愚王日誌~我は勇者を追放する~   作:I'mあいむ

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お久し振りです。お待たせしました。あと二話程で本編は終わりにしたいです。


同士

 

カリカリという筆を走らせる音だけが響く。ほんの少しの緊張感と懐かしさが部屋を満たしている。

 

暖かな日差しの感じられる午後。西日の差す執務室はどうにも不安を掻き立てられる。俺はこの時間帯が昔から苦手だ。まあ、普通この人と話してたらそんな下らない思考はする暇が無いんだが。

 

「どうも、お久し振りです」

 

「………相変わらずですね、王よ」

 

……見た目は結構変わったんだがなあ。

 

視界の端には対面に座る偉丈夫。獅子のような黒髪に鋭い金瞳。纏う服装に施された装飾がこの人の立場を如実に表している。きっと分かる人が見たらオーラやプレッシャーを感じることだろう。

 

 

「止してくださいファクター公爵。私は貴方にそう呼ばれる程のことを出来ていない」

 

この人の名前はファクター・ベネ・ヴィデアム。我が国における貴族達の中でも最上位に位置する三大貴族、その内の一つであるファクター家の現当主だ。要するにこの国の最重要人物な訳だ。なんなら王である俺よりも重要。俺を殺したところで国は崩壊しないが、この人が居なくなったら外交内政全てが失敗するだろう。武力による抑制ないし牽制は単体による力が複数を上回る世界において大きな意味を持つ。この人、そしてあの家が保有する力を失ったら貴族共に寝首を搔かれるのに1日と持たないだろう。騎士団長の師匠は伊逹じゃない。

 

「王とは地位です。何をしたかではありません」

 

「言った筈です。私では貴方の王にはなれないと……誰も居ないのですから、今くらい良いじゃないですか」

 

「それが本音でしょう」

 

「まあ、無礼講ということで」

 

この人のことは良く知っている。何せ一番苦楽を共にした人だからな。上の二人が亡くなった時、正確にはラディル兄さんが殺されたと知った時には全てが手遅れだった。原因解明などしてる暇が無いほどの一大事。前代の王の訃報に続き王位継承者まで居なくなったとなれば国の混乱は免れない。

 

当時、唯一俺と一緒に戦ってくれたのがこの人だった。あの時から俺達はどんなこともやった。この人も信念を曲げてまで着いてきてくれた。尊厳もプライドもかなぐり捨てて挑んだ国家存続。敵はあまりにも多かった。

第一王子を葬り国を窮地に陥らせる貴族。誰よりも世論を煽り貴族と結託して邪魔をしてくる商人。婚約者を殺された怨みから国を滅ぼさんとするエルフ。新しい王への不安感故に敵となった民意。それらに便乗し漁夫の利を狙う周辺諸国。そして、水面下で勢力を伸ばし続ける魔王軍。存在する全てが敵だった。

 

「何を数えてるのです?」

 

「ああいや、やっとここまで来たなと」

 

「ああ、成る程……」

 

元々味方の居ないお飾りの王だ。信用出来る部下など居る筈が無い。後継者争いから抜けようと思った俺に最後の最後で回ってきたのは敗戦処理。逃げられる訳もなく、趨勢が決した後の戦いに勝利の道は一分たりとも残されていなかった。

 

そんな時、ラディル兄さんの死から立ち直ってもないのにこの人は俺のところに来た。事態を収拾させるには正しさなど何の足しにもならない。暗い部分の大半は俺が処理したが、それでも相当数をこの人に頼るしかなかった。

彼の心の傷を抉るような行為だ。信じた君主が亡くなり、その君主が間違っていたとでも言うように悪事に手を染めるしかない困難が降りかかってくる。それでも国を護る為に進み続けることに彼は何を感じたんだろうな。

 

彼らの信じたものは何も間違っていなかったのに。この国でなければその理想を叶えることが出来たのに。それもまた、このどうしようもない状況に辿り着く為には必要だったなんて、この上無い程に現実は残酷な話だ。

トロッコ問題も真っ青だな。ガンディーも助走つけて殴るレベルってのはあのクソ女神のことだろう。

 

「今日はどうしたんです?」

 

「……単刀直入に言います。この国は、本当に滅ばなければいけなかったのですか?」

 

「………ええ」

 

正確には世界の為には滅びるしかないと言ったところか。この国という統治体制だけが滅びるか、異世界纏めて道連れに滅びるかの違いだな。どうせ滅びるんなら被害が小さい方を選ぶのが正常な人間というものだろう。自己犠牲とか以前に滅びるの確定なのは可笑しいと言いたい。

