9×9=   作:龍川芥/タツガワアクタ

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呪術の人気にびっくらポンだぜ……

ランキング上位に上げてくれた人、誤字報告してくれた人、感想でモチベをくれた人……今はただ、君に感謝を


×5 正負

九々等(アイツ)は、頭のネジが一本外れてるんです。いややっぱり二本くらいは外れてるかな……」

 

 九々等(くくら)八壱(やいち)について、彼と親しい友人はそう語る。

 

「普通に付き合ってれば『良い奴』だけど、深入りするとそうじゃない部分が顔を出す。いや、普段は偽ってるとかじゃなくて、どっちも素なんですよ」

 

 九々等は友人は多かったようだ。本人の性格からして不自然ではない。

 ただサッカー部の仲間など彼と殊更親しい人間は、みな同じような評価を下した。

 

「性格の良い怪物というか、人間味のある猛獣というか……獲物が居ない時は優しいんだけど、獲物の匂いを嗅いだ瞬間牙を剥いて誰にも止められなくなる……そんな感じです。ちょっと抽象的過ぎますかね」

 

 それは呪術界に来てから悪化してる気がする、と聞き手が思っていると、九々等の友人は「これは本人には内緒ですけど」と続けた。

 

「でもそういう所、ちょっと憧れる部分もあるんですよね。普通なら踏み込めない所を踏み込んでくる、常人が躊躇している間に走り出している。そういうのって言ってしまえば才能じゃないですか……実際アイツ、あらゆる分野でセンス凄かったですし。高校からサッカー始めて全国大会でハットトリックとか、ホントにどうなってんだか」

 

 彼は少し遠い目をして、寂しそうに言う。

 

「絶対プロになると思ってたんだけどなぁ……アイツ、今どこで何してんだろ」

 

 

 

■伍■

 

 

 

 東京第1結界(コロニー)にて。

 九々等(くくら)八壱(やいち)は地を蹴った。応戦するは黄櫨(はぜのき)(いおり)

 

「(まずは恵くん戦で試せなかったヤツから……!)」

 

 先に不意打ちを決めている以上、「最速」による攻撃は対策されている可能性が高い。黄櫨の「爆弾」を素の状態で受ければただでは済まないことを理解している九々等は、2つある術式対象のスロットのうちひとつを防御力:9倍で埋めなければならない。

 まず選んだのは攻撃力:9倍。黄櫨の爆弾による牽制を半分受けながら躱し、九々等は彼に接近戦を挑む。

 

「ゲホ……そぉれ!」

 

 黄櫨はその拳を防御し――。

 

 バギィ! とガードした腕が吹き飛んだ。

 

「!?」

 

 九々等の追撃を、口から歯を吐くことで牽制、爆破させ爆風に紛れて距離を取る。

 黄櫨は己の、肘の上で奇妙に曲がりぶらんと揺れる腕を見た。困惑が彼の思考を覆う。

 

「(骨が粉砕……どういう理屈だ? 今のはそこまでの呪力量とも身体能力とも思えない一撃だった)」

 

 それを反転術式で治すと同時、再び九々等が距離を詰め攻め立ててくる。

 振るわれた拳を防ぐのではなく受け流し対応する黄櫨。その体に掠る拳が、受け止めた脚が、肉を削ぎ骨を軋ませる。

 

「(攻撃の威力が異常、だが俺を吹き飛ばした時の速度とは比べ物にならない程遅い……そういう術式、だな)」

 

 黄櫨は受肉した過去の術師。術師としてのレベルの高さは九々等よりもかなり上……それは戦闘中の戦術思考から呪術による肉体強化にも言えた。

 九々等の『9倍』された攻撃を、傷を負いながらも受け流し、隙を見て反撃の拳まで放つ。だが返ってくるのはゴムの塊でも殴ったかのような感触で、九々等もダメージを受けた様子が無い。

 

「(硬い……俺の爆弾を防いだこの硬さも多分術式。だとするとコイツの術式は……『特定の能力の強化』か!)」

 

 ばき、とまともに入った一撃が黄櫨のアバラを粉砕する。だが黄櫨は笑った。彼の全身の傷が逆再生の早回しのように治っていく。

 

「(怪我が治る……『反転術式』ってそんなポンポン使える技なのか!)」

「(大体分かった。強化できる能力の数に制限があるな。恐らく2つ、多くても3つ。さっきはそれを速度に、今はそれを攻撃と防御に割り振ってるんだろ!?)」

 

