ドクターの性別は男。濁心スカジの設定などについて一部捏造あり。
今年のクリスマスは、スカジがやってくる。
暖房を効かせた執務室で俺はウキウキと仕事に取り組んでいた。室内の応接スペース近くには飾られたクリスマスツリーが明滅しており、暗くなった窓の外には雪が降り続けている。
クリスマスソングを鼻歌混じりに仕事をしている俺は決して仕事を楽しんでいるわけではない。この後に控えている待ち合わせに心躍らせているのだ。もうそろそろドアをノックする音が聞こえても良い筈だ。
銀髪の美少女。その儚げな美貌を持ったスカジが、俺の彼女だった。そんな彼女と過ごすクリスマス。胸が高鳴らないわけがない。
そして遂に執務室の扉がノックされた。そのノックの音が、彼女と過ごす温かなクリスマスを呼び込んでくれるはずだった。
「入ってくれ」
俺の言葉に応じるようにしてドアが開かれる。そこにいるのはスカジだった。
どこか夢見心地な表情。深紅のドレスに身を包み、なんと頭にサンタ帽を付けていた。
「メリークリスマス、ドクター」
彼女が用意していたらしいクラッカーを鳴らし、小気味良い破裂音とともに宙を舞った紙吹雪が執務室の床に落ちる。
スカジが静かに歩み寄って来る。足音も無く、どこか存在感が希薄だ。
「スカジ?」
一体どうしたというのか。折角彼女が部屋に来てくれたというのに。俺には違和感が拭えなかった。
ドアのところに立っているスカジは、スカジであってスカジでない。そんな風に思えた。いや見た目はそのまま彼女に違いないのだが、雰囲気がどこかいつもと違う。
穏やかに、真っ直ぐに俺を見詰めてくる湿っぽい視線。深紅の瞳が何かを切望しているようにキラキラとした光を湛えている。
いつものカラっとした彼女はどこへ行ったのだろう。サバサバとしているようでいて、それでいて情愛深い。そんな彼女はどこへ?
「ちょっとあなた」
俺の視界にいるスカジの後方、執務室のドアが開き、聞き慣れた声がした。俺は耳を疑う。なぜならその聞き慣れた声もまた、スカジのものだったからだ。
「何でここにいるの」
険しい表情をした私服姿のスカジが室内に現れる。もう一人のスカジは紙袋を手にしたまま肩を怒らせて歩き、サンタ帽を被ったスカジの隣に並び立った。
「は?」
スカジがもう一人?一体どうしたことか、俺の席の前にはスカジがたしかに二人いる。一人はどこかしっとりとした表情のサンタ帽を被ったドレススカジ。そしてそんなスカジを睨みつけている、紙袋を手にした私服スカジだ。俺は夢でも見ているのかと目を擦ってみるが、たしかにまだ二人いる。
「わたしが、ドクターの傍にいちゃいけないの?」
ちょっと何を言ってるのか分からないわ、という表情をするドレススカジ。
「当たり前よ。あなたは私のニセモノなのだから」
眉をしかめて敵意をむき出しにする私服スカジ。二人のスカジが俺の目前で敵対を始める。
「ひどいわ。わたしはあなたの未来の姿だというのに。ニセモノ呼ばわりだなんて」
「違うわ。私はあなたにはならない!」
めそめそと泣くような仕草を見せるドレススカジと、むきになる私服スカジ。
ここまでの状況を整理すると、どうやらドレス姿のスカジが未来のスカジで、私服スカジがいつものスカジ、ということらしい。
(なるほどなるほど?)
いやどういうことだよ。俺は脳内でツッコミを入れる。未来のスカジがどうしてここにいるんだ。
理由は分からないが、未来のスカジが俺を訪ねに来たらしい。そして、ここで現在のスカジとばったり鉢合わせてしまったらしかった。
「わたしがこうなったのには、あなたにも原因があるのよ、スカジ」
ドレススカジがびしっと私服スカジに人差し指を突き付ける。まるで犯人はお前だ、と言わんばかりの糾弾だ。
「な、何よ……。私の何が悪かったというの?」
「あなたがドクターに助けを求めないから。ドクターを巻き込みたくないと、あなたがつまらない意地を張ってドクターと距離を取ろうとするから。私はエーギルに潜伏していた深海教徒に囚われ、Ishar-mlaとして目覚めてしまった。そう、全てはあなたが恥ずかしがっていたからいけないんだわ」
「は、恥ずかしがってなんて……」
私服スカジが恥ずかしそうに目を伏せる。
まあたしかに。スカジと交際するようになった今も、どこか彼女が遠慮している様子は見て取れた。俺の傍にいる事への躊躇いがあるように見受けられたのは俺も気にしているところだった。
「スカジ。あなた。本当はドクターと一つになりたいんじゃない?」
「なっ!!!」
私服スカジが絶句する。
「えっ!?」
聞き捨てならない言葉に俺もつい大きな反応を見せてしまう。
何だって……?スカジが、俺と一つになりたい?
