モスティマ達との予定を済ませ、ホテルに戻って昼食を済ませた後、俺はシエスタに数多く存在するビルの一つへと足を運んでいた。
ビルの入り口にはミュルジスがそわそわと落ち着かない様子で待機しており、俺の姿をその視界に収めるなり、嬉しそうな笑顔で駆け寄られた。
二言三言の言葉を交わし、俺は彼女に手を引かれてビルへと足を踏み入れる。
気持ち強めの感情が、彼女からビシバシと伝わってきていた。どうやら今日は本体の方で出迎えてくれたらしい。旋律が混じって少し思考し辛いが、感情を読み取って会話がしやすくなるのは正直助かる。
何階にも及ぶそのビルのフロアの一つ、『空き』と表示されていたそこは、その表示とは裏腹に客室のように整えられており、通された時ミュルジスは「ライン生命で借りているフロアの一つなの。主に接待の用途で使われているらしいわ」と説明してくれた。
高そうなソファへと腰掛けると、彼女も向かいのソファへと腰掛ける。
そうして彼女と目が合い──頭を大きく下げられた。
「────改めて、先日は急に押し掛けてしまってごめんなさい」
「入り口でも言いましたが、私が倒れたのはミュルジスさんだけのせいという訳でも無いので、そこまで気にされなくても大丈夫ですよ」
「いえ、それも勿論あるけど……見知らぬ人物が急に訪ねてきたら怖いものでしょう?」
「……まあ確かにそうですね」
「……ごめんなさい」
「えーと、暗い話をしていても時間が勿体無いので、別のお話をしませんか? 私もミュルジスさんに聞きたいことがいろいろあるんです」
肩を窄めたミュルジスさんは、申し訳無さそうに視線を下へと向ける。
俺は慌ててフォローを入れた。
彼女のためという部分も確かにあるが、大部分は自分自身のためだ。
ミュルジスさん、『共感』で受け取る感情が強いので、悲しさとかの負の感情はかなりこちらも辛いのだ。
彼女はこの『共感』について誰にも教えて貰っていないはず。
ミュルジスが『エルフ』に対して特別な感情を抱いているということを加味しても、事情を知らない人だとこんな感じだということ、普段からテレジアやアスベストスさんは負担にならないよう工夫をしてくれているのかもしれないと知れたこと、これらは嬉しい発見だ。
俺のフォローの言葉に、彼女は恐る恐るといった様子でこちらを見た。
「……そうね、オーナーが作ってくれた時間は大切にするべきね。アレは持ってきてくれた?」
「はい。このテーブルに置いていいですか?」
「ええ、そうしてちょうだい。────そちらは聞こえてるかしら?」
俺は持って来ていた無線機を、目の前のテーブルへと置く。
ミュルジスの呼び掛けに、無線機からは声が響いた。
普段から聞き慣れている優しい声音──テレジアの声だ。
『ちゃんと聞こえているわ』
「テレジア、今日はオーナーとの対話の許可をくれて、ありがとう」
『私に感謝をする必要は無いのよ、ミュルジス。この対話はオーナーが望んだことなのだから』
ミュルジスと話がしたい、と言った時、その場に居たアスベストスさんには『こいつマジか?』という怪訝な顔をされたし、テレジアには不安と諦めと安堵が入り交じった複雑な表情をされた。
軽めの説教を受けた後、ある条件と共に俺の要望は呑まれることになる。それが、この無線機を置いて会話を二人きりにしない、というものである。
そしてテレジアはこのビルの近くで待機しているらしく、何かあればすぐに駆け付けるとのこと。
恐らくだが、テレジア一人という訳でも無いだろう。もしかしたらエリートオペレーターの二人も待機してくれているかもしれない。
受ける身とはいえ若干過保護な気もするが、最近では俺自身が割と危険な存在かもしれないということも自覚している。何も言える立場に無い。
『余計な口を挟むつもりもないから、こちらの事は気にしないでぜひ有意義で楽しい時間を過ごしてちょうだいね?』
その言葉と共に、無線機は沈黙する。
気にしないで、とは言われたが、会話を聞かれているという意識があるため、ミュルジスとの対話はぎこちないスタートを切ることになった。
それでも彼女の研究者としての性格のおかげか、あるいは『エルフ』に対する特別な感情のためか、興味を持って俺の話を真摯に聞いてくれるその姿勢に、次第に緊張は解れていく。
いつしか会話は弾み、無線機の事も脳内から消え去っていた。
俺は主に『エルフ』という種族の事についていろいろと質問したのだが、ミュルジスの方は『俺自身』に関する質問が多かった。
好きなものや嫌いなもの、趣味や得意なことなど、他愛もない内容ではあったが、一つ聞く度ミュルジスはとても嬉しそうにしていた。
それに釣られて、俺もミュルジス自身の事をいくつか聞いた。
聞かれた彼女は、先程までよりも喜び、楽しそうに質問へと答えてくれる。
そんな楽しい時間を過ごしている最中、丁度良いところで会話が途切れた。
俺はそこで一息を入れ──何時の間にか真剣な表情をしていた、ミュルジスを見た。
「オーナー、『シーボーン』って聞いたことはあるかしら?」
俺にとってタイムリーなその質問に、思わず動きが止まる。
それを見たミュルジスは、真剣な表情を少し緩ませた。
「急にごめんなさい。でもその反応、知っているとみていいかしら?」
「………………」
「あなたと出会って話を聞いてから、今日までずっと考えていた仮説があるの。……聞いてくれる?」
「……教えて下さい」
「……オーナー、もしかしたらあなたは──シーボーンの特性を持ったエルフ、あるいはその逆の存在なのかもしれないわ」
彼女の感情は、いくつもの種類が混じった複雑なものだった。
期待、不安、好奇心、恐怖……。
でも不思議なことに、『失望』のような感情は、一切存在しなかった。