 黄櫨は怪我を恐れない。恐れる必要が無い。自らの肉体を爆弾と化す術式――己の肉体を傷付けることを前提とした術式を「縛り」として、黄櫨の反転術式の呪力効率は他の術師を遥かに超える。故にどんな怪我も、どんな痛みも、頭を潰されない限りは無傷と同じ。

 そして、多くの無意味な傷を代償に黄櫨の分析が完了した。

 

「おら――」

 

 九々等の拳の軌道、随分と読み易いそれに、黄櫨は己の「頭」を合わせた。

 

「!?」

 

 ばき! と黄櫨の顔面に拳が入る。だが黄櫨は無理に踏ん張らないことで、上体を後方に弾かれながらもその一撃を受け流した。

 血が舞う。それと同時に、黄櫨の折れた歯が空中を飛ぶ。

 

「(な、オレの攻撃を利用して――)」

 

 ニヤリと歯の折れた口で壮絶に笑った黄櫨は、空中に舞う折れた歯を掴み九々等に投げつける。

 

 爆発。

 

 ざ、と爆風に合わせて後ろに飛び、間合いを空けた黄櫨が見たのは、両手を上げて防御したものの火傷を負ったらしい九々等の姿だった。ガソリンを浴びた九々等の服が燃え、彼は慌てながら炎を消そうと手で叩いている。

 

「あちち……!」

「(確かに硬いが、至近距離の爆発は完全に防ぎきれないらしい。なら次は、俺の最大出力の『爆弾』を至近距離で喰らわせてやる……!)」

 

 黄櫨が勝機を見出し笑う。それに対して服の一部は焼けたが防御力:9倍で炎がほとんど効かなかった九々等は。

 

「(完全に動きを読まれた……なんでだ?)」

 

 ダメージではなく、その前。戦術よりも己の拳を利用された一連だけが気になっていた。

 攻撃力:9倍を分析力:9倍に切り替え、考えた末の答えは。

 

「……呪力の流れか」

 

 呟く。

 呪力は肉体を強化できる。だから九々等は殴るときは拳に、蹴るときは脚により多くの呪力を纏わせていた。だが九々等の決して巧いとは言えない呪力操作は、攻撃を読まれる原因にもなっていた。

 九々等はそれを悟り……楽しそうに笑った。

 

「(成程、それは盲点だったなぁ……でも考えてみりゃ当たり前だ。これは『呪術』の勝負。サッカーでボールの扱いが勝敗を分けるように、呪力をどれだけ巧く使えるかが勝敗に直結するんだな)」

 

 歴戦の術師である黄櫨とは真逆、経験不足をセンスと術式の出力で補ってきた九々等。

 そんな彼は今、全力かつ最高効率で「経験」を積み上げていた。

 

「確かに、これは試したこと無かったな」

 

 ――呪力操作技術:9倍

 

 ぴぃん、と九々等の纏う呪力が()()()

 

「(なんだ? 様子が――)」

 

 黄櫨の反応が遅れた。

 それ程までに自然な呪力操作で、九々等は黄櫨の懐にまで足を運んでいた。

 

「!?」

 

 踏み込んで来い、と思っていた筈の黄櫨の反応が遅れる。

 

「ふっ――」

 

 掌打、肘打ち、裏拳、中段蹴り。その全てが黄櫨にクリーンヒットした。

 

「が、ご、ぐぁ!?」

 

 黄櫨の受けたダメージは先ほどと比べれば小さい。だが驚愕が与えた衝撃がその対応を遅らせる。

 

「(呪力操作に淀みが無くなった、まるで別人! 手を抜いてたのか……いや、術式だな!?)」

 

 対する九々等は――拳を振るいながら、己の体に感動していた。

 

「(スゲー。呪力って、こんな風に動かせたのか)」

 

 『呪力操作技術』は、猛烈な速度で呪力を喰う九々等にとっては「ハズレ」の術式対象。

 だが9倍になった呪力操作技術が無駄なロス呪力(エネルギー)を限りなく減らし、その状態でも10分は戦闘出来るほどの燃費向上を為し得ていた。

 

 本来の自分を超える実力を自分のものとして振るう快感、感動。

 それは九々等を進化させる「経験」であり、戦闘中に悪手を選ばせる「毒」でもある。

 