「スカジ」
今の話は本当か? と私服スカジを見る。
「ち、違!!い、いえ、違わないけど、違うのよ!!」
両手をぶんぶん振って支離滅裂な言い訳をする私服スカジ。手に提げられた紙袋がとんでもない軌道でぶんぶんと宙を舞う。
「ごかいよ!デタラメよ!!トンチンカンよ!!!」
あわ、あわわわと焦るスカジ。
「そうか、違ったのか」
しょんぼりする俺。
そうか。スカジは、俺と一つになりたくないのか……。
「え、えっと、ドクター、違うのよ。私は、ドクターと、決して一つになりたくない訳じゃなくて、その。まだ、気持ちの準備が……」
慌ててフォローを入れようとする私服スカジ。
「わたしは一つになりたいわ。ドクターと」
ドドンッ、という効果音でも聞こえて来そうな迫力で、ドレススカジがはっきりと断言する。
「ドクター。あなたさえ良ければ、わたしと一つに……」
そう言って机に身を乗り出して俺に迫ってくる。
「え、えーっと」
迫るドレススカジを前にして俺は考える。
これって。もしかして無下に断ってはいけないのでは?だって俺はスカジを愛しているしこのスカジも未来のスカジなのだからこのスカジを拒否することは今のスカジを否定するのとほぼ同義だから断っちゃいけないのではでも今のスカジと一つになる前に未来のスカジと先に一つになるってどういうこと?いやでも正直スカジ大好きだし目の前のスカジも可愛いしどっちのスカジも俺はOK。
「ダメ!!!絶対駄目!!!ドクターから離れなさいよこのニセモノ!!!!」
私服スカジがドレススカジを羽交い絞めにして机から引き離す。
「この(エーギルスラング)!!」
「何よ、この(深海スラング)!!」
二人のスカジが揉みくちゃになって暴れている。俺は仲裁に入ろうか一瞬考えるが、スカジと俺の身体能力の差を思い出してみよう。うん、無理だ。
今暴れる二人の間に入ったら、俺は瞬きする間もなく吹っ飛ばされるだろう。俺にできるのは、暴れる二人が俺のデスクを破損させないか心配する程度が関の山である。
「臆病者は引っ込んでなさい」
私服スカジから身を離し、辛辣な物言いで挑発するドレススカジ。
「わたしとドクターの逢瀬を邪魔しないでくれる?」
「あなた。未来の私だからって、生意気ね」
私服スカジも負けじと毒を吐く。
「大体何よ、その中途半端なコスプレは」
私服スカジがドレススカジの頭上に乗っているサンタ帽を指さす。ドレススカジはサンタ帽を被っている以外は、歌い手としてのドレス姿のままだ。
「だって……このドレスは脱げないもの。わたしに残された、数少ないわたしらしさなのだから」
そう言ってドレススカジは自分の体を抱き締める。
「これを見なさい」
スカジが手に提げていた紙袋をドレススカジの眼前に突き付ける。
「これは、本気のサンタコス衣装よ」
何だって!? 俺はスカジの発言に驚愕する。
本気のコスプレ衣装を、スカジが用意したというのか!?俺は何も聞いてないぞ!
