1096年10月末。
ノアに辿り着き、数ヶ月の時間を過ごした俺は、この日ようやくあることを決心した。
思い出されるのはこの日までに起こった、あるいは起こしてしまった出来事の数々。
『歳の代理人』を名乗る人達の突然の訪問と、その人達を監視していた『司歳台』という組織とのアレコレ。
慌てた様相でノアにやって来て、再会を果たしたミュルジスと一緒に対応した『ライン生命全主任』との交流。
ロドス本艦でミヅキさんと遊んでいた際に何故か巻き込まれてしまった、『アビサルハンター』と呼ばれる方々との邂逅。
後はまあバベル時代のテレジアさんを知っているサルカズの人達に監禁紛いのことをされたり、ノアではなく俺個人の行動として『龍門』を旅行し『ペンギン急便』を訪ねたりと、小さいものを挙げれば枚挙に暇が無い。
……いや、思い返せば思い返すほど強く思うのだが、よく無事で居られたものだ。どこかで一つでも間違えていれば大変なことになっていた気がする。
とにかく、様々な事態を経験した俺は、個人的な目標と全体的な目標──ノアの行動指針を決定するに至った。
個人的な目標は主に二つ。
一つは、元の世界に帰る手段を探すこと。
ノアに聞いても有力な情報は得られなかったが、ケルシー先生から『サーミ』という地域に『門』と呼ばれるものがあることを教えて貰った。
地理的な問題と致命的な問題が有るらしいため向かうことはとても難しいのだが、目下の目標として定めた次第である。これについてはまだ誰にも話していない。
もう一つは、テレジアさんを手伝うこと。
バベル時代のテレジアさんは自身の種族でもあるサルカズを救うためいろいろと奔走していたらしいのだが、その気持ちは今も変わらないことを本人から教えて貰った。
ただその想いを今のロドスに持ち込むと様々な問題が発生してしまうため改めて協力者を探していくとのことだったので、個人的に立候補しておいた。
テレジアさんとした約束の件もあるし、そもそもテレジアさんは俺の命の恩人と言っても過言ではない。ここで手伝わなきゃ一体どこで恩を返すと言うのか。
これについてはノアやロドスの一部の人達にも話し、『無理をしない範囲』ということで許可もちゃんと得ている。
そしてノアの行動指針だが、『鉱石病感染者及び感染者問題に取り組む組織への支援』というものに決めた。
理由は多岐に渡るのだが、最たる理由は『これが一番ノアにとって安全だから』である。
感染者問題はほぼ全ての国家が抱えるものだが、積極的に研究や支援を行っている機関や組織は少ないらしい。
歴史を辿れば盛んだった時期は有るらしいのだが、『鉱石病は不治の病』というものが共通認識となってからは、下火の一途となったと聞いた。
ノアはそういった問題に取り組む者達に支援を行う。
これはノアがロドスと密接な協力関係を築いていたことへの証明にもなるし、他国家もノアと交流を結ぶために感染者問題に取り組んでくれるようになるかもしれない、という淡い期待もある。
そんなことよりもっと有意義な事を、と接触してくる輩も居るかもしれないが、他の目標を掲げるよりずっと安全だと俺は思っている。誰だって面倒な事はしたくない。結果だけ手にするか成果を奪う方が楽なのだから。
既にノアと協力関係にある国家や移動都市もあるし、ある程度の強請りも含めて適度な交流を保ってくれることだろう。
そしてこの行動指針が決まったということは、ノアがロドス以外で最初に接触する組織も決まった、ということである。
感染者に対する救援活動を行っている組織──『レユニオン』である。
レユニオンが活動している地域──『ウルサス』は、他国家から良い印象を受けていない。
だがここ一年ほどの活動実績により、レユニオンはウルサスの中でも特異な存在である、という認識が広まりつつある。
……『生息演算』で裏事情を知っている俺からすると綱渡りな状況かもしれないと思うのだが、明るみに出ない限り大丈夫だろう。
具体的にどう接触するかについては考えなければいけないが、とりあえずケルシー先生達に提案書を出してみた。
ロドスも理念を考慮すれば、レユニオンと接触する機会を求めているはずである。それは相手も同じだろうし、ケルシー先生達なら俺の提案書も上手く纏めてくれるだろう。
こうなったら良いな、と思いながら、アイディアもいくつか盛り込んでみた。
実現は難しいし恐らく却下されるだろうが、書くだけならばタダである。どんな結果になるか待つことにしよう。
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ロドス本艦の執務室。
机に置かれたオーナーの提案書を前に、ケルシーとドクターの両名は頭を抱えていた。
提案書の本筋におおよそ問題は無い。
だが付随して書かれた内容に関しては別だった。
「……ドクター、率直に君の意見が聞きたい。実現する確率は如何ほどだ?」
「……荒唐無稽と断じられないほどには可能性が有る」
「そうか……」
「加えて今のヴィクトリアの状況を考えれば、彼等と接触する最後の機会とも言えるだろう。ノアの出現により貴族達の小競り合いが続いているおかげで、彼等の当初の計画は大いに遅れているはずだが、それも時間の問題だ。一石を投じるなら今しかない」
再び沈黙が場を包む。
やがてケルシーが小さくため息を吐くと、絞り出すように声を続けた。
「実現するための条件が複雑だ。可能性は考慮しつつ、まずはレユニオンと連絡を取る」
「……そういえばレユニオンからロドス宛にも何度か書状が来ていたな。送り主はノアに来ていたものと同じだったはずだが──」
二人の脳内に、その送り主の名前が同時に思い起こされる。
文面から察するに、レユニオンの中でも幹部に近い立場で居ることが予想される者。
その名前は────『コシェルナ』といった。