「(もっとこの状態で居たい――呪力の核心、その一端が見える気がするから)」

 

 歴戦の術師から見ても淀み無い呪力操作。しっかりと呪力の乗った肉体による隙の無い攻防。

 

 だがそれは、歴戦の術師たる黄櫨(はぜのき)(いおり)にとっては「当たり前」でしかない。

 

「(呪力操作が向上しようが、一撃で頭を潰す威力があったさっきまでの方が俺にとっては怖かった。なんにせよ好都合――)」

 

 彼はその『爆弾』に渾身の呪力を込め、その時を待つ。九々等が回避できない程踏み込んでくる瞬間を。

 至近距離で続く九々等と黄櫨の攻防。いくら打撃を入れようが反転術式で回復する黄櫨に、しかし九々等は呪力操作技術:9倍を解除しない。

 彼は黄櫨の方に一歩踏み込み。

 

「(ここ!)」

 

 がし、と黄櫨が両手で九々等の肩を掴んだ。

 そのまま口の中に隠していた「爆弾」を……先の一撃の時に折れていたが、今までずっと口内に含んでいた歯を吐き出す。

 

「(これで回避は出来ない、最大出力の爆弾で消し飛べ!)」

 

 黄櫨は爆弾を作る際の呪力操作で爆風の方向をある程度調節できる。故に組み合った至近距離でも、爆風をまともに喰らうのは九々等だけ。

 

 至近距離で受ければ防御力:9倍でもダメージを受ける黄櫨の爆弾、その最大火力版。喰らえば九々等といえども無事では済まない。

 

 そんな「爆弾」足る折れた歯が、カッと閃光を放ち――。

 

 ――九々等の左手が、歯を掴んだ。

 

 直後、爆発。

 

 吹き飛んだ肉片、焼ける肉の匂い。だが黄櫨は戦慄する。

 

「(コイツ……()()()()()()()()()()()()()()()!!)」

 

 九々等の左手は確かに重傷だった。指が吹き飛び肉が焦げ手首から先は目を覆いたくなるような惨状が広がっている。だが、それ以外は全くの無傷。

 黄櫨は見ていた。

 九々等はあの一瞬で、左手で「爆弾」を掴み掴んだ左手に呪力を集中、爆風を左手内に閉じ込めることで致命傷を防いだのだ。

 呪力操作技術:9倍防御力:9倍を解除しなかったからこそ、極限の集中状態にあったからこそ成し得た咄嗟の判断。

 だが九々等八壱は、それだけで満足する男ではない。

 

「シッ――」

 

 肩を押さえていた腕を払い、黄櫨の胴へ蹴りを放つ。

 

 淀み無い呪力操作、サッカーで鍛えた脚のコントロール。

 そして痛みすら意識の外に追いやる極限の集中状態が、「その現象」を引き起こす。

 

 それは試練。

 それは前兆。

 それは必殺の一撃にして、呪術師にとっての登竜門。

 

 打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間、空間は歪み、呪力は黒く光る――。

 

 ――『黒閃』!!

 

 黒い火花が、九々等(くくら)八壱(やいち)に微笑んだ。

 

 黒閃により威力が2.5乗となった九々等の蹴りが、黄櫨の体をくの字に折り、そのまま大きく吹き飛ばす。

 

 しかし、今の九々等にはそんなことなどどうでもよかった。彼は己の残った右手を、そこに流れる呪力を見ながら呆然と立つ。

 

「(なんだ? 今オレは何をした? これ、オレの呪力だよな……?)」

 

 どくん。心臓が高鳴る。

 

「((わか)る。今まで見えなかったものが見える。モノクロの世界に急に色が付いたみたいだ)」

 

 どくん、どくんと鼓動が咆える。

 

「(理解したぞ。呪力の核心、その一端を!)」

 

 と、吹き飛んだ黄櫨が戻って来た。その傷は反転術式で治療されている。黒閃といえど、黄櫨には他の攻撃と変わらない。

 

 そう。変わったのは黄櫨ではなく、彼に目をやる九々等の方。

 

「――それ、良いな」

 

 九々等は呟くと同時、己の中で特殊な呪力の練り方をした。

 

