ドクターのことを想いながらも、もどかしい距離感で接していそうなスカジさんはかわいい。
「私の誕生日祝いをしたいですって?ドクター」
スカジの誕生日の数日前。執務室を訪れた彼女に、私は直接尋ねてみることにした。
「当日にスカジがしたい事があれば、教えてほしい」
スカジを雇用してからというもの、紆余曲折あってスカジはこの執務室によく足を運ぶようになっていた。部屋にはスカジ用のグラスがあり、冷蔵庫にはテラの各地から取り寄せた酒瓶が冷えており、ソファにはシャチのぬいぐるみまで置いてあったりする。
「私のしたい事……そうね……」
スカジは右手で口を覆うようにして真剣な表情で考え事を始める。そして私の方へ向き直った。
「返事は待っててくれるかしら。少し時間が必要なの」
「ああ。分かったよ」
私はスカジの言葉を、彼女が考える時間が欲しいのだと受け取った。だが実際はそういうことでは無かったらしい。
翌日。再び執務室にふらっと現れたスカジは、何とも変わったお願いを私にするのだった。
「あなたには当日、遊園地へ行ってほしいの。その護衛を私がするわ」
龍門は炎国の経済の中心地であり、都市にはレジャー施設も当然存在する。都市の外観を眺めれば、ひと際大きな観覧車が目を引くことからも分かるだろう。
スカジと約束した当日。龍門に停泊していたロドスの艦船を離れ、私はスカジと約束していた遊園地へ向かった。
(現地まで一人で来て。くれぐれも他に誰も連れて来ないで。入園ゲート前で落ち合いましょう)
「護衛なのに、なぜ現地集合なんだ?」
当然の疑問に独りごちながら私はゲートを背にして待つ。スカジが本当に私の護衛をする気でいるのなら、ロドスの艦船を離れる時から同行する方が自然だ。
ゲート前で待ちぼうけをしている私の目に、遊園地を前にしてはしゃいでいるザラックの子ども達やその家族、腕を組んだフェリーンのカップルなどが映る。
(この状況。デート前の待ち合わせに似ているよな……)
そんなことをぼんやり考えている私の視界に、こちらに近づいて来る真っ赤なドレス姿の女性が入った。
「来たわ、ドクター」
スカジだった。真紅のドレスに身を包み、着飾った姿の彼女がそこにいた。
「えっと。待たせたかしら」
「……今来たところ」
何となく。こう返事をするのが作法である気がした。
「そう。なら良かった」
スカジは前髪をいじっている。かと思えば自分の腕を擦ったり、どことなく落ち着かない様子でいる。
(やはり、これはデートなのか?)
普段の彼女の、何事にも動じない泰然とした雰囲気とは違う。どこかとても乙女らしい仕草を見せるスカジだった。
「それじゃ。行きましょ」
そう言ってスカジはゲートの方へと歩き出す。
「スカジ。遊園地で何をするのか、聞いていないのだけど」
私の疑問にスカジは足を止めて振り向き、困ったような顔をする。
「……あなたの護衛よ」
そう言ってスカジは私の視線から逃げるように顔を背け、いそいそとチケットの販売ブースへと歩いて行く。どうやら今回の事をデートだと言いたくない事情がスカジにはあるらしい。恥ずかしがっているのか?
