箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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交流:住民

 

 

「──お疲れ様です、オーナー様」

 

「す、すみません、こんな汚れた服のままで……」

 

「オーナー様!」

 

「オーナー様、今朝の食事はいかがでしたか?」

 

「くっ、もてなすことも出来ず大変申し訳ございません!」

 

「息子を助けて頂き、本当に……本当にありがとうございました……」

 

「「オーナー様!」」

 

「……ここに来る前よりずっと、まともな暮らしが出来るようになりました。本当にありがとうございます……」

 

「──いえ、私めなどオーナー様が気にかけるほどの存在ではございません。どうかお気になさらず」

 

「要望、ですか? そのお気持ちだけで十分です。これ以上を望むことは許されざることでしょう」

 

「「「オーナー様!」」」

 

「オーナー様、お気持ちは非常に嬉しく思うのですが、無理に我々と肩を並べる必要はありません。多くの恵みを頂いたことに感謝し、我々は望んでこの仕事をしているのですから」

 

「先日は無礼な言動をしてしまい、大変申し訳ございませんでした! 頂いた薬のおかげで妻も娘も順調に快復しております。今後はオーナー様のために誠心誠意尽くす所存です!」

 

「「「「オーナー様!」」」」

 

「「「「「オーナー様!」」」」」

 

「「「「「「オーナー様!」」」」」」

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

「オーナー様、大丈夫ですか……?」

 

「ええ、大分良くなってきました。ご心配をおかけしてすみません、リーヴァさん」

 

「……まだ少し顔色が悪いように見えます。もう少しこのテントで休みましょう。私は外に居ますので何か有ればお呼び下さい」

 

「ありがとうございます。外のビガロさんにも、ご迷惑をお掛けしてすみません、と伝えておいて頂けますか?」

 

 

 どこか悲し気な表情で「……分かりました」と言い、リーヴァがテントから出て行く。

 彼女の姿が視界から完全に消えた後、俺は大きく息を吐きながら天を仰いだ。

 

 上部に付けられた照明は、まだ日が落ち切っていないということもあり、明かりが灯っていない。

 それをぼんやりと見つめながら、俺は先程までのことを思い出していた。

 

 

「何度やっても慣れないなぁ……」

 

 

 ノアやその周囲で暮らす住民達に声を掛けて回るという行為を始めたのは、どういう理由だったか? 

 

 住民達に対して何か出来る事がないかを聞いた時に、『元気な顔を見せて労って頂けると嬉しい』という意見を、誰かから貰ったからだったか。

 

 多くの住民の顔と名前をちゃんと覚えようとして、テレジアにコツを聞き、『実際に会って話をすると覚えやすい』と教えられたからだったか。

 

 国家に属した移動都市の人々などでは無く、ノアの住民、ひいてはテラの大地に生きる人々の『通常の暮らし』を、肌で感じ取るためだったか。

 

 様々な理由が絡み合った結果、俺は週に何度かのペースでこの行為を行い続けていた。

 護衛はもちろん複数人付くのだが一人で対応するのは心細かったため、『生息演算』でリターニアを訪れた際にその為人を多少なりとも知ることが出来た、ビガロとリーヴァにもサポートをお願いしている。

 

 お願いした際に二人は「お役に立てて光栄です!」と喜んでくれたが、二人にもノアでの自分の仕事が有ることを知っているので、快く了承される度に申し訳無い気持ちになる。

 一応付き合ってもらう都度、効能としては普通くらいの『救急キット』をお詫び代わりに渡しているのだが、最初の頃は受け取って貰うのに大分苦戦した。

 

 

「あー……もしかしてこういうのが駄目なのか? でもこれは一種の仕事みたいなものだし、対価は渡さないと……」

 

 

 思い出すのはつい先程、ノアに住む子供に言われた言葉。

 

 

『オーナー様なら、いつかお父さんの病気も治せますよね!』

 

 

 その子のお父さんは鉱石病だと、その後でビガロは教えてくれた。

 

 それを聞いた俺はきっと苦い表情でもしていたのだろう。

 心配そうなビガロの言葉が、今でも耳にこびりついている。

 

 

『僕や多くの大人達は、鉱石病が簡単に治せるほど甘いものでは無いことをちゃんと知っています』

 

『オーナー様は多くの施しを与えてくれますが、それが決して万能では無いことも……』

 

『ですが幼い子供達ほど、このノアでの生活が基準となってしまっています』

 

『掻き毟りそうになるほどの飢えも、酷く膿んだ傷痕の痛みも、指先から凍えていくような病への恐怖も……子供達の多くは知りません』

 

『……知らずに過ごせていることは、喜ぶべきことです。正しく導いて成長すれば、価値観も修正されていくことでしょう』

 

『オーナー様、どうか気に病まれないで下さい。大人も子供も、貴方様に感謝していることに変わりは無いのですから……』

 

 

 彼が本気で俺を心配してくれたことは分かった。

 その隣で力強く頷いていたリーヴァも同様だ。

 

 それでも俺の心には、あの子供の言葉が棘のように刺さっている。

 あの瞳に不純物は無く、その心に一点の曇りも無く、信頼と期待と希望がそこにはあった。

 座学で学び、実際に目にし、いろいろと確かめたことで、『鉱石病の完治』が遠い遠い存在であることはもちろん分かっている。

 

 

「……うん、そろそろ再開しよう」

 

 

 身体を少し動かし、問題が無いことを確認して、俺はビガロとリーヴァの下へ向かう。

 

 日が落ち切るまで、もう少し回れるだろう。

 

 ────頑張らなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺がもっと頑張れば、ノアの機能をもっと上手く活用すれば、その存在は近付いて来てくれるのではないだろうか? 

 

 俺がそのためにこの世界に来たのであれば、それを完遂することで何かが起きてくれるのではないだろうか? 

 

 根拠も何も無いが、どうしてもそう考えてしまうことを、俺は止めることが出来ないのだ。

 

 

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