「(今なら分かる。呪力は数学で言う(マイナス)、敵の肉体を破壊する負のエネルギー。その特性を呪力自体に掛け合わせるように呪力を練る。イメージは二重螺旋を細め糸にする感じ――)」

 

 彼が確信したように、呪力は負のエネルギー。肉体の強化は出来ても再生することは出来ない。

 だが負の呪力(エネルギー)どうしを掛け合わせて正の呪力(エネルギー)にすることが出来れば……。

 

「こうか?」

 

 九々等は己の、全ての指が吹き飛んだ左手に練り上げた呪力を集中させた。瞬間、左手の傷口から肉が盛り上がり、骨が伸びて、ボロボロだったそれが元の形に戻っていく。

 

「成程、こういう感覚か」

 

 10秒足らずで完治した左手。それを目の当たりにして、黄櫨は戦慄する。

 

反転術式……!」

 

 己と同じ――否、違う。術式にデフォルトで反転術式が付いてきた黄櫨と違い、九々等は己の呪力操作のみでその領域に到達した。それは呪力の流れで分かる。だが。

 

「(ありえない……ついさっきまで奴の呪力操作は素人同然だった! 呪力操作技術が向上したのも術式だろ、術式と反転術式の同時使用は俺も出来ない技――)」

 

 黄櫨はそこまで考え、思い至った。己が先程喰らった攻撃の名を。

 

「(黒、閃)」

 

 ――黒閃をキメた術師は、一時的にアスリートでいう「ゾーン」に入った状態になる。

 

 そして正確に言えば。呪力操作技術:9倍により、九々等は呪力操作のカンを掴んでいた。術式が消えても感覚は残る。それを再現するように、九々等の呪力操作技術は戦闘開始前よりも大幅に向上していた。

 

 そんなことなど分かる筈も無い黄櫨が思うのは、やはり黒閃。

 黒閃によるゾーン状態を黄櫨も生前経験したことがあった。つまり、コイツは。

 

「(使えるようになったのか!? 今、この瞬間に!?)」

 

 進化しているのだ、それも物凄いスピードで!

 そう直感した黄櫨の前で、九々等はふらりと体を揺らす。まるで舞台の上で踊るように。

 

「――0対0で迎えたアディショナルタイム、ペナルティエリア内。切り込んだオレとGK(ゴールキーパー)の一対一。その瞬間世界は止まって、歓声も遠くなって、でもオレの体と足元のボールだけがかつてないほど自由だった」

 

 いや、ソイツは踊っていた。世界という舞台で、誰よりも自由に舞っていた。

 

「今そんな感じ。つまり、今この瞬間、間違いなくオレが世界の主役だって確信出来る」

「(コイツ、ハイになってる……?)」

 

 九々等(くくら)八壱(やいち)は、最早黄櫨など見ていなかった。彼が見るのはその先――今よりも高みへと昇る己の姿。

 天上天下唯我独尊。否、彼の場合は。

 

九山八海(くせんはっかい)、我が意の(まま)に」

 

 そして彼は、道路に手を付き――反転術式で生成した正の呪力を、己の術式に流し込む。

 

()()()()(しょう)――」

 

 瞬間、べこん! と彼の足元に横幅直径1m弱程の半球状の穴が開いた。

 

「なッ」

 

 えぐり取ったのではない、何らかの力が働いた結果……術式。だがどういう。

 それを思考する前に、九々等が地に付けていた手を振り上げ握っていたものを黄櫨に投げつける。

 

「(小石――?)」

 

 瞬間。投げられた「小石」に掛けられていた術式が解除され、それは横幅直径1m弱の半球状のアスファルトの塊に変形――否、元の大きさに回帰する。

 

「!? (視界が――)」

 

 黄櫨の視界を覆う巨大なアスファルトの塊。それを利用して黄櫨の背後に回り込んだ九々等は、淀み無い呪力操作を以て術式を発動。

 

術式順転『(せき)

 

 腕力:9倍速度:9倍

 

 ――九々等の速度:9倍は、物理法則に干渉しない。原理的には加速では無く「動画の早回し」に近く、故に速度が上昇しても攻撃の威力は上昇せずソニックブームなども発生しない。

 その使い方は『投射呪法』に近く、最初に想定した動きを早回しで行う、という感覚が近かった。高速化したスピードに九々等自身の意識がついて行かないからだ。

 