 

「我々には本当に勝ち目が無かったのですか?あの勇者を追放しなければまだ」

 

「公爵」

 

「……申し訳ありません」

 

……言いたい気持ちは分かる。すっっっごい分かる。俺だってあのクソに言いたい。なっちまったものは仕方ないが……しかしまあ、どうにかならなかったのかと言いたいのは俺も同じだ。

 

「いえ、責めている訳じゃないんです。確かにその可能性もありましたが、しかし限りなく低い。この国に彼を置くこと自体が狂気の沙汰です。彼の能力を伸ばせる見立ても全くありません」

 

というよりは無理だったろうな。もし勇者を強く出来たとしても魔王には勝てなかっただろう。追放系ってそういうものなのかもしれない。彼には悪いことを……いや騎士団長が居るんだからラッキーだな。美人で最高の護衛と二人旅ってどこの貴族だ。

 

「それは……」

 

「スキルや能力と呼ばれるものが何を切っ掛けに成長、ないし覚醒を見せるかは予想出来ない。公爵なら良くご存知でしょう?」

 

「…そうですね。それらのものは誰にも分からない可能性を秘めています。しかし王はそれを分かっていたではありませんか。それ以外にあの状況でそのような行動に出た理由があるのですか?」

 

まあ、そりゃ俺が勇者の覚醒を知っていたと思うよな。実際予期していたからあのクソ女神の策略が見えても乗った訳だし。ただ、別にこんな状況でも無ければ勇者を手放すような真似はしなかった。

 

「まあ、一番の理由はこの国の状況です。この国は腐っていますから」

 

「っ……」

 

世界やクソ女神の目的は魔王討伐だが俺の目的は職務からの脱出だ。………まあ、人間なんてきっちりと善悪に分類出来るものでない。なに、一番丸く収まる努力はしてる。嫌なら誰か変わってくれ。

 

「これしかないんです。この国が元々滅びるのは分かっていたことです。それなら被害を少なくするしかない………私がこの席に即位した時からそんな予感はしてましたしね」

 

「しかし……いえ、そうですね。確かに魔王軍や貴族は我々だけではどうしようもない問題でした。このまま続けば我が国は滅んでいたでしょう。………必死になってやってきた末路がこれとは、ままならないですな」

 

「大抵、人の生とはそういうものです。本来なら、上手く行くことなんてこの手の平程も無い」

 

何よりも分かっていた。こんな人生が始まる前から身に染みている。俺みたいなのには当たり前の話だが、彼は違う。きっと彼の人生の中で初めてだっただろう。自分の才能も努力も積み上げてきた経験も全てが通用しない、どうしようもないものという壁は。

 

「あの時から私達が行ってきたのは撤退戦です。どうすればこの国を存続出来るのか、どうすれば丸く収まるのか、一番被害を少なくするにはどうすれば良いのか。もはや前者二つは難しくなってしまいました。……民とあなた方だけは生き残って貰います。これは私の最後の職務です」

 

「王はやはり……」

 

「はい、流石にこの首を差し出さないのは不可能です。もし遺体が見つからなければ身代わりを疑われる可能性もあります」

 

もし俺の死体が見つからなかったら被害は広がる。見える形で死ぬことが俺に求められた仕事だ。その時まで、あとどれぐらいなんだろうな。

 

「ここらで我々の戦いも終了ですね」

 

「……はい」

 

「公爵には本当に迷惑を掛けました。貴方が居なければここまで来れなかった」

 

俺は、俺達は彼の大切なものを奪うことしか出来ない。主君を、地位を、誇りを。それでもここまで進んでくれた。ただ一人の戦友。俺が返せるものは何も無いのか?

 

「私は、あなたの役に立てましたか?あなたの道は何よりも険しかった。ラディル様よりもあなたは、困難に阻まれたというのに。その道を私は支えられたのですか?」

 

「勿論ですよ。それに、あの人の道の方が何倍も難しかったのは、こんな私でも分かります。正義というあまりに偉大なものを志したんですから、私ではどうあっても出来ません」

 

善悪、正義という概念はあまりにも難しい。正義とは法ではない。しかし倫理でもない。それは時に答えを出せないもの。人の数だけその人なりの正義がある。間違いと言えるものはあれど、正解はない。

かのアドルフヒトラーでさえも彼なりの正義によって動いていた。正義として行動した者が後世では悪とされる。

その道は正しく地獄だ。意志が強固でなければ迷いが生じる。一つ間違えれば悪となるその道で、ずっと悩み続けながら進んでいくのはあまりに過酷だ。

ラディル兄さんはそれに挑めるだけの資格があるような、そんな人だった。

 