「これは然るべきタイミングで着るべき切り札だった。けれど、あなたに対抗して今使うわ。ドクターを喜ばせる為に私が本気でいるのが分かる?あなたとは本気度が違う事を見せてあげる」
そう言って私服スカジは紙袋を携え、肩を怒らせて俺の横を通り抜けていく。
「着替えてくるわ」
「あ、ああ」
私服スカジが給湯室の扉をバタンと閉めた。
それにしてもスカジが自ら進んでサンタコスをしようとするだなんて、意外だった。誰かから入れ知恵でもされたのだろうか。
「言っておくけど、抜け駆けは無しよ」
スカジが再び扉を開けて顔だけ出して釘を刺す。早くも上の服を脱いだらしく、スカジの首周りの肌色に鎖骨、ブラジャーの白いストラップが目に付く。
「抜け駆けするようなら、ぶっ飛ばすわ」
そう言って再びバタンと扉を閉めた。執務室に俺とドレススカジが取り残される。
俺はデスク越しにドレススカジと目が合う。
「君は、未来のスカジなのか?」
「ええ、そうよ。会いたかったわ、ドクター……」
そう言ってドレススカジがデスクを回り込んでくるように距離を詰めてくる。回転チェアをスカジの方に向けた時には、ドレススカジが椅子に座ったままの俺を頭からぎゅっと抱き締めていた。
「おむっ」
スカジのドレスの胸元に顔を押し付ける形になってしまう。
「~~~~っ!!!!」
ドアが開く音が給湯室の方からしたので目を向けると、扉から顔だけ出して、唇を噛み眉をしかめてわなわなと震えているスカジがいた。彼女がここまで来れないのは、おそらく今スカジは裸だからだろう。
「早く着替えな!スカジ」
俺の催促に、口を悔しそうに歪めながらばたんと扉を閉めるスカジ。
ドレススカジが寄せていた体を離す。湿った紅い瞳がじっと俺を見詰めていた。
「君は、シーボーン化してしまったのか?」
「ええ、そうよ。この時代のドクターは生気に満ちていて素敵ね」
ドレススカジが微笑む。ドレススカジの世界線の俺は一体どうしてしまったんだ……?気になるが、何となく聞かないでおくことにする。
「こうして、昔のドクターと一緒に過ごせるなんて。夢みたいだわ」
俺の目の前にいるシーボーン化したスカジも、俺を想う気持ちは本物だ。そう感じた。
「ドクター、お待たせ」
俺を呼ぶもう一つのスカジの声がする。給湯室の入り口の方に目を遣れば、そこにはまごうことなきサンタスカジがいた。
銀髪の頭の上に被せたサンタ帽に、華奢な肩回りを覆う可愛らしいマント。首元に結ばれた紺のリボン。赤いフレアスカートの裾を縁取るフリルが円状に二周していて、スカート丈は短くスカジの美脚が露わになっている。
「ど、どうかしら」
少し自信が無さそうに肩を竦めて、自分の腕を擦りながら尋ねてくる。
「ああ、素敵だよ」
俺はため息をついた。こんなに可愛いサンタスカジが俺の彼女で良いのか?頑張って慣れないコスプレをしてくれた彼女の気持ちを汲むとより一層彼女への愛おしさが湧いてくる。
「そう。良かった」
満足そうにほっと息をつくスカジ。そしてドレススカジの方へ顔を向けた。
「どう? 私の本気、分かったかしら」
心無しか若干ドヤ顔をしているサンタスカジだった。普段の表情の変化が薄い彼女の事だから、ちょっとレアなドヤ顔だ。
「なかなかやるわね。過去のわたし」
二人のスカジの間で視線がぶつかり、火花が散る錯覚を覚える。
「ところでなんだけどさ」
俺が頭を掻きながら二人に尋ねる。
「この後、ロドスのクリスマスマーケットに行く予定だったよな」
スカジとデートする予定があったのだが。現状、この場にスカジが二人いるのだ。これからどうするか?
「わたしも行くわ」
ドレススカジが答える。
「ちょっと。私とドクターの二人で行く予定だったのよ? なんであんたも来るのよ」
「うーん……」
「お願いドクター。わたしも連れて行って」
湿った紅い視線を俺に送ってくるドレススカジ。俺はため息をつく。
「どっちもスカジだからな」
ドレススカジの俺への想いもまた本物だ。スカジの頼みを俺は無下に出来ない。
「マーケットには三人で行くか」
「ありがとう、ドクター」
「むむむ……」
笑顔になるドレススカジとむくれるサンタスカジ。
「スカジ」
俺はサンタスカジに声を掛ける。
「サンタコスをしてくれた後に言うのもなんだけど。その恰好でロドス内を歩き回って大丈夫?」
「……大丈夫。恥ずかしく、ないわ」
そう言いながらも眉はしかめ、口はへの字に曲がっている。ちょっと恥ずかしがってそうだ。
「さて、行こうか」
「ええ。行きましょう、ドクター」
二人のスカジがほぼ同時に同じセリフを言い、むっと互いに睨み合う。
俺は苦笑する。スカジが二人いるなんて、俺達を見たロドス職員はどんな反応をするんだ?俺は言い訳を考えなくてはならなかった。
☆ ☆ ☆
ロドス艦船内にあるイベントスペースは、色鮮やかなイルミネーションの光と行きかう人々の活気で満ちていた。クリスマスデコレーションをされた屋台の間にイルミネーションが吊り下げられ、その煌びやかな雰囲気の下を子どもから老人まで、種族を問わず様々な人達がこの特別な催しを満喫していた。
飲食スペースで夕食をとる家族連れや人々の間を駆け回る子供達、ホットワインを片手に歓談する大人達。
冬の艦船内に現れたクリスマスの賑やかで暖かな光景に、サンタスカジとドレススカジは目を大きくしながら歩いていた。
だが、俺は正直クリスマスマーケットどころではなくなっており、窮地に陥っていた。
(なんだこの状況は……!!)
