「──ここで一旦お別れだね。近い内に遊びに来るからその時はよろしく、オーナー」
「はい。ミヅキさんもお達者で」
ノアの周りに形成された集落の、更に外側。
そこでロドスの車両から降りた俺は、ロドス本艦の方へと向かうミヅキさんに一時のお別れを告げた。
同じ車両に乗っていたロドスの職員達からも、暖かい言葉が贈られる。
俺の場合はノアに行くことが目的だったため、彼等とは様々なことで異なる部分がありはしたが、この約二ヶ月間をお互いに助け合いながら生きた事実は本物だ。
「仕事に困ったらロドスに来いよ」
「時間が出来たら遊びに来てちょうだい」
「もうオリジムシに挑むなよ」
「お兄さん、またね!」
何だか気になる言葉があったが、この雰囲気で指摘するほど俺は幼稚ではない。
そもそもあんな大きい生物、簡単に倒せる方がおかしいのだ。それに次も負けると決まっている訳でも無い。あまり俺を舐めないで頂きたいものである。
そうやって別れを済ませた俺は、ロドスへと向かう数台の車両を見送った後、一つだけ残っている車両へと足を運ぶ。
荷台には、テレジアにサガにアスベストスさん。運転席と助手席には、AceさんとScoutさん。
そこには見慣れた顔の人達が居た。
「お待たせしました。この後はテントに向かうんですよね?」
「うむ。そこで皆には、暫しの間待機してもらいたい。拙僧もノアを離れて久しい故、住民達にいろいろと確認をしてくるでござる」
サガはそう言って、ノアの方向へと視線を向けた。俺もそれに釣られて同じ方向を見る。
ここからノアまで、目算になるが数キロはあるだろう。
もっと集落がノアに密集していると思ったのだが、こうやって見る限り建てられているものや設置されたテント類の間隔は、間延びしているように思えた。
サガに聞いてみれば「ノアが動く際に壊してしまわぬように」という納得の回答が貰えた。
なるほど。確かにこれだけ間隔が空いていれば、ノアは問題無く動けそうでもある。
……方法はまだ分からないしどうなるかさえ不明だけど、移動の時は気を付けないと大変なことになるな。
ちょっとした雑談を交わしながら、車両は集落の中へと入っていった。
…………いよいよ、か。
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辿り着いたテントは、ノアまで後一キロも無いような場所にあった。
サガ曰く、倉庫代わりに使用しているテントらしい。
「それでは拙僧はこの場所の責任者への話と、情報収集に行って来るでござる」
駆け去っていくサガの背が建物の影に消えて見えなくなった後、俺はテレジアの方を見た。
そして俺が何かを言う前に、テレジアが口を開く。
「オーナー、顔色が悪いわ。……大丈夫?」
「……ちょっとだけ、辛いですね」
「……テントは二つあるみたいだから、分けて使いましょう。アスベストス、オーナーをお願いしても良いかしら?」
「ああ、分かった」
アスベストスさんに軽く支えて貰いながら、俺はテントの中へと入る。
中にはいくつかの物資のようなものと重ねられた木箱が置かれており、AceさんとScoutさんが木箱を動かし、近くにあった布をその上に敷いて、座る場所を作ってくれた。
「ありがとうございます……」
「気にするな。少し休んだ方が良い」
感謝を述べると、Aceさんの手が俺の肩をポンポンと叩いた。
「何かあったらすぐに呼んでちょうだい」という言葉を残して、テレジア達がテントから去っていく。
俺以外で唯一テント内に残ったアスベストスさんは、入口付近に置いてあった木箱へと腰を下ろしていた。
早くも誤算だ。
二ヶ月の間でいろいろと試して、『共感』で意識を失わないよう特訓をしていたのだが、こんな状態になるとは思っていなかった。
この『共感』、感情が強くとも俺自身に対して向けられたものでなければ比較的大丈夫ということは分かっているのだが、ノアに近付けば近付くほど、様々な感情が纏わりついてきていた。
それでいて俺自身に対してのようなものは感じないのだから、もしかしたらこの近辺の住人は『オーナー』に対する感情を、常日頃から抱いているのかもしれない。
えーと、つまり余波でこれ……?
……何だか怖くなってきたぞ。
「おい、大丈夫か?」
「あはは、心配かけてすみませ────」
不甲斐無さと申し訳無さを感じながら、アスベストスさんの方へと顔を向け……俺は固まった。
彼女の隣、開けられたテントの入口。
視界の奥の、更に奥。
だというのに『目が合った』ことを、俺はハッキリと感じ取った。
茶色の長髪と犬を思い起こさせるような耳。
『生息演算』で見た容姿と全く違わない────ケオベが、そこに居た。
彼女が、こちらへと駆けて来る。
「────ちっ、オーナー!」
「彼女は大丈夫です、アスベストスさん。どうかそのままで……」
状況に気付いたアスベストスさんを制し、俺は息を吐いて覚悟を決める。
サガが伝えたのか、それとも全くの偶然なのかは分からないが、ケオベが俺をオーナーだと確信していることが、伝わってくる感情で分かった。
勢い良くテントへと突入してきたケオベは、減速することなく俺へと飛び掛かる。
俺は彼女の力に抗うこともままならず、並べられた木箱の上で押し倒される形となった。
背中に回された両腕が強く締まり、俺の胸元には彼女の頭部が強く押し付けられる。
「オーナー……! オーナー……!」
衝撃で身体は痛いし、旋律はうるさいくらいに鳴り響いているが、そんなのは関係無い。
くぐもった涙声に、俺は彼女を抱き締め返すことしか出来なかった。