「そんなことは…」

 

「良いんです。実際私は能なしですから。あの人はそれをやれるだけの才能を持ち合わせていました。最後までその才が陰ることが無かったのが何よりも証拠となります」

 

あの日、あの人が亡くなった日。俺はそれがどうしても信じられなかった。あの化け物を殺したやつがいる?何処の誰だそんなことをしたのは。そんな方法が存在したと?それだけの強者と戦ったのか?悲しみよりも先に理解が追い付かなかったのを今でも覚えている。

 

今思えば……あのクソの差し金だったんだろうな。そんなことをするのは運命律とも呼ばれる世界の意思。そしてそれに味方したであろう可能性のある存在。

奴らが手を引いていたのは明らかだ。世界トップとはいえ一つの暗殺チーム程度がラディル兄さんを殺すのは不可能。油断などするような人じゃない。考えられるのは理解の及ばない上位存在によるもの。あの人のことだから全て知ったら許してしまっただろう。それが例えどんな結末だったとしても。

 

「あの時、私が間に合っていればもしかしたらと、今も思います。私は貴族達の企みに気づけなかった時点で、従者として失格でした…」

 

「あの人はそうは思っていないですよ。奴らを壊滅させたのはあの人自身ですしね。自分で自分の仇を取るなんて……とても人間とは思えない強さですね」

 

俺がその真相を知ったのは即位してからずっと後の話だ。最後の話を聞くにラディル兄さんがどれだけ凄かったのか理解した。最初に心臓を貫かれた彼はそのまま暗殺チームを壊滅させた。全員が凄腕冒険者と呼べる程の手練れ集団。それを死にかけのまま倒すというのはとてもじゃないが人間とは呼べない。

 

しかし最初の下手人にだけは逃げられた。兄さんから公爵がそう聞いたらしいが、明らかにおかしい。一番距離の近い者を逃がすなんて何かあった筈だ。例えば、それが運命や世界からの刺客だった、とか。

この世界では度々そういう現象が観測される。謎の存在の干渉によって抹殺された偉人が歴史に残っているのだ。それが起こるのは何時だって歴史の転換期、つまり兄さんの死に大きな影響があるということになる。……どうすりゃ良かったんだよって話だ。

 

「あの時、あの方から貴方を守るよう言われたのは、こうなると分かっていたからでしょうな」

 

「え?」

 

兄さんが?そんなことを言われてたのか。……この国の王が守られなければいけないほどに弱いなんて、先代が聞いたら何を言われるか分からないな。

 

「兄さんはなんと?」

 

「貴方様の道を頼むと、きっと誰よりも苦しい戦いをすると、そう仰っておりました」

 

「そうでしたか……」

 

最後まで優しい人だな。本当に、そんな人が居た癖にこんな選択しか出来ないなんてな。苦しさは増すばかりだ。

この世界は、もしかしたら物語の中なのかもしれない。けど俺の目に映るのは現実だ。俺は主人公になどなれやしない。運命を変えて理想の未来を作るような、ご都合主義な人生は歩めない。

愚かで愚かで仕方ない人間。笑えるほどに後悔ばかりだ。それでも間違ってないなんてどんな喜劇だろう。

 

「…それじゃあ、ここら辺で終わりにしましょうか」

 

「……はい」

 

「公爵、貴殿に私から最後の命を」

「あなたは37年間、この国の公爵としてひたすらに従属してきました。先代を通した我が国への多大なる貢献に感謝を称します」

「遠くない未来、この国は滅ぶこととなります。内容はその事態に乗じて国民を逃がすこと。報奨は残った財宝をお譲りします。この命令を最後に公爵としての任を解きます。それではお疲れ様でした」

 

「はっ!」

 

足に力を入れる。必死に力を入れて、魔力を回して、使い物にならない足が悲鳴を上げながら稼働した。こんな時ぐらい、立たないと失礼だよな。

 

「………最後に、俺としての言葉です。あなたにはきっとこれからも困難が待ち受けています。俺達は先に逝きますが、死ぬことは許しません。絶対に幸せを手に入れて下さい」

 

「……」

 

そんな顔をしないでくれよ。もう涙なんて枯れてるんだ。さあ、別れの時だ。

 

「さようなら公爵。俺の戦友」

 

「ええ、さようならです。我が友」

 

ごめんな兄さん。あなたが望んだ未来は俺なんかじゃ無理だった。あの人まで巻き込んでも俺には何も成せなかったよ。

 

