払い。

 それで狐面の男は、随分と頼りなく身を縮こまらせた。

 

「……あ。一応言っとくと、オレ政治的立場ゼロの放蕩爺さんだからね。言質になっても困るし、今のナシ……ってのも感じ悪いよなぁ。うわー、外交ってムズイしめっちゃ窮屈……ウサミンもミノノンもスゲー奴だよ、ホント」

 

 ガシガシと頭を掻く狐面。

 何というか……思ったより人間味があるな、と警戒を一段階下げるクロス。

 何となく親近感を覚えるマル。

 そんな双子へ、横合いから怜の声が飛ぶ。

 

「もう分かったと思うけど、コイツ基本ボケジジイだから。普段は話半分でいいよ」

 

 それは双子をして冷や汗モノの、余りに歯に衣着せぬ物言いだったが……狐面の男は怒るどころか、その言葉に乗って思いっきりおどけた。

 

「まーそういうこった。マルもクロスも、あんましオレに年の功は期待しないでネ☆」

 

 ぱちん、とウインクする狐面。

 ……警戒していたのが馬鹿みたいだ。

 ただの気のいい兄ちゃんみたいな男を前に、クロスは溜息を我慢しきれなかった。

 

 

 

 

≡肆≡

 

 

 

 

「はいウチと憂花(ゆうか)チームの勝ちー。この煎餅はウチらが貰いまーす」

「待てテメエ(れい)、最後術式で飛んだだろ! なんで『グリコ』で『チヨコレイト』二回分の差が逆転されんだよ!」

「そうだぞ怜、私のセンベイを返せ!」

「種目選択から戦いは始まってんだよマヌケ共。憂花ー、コレ半分こしよー」

「おぬしも悪よのう怜ちゃん……よし、次は『指スマ』で行こう。兄貴たちから全部巻き上げて豪遊だー!」

「いいね、素寒貧にして刀と宇宙人の服売ろう!」

「させるか、迎え撃つぞ真剣(つるぎ)! ……ところで、『ユビスマ』とは何だ?」

 

 

 それから数分後、神社の中。

 外でギャーギャーと騒がしい四人に対し、唯一中に残ったクロスは、狐面の男に相談を持ち掛けていた。

 

「―――ふむ。オレが食事会に?」

「ああ。顔を出してくれるだけでいい」

 

 相談とは、近日に迫った地球とシムリアの食事会のこと。

 内容は『タコパ』と決定したのだが……問題はそこではなく。

 

「我々シムリア星人……主に『戦士』の中に、強硬派が根強く残っている。デスクンテに奪われた痛みと怒りを消化しきれていない者達だ。そんな彼等の頼みはダブラ……つまり、日本側にダブラと同等の戦力があれば、彼等も強引な手段を諦めると思う」

 

 クロスは未だに『対立』を掲げる同胞たちを思い出し、目を伏せる。

 

 ダブラという超戦力の功罪。

 殴っても殴り返されないと思い込んでしまえば、暴力が選択肢に入ってしまう。

 優しさや情は誰もが介するかもしれないが、兼愛はそうではない。

 特に自分や自分に近しい同胞の痛みを感じている者ほど、外部にたいしては攻撃的になりがちだ。

 

 隣人になる為には、互いの歩み寄りが必須。

 だが強硬派はその歩み寄りを放棄している。

 何故か。当然だ。

 『戦士』とは同胞(みうち)を守る役職。

 殴る相手に感情移入しないのは、そんな戦士として初歩の精神防御―――彼等が生き残る為に必要だった当たり前の生態だからだ。

 

 だからこそ……天秤の傾きは均さなければならない。

 殴れば殴り返される。

 それでようやく、彼等も言葉による意思疎通の価値を見直す。

 互いが歩み寄るための『時間』を作るには、やはり、互いの立場は対等のほうが都合がいいのだ。

 

 当たり前の話。

 本気で綺麗事を実現するなら、綺麗事ばかり言ってはいられない。

 

「あなたの強さは『戦士』なら一目で看破できる。戦えと言っている訳じゃない。一目だけでも姿を見せて、抑止力になって欲しいだけだ。当然、私も強硬派を抑えていくつもりだが……それでは彼等も納得しないか、納得するまでに時間がかかる。ベストなのは、共生を目指すと『今』、『彼等が自分で判断する』こと。

 ……本来、私の立場で頼めることではない。だが、打てる手は全て打っておきたい……何かあってからでは、対立構造が固定化してからでは遅いんだ。どうか、頼む」

 

 言って、クロスは深々と頭を下げた。

 自分たちの内部事情まで赤裸々に話したのは、せめてもの誠意の現れだ。

 

 あるいは……それは、日本人が八百万の神に祈るように。

 

 そうして、永遠にも思える沈黙のあと……狐面の男は口を開いた。

 

「……ふむ。分かった、顔を上げてくれクロス。その話、受けるよ」

「! 本当か」

「おう。ま、ソレで話が早くなるなら問題ナシ。オレもキミらには会ってみたかったしな……つーか、いつまで経ってもバカキャラのままで申し訳ねーというか、漫画によくいる物知りな仙人キャラにはなれねーというか。知ってる? 年食ったら自動的に頭がよくなるワケじゃないんだぜ?」

「?」

「ただ、交換条件ひとついいか?」

「当然だ。可能な限り善処する」

 

 頷くクロス。

 狐面の男の存在はそれだけ今後の交流において重要だ。

 そうして、彼の口から告げられた『交換条件』の内容は……。

 

「………………正気か?」

 

 流石に予想外だったのか、ポーカーフェイスを崩し目を見開くクロス。

 そんな彼に対し、狐面の男は当たり前みたいに頷く。

 

「おう。いやあ、弟子に説教しちまったんだけど、実際オレって宇宙人(キミら)の事も『難民』の事も、ホントに何にも知らないワケよ」

 

 そうして、再び彼は言う。

 その、余りにもぶっ飛んだ異星間交流の内容を。

 

「だからさ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 にひ、と。

 老境の気配纏う狐面の男は、悪戯小僧のように笑った。

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