 だが、最初から的が止まっているなら――速度:9倍は攻撃の()()を変えられずとも、攻撃()()を9倍にすることが出来る。

 

()!」

 

 腕力:9倍状態で放たれる9連撃が、黄櫨の背骨の上から下までを粉砕した。

 

「が、ば――!?」

 

 目潰しに使ったアスファルト塊を貫き、吹き飛ぶ黄櫨の体。それは建物の壁に激突して横向きのクレーターを作ることでやっと停止した。

 手応えあり。そう思いつつ九々等は彼の元へ近づき……笑う。

 

「ははっ、凄いな! それも治せんのか!」

 

 黄櫨は荒い息を吐きつつも、反転術式で粉砕された背骨を治癒。

 背骨――脊椎には重要な神経が通っており、それを破壊されると脳から体への命令伝達が不可能となり動けなくなる。だが呪力は血管・神経に寄らず脳から流すもの。首さえ繋がって居れば、黄櫨はどんな傷も治癒することが出来る。

 それよりも、黄櫨が不可解なことは。

 

「……オマエ、どんな術式だ」

 

 単純な能力の強化ではない。だが正体がまるで分からない。

 半分駄目元のその問いに、しかし九々等はあっけらかんと答える。

 

「ああ、別に良いよ? オレの術式は冪乗呪法(べきじょうじゅほう)究ノ弐条(きゅうのにじょう)。オレに纏わる概念を2つまで『9倍』に出来る。倍率は絶対固定。それが術式の『順転』の話」

 

 術式の開示――九々等の呪力出力が一段上がる。

 黄櫨が今までの現象をその説明で理解するところを見ながら、九々等は続けた。

 

「そしてオレの術式の『反転』は、術式対象を1/9(きゅうぶんのいち)に出来る。それを触れたものを術式対象に出来る拡張術式と組み合わせたのがさっきの目潰しさ」

 

 九々等が先程使ったのは、術式対象をアスファルトにした術式反転による大きさ(サイズ)1/9(きゅうぶんのいち)

 術式対象をアスファルト全体ではなく半球状に限定することで抉り取り、10cm程度にまで小型化したそれを黄櫨目掛けて投げつけ、空中で術式を解除した。

 

 それこそが術式反転(しょう)。術式順転(せき)の対となる、乗算ではなく除算する術式。

 

「『拡張』の術式対象も何でもいいってワケじゃないんだぜ? オレ以外の呪力を帯びてない非生物で、なおかつオレに触れてるものじゃなきゃダメなんだ。体から離れたら1秒足らずで与えた術式は解除されちまうしな」

 

 黄櫨は九々等の術式を、その詳細と強力さを理解した。

 だがその頭には新たに生まれた疑問もある。

 

「ここまで喋るのが不可解って表情(カオ)だな? いや、悪いと思ってさ」

 

 そう。九々等は術式を開示する必要など無かった筈。今の呪力出力でも黄櫨を押していたのだから。特に『術式反転』と『拡張術式』まで説明するのはやり過ぎだ。

 その不可解さに表情を歪めた黄櫨に対し、九々等は何でもないように言う。

 

「これからさっきの何倍もボコすんだ。説明が欲しいならしてあげなきゃな。罪悪感は軽い方が良い」

 

 ずあ、と九々等が呪力を解放し。

 それに反応すべく身構えた黄櫨の前で、その姿が掻き消えた。

 

「!?」

 

 速い――だが、それだけじゃない。

 街をピンボールのように高速で跳ね回る九々等、その動き・気配を捉えることが妙に難しい。

 

「(どこだ、奴は今どこに居てどこから来る!?)」

 

 速度:9倍、そして気配:1/9

 九々等が選んだ術式対象はそれだった。

 

 術式順転(せき)、術式反転(しょう)。それは師匠の下にあった冪乗呪法(べきじょうじゅほう)についての僅かな記録から見つけた術式。

 ――通常、術式順転と術式反転を同時に行うのはかなり高度な技術であり、反転術式を使えたとしてもそこまで習得するのは難しい。反転に目覚めたばかりの九々等には本来辿り着けるハズも無い呪術の高み。

 だが。

 天才的なセンスが、右半身に通常の呪力のみを、左半身に反転した呪力のみを回転するように流すことで、(せき)(しょう)の同時発動を成立させていた。

 