俺の右腕をドレススカジが胸元に抱え込むようにして腕を組んでおり、左腕をサンタスカジが胸元に抱え込むようにして腕を組んでいる。
すると、必然的に俺の両腕が二人の胸に挟まれている状態になるのだ。俺の理性はその柔らかな感触に悲鳴を上げていた。しかも二方向からその柔らかさが押し寄せてくる。
(アッ……アアッ!!)
絶えず両腕を通して押し寄せてくる、柔らかさという名の暴力の波にコテンパンにされた理性が、恐魚のような片言の悲鳴しか上げられなくなる。
「ドクター」
デートをしている事が心底嬉しいのか、ドレススカジが微笑んで俺の腕を抱き締め、密着度を上げてくる。
「むっ」
サンタスカジが負けじと力強く俺の腕を引き寄せ、密着度を高める。
(ああ……)
俺の魂は昇天寸前だった。
愛するスカジがなぜか二人に増えて、その二人共に腕を組まれて。もう俺の理性は息をしていない。
そして俺は悟りの境地に至った。
(そうか。ここが天国だったんですね)
かの有名な偉人は言った。
右の頬を打たれたのなら。左の頬も差し出しなさいと。
(つまり。右腕を挟まれたのなら。左腕も挟まれなさいという事だな……)
「ママー。あのマスクの怪しい人、きれいなおんなの人をふたりもはべらせてるよ」
「ちょっと、どこでそんな言葉覚えたの!!あれは見ちゃダメよ!」
「すごいねー、きっともてもてなんだね!」
二人のスカジに挟まれて夢見心地のままマーケットを回り、サンタスカジにドレススカジとクリスマスの買い物に食事をした後。マーケットを離れて視聴覚室へと向かった。ウィスパーレイン企画の映画上映会に行くためだ。クリスマス特集をしているらしい。
「こんばんは、ドクター」
受付にいたのはウィスパーレインではなく、医療部のオペレーターだった。
「生憎ですが、3人隣り合って座れる席は無さそうです。2人と1人の組み合わせでないと」
映画館の方も盛況らしい。暗くなった視聴覚室の中を見ながら医療部のオペレーターがそう報告した。途端に二人のスカジの間に緊張が走る。
「わたしがドクターと座るわ」
「私よ!あなたは飛び入り参加でしょ。元々私がドクターと二人で映画を観る予定だったの!」
「むむむ……」
「むむむ……」
サンタスカジとドレススカジが再び睨み合いを始める。これまた収拾が付きそうにない。
「提案なんだけどさ。もうこうなったら、俺が一人で観て、君達二人で隣合って観るというのは?」
「ダメよ」
「ダメに決まってるじゃない!」
「……ですよね」
俺は肩を竦める。
「スカジ。ちょっと来て」
「な、何よ」
「いいから来なさい」
ドレススカジに何か考えがあるのか、サンタスカジの手を引っ張り俺から離れた場所へ向かう。そこで何やら二人で話し始めた。
暫くすると俺のところへ二人が戻ってくる。
「ドクター。わたしが隣よ」
そう言うのはドレススカジだ。
「話はついたのか?」
サンタスカジに聞いてみる。
「ええ……」
サンタスカジは、なぜか伏し目がちで恥ずかしそうにしている。一体どんな話をしたのだろうか。
「じゃ、行きましょ」
ドレススカジが俺の手を引き、上映室の席へと向かう。
俺達の後ろに座ったサンタスカジはと言うと、むすっとした顔で大人しく着席していた。俺と目が合うと驚いたような表情をして、慌てて目線を落とす。
「二人でどんな話をしたんだ?」
俺の隣で穏やかな笑みを浮かべているドレススカジに尋ねる。
「席を譲って貰えるように交渉したのよ。わたしはいつまたここに来れるか分からない。わたしと違って、スカジにはまだチャンスがあるのよって教えてあげたの」
わたしとドクターの関係は、未来の世界で崩壊してしまったけれど。スカジにはまだチャンスが残されている。
「それと、スカジにアドバイスもしておいたわ。おそらく、これはあなたにとってのプレゼントにもなるかもね」
「どういう意味?」
「きっと今日中に分かるわ」
ドレススカジは口を噤む。程なくして映画が始まった。