やれやれと思いながらスカジの後を追う。
二人分のチケットを購入して入園する。二人のいるエントランスには遊園地の愉しげなテーマ曲が流れており、ゲート正面に位置する噴水が賑やかな水音を立てていて、非日常的な空間を軽やかに演出する。
「どこへ行きたい?」
チケットブースで受け取ったマップを広げ、隣にいるスカジに尋ねる。今日はスカジの誕生日。園内で回る場所についても彼女の要望に応えようと思っていた。
「私は護衛よ。あなたに従うわ」
スカジは頑としてそう言い張る。彼女はあくまで私の付き添いでいるつもりらしい。
「それなら、この遊園地のメインアトラクションらしいこれに乗ってみようか。ジェットコースターに乗ったことはある?」
「……無いわ」
少し困ったような表情をするスカジ。そういえば園内に入ってからの彼女は、どこか所在なさげな様子だった。その事に思い至った私はそうかと気がつく。
バウンティハンターとして、あるいはアビサルハンターとして。長い時間を過ごして来た彼女は、遊園地というものを経験したことが無いのかもしれない。それで、遊園地で何をしたいのか、何が出来るのか。彼女には分からないのかもしれない。
そう思えば、入園してからの周囲を珍しそうにきょろきょろと見渡すスカジの様子にも得心が行った。
「なら、試しに乗ってみようか」
生理的耐性の卓越したスカジなら、多少の刺激もものともせずに楽しんでくれるだろう。
「ええ。連れて行って、ドクター」
マップを見ながら目的地へと歩く私の後ろを、とことことドレス姿のスカジが着いてくるのだった。
しかし、彼女の頑健さは尋常ではなく、遊園地のアトラクション程度では彼女にとって刺激の内にも入らないようだった。
「どうだった、ジェットコースターは?」
「滝から飛び降りるよりは、刺激が少ないわね」
「どうだった、コーヒーカップは?」
「渦潮に飲まれるよりは、全然楽ね」
「どうだった、お化け屋敷は?」
「海の怪物と比べれば、子供騙しね。あなたは随分とお化けを怖がっていたけれど。真っ二つにしても良かったのよ?」
「それはまずいって……」
昼下がりの休憩。ということで園内のカフェにやってきた。ちなみに休憩を所望したのは自分だ。
テラス席の向かいに座ったスカジがドレス姿のまま平然とハンバーガーを口にしている一方、自分は席のテーブルにぐったりとしていた。デスクワークばかりをしていると、こうして久々に外に出た際に自分の体力の無さを実感する。
食事を終えたスカジは手元に置いたフォト台紙を広げ、そこに収められた写真をじっと見詰めている。アトラクション中に撮られた一枚。ジェットコースターのライドフォトを、降車後にスカジが欲しいと言い出したのだ。写真に映っているのは落下中のコースターに必死にしがみついている自分と、特に何の表情も浮かんでいないスカジ。
スカジはフォト台紙をぱたんと閉じ、台紙ごとそっと抱き締める。
「この写真。今回の護衛の報酬として、受け取っておくわね」
そう言って彼女はベージュ色のミニショルダーに、大事そうにフォト台紙を入れた。
(しかし、肩から掛けているミニショルダーといい、お洒落を気にしているスカジは珍しいな)
園内を移動中、傍らを歩くスカジを見遣る。そもそもどこ行くにしてもカウボーイスタイルで行きかねない彼女だ。その彼女がお洒落を気にしているというだけでも意外だった。ミニショルダーのチョイスといい、誰かからアドバイスでも受けたのだろうか。
「何をじろじろと見ているの?」
スカジが不審げに目を合わせてくる。
「……いや」
「もしかして。私の恰好、良くないかしら」
スカジが物憂げに目を細める。
「そんなことはない。似合ってるよ」
落ち込んでいる彼女に励ましの言葉をかけるが、正直に言うとその恰好をしたスカジはかなり目立っていた。真紅のドレスは舞台衣装としても使える華美な代物であり、遊園地に来る人達の中でも異彩を放っている。
さらに、ドレスを身に纏っているスカジ自身も容姿端麗であり、思わず人の目を引くような美少女である。こうして往来を歩いているだけでも、私とスカジに好奇の視線が纏わりついてくるのだった。
「この衣装。以前あなたが、これを着ている私を褒めてくれたでしょう?それで着て来たの。……私、他に着飾るなんて、した事ないから」
「護衛をするのに、着飾る必要はないんじゃない?」
