「────あれ?」
瞼を開くと、蛍光灯の灯りと共に見慣れない天井が見えた。
妙な気怠さが全身に纏わりついているが、それに比べて思考はスッキリしている。
身体を起こして辺りを見回すと、どうやら俺はベッドの上にいたようで、室内に置かれている設備の類から、病室のような部屋に居ることも分かった。
(ここは何処だ? いや、それより俺は何でこんな場所に? 確か、俺はノアに触れて……)
ノアに触れた手の平を確認するが怪我なども無く、特にこれといった変化も見られない。
少なくともあの後、ノアから無事に離れることが出来たということか。
病衣のような衣服には何かを示すような表示すら無いので、新たな情報が全く入って来ない。
考えられる可能性としてここがノアであることも疑ってみたが、室内の様相が『生息演算』の頃のノアに比べて些か機械的なところを見るに、その線は薄いとみて良いだろう。
(倒れたのはほぼ確実。そうなるとサガ達が、病院とかに運んでくれたんだろうけど……)
普通の病室って、窓が無い部屋もあるんだっけ? 入院したことが無かったから、その辺りがよく分からない。
部屋の四方には壁しかなく、その一つには何とも重厚な、セキュリティ対策バッチリな扉が見えた。
今俺に出来ることと言えば、あの扉が開かないか試してみることくらいだが……。
(────大人しくもう一度寝よう)
状況が不明なまま動いても、良い結果は得られない。
それが気怠さの残る身体でとなれば尚更だ。俺の今の身体能力は、俺が一番よく知っているのだから。
それに俺の様子を見に来る人は確実に居るはず。それを待った方が良いだろう。
そう思っての行動だったのだが、俺が瞳を閉じるより早く、扉の方から音が聞こえた。
思わず身構える俺の視線の先で、ゆっくりと扉は開いていく。
「……正確に言えばこれは正しい言葉では無いのかもしれないが、ここは敢えてこの言葉を使わせてもらおう。────初めまして、オーナー」
安堵と期待。そして憐憫。
『生息演算』で見た、俺の知っている人物。
ケルシーが、そこに立っていた。
────────
────────
ケルシーとの長い……長い長い長い会話の後、彼女が去って直ぐに、俺はベッドに突っ伏した。
難しい言い回しの言葉に頭を余計に使用したこともそうだが、教えて貰った内容も非常に頭を悩ませるものだったからだ。
『君の疑問に答えることは可能だ。しかしこちらからの報告と被る部分があることは容易に想像出来る。効率の面から考えれば、より多くの情報を有している私から話す方が、お互いにとって有益だと思うのだが……。オーナー、君はどう思う?』
そうしてケルシーから伝えられた情報が、いくつかある。
まずここは、ロドス本艦の一室らしい。
一般の人や通常の職員では入ることが出来ない部屋のようで、安全面は信用していいとのこと。
俺は気付けなかったがカメラも設置されているそうで、ケルシーが訪れたのも、俺が起きたことをモニターで確認したからと言っていた。
『まさか二度寝をしようとするとは想像していなかった。君は聞いていた人物評よりもずっと豪胆なのだな』と言われた際は、苦笑するほか無かった。
そしてもう一つ。
……何と俺、一ヶ月近く眠っていた。
より良い設備が有るところ。安全面が確保出来る。
という観点などからロドス本艦に運び込まれた俺は、バイタルも何もかも安定しており、外部からの刺激に対する反応も確認出来たのに、目だけは覚まさなかったらしい。
なお運び込む際、住民達とのトラブルはほとんど無かったとのこと。
あの状況からそんなはずは無いと思ったのだが、俺の訝し気な表情を見たケルシーは、何かを理解したかのような表情を浮かべていた。
『なるほど。報告によればノアから、オーナー……君の声で演説がされたと記載してあったのだが……覚えていないんだな?』
『内容については私も把握しているが、一言一句何を言ったのかを知りたければ、住民達に聞くのが一番だろう。ノアの住民ならば、子供でも知っているはずだ』
『……君の言いたい事は分かるが、君の意思に関係無く、住民達にとってはもうそうなってしまっている。それが理不尽だろうと何だろうと、責任を取れる者が一人しか居ないのならば、その者が責任を取るしか無い』
ケルシーからは、憐憫を強く感じた。
果たしてどんな演説だったのか? 後で確認するのが怖い。怖過ぎる。
ノアが再稼働して住民達は問題無く生活出来ているらしいが、それすらも恐怖を感じる一因にしかなっていない。
そして最後は、俺が今からやるべきことの話。
これを聞いた時、ケルシーは驚いた表情をしていた。
俺だって本音を言えば、このまま引きこもって寝ていたい。
でもきっと、俺はいろんなことを考えて戻ってきてしまうことだろう。
だとすれば、それはもう早いか遅いかだけの話になる。俺の目的を為すために、積み上がっているものは早く片付けるべきだ。
驚いた表情だったケルシーは、ほんのりと優しい目に変わっていた。
『君自身が望むのならば、そうしよう。資料を持ってくるから、待っていて欲しい』
『……それと』
『――――本当に、ありがとう』
ケルシーは、俺に向かって深々と頭を下げた。
何に対して、という無粋な質問はしない。
余計な言葉が無い、シンプルな感謝。
込められた想いも……ただ一つだけ。
「…………間違ってなかったんだよな?」
ベッドの上でゴロンと転がり、天井を向く。
この世界に来てから『生息演算』の頃を思い出して、俺がしたことが何か悪い結果を招いているかもしれない、という恐怖が常々有った。
全てが俺の心から取り除かれた訳ではないが、ほんの少し心が軽くなった気がする。
これを少しずつ続けて、少しずつ積み重ねていけば、俺は俺を許してあげられる気がする。
「先は長いな……」
それでもこの世界を生きていくには、一歩ずつ踏み出していくしかないのだ。
────────
────────
「──これは各国、あるいは移動都市などから来ている書状の一覧だ」
「たくさん名前がありますけど……あの、ここに『双子の女帝』とか『ウルサス帝国皇帝』とか書いてあるんですが……」
「これがノアの住民からのもの。陳情書もあれば感謝の手紙もある」
「あの、聞いてます? ケルシーさん?」
「面会希望のリストはこっちの書類だ。ロドスの一部職員からも希望が出ている。直接感謝を述べたいのだろう。君さえ良ければ会ってやってくれ」
「『シャイニング』『フロストリーフ』『ケオベ』『サガ』『アスベストス』『ミヅキ』『テレジア』『アーミヤ』『ドクター』『Pith』『Mantra』『アスカロン』『W』…………。三十人くらいいますね……」
「そしてこれが……ノアがロドスに対して負っている借金の明細だ。停止前はお互いに適正な取引を行っていたが、停止している間はこちらがいろいろと用立てていた」
「えーと、ご迷惑をおかけしました……。ありがとうございます……」
「ロドスの財政状況は潤沢という訳では無い。今すぐとは言わないが、早期の支払は検討して欲しい。それと────」
誰か俺の秘書になってくれ。
早くも心が折れそうなんだ。
≪『生息演算』の目標の一部を達成しました≫
≪テラの大地のために≫
≪ノアの住民のために≫
≪その身の一欠片に至るまで≫
≪どうかお捧げ下さい≫
≪個体名『オーナー』の犠牲に敬意と感謝を≫
アフターストーリー
『ノアの日常:オーナーのやらかし記録』が解放されました。
『再会:フロストリーフ』が解放されました。
『再会:シャイニング』が解放されました。
回想秘録
ケオベの『巣』が解放されました。