☆ ☆ ☆
映画を三人で観終えた後、もう一度クリスマスマーケットの様子を見ようという話になり、会場を歩いていた時の事だ。
「ドクター!それにスカジさん!すみません、急ぎでお伺いしたい事があるのですが、宜しいですか!」
おそらくマーケットの運営スタッフをしていると思しきオペレーターが声を掛けてきた。
「あ、あれ……?スカジさんが、二人?どういう事ですか?」
「事情は複雑なんだが、ここは取り敢えずスカジの双子が来ていると思ってくれ。どうしたんだ?」
「は、はい……。中央ステージで、各種イベントをしている事はご存知ですよね。最後のプログラムがクリスマスコンサートなんですが、歌い手の人が体調不良で急遽お休みになったんです。そこで会場の皆さんとクリスマスソングを唄う企画に変更しようという話になったんですが、折角ならロドス内で歌える人を呼んで、その人を中心にして皆で歌おうという話になりまして。それでスカジさんの名前が上がったんですよ。スタッフの中にスカジさんの熱心なファンがいるんです」
「なるほど。スカジ、どうだろう?」
俺はサンタスカジに声を掛ける。ロドス内で浮きがちな彼女が、どんなきっかけでも良い、ロドスに馴染むきっかけになれればと思ったから。
「あまり気乗りしないけど……。ドクターも一緒に上がって歌ってくれる?それなら引き受けるわ」
「はは……。分かった。君にだけ役割を振って俺は何もしないのも、不公平だしな」
「わたしは止めておくわ」
ドレススカジが哀しそうに笑う。
「大群を導く為の歌しか、もう覚えていないもの。客席から見ているわ」
そして俺はサンタスカジにドレススカジと一緒にステージの客席に座り、クリスマスコンサートが始まるのを待った。
「今回のクリスマスコンサートはプログラムの変更により、皆さんとの合唱になりました。そして、なんと急遽特別ゲストとして、スカジさんとドクターが来てくださいました!皆さん拍手でお迎えください!!」
司会の呼びかけに応じてサンタスカジと一緒に壇上へ上がる。にわかに会場が色めき立った。
「あのスカジが、サンタコスをしてる、だと!?愛想の欠片も無い破壊神だという噂は、嘘だったのか?」
「やばい、めっちゃ可愛い……!今、彼女は俺の心を破壊したわ。確実に」
「なるほどね。物理的な破壊だけじゃなくて、そっちの破壊も得意、ってわけか。ぐはっ」
「くそっ、ドクターが羨ましすぎるぜ、くそっ!!」
俺とスカジ以外にも運営スタッフの三人が加わり、計五人が壇上で歌う。しかし、この後俺は、壇上に上がらなければ良かったと後悔する事になった。
歌い出しの直前の静寂。そして響き渡ったスカジの歌声は、それを待望していた聴衆の期待以上の力を持っていた。惹き込まれるような声の張りに圧倒された聴衆は歓声を上げる。
ウィーウィッシュユアメリークリスマス♪
ウィーウィッシュユアメリークリスマス♪
誰もがスカジの歌唱に聴き入っていた。それは壇上に上がっている4人ですらそうだった。もはや自分が歌うよりも、黙ってスカジの歌声を聞いていたいぐらいだった。
そして、これが合唱イベントだった事を遅れて思い出した聴衆も、スカジの歌声に続くようにして歌い始める。クリスマスの喜びを、願いを。皆で歌い上げる。
ウィーウィッシュユアメリクリスマス♪
アンドアハッピーニューイヤー♪
俺は歌いながら、サンタスカジの端正な横顔に見蕩れていた。目を閉じて美しい声を響かせるスカジ。観客席からは、ドレススカジが俺とスカジの事を見守っていた。
☆ ☆ ☆
コンサートを終え、俺とサンタスカジは二人で自室に戻って来た。
俺は二人分のホットココアをいれて、スカジにマグカップを渡す。スカジがありがとうと言ってマグカップを受け取る。
「スカジ。スカジは、未来のスカジがすぐに帰る必要がある事を知っていたのか?」
俺は尋ねる。家路の途中で未来のスカジが別れを切り出した時も、スカジはこうなる事を知っていたかのようだった。