誰かの為に、何かの為に、それでも進むというのなら、その結末さえも美しくあれるのだろうか。

貴方の未来に幸があらんことを。友よ、どうか、良い生を。

 

 

127日目

 

最近はどうにも体の調子が悪い。手の震えがいつまでも治まらない。足も感覚が鈍くて動かなくなってきた。筋力の衰えが激しい気がする。そろそろマズイのかもしれない。気付けばこの日誌を書き始めて100日を越えている。ともすればこうなるのも必然なんだろうか。当初はあと2年程大丈夫だと思っていたが、どうやらそうもいかないらしい。持って1年。数ヶ月が妥当と言ったところか。自分の体というのは分かりやすいものだ。

 

追放勇者は騎士団長と良い感じ、らしい。部下達には出来るだけ会話を聞かないよう指示をしなければならないな。それはそれとして素晴らしいことだ。俺の思惑が介在した気がするのは申し訳ないが、勇者が幸せならば些事だろう。

 

他の勇者には少々戦地に赴いてもらっている。別に行かなくても良いのだが、まあ少し現実を見せておかなければならないと思った為だ。彼らはこれでこの世界がどういう場所なのか理解するだろう。

 

血で血を洗う戦争。様々な方法で魔王軍に改造された人間。クローン、ゾンビ、洗脳、死霊、魔改造。生命の禁忌に奴らは容易く触れてくる。昨日の戦友が今日の敵。

人間だけで作られた合成魔獣なんて出た時は本当にきつい。地獄にいた俺でさえおぉ……と思ってしまった。彼らからしてみればその死屍累々の様は地獄と遜色無いだろう。そこを少しでも経験したならこの国が滅んでも生きていけるだろうからな。

 

最近の貴族共に関してはハートレス家の動向がキナ臭い。どうにも不審な点が目立つ。出所の分からない収支にやたら新しく繋がりを作っている。密偵に探らせても妙に警戒の強い時間帯があることしか分からない。露骨に怪しい……と思っていたのが数日前だな。遂に奴らの計画の全貌が見えた。

 

簡単に言えばヴァイズを捨て駒にして俺を始末するつもりらしい。本当に懲りない奴らだな。兄さんの時と同じことをしようとしている。それが自分達の衰退に繋がるというのに。まあそんなことしなくても滅びるが。取り敢えず明日から戦地送りだ。いやー気持ちいいねえw遂に奴らの死に様が見れるとはw

 

ここ十数年の苦労も報われるというものだ。今から楽しみで夜も眠れない。明日、奴らの顔を見るのが楽しみだ。当主共々地獄行き。三大貴族だったから送り難かったがそれも終わりだ。ここからは問答無用でやらせてもらう。明日から忙しくなりそうだ。

 

 

156日目

 

貴族達への粛清もそろそろ終わりそうだ。勇者も快進撃を続け遂に三体目の幹部を倒した。この国が滅ぶのもそろそろだろう。魔王軍の動きや計画、勇者達の動向から鑑みれば一つの道が見えてくる。魔王軍は近々大進行を行うつもりだろう。我が国の防衛ラインを突破し完全に落とす勢いだ。

対して追放勇者はこの国に向かって来ている。何をする気かは分からないが……この国を救うことは無いだろうな。アレはそんな善人じゃない。善行をひたすらに積む者は只の狂人だ。修行僧でさえ心の底には怒りがある。追放勇者はどちらかといえば善よりではあるが、あくまで人間。そんな壊れた機械みたいな精神は持っていない筈だ。

 

大方魔王軍への強襲が目的と言ったところか。ベストなのはこの国が魔王軍に襲われてから来てくれると有難いところだ。

あの時に貴族を戦地に送ったのは良い選択だったな。あのタイミングで決行したお陰で有力な奴らは殆ど始末出来ている。後は混乱に乗じて木っ端役人達を殺すだけだ。非常に楽な手筈となっている。

 

さて、この計画ももはやクライマックス。奴らが攻めて来る時が待ち遠しい。

 

あと数ヶ月は現世でしか出来ないことを少しだけしようと思う。勿論仕事があるから片手間にではあるが。それから出来るだけ後進の為に技術を残さねばならない。失われては人類の発展が遅れてしまうものもある。早めに手を打っておかなければならない。

 

明日からは全てを終わらせる為の作業だ。今日は長めに寝ることにする。

 

 

 




番外編とか設定とかについてはアンケートを取ろうと思います。15万UA、お気に入り一万件有り難うございます。感想は全て見させて戴いているので本当に感謝

番外編は必要ですか?

  • 要るに決まってんだろ舐めとんのか
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