「そ、そんなことないわ」
慌てたように両手をぱたぱたとさせるスカジ。
「これは……そう、カモフラージュよ。カモフラージュ」
前々から考えていた言い訳を今思い出したかのように、私に強調してくる。
「私とあなたは恋人のフリをしているけれど、実は私があなたの用心棒。これなら敵の目も欺けるわ。完璧よ」
「自分とスカジが、恋人のフリをするの?」
「………………そうよ」
顔を紅くしながら答えるスカジ。
「それなら、手も繋いでおく?」
私はスカジの手を取り、手を繋ぐ。
「…………」
スカジは黙ったまま何も言わない。ただ、彼女が握り返してくる感触だけが掌にあった。
日が暮れるまでスカジと遊園地のアトラクションを回り、気が付けば園内を外灯が照らすようになっていた。
「そろそろ帰ろうか」
「……ええ」
スカジと手を繋いだまま入口まで戻る。遊園地のエントランス中心部にある噴水は、ライトアップによって龍門の夜に美しく照らし出されていた。遠くから聞こえてくる遊園地のテーマと人々の喧騒を耳にしながら、二人で噴水をぼんやりと眺める。
「あの……ドクター。楽しかったかしら」
スカジが噴水を見詰めたままそう言う。私は彼女を見る。
「勿論楽しかった。でも、そもそもこの遊園地へ来ることになったのはスカジの希望じゃないか。スカジはどうだった?」
「……楽しかったわ。とても。」
そう言ってスカジは悲しそうに目を伏せる。
「もう終わってしまうのが、悲しいくらいに」
「やっぱり。スカジは護衛ではなく、デートがしたかった?」
「ち、違うわ。これはあくまで護衛の任務よ。」
慌てて弁明するスカジ。
「あなたが遊園地に行くから、私が護衛する。それが私のしたい事よ」
スカジが護衛という役目にこだわるのは、誰かから入れ知恵された結果だったりするのだろうか。服装やミニショルダーなどのアイテムも、誰かと相談して準備したものだったりするのだろうか。
何となく、物憂げな表情をしているスカジの背後で、ローレンティーナがふふふっとほくそ笑んでいるような光景が脳裏に浮かんだ。その光景の真偽は定かではない。
「……本当は、ドクターとデートがしたいだなんて。言える筈ないわ」
俯いたスカジが想いを吐露する。
「私は任務でない限り。あなたの傍にいる訳にはいかないもの」
それが、彼女の本音だった。
「それに。私といて、ドクターは本当に楽しい?私は口数は少ないし、正直デートに向いている人間とは思えないわ」
「いつも近くにいてほしいから、スカジに秘書をお願いしているんじゃないか。あれだけ執務室に入り浸りになっているんだから、任務以外で距離を置こうとか思わなくていいんだよ」
「あれは……。あなたは私を秘書にするべきじゃないと散々言ったのに。あなたが頑として聞かないから……」
困っているスカジに、私は用意しておいた物を渡すことにした。
「はい」
私の鞄から小箱を取り出し、彼女に手渡す。
「誕生日おめでとう。スカジ」
スカジは困った表情のまま、上品なキルティングのケースを開ける。漆黒のケースの中にはアクアマリンのネックレスが入っていた。
3月の誕生日石はアクアマリン。災厄を払う効果もあると信じられており、航海の安全を祈って船の乗組員が身に着けることもあるという。
スカジは中身を確認した後。開いていたケースを閉じて、抱き込むように胸に押し付けた。
ありがとう、ドクター。
そう言って彼女は小箱を抱き締めた。
スカジの背後にある噴水に眩しく光が反射し、噴水の賑やかな水音だけが二人を取り囲んでいる。
「不思議ね……」
スカジは小箱を胸に抱き、目を閉じたまま呟く。
「私は、災厄を招くかもしれないというのに。私は、あなたを絶対に失いたくないのに。それでもあなたは、私を傍に置こうとする……」
スカジは瞑っていた目を開き、私を見詰める。
「ドクター。最後にひとつだけ、お願いしたい事があるの。今日誕生日を迎えた私の我儘と思って。聞いてくれるかしら。」
そう言ってスカジが近づいてくる。勢いよく噴き上げる噴水を背にして、真紅のドレスを纏ったスカジがゆっくりと歩みを進めてくる。彼女の端正な面立ちが、とうとう目と鼻の先にまで近付いて来て。ゆっくりと彼女の腕が伸びて、私の腰に巻き付いて。遠慮がちな力で、私は彼女に抱き締められた。
「これからも……傍にいさせて。ドクター」