箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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ノア 3/3

 

 

 時刻は夕方。

 全体が真っ白なノアが夕日で橙色に染まった頃。

 

 ノアの周囲をぐるりと囲むように設置された重厚なフェンスの外側に、俺とサガは佇む。

 事前に聞いていた通り、今現在ノアの上部及び内部で生活をしている者は居ないため、辺りには静けさが立ち込めていた。

 

 本来ならば警備の者達が四六時中見張りと見回りをしているらしいのだが、その障害はサガによって一時的に取り除かれている。

 聞けばサガは情報収集すると共に『信用出来る人物が調査に来た』と言って、サガ自身が監視することを条件に警備員に少し離れて貰ったらしい。

 

 急な要望に応えて貰えるほど、ノアの住民の中でサガの人望は厚いようだ。

 それを褒めるとサガは謙遜したが、犬耳はぴくぴくと嬉しそうに動いていた。衣服の関係で見えはしなかったが、もしかしたら尻尾も動いていたかもしれない。

 

 遠くからこちらをチラチラと確認してくる、離れてくれた警備員に会釈をしてから、俺はサガの方を向いた。

 

 

「サガ、あの警備員……私の正体に気付いている訳では無いですよね?」

 

 

 遠くからでも感じられる感情の多くは疑い、そして僅かに含まれているのが期待だった。

 サガは「ふむ……」と腕組みをする。

 

 

「オーナー殿が居なくなり、ノアがこの地に留まるようになってからというもの、ノアの所有権を主張する不届き者が多く訪れたことは以前にも話したでござるが……。拙僧が誰かを連れてくるのは初めてのこと故、あの者もどこか期待をしているのかも知れませぬ」

 

 

 「もし拙僧ではなくケオベ殿がこの役を担っていたのならば、期待ではなく確信に至られたやもしれん」と語るサガ。

 俺から中々離れようとしないケオベだったが、無理にでも引き剥がしておいて良かった。代わりに出された条件の『一緒にお昼寝』も、そう考えると安く済んだとみて良いだろう。

 

 ただ、どちらにしてもあまり猶予が無いことは確かだ。

 あの警備員に限らず、周りから不信感を持たれる前に、取り決めておいた行動を実行するしかない。

 

 ケオベ、テレジア、アスベストスさん、Aceさん、Scoutさん。

 今この場に居ない五名には、少し離れたところで待機をして貰っている。

 

 これはノアが何かしらのアクションを起こした場合で、この場からの撤退が必要になった際に、それをサポートしてもらうためである。

 元々は全員に護衛してもらいながら行動する予定だったのだが、サガやケオベはともかく他の四名はノアの住民からすると部外者であるため、有事の際に疑いの目や様々な矛先が向かないように変更する運びとなった。

 

 ……もしも今から行うことによって俺がオーナーだと証明されたとして、テレジア達が『連れて来てくれた』と良い方向に思われるなら大丈夫だが、そうではなく悪い方向へと取られる可能性は十分にある。

 それならば、その辺りを伏せたまま少人数で事を済ませた方がリスクが少ないだろう、というのが結論だ。

 

 ……何というか、緊張してきた。

 握りしめていた手が汗ばんできているのが分かる。

 

 

『────オーナー、いつでも大丈夫よ』

 

 

 サガが調達してきてくれた通信機から、テレジアの声が聞こえた。

 一度大きく深呼吸をしてから一歩を踏み出し、サガが開けてくれたフェンスの門戸をくぐる。

 

 近付けば近付くほど、目の前のノアはそびえ立つ壁のようだった。

 

 

『こちらAce。ノアの様子に変化は見られない』

 

「報告ありがとうございます。私の方も、特に何も無いようです」

 

 

 通信機越しのAceさんの声を聞きながら、俺は頭の中でバツを一つ付けた。

 

 

 ・ノアに出来るだけ近付く。

 

 ・ノアに直接触れる。

 

 ・アーツでエネルギーを与えてみる。

 

 

 その他にも『中心の祠に入る』やら『祭壇に血液を注ぐ』など、安全そうなものから危険そうなものまで試してみることは多岐に渡るのだが、とりあえず今出来ることは、この三つくらいしか無いだろう。

 

 一つ目の『近付く』というのは、失敗に終わった。

 近くで見ている俺からしても、変化しているようには見えない。

 テレジアからは『オーナーにだけ分かるような変化が表れるかもしれない』とも言われていたが、ファンタジー物でよくあるような、脳内に響く声みたいなものも無かった。

 

 そして俺は恐る恐る、ノアへと手を伸ばす。

 

 正直に言うならば、俺は少し油断していた。

 残っている行動の内、ノアの状態を考えれば『アーツでエネルギーを与えてみる』が最有力候補だったからだ。

 

 だから俺は指先などではなく、手の平をノアへと押し付けてしまった。

 

 

「……サガ、一つ聞いてもいいですか?」

 

「オーナー殿、何か変化が?」

 

「変化というか……その、ノアの材質は吸着性があるものでしたか?」

 

 

 手の平が、ノアから離れなかった。ピッタリとくっついてしまっている。

 

 

 

 ≪エネルギー源からの接触を確認しました≫

 

 ≪残量が規定値を大きく下回っています≫

 

 ≪緊急要件として急速な措置を実行します≫

 

 

 

 急激に吸われるような感覚と共に、知らない声が流れ込んで来る。

 俺の様子を見て何かが起きていることを察したのか、サガは俺の身体へと素早く駆け寄って来た。

 

 

「──い゛っ!?」

 

「す、すみませぬっ!」

 

 

 ノアから離すべく、サガは俺の腰へと腕を回して引っ張ろうとしたが、手が千切れそうな痛みを訴えた俺の声に、その力を緩めた。

 

 そして状況は、この程度では済まなかった。

 

 

 

 ──外殻南南西に『オーナー』の接触を確認しました──

 

 ──住民の皆様による盛大な歓迎を推奨します──

 

 

 

 再び先程の知らない声が鳴り響く。

 

 俺の脳内に、では無い。

 

 大音量で辺り一帯に、である。

 

 

(……この状態から……俺に出来ることは……何だ?)

 

 

 身体から力が抜けていく。

 様々な感情が強まっていくのが分かる。

 

 間違いなく俺は、この後意識を失うことだろう。

 

 ただその前に、何か出来る事は無いだろうか? 

 

 これからここに押し寄せてくるであろう住民達を宥める必要がある。

 手伝ってくれた皆にその矛先が向かないよう説明をする必要がある。

 

 伝えないと、迷惑をかけてしまう。

 もしかしたら酷い目に遭う可能性だって。

 

 

 あぁ……でも……もう…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ≪『オーナー』の想いを受け取りました≫

 

 ≪適切な言葉に変換し、対応します≫

 

 

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