 ぱ、と九々等が足の止まった黄櫨の視界外からその背後に降り立ち。

 彼が立つ足元、黒いアスファルトに両手を当て、順転と反転を同時に発動する。

 

 ()()()()()()()()():1/9、そして()()()()()()()()():9倍

 

 アスファルトの融点は約140℃。それが1/9されて15℃にまで下がる。

 更に冬場のアスファルトの温度、それが9倍され10℃が90℃にまで上昇。

 結果、アスファルトは融解。今まで地面だと思っていたソレが、途端に人を飲み込む底なし沼へと変貌する。

 

 ずぷ、と黄櫨の足が液体となったアスファルトの中に沈み込む。

 

「!?」

 

 膝辺りまで沈んだところで九々等が術式を解除すれば、アスファルトは黄櫨の足を飲み込んだままがっちりと固まった。

 脚を拘束され動けなくなった黄櫨の背後で、九々等は彼に向かって言う。

 

「自分で使って分かったぜ。反転術式って結構呪力を使うんだよな」

 

 ズズ、と己の背後で呪力の圧が高まるのを、黄櫨は否応なしに背中で感じさせられた。

 そんな彼に、宣告が下る。

 

「――これからアンタを殴り続ける。アンタの呪力が空になるまで」

 

 それが、九々等が思いついた反転持ちの黄櫨を無力化する方法であり。

 黄櫨に与えられる地獄の始まりだった。

 

「術式順転(せき)腕力:9倍かつ速度:9倍

 

 瞬間。9倍速・9倍腕力の拳が、黄櫨(はぜのき)(いおり)の背骨を再びぶち抜いた。

 

「が――」

 

 連撃は終わらない。無限の拳が黄櫨の背を襲い、無数の衝撃が黄櫨の前身を駆け巡る。

 

「(背骨がッ、再生した傍から折られてッ、体が動かせ、ない! 反転術式も間に、合わんッ!?)」

 

 九々等にも誤算はあった。黄櫨の反転術式は、九々等のそれとは比べ物にならない呪力効率を誇る。このまま殴り続けても、黄櫨の呪力が無くなるまでかなりの時間を要するだろう。

 

 だが黄櫨の誤算。反転術式の回復速度を遥かに超える九々等の攻撃力と攻撃速度(D P S)。口の中に隠した「爆弾」を吐くことも、新たに「爆弾」を作ることも許されない、背後からの背骨を砕く連続攻撃。

 黄櫨の呪力が底を突く前に、その体に蓄積された尋常ならざる痛みとダメージ、そして絶望が、彼の意識を刈り取った。

 

 かくん、と黄櫨の体から力が抜け、その体が地面へと斃れる。

 

「おっと」

 

 その体を支え、脚が埋まったままの彼をそっと地面に横たえた九々等は。

 

「ま、無いよりマシかな」

 

 足を埋めたときと同じ要領で黄櫨の両手を拘束。目覚めても容易に脱出出来ないような状態にして、ふぅと長い息を吐いた。

 

「……楽しかったぁ。ありがとね、えーと、黄櫨(はぜのき)(いおり)くん、で合ってるよね? コガネぇ」

 

 それは心の底からの感想であり、感謝だった。

 コガネで黄櫨(はぜのき)(いおり)の名を確認し、彼は気絶した黄櫨に笑って言う。

 

「うん、合ってる。まあ殴りまくったのは、悪いけどこの35点分の天罰ってことで」

 

 そう言って九々等は立ち上がり、己に流れる呪力を見た。

 開眼したばかりの反転と順転の併用に、反転術式の使用。残り呪力量は総量の2割といった所か。

 

「楽しかった。けど……まだ先がある」

 

 黒閃による覚醒。しかしそれは呪力の核心を掴んだのではなく、その一端に指を掠めただけ。そう九々等は感じていた。

 反転術式も、それによる術式反転の覚醒も、ここがゴールではなく通過点。彼の呪術への才能がそう確信している。

 

「……っと。浸ってる場合じゃない、虎杖くんのとこに戻んなきゃな。ピンチなら助けてあげないと」

 

 そう言って彼は歩き出した。倒れた敗者に背を向けて。

 

 ――勝者、九々等(くくら)八壱(やいち)

 

「くぁー、勝つのってやっぱ気持ち良い~!」

 

 誰に告げられることもない勝利を、ただ本人だけが胸の中で誇っていた。

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