「ええ。映画館での話し合いの時に聞いたわ。今日中にも石碑に変化があるから、帰らないといけないって。私に石碑の意味するところは分からないけれど。今日限りでこの時代にやって来れたのは、本当にクリスマスの奇跡だったのかもね」
スカジが手元のココアを見詰める。
「あの話し合いで、未来のわたしは耳の痛い忠告をしてくれたわ」
スカジが眉をひそめる。
「未来のわたしのようにならないように。もっとドクターを頼りなさいって。自分ひとりだけで物事を決めずに、ちゃんと色々な事を話し合いなさいって。そして、自分の気持ちを伝えておきなさいって。言われたの。だから、その……」
もごもごとスカジが口ごもる。
「いつも、ありがと……」
「あ、ああ」
俺もどぎまぎする。
「スカジこそありがとう。いつも傍にいてくれて」
「……うん」
スカジが目を伏せる。
「プレゼント交換、する?」
「ああ、そろそろしようか」
二人で互いに用意しておいたクリスマスプレゼントを渡す。俺の手元にスカジが用意したラッピングされた小箱がある。開けるのが楽しみだ。
「あの……。実はもう一つ、プレゼントがあるの」
用意していた台詞を読み上げるようにスカジが言う。
「え、そうなの?」
ソファの俺の隣に座ったスカジが恥ずかしそうに目を細め、息を吸って吐く。
「わ、私よ」
執務室内は暖房と加湿器の稼働音だけが響いている。サンタ姿のスカジの心音が、隣の俺にまで聞こえてくるようだった。
「私よ……」
俯いたスカジの表情は見えない。
(「それと、スカジにアドバイスもしておいたわ。おそらく、これはあなたにとってのプレゼントにもなるかもね」)
俺の頭がドレススカジの言葉を思い出す。この積極的なスカジが、未来のスカジからのプレゼントだということなのだろうか?
今のスカジが一歩を踏み出せるように。未来のスカジが彼女の背中を押していたということなのだろうか?
室内に置かれたクリスマスツリーのイルミネーションだけが機械的に明滅を続けている。
☆ ☆ ☆
濁心スカジは、寝静まったロドスの艦船内をひとり歩いていた。
スカジに気を遣って早めに二人の元を離れたものの、濁心スカジにはまだ元の時空に帰るまでの猶予があった。そこで、かつての古巣の様子をもう少し見てみたいと思ったのだ。
二人の元を離れた後は、もう一度クリスマスマーケットの盛況を見に行った。その後はロドスの艦船をふらふらと歩き続けた。
濁心スカジは孤独を感じない。彼女は既に大群の一部であり、大群を率いる者である。
だが、艦船内のかつて自分が過ごした場所を見て、過去の自分の有り様を徐々に思い出していった。
かつてのスカジは孤独に過ごしていた。一人ぼっちを抜け出したいと思っても、現実がそれを許してくれなかった。
だが、ロドスに来てから少しずつ状況が変わり、ドクターというかけがえのない伴侶まで得る事が出来た。それは濁心スカジも知るスカジのストーリーだった。
シーボーンと違い、人類にとっては繋がりをつくることすら難しい。
個体は個々の利益を追求し、その為に嘘までつく。人類の個体にとって自分の生存がまず第一であり、建設的な関係性というのは稀なものだ。
群れの生存を目的とした団結も非常に困難で、集団の内部で反目し合う事例に事欠かない。
それでも。それだからこそ、人は暖かな人間関係を築く事が出来た時。それをかけがえのないものとして祝福し、感謝するのだ。
種の存続という観点から見れば、非常に非合理的と言えるかもしれない人の営みは、今もこの世界の至るところで行われているものであり、かつてのスカジも繋がりを切望していた一個体に過ぎなかったと、濁心スカジは理解していた。
だから、彼女は歌うことにした。今を生きるスカジの幸福を願って。
ウィーウィッシュユアメリークリスマス……ウィーウィッシュユアメリークリスマス……♪
濁心スカジの呟きにも似た歌声が、ロドスの廊下に